変身
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 何だか暇だな。ショッピング街も変わり映えしないし…

 そんな感じで歩いていた俺の視界にどぎつい配色の貼り紙が入ってきた。

『店じまいセール!!』

 見ると、何度か冷やかしたことのある洋服屋だった。洋服屋と言っても、女の子とのデートスポットによく出てくるオシャレなところじゃなくて、雑貨屋に近い、雑然とした店だ。せっかくだ、寄ってみるかな。

 店内には変なTシャツやアーミールックめいたズボン何かがひしめいていた。宝の山かゴミの山か、人によって評価が割れそうだなあ。光なんてどう思うかな。

 お、このキャップは結構イケるんじゃないか。そんな無茶なデザインじゃないし。60%引き? 押さえておこう。こっちは……サングラス? そういえば持ってないな。これなんか悪くなさそうだ。70%引き。買いだな。

 俺は結局その二つを買って店を出た。お買い得だったな。早速装着してみよう。俺はキャップを被ってサングラスをかけ、近くの店のウインドウに顔を映してみた。お、結構印象が変わるもんだな。誰か、知ってるやつ通らないかな。

 そのとき、人ごみの向こうに見慣れたショートカットを見つけた。光も散歩かな。よし、声をかけよう。ただし、目一杯低音で。

「よう、そこ行くカノジョ」

 我ながらひどいセンスだなあ。光はぴく、と肩を緊張させた。

「えっ……」

 振り返ったその顔は不審そのものだ。光もこんな顔するんだな。

「そんなおっかない顔すんなよ。俺と、いいトコいかねえか?」

 またもや三文芝居だ。でも、光は警戒したまま。

「私は……遠慮しておくよ」

 気付かないもんだ。俺は肩をすくめた。

「つれないなあ、光ちゃん」

「えっ!?」

 光の顔に驚きの色が走り、警戒レベルが上がった。おいおい。俺は続けた。

「6月25日生まれ、血液型A型だろ」

「なんで知ってるの!?……君……誰なの?」

 威嚇するように光はこちらをにらみつける。こんな光の顔、初めて見たぞ。しかし、全然気付かないな。切なくなってきた。

「こういうもんです」

 俺は言って、キャップとサングラスを取った。光の目と口が丸くなる。

「ウソっ!? どうしたの、その格好?」

「いや、そこで買ったんだけど……全然気付かないんだもんな、光。ちょっとショックだ」

 光は下を向いてしまった。

「ご、ゴメンね……私……」

「あ、い、いいよ。そんな本気で落ち込むなよ」

「でも……」

 俺はぽんと手を打った。

「そうだ。気付かなかった罰として、これから付き合ってくれよ」

「え……うん!」

 ようやく笑顔の光を見ることが出来た。

 

 ファーストフードの店で向かい合って座るなり、光はいかにも納得がいかない様子で言った。

「どうしてわからなかったのかなあ?」

 じっと見詰めたり、色んな角度から確認したり。

「光、やめてくれよ、何だか照れくさいって」

「うーん、でも」

 光はちょっと笑って帽子をかぶる仕種と眼鏡をかける仕種を同時にしてみせた。

「ね、付けてみてくれない?」

「え、いいけど」

 俺がまた怪しい男になると、光は鑑定人のように鋭い目でじっと観察してきた。

「ひ、光、怖いって」

「うーん。ね、サングラスちょっと取って」

 俺は言われるがままにサングラスを取った。光は小さく首を傾げる。

「この辺りが印象的なのかな?」

 言って俺の目の周りを指でさする。わ。

「だから、わかんなかったのかなあ」

 あまりにも真剣な光の表情に、俺はつい、

「ははは」

 笑ってしまった。たちまち光の表情が憮然となる。

「笑ったー」

「ごめんごめん。あんまり必死だからさ。そんなに気にするなよ。俺は全然怒ってないし」

 光もにっこり笑った。

「ありがとう。でも、君が怒ってるとかじゃなくって、私自身が納得いかないんだ」

「え? 光自身が?」

「うん」

 光はポテトを一本かじるとまた俺をじっと見詰めた。

「私さあ、君がどんな格好しててもわかる自信があったんだ」

「そうなの?」

「うん。だって、昔と全然変わってないし……一番君のことを知ってるの、家族の人たち以外なら私だと思ってたし……」

 何だか光の頬、赤くなってるような。

「それにさあ、入学式のとき」

「え。あの光がぶつかってきて再会したとき?」

「うん。あのとき、私、髪切ってたのに、君、すぐ気付いてくれたでしょ」

 そう言えばかなり印象変わってたのに、結構すぐ思い出してたかもしれない。何でだろう……

「だから、私も、君がどんな服でもどんな髪型でも、すぐにわかるんじゃなくちゃ、って思ってたんだ。でも」

 光……全く、何て……

「光、気にするなよ」

「だって」

「すぐ気付かなくたっていいじゃん。最後にでも気付けば。俺のことをきれいさっぱり忘れない限り、俺は怒ったり凹んだりしないって」

 笑いながら言ったが、光はあくまで真剣に答えた。

「君のこと、きれいさっぱり忘れたりしないよ。絶対ぜったいに」

 ちょっと感動した。でも、俺は笑ったまま言った。

「……その代わり、俺が変身した光に気付かなくても、怒ったりしないでくれよ」

「え……へへ」

 光はようやく笑ってくれた。

「う〜ん、どうしようかな。怒っちゃうかも」

「えー、ずるいぞ」

「アハハハ!」

 俺は光の笑顔を見て、変身して声をかけたときの硬い顔を思い浮かべた。

 ……光と幼なじみで、良かったな。

 

説明
もともとはときめきファクトリーで作った話でした。後半部を足してサイトに挙げたのでした。ファクトリー版はサイトの方にあります。
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