怠惰の沼
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しかしどれだけ目を凝らしてみても人の姿は見つからない。

それどころかその水溜りは徐々に自分の足元に迫ってきている。

後ろには下がれない。後ろには何もない。そうまったくの無である。

以前その中に入った人間を見た。

しかしその人間は次の瞬間自分の前の水の中に体を投じる結果となった。

空間移動とでも言うのか、そのとき後ろに下がるべきではないと崎本は悟った。

 

別に崎本はカナズチではない。泳げたはずである。

ならば後は泳ぎきるだけの話である。見える岸はそう遠くはないと見える。

しかし後一歩は踏み出せないでいる。

それはなぜか。理由は自分のしてきた事の、いやしてこなかった事の罪を自覚しているからである。

 

ここにたどり着いたとき声ともいえない何かが頭の中に響いた。

ここは生前の罪を償う場所だと。この沼はその罪に伴い深く重くなるだろう。

何もせずに待つもよし、自ら己の罪を受け入れ身を投じるもよし。

あせらずとも罪は等しくやって来る。

そう誰かが囁いたのだ。

 

崎本は自分はこの沼を楽には渡れない気がしてならなかった。

理由などはない。そう感じ取っただけである。ただの重い過ごしかもしれない。

しかしいざ行こうとすると俺はもの凄い罪を犯しているのでは?

という思いに駆られる。

 

はじめのほうは何度も水際まで行き苦悩していたがいまでは水からもっとも離れたところで

ただ向こうにある岸を見つめるだけである。

そう、水はどんどん自分に向かってきているいずれ飲み込まれるのなら、自ら身を投じる事もない。

 

崎本はただ水に飲み込まれるのを待つ。それがここで最もしてはならない事だとも知らずに。

己の罪を償おうともしないものには、受け入れようともせずただ逃げることは

それ自体罪だという事にもきづかずに。

 

崎本の罪とは怠惰。

 

人とは生まれてきた以上その生を全うしなければならない。それは全ての生物に言える事である。

なにも全ての事に全力で生きなければいけないわけではない。

しかし出来る事をしようともせずただ全ての事が去るのを待つのは最低の行為である。

それを自覚できるものであればこの沼を抜けるのはそう難しい事ではない。

しかしまだ崎本はそれに気づいてはいない。

 

じきに彼は迫り来る沼に飲み込まれる事だろう。

そして泳ぎ始める。

しかしその罪に気づき自覚するまで彼がこの沼から抜け出せることはないだろう。

 

そして途中で溺れ、沈みそしてまた始めからの無限に続く地獄から抜け出すのには

まだしばらくかかりそうだ

説明
罪の償う地獄に似た場所のお話

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  地獄 怠ける 怠惰 償い 奸螺 

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