変わり往くこの世界 9
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  体が重い…。あれ程軽かったクロスボウが、まるで鉛の塊のようだ。

   それほどに力が入らなくなった体だが、視線だけは彼女、アリアの居た場所から

  離れようともしない。周囲から焼け焦げる音、悲鳴…絶叫が聞こえるが、

   その焼けた跡以外が真っ白になって何も見え無い。

  「わ…私は…」

  リフィルか、コイツが素直に出てこなければ…アリアが死ぬ事は。

   急に体が軽くなり、隣に居るリフィルを突き倒し、馬乗りになり、

  彼女の顔めがけて右拳を振り上げていた。 初めて人間に対して抱いただろう、

   本気の殺意。相当怖い顔をしているのか、それとも焼ける周囲の赤がそう見せて

   いるのか、あれ程気の強いリフィルが怯えた目で俺の視線から逃げられないでいる。

  そのまま、振り上げた右拳をリフィルに振り下ろす事も出来ず、

   地面にに強く叩き付けた。その衝撃で我に返ったのか、リフィルは俺を突き飛ばし

  起き上がった俺の背から逃げる様にどこかへ行った。 アイツはもうどうでもいい。

   守る理由が見当たらない…。笑える話だが詰る所、

   俺は、下半身で動いていたらしいな。アリアを失ってそれに気が付いた。

  まぁ、世界とか未来の為とかそんな大それた理由で動ける程、立派な奴でも無いしな。

   「く…はははははは」

  目から涙がとめどなく溢れ出るが、笑いが止まらない。焼け崩れる周囲の木々が、

   まるで自分の様にも見える。脆い。 危惧していたが…予想以上に脆い。

  脱力…思考すらもう…だるい。 

   「何をしているんだい! 早く逃げないか!」

  誰だ。…アルヴァか。もう、ほっといてくれ。せめてアリアが死んだここで俺も。

   「ちっ…仕方ないねぇ! ほら!」

  無理矢理、俺の右腕を引っ張り上げた? …ほっといてくれ!!

   彼女の腕を強く振り払いその場に座り込んで動けない。動きたくない。

   もう、このまま死んでいい。 死んでしまいたい。

   「あ〜あ〜もう! ここまで弱い子だったとはね! 世話が焼けるよ!」

  無茶言うなよ…。あんたに何が判る。

   「あ…セドニー!」

  まさか、爺さんまで? まぁ、ただの人間がドラゴン相手にするなんて土台無理な

   話だったワケだ。 このまま死ねば楽になれるか? あの世で…アリアに会えるのか?

   会えるなら、早く殺してくれ。

  目に涙を溜め、周囲を見回すと酷い有様だ。どれくらい時間がたったのか、判らない。

   半分焼ききられたかの様に転がる死体。誰の手かも判らない腕も無数に転がっている。

   そして、火の海。とでもいえばいいのか、今までの戦いの中で死んだ者達。

  敵味方一切を一度に焼き尽くす様に燃え広がる火。 

   余りの火の勢いに肌が少し痛く感じる。 

   「退避を。敵巨大生物の口内に熱源反応」

  クリスが再起動したのか…すまない。もう…、動きたく無い。

   アルヴァだろうか、無理矢理抱え上げられた感覚があり、

   何度も何度も地面に叩きつけられた衝撃が体を伝う。肌が少し焦げているのか?

   焼け付く様な痛みがある。

   「逃げ場が…どうにもならないね!」

  もう、俺を置いて逃げてくれよ。 楽になりたい。楽に…。

   「あれは…?」

  何だ、何かあったのか。驚きの声を上げているアルヴァの視線の先、

   そこへと力なく視線を移すと…今更かよ。

  火の海になった周囲を凍てつかせ、あの剣を引きずって持ってき…また無茶している。

   何か、ゼロブランドと言い合いをしている様だが…。

   「ほら、しっかりおし!」

  無茶言わな…寒い。 周囲の温度が急速に下がり何か氷の屑の様なものが、

   熱気が巻き起こしたんだろう風に乗り舞い始めている。

  ゼロブランド…、近接戦闘用の武器。その白く細い両刃の剣を右肩に深く構えた

   リフィルの周囲を、極低温だろう。冷気…いや凍気とでも言うのかソレが渦巻いている。

   先程の竜が、彼女に襲い掛かり右腕だろう振り下ろすが、その凍気の渦に触れた途端、

   凍り付き砕け散った。流石にアイシクルフィアより強力そうだ。

  そのまま、彼女はゆっくりと歩みより、怯える竜に振りかぶる。振り下ろした剣から、

   高温の何かが噴出したのか、竜のあの硬い鱗が泡立ち、身体が蒸発…気化していく。

   一体…あれは。

   「なんだいあれは、フランヴェールの能力に…君の武器。氷の能力を併せ持った様な」 

  確かにその通りだが、そんな相反する物を同時に扱えるのか?

   「敵巨大生物の消滅を確認」

  消滅か…そりゃすげぇや。 何も考えたくなかったのだろう。

  俺はただただ、向こう側がまだ焼けて赤く染まる森に、

   氷の屑が舞い散る光景をただ見ていた。 

 

 

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結局、あの戦いで生き残りで確認出来たのは、

  俺とアルヴァとリフィル・アルバートの四人だった。

  後で知った事だが、増援は無理だったらしい。ザンヴァイクが同時にセイヴァール

  にも攻め入っていたとの事。 あの竜が数頭、セイヴァールの空を飛びまわっていた

  らしく、そりゃどうにもならないなと。

 現状は、リアルトどころか、セイヴァールも壊滅。と言っていいのだろう。

  唯一の救いは、ゼロブランド・アイシクルフィアの二つを無事確保出来た事ぐらいか。

 今、俺達はどこにいるのかと言うと、アンシュパイクに戻っている。

  あの子供の声・走り回る音が騒がしいお屋敷。その一室。

 ほぼ木製で統一された室内。腰程の高さの丸いテーブルに、膝ぐらいの高さのベッド。

  天井より頭一つ二つ低いぐらいの本棚。 その一室のベッドの上に座り込んでいる。

  どうやって帰ったのかすら記憶に無い。 ただ呆然と俺はあれから人形の様に

  ベッドの上に座っている。テーブルの上には冷めた料理。

 毎度毎度、運んでくるのは…体を倒し、視線をドアにやると、

  料理を取りに来た…リフィル。 何か言いたそうだが聞きたくも無い。

  姿も見たく無い。彼女の所為でアリアが死んだから、彼女が憎いからか?

 違う。あれから考え、俺にも責任はある。そう行き着いた。

  ただ、リフィルを見るとアリアを思い出してしまい、辛い。

  「あ…」

 これも、いつもの事。何か言いそうになり、息と一緒に言葉を飲み込み、冷めた料理を

  持って出て行く。もう何日になるか、まともに食べていない。

 食欲が微塵も沸かない。ベッドの白いシーツに滲んだ血の跡を見る。

  彼女を見て思い出す度、爪が掌に食い込み血が出る程に手を握り締めている。

  痛みで忘れられるなら…何度握りつぶした事か。 それでも…忘れられない。

 初めてここに来た時のアリアの顔、言葉を教えるのに困っていた顔、怒った顔。

  全部だ。忘れられる筈も無い。その上、こんな時におもいっきり殴って喝を入れて

  くれそうなセドニーも…いない。

 現状、余り時間は無いのは判るが…アイシクルフィアを見るのすら辛いのか、

  部屋の隅に置き、毛布をかぶせている。

 そんな塞ぎ込む俺の背に、竪琴の音色。アルバートか、こいつはよく生きていられたな

  と、心底思うわけで。 

  「ユタさん。心中察するに余りありますが…。それではアリアさんが余りに不憫」

 …聞きたくない言葉をこいつは…。

  「今晩、本来なら見せるべきではありませんが、お見せしたいものがあります。

     宜しければご同行を」

 軽く、頭を下げて出て行ったアルバートに、何も返事はしなかった。

  一体何を見せるというのか、何を見せても…アリアは帰ってこない。

 

 

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その夜。身を切る様な寒さ、月が雲で覆われて薄暗い夜だった。 

  言った通り、アルバートが尋ねて来て、俺はまぁ…誘われるがままについていった。

 静まり返った街中を歩くその途中、彼に尋ねられた。

  アルヴァは何故、鉄の獣を倒した後、荒れた大地に赤茶色のレンガを敷き詰めたのか。

  俺は、街を興したかったんじゃないのか。ぐらいしか思っていなかったが…。

 そうではなかったらしい。

  「さぁ、着きました…おっと、彼女に気付かれない様、お静かに」

 何がだよ…街の外れの草むらに頭を押さえつけられつつ、身を屈める俺とアルバート。

  そこには、赤茶色のレンガが積み上げられ、一つ一つ大事に抱え込み、

  地面に敷き詰めているアルヴァが居た。

  一体教えたいのか、それをただ見ている。

  「詩には、騎士団が倒した。隻眼の女王が倒した。そう書いておりますが…。

    倒したのはその通りですが…、このレンガの数はこの地で戦い、犠牲となった

    者の数です」

 この大きな街を覆うこのレンガの…数。 目を見開いてアルヴァの方、

  レンガの終わりから街の反対側の方まで見た。

  「勿論、肉親や親しい者がお亡くなりになる方が辛い事も判ります。

    事実、彼女も伴侶を失い。多くの戦友も失いました。…今回もです」

 そういや、旦那さんみかけないよな。アルヴァの。そう言う事か。

  けど、アイツは立てた。だから俺にも立てと? それは無理だ…。

  「彼女は、剣の力を失うと共に戦う力も失いました。支える者すら

    居なくなったのです。 今回でも彼女は戦ってはいません。

    そして、若者達から英雄として扱われるあの視線を嫌がるのは、

    照れ隠しでもなく、恐れているからです」

 恐れ…そうは見えないが。俺は視線を彼女に戻すと、軽くアルバートに頭を

  叩かれた。

  「彼女はああやって、自分を辛うじて奮い立たせている。

    もう彼女は昔の様な強さを持ち合わせてなどいない。

    そして、娘であるリフィルさんも、その道を歩もうとしている」

 …知ってたのか。人それぞれ、自分の保ち方は違う…とでも言いたいのか?

  「過去、私もあの場にいましてね。良く存じております。然しながら、

    唄うしか出来ない私では、支える事は出来ませんでした。

    ユタさん。貴方はまだ生きている。勝手な言い分でしょうが、

    まだ戦いは終わってはいない。二人を支えてやっては下さいませんか」

 無茶を言うな。俺も俺で手一杯だよ、黙って首を横に振ると、彼女に判らない

  様に俺は街の中へと歩いていった。

  「もと居た時代に帰りたくなったな…」

 寒空を見上げ、溜息を一つ吐き、自室へと戻ると、隅にかけてある毛布をどけて

  クリスに話しかける。内容は…帰る方法はあるのかと。

  「残念ながら、戻る事は不可能です」

 …片道キップか。 これからどうするか。…。

  ベッドに倒れ込み、顔を掛け布団に埋める俺に、クリスが珍しく話しかけてきた。

  内容は塞ぎこんでいる理由だが…話し方から察する処、判っている様だが。

  まぁ、大義名分でどうにかなる様な事じゃないんだよもう…。

  掛け布団をクリスめがけてぶん投げると、そのまま俺は耳を塞いで寝る。

   クリスに失望しました。と言われた様な気がしなくも無く…。

 

 

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明け方、窓から差し込む朝日で目が覚める。隣には、いつもの様に

  食事を置いて、何か言いたそうなリフィルが立っている。 

 昨日の事もありきで、俺は彼女の顔を良く見ると、かなりやつれている上に、

  寝ていないのか、目の下にくままで出来ている。

 口を少しあけ、何か言おうとすると、そのまま閉じて俯いて出て行く。

  この繰り返しだ。…。このままじゃ、今度はアイツが衰弱死しそうな勢いだぞ。

 くそ。 俺はおもむろに起き上がり、朝食を取る。 何日も食べていない所為か、

  何も入っていないスープだけだ。まぁ…当然か。 それを一気に流し込み、

  食べ終えると立ち上がりクリスの前に立ち、掛け布団をどける。

  「ちっとケジメつけてくるわ」

 そう、クリスに言うと、何も答えなかったが判ってくれるだろうと部屋を出て、

  昨日の晩に連れてこられたレンガが積み上げられている場所へと。

 流石にこの時間にアルヴァは居ないだろうと、レンガを一つ手に取る。

  「悪いが、アリアの分だけは俺が敷かせて貰うぞ…と」

 中腰になり、一つレンガを敷き詰めると。背後に人の気配が…。

  「アルバートだねぇ…余計な事まで喋って…」

 うーわー…一番見つかりたくない人に見つかった。 慌てて振り向くと、

  そにはアルヴァが立っていた。 彼女も彼女で少しやつれている様にも見える。

  こりゃ、本当に俺がしっかりしないと駄目そうだ…ぐあ!?

 いきなり首を右腕でロックされ…ヘッドロックじゃねぇか! 

  ちょ胸があたってる!胸が!! 彼女の右手を激しくタップするとようやく開放され、

  その場に四つんばいになるが、いきなりこみ上げてきた吐き気に起き上がり、

  草むらに駆け込んだ。

  「アンタ…一気にスープ飲み干したんじゃないかい?」

 バレてるよ。 苦笑いというか口の中が苦痛いだけなのか、軽く笑いながら口を押さえて

  アルヴァにそう答えた。…考えてみれは単純な事だった。

  アリアは死んだ。それに変わりは無い。だが、守るという約束は生きている。

 それに…。

 そのまま、お屋敷へと戻り、相変わらず子供がはしゃぎ回る通路を歩いていると、

  向こう側からリフィルが歩いてきた。軽く右手を振り挨拶がてら、飯食えよ

  酷い顔になってるぞ…と。 そういうと、彼女は通路に立てかけてある大きい鏡を

  指さすと、自分の顔を見てみろと言ってきた。…こりゃひでぇ。

 互いに自分の顔を鏡で見て、余りに酷くやつれて、

  目の下にくまが出来た顔を見合わせて笑っていた。

 

 …そう単純な事。俺は男で、この二人は女だったと言う事だ。

   あのまま、おっちんでいたらそれこそあの世でアリアに何言われるか。

 最後まで支えてやらないと、あの世でぶん殴られそうだからな。

  ま、精々頑張るか…!

 

            第1章 改変者と代行者  終

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