恋姫?無双:異聞伝〜五胡の王・2〜
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屍広がる荒れ果てた野。

青年はただ立ち尽くしていた。そこにある屍を前に立ち尽くしていた。

長くは無い薄い菫色の髪に立ち尽くしていた。

光を失った紫の瞳に立ち尽くしていた。

元よりもさらに白くなったその肌に立ち尽くしていた。

そう、自分が妹と思い愛した少女の亡骸を前に、青年は立ち尽くしていた。

「……ゆ、月?」

かすれる声を絞るようにしてひり出す。

返事は……ない。

「月?月!月!!」

そこからはもう止まらない。自分でも驚くほどの大声で少女の名を叫び続ける。

「月ぇ!!月ええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

尤も青年には自分の声すら聞こえていないのかもしれない。

それ程までに。

青年の目は少女の亡骸しか映していなかった。

 

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「…君!若君!!?」

「ハッ!!」

自分を呼ぶ声に一気に意識が覚醒する、額を伝う汗が粘り前髪を絡みつかせた。

「うなされていたようですが……大丈夫ですか?」

堀の深い顔を心配げにゆがめて、隻眼の男は龍志を見る。

「あ…ああ。少し夢見が悪かっただけだ。心配ない」

「……さようですか。それは失礼しました」

龍志の言葉を訊いてもまだ隻眼の男は何か言いたげな顔をしていたが、何も言わずに頭を下げた。

「いや…それよりもこんな時にうたた寝とは、軍師殿に申し訳ないな」

クスリと笑うと、男−董卓軍龍志旗下筆頭軍師・魏擁は小さく頭を振り。

「いえ。ここのところ若君があまりお眠りなられていない事は家臣一同存じておりますので」

「ふ、世話をかけるな。ありがとう」

「ありがたきお言葉……」

深々と頭を下げる宿将に、龍志もまた心の中で頭を下げた。

 

長安に流れた黄巾の残党征伐も半ばを過ぎた頃、龍志達の下に一つの凶報が届く。

それは反董卓連合が結成され、水関が陥落。華雄が生死不明というものであった。

凶報は続く。水関に続き虎牢関が陥落。呂布こと恋と陳宮が劉備軍に張遼が曹操軍に降り、反董卓連合軍は洛陽に肉薄しているという。

この時、洛陽に戻るべきか長安を堅守すべきかが議論となったが、結局長安を安定させ月が落ち伸びてきた際の受け入れの態勢を整えると言う方向で話はまとまった。

確かに龍志達が洛陽に戻ったとしても、洛陽がそれまで維持できているかすら分からないそんな状況だった。

本音を言えば龍志は一刻も早く月の元へ行きたかった。彼女の身を安全な所へ少しでも早く連れ出したかった。

しかし、状況はそれを許さない。仮にも龍志は長安方面の司令官なのだ。

そして龍志直属の家臣たちも、直接の主である龍志の身を危険にするような提案を容認できるはずが無かった。

その鬱憤を晴らすかのように龍志は敵を討った。総大将自ら前線に立ち、蛮勇を奮い屍の山を築きあげる。

そして夢を見る。月の死ぬ夢を。その亡骸の傍らで立ち尽くす夢を。

やがて黄巾の残党が駆逐されると今度は寝食を忘れて政事をこなす。

起きていても寝ていても、心は朽ちて行く。

少しずつ少しずつ。

 

 

「……酷い顔ですな」

水を被り汗を拭い、新たな着物で廊下を歩いていると不意に声をかけられた。

見れば渡り廊下の欄干に腰かけて趙雲子竜が杯を傾けている。

「子竜…また昼間から飲んでいるのか?」

「ふふ、こうして鳥のさえずりを聞き陽光が酒に煌めくのを見て酒を飲むのも乙なものですぞ」

「そうか……」

おもむろに地を蹴り趙雲の傍らに腰かける。始めは驚いた顔をした趙雲だったが、すぐににやりと笑うと袖から杯を出し龍志に渡した。

「ささ、まずは一献」

「かたじけない」

注がれた酒を一気に胃まで流し込む。熱が喉を抜け胃を満たし、気を満たす。

「相変わらず良い飲みっぷりですな。もう一献いかがか?」

「いただこう」

それから二人で何を言うまでも無く景色を見ながら酒を飲み続けた。片方の杯が空になればもう片方がそれを満たす。そんな事を繰り返しながら。

「………張戯殿はまだ帰らぬか」

「ああ。まだ帰って来ない」

洛陽を探るべく間者達と共に長安を発った宿将の一角の姿が杯の中に浮かぶ。

こと諜報や暗殺にかけて彼にしくじりのある筈は無い。ある筈は無いのだが……。

「いかんな。どうも悪い方に考える癖がついているようだ」

思わず漏らした龍志に、趙雲はやれやれとあからさまに溜息をついてみせ。

「情けないですな……それでも我が主か」

「……面目ない」

再び深々と溜息。

「主殿。武者修行の道中であった私が貴殿に仕えると決めたのは、貴殿の器を見込んでの事。それが何ですそのざまは。いかに深い仲であったとはいえ、娘一人の生死でそのように乱心なさるとは」

「それは……いや、確かにお前の言う通りだ」

董卓軍中にあっても龍志は半ば特殊な存在だ。かつての家臣団を解体されることなくそのまま龍志軍として受け入れられ、半ば独立軍に近い立場にある。

前漢の高祖の軍における韓信が言い例か?

「董卓殿の安否に関わりなく、主は我等の主です。これからの我等の身の振りようも考えていただかなくては」

「そう…だな……」

そう言いながら相変わらず覇気がない。

「……龍志!!」

声を荒げ、丹田に込めた気合と共に趙雲は一喝する。

驚いた龍志の杯から、僅かに酒がこぼれた。

「そのようにうじうじするなら、主の責も将の任も放棄して洛陽へ行けい!!だがそのような姿を董卓殿が望むとお考えか!!貴殿の成すべきは何か、今一度考えい!!」

「……………!!」

しばらく茫然と趙雲を見ていた龍志だったが、いきなりパンと自らの頬を張り背を伸ばした。

それだけで悪い気が多少吹き飛んだ気がする。

「……子竜。おかげで目が覚めた。諫言痛み入る」

「何…私は他の五将と違い、宿将という訳ではないですからな。言いたい事が言えるだけですよ」

そう言って酒を仰ぐ趙雲。その頬は酒のせいか少し赤い。

「そうか。まあ、早く君の真名を預けるに足る将にならねばな」

「ですな」

そして二人が笑い合っていると、遠くからドタドタトいう足音が聞こえてきた。

この騒がしい足音には聞き覚えがある。宿将の一人・臧雄のものだ。

「おお!若!!」

案の定、渡り廊下の口から顔を出したのは筋骨隆々の体躯を紅い鎧に包んだ針金のような髭の大男だった。

「どうした臧雄。そんなに慌てて…」

「張戯殿が戻られたのです!!李儒殿と共に!!」

 

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会議場に三人がついた時、そこには主な将と共に張戯と李儒が控えていた。

「張戯。まずはお役目御苦労。早速報告を…と言いたいところだが、その前に幾つか李儒殿にお聞きしたい」

張戯の隣の少女が表を上げる、その顔は憔悴の色がはっきりと見て取れたが相変わらず底の見えない瞳だけは最後に見たときと変わらない。

「虎牢関陥落以降の事を自分は知りません。教えてはいただけませんか?」

「ええ。勿論。あの後洛陽へ連合軍が近付くにあたって、私達は長安脱出を考えたの。すでに主な武官はいなかったから、戦ったとしてもどれだけ持ちこたえられるか解らなかったし。それで月様に先立って私が囮として豪華な馬車で洛陽を出たわ。調度連合軍が洛陽に突入したあたりで」

「それでその後は?」

「案の定追いかけられて、そいつらをまいた跡にここを目指してたら、張戯さんとバッタリ会ったのよ」

「はい〜そうなんですよ〜」

のんびりとした口調で張戯が応じる。緊張感を無くす物言いだが誰も咎めはしない。馴れているから。

「それで、李儒殿に長安まで行くよう申し上げたのですが、洛陽の内偵に同行したいとのことでしたので、御協力を願いました〜」

「成程な。だから二人一緒だったのか」

合点が行ったと頷く龍志。だがすぐさま表情を引き締め次の言葉を放つ。

「では、聞きたい事は山ほどあるのだがまずは一つ……」

ごくりと唾を飲む。声がかすれないよう丹田に力を込めて龍志は口を動かした。

「董卓様は……如何なされた?」

 

 

沈黙が降りた。

 

 

「…洛陽の噂では」

張戯と長く暮していれば、常に崩れない笑顔と口調の奥の感情を垣間見る事が出来るようになる。この時がまさにそうだった。故に龍志は幾度も決めてきた覚悟をまた決める。

「董卓様は亡くなられたということです」

「!?龍志様!!」

どれほど覚悟を決めても堪え切れないものはある、龍志にとってこれがそうだった。椅子から崩れ落ちそうになる体を傍らの候伯と郭仁が支える。

「ぐ…ぬおおおおおおお!!何故じゃあ!!何故あのようにお優しい方が死なねばならんのじゃあ!!」

堪え切れなくなった臧雄が涙をこぼしながら叫んだ。表に出さなかったが皆思いは一緒である。一度触れれば心までしみ込む優しさ。武に秀でず政治も決して群を抜いている訳でもなかった月が今までやって来られたのは、その優しさあるが故であった。

だからこそ、漢人を憎む龍志達でさえ月の下につく事を受け入れたのだ。趙雲ですら龍志が受け入れなければ旗下に入る事は出来なかったであろう。

怒り、嘆き、哀しみ。様々な感情が渦巻く中、その中で張戯は取り乱すことなく、静かに、しかし律とした声で言葉を放つ。

「ただ……」

それだけで、場の空気が張戯に集まった。

「ただ、腑に落ちない点もあります」

「……というと?」

「話では董卓様は燃え落ちる宮殿の中で最期を遂げられたという事になっています。ですがそれでは先程の李儒殿の話と一致しません〜」

「月様は私の後すぐに出立される予定でした」

李儒も言葉を添える。

「また、遺体が燃えたとはいえ誰も董卓様の御遺体を見てはいません。虚名とはいえあれほど悪名を重ねられた董卓様の亡骸…普通ならば放ってはおかないでしょう〜」

「周の武王も燃えた紂王の亡骸を探し出し、晒しものにしたと言いますからな」

郭仁が言う。

「……董卓様を討ったという者は?」

「劉備という若き女将とか」

「劉備…確か天の御使いとかいう男を招いて最近台頭してきた群雄の一人とか。性は温厚にして柔和。大徳をもって知られ他の諸勢力とは一線を画していると聞きます」

「大徳…董卓様との相性は良さそうですな」

魏擁、候伯両者の言葉だ。

「……生きているかもしれない、と言うことか」

「は、その可能性も決して無いわけではないかと〜」

再び力が抜けて、龍志は椅子に身を預けた。

全身を包む脱力感。しかしそれはけして不快なものではない。

月が生きているかもしれない。確定ではなくあくまで可能性。それでもここまで安心する事が出来るとは。

……涙を流しそうになるのは流石にこらえた。

 

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あれから数ヶ月が過ぎた。

結局、月の生死は不明のまま龍志達は長安で旧董卓軍の敗残兵や豪族の参入などを受け入れつつ法制度を整え開墾を奨励し、中原や蜀、あるいはシルクロードをやって来た羅馬の商人達との交易を推し進めるなどして国力の充実に努めてきた。

無論良い事ばかりではない。月達の本拠地であった涼州は新たに涼州刺史に命じられた豪族の馬騰の旗下に入り、既に旧董卓軍の所領はここ長安のみとなっている。

また、董卓軍の悪名と龍志が北方騎馬民族の出自だということで著名な名士達は長安を忌避し、人材の登用も巧くいっていない。

課題は多い。しかし、彼等はいずれまた月が戻ってくる事を信じて日々練磨を絶やす事は無い。

 

長安の城楼の上、遥かかなたまで続く地平を見つめ龍志は後ろで結んだ髪を風に泳がせていた。

この数ヶ月は実にうまくいっている。董卓を討ったという事で連合軍はすでに解散し、群雄達は所領を少しでも大きなものにするべく本格的に動き始めた。

中でも、連合軍で名をはせた曹操の勢力の台頭は著しい。江東では孫策が袁術から独立を果たし、河北では公孫賛が袁紹に滅ぼされ劉備に身を寄せたと聞く。

世の中はあわただしく動いている。その流れにいずれ長安も巻き込まれるだろう。

その時、自分達は生き残る事が出来るのかと龍志は自分に問う。

今のまま、ただ月の帰りを待つだけでは恐らくいずれかの勢力に。恐らく西進を始めた曹操軍に飲み込まれるだろう。

そうなる前に手を打たねばならない。月が生きているにせよいないにせよ。何故なら……。

 

「あら。旦那様、どうしたのですかこのような所で」

「ああ、結(ゆい)か」

城楼の階段からひょこりと顔を出したのは、かつての董卓軍筆頭軍師・李儒。

今では龍志軍次席軍師の結だ。

絶望的ながらも月の生死が不明な以上、董卓軍には当面の指導者が必要だった。その候補に挙がったのは李儒と龍志。位から李儒がその座に登ると思われた龍志の予想を裏切ったのは、李儒本人だった。

曰く『そっちのほうが面白そうだから』だそうだ。

まあ、旧董卓軍と言ってもその幹部も兵士も龍志直属の兵士が多い以上。そうなるのは必然だったかもしれない。

それでもそれからの李儒の働きで、洛陽から落ち伸びてきた残兵の受け入れが円滑に行われたこともまた事実。龍志とあまり縁の無かった旧董卓軍幹部が参入してくれたのもまた事実。

いずれにせよ、李儒…いや、結はその名の通り旧董卓軍と龍志軍を結んでくれたのだ。

「いやなに…これからの事を考えていたのさ。このままではいずれ俺達もいずれかの勢力に飲み込まれる。そうなる前に、何か手を打たなくては」

「打たなくては…ではなくて、もう打っているの間違いでは?秘密裏に候伯殿と張戯殿が姿を消した事、知らないと思って?」

「ふ…ごまかせないな」

肩をすくめて龍志は再び地平に目をやる。

その傍らに結も立ち、主と同様に風に髪を遊ばせた。

「……でも、驚きましたわ」

「え?」

「月様が行方知れずとなって、あなたはもっと慌てるかと思っていたのに」

「ああ。まあ、慌てていたのは事実だ」

実際、月の生存を確認するため劉備勢力と繋がりを持とうとしたこともあったが、長安周辺を固める事が先決との六将の言葉にしぶしぶ頷いた過去がある。

「だが、あの会議の直前に子竜に窘められていてな。彼女の…龍志軍の長としての責任を果たせと、月様から長安を任された責務を果たせとな。そんな事を言われた手前、何時までも情けない姿は見せられないだろう」

「子竜…星はまだ旦那様に真名を預けていないのですか?」

「ああ。どうやら君主として俺はまだ彼女の及第点に及ばないらしい」

苦笑いを浮かべて頭を掻く龍志。既に軍中の主な将に趙雲は真名を預けていた。

「こちらの真名を教えるのを条件にしようにも…俺には無いからなそういうものは」

龍志の部族に真名の風習は無かった。

「まあ、精進するよ」

「そうですか」

クスリと笑い、結はチラリと階段の方を見る。

城楼で酒を飲もうと彼女を誘い、ふと思いついた事があり階段の中ほど…ここでの会話が聞き取れる位置で待機させている友人の事を。

そして結はもう一つ知っている。趙雲が龍志に真名を教えていない本当の理由を。

(まあ、もったいぶったせいで教える機を逸したままだなんて馬鹿らしくて信じてもらえないでしょうけど)

龍志に見えないところで肩をすくめ、結は再び階段を見た。

堪え切れなくなったのか、あの特徴的な髪留めが見え隠れしている。

そろそろ声をかけてやろうか。偶にはこの三人で酒を飲むのも良いだろう。

含み笑いを浮かべながら、結は口を開いた。

 

(続いてくれ)

 

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制作秘話その二

 

タタリ大佐(以下大佐)「読んでて思ったんだが」

私「うん?」

大佐「文体が若干似てるな私たち」

私「まあ、十年くらい一緒に文書いてるからね」

大佐「国語の先生も大体一緒だしな。それはそうと、一つ質問なんだが」

私「何?」

大佐「この話のヒロインって、月でいいのか?」

私「うん。月と星」

大佐「……二人?」

私「うん」

大佐「二股?」

私「一刀や帝記北郷の龍志よりはまともだろう」

大佐「まあ…ね。それから今後の原作キャラの加入予定は?」

私「次が涼州戦だから翠と蒲公英は入るかな。あと悩んでるけどいい感じに曹操軍から二人くらい入れたいんだけどね」

大佐「まあ、反董卓連合が終わった時点で無所属のキャラってほぼいないしな。益州の皆さんは?」

私「漢中を超えないといけないからなぁ……それよりも、漢人の人材をどうやって確保するとか気にならない?」

大佐「まあな。それでどうするつもりだ?」

私「ネタバレ厳禁!!」

大佐「……カット」

 

 

 

 

 

説明
これは、真・恋姫?無双の二次創作の皮を被った、オリジナル小説もどきです。
恋姫を心から愛する人や、主人公は一刀主義の方、自慰小説乙wwなかたは絶対に読まないでください。

警告を無視して読まれて不快な思いをされても私は一切の責任を負いかねます。
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真・恋姫?無双 オリ主  五胡の王 

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