正しくは残暑見舞いです、時期的に
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 茹だるような暑い日の午後のこと。

 季節はまさに夏。太陽は全力で自己主張してるし、蝉たちも日差しに負けじと声を張りあげている。

 わずかにそよ風とも呼べないような空気の流れがあるけど、そんなものは大した慰めにはならない。

 

「……暑い……」

 

 そんな中、俺は雪蓮の部屋に向かって歩いていた。

 日陰をただ歩いているだけで汗がにじみ出てくる。クーラーに慣らされた現代人には、この暑さは辛かった。

 

「……暑い……」

 

 文句とも言えないような独り言だ。

 何度繰り返したところでもちろん涼しくなったりはしないことも十分わかっているけど、頭の中の大部分は「あつい」に占領されてしまっているので、気が緩むとついついその言葉がこぼれてしまう。

 太陽に襟首があるのなら、思いっきり締め上げて、少しは自重しろ、とでも言ってやりたかった。

 もちろん太陽は服なんか着てやしないし、もし着てたとしたって、襟首を締め上げれるほど近づいたら今よりもっと暑くなりそうなので実行しやしないわけだけど。

 

 今日は呉のメンバーが集まって行われる定例会議の日だ。

 

 元は王だった雪蓮も当然ながら出席する予定になっていたんだけど、時間になっても彼女は会議の場にあらわれなかった、というか俺が憶えてるかぎり最初から会議の席に着いていたためしがない。

 そこで、席を外しても一番問題がない人間――――つまり俺――――が呼びに行かされたのだ。確実性という意味では冥琳の方がよっぽど適任なんだけど、会議で議長的な役回りをしている彼女が抜け出すわけにもいかないので、毎度のことながら俺に役が回ってくる。

 実際のところ、俺がうまいこと連れて来れる確率なんて半々くらいなもので、あとの半分は神出鬼没な雪蓮を探してそこら中を探し回っているうちに日が暮れてしまったりだとか、呼びに行った俺自身が雪蓮の気まぐれに巻き込まれて、それこそミイラ取りがミイラになってしまったりだとか、そんな具合だ。

 

 ……この日差しの中、あちこち雪蓮を探してまわるのはできれば勘弁して欲しい……。

 

 落ち着きのない雪蓮が部屋でじっとしてるという奇跡がおこらないか、信じてもいない神様だか仏様だかに祈りながら雪蓮の部屋へ向かう。ついでにちょっとでもいいから涼しくして欲しい、っていうのもお祈りにつけ加えておこう。

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 別にお祈りが通じたわけでもないんだろうけど雪蓮は部屋の中にいた。もし通じたんなら、神様だか仏様だか知らないけれど、もう一個のお願いについても前向きに検討して頂きたいところだ。

 とにかく雪蓮は部屋の中にいた。開けっ放しの扉から中をうかがうと、珍しいことに机に向かっている。書簡に何か書きつけているみたいだ。

 仕事をしているんなら、せっかくやる気を出しているところに水を注したくはないんだけど――――なにせ次にやる気を出すのがいつになるかわからないし――――ノックをしながら声をかけた。

 

「あら、一刀じゃない。どうかしたの?」

 

 ほんの一瞬だけこちらを確認した雪蓮が、すぐに下を向いて書き物をしながら返事をした。

 

「『どうかしたの?』じゃない。今日は午後から会議だろ?雪蓮を呼びにきたんだ。」

 

 ああ、もうそんな時間なのね、なんて言いながらも字を書き続けている。

 

「それに仕事をするんなら一応さ、窓や扉を閉めておいた方がよくないか?見られて困るようなものじゃなきゃいいけど。」

 

「もう、うるさいわねぇ。まるで冥琳みたいよ、一刀。だってこんなに、あっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっついんだもの、ちょっとくらい、いいじゃない。」

 

 雪蓮は「あつい」をものすごく強調して言った。その気持ちはよくわかる。

 

「それにこれは政とは別のものよ。わたしが個人でやっていることだし、見られたって全然かまわないわ。」

 

 政治とは関係ないのか。手紙かなにかだろうか。

 こんな風にしゃべりながら書いているあたり、そんなに深刻な内容じゃないんだろうけど、だからこそ余計に気になった。

 メールどころか郵便局も無いような時代だし、手紙を書いたとしても誰かがそこに届けに行かなくちゃいけない。よほど重要なことでもない限り紙は使われないし、書簡だとかさばって荷物になってしまうから、そうそう気軽に頼めるものではない。まあ、雪蓮なら頼みをきいてくれる人には事欠かないだろうけど。

 

「よし、完成っと。……そんなに気になる?」

 

 気がついたらいつの間にか、雪蓮の手許を覗き込むような姿勢になっている。これで気がつかないわけがないよな。

 

「うん、気になる」

 

「……一刀ってば、やらしーんだから。わざわざ覗き込まなくても、見たいって言ってくれればいつでも見せてあげるのになー」

 

 ことさら豊かな胸を見せつけるようにしながら雪蓮が笑った。

 確かに、今のこの格好は胸の谷間を覗いているようにも見える。

 ……見えるけど、断じて覗いていたわけじゃないぞ。もちろん雪蓮の胸は、できることならいつまででも見ていたいものだけれど、さっきは断じて見てなかった。見てなかったはずだぞ。久しぶりだしちょっと触っちゃおうかなー、とか、絶対に思ったりするわけがない。

 不意をつかれて、不意をつかれたせいで――――大事なことなので2回言った――――慌てた俺はしどろもどろの弁解を繰り広げることになってしまった。

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 ひとしきり俺を弄って満足したらしい雪蓮が、すっかり墨も乾いた書簡を見せてくれた。

 

「えーっと『前略、厳しい暑さが続いていますが、いかがお過ごしでしょうか』って、これって暑中見舞いなのか。」

 

「しょっちゅうみまい?何回もお見舞いに行かなきゃいけないような病気なんて、誰もしてないわよ。それともまた、天の国の習慣なの?」

 

「だから、暑・中・見・舞いだって……」

 

 雪蓮のとなりで、指で机に一文字ずつ書きながら繰り返した。

 

「……天の国では、夏の暑い時期に知り合いや親しい人が体を壊したりしてないか心配して、手紙を出す人がいるんだよ。」

 

 暑中見舞いってたしかそういうものだよな。うろ覚えだし自分では出したことなんかないから、あってるかどうか不安だけどきっとそんな感じだったはず。それにどうせ間違えてたってバレる心配だけはないから、まあいいか。

 

「ならその『暑中見舞い』ってやつね。このところずっと、すごく暑かったじゃない?それで体を壊したりしてないかなって、心配になってね。……だってほら、私の知り合いって結構お年寄りも多いじゃない。城の文官たちにも暑気あたりで休んでる人、いるしさ、そういうの見てたら気になっちゃって。」

 

 そんな風に言い訳めいたことを言った雪蓮の声はとても暖かかった。

 暑中見舞い、なんて言葉にすると簡単だけど、そもそも手紙を書く習慣そのものがないこの世界でのことだ。

 こういうことがさらっとできるのは、やはり雪蓮の魅力だと思う。

 

「そんなに心配なら、一度、建業に戻ったらどう?……あ、もちろん、俺は雪蓮と離ればなれになったら寂しいけどさ。」

 

 このときは相当油断していたのだろう、知らず知らずのうちにこんなことを口にしてしまった。

 

「今は駄目よ!」

 

 雪蓮は間髪入れずに否定した。そこには先ほどまでの暖かさとは真逆の、冬の日の剣のような冷たさがあった。彼女の愛剣「南海覇王」のように、全てを断ち切る冷厳な王の声だ。

 

「今、孫家の人間がこの都を離れれば、呉と魏蜀の間に不和がある、と見られるわ。庶人は不安がるし、西方の餓狼ども、五胡の連中が知ればそれ幸いと攻めこんでくるでしょう。そんな隙を見せるわけにはいかないの。」

 

「雪蓮、ごめん、バカなことを言って」

 

「いいのよ、別に一刀が悪いわけじゃないわ。」

 

 そういう雪蓮の声はもう王じゃない、いつもの調子に戻っていた。

 

「さ、暗い話は終わりにしましょ。」

 

 あんな台詞を言わせてしまった上に、気までつかわせてしまっている。俺もさっさと気持ちを切り替えないといけないな。

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 話の種にならないかと改めて書簡を見た。表の方は挨拶から始まって、こちらの近況を伝え、健康に注意するようにと結ばれている。暑さについてだけじゃなく、酒を飲みすぎるな、なんて完全に自分のことを棚にあげた注意まで書いてある。

 裏はというと何も書かれていない。

 

「雪蓮の字って思ったよりも綺麗なんだな。」

 

 唐突な気もするが、ここは話題変更を優先して、書簡を見て思ったことをそのまま口に出した。

 

「ちょっと、『思ったよりも』ってどういう意味よ。」

 

「いや、綺麗っていうのとは少し違うか。元気があって、勢いがあって……上手く言葉にできないけど、いかにも雪蓮の字って感じがする。」

 

「なんだかあんまり褒められてる気がしないわね。」

 

「いや、雪蓮の人柄がよく伝わってくるよ。ちゃんと褒めてるってば。上手、上手。」

 

 憎まれ口を叩きながらも、本心では雪蓮の字に感心していたのだ。隙のない、計算されつくしたような冥琳の字も、几帳面で丁寧な蓮華の字も綺麗だと思うけど、雪蓮の字には血の通った温かみを感じるのだ。

 第一、俺自身はというと、みんなと同じ書簡に書くのが恥ずかしいような汚らしいものなんだから、偉そうに批評家ぶる資格なんてありはしない。

 

「やっぱり褒めてないじゃない。……もういいでしょ、それ、返してよ。」

 

 さっきさんざん弄られたお返しではないけれど、ひねくれた俺の台詞に拗ねてしまった雪蓮に書簡を取り上げられてしまった。そのまま胸の前に抱え込んで、俺に見られまいと鉄壁の防御を固めている。

 これは少しからかいすぎてしまったかな。

 

「そういえばさ、雪蓮の知り合いって字が読めない人もいるんじゃないか?」

 

「なによ、どうせ私の字なんて汚くて読めやしませんよーっだ。」

 

「そう意味じゃないよ。例えば以前に姿絵を頼まれたおじいさん達とかだよ。雪蓮のことだからそういう人たちにも出すんだろ。」

 

「もちろん出すわよ。その人は読めなくたって、知り合いに一人くらいは読める人がいるでしょうし。中身が伝わればいいんだから……。」

 

 口ではそうは言うものの、本心では納得していないようだ。字が読める人なら後でいつでも読みなおせるし、また聞きよりも気持ちが伝わりやすいのは間違いないんだから。

 

「それなら、絵も描いたらどうだ?」

 

 雪蓮が抱え込んでいる書簡――――今は石壁くらいの防御になっている――――の裏側を指差しながら提案してみた。

 絵葉書だってあるし、裏に何か書いてはいけないなんてことはないだろう。

 

「その裏側って特に書くことないんだろ?ならそこに絵や、綺麗な模様なんかでもいいけど、そういうのが描いてあれば字が読めない人でも楽しめると思う。」

 

 それに雪蓮なら、なんとなく面白い絵を描きそうな予感がしていた。

 その絵は、決して美術館に飾られるような美しいものではないだろうけど、きっと見る人を楽しくさせてくれるはずだ。

 

「うん、いいわね、それ。なんだか面白そう。」

 

 雪蓮はどうやら機嫌を直してくれたようだ。

 何を描くか考えているのか、うつむいて、ときどき小声でうなっている。

 そうやって夢中になっている様子は本当に子供みたいで微笑ましい。

 

「あ、そうだ……」

 

 そう言いながら、一瞬前まで考えこんでいた雪蓮が顔をあげた。

 瞳がキラキラと輝き、口元にはニヤリとで言うしかない笑みが浮かんでいる。

 今までの経験を思い出すまでもない、何かとびっきりの悪戯を思いついたときの顔だ。

 

「……もちろん一刀も描くんだからね。」

 

「えっ、俺もなの?」

 

「それはそうよ。だって一刀が言い出したことじゃない。それにさっきの話に出た姿絵のおじいちゃんみたいに、一刀も知ってる人だっているんだもの。当然、一刀も協力してくれるわよねー。」

 

 確かに言い出したのは俺だけど、絵なんてろくに描いたことないぞ。

 だけど俺から一本とったからか、雪蓮はすっかりご満悦だ。こんな顔をしているときの雪蓮に何を言っても無駄だってことはわかりきっている。

 あきらめておとなしく絵を描くか……。

 それにただ絵を描くだけじゃない、雪蓮と一緒ならきっとすごく楽しいだろう。

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「雪蓮のそれは肉まん?いや、桃まんか。」

 

「うん、そうよ。一刀はなに描いてるの?…………それって…………牛?」

 

「下手で悪かったな、猫だ。」

 

 予想通り、雪蓮はけっこう上手く絵を描いていた。

 そしてこれまた予想通り、俺の絵は下手なんてものじゃなかった。

 これを知り合いに見られるのかと思うと、いますぐ書簡を焼き捨てたい。ただ下手なだけなららともかく、雪蓮の絵と並べて見せられるんだからたまったものではない。

 ……今度何かあったら、新手の罰ゲームとして提案しよう……。

 

「そっちは今度は酒瓶か。なかなか上手く書けてるじゃないか、雪蓮画伯。」

 

「一刀のは…………なんだろ…………槍だよね?」

 

「鍬だ、クワ。……わざと間違えてないか?」

 

「そんなことないわよーっだ。わたしは今度は何にしようかなー。」

 

 雪蓮はいよいよ調子に乗ってきたようで、もっと難しいテーマに挑戦するらしい。

 そういえば、何か大切なことを忘れているような気がする。

 でも、雪蓮と一緒に絵を描いてるのはなんだかんだ言ってやっぱり楽しいし、思い出せないんなら実はそんなに重要じゃなかったんだろう。

 そう思って絵に集中することにした。

 そうこうしているうちに、コンコンコンと、部屋の入り口で誰かが扉をノックした。

 

「今、忙しいから後にして!何かこう、いい主題を思いつきそうなのよ。」

 

「では私の似顔絵などいかがだろうか、雪蓮画伯?」

 

「……って、冥琳!」

 

 振り返るとそこには冥琳が立っていた。

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「重要な会議に出ず、こんなところで絵を描いて遊んでいるとは……王とはずいぶんと気楽な身分なのだな、雪蓮?」

 

 よく言われる俗説に『美人が怒ると怖い』というものがある。

 まして『美周郎』とまで言われる冥琳が、本当に角が生えそうなくらい怒っているんだ。そこらのお化け屋敷なんて裸足で逃げ出すほど怖ろしい。

 

「いや、えっと、その、これはね、そう、暑中見舞いなのよ。暑さでまいってないか、知り合いの安否を気遣う大切な手紙なんだから。」

 

「まったく、北郷まで戻ってこないと思えばこんなところで油を売っているし。だいたい、今日の会議は……」

 

 冥琳はそこまで言いさして一度言葉を切った。なんというかすごい迫力だ。冥琳の背後に鬼が立っているような幻覚が見えそうだ。

 いや、今や彼女の存在そのものが鬼と化している。鉄棒とか持たせてみたいかもしれない。

 そんな冷静な分析という名の現実逃避をしているうちに、メガ周瑜砲の充填が終わったのか、冥琳がついに爆発した。

 

「その暑さ対策を話し合うためのものだ!夏の暑さが厳しければそれだけ健康を害する者もでる、職人や人夫たちの働きも悪くなる、作物の収穫にも影響が出る、果ては飲み水にすら不自由することになる、そんなことがわからないわけではないだろう、実際に被害が出てから対策を講じるようでは遅すぎる、被害は民たちの不満を呼び、不安をかきたてる、最悪、将来への不安から暴動が起きる可能性すらあるのだぞ、わかっているのなら今日の会議を欠席することなぞできないはずだな、雪蓮!!!………そして、北郷!!!」

 

 やばい、こっちにまで飛び火してきた――――もともと他人事じゃなかったんだけど。

 爆発し続ける冥琳に対して、こちらはひたすら謹聴するほかない。

 

「貴様にはたしか雪蓮を迎えに行くよう頼んだはずだな?それが一緒になって遊びほうけているとはどういうことだ、雪蓮の遊びにはつきあえても私が頼んだ仕事は果たせないということなのか?荒政がどれほど大切かは先日、華琳殿とふたり、つきっきりで徹底的に教え込んだはずなのだがどうやら私は勘違いしていたようだ、まだまだ貴様には理解できていない部分があるようだな、さっそく今晩にでも骨身に染み込んで二度と忘れられないようにしてやろう、二人とも、覚悟しておくように!!!!」

 

 ひとしきりお説教を終えた冥琳は、逃げられないように雪蓮と俺の耳たぶをつまみあげた。

 

「いたい、いたいってば冥琳。」

 

「いてててて、逃げないから離してくれよ。」

 

 ……結局、冥琳が俺と雪蓮を離してくれたのは会議場に入る直前のことでしたとさ。まる。

説明
真・恋姫†無双の2次創作で雪蓮メインのお話です。
夏といえば花火・水着・お祭りあたりが定番なので、あえてそこを外してみました。
萌え成分が不足しているかも!?
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コメント
冥琳の苦労にお疲れ様と差し入れを送ってあげたい^^;・・・いあ途中までは雪蓮のほのぼの話にニヤニヤしてたんですけどねw(深緑)
F458さんの指摘のあった固有名詞の間違いを訂正しました。ありがとうございました。・・・・・・というか主人公の名前まちがえるとか orz(さむ)
>F458さん その通りですね、直しておきます(さむ)
さっそくすみません、『北郷』ですよね?(F458)
タグ
ct019khm 真・恋姫†無双 雪蓮 冥琳 

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