恋姫異聞録87
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昭と秋蘭が新城を出立して数日後、新城に新設された玉座の間では軍師が集まり、華琳の前に膝を着き

桂花を中央に、風と詠が後に続くように膝を着いていた

 

男達が出立したあと、直ぐに桂花から「御話したい事がありますので時間を頂けませんでしょうか」と言われ

今では駄目なのかと聞けば、「華琳様の落ち着いたときで」との返事で話をするまで三日ほどかかってしまっていた

 

何の話かといざ玉座の間に招いてい見れば軍師が三人も居り、それどころか詠までも膝を着いて此方に頭を下げている

 

華琳は不思議に思い、とりあえず肘掛けに肘を着き、頬杖を着いて小首をかしげるような仕草で話を促す

 

「で、話とは何なのかしら?軍師が三人も、しかも詠まで私に膝を着くとは随分と大事な話しなのでしょう?」

 

「は、今から御話いたしますのは華琳様の位についてでございます」

 

何だそんな事か、つまらない事を言う、今は位などほとんど意味を持たないと言うのに

と華琳は思い茶器に手を伸ばし口元に寄せ香り立つ茶のにおいを楽しんでいた

桂花は気にせずさらに語り始める

 

「大陸に覇を唱えるには天、地、人が必須でございます。現在華琳様はそのうち地と人を既に持っております」

 

天は天子様の事、地は大陸のこと、人は民のこと。天子様は自分の庇護下にいらっしゃる、何を言っているのか

と少し眉根を寄せるが、華琳は直ぐに気が着いた

 

「地はこの大陸半分をその手中に収め、人は三夏を筆頭とする将を集め、民からの信頼も得ております」

 

「私に皇帝になれと言うの?」

 

「出来ることならば」

 

桂花の言葉に華琳は少しだけ苛立つ

 

確かにこの大陸に覇を唱え平穏を手にしようとしているが、それは己の私欲の為ではなく

まして皇帝などになる為なのではない

 

それを理解してるはずの桂花に言われ、さらに他の軍師も同じ意見なのだと思うと頭に血が上りそうになるが

何かに気が着き、なるほどと納得してしまう。軍師たちはわざわざ男が居なくなった今を狙ったのだろう

 

彼が居たならば皇帝になれなどの言葉は口にする事も出来ない

ましてや華琳は絶対に頸を縦に振る事は無いだろうから

 

「自分は文王たればよい。この曹操、天子様を奉戴させて頂いたのだ忠義を忘れる事は無い」

 

「やはりそう仰られると思っておりました。ならば丞相と御なり下さい、天子様の代わりに

勅命を発することの出来る立場になれば、呉、蜀に攻め入るに大義名分を掲げられます」

 

丞相になれとの言葉に華琳の頭は回り始める、桂花が自分に何をさせようとしているのかが見えてきた

大儀を掲げれば呉と蜀は逆賊、特に蜀は漢帝国復興を掲げ戦ってきたのだ、下手をすれば大儀は消え失せ

内部から崩壊を起す

 

巧く事を進めれば戦をせずとも終わらせる事が出来ると

 

「天を手中に収めよと?」

 

「いえ、勿論大陸を治めるのは天子様、しかし天を支えるのは日輪。才のある御二人の天子様を支えるの

は華琳様ならば十分すぎるほどでしょう」

 

「天を支える日輪になれ、国を支える柱となれと言うことね」

 

「はい、今の典軍校尉のままでは何も出来ません。ですが此れまでの功績を天子様にお伝えすれば必ずや

丞相に封爵して下さるはずです」

 

だから詠を連れてきていたのかと更に納得をし、笑顔を見せて頷く。その姿を見て桂花は心の底から喜び

肩を震わせ頬を染め少しだけ瞳を潤ませていた。自分の頂く王がついに丞相になられるのだと

 

「天子様の元へ窺うのならば、今回昭は連れて行くわよ。劉協様と約束してしまったのよ、詠の友である雲を

今度は連れて来い、舞が見たいと言われてね」

 

「ええ、構わないわ。昭も嫌とは言わないでしょう、大きな戦を回避出来るかもしれないのだからね」

 

話しは終わりとばかりに詠は立ち上がり、やれやれと手を天秤のように広げ肩まで手を上げて溜息を吐く

面倒な約束をしたと思っているのだろう、天子様に会えば雲を見たときに何を言い出すか既に予想が着いているから

 

「大丈夫よ、雲は天にも地にも属さず空を覆う者。天子様も納得して下さるわ」

 

「そうね、劉協様が側に置くと言っても劉弁様が止めてくださるはず。聡明な御方だから」

 

笑い合う詠と華琳、そして今だ胸をなでおろし笑顔のまま余韻に浸る桂花の前に風が不意にテコテコと前へでる

珍しく他の軍師よりも前に立つ風に華琳は気付き、不思議に思う。何時もと違う行動、何かあるのかと

 

「どうしたのかしら風?」

 

「はいー、此れにて日輪は天の支柱と成り、雲は更に広がり日輪を支えるに十分になりました

此の辺で風の役目は終わりです」

 

「どういう意味かしら?」

 

表情を変えず、何時ものねむたげな眼で語る風。役目は終わり、その言葉が意味する所は魏の陣営から抜ける

または引退、突然の言葉に驚く軍師二人。流石にこの二人も予想は出来なかったのだろう

 

「な、何言い出すのよ突然っ!」

 

「そうよ、修羅の軍はどうするの?軍師は僕一人でやらせるつもり!?」

 

「おや、詠ちゃん一人ではお兄さんと修羅の軍を動かせませんか?」

 

「馬鹿にしないで、僕一人でも十分よ。けど一人と二人では即座に動かせる範囲が違う」

 

「大丈夫ですよー、いざとなれば修羅の頭脳になれば良いんですから」

 

風の言葉に詠は頭を抱える。またあの気だるさを経験するのかと、起床時から泥の中を歩くような感覚

数日苦しめられたあんなものはゴメンだと首を振る

 

「嫌よあんなの!それに連戦になったら僕は兵を指揮する事も出来なくなるわ!」

 

「ふふふっ。大丈夫ですよ秋蘭ちゃんも居ますから、修羅になる必要は無いでしょう。それとも自信がありませんか?」

 

「そ、そんな自信がない訳では無いけど」

 

詠は言い返せなくなってしまう。ここで簡単に自信があるなど言ってしまえば「ならばお願いします」と言われて

話しは終わってしまう。それに男が帰ってきたとき軍師が一人、しかも真名を預けてくれた風がいなくなる事を

決して喜びはしないだろうから

 

「どちらにしよ駄目よ風、貴女はもう私のモノなのだから勝手に引退など許可できないわ」

 

「・・・風は元々稟ちゃんと一緒に居たくて着いてきただけです。日輪を支える太き雲の支柱が出来た今、

風の役目は終わったと言えましょう。戦場に出るのはもう十分なのですよ」

 

ニッコリと、心から雲の成長を喜ぶように笑う風。今までに見たことの無いほどの満面の笑顔に

華琳は何もいえなくなってしまう。これほど清々しい笑顔を向けるものに何を言えるというのだろうか

強制する事などできはしない、この笑顔はそんな強さも秘めている

 

「もう心に決めてしまったのね・・・・・・解ったわ。優秀な軍師が一人減ってしまうのは残念だけれど

そんな笑顔をされてはね」

 

「風っ!」

 

「良いのよ桂花、それで今後はどうするの?魏から出て他の軍勢に着かれるのは困るわね」

 

「しばらくはお兄さんの屋敷に住まわせていただこうかと、雲を動かす助言をしつつ更に大きな積乱雲にして見せましょう」

 

華琳はなるほどと納得して頷く、何か考えがあっての引退だと。それは必ずやこの魏に貢献するものであると

もしかしたら昭を更に大きく成長させるのかもしれない、それとも積乱雲と言うくらいだ

更に雲を、仲間を集めるのかもしれない

 

「しかし軍師が一人減るならば誰かを新たに軍師に迎える必要があるわね、詠の言うとおり修羅の軍は一人では辛いでしょう」

 

「それならばこの新城を拠点として人物も探しましょう。お兄さんの眼があれば素晴らしい人材見つかるでしょうから」

 

頷く華琳に笑顔で返答する風、詠は風の引退が決定してしまい愕然とする

男が帰ってくればきっとがっかりするだろうと

 

そしてようやく修羅の軍が完成し決戦が近いと言うのに、軍師一人では大軍を動かせない事は無いが

戦で失敗は許されない、少しでも不安要素を無くしたい詠にとって風の引退は大きいものだった

 

「大丈夫よ詠、大きな戦になれば修羅と覇王の軍を合わせ一つの軍として戦う。昭は私の側に居た方が色々と都合が良いのよ」

 

「フンッ、一人だって軍を動かして見せるわ。そんな気遣いは不要よ。風なんか居なくたって」

 

腕を組みそっぽを向いてしまう詠を見て華琳は苦笑する。大軍を一人で動かす不安も在るだろうがそれ以上に

大事な仲間として風を見ていたのだろう、彼女の中で風は共に雲の将として戦う大切な存在になっているのだろうと

 

「華琳様、アイツが居ると都合が良いとは?」

 

「昭は盾であり剣である」

 

「?」

 

「そのうち解る時が来るわ。では風、此れより魏の軍師としての役目を解任します。貴女には魏国内を自由に

行脚する事を許す」

 

地に膝を着き深々と礼をする風、それを見る軍師二人は納得の出来ないという表情ではあったが

華琳の決定を覆す事も出来ず、颯爽と玉座の間から出ていく風を見送るしか出来なかった

 

玉座から出る決意のこもる堂々とした後姿を華琳は少し残念に思いながらも、男の下に留まる事を嬉しく思っていた

 

 

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丞相へと軍師からの進言と風の引退から数日、華琳は一人植林に囲まれる城内の奥で届いた木管を読む

 

昭が賊に対し刑の執行を行ったか、彼は大丈夫だろうか

またその見え過ぎる眼で痛みを背負い苦しんでいるのでは無いだろうか

だがそれがまた彼を強くする。ならば私は雲に支えられる資格があるほど強く大きくならなければ

 

休憩は終わりとばかりに自分宛に届いた木管を長椅子に置き、代わりに大鎌【絶】を持ち振り始める

自分の鍛錬する所は誰にも見せた事が無い、何時も一人武器を振り己を鍛えてきた

今もこの先も己を高めるには己一人で十分だ

 

大鎌を振り、回転を利用した舞のような攻撃の型、輝く汗は頬を伝い更に速度を増す

 

振り続ける大鎌、無心に振るたびに何故かその手が鈍る

振う大鎌の空を切る音は心を蝕むように

腕は次第に遅くなり、何時しかその手は止まってしまっていた

 

いや一人ではないか、彼が居る時は彼と鍛錬をしていた

 

こうして武器を振れば振るほど解るのは、己がいかに一人が嫌かということ

一人で何かをする事がこんなにも自分の心を寂しくさせるのか、何時からこう感じるようになったのだろう

 

解らない・・・いや、解っている

 

生まれた時から自分は一人でいたことが無い、いつでも御祖父様が隣には居た

生まれた地で私兵を率いて好き勝手に暴れまわっていた時も、帰れば迎えてくれる温かい御祖父様

 

仲間も増え、従姉妹の春蘭と秋蘭も私の側に何時も居た

けれど力の無いところを皆に見せたくなくて、武器を振い己を鍛える時は森の中、暗い夜の月明かり

皆に弱さを見せない私は一人武器を振う

 

その時の寂しさは今もこうして蘇る。甘えなのだろうということは解っている

 

だが彼がこの地に降りて、曹家に来てから寂しい夜は変わった、一人で武器を振ることも無くなった

私の弱い部分を全て知る人が居る、甘えられる場所がある

 

だから私は強くあれるのだ

 

「鍛錬か?相変わらず一人でやってるんだな」

 

「昭、今戻ってきたの?」

 

「ああ、華琳を探したらこっちだって。誰も近寄らせないように言っていたようだが」

 

「貴方なら構わないわ、どうせ眼を盗んで入ってきたのでしょう?」

 

木々の間から現れた男に声をかけられ、振り向いて見れば何時もと変わらぬ笑顔

悪びれもせず頷く男は手に持つ木管を長椅子に置くと腰に携える刀を二振り抜き取り構える

 

「来いよ、付き合ってやる」

 

「・・・才の無い貴方が相手を出来るの」

 

華琳は男の行動に一瞬呆けるが、不敵に笑うと言葉を返す

 

「型通りに鎌を振ってくれるなら防ぐ事は出来る」

 

「力も私に勝てるわけ無いでしょう」

 

「俺の眼は誤魔化せない、華琳の力は俺と同じくらいしかない」

 

「同じくらい?貴方如きと同じなんて馬鹿言わないで、何故そう言えるの?」

 

「剣ではなく大鎌を使うのはその重さを利用し勢いで斬るからだ、力が無いのを誤魔化すようにな」

 

武器を構え対峙する二人は見詰めあい、急にこらえ切れないといった風に噴出し笑い出す

 

「覚えていたのね?」

 

「そりゃな、初めて剣を合わせた時の事だ、相変わらず誰も華琳に力が無いなんて知るやつは居ないが」

 

「知られる必要は無いわ、王は弱みなど見せて良いことなど無いもの」

 

「確かにな。ッてうわっ!」

 

いきなり大鎌を振り回し、男に切りかかる華琳。

だが男は間一髪で頸を狙った大鎌を防ぎ、ニヤリと笑うと弾き刀を構え襲い掛かる鎌を防ぎ続ける

 

「武都で賊を処罰したそうねっ!」

 

「ああ、駄目だったか?っと、ふんっ!」

 

足元を刈り取るように襲う鎌に対し、前に踏み込み内側で柄にあわせ押さえ込む

流石に先端は速度、重さ、共に数倍。とても男の力では押さえ込めない

押さえ込めるとしたらこの国でも春蘭くらいのものだ

 

「いいえ、出来ることならあの時私が罰したかったわ」

 

「あの時はまだ人に返れたからな、更に罪を犯したならば罰するしかあるまい」

 

「そういう意味じゃないわよ、はぁっ!」

 

大鎌を自分のほうに引き寄せ、足を男の腹に押し込み刃と足に挟み胴体を切断するように

だが男はくるりと身体を回転させ、背中に華琳の足を受けると正面から襲い掛かる鎌の刃を刀で受ける

 

「ぐっ、背中・・・いたたたたたっ!」

 

「こういう意味よ!どうせ罪人の眼も見ていたのでしょう、馬鹿ね」

 

背中に当る足をグリグリと押し付ければ情け無い悲鳴を上げる男

 

「どうせ馬鹿だよ。しかし相変わらず力が無い、戦で気も使っているんだろう?父との戦いで使っていた」

 

「単純な腕力が無ければ違う力を付けるだけよ」

 

「相変わらず天才だな、その才を俺にも分けてくれよ」

 

刃を押さえ、後ろを見ながら笑う男。華琳はニコっと笑うと「貴方はそのままで十分よ」と身体を回転させ

石突で男の横腹を殴打する

 

しかし男は地から足を離し、フワリと宙に身体を浮かせ刀を腹に滑り込ませて石突を防ぐ

 

ガキィッ!

 

衝撃を利用し華琳と距離を離すと刀を構えなおす。華琳も大鎌を構えなおし、男に笑みを送る

 

ああ、やはり楽しいと。そしてやはり自分は一人が心底嫌なのだと

 

「思い出すなぁ。一人森の中で鍛錬してて、狼に囲まれてべそかいてただろ」

 

「なっ、私は泣いてなど居ないっ!」

 

「嘘付け、子供の頃助けてやっただろう。あの時泣いてたぞ」

 

「嘘よっ!確かに助けてもらったけど、あの程度一人でも」

 

「一人でどうにかなるわけ無いだろ、幾ら強くても群れを成す狼に勝てるわけが無い」

 

 

 

 

 

華琳が思い出すのは森で一人で鍛錬をしていた時、狼に囲まれ襲われる自分

絶体絶命の時に男の子が松明を持ち、振り回しながら狼の囲いを突き抜け

背中には竹を巻きつけた束と板、手に持つ数本の松明

 

持ってきた松明を華琳の足元に置き、大きな火にする男の子

 

「な、なにをするの?」

 

「泣いてんのか?爺さんから怒られる以外に始めてみた。まぁ見てろよ、って言うかスゲェこええええええー!」

 

「泣いてなんか居ないわよっ!」

 

瞳を潤ませ零れそうになる涙を腕で拭う自分、男の子は冷静に残した一本の松明を振りながら狼を威嚇し

足元の火が大きな火になった所で手に持つ松明も投げ入れ、背中に背負う竹も一気に投げ入れる

 

「あっ!」

 

「こっちだ!」

 

理解した華琳は即座に木の板を構える男の子の後ろに隠れる

 

次々に爆発する竹、飛び散る破片に狼たちは驚き、爆ぜた破片が狼を襲う

 

爆発が収まるまで男の子は木の板を構え破片を防ぎ、華琳はしっかりとその背中にしがみ付いていた

 

気が付けば、周りの狼は全て居なくなり、男の子は木の板をそのまま火に投げ捨てた

男の子を良く見れば板を抑える為その手に竹の破片が突き刺さり、血を流していた

 

「見せなさい、怪我してるじゃない」

 

「なんてことないよ、それより怖かったなー!あはははははっ!!」

 

「馬鹿っ、本当に馬鹿なんだからっ!うっ、ううっ・・・」

 

袖を千切り、男の子の手に巻きつける華琳は恐怖から解放された安心感と男の子に対する申し訳なさで

いつの間にか泣いていた。何度も何度も眼から零れる涙を拭い、一生懸命に男の子の手に布を巻きつける華琳

 

「ごめんなさい・・・有り難う」

 

「いいよ、今度は一緒に鍛錬しようぜ。誰かに見られるの嫌なら俺が付き合うよ」

 

「えっ?い、いいわよっ!武の才なんか貴方には無いじゃないっ!」

 

「無いけど俺にはこの眼がある。いつの間にか出来るようになっちゃったけど意外に使えるんだぜー」

 

「良いって言ってるでしょう!此れで終わりっ!!」

 

慧眼を持ったばかりの男の子に心を見られるのが嫌で逃げ出す華琳

その後、また懲りずに一人鍛錬をする華琳の元に男の子は現れさっきの問答へと繋がる

 

 

 

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昔を思い出した華琳は、自分が男の前でボロボロと泣き出した姿が脳裏に浮かび顔を赤くして

がむしゃらに大鎌を振り回す

 

「うおおおおおっ!おいっ!型にないぞそれっ!!」

 

「うるさいっ!あの時のことを忘れなさいっ!私が泣いていたことなんかその頭から消し去ってやるっ!!」

 

「やっぱり泣いてたんじゃないかっ」

 

「うるさい!うるさーい!」

 

そのまま体力が尽きるまでさんざん追い回し、力尽きたところで地面に腰を下ろしへ垂れ込む男

華琳は「ふうっ」と一つ溜息を吐き背中合わせに腰を下ろす

 

「良い、忘れるのよ?」

 

「解った解った、思い出すだびに追い回されていたらたまったものじゃない。忘れるよ」

 

背中に体重を預け、更に男の背中を自分の背中を押し付ける華琳。男は参ったとばかりに謝る

そして少し拗ねたように「バカ」と言うと膝を曲げ頬杖を突く

 

「そういえば風の事聞いた?」

 

「聞いた、俺の家にしばらくいてくれるなら色々と助言をもらえる」

 

「驚かないのね、もっと驚いたり慌てたりするのかと思ってたわ」

 

「風だからな、俺に風は掴めない。側で共に在ってくれるだけだ」

 

男にとっては戦場から女の子が一人外れると言う事で少しほっとしているのかも知れない

もっとも自分の軍から仲間が外れる寂しさはあるだろうが

 

汗ばむ肌に涼しく心地よい風が吹く、男も華琳に背中をあわせ軽く体重を預けてくる

華琳はつい顔がほころび、心地よい時間を楽しんでいた

 

「・・・・・・そういえばあの木管は何?」

 

遠くに見える長いすに置かれた木管が視界に入り、同じく風を楽しむ男に訪ねると

気がついたかと顔を後ろに向ける

 

「銅心殿のことを話すついでに話そうと思っていた事があるんだ」

 

「面白い事かしら?」

 

「ああ、面白いぞ」

 

ニヤリと笑う男は懐から取り出す一枚の木の板、それは裏に呉と表に魏という文字が彫られた手形

呉から魏に、魏から呉に行商する際に必ず必要な手形、許可された者以外が国家間の商いを行えば

間者や敵国の侵入を易々とさせてしまう為、このようなものが必要なのだが

 

問題は何故男がそんなものを持っているのかということだ

 

「私からそれを与えた記憶は無いわ」

 

「だろうな、俺が自分で取得した」

 

「何故?」

 

「呉と同盟を結ぶ為だ」

 

男の言葉に驚く華琳、そして頭を直ぐにめぐらせるが同盟に行き着くまでの過程が想像出来ずにいた

確かに魏と蜀を見比べれば我等と同盟をする事は利がある。しかし呉は同盟を途中で破棄し此方と戦をするかもしれない

 

「今考えている事は間違っている。同盟後、呉が此方を責めてくる事は無い」

 

「何故そう言い切れるの」

 

「孫策殿は、いや、呉は元々大陸に覇を唱える為に戦っているわけじゃない。孫家代々の土地、江東の民の自由の為だ」

 

華琳は驚いたように身体ごと後ろを振り向き、笑顔の男の顔を見詰める

その眼で男は反董卓連合の時、すでに孫策と目をあわせその心根を読み取っていたことに気がついた

 

「なるほど、それで呉に対して何をしたの?」

 

「米や作物を送った。呉は海に面した土地が多く、塩害であまり作物が育たないからな」

 

一体その米や作物は何処から手に入れたのだ?と華琳は考えを廻らすが全く思いつかず

悔しさの混じった眼で男を軽く見上げる。男はそんな華琳の頭を撫でて口を開く

 

「青洲を治めた後、直ぐに塩の先物買いをしたんだ。そしてその塩を許昌で売り、涼州を取った時は更に足を伸ばし

涼州で塩を売りさばいた」

 

「先物買い・・・」

 

呟くように聞きなれない言葉を口にする華琳、頷く男は説明をし始める

 

海に近い青洲では知り合った商人が居るからそこで安く塩を買い、内陸の涼州で塩を卸し、羅馬からの調度品を買う

之を冀州で売り、その金で青洲の米を大量に買う、冀州は元々麗羽が治めていたから調度品は

高く売れるんだ。変に価値を知るものと、相変わらず贅沢な趣味から抜け出せ無い者が多い土地だからな

 

「確かに、今は青洲は美羽と張三姉妹の功績でいまや魏一の米の生産を誇っているし安く買える

今度はその米を呉へ安く譲るわけね」

 

「その通り、たまに無償でも送った。先物買いで安く買い叩いた塩を元に金を大きくして言ったと言うわけだ」

 

「青洲で戦をした時に商人と交流を持ったのも、青洲に美羽を連れて行ったのも

そして袁術は死んだと魏に風評を流したのも全ては伏線と言うわけね

まったくの眼にはどこまで見えているのかしら」

 

華琳は男の刀傷のある頬をつまみ引っ張る。自分に何の相談も無く話を進め、更にはこんな先のことまで

見越して手を回していた男に少し腹が立ったのだろう

 

前のままならまだしも、今は不臣の礼をとっている以上、男の自由勝手な行動を怒る事も出来ない

 

「ああ、美羽が快く引き受けてくれて助かった、袁術が生きて魏に居るなんて解ったら

呉の連中は同盟なんて結んでくれない」

 

「貴方の組合や生命保険は今後も同じように売り買いをして呉と友好関係を作るのを見越してのことね

でも今になってこの案を言ったのは何故?」

 

「涼州に行くのに天子様の御膝元を通るだろう?天子様のいらっしゃる場所にまで俺達の法を押し付ける事は

出来ない、これは漢中が手に入ったから出来ることだよ」

 

「なるほどね、まったくそんなことを隠していたなんて。所でそれは誰とやっていたの?」

 

華琳の鋭い指摘に男の頬を汗が伝う。ばれてしまったとその顔にでかでかと書いてあるようなものだ

いざと言うとき以外、相変わらず隠すと言う事が出来ない男の顔を鋭い視線で睨みつけると、観念したように話し始めた

 

「風とだよ、だから二人でしか解らないような言葉で話したりしていたんだ」

 

「例えば?」

 

「【雲を導くは風、風は海風、流るる雲は海を包む】ってやつなんだが、意味は風が俺の影で商人を指揮して

呉、つまり海に流し雲である俺は海と混じり友好を結ぶ」

 

「現在経過は良好と言う事ね」

 

「そう言う事、包んでいるんだからな」

 

だからかと華琳は納得する

この機会で風の引退、自分は引退した者に此処までの事を隠していた罪を問う事は出来ない

もっとも風のことだ、それ以外にも引退した意味があるのかもしれないが

 

華琳は考える。呉は孫家代々の地、江東の自由のために戦っていたに過ぎないと言うのは昭の眼で見た真実

間違いは無いだろう。それならば天下に覇を唱えることよりも其方のほうが重要と取るでしょうね

皇帝陛下に逆らう逆賊としての民よりも自由の民を

 

ならば、雲を持つ昭にならこの話を通す事が出来る可能性は高いわ

戦をする事無く、このまま呉と蜀を平定できる

 

そう納得はしたが、今は隠されていた行き場の無い怒りを目の前の男にぶつけようと立ち上がり

鎌の刃を男の頸に当てていた

 

「お、おいおい」

 

「私が何故怒っているか解るでしょう?」

 

「勝手に根回しして悪かったよ、だが呉の件はこのままやらせてくれないか」

 

「勿論、自分で進めた事なのだから最後までやりなさい。一人でね」

 

使者として行くのは構わない、だが全て一人の責任で、使者としても男一人で行けと言っているようだ

普通の人ならば敵本陣に一人で何の護衛もつけず行くことを拒むだろうが、この男は違う

「本当か?!」と笑って喜ぶだけだった。呆れて溜息が出てしまう

 

「はぁ・・・そうね。一人だけ、貴方を無事に帰せる人間を連れて行って良いわよ」

 

「ん?」

 

頸を捻る男、どうやら春蘭や秋蘭、全ての将を頭に思い浮かべているようだ

誰が付いて来ても無事に帰れると思っているのだろう、今回は何故こんなにも抜けているのだろう

 

「・・・・・・全く、一馬を連れて行って良いって言ってるのよ」

 

「おお、そりゃ助かるよ!一馬と一緒なら楽しい旅になりそうだし、この間も青洲に行った時は」

 

「違うッ!貴方は旅に行くんじゃ無いでしょう!」

 

「そうだった、だが一馬が居れば旅と変わらんよ。逃げるに一馬ほど心強い者は居ないさ」

 

呆れながら頸元から鎌を外す華琳

どうも呉に行くのに恐怖や不安など無く、ましてや己が殺されるなど露ほども思っていないのだろう

そこで華琳は何かに気がついた。何故こんなに楽観的なのか、そしてこんなに嬉しそうなのか

 

「貴方、呉の武将に会うのが楽しみで行くんじゃ無いでしょうね」

 

「えっ・・・あはっ・・・あはははははははっ、嫌だなそんな事は無いって」

 

「顔に出てるわよ、貴方のその悪癖を私は否定できないけれど、限度があるわ」

 

男の焦りよう、ヒクツク顔、図星のようだった。御祖父様が同じように英傑を見るのが大好きだったように

彼も同じ、私も才のある人物を見るのは好きだが、彼の場合は何処か違う

子供が憧れの英雄を見るように、眼を輝かせる。おそらく彼の知識がそうさせるのだろう

 

「一つ聞きたかったのだけれど」

 

「んー?」

 

「貴方の知識にある曹孟徳と私、貴方から見てどう?」

 

「おおー!!そっくりだよ、始めに感動したのは背が低い事だ!俺の知識の曹操はどうもそこら辺が

曖昧だったんだけど華琳を見て真実だったって・・・」

 

「あ・・・」と声を漏らし、振り向けば大鎌を構え怒気を撒き散らし此方を射殺さんばかりの眼で睨みつける華琳

先ほどと同じように声を上げ大鎌を振り回し、力尽きるまで追い回される

 

「悪かった、悪かったよっ!」

 

「死ねぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

気にしている事を言われ、散々に追い回し最後は体力を使い果たしうつ伏せに倒れ込む男の背中に腰を下ろす

鎌の切っ先は男の喉にチクチクとささり、男はゼイゼイと息を切らせながら「ごめんなさい」と謝っていた

 

「次は無いわよ」

 

「あい、心の底から反省しております」

 

「そろそろ約束のことを聞かせて頂戴」

 

「茶の席は良いのか?」

 

「それは後で別に楽しませて頂戴」

 

約束の事、銅心との一騎打ちの話しだと解ると男は、そのまま顔を華琳には見えないように正面を向いて

華琳は鎌を頸から外し、しばらく静かな時が流れる

 

「あの時、銅心殿はもうボロボロだった。俺が勝てたのは奇跡だよ」

 

「・・・」

 

「眼を通して解ったのは、もはや眼は霞みほとんど視界の無い視力。大量の血を流し立っているのが精一杯の体

そして片腕だったと言う事だ」

 

男が言うには轟天砲と言われる真桜謹製の武器を受け、その身体はもはや立っているのがやっとなほどの

傷を受けていた。更には驚異的な見切りを使える眼と耳はもはや使えず

片腕と己の精神力だけで戦っていたということだ

 

そんな状態であったにも関わらず、男は戦神を使い破られ胸に仕込んだ鏃に全てを賭けるほど追い込まれた

 

万全の体勢であったならばたとえ片腕でも勝つ事は出来なかったと言う男は、こちらを一度も見ず真直ぐ前を見るだけ

 

「最後に銅心殿から受け継いだものは大きい、とても口では言い表せない」

 

「そう」

 

「父、鉄心と銅心殿。二人の死は俺の眼に刻み込んだ」

 

「貴方の今後の行動によって後の彼らの評価は変わるわ、それを一番解っているはず」

 

「ああ、俺の役目は次に繋げる事だ、兵達のそして父と銅心殿の誇り高い魂を」

 

生き様で示せと言う華琳に男は無言で頷く、きっと正面から見れば男の瞳は眩しいほどに強い光を称えているだろう

それは狼から守ってくれた時にも見せてくれた強い覚悟と意志を秘める眼

昔から大好きなその眼を見たいと思うがそれは無粋だろう

 

「華琳に謝る事がある」

 

「なにかしら?」

 

「宝剣で人を斬った。此れは斬る為に渡してくれた剣じゃない」

 

申し訳なさそうに地面に顔を押し付ける男に華琳は微笑み、鎌を置いて男の頭をポンポンと撫でる

 

「それは貴方の心を守る為に渡した剣。一馬を守る為に振ったのでしょう?」

 

「聞いたのか」

 

「だから良いのよ、一馬を殺されれば貴方の心はまた深く傷つく。この先も皆を、貴方の心を守る為に振いなさい」

 

「うん」

 

顔を伏せる男の髪を撫で

 

優しすぎるこの人の心を守ってください御祖父様

 

そう、男の腰に佩く宝剣を見詰め心で願うのだった

 

 

説明
仕事行く前に投稿

コメント返信など明日返させていただきます><

次の投稿は一週間開いてしまうかも、申し訳ない

何時も読んでくださる皆様、心より感謝しております
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コメント
をーここで風が軍師を引退とは意表をつかれましたね^^;昭の傍にはいるようなのでとりあえずは一安心。 華琳とのやり取りがお互い素のままって感じで良い雰囲気ですね〜今回もそうですがこちらの方々は味がありまくって会話見てるだけでも見応えありすぎていつも満腹ですw 次回からの呉への道中記楽しみです!(深緑)
U_1 様コメントありがとうございます^^私のssは皆様の予想を外す事ができたようで、予想どおりに「やっぱりか」となるよりも「おお?!」と言うのが楽しいものでついついこういった展開になりがちです^^;風は仰るとおり、専属参謀のような位置でしばらく活動を続けますよー^^(絶影)
Ocean 様コメントありがとうございます^^風の引退は皆様予想外だったようで、私的には「良かった〜」と胸をなでおろしています。あまり予想どおりだと面白くないですからね^^これからはおっしゃるとおり、助言などをしていきますよー!(絶影)
KU− 様ご指摘ありがとうございます^^修正しました。風の引退は予想外だということで、予想外な展開にできてうれしく思っております^^華淋様の心の声は、幼馴染を気遣う彼女のやさしさを出しました^^(絶影)
GLIDE様コメントありがとうございます^^とうとう呉との絡みに入りました。ようやくいろいろと始まるといったところですよー!(絶影)
風の引退は予想外でした。ただ、昭専属の参謀のようなので今後の関わり方を楽しみにしています。(U_1)
ここで、風引退か。これは予想してなかったw 昭に助言するよりも、涼風に色々と教える姿の方が思い浮かぶww(Ocean)
以外は意外じゃないかな〜?それとP3の「今度どはその米を呉へ安く譲るわけね」は「ど」がいらないんじゃ(KU−)
風の引退は予想外でした。天子の前で舞うなど楽しみな展開が待ってますね。最後の華琳の心の声がいい!!(KU−)
次は呉とのからみですなぁwこれまた楽しみです(GLIDE)
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