「HITOKATATI」〜ラサのお話〜 第一話「ヒトカタチ」
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「HITOKATATI」

〜ラサのお話〜

第一話「ヒトカタチ」

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男は、いつものようにソコに腰を掛けていた。いつものようにである。

朝、起きると軽く身支度を整えて、まるで会社に出勤するかの如くに

ボロボロのアパートを後にし、歩いて7分程度で河原にたどり着く。

河原といっても幅が三十メートルほどの小さな川だ。川の向こう岸には

「自然を大切に」と大きな看板を掲げた工場が立ち並んでいた。

煙突には「空気を汚しません」と書かれていた。

川の土手は川岸から幅15メートルほどで高さは7メートルほどの斜面で、

斜面は一面、高麗芝(といって人工芝だが)で覆われていた。

男はその斜面の一番上にあるベンチに腰掛けていた。毎日である。

何のために彼はそこでそうしているのか、そんなことはあまり考えては

いなかった。というより考える必要がなかったというのが正しいのかも

しれない。

男は、ある日散歩している老人男性に声を掛けられた。

「こんにちは、いい天気だねぇ。」 男はこう答えた。

「こんにちは、良い天気で気持ちがいいですね。」

老人はにこにこ笑いながら、 ベンチに腰を掛けても良いかと訪ねるので

彼は、「どうぞ、 特等席ですよ」と冗談混じりにベンチを勧めた。

ゆっくりした動作で老人はベンチに腰を掛け、横の男の顔をのぞき込んだ。

そして老人は彼に話しかけてきた。

「若いのにこんなところで真っ昼間からふさぎ込んで、どうしたんだい?」

彼は、うつむき加減でゆっくりと老人の顔を見るなりこう言った。

「いえ、ふさぎ込んでいたわけではないんですが仕事をなくしてしまい

ましてこれから どうやって生きていこうかと考えているんです。」

老人はウンウンうなずきながら、彼に話した。

「いろいろ大変かもしれんが、これも良い経験になるんじゃないかのぉ。

わしも同じような経験があるよ。じゃがのう考えるよりもまず自分にできる

ことが何かあるはずだぞぉ。できることからもう一度始めてみてはいかが

かな?」

たわいない会話をたわいもなく受け答えして、老人は一刻置いてから、

ゆっくりと腰をあげた。

「たいして人もいないはずなのに、ふしぎな世の中だのぉ。まるでむかし

にもどっているような気がするわい。」

そう言い放って、ベンチを後にした。

残った彼は、もくもくと川に注ぐ日の照り返しのパターンを見続けていた。

 

 

人間の多くがいなくなってからもう800年は経過していた。

今は、現代ではない。もうあれから10万年ほど経過した地球である。

免疫力の低下、空気汚染、オゾン層の拡大と人間には過酷な環境

のために、あっという間に人類の総人口は1万人も満たない状況に、

なった。

人々は、便利な生活を捨てて人類の創世時代に近い生活に戻ること

で、免疫力は回復すると願って苛酷な環境へ身を投じ始めたころである。

しかし、その錆びれた都会に、ぽつんと一人生活をすることは容易な

ことではなかった。ただでさえ少ない人間はその状況下で、苦しみ、

発狂して自殺するものまで現れるようになった。

「昔のような、活気のある町に住みたい」

人々は、そんなことを思い始め、そこに必要な人間のようなものを作る

ことにした。人間の最後の英知の結晶である。

それが「人形」(ひとかたち)だった。

サイボーグでもなければロボットでもない。

クローン人間でもなく、その体には内臓もあるわけでもない。

シルクのような肌で、体の中には綿しか詰まっていないのだ。

しかし、彼らは話すことが出来、考え、感情もあった。

町は彼らで埋め尽くされ、あたかも昔のような繁栄の町が蘇ったので

ある。

彼らは、指示をされたとおりの行動をとり、人間に出会えば彼らと、

話しをしたり、楽しませたりしているだけなのだ。

それを永遠に続けている存在であった。

それが、800年前の出来事だった。

今もなお、減少したほんの一握りの人間は、消える風前の灯のごとく、生き続けていた。

 

男は、夕方になったので、ベンチから腰を上げて、帰り支度をしていた。

もう、何度ここでこうしているのだろう。

そうも考えることは、あったが彼は「人形」であることを理解していたので

特にどうなるものでもないと思うようになっていた。

河原の先に、小さな瓦礫の山がある。いつもあるのだが、見るたびに

思うのは、

「いつかおれもあの中にいくんだろうな。壊れたら・・・」

男は、静かに河原を後にした。

路地に入り、とぼとぼ歩いていると中年の男がいた。

彼は、足元がおぼつかないのかふらふらしながら男のことを見た。

「おう、ニーちゃん!まだ仕事みつからんかぁ?」

中年の男は顔を真っ赤にして男に話しかけた。

「隣のおやっさんですか、いえ、まだです。」

「まあ、ぼちぼち頑張りなよ!」

ボン!

背中をたたき、おやっさんは部屋へと入っていった。

男も部屋に入り、そして少し考えてみた。

「なぜ、仕事が見つからないんだろう。」

「そして、このことには実際に探さなければならないのか」

「自分は、河原にに行くことが仕事であるはず・・・」

目頭を押えて、彼はそのまま朝までそうしていた。

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瓦礫の山に、小さな穴があった。 そこに日の日差しが差込、

その穴の底でナニカが動き始めていた。 動いていたのは、

地面であり、底にあった黒くてゴミ袋程度の塊だった。

黒い塊は、少しずつ少しずつ、地面の底から這い出ようと

していた。 「がさがさ」 「がさがさがさ」 塊の先が地面に引

っかかり、少しあがってはズルズルと落ちて いった。 朝日は、

真上に上がりきった時、その塊の先はしっかりと地面 につか

まり這いでてきた。 その先端から白く透き通った腕が生えて

いた。

「ファサッ」 塊が広がり、そこには少女が横たわっていた。

苦しそうに目を閉じていたが、そぉっと開いていく。

小さな穴から差し込む日差しを眩しそうに眺めながら、スッと

上半身を持ち上げてみた。 そして声を出そうとしたが、出なか

った。

「ケホケホっ」 無理に声を出そうとして少し咳き込み、そしてもう

一度上の方 を眺めて見てみた。

小さな穴から差し込む太陽の光。

そしてそれを照らす周りは瓦礫の山。

でも、彼女は自分のことを知っていた。

「私はラサ、これが私の名前!」

口には出せないが心の中で必死に叫んでいた。

彼女の着ていた服はトウの昔にぼろぼろで裸同然だった。

でも体は昔のようにきれいなまま保っていた。

彼女は、瓦礫の中に布を見つけてそれを体に巻きつけた。

そして、瓦礫を上り小さな穴まで到達した。

その頃にはもう夕方になっていた。 いつからここにいたのか。

そしてどうしてここにいるのか。ラサには全然思い出すことが

出来なかった。

でも、小さな穴の外の風景は、少しきれいだった。

すぐ横に河原があり、その向こうには大きな煙突が立ち並び、

反対側の丘には公園やベンチが並んでいた。 なぜか、ラサには

懐かしい感じがあった。何でだかわからない。

でも、またここにくることが出来た。ような気がしていた。

そして、涙がとめどなく溢れてらさは泣いていた。

 

 

男は、そこのベンチに座っていた。いつものようにである。

今日は、人間は来なかったかわりに子供たちの凧揚げを手

伝ってあげた。 もう、その子供たちも帰り、彼もまたいつものように

帰路に つこうとしていた。

「さて、帰るか・・」と思ったとき、ふと

瓦礫の山のほうを 仰ぐと、人が一人こちらに向かってきているのが

見えた。

「?こんな時間に誰なんだ??」

気になり始め、そちらのほうへと足を運んでいた。

すると、その人らしき人影はフラフラとおぼつかない足取り

で、体にぼろをまとっていた。

「??なんだ?」

少し男は怖い気がした。

今までにこんなことはありえなかったからである。

ふらふらのその人影は、男の前に座り込んで顔を上げた。

そのぼろから顔を出した顔は、まだ十四・五くらいの少女の

面影を持つ女性だった。

「ニコっ」

男の顔を見るなり微笑んでそして倒れてしまった。男は、少し

びっくりした。 何が起きたのか、いったい何なのか、わからない

まま男は立ち尽くしていた。

でも、この子は見る限り人間ではないことは彼にはわかった。

おでこを少しなでて、そのまま男は彼女を抱えた。

そしてゆっくりといつもの道を、いつもとは違う状況の中で歩く

こととなった。

 

 

少女をおぶりながら、男は部屋の鍵を開けた。

「ガチャ」

ペンキのところどころが剥げ落ちたスチール製の扉を、少女が

ぶつからないように開いた扉を足で押さえながら、男は部屋に

入っていった。

決してきれいとは呼べない部屋の一つしかないベットに、少女

の体を下ろすと、すぐさま毛布をかけてやった。

「いったい何をやっているんだ・・俺は・・」

現状は、彼にとって不可解なことだった。

考えられることは、これもやらなければならない行動の一つな

のか?それとも、偶然起こったことで関与してはならないこと

なのか?また、このように介抱してやることを試しているのか?

そしてそうだとしても、その目的はいったい何なのか?

疑問疑問疑問

男は少し混乱していた。いつもにましてである。

だが、自分のした行動は正しいのかどうかなど知るすべも無い。

しばらく沈黙した後、男は少女の顔を見た。

どうしてなのか分からないが、顔は泥だらけで少し傷もあるよ

うだ。だが安心しきったように安らかな眠りに落ちているよう

だった。 男は、立ち上がり台所へ向かった。

戸棚からタオルを手にすると、水道でそれを湿らせてよく絞っ

て少女のところに行った。

そして、丁寧に汚れた顔を拭いてやった。

彼は、今彼女にしてやれる最大限が拭いてやることだけだった。

そして、力尽きたようにその傍らで眠りについていた。

「ハッ」

男が目覚めたときには、もう朝になっていた。

カーテン越しの朝日がまぶしく彼を照らしていた。

ベットに目をおろすと、そこには少女の姿はなくなっていた。

「?」

周囲を見渡すと、台所で湯気が立っていた。

そして、少女はぼろぼろの姿のままで何かを調理しているよう だった。

「ちょっと!君は!」

少女は振り向き、こちらへと歩いてきた。そしてそのままスゥ

っと床に座り込んで深々と頭を下げた。

一刻おいて頭を上げた少女は、男に蔓延の笑みで微笑んでいた。

「体は、大丈夫なのかい?」男がそういうと、少女はコクっ

と頷いた。そして口を指差して、頭を振りながら手を×字にし

た。

「・・・しゃべれないって事?」男はジェスチャーをみてそう

思った。少女は、コクコクと頭を振って頷いた。

そして、ジェスチャーで書くものは無いかと男に尋ねた。

「ああ、ちょっと待ってくれ。」

男は、棚の中からメモ帳と鉛筆をとりだした、そしてふと思い

隣の着替え用のタンスからシャツとズボンを取り出した。

そして、それらを少女に渡した。

少女は、服を見て頭をかしげていた。

「ああ、その服は今のぼろぼろな服をそれに着替えて欲しかっ

たんだ。」少女は、改めて自分の姿を見た。すると顔が真っ赤

になり、慌てて隣の部屋の影に行き服を着替えた。

少しだぼだぼのYシャツとたくし上げたズボン。まだほんのり

顔を赤らめながら、部屋の影から男の顔をみあげて微笑んでい

た。

そして、メモに何か書いてそれを男に見せた。

--倒れているところを助けていただいてありがとう。私の名は「ラサ」といいます。--

「「ラサ」って名前なんだ。」

少女はコクコクうなずいた。そしてまた、メモを書き、それを

男に見せた。

--名前以外、何も思い出せないんです。--

「そうなんだ・・・どうしてあんな所にいたのかも知らないん

だ。」男は、しばらく考えていた。そして、

「ラサは、ヒトカタチなんだろう?」

ラサはコクコクとうなずいた。

「なら、何をすべきか知っているんじゃないかな・・」

男は、じっとらさのことを見ていた。

ラサは、メモを見せた。

--私は、人のお世話をするように作られたヒトカタチ。でも、

・・・ごめんなさい。それ以上は思い出せません。でも、貴方

のために私はなにかしたいんです。--

ラサは、立ち上がり台所へ向かった。そして男に振り返り、

何度も頭を下げて、顔を上げたとき男に慢心の笑みを送った。

 

 

男は、いつものように河原へ向かった。

ラサは、その後を小走りに追いかけていた。

いつものようではないいつものようにである。

いつものように男は、ベンチに腰をかけて河原を眺めていた。

ラサも習ってベンチに座って河原を眺めていた。

男は、なんか不思議な感じだった。こんなことは今までに無い

ことだったからである。

男は、ラサの顔をのぞくと、ラサが気づき「ニコっ」と微笑ん

で男の顔をじ〜っと眺めるので、男は向きなおして河原を見直

していた。

そんな日々が一週間近く続いていた。

あの日が来るまでは・・・・・

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ラサはいつものようにお弁当を作っていた。

お昼に男と食べるためにである。

男は、いつものように身支度を整えていたが、彼にはその日

大事なことを考えていた。

ラサと生活するようになってから、彼の行動に少し変化があった。

それは、「幸せ」に感じる瞬間が多くなった。それはたいした

ことでは無いのだが、彼にとってそれがたまらなくいとおしい

ものになっていった。

 

4日前の帰りに、いつも通る路地の脇に段ボール箱があった。

彼は、それに捨てられているイヌの存在を知っていた。

もちろんイヌはヒトカタチと同様の役目のためにその場所に

置かれ人が通るたびに愛くるしい声で鳴くのであった。

いつものことだと、男は素通りしたのだが、ラサはそのイヌの

ところに行ってイヌを抱き寄せていた。

男は振り返り、少し戸惑ったがラサに言った。

「ラサ、そのイヌはそこにいることが仕事なんだよ。放して

あげないと・・・」

ラサは、イヌを持ち上げてくるくると回して遊んであげた。

そして、イヌを抱っこして男の前に来た。

ラサは、頭をふるふると左右に振った。泣きそうな顔で男の

ことをにらんでいた。

「ラサ、何もそんなに・・・」

ラサは、男の前で座り込んだ。そしてジェスチャーで、何かを

伝えようとしていた。

「なに?ラサ?わからないよ・・・」 らさは、やめなかった。

涙で顔がぐしゃぐしゃになってもその ジェスチャーをやめなかった。

男は、思い出したようにメモをらさに渡そうとしたが、ラサは

それを手で払った。

「ラサ!わたしにはどうにも出来ないことなんだ!わかってくれ!」

ラサは、首を左右にフルフル振って、男の手をとった。

手のひらを広げて、ラサは指で言葉をつづった。

で・き・な・い・で・は・な・く・て

や・ら・な・い・だ・け

「ラサ・・・どういうことなんだい?」

そ・う・お・も・え・る・か・ら

あ・な・た・な・ら・わ・か・る

「・・・・・」

男は、ラサを抱き上げて少し微笑んでみせた。

「わかった。家の近くまで連れて行こう。それでいいね。」

ラサは、うれしくなり男に泣きながら抱きついた。

「おい!でも家には入れることは出来ないよ。」

ラサは、コクコクと頷きニコニコと微笑んで見せた。

そのときに男は思った。

「僕の疑問を解き明かしてくれるのは、ラサなのではないか?」

そして、今日はそのためにラサにここで一緒に暮らすことを、

話そうとしていたのだ。

イヌを連れてきた。

それは自分の出来ることではない。

でも、ラサのことでそれも幸せな気持ちになれた瞬間でもあった。

もともと、ヒトカタチ同士には恋愛感情というものは存在しな

い。

しかし、感情はあるのだ。したがって彼らはともにいることが、

人間で言う愛情表現に近いものなのかもしれない。

ラサは、お弁当を風呂敷に包むとバスケットにそれを入れて、

男のほうを見た。すでに身支度は整ったようである。

バスケットを抱えたラサは、男の服をひっぱっていた。

「あ、ラサも終わったのか。じゃあ、行こうか。いつものところへ」

部屋のドアを開くと、前に拾ってきたイヌがきゃんきゃん鳴い

ていた。

らさは、バスケットから小さな袋を取り出すと、イヌの前において

袋を広げた。ドックフードである。

らさは、微笑みながらイヌに手を振って男の後を追った。

 

河原のベンチに着くと、男はいつものように腰をかけた。

ラサは、何かを思い出したようにメモを書き始めた。

「ん?どうしたの?ラサ?」

ラサは、メモを男に渡した。

--子犬と河原で遊ぶ約束していたので、今から家に戻ってつれ

てきてもいい?--

「あ、ああ、いいけどなるべく早く戻ってこいよ。大事な話があるから。」

らさは、にっこり微笑んで男に手を振りながら河原を後にした。

それが、その日見たラサの最後の姿だった。

 

1時間し、2時間がたち、男はラサのことが心配になっていた。

「どうしたんだろう。往復でも10分とかからないのに。」

男は、いつも夕方に家に戻るのであるが、さすがに気になり昼

前に家のほうに戻ってみた。

しかし、家の外、中のどこを見渡してもラサの姿は見えなかっ た。

家の前のイヌはいつものようにきゃんきゃん鳴いていた。

「何か起こったのか?」

男は、町中を歩き回った。ラサの姿を探すため。これは彼に

とって出来るわけの無い行動だったのだがそれでも探した。

「まだ、話しても無いのに。どこに行ったのだ・・・・」

男は、町中捜したがらさを見つけることが出来なかった。

あたりも暗くなり、男はもしかして行き違いで帰っているの

ではと、期待を膨らませ家に戻った。

鍵は開いていたが真っ暗な部屋。

ラサの作ったお弁当の入ったバスケット。

イヌはきゃんきゃん鳴いていた。

男は、泣いていた。

感情がなければ、こんな思いはしないのにと

自分がヒトカタチであることが悔しかった。

男は、朝まで泣きつづけた。

 

6

 

早朝、男はふらふらと河原へ足を運んでいた。

そして、ベンチに座った。

横にはラサはいない。

男は頭をたらして、

「何のために俺はここにいる。何故ここにいる!」

男は自問自答を繰り返していた。

そしてしばらくしてフッと顔を上げた。

川の向こうの工業地帯。

そしてラサが出てきた瓦礫の山。

男は立ち上がり、瓦礫の山へと足が向かっていた。

「ラサはあそこに帰ったのか?」

ラサはすぐに帰ってくると約束した。

でも何かあって、あそこに戻ったのか?

男はそう考えた。

瓦礫の山まで来て、彼の考えが正しいことがわかった。

 

「白い布?」

瓦礫の山の低い位置に、その布は散乱していた。

男は、ひとつひとつそれを手にとって確認していた。

「何なんだ、これは・・」

散乱しているその先には、ぼろぼろになったYシャツが

落ちていた。

男はそれを手に取り、

「これは、ラサに着せた俺のYシャツ!?」

そして、男は恐る恐る周囲を見渡した。

その先には、

バラバラにされた人形のようなものが置かれていた 。

 

「!?」

 

男は絶句した。

衣服はすべて引き裂かれて、哀れも無い状態に壊されたラサの姿だった。

腕はもがれ、足は裂かれたようにあちらの方向へ向いており、

首も皮一枚でぶら下がっていた。

ラサだった物があちらこちらにバラまかれ、それはもう言葉に表現するに哀れな姿だった。

同じヒトカタチが争う事はほとんどない。つまり人間のした行為である。

今、目の前の散乱している物こそ彼の知っている、ラサの最後の姿だった。

「ラサ!」

男は、ラサの頭と体を抱き寄せた。

ラサの顔にはもうすでに生気らしきものは無かった。

「人は、俺たちは、何のために作ったのか!」

「なんで、ラサがこんな目にあわなければならないんだ!」

「どうして、人間はこんなことが出来て、僕らには出来ないんだ!」

男は、絶叫した。

そして手がぼろぼろになるまで瓦礫をたたき続けた。

 

夕方になり、その頃には男は落ち着いていた。

ラサの体を元通りに並べてやり、そこに男は火を放った。

ボゥ

ラサは徐々に黒くこげて行くのがわかる。

男は、それを最後まで見届けていた。

赤く染まる火の向こうで男は決意を固めようとしていた。

「人間が憎い。人を許すことが出来ない。」

「何のために俺たちは生かされているんだ。もうそんな意味は

どうでもいい。最後まで生き続けてやる。」

 

その日を境に、河原のベンチには誰も座ることは無かった。

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7

人間には寿命がある。

ヒトカタチには定められた寿命というのは、

その繊維の劣化に等しく、100年から800年を保存状態や

使用頻度による。

その長き生活のなか、ヒトカタチとして人より人らしく

生きるすべも学ぶことが出来る。

ありとあらゆることすべて学習することが可能なのかもしれない。

 

その町には、生きている人間は158人いました。

人間はいつものように生活していました。

年齢もまちまちで、 極端に多い年代というのは10代から30代の

間である。

だが、若さは意味も無い衝動を抑えきれるものではなかった。

無論、とめるべき機関も今は存在しない。

そのすべては、ひとりのヒトカタチによって命を突然奪われること

になった。

 あるものは、ビルから突き落とされたり、またあるものは、

体をバラバラにされ道路にまかれたりと、それは悲惨なもので

あった。子供から年寄りまで見るも無残な死に様だった。

最後の一人になった青年は、愛玩具のヒトカタチとともに、

その性欲を満たすため狂ったようにヒトカタチを抱いていた。

小さなビルの中にその悲鳴がこだましていた。

ガン!ガシャン!

ビルの扉が大音響とともに割れた。

青年は、

「例のヒトゴロシが来たのか?」

青年は、みなが死んだことを知っていた。わかっていながら、

居場所を転々と動き回っていたのである。

「みてろ、返り討ちにしてやる。」

青年は今まで抱いていたヒトカタチの首をつかんだ。

「なにをするのですか?」ヒトカタチはたずねたが・・

「こうするのさ!」

青年はグイッとヒトカタチの首をひねって引き抜いてしまった。

声も出すことなく、ヒトカタチは動かなくなってしまった。

青年は、へらへらしながら歓喜し、その頭を壁に投げつけた。

「ガゴン!!」

そして、おもむろにベットの周りにおいておいた拳銃や刀を取り出して

構えた。

「へっ、俺は殺されないぞ!絶対に!」

青年は震えながらドアのほうに銃を向けた。

ガチャッ!

ドアのノブが動いた瞬間、青年は発砲した。

パンパンパン!

三つの穴がドアに開いた。

ギィ〜

ドアはゆっくり開いたがその向こうには誰もいなかった。

青年はブルルっと震えた。

「今、動いたのに何で誰もいないんだ・・・・」

青年は、周りを見渡した。

そしてドアに向き直った瞬間。

 

ゴン

 

青年は絶叫とともにその場に倒れこんだ。

頭部からどくどく血が流れ出し、そのまま倒れ絶命した。

その前には鉄パイプを持った男が立っていた。

そう、ラサと一緒に生活をしていたヒトカタチの男である。

そして、男はつい今しがた青年に殺されたヒトカタチのところへ

向かった。

壁際に落ちたヒトカタチの頭部を拾い上げて、彼女のところへ向かった。

そして、首を元の位置に戻したが、その顔には生気は無かった。

だが、そのヒトカタチの瞳は悲しみに満ち溢れていた。

「ごめんね、間に合わなかった。」

男は、ヒトカタチの目をそっと閉じてやった。

男は、青年のなきがらをにらみ。言った。

「ラサにしたようにお前にもしてやる!」

男は包丁を懐から出した。

そして、青年のなきがらに突き刺そうとした瞬間!

「やめろ!君はもう完全に包囲されている。おとなしくそこから

出てくるんだ!」

窓から彼に対してライトが眩しく照らされていた。

ビルの周りは、人で取り囲まれ、ドアからも銃のようなものを

持った男たちがドカドカと滑り込んできた。

男は、それでもひるむことなく青年に包丁を突き刺した。

ほとばしる鮮血。

銃を構えた男たちも、一瞬ひるんだが次の瞬間、一斉に男めが

けて銃を発砲した。

ターンターンターンタターン!

男は、銃から発射されたネットが幾重にも重なり身動きが取れ

なくなってしまった。

「なぜ、とめるんだ!何故!」

男は叫んでいた。

「男の身柄、捕獲いたしました。」

事務的な口調で、銃を構えた男たちのリーダーらしき男が告げた。

「同じヒトカタチでも、こんなことが許されるはずが無い。」

はき捨てるように、リーダーは男に言った。

 

8

 

男は、目が覚めると牢獄にいた。

牢獄?というより「イカレタ人形」の集まる収容所だ。

周囲からうめき声や叫び声が聞こえている。

「ヴぉ〜〜!!」「きゃ〜〜〜ぁ!!」

「出せ!早くここから出してくれぇ!」

人は、欠陥のあるヒトカタチを取り締まるほどの人口がいない。

そのために、ヒトカタチ自身の手で欠陥のあるものを確認し、排除

することにしていた。

もちろん、人間ではない。裁判もなければ人権もありはしない。

ヒトカタチは物体であり、人間の生活の妨げや与えられた行動のサ

ボタージュなど本来ヒトカタチがするはずのないと決め付けた行動

を取るものは欠陥品であり、排除、廃棄しなければならないのであ

った。

実際には、感情があるがためにヒトカタチ同士で殺しあうこともあ

れば、愛し合うこともまれにある。

ありえないと決め付けたことであるが それは、壊れているからという

理由の元に回収、排除、廃棄される。 それが現実であった。

男は、もうまもなく廃棄されるべく時を待たされていた。

誰が、彼を助けるでもなくその時間になれば必ず廃棄のための体を

溶かす溶剤に突き落とされるのである。

「俺は、ラサと話がしたかった。絶対に生き抜くんだ。」

「人間に屈しない。あいつらよりも長く長く生き続けるんだ。」

男は、2畳ばかりの空間にある小さなベットの上で手を握り締めて

延々と自問自答を繰り返していた。

そして、ポケットから「白い布」を取り出した。

「ラサ、君が言いたかったことが少しわかった気がするよ。」

デ・キ・ナ・イ・デ・ハ・ナ・ク・テ

ヤ・ラ・ナ・イ・ダ・ケ

男は、わからなかったことを理解し始めていた。

あの時、イヌを連れて行かなかったらきっとわからなかっただろう。

あの時、らさを連れて行かなかったらきっとわからなかっただろう。

「白い布」を握り締めて、男は決意をする。

「まだ、消えることは出来ない。人間より長く長く行き続けて、ラサ

が間違っていないことを伝えて見せる。」

彼は、生きる意味を変えて見ることにした。 もう一度周囲を見渡した。

どこにも逃れられる術などないように思えた。

部屋の隅に小さな便器があった。

男はその前に座った。そして自身の足の先から自身をつむいでいる布

を破った。

そこから一本の細い糸がほぐれて出てきた。

そしてその糸の先端を便器の中へと入れ、便器を流した。

ジャーッ

糸は彼の体から解けはじめ一気に全身を流して行った。

最後に残った手のひらが、さらに便器のレバーを引き、手のひらも

崩れて便器の中へと流れていった。

「まだ、生きている。」

配管の中を流れる彼は思った。

その流れは、そのまま自然浄化のために地中の中へと流れていった。

地中に流され、彼だったものは土へと帰ることとなった。

 

 

 

それから、数百年の月日が流れていた。

男は土になり、今はどこかの鉢の中にいた。

「いったいどのくらいたったのだろう。」

男は、今は目が見えず、口も利けない状態であった。

というよりも、意識体のようなものになっていた。

彼は、動こうにも自分の意思ではもはや動けないのである。自然の

摂理に従ってその意識体は流れていたのである。

彼は気になっていた。

もう人間は存在しないのか?

ラサは間違っていたのか?

その答えは、すぐに現れた。

彼の意識のようなものは、植物が養分として地表へと押し上げていた。

「ん?」

「何か、眩しい感じがある。」

そして彼は花の中に、流れ込んでいた。

「これは!?」 花は彼にその景色をイメージしてあげました。

見えるような気分になるわけです。

彼は必死にそのぼやけた景色をはっきりさせるために集中した。

ぼんやりとしていたものは、徐々にはっきりと写るようになってきた。

「ああ!?」

そこは、小さな部屋だった。窓から日の光が眩しく彼を照らしていた。

その部屋の中央には小さなテーブルがあり、その上には果物やお皿が

並んでいた。

人間がいる?!

男は、動揺したが次の瞬間、

「おかえりなさい。」

テーブルの横に見慣れぬおとこが座っていた。

その男は、花になった男のほうを向いて笑いながらそういった。

「俺のことがわかるのか?」

「ずっと待っていたよ。遅かったね。お疲れ様。」

その男は、この話を書いている「よっちむ」だと男に告げた。

そして、もう一度、よっちむは彼に言った。

「お帰りなさい」と

 

第1話 完

説明
自分のHPにて公開していた、オリジナルキャラクター「らさ」さんのお話の第一話です。タイトルの通り「人形」の話ですが、自分はフィギュアを作っているので、思い入れが結構あるのですが、人形の気持ちとか愛着とか悲しさとかなんか、色々思う事を書いたお話です。 捕らえ方が人それぞれなので、不快に思ったら途中でも読まなくてもよいです。 自分の思う、こんな気持ちが伝わったら幸いです。
あと、以前製作したフィギュアもあります。インスパイアしたので、宜しければ見てやってください(笑
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