真・恋姫†無双異聞
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                      真・恋姫†無双異聞

 

 

                第零話 One more time,One more chance

 

                         第三章

 

 

 進学先に防衛大学を選んだ訳は、幾つかあった。

 一つは、考えうる限り、この国で最も戦いに近い場所にいる存在だったから。

 それに加えて、一般の大学生などよりも遥かに多忙であろう事。

 そして、家族やそれまでに得た友人と離れる口実が出来る事。

 一つ目の動機は単純明快、学び、鍛える為。

 二つ目の動機は、思い出に苛まれる時間と環境から逃れる為。

 そして三つ目は、罪悪感からだった。

 一刀にとって、家族や友人は捨て去った筈のものだった。

 “あちらの世界”で生きて行くのだと決めた、その時から。

 だから、痛かったのだ。

 友人達の変わらぬ笑顔や、長期の休みで帰宅する度に見せる父の不器用な優しさや、母の手料理の味や、妹のはしゃぐ様子の全てが、痛くて堪らなかった。

 

 本来ならば、真っ先にするべきだった鹿児島の祖父への剣術の師事を躊躇ったのも、それが理由だった。

 もう一度“あちらの世界”に帰るのだ、と言う思いは、もう一度彼等を捨てると言う事実の裏返しなのだと気付いたとき、後ろめたさははっきりと罪悪感として一刀の心を穿ったのである。

 最も彼等にしてみれば、そんな一刀の思いなど与り知る事ではないから、進路希望の用紙に“第一志望・防衛大学”“第二志望・陸上自衛隊”と書いて提出した時には、ちょっとした騒動になった。

 さもあろう。

 ついこの間まで、なんの変哲も無かった男子生徒の面構えが突然精悍になり、今まで興味のある様子さえ無かった自衛官になるなどと言い出したのだから。

 名探偵ならずとも、その裏に性質の悪いアジエイターの存在があるのを危惧するのは当然と言えた。

 

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 だからと言って、ある日突然、剣道部の顧問に食事に誘われて長々と民主主義について講釈を垂れられたり、友人達から冷やかし半分に『学年主任にお前の事を、根掘り葉掘り聞かれたけど、何やらかしたんだ?』と、問い詰められても、筋金入りの鈍感で通った一刀にはさっぱり理由が分からなかった。

 流石に、社会担当の教師に生徒指導室に呼び出され、『太平洋戦争における日本の行い』についてどう思うか、と至極真面目な顔で問われた段になって、あぁ、そう言うことか、と合点がいったのだが。

 

 しかし、一体どうやって三者面談を乗り切ったのだろう。と、一刀は考える。

 今となってはまったく覚えがなかったが、恐らく、元来が放任主義である父母が、自分の意思を尊重してくれたのだろうが。

 やむをえぬ事ではあった。

 本来であれば、高校生にとって一大事である筈なのだろうが、それに気持ちを割く余裕すら、当時の一刀にはなかったのだから。

 

 一度、進むべき道を定めた一刀の行動は早かった。

 これも、曲がりなりにも戦国乱世で一軍を率いてきた経験の賜物であろう。

 一度意を決したら、迷ってはならない。

 常に最大勢力であった魏や、三代にわたって築き上げた地盤を持つ呉であればいざ知らず、常に最小であり、拠るべき土地すら中々定まらず、将たちの知と武と団結、そして風評のみが武器だった蜀を率いていれば、陳腐な言い回しではあるが、迷いは身の破滅と同義だったのだから。

 

 まず、剣道に打ち込んだ。

 全国大会で上位に食い込めば、面接の時に有利になるだろうし、基礎体力の向上にもなるからだ。

 続いて、勉強。

 これは、単純に睡眠時間を削れば両立できた。

 そもそも、全てが漢字で構成されていたあちらの文章を解読し、更には書かねばならなかった時の苦労に比べれば、何ほどでもない様に感じられた。

 ましてや、自分が出来ないからといって、人命だの国益だのが掛かる訳では無かったから、純粋に学ぶ事、知識を得る事の楽しさを知る事が出来たし、疲れがピークに達したところで泥の様に眠に落ちるので、夢を見る事も少なくなった。

 及川などは、「お前、一体いつ寝てるんだ?」と、しきりに心配してくれたが、「疲れたときさ」答えてはぐらかした。

 おかげで、三年生の時の全国大会では一位になり、成績も、学年で五位から下になる事はなかった。

 

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 一刀は常々、後者は努力の成果にしろ、前者はそんな綺麗事ではまさかあるまいと思っていた。

 武道だろうと武術であろうと、自分の肉体が持つ限界を超えるなどと言うことは、多寡だか一年おっつきの努力などでどうこう出来る事では無い。

 他の選手と自分には決定的な差があったのだ。

 

 剣で人を斬った事がある者と無い者と言う、埋めようのない差が。

 

 部活を引退した後は、全てを受験に費やした。

 おかげで、センター試験の時も受験本番でも、大して苦労をした記憶はない。

 試験だの面接だので生じる程度の緊張など、初陣の戦場に置いて来てしまった。

 無事入学を果たしても、別段の感慨は覚えなかった。

 ただ、不思議と居心地が良いと感じたのは意外だった。

 何故なら、不謹慎ではあるが、国防は元より、組織の中で成り上がろうと言う野心も、近代兵器への憧れもない一刀にとって、そこはただの通過点に過ぎない筈だったから。

 

 多忙の中で、一刀は自分が持った不思議な感覚について考え続けたが、その理由が判明したのは、入寮して一年が過ぎた頃、いつものように食堂で昼食を取っていた時のことだった。

 答えは、天啓の如く降って来た。

 

 匂いである。

 

 この学び舎に染み付いた、汗の匂い。それは、野営の時に使う天幕や、警備隊の隊舎を満たしていた、若い兵士達の匂いと不思議に似ていたのだった。

 現金なもので、そう思うと、ただの通過点だと思っていた場所にも愛着が沸いた。

 そのくせ余分な事を考える暇もなかったから、在学中の四年の間、一刀は戻って来てからこっち、限りなく“平穏”と呼ぶに近い状況を手にする事が出来た。

 

 気が緩んでいたのかもしれない。

 

 だから、悶々と考え込むことこそなかったものの、一日たりと忘れた事はなかった筈なのに、あんな悪夢をみてしまったのだろう。

 

 それは、卒業を三ヶ月後に控えた、年末の夜の事だった。

 一刀が、例によって何やかやと理由をつけて実家に帰らず、寮の自室で珍しくぼんやりとTVを観ていた時の事である。

 目ぼしい番組も粗方終わってしまった為、そろそろ寝ようかなどと考えながら、それでもダラダラとチャンネルを弄んでいると、派手な鳴り物に合わせて舞い踊る一人の男が画面に移り込んだ。

 

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 京劇だ、と気付くのにそう時間がかかった訳ではない。

 何と無しに懐かしくなって、見惚れていたのだ。

 戦いの間隙を縫う様な平時は勿論、三国同盟が成った後も、政務の間に見に行った芝居小屋で観ていたものの息吹、あるいは残滓を感じたから。

 間抜けな話だが、ご丁寧に字幕が題目を知らせてくれるまで、一刀は意外と楽しんでいた。

 

“麦城における関羽最後の戦い”

 

「くそ、年の瀬だってのに縁起でもない・・・・・・。」

 一人ごちてTVを消すと、今まで押さえ込んできた不安が生暖かい泥の様に体に纏わりついた。

 三国同盟が成ったのだから、麦城の戦いが起こる事などないし、そもそも正史であるこの世界の関羽と、外史であるあちらの世界の愛紗は同一人物では無い。

 性別すら、違うのだから。

 しかし・・・・・・。

『今あなたが居なくなったら、三国同盟は間違いなく瓦解するわ』

 曹操こと、華琳の声が頭をよぎる。

 一刀はそれを振り払う様に頭から布団を被り、身じろぎすらせずに、眠りが訪れるのをひたすら待ち続けた。

 

 爛爛たる赤の中に、彼女は立っていた。

 最後に過ごした場所にあった、紅葉の葉が舞っているのだろうか。

 いや、違うだろう。

 紅葉の赤は、これ程に禍々しくは無い筈だ。

 第一、こんなに熱いはずが無い。

 してみると、これはやはり炎だろう。

 恐らく。

 そう思うと、赤は明確に炎となって逆巻き始め、美しく老いた愛紗を照らし出す。

 青龍偃月刀を振るい、舞う様に敵を蹴散らす勇姿は、共に戦場を駆けていたあの頃と少しも変わらない。

 

 それにしても、この敵はなんなのだろう。

 まるで影の様で掴み所が無く、かといって、影の様に薄っぺらには感じられない。

 青龍偃月刀が奔るたび、幾つもの影が断末魔を上げて消えて行くのに、その数は一向に減る気配すら無い。

 

 それからどれ程の間、魅入っていたのだろう。

 青龍偃月刀は際限無く振られ続け、美しき軍神の舞は止まる事無く続いていた。

 と、ふいに、ヒョヒョヒョヒョッ!!と言う音が遠くで聞こえた。

 化け物の笑い声にも思えるその音は一刀にも覚えがあった。

 

 弓兵が一斉射を行った時の、弓弦(ゆんづる)の嘶きだ。

 

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 空を覆いつくして迫りくる、死の群れ。

 呆然とそれを見つめる一刀の横を、何かが凄まじい勢いで駆け抜けて往く。

「愛紗・・・・・・!!」

 瞬間、ふわりと立ち上った香りでそれと分かった。

 愛紗の控えめな、けれども優しい香りの香油。

 美しい黒髪を靡かせ、軍神は死の群れに向かって疾駆した。

 

 軍神の不敗の刃が、死の群れを切り裂いてゆく。

 その一閃で叩き落としている矢は、十や二十では無い。

 その証拠に、彼女の青龍偃月刀の切っ先の届かぬ場所は突き刺さった矢で埋め尽くされてり、最早、鼠の這う隙間すら無い様な有様である。

 それでも降り続ける矢の雨を、尚も払い、斬り、薙ぐ。

 だが、いかな不敗の軍神とて、そんな事を永劫に続けられる筈は無い。

 

 際限なく降り注ぐ死の群れの中の一匹が、軍神の左腕の肉を引き裂くと、他のモノ達が緩やかな鎖骨に、滑らかな腹に、しなやかな脚に、我も我もとばかりに喰らい付く。

 一刀は聞こえる筈の無い叫び声を上げながら、矢で出来た醜悪な草原を駆けた。

 彼女を死の群れから救う為、もう一度、その腕に抱きしめる為に。

 しかし、矢の草原は余りに硬く、愛する人は余りに遠過ぎた。

 

 そしてとうとう、軍神の喉笛を、死の刃が貫いた。

 

「愛紗!愛紗!愛紗!」

 

 何度も名前を呼びながら、矢の草原を掻き分けてようやくたどり着くと、一刀は彼女を抱き上げた。 

 いや、抱き上げようとした。

 だが、一刀の腕は、血に濡れた軍神の身体をすり抜けるばかりで、触れる事が出来ない。

 「愛紗!愛紗!」

 触れらぬのなら聞こえもしないかも知れないが、そんな事はどうでもいい。

 今はただ、名を呼ぶ事しか出来ないからそうしているのだ。

 

 いつの間にか、死の雨は止んでいた。

「愛紗?」

 軍神の腕がゆっくりと上がり、喉に刺さった矢を掴む。

 と、矢はいとも容易に二つに折れた。

 

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 ぜぃ、ぜぃ。

 

 悲痛な音の呼吸をしながら、それでも軍神は首に刺さったままの矢尻に手を伸ばし、貫かれた方向に引き抜くと、ごろりと仰向けになった。

 

 琥珀の色を湛えた目は、蒼く澄んだ空を見ている。

 

 苦しげに息をする軍神の口が動くのを、一刀は見た。

 

『ご主人様』と。

 

 最早、声を出すことさえ叶わぬ口で、確かに、そう言った。

 

その横顔は最早年老いた軍神などではなく、一刀が愛した、美しい少女のそれだった。

 

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                   あとがき

 

さて、第三話はいかがでしたでしょうか。急ぎ足で、一刀が正史の世界に戻ってからの五年間をみていただきました。出来るだけ淡々と書いたつもりなのですが、詰め込みすぎて読みずらいのは、未熟者ゆえご容赦下さい。

 

予定では、あとの八年をサラっと書いて、ようやく本編を少しずつ動かして行こうと考えているのですが、ここで皆さんに意見をお聞かせ願いたい事があります。

私は今後、今作を『ハードボイルドタッチの特撮モノ』風として展開して行きたいと思っているの

ですが(牙狼やライオン丸Gを連想してもらえると分かりやすいですかね)、一刀さんを変身させちゃうべきか否か、悩んでおります・・・。

 

もし変身させるとしたら、色んなエッセンスを盛り込んだオリジナルにするつもりなのですが・・・。是か非かコメント欄にてお返事下されば、大変助かります。

 

ではまた次回お会いしましょう!

 

説明
投稿3作目です。
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コメント
深緑さん コメントありがとうございます。あれは、『もしかしたら自分が帰るまでに間に合わないのではないか』と言う様な、一刀の不安が生んだものですね。ただ、一刀の夢がある種の予知夢なのか、それともただの悪夢なのかは、私もまだ決めかねております。個人的には、早く一刀と愛紗を会わせてあげたいのですが、筆が中々先に進みませんwww (YTA)
一体敵は何者なのか気になりますね。(深緑)
敵は人外の怪物で、恋姫達はある理由から十分に戦えない為。と言う設定にしようと思っています。(YTA)
変身させるのであれば、何かしらの理由が要りますね。但し、敵は人間以外のモノですよね?(西湘カモメ)
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