剣と魔導 2
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 剣と魔導−2

 

 それは、聖杯戦争が終了してしばらくたった四月のある日のこと。その日は藤ねえも遠坂も桜も出かていて、イリヤと二人きりだった。

 昼食を食べた後、満腹感と陽気から少し眠気を覚えてうとうとしていたら、一緒に日向ぼっこをしようとイリヤに誘われた。

 それもいいかもしれないと縁側に行くと、イリヤと二人で横になった。

 穏やかな午後の陽気、このまま眠ってしまうのもいいかもしれないと目を閉じようとしたとき、今までとは違うまじめな声で名前を呼ばれた。

 首だけそちらを向けると、イリヤは顔を天井に向けたまま静かに問いかけてきた。

「シロウはこれからどうするか、考えてる?」

「え、これからって?」

 質問の意図がわからず、間の抜けた問いを返してしまう。

「だからこれからのこと、シロウは将来何になりたいの?」

 そこで初めて顔をこちらに向けてきた。はぐらかすことも嘘をつくことも許さない真摯な瞳がこちらを見つめている。その視線を受けて、自分も表情を改めた。俺の将来、自分の目指すもの、それは…

「俺は正義の味方になる。切嗣の目指した理想、それをかなえる」

 そう答えた。

 あの夜、切嗣と交わした約束。その理想をかなえんと鍛錬を続けた日々、そして自身の進むべき道を決定付けたといってもいい聖杯戦争。

 あの戦いの最中、理想に裏切られ絶望の果てに消滅を望んだもうひとりの自分と剣を交えた。

 お前の理想は借り物、所詮偽物に過ぎないと喝破された。

 それでも、その理想が綺麗だから憧れた。それだけは間違いではないと、自身の力のすべてを振り絞って赤い弓兵を打倒した。

 そして最後の戦い。最古の英雄王との決戦で自分の身の内に宿るものを知った。

 聖杯となったイリヤの救出と大元たる大聖杯の破壊。それら全てを終え、黄金の別離を果たした自分のサーヴァント。

 目を閉じれば、昨日のことのように思い出せるそれら全ての出来事と、そこで抱いた想い。その全てを込めた答え。それを聞いて、イリヤはほんの少しだけ悲しそうな顔をして瞳を閉じた。

 僅かな間、そして目を開くとゆっくりと口を開いた。

「そっかぁ。じゃあ、私がシロウの帰る場所を守ってあげる。シロウがどこに行っても、何をしても、私はずっとここでシロウを待っててあげる。だから、全力で理想を追いなさい。それでも疲れて、擦り切れそうになったらいつでも帰ってきなさい。シロウを磨耗させたりなんて、私がさせないんだから」

 浮かべた笑顔はどこか儚げで、それでいて何かに決別するようなさっぱりとしたもの。

 その時は、その言葉にどんな想いが込められていたのかまったく解らず、ただ真意を問い返そうとした。

 だがその前にそれで話はお終いとイリヤに抱きつかれ、あっという間に寝付かれて、結局問いただすことはできずうやむやになってしまった。

 この時イリヤが何を決意したのか、それを俺が知るのは全てが終わってからのことだった。

 

 

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 そんな、懐かしい夢を見た。

「う、ん…」

 顔に当たる日差しの眩しさで衛宮士郎は目を覚ました。欠伸をかみ殺して上体を起こし大きく伸びをして体をほぐす。なんだかやけに体が固い、寝違えたのだろうか。寝起きのぼんやりとした頭でそんなことを考える。

「っと、今何時だ?家事はイリヤたちに任せきりだったけど、今日こそは飯くらい作らなきゃな…」

 久しぶりに手料理を振舞おうと包丁片手に台所に立った途端、ここに帰ってきたときくらいシロウはゆっくりしてなさい!なんてことを言われて包丁を取り上げられ、イリヤ一人で見事な手際で炊事とおまけに洗濯まで片付けてしまった。

 だったら掃除でもしようかと思ったら、掃除は私がしますと桜に箒とちりとりを奪われ、いつの間にか居間のテレビの前に座らされていた。

「二人とも手ごわくなってたな〜」

 けど今日こそは、そんなことを思いながら床に手をついて起き上がろうとして、そして掌に感じた感触に士郎は怪訝な表情を浮かべた。

 布団にしては冷たくて固い。畳であるなら編み目の感触がない。この石のような触感と均一にならされた平面。つまりこれは…

(コンクリート?もしかして土蔵で寝ちまったのか)

 ああ、いけない。こんな所で寝ていたのがイリヤにばれたら何を言われるかわかったもんじゃない。さっさと起きよう。きっとまだイリヤは寝てるはずだ。

 それにしても、何で土蔵なんかにいるんだろう。昨夜鍛錬でもしただろうか。確か昨日の夜は、四人で宴会をやって他の三人が酔いつぶれて寝てしまって、それから…

 

 

               −それから、柳洞寺へ−

 

 

 そこまで思い出して意識が急激に覚醒していく。記憶が一気に蘇る。そう、自分は昨夜柳洞寺地下大空洞で得体の知れない連中と遭遇し、そして見慣れない魔法陣に捕まり意識を失った。つまりここは家の土蔵の中などではなく…

(まさか牢屋の中か!?)

 とにかく現状を確認しようと立ち上がり、周囲を見回した所で士郎は呆然と立ちすくんだ。

 最初に目に入ったのは半ば倒壊しかかっているビル群だった。

 長年風雨に晒され、修繕もされていないだろうその外壁にはいたるところに亀裂が入り、巨大な穴が開いているところまである。

 窓枠にはめられていたと思われるガラスはそのほとんどが割れ砕け、泥と埃に汚れて地面にばら撒かれていた。

 素人目に見ても、もはや本来の用途で利用することは不可能だと判断できるほどの荒れ具合。視線を下に向けて自身の周囲を見渡してみれば、これもまた荒れ果てた路面ばかりが視界に入る。

 かつて、人が住んでいたことを容易に推測できる建築物達は、同時に現在、人が住んでいないことを確信させるに十分な判断材料を提供してくれた。

 つまり、衛宮士郎が横たわっていたのは我が家の土蔵でも、いずこかの獄中でもなく、廃墟の真っ只中だったということである。

 それだけでも十分驚愕に値することだったが、さすがにそれだけで呆けるほど士郎は未熟ではない。実際、中近東を活動拠点にしていたころは武装勢力に寝込みを襲われ拉致されたこともあったのだ。

 日中にもかかわらず天上から自身を見下ろしてくる複数の月。

 そう、一つではない。確認できるだけでも三つ、大きさも月面の模様も彼の知る月とはあまりに違う。

ここが地球ならば決してありえない光景。その事実こそが彼を真に驚愕させ、我を忘れさせたのである。

「…なんでさ…」

 漏れ出た呟きは、困惑のものだった。

 

 

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 しばらく後、士郎は廃墟の隙間を潜り抜けるように移動していた。

 目を覚ましたら見知らぬ土地だった−もはやここが地球であることすら怪しいが−という状況に一時茫然自失の体となった士郎だったが、いつまでもこうしていても始まらないと立ち直り、周辺の探索を始めた。

 探索を行う前にまず、自分の体に何か異変はないかチェックしてみた。結果は物理的にも魔術的にも異常なし。

 続けて持ち物の確認を行ったが、懐中時計と、置き引き対策にとコートの隠しポケットに放り込こんでそのままだったパスポートを見つけた。特に無くしたものはないようだ。

 拍子抜け半分、安堵半分の溜め息をつくと、手始めに近くにあったなかでもまだつくりのしっかりしているビルの屋上まで昇り、周囲360°を見回してみた。

 広い、とにかく広い。この廃墟、かなりの規模のものだ。持ち前の視力の良さを持ってしても人っ子一人見つけられない。その事実に一瞬気力が萎えかけたが気を取り直して、見落としはないかもう一度見回した。

 正面、海に面しており海岸まで荒れ果てた建造物が立ち並んでいる。海の向こうに陸地は見えない。

 右手、正面と同様。こちらは遥か先に山が見える。ただし、人の営みは見受けられず。

 後方、見渡す限り一面の廃墟が広がっている。

 左手、やはりこれまでと同じ。視界の果てまで廃墟が広がり、河を挟んだ向こうの建造物からヘリが…

「ヘリ!?」

 今のは見間違いかとよく目を凝らして見る。やはり間違いない、あのシルエットはヘリコプター特有のものだ。さらによくよく見てみれば河向こうの建造物には人工灯と思われる光が確認できる。

 どうやら人の住んでいる場所もあるらしい、これで向かう先は決まった。ただ、依然としてここが自分にとって未知の領域であることに変わりはない。用心に越したことはないだろう。

 かくして、冒頭に戻る。

 とりあえずの目的地は定まったものの士郎にとってはまだ油断の出来ない状況である。考え付くだけでも懸念の種は三つある。

 一つ目はここは一体どこなのかということ。この異様な景色、どこかの結界の中に閉じ込められたのかとも考えたが、こと世界の異常に関する限り自分の感覚が違和感の欠片も感じ取れないというのはおかしい。

 となれば、かの第二魔法のように異世界に移動してしまったという可能性がでてくる。

 そうなると問題となってくるのがあの正体不明の連中である。

 この廃墟に転移したのはあの紫の魔法陣に飲み込まれたからだというのはまず間違いない。自身の仮説、ここが異世界であるというのが正しいというのであれば、あの魔法陣を展開した魔術師は第二魔法の使い手ということになる。

 かの魔導元帥ゼルレッチのみが成し得た平行世界への干渉、それをやってのけたというのだ、あの灰色の髪の少女がお嬢様と呼んだ人物は。

 仮にそんな人物が実在していれば魔術師の世界で名前が知られていないのはおかしい。最低でも、新たな魔法使いが誕生したという噂くらいは立つはずである。だが、士郎はそんな話など耳にしたこともない。

 あの奇妙な人形といい、その正体も目的もまったくわからない。これが二つ目。

 最後に自分は帰ることが出来るのかということである。

 こればかりはどうなるかわからない。ここが地球であるならば、懐にあるパスポートが多少の役には立つのだろうが、異世界であるなら顔写真付き手帳程度の価値しかない。

 これだけの建造物を築き上げたということは文明社会ではあるのだろうが、なんとか意思の疎通を図り、情報を得なければ…

 本来、音を立てずに通り抜けるはずだった瓦礫の山にコートのすそを引っ掛け、そのままつんのめって転びそうになり、慌てて体勢を立て直したところでようやく士郎は我に帰った。 

 思考に気をとられすぎて、周辺への注意がおろそかになっていたようだ。うかつである。

 懐中時計を取り出して時間を確認してみたが、移動を開始してから二時間もたっていない。このくらいのことで集中を乱すとは情けない。自分はこの何倍もの時間の隠密行動も、行軍もこなしてきたはずなのに。 

 やはり、いまだ五里霧中と言ってもいい−空は憎らしいくらいの快晴であるが−この状況は自覚している以上に己の精神を消耗させているのかもしれない。

(一度休んでおくか…) 

 目的地までは後1km程といったところだが、展開しだいでは荒事になるかもしれない。

 士郎はもう一度周辺の気配を探り、あたりに人がいないことを確認すると日陰にあった瓦礫に腰を下ろした。

 一息ついた途端、体が空腹と喉の渇きを訴えてきたが、あいにくそれらを満たせるものはこの付近にはない。

(こんなことなら、弁当でも持ってくればよかったかな)

 そんな益体もないことを考えながら、しばしの間士郎は体を休めることにした。

 彼は知る由もないが、このある意味行き過ぎとも思える慎重さは結果として正解だったのである。

 もし、人の気配がないからと魔術、例えば強化などを使って廃墟を突破しようとしていたら、その存在を察知されさらなるトラブルが降りかかったかもしれない。

 そう、彼が今いる地点から2km程離れた、この一帯でも一際高いビルの屋上に陣取っている二人の少女の手によって…

 

 

 

 

 

説明
第2話、続けて投稿させていただきます。
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