真・恋姫無双 刀香譚 〜双天王記〜 第四十六話・前編
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 「そう。桔梗様が」

 

 「はい。今しがた牢に入れられました」

 

 成都城内の一室。厳顔と孟達が囚われて戻ってきたことを、女官から報告を受けている法正。

 

 「……焔耶は、魏延はどうしたの?」

 

 「荊州軍の捕虜になっているそうです」

 

 「そう。……無事は無事なのね」

 

 胸をなでおろし、法正は椅子の背もたれにその背を預ける。

 

 「桔梗様と由はどうなるのかしら」

 

 「……どう、とは?厳顔将軍も孟達将軍も、益州に長く仕えて功多き方々でしょう?すぐに解放されるのでは?」

 

 不思議そうに首をかしげる女官。

 

 「翔香、といったわね。確か三日ほど前からここで働き始めたそうだけど、あなた、益州の出身ではないの?」

 

 「あ、はい。私はもともと徐州の者でして。一月ほど前に、こちらへ流れ着いたのばかりです」

 

 「……そう。なら知らなくても仕方ないわね。……紅花さま、劉璋さまはね、自分の気に入らないものには容赦しないの。子供が飽きた玩具を平然と捨てるように、ね。……私もいつ、その対象になるか判らないわ」

 

 その女官、翔香に劉璋も人となりを語りながら、法正は椅子から立ち上がり、窓の外を見る。

 

 「他の将や文官、街の者たちもそのことをよく知っているわ。だから、公然と逆らうことは誰もしない。その鬱憤がよく爆発しないものだと思うわ」

 

 「それは、法正さまの歌と踊りによるところが大きいかと。民はそれによって癒されておりますし」

 

 窓の外を見ながら暗い顔をする法正を、翔香がそう慰める。

 

 「私も先日の舞台を拝見しました。とても素晴らしかったです。噂に聞いた法孝直の舞と歌は、まさしく天女のものでした」

 

 「ふふ。……ありがとう、翔香。……でも、それももう限界かもね。民たちの不満は極限まで来てる。きっかけがあれば、確実に”動く”でしょうね」

 

 厳しい表情で、民たちの現況を語る。

 

 (そう。”きっかけ”があれば確実に。……そしてそのきっかけが、もう其処まで来ているはず)

 

 「……荊州軍は、間もなくここにたどり着くころかしら」

 

 「おそらく、二、三日もすれば」

 

 「……私も、覚悟を決めておかないとね」

 

 「は?」

 

 「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね、長く引き止めて。もう下がってくれていいわ」

 

 「はい。それでは……」

 

 翔香が部屋を出ようと、扉に手をかける。

 

 「あ、そうそう。次の舞台は三日後よ。”見に来れるといいわね”?」

 

 「……はい。楽しみにさせていたただきます」

 

 ぱたん、と。扉を閉めて外へ出る。

 

 (……もしかして、気付かれてるのかな?)

 

 法正の意味ありげな言葉に、そんなことを思う翔香こと、一刀(女装)であった。

 

 

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 一方、成都を目指して進軍を続ける、劉備率いる荊州軍本隊では。

 

 「……お兄ちゃん、大丈夫かな?」

 

 馬上にて、ポツリともらす劉備。

 

 「大丈夫ですよ、桃香さま。義兄上のお顔を知る者は、成都には一人も居りません。それに、義兄上のあの変装は本当にお見事です。見破られることはないでしょう」

 

 そんな劉備を気遣い、関羽がそう断言する。

 

 「そういうことだ。正直言って下手な女より、よほど女らしくなるからな、一刀の奴」

 

 「女性の仕草になれてるなんて、やっぱりあいつは変態なのです!」

 

 「……ねね、一刀の悪口、駄目」

 

 華雄の発言につられるように、一刀の悪口を言った陳宮を、呂布がたしなめる。

 

 「恋の言う通りだぞ、音々音!お館様の悪口など、この魏文長が許さん!」

 

 「う、うるさいですぞ、筋肉女!脳筋は黙っているのです!」

 

 「何だと、このチビ!」

 

 「なんですと!?」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争いをはじめる、魏延と陳宮の二人。

 

 「……子供二人は放っておくとして、成都についてからのこちらの対応は?」

 

 相も変わらず 少女の格好をしている馬謖(男)に、巫女装束姿の華雄が問いかける。

 

 「まずは、城への総攻撃の準備を整えます」

 

 「総攻撃?!ちょっと待って、それは」

 

 「桃香さま、慌てないでください。そう見せるだけです」

 

 「……向こうの注意を、こっちに引くためか」

 

 「です」

 

 劉備と関羽、それぞれに笑顔を向ける馬謖」

 

 「そのうちに、中にいる”伏兵”たちが動き出す、と」

 

 「城門が開いたら、我々は一気に突撃するのです。ですが……」

 

 難しい顔で腕組みをする陳宮。

 

 「何か不安があるのか?」

 

 「もし万が一、”伏兵”を外に出して来られたら……」

 

 「まさか!怪我人を戦場に送るような君主が、どこにいる!?」

 

 「桔梗さまから聞いた話だと、劉季玉という人物は”そういう事”も、平気でやりかねないそうです」

 

 陳宮の呈した不安に異論を唱えた関羽に、厳顔から聞いた劉璋の性格を話す馬謖。

 

 「……本当なのか、焔耶?」

 

 「……やりかねないと思います。……信じたくありませんが」

 

 華雄の問いに、うつむいて返す魏延。

 

 「……祈るしかないんだね。蒔さん達が、それを阻止してくれることを」

 

 「そうですね。……義兄上たちの成功を」

 

 

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 そしてその成都では、正にその不安が的中しようとしていた。

 

 「紅花さま!いくらなんでもそれは」

 

 「何か問題でも?怪我で戦えないのなら、後は盾になるぐらいしかなかろう?」

 

 張翼が驚くのを不思議そうに見ながら、劉璋は平然と言い放つ。

 

 (……なあ、早矢)

 

 (……何、なう?)

 

 (あたし、耳がおかしなったかな?紅花さまがとんでもないことを言った気ぃすんやけど)

 

 (大丈夫なう。美音の耳は正常なう。わたしにも聞こえたなう)

 

 (……全然、大丈夫やないやん)

 

 周囲に聞こえないよう、李厳と雷同が互いに耳打ちをし、小さくため息をつく。

 

 無理もない。

 

 偽装とはいえ、怪我をしている兵たち、つまり張翼たちが巴郡からつれて戻ってきた者たちに、劉璋は出陣を命じたのだ。むろん、劉備たち荊州軍を迎え撃たせるためである。

 

 「とてもではありませんが、彼らは歩くのがやっとの状態です!いえ、ここに戻った時点で、もう立つ気力すらないものも居ります!」

 

 「そうなう。城から出ることすら、ままならないなう」

 

 「死地どころか、地獄に飛び込ませるようなもんやで」

 

 張翼に同意し、李厳と雷同も兵たちの戦闘不能を訴える。

 

 「そうか。それでは仕方ないの」

 

 「では!?」

 

 「梅花よ。怪我をしていない者たちに命じて、負傷兵どもを城の外に放り出せ」

 

 『んな?!』

 

 納得したようなそぶりを見せた後、さらにとんでもない事を言い出す劉璋。

 

 「戦うことのできぬ兵なぞ、生きておる価値もない、ただの無駄飯ぐらいじゃ。それに、あやつらを外に出しておけば、荊州の者どもが何とかしようとするかもしれないであろ?」

 

 「……その時に、一斉に矢でも放ってやれば、簡単にけりが着くというわけですね?さすが姫。良きお知恵にございますぞ」

 

 ……人の道に外れたことを、平然と行えるものを、外道、という。

 

 劉璋はまさに、その外道な策を喜色すら浮かべて言い放ち、張任はそれを褒め称えた。

 

 (…………わかっていた。判っていたはずなのに、このこみ上げてくるものは何なのだろう?)

 

 ひざを着いたまま、うなだれる張翼。床に、ポツポツと雫が落ちてシミを作る。

 

 (……蒔、ここは我慢なう)

 

 (せやで。……はらわた煮えくり返っとんのは、うちらも一緒や)

 

 張翼の左右に座る李厳と雷同が、かすかな声で、涙を流す友をなだめる。自分たちも、その沸きあがる黒い感情を押し殺して。

 

 「……なれば一つだけ、お願いがございます。彼らに、朔耶の舞台を見させていただけませんか?」

 

 うつむいたまま、何とか声を絞り出す張翼。

 

 「朔耶のか?……梅花よ、そなたはどう思う?」

 

 「よろしいのでは?あれの歌でやる気を出すのなら、反対する理由はありますまい」

 

 「ふむ。そういえば、丁度明日が朔耶の舞台の日じゃったの。よかろう。出陣式も兼ねて、あやつの舞台を見ること、許してつかわす」

 

 上機嫌でいう劉璋。

 

 「……ありがたき、幸せ」

 

 拱手して平伏する張翼達三人。

 

 そのほぼ同時刻。成都の街中では。

 

 

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 「……そうですか。明日、朔耶さまの舞台が」

 

 「ああ。本人がそう言ってたよ」

 

 (一刀さま、言葉、言葉)

 

 「あ。……こほん。ごめんなさい、由ちゃん。で、話の続きなんだけど」

 

 ある飯店の中で話し合う、二人の女性。一人は女官姿。もう一人は普通の街娘。店内の隅の席で、ひそひそと語り合うその姿は、一種異様なものであるはずだが、不思議と誰も気にとめていなかった。

 

 「桃香様たちも明日には到着するでしょうし、後は期、ですね」

 

 「そうね。そこについてなんだけど、草の人には民たちの決起の声を合図に、門を開けてもらうように言っておいたわ」

 

 茶の入った器を手に取り、女中−変装した一刀こと、翔香が、相手の街娘、孟達に語る。

 

 「民にまぎれた私たちが、舞台の会場で劉璋への非難の声を上げる」

 

 「それに私が続いて賛同し、さらに声を上げる。そうすれば」

 

 「より大きな波紋となって、全ての人々に広がっていくはず」

 

 「そう信じたいね。……民たちを利用するのは、やっぱり気が引けるけど。……偽善、だよね」

 

 茶を飲み干し、翔香が苦笑いをする。

 

 「例え偽善であっても、何もしないという悪よりは、はるかに良い事です。そうでしょう?翔香さん?」

 

 その翔香ににっこりと笑顔で返す、孟達。

 

 「……そうね。ごめんね、一寸だけ弱気になちゃった。……それじゃ気を取り直して、桔梗さんはどうしてるの?」

 

 「一応、牢の中で静かに過ごされています。いい休暇だと」

 

 「休暇、ね。はは、桔梗さんらしいや」

 

 あはは、と。笑顔を交わす二人。

 

 「…………いよいよ、明日、か」

 

 「はい。いよいよ、です」

 

 

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 その同じ街中の特設会場では、着々と、翌日の舞台の準備が進められていた。

 

 明日の席取りの為、そこには徹夜で順番待ちをするものたちが、すでに長蛇の列を作っていた。

 

 

 そして、日は沈み、夜の帳が街を包む。

 

 ありとあらゆる想いを、それぞれの胸に秘め、人々は眠りにつく。

 

 

 そして、一日は終わりを告げる。

 

 

 あとはただ、静かに時の流れるを待つ。

 

 

 その時は、間もなく訪れようとしていた………………。

 

 

 

                            〜続く

 

 

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 すいません。この場で言い訳させてもらいます。

 

 

 本当はもう、お話は出来ています。

 

  

 ただ、馬鹿姫と馬鹿家臣の扱いだけが、どうにもしっくり来ないんです。

 

 ですんで、二回に分けることにしました。

 

 

 もう少しひねる時間をくださいませ。

 

 

 そりでは。

 

 

  

説明
刀香譚、四十六話です。

益州制圧戦、決着の前編です。

ではどうぞ。

 
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コメント
あー兎にも角にも自分のする事に何の疑問も持たない実行力はある意味凄いが、こうも歪んでいたんではな〜^^;次回は遂に因果応報・・・ですかね?(深緑)
大丈夫です。お待ちしておりますよ。えぇお待ちしますとも!(U_1)
ZEROさま、あー、プレッシャーが背中にのしかかる;><;(狭乃 狼)
きたさんさま、四回転ジャンプぐらいひねりましょうか^^。って、自分で首絞めてどーする、俺orz(狭乃 狼)
これをどう収めるかな?結果が楽しみです。(ZERO&ファルサ)
うん、どう捻ってくるのか! やはり、トリプルアクセルかムーンサルトぐらいは、期待していい?(きたさん)
hokuhinさま、それはないです(どきっぱり)wwただバカなだけです。人非人なだけです。(狭乃 狼)
紫電さま、う、背中にすごいプレッシャーが;;(狭乃 狼)
よーぜふさま、私も基本的にはハッピーエンド好きなんですけど、この二人はなー・・・。むぅ。(狭乃 狼)
村主さま、罵り合い、は無いですね。家臣の方は一応、主君大好きさんですんで。(狭乃 狼)
もしかして紅花は兵の偽装を見破っているじゃないだろな。もし見破っているならヤバそうだが・・・(hokuhin)
さすがにもうどうしようもないですな・・・基本全員ハッピーが好きなんですが、その追随を許さないほどの馬鹿・・・ それにしても、翔香さん・・・このまま先までいってしまいましょうか?w(よーぜふ)
どう扱ったら良いものかw 負けて(もしくは絶望的状況で)改心する位なら苦労しませんし・・・ 最悪皆の見ている前でお互い醜い罵りあい合戦をしでかしそうで>馬鹿姫・馬鹿家臣 何にしても救いは全くありませんなw(村主7)
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恋姫 刀香譚 一刀 桃香 

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