真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜 第二十四話 |
「七乃、紀霊はいつになったら帰ってくるのじゃ?妾はいつまでこうして居らねばならんのじゃ?」
長沙城内の一室にて、そう不満を漏らす、金髪の少女。名は袁術、字は公路。この長沙の主である。
「美羽さま、紀霊さんならすぐにお役目を終えて帰ってきますよ。そうすれば以前のように、自由に出歩けるようになりますから。もう少しの辛抱ですよ」
そう袁術を諭すのは、彼女の腹心である張勲。
「そう言ってもう二月にもなるではないか。・・・いい加減、蜂蜜水くらい飲みたいのじゃ」
寝台の上に大の字になり、ぶーたれる袁術。
(ああ。こうやって自分のおかれた立場もわからず、文句を言うお嬢様も、なんて愛らしいんでしょう)
そんな袁術の姿を見て、悦に浸る張勲。
「みうおねーちゃん、わがまま言っちゃめー、なんだよ?りりたちは、ゆーへいされてるんだから」
大の字になっている袁術の横にちょこんと座り、はきはきとした口調でたしなめる少女。
「おかーさんたちが帰ってきて今のをきいたら、きっとおしりぺんぺんされるよ?」
「ひっ!!こ、黄忠のおしりペンペンは嫌なのじゃ!!判った、妾はもう文句は言わん!!じゃから今のは内緒にしてたも!な、璃々!!」
思わず飛び起きて、少女−黄忠の娘である璃々に懇願する袁術。
(ああ〜。自分よりはるかに年下の子に、泣いて頼むお嬢様も、またなんて可愛いんでしょう・・・!)
寝台の上で、幼子にペコペコと頭を下げる袁術と、それを見て、またもや悦に浸る張勲であった。
(なんなんでしょう、この光景は)
そんな情景を、天井裏から見ている一人の少女。
(袁術さんはお馬鹿だとは聞いていましたけど、まさかこれほどとは。・・・まあ、文台さまのご下命ですから、救出はしますけど。・・・とは言え、どうしたものでしょうか・・・)
そんな風に思考する少女。名は周泰、字を幼平という。
孫堅の命を受けて、袁術救出のために長沙に潜入。その翌日には袁術らの居場所を突き止めたのだが、実際一人で出来ることなど、たかが知れていた。監視の目は甘いものの、二人の人間を連れて城中から連れ出すとなると、やはり手が足りないのであった。
仕方なく、様子見をしつつ、機をうかがう周泰であった。
丁度その頃、同城内の謁見の間にて。
「話が違うではないか!南郡の諸城を落とせば、美羽さまたちを解放すると、そう言っていたではないか!!」
男にそう詰問する、紀霊。
「私はわれわれの言う事を聞けと、そう言っただけだ。それはそなた達の早合点というものだ、紀霊将軍」
「張允、貴様!!」
思わず男−張允に掴みかかろうとする紀霊。
「おっと。私に何をする気で?・・・人質がどうなってもいいと?」
「ぐっ!」
張允の台詞に、かろうじて踏みとどまる紀霊。
「早いところ、出陣の支度をなさるのですな。・・・娘らの命が惜しくば」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
バタンッ!!
と、思い切り扉を閉めて、紀霊は部屋を出た。
「くそっ!虎の威を借る狐めが!!」
忌々しそうに、腕を組んで歩く紀霊。その彼女に、一人の女官が近づいてくる。
「紀霊将軍、少々よろしいでしょうか」
「何だ。・・・ん?おぬし、見ない顔だが、新入りか?」
「はい。三日前からお城で奉公させていただいております、翔香と申します。将軍に、是非にお耳に入れたいことが」
拱手しながら、紀霊に語りかける、翔香と名乗った女官。
「・・・申してみよ」
「はい。・・・まもなく、城中で不審者が発見されます。その時の混乱に乗じ、袁術様たちをお助けなされませ」
そんな事を言い出す翔香。
「不審者だと!?なぜそんな事を知っている!!・・・貴様、何者だ!?」
声を荒げ、腰の剣に手をかける紀霊。
その時だった。
「居たぞーーーー!!」
「逃がすな!!不審者をひっとらえろ!!」
「蝶の仮面をしたやつだ!!必ず取り押さえろ!!」
慌ただしく、兵士たちが駆け回る。
「お、どうやらもう見つかったようで。さ、今のうちですぞ」
紀霊は瞬時に状況を判断する。
(こやつらが何者かは判らんが、好機であることは間違いない。・・・面白い、乗ってみるか)
「分かった。だが、そなたにも共に来てもらうぞ。否とは言わさんぞ」
「もちろんです。(その為にわざわざこんな格好までしたんだし)」
「ならば来い。美羽さま達の部屋は、中庭の向こうだ」
駆け出す紀霊と翔香。
場面は再び、袁術たちの部屋。
むろん、彼女達も外の異変に気づいていた。
「い、いったい何が起こっているのじゃ?!」
張勲にしがみついた袁術が言う。
「分かりませんけど、これは好機かもしれませんね。・・・美羽さま、ちょっと離れてください」
袁術から離れ、扉へ近づく張勲。そして聞き耳を立てながら、自身の髪飾りをはずし、鍵穴に差し込んでガチャガチャと動かす。
「この型の鍵なら、こうして、こうやって、こうすれば・・・」
がちゃがちゃ、ピーン。
あっさりと扉の鍵が開いた。
「おお〜。七乃、すごいのじゃ!!」
「ななのおねえちゃん、すご〜い!!」
はしゃぐ袁術と璃々。
「さ、おじょうさま、璃々ちゃん。とっとと逃げますよ」
「うむ!」「はーい!」
その様子を天井裏から見ていた周泰は、
「ど、どうしましょう?!自分達で逃げ出しちゃいました!!・・・と、とにかくあとをおって・・・え?」
袁術たちを追いかけようとした周泰の前に、
「にゃお」
一匹の猫が居た。
「はうあ〜。お猫様ではありませぬか。かようなところにおいでとは何たる奇縁。ささ、こちらへこちらへ。・・・はぅ〜、モフモフですぅ〜」
完全に目的を忘れ、猫にほお擦りを始める、周泰だった。
一方、謁見の間では、張允が侵入者捕縛の指揮に、泡を食っていた。
「ええい!!たかが一人の賊の捕縛に、いつまでかかっておるか!!こうなったら、わし自らひっとらえてくれるわ!!お前達、ついて来い!!」
黒いよろいの兵士達を引き連れ、謁見の間を出る張允。その先には中庭が広がっている。
そして、そこではまさに、紀霊たちと袁術たちが、丁度出くわしたところだった。
「美羽さま!七乃!璃々嬢!」
「おお!紀霊じゃ!!七乃よ、これでもう安心じゃの!!」
「はい、お嬢様!」
駆け寄る両者。
その場面を見た張允は、
「袁術!!いつの間に逃げ出した?!・・・そうか、この騒ぎは紀霊の仕業か!!・・・もういい、人質など知った事か!!貴様ら!やつらを皆殺しにしろ!!」
黒装束の兵士達に、そう指示を出す張允。兵士達が弓に矢を番える。
「射てーーー!!」
一斉に放たれる、五十本の矢。
それに気づく紀霊。
「!!美羽!!七乃!!伏せろおおおおお!!!!」
「「え?」」
思わず立ち止まる、袁術達。
その三人に迫る矢。
そこに飛び込む一つの影。
そして、
ドスドスドスドスッッッッ!!!!!!
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
「う・・・・・そ・・・・・・・」
紀霊はすべての矢を受け止めた。
自身の体を盾にして。
「やら、せん・・・ぞ」
一歩。全身に矢が刺さったその状態のまま、踏み出す紀霊。
「やらせん・・・、美羽も、七乃も、私の娘達は、誰にも、やらせぬ・・・!!」
奇跡。
そうとしか言いようが無かった。生きていること自体が信じられない状態で、一歩、また一歩と、張允の方へと歩を進める紀霊。
「こ、この化け物が!!何をしておる!!射て、射て!!」
張允の命令で、兵士達が次々と矢を放つ。だが、それはすべて、紀霊の前に躍り出た翔香の手で、叩き落された。
「馬鹿な!!あれをすべて叩き落すだと!?貴様は一体・・・!?」
「翔香さん、・・・ですか?」
「おぬし、一体・・・」
叫ぶ張允と、見知った顔の侍女の行動に驚く、袁術と張勲。
「・・・情けない」
ポツリとつぶやく翔香。
「何?」
「こんなにも、自分が情けなく思えた日は、これで三度目だ。目の前で、人一人助けられ無かった自分が!!」
すでに歩みを止め、袁術と張勲に介抱される紀霊の前で、そう叫ぶ翔香。
「・・・紀霊将軍、貴女のその想い、けして無駄にしない。あなたの代わりにはなれないけれど、貴女が愛した二人は必ず守る!・・・この、俺が!!」
ばさっ!!
女官服を脱ぎ捨てる翔香。
「お、お主は!!」
「まさか、そんな」
唖然とする袁術と張勲。
「われこそは劉翔、字を北辰。・・・われこそは、紀霊将軍の想いと共に、悪を刈る刃なり!!」
靖王伝家を携えた一刀が、涙を流しながら、名乗りを上げる。
「劉北辰だと!?一体いつの間にこの城に!!・・・ええい、かかれかかれ!!仲達様の怨敵を殺せ!!」
一斉に、一刀に襲い掛かる黒装束−虎豹騎。
「単・我流一の太刀!!はあああああ!!!!!」
靖王伝家に込めた気を、地面に叩きつける一刀。
ずどおおおおおおん!!!
その一撃で、虎豹騎たちは全員が吹き飛ぶ。
「ば、馬鹿な!!」
たじろぐ張允。
間髪を居れず、一気に張允に向かって駆け出す一刀。
「単・我流二の太刀!!疾風怒涛!!チェストおおおおおおっっっっ!!」
ズガアッッ!!」
「ガハッッ!!」
胴切りに、声を出すこともできず、真っ二つにされる張允。
「・・・我が靖王に、刈れぬ悪なし」
靖王を鞘に収める一刀。
「紀霊!!紀霊!!」
「紀霊さま!!紀霊さま!!」
その声に一刀が振り向くと、そこには紀霊の手をそれぞれに握る袁術と張勲の姿があった。さらにその後方には、いつの間にかやってきていた趙雲に抱かれ、璃々が泣きじゃくっていた。
「紀霊!!しっかりするのじゃ!!こんな傷、そなたなら何てこと無いであろうが!!」
泣きながらも、そう紀霊を励ます袁術。
「・・・美羽、さま・・・、そこに、おいでになるの、で・・・?」
息も絶え絶えに、言葉をつむぐ紀霊。
「おる!おるぞ!!妾も、七乃も、ここにおる!!」
そう言いながら、さらに強く、紀霊の手を握り締める袁術。しかし、紀霊は何の反応もしない。
「紀霊!!死んではならぬ!!頼む、死なないでたも!!もう我侭も言わぬ!!好き嫌いも言わぬ!!蜂蜜も月に一度だけにする!!そなたの言うことのすべて聞く!!じゃから・・・!!」
必死に声をかける袁術。
紀霊は再び、うっすらと目を開け、搾り出すように、
「・・・政も、ですぞ。・・・民をよく見て、民の声を、よく、聞いて、・・・良き、為政者に・・・」
「成る!!必ず成る!!じゃから死んだら嫌じゃ!!”かかさま”!!」
「・・・”かかさま”、と・・・。この私を、呼んでくださいますか・・・。幾年、ぶりです、か、な・・・」
言いながら、笑顔を浮かべる紀霊。
「七乃・・・」
「グスっ。・・・はい」
「美羽様を、支えて、差し上げてくれ・・・。悪知恵は、ほどほどに、な・・・」
「はい。・・・はい。かならず、約束します、ははさま」
大粒の涙を流しつつ、紀霊を母と呼んで答える張勲。
「・・・二人の娘に、看取られて、逝ける・・・か。我が人生、悔いも無し・・・。良き、ものであった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
すっ、と。紀霊の双眸が閉じる。
「かかさま?」
「ははさま?」
紀霊はもう、何も答えなかった。ただ、穏やかな笑顔を湛えているのみ。
「「うああああああああああああ!!!!」」
紀霊の遺体にしがみつき、袁術と張勲が大声で泣く。
その彼女らに背を向け、天を仰ぐ一刀。
その瞳には、大粒の涙が光っていた。
説明 | ||
桃香譚、二十四話です。 荊州の騒乱、まずは長沙での顛末です。 では。 |
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コメント | ||
明命は 時々 役立たずな娘になるなぁ(qisheng) ・・・黙祷!(深緑) 西湘カモメさま、七乃さんはあくどいだけ(笑)で、とっくに覚醒済みな気が・・・。紀霊さんはいずれ別の外史にて、大活躍の予定ですので。では。(狭乃 狼) 袁術よりも張勲の覚醒に期待します。袁術はまだ修正可能だと思うので。にしても、紀霊さんが一刀側について活躍するところが見たかったですね。(西湘カモメ) hokuhinさま、その良心は二人とともにあります。永遠に、ね。(狭乃 狼) poyyさま、たくさん、祈ってあげてください。・・・次の外史で活躍できるように。(狭乃 狼) 紫電さま、明命ならいまだにお猫さまに頬擦りしてますよww(狭乃 狼) 砂のお城さま、親が子を守る、当然のことです。紀霊も悔いは無いでしょう。(狭乃 狼) 東方武神さま、ハンカチ、いります?(狭乃 狼) 村主さま、愛するものの死は、成長のきっかけになる、そう信じたいものですね。(狭乃 狼) 紀霊さーーーん 袁術軍の良心が亡くなるとは・・・ これで美羽ちゃんの目が覚めたと信じてますよ。それにしても明命なにしてるのよ。(hokuhin) 紀霊さん、ご冥福を祈ります。 (ZERO&ファルサ) 泣かずに読めない…。(poyy) (ToT)オォォ・・・。涙で画面が見えません・・・。(東方武神) 紀霊さんの壮絶な最後・・・ 美羽・七乃両人にとって覚醒のきっかけとなるのでしょうか・・・ 黙祷w(村主7) |
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