PSU-L・O・V・E 【最終話 エピローグ】
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目の前にいっぱいの緋色(アカイ)光景が広がっていた。

ビル群の陰に沈みかけた真っ赤な夕陽に染められた空。

寂れた未完都市が『緋』を受け、黒い輪郭(シルエット)を幻想的に描き出す。

ヘイゼルは左肘を突き上半身を起こした。耳にはくゎんくゎんと鋼を打つ音が響いている。

ぼんやりとした頭でヘイゼルは前後不覚に陥っていた。

直前の記憶と現在(イマ)その落差が大きすぎて思考が混乱したまま状況が把握できない。

(何だ……俺は一体何を……)

簡易テントの中でヘイゼルが意識を取り戻した事に気付いたキャストの兵士が、数人の部下達との会話を切り上げ、こちらに歩み寄って来ていた。オリーブドラドに塗装された同盟軍正式軍装色装甲に身を固めたキャストである。同盟軍に所属するキャスト兵は等しく同じ武装で、その下の素顔を隠している為、個人の特定は難しいが、その男は下士官以上の身分である事を証明する章角を頭部パーツに装着していた。部隊長クラスの指揮官であるらしい。

「気付いた……ガーディ……ズ……私は……盟軍177遊撃……小隊長 フル……ン・カーツ……だ……」

簡易テントの中に入ってきたキャストの指揮官がこちらに声を掛ける。ヘイゼルはその声をどこか遠くに聞いていた。

「君……身体は……損傷を受けて……ない事から、参考人……して、ここに残って……った」

(損傷……ああ、キャストの定義か、つまりは俺が重傷を負っていないって事だな……)

ビニールかプラスチック、機械部品が焼けた強い臭いが鼻を突く。通常の生活では嗅ぐ事の無い異質な臭気。

(では、何がこの結果を引き起こした原因だ―――)

ヘイゼルはこの臭いを嗅いだ記憶がある。古くは火災の現場で、交通事故の現場で、砲火の痕が残る焼けた戦場で―――。

唐突に全ての解が像を写し、正しき記憶を呼び戻した。

「オイ! ユエルはどうしたッ!」

ヘイゼルは横たえられていた寝台の上から飛び起きると、傍まで来ていたキャストの指揮官の胸倉に掴みかかった。

「落ち着きたまえ、ガーディアンズ」

キャストの士官はヘイゼルを宥めつつ、突然の様子に色めき立ち、駆け寄ろうとしていた部下達を片手で制し引き止めた。

「ふむ……君が言う『ユエル』と言うのが何かは知らないが、我々が破壊した機動兵器の事ならばあそこにある」

ユエルを機動兵器と一緒にするなと、ヘイゼルは内心憤慨するが、その様子に気を留める事無く、キャストの士官は後ろ手に指を指し示した。其処には半分ほど原型を止めた、焼け焦げだらけの巨大な機動兵器が蹲り、薄い白煙を棚引かせている。

「あれが何を目的として造られた機動兵器なのかは解らないが、調査の結果、機体内部にキャストが搭乗……いや、融合と言った方が正しいのか……兎も角、そのキャストが機動兵器を操っていたらしい。しかし解らないのは、あれだけの機動兵器が、そのキャスト個人を動力源として稼動していた形跡がある事だ」

士官が首を捻るが、それはそうだろう。ヘイゼルもハリス博士の供述を聞き、ユエルがAフォトン・リアクターを内臓している事を知ったのだ。まともな発想の人間なら、そんな物を個人が保有しているとは考える筈も無い。

「まったく訳が解らない。君を此処に残したのは、その辺りについて君が何か情報を知っているのではないかと思ったからなのだが―――」

ヘイゼルはキャストの指揮官の言葉を途中から戯れ言と聞き流し、L・O・V・Eの残骸を食い入るように見詰めていた。

先程から耳に届いていた「くゎんくわん」と言う音は、L・O・V・Eの装甲板をハンマー等で叩く音だったのだ。

残骸と化したL・O・V・Eの上部には数人のキャスト兵が何かの作業に当たっている。重機から伸びたチェーンを操作する者、巻き上げの指示をする者の動きが見える。

「丁度今、マシナリーの搭乗者と思われる人物をサルベージしている所だ」

キャストの士官が説明する。作業リーダーらしき兵士が片手を上げると、ハンマーの音が止んだ。次いで出した合図で重機のクレーンがゆっくりと巻き上げられる。

 

ズルリ―――と。

 

残骸の中からユエルの小さな身体が引き抜かれるのをヘイゼルは見た。

両腕を固定用のチェーンで巻かれ、虜囚のような扱いをされた小さなユエルの身体。

待て……と。

ヘイゼルは己が目にした物が一瞬理解出来ずにいた。いや、理性が理解を拒んだ。

夕陽を浴びて黒々としたシルエットとなった小さな小さなユエルの身体……。

だが、それはあまりにも小さすぎた。元の身体の半分程しかない。

半狂乱と化した絶叫が紅い街並みに木霊する。

引き上げられたユエルの身体は腹部から下の半身が失われていた。

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次に気が付くと、ヘイゼルは見慣れた天井を見上げていた。

短期任務に就いたヘイゼルが、パルムで借り受けたガーディアンズのマイルームの天井だ。

立て続く時間消失の感覚に戸惑いつつ半身を起こすと、首筋に走る鈍痛に顔を顰めた。

戦場の跡で変わり果てたユエルの姿を見て半狂乱になったヘイゼルは、彼女の元に駆け寄ろうと暴れだし、数人のキャスト兵に取り押さえられ、それでも抵抗を続けた事から、キャスト兵が携行する火器の銃床の底で後頭部を打たれ、気を失っている間に部屋に運び込まれたようだ。慌てて枕もとの時計を確認すると、デジタルの表示が22:43分を示していた。日付は変わっていない、8時間ほど気を失っていたようだ。

「クソったれ……舐めやがって……。ユエルは……ビリーはどうなったんだ……?」

ヘイゼルは悪態を吐きながらベッドから立ち上がり、ふら付く足取りで寝室を出ようとすると窓際のデスクに備えられたビジフォンが起動した。

「お気付きになりましたか? 機動警護班所属、ヘイゼル・ディーン」

ビジフォンのモニターに表示されたのは、桃色の髪を持つ女性キャスト、ガーディアンズの頭脳、ルウだった。だが、彼女が以前のディ・ラガン討伐ミッションで世話になった個体かは解らなかった。

「ふざけたまねしやがって……アイツ等はどうしたッ!」

コンソールに駆け寄ったヘイゼルだが、ルウはこちらの問いに答えず一方的に話しを続ける。

「貴方が関わる事となった事件は想像以上の問題を含む事例と判断致しました。寄って我々は協議の結果、情報の漏洩を防ぐ為、関係者の行動を制限する事に決定しました。この決定に従い、起動警護班所属の貴方にもガーディアンズライセンスの契約に基づき、指示に従って頂く事となりますので御了承をお願い致します」

「勝手な事をッ! ……待て、これは……!」

そこでヘイゼルは初めてその映像が録画された物だと気付いた。

(あくまで俺の問いには答えないつもりか……クソがッ!)

録画されたルウはヘイゼルの怒りも知らず、制限の内容を説明し始めた。それによると、ヘイゼルのパートナーマシナリーであるジュノーも、一時的にガーディアンズに接収されたようだ。精一杯の抵抗を試み徒労に終わったヘイゼルは、止む無く軟禁生活を受ける事にした。無理にこの部屋を脱出しても無駄だと悟ったからだ。

翌朝、ヘイゼルはまずグラールチャンネル5のニュースをチェックした。ガーディアンズネットを使用した外部へのアクセスは停止され、情報源の入手がサテライトTVかラジオしか無かったからだ。

「ハ〜ァ〜イ! グラールチャンネル5、レポーターのハルで〜す!」

既に見慣れた放送局の『看板』となっている少女が能天気な笑顔を視聴者に向けている。

「それでは本日のニュースをピ〜ィックアップ! まずは昨日のニュースの続報です。昨日、ホルテスシティ標準時刻午後2:00頃、都市機能移転先造成予定地で起きた破壊工作は、マシナリーを使ったテロ活動の見通しが高いとの見解を同盟軍警察とガーディアンズの合同捜査班が発表しました。このテロを実行したと思われる組織からの犯行声明文は出されておりませんが、同盟軍警察はパルムの都市機能を妨害する為に画策された犯行と見ており、実行組織の割り出しに努めていく方針です―――」

キャスターのハルは続けているが、それを聞いたヘイゼルはギリギリと歯噛みしていた。

「テロ……だと?」

あれがテロ等では無い事を自分は良く知っている。一人の女の妬みが巻き起こした逆恨みの犯行ではないか!

だが、その真相を知る者は、今となってはヘイゼルしかいない。もしかしたらモリガンの手からガーディアンズへ、ハリス博士が遺した資料が回っているかもしれないが、それでも事件の真相を知りたいのであれば、まず自分が尋問されるべきなのだ。だが、それは結して実行される事無く悪戯に時間だけが過ぎて行く。その時間の中でヘイゼルは眼に焼きついたユエルの最後の姿がどうしても離れない。

先天的な状態を除き、人間が事故等でその身体を腹部から断たれた状態で長く生きる事は出来ないとされている。人間の身体と精神はそんな事故に耐えられるほど頑丈には出来ていないのだ。ならばキャストはどうなのか?

人間(ヒューマン)とは違い機械で構成された肉体を持つ機械生命体(キャスト)。

だが、ヘイゼルは知った。

目の前で呆気なく逝った紅いキャストの姿が思い出される。

キャストもまた『死』ぬのだ。

ならば、あの状態でユエルは生存できたのだろうか?

(いや、生きている。ユエルはキャストなのだ! 簡単に終わる訳が無い!)

押し寄せる不安を打ち消すようにヘイゼルは信じ続けた。ユエルがキャストであると言う事実を、この時程良かったと思った事は無い。

そして日毎にTVから知る事が出来る事件の情報は少なくなり、数日が経過した頃には世間は事件の存在など忘れたように、再びどうでも良い情報を垂れ流し続けるようになっていた。しかし寝ても覚めてもヘイゼルの頭にあるのはユエルの安否だけだった。その、あまりの焦燥に気が狂いそうになり、ヘイゼルは何度も何度も部屋の壁を拳で殴りつけ自分の無力さを呪った。

 

そして一週間目の朝、遂に変化が起こった。

不意に来訪したガーディアンズの諜報部員と名乗る男達がヘイゼルを連れ出したのだ。

男達に連行されヘイゼルが辿り着いたのはガーディアンズのパルム支部であった。立ち入った事の無い裏手の入り口からエレベーターに乗せられ、ヘイゼルが導かれた先は豪華な木材……おそらくは人工のオーク材を使い拵えられた框を持つ両開きの扉の前だった。

支部長執務室である。てっきり査問委員会にでも掛けられる物と思っていたヘイゼルは拍子抜けすると共に愕然としていた。支部長執務室を訪れた経験は無い。いや、通常なら近付こうとするだけで警備の者に阻まれるだろう。それ程、此処はガーディアンズで活動する者にとっても縁遠い場所なのだ。

中に通されたヘイゼルは興味がなさそうな様子でチラリと室内を一瞥した。部屋は個人が使用するには広すぎる。ヘイゼルが住むマイルームより大きいだろう。床に敷かれた絨毯や、天井と床に張られた壁紙は質素ながら上質な印象を受ける。室内の最奥には執務に使用する大きな木製の机があり、そこに一人の男性が腰を下ろしていた。一目でヘイゼルはその男性の正体に気付いた。男はそれ程に名の知れた存在だった。

(オーベル・ダルガン……ガーディアンズ総裁だと!?)

驚きの余り敬礼する事すら忘れたヘイゼルを、ダルガンの脇に控え、本来この執務室を使用しているガーディアンズ・パルム支部長が嗜めた。

「いや、良い」

ダルガンは支部長をやんわり制すると、徐に立ち上がった。静かな部屋に皮張りの椅子が軋む音がする。

「さて、ヘイゼル・ディーン。君には長い事不自由な思いをさせてしまいすまないと思っている」

まず始めにダルガンはヘイゼルに軟禁生活を強いた事を詫びた。

「モリガン女医からハリス博士の供述書と資料は受け取った……。事件の当事者である君は既に承知の事だと思うが、今回の騒動は根本に前大戦の因ともなったエンドラム機関の残党が関わっている事から、情報の漏洩を防ぐ為に止む無く君を軟禁する事になった事態を理解して欲しい」

そんな御為倒しはどうでも良かった。

「ユエルは……ユエルはどうなった!」

ヘイゼルにとって知りたいのは唯一つ、それだけだ。

「……同盟軍との協議の結果、事はあくまでテロリストが仕組んだマシナリーによる無差別テロであると発表する事に決定した。市民に無用な混乱を与えないようにする為の配慮からだ」

ダルガンは質問には答えず、ヘイゼルは苛立ちを募らせた。

「そうだ、君にこれを返しておこう」

ダルガンは机の引き出しを開け中から何かを取り出した。ヘイゼルの後方に控えていたSPがダルガンに近付き、それを受け取るとヘイゼルに差し出した。それは顔写真の部分が削り取られたガーディアンズのライセンスカードだった。だが、それに記されていたIDナンバーをヘイゼルは憶えている。

(ユエルの……ライセンスカード……)

ヘイゼルは目の前が一瞬暗くなった様な錯覚を覚えた。

「そのライセンスカードを持つ者は存在しなかった……。過去においても未来においても永久にだ。意味の無い物だが君に返しておこうと思ってね」

「……」

ヘイゼルは何の事か解らず、呆けた様に暫くそのカードを見詰めていた。

塗り替えられた真実と抹消されたラインセンス……ユエルの存在。

「テメエ等……」

何かを理解したヘイゼルが怒りに燃えた双眸をダルガンに向ける。

「テメエ等の体裁の事だけ考えて、ユエルの存在を無かった事にしやがったな!? あいつを切り捨てて、それで終わりにしやがったな!?」

その時、丁度差し掛かった雲が太陽を遮り影が部屋の中を覆った。ダルガンをはじめ室内に居る支部長、SP達の顔を暗い影が覆う。ヘイゼルはガーディアンズの暗部を垣間見た気がした。

前大戦の引き金となったエンドラム機関の存在は同盟軍の恥部だ。その存在が起こした騒動となれば、再び同盟軍は市民から非難を受ける事になるだろう。それを恐れた彼等はガーディアンズと共謀し事実を隠蔽し捻じ曲げたのだ。

一人の少女の存在さえ消し去って!

「ふざけやがってぇぇぇぇえ―――ッ!」

怒りのあまり我を忘れてダルガンに飛び掛ろうとしたヘイゼルをSP達が押さえ付けた。

「離せよ! このクソッたれが―――!」

暴言を吐き暴れるが、どれだけ抵抗しようと数名の屈強な男達に取り押さえられては太刀打ちは出来ない。遂に床に組み敷かれたヘイゼルはそれでも射抜くようにダルガンを睨み付けていた。

「ガーディアンズと同盟軍からの公式発表は直に成されるだろう。君に伝えたかった事はそれだけだ」

ダルガンはヘイゼルを見下ろし冷たく告げる。話はそれで打ち切られた。ヘイゼルの疑問に答える事も、尋問さえされる事無い、一方的な断絶だった。ヘイゼルはSPに強引に連れ出され五階のエレベーターホールに放り出された。此処は作戦室や執務室と言った最重要ブロックへの分岐通路だ。数名のガーディアンズ職員が行き来している。

尋常ならざる様子で放り投げられたヘイゼルは、自分に向けられる奇異の目を受けながらノロノロと身を起こし立ち上がる。その時、庁舎内にアナウンスが流れた。

「臨時速報です。ガーディアンズと同盟軍は先日の破壊行動をテロ事件と断定。テロを実行した組織の割り出しに全力を挙げる声明を発表しました。パルム赴任中のガーディアンズ職員は団結してテロ根絶の為、協力をお願い致します。繰り返し臨時速報をお伝えします―――」

決定打が放たれた。

真なる情報が隠蔽され、公式な声明が発表された今となっては、ヘイゼル一人が異を唱えたところで最早誰も彼の言葉に耳を貸してはくれないだろう。

一連の事件は終結を迎えた。事実は歪められ、白い少女はその存在を消されて……。

(俺は……また守れなかった……)

絶望がヘイゼルの心を支配する。

 

「ううん、良いッスよ。私は皆と話しをするだけで楽しいッス!」

肉体的なハンデを抱え、それを理解して尚……。

 

「ありがとうッスよ……ヘイゼルさん」

擦れ違いケンカをしてしまった後でも……。

 

「私は……貴方を守れたッスよね? ヘイゼルさん……」

自らの命を賭し、ヘイゼルを庇った時も……。

 

次々と思い出されるユエルの顔が幾重も幾重も過ぎて行く。

どんな時だって、その少女は……笑っていた―――。

 

「その笑顔を守りたかった……守る筈だった! なのに守るつもりが守られて……結局、俺は……お前を……守れなかった!」

足がもつれ背中から壁にぶつかったヘイゼルは、そのままズルズルとヘタリ込み人目もはばからず泣き出した。

いつまでも、いつまでも……。

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エレベーターホールを通る者は多くは無かったが、偶然、其処を通った者は、往来で泣き出した青年と関わり合いになる事を避けて声を掛ける事はなかった。

だが、そんな中にも僅かに青年を理解してくれる者も居た。彼等もまた失った者の悲しみを知っていたのだ。だからあえて青年の悲しみに土足で踏み込もうとはしなかった。心の傷はゆっくりと時間が癒す物だから……。

しかし、世界には例外もある。青年の悲しみを理解して尚、その心に踏み込んで行こうとする、お節介にも強く優しい者達の存在だ―――。

「ヘイゼル・ディーンってのは……お前だよな?」

野太い男の声に、疲れ果て虚ろな表情のヘイゼルは反応しなかった。

「―――ID照合……。この方で間違いないようですわ」

澄んだ少女の声が続く。

「解るのか? 便利なもんだよなキャストってのはよ。まあ、そんな事よりだ……実はさっき何だかおエライさんから、これをお前に渡すように言われてな」

「お偉いさんって……我々ガーディアンズの最高責任者ですよ?」

野太い声を遮り、咎める様な口調で少女が言う。

「どうでも良いんだよ。んな事はよ」

その陽気さと二人の親密さが今のヘイゼルには疎ましい。今まで一人の時には感じなかった喪失感。心に埋まる事の無い巨大な穴がポッカリと開いてしまった感覚があるばかりだ。

「死んだのか……仲間が?」

野太い声にヘイゼルの身体がぴくりと反応する。その反応を見た男が「そうかい」と呟き溜息を吐いた。

「まあ……何だ、とにかく受け取れよ」

動く気配すらないヘイゼルの傍にしゃがみ込んだ男は、強引に何かを握らせてきた。右手にはプラスティック製カードの固い感触がある。力無い瞳がそのカードの表面に刻まれた文字を追う。

「お前さんが何に苦しんでるのかなんて俺には解らねえし、解るとは言わねえ……。だがな、お前は生き残っちまったんだ。なら、お前がしなきゃならない事は……って、オイ……」

男の言葉に耳を傾けず、ヘイゼルは勢い良く立ち上がると走り去って行った。

「慰めの言葉は……要らなかった様ですわね?」

エラシエルと呼ばれる名称を持つ若草色のパーツで全身を覆い、透き通った銀色の髪を持つ小柄なキャストの少女がクスリと微笑んだ。

「何でえ……人が折角気を回したってえのによ……」

少女とは対照的な筋肉質の巨漢、深緑色の短めな髪型に幼さを残した顔付きの男性ビーストが決まり悪そうに頭を掻いている。

「相変わらず、貴方は優しい人ですわね」

「ああん?」

優しい薄めで微笑む少女の言葉を聞き咎めビーストの男は顔を顰めた。

「強がっても無駄ですわ。私は、そんな優しい貴方だから惹かれたのですからね」

凄む男を気にも留めず少女は澄まして言うと「まったく……お前には敵わねえよ」と、男は諦めた様子で大きく息を吐く。

古来より、惚れた女に男が勝てた例は無いのだ。

そんな物語が其処にあった。

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ガーディアンズの庁舎内をヘイゼルは走る。

廊下の隅に備えられたゴミ箱を蹴倒し、怒鳴られても構わず走り続けた。

ヘイゼルがやって来たのはガーディアンズの医療ブロックの四階だった。尋常ならざるヘイゼルの様子に声を掛けようとする女性看護士を押し退け、彼が目指したのはモリガン女医の控え室だった。インターホンを押さずにドアロックを解除し、自動ドアが開き終わるのを待たずに強引に身体を中に滑り込ませる。

「お、慌ててやって来たな」

机上のパソコンを前に椅子に座りコーヒーカップを片手に、モリガンが意地の悪い笑みを浮かべていたがヘイゼルは気にも止めなかった。

そして、ヘイゼルは其処で探し求めていたモノを発見した。

「あ……ヘイゼルさん……」

その声を聞いただけでヘイゼルは涙が溢れそうになった。

「フンッ……やっぱり生きていやがったな……」

強がって言うが、その言葉は震えていた。今にも飛び付いて抱きしめたい感情を無理矢理堪える。コイツの前だけではそんな弱みを見せたくは無い。

「あの……その……た、ただいまッスよ……」

モリガンの傍らには、以前と変わらぬ笑顔を浮かべる白い少女が立っていた。

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ボディ・パーツやレッグ・パーツが以前と違う物になっていたり、髪型もピッグ・テールから完全なツインテールに変わったりはしているが、ユエルは生きていた。

いや、書類上で言うと以前のユエルは存在しない。此処に居るのは新しいガーディアンズ・ライセンスを発行され、戸籍を変えられた新しいユエル・プロトなのだ。

「今回の件はエンドラムの残党の存在を世間に出したくない同盟軍の思惑もあったが、ユエルの為でもあったのだ」

モリガンはヘイゼルに語った。

エンドラムの残党が一つだけとは思えない。それ故、彼等の目を欺く為には彼等がユエルに与えた偽の戸籍を消去し、正規の戸籍をユエルに与える必要があった。しかも、それを提案したのはダルガン総裁だと言う。

「だったら、最初から俺にそう言えば良かったじゃねえか! 回りくどい芝居打ちやがって!」

話しを聞いたヘイゼルが憤慨する。

「昔、お前に恥をかかされた事があるからなぁ……今回の件で仕返ししたかったんじゃないんだぜ?」

いつの間にか……と言うか最初から室内に居たのだが、ビリーが笑って会話に割り込んでくる。ヘイゼルはギョッとして振り返り、幽霊でも見る様な目でビリーを凝視した。

「居たのかよッ! 生きてたのかよッ! つーか、生きてんなよッ!」

「何だそのユエルちゃんと真逆の反応は! 相棒の俺が生きてちゃ悪いんだぜ!?」

「明らかに死んだ臭い演出だったじゃねえか! フラグクラッシャーですかテメエは!」

「ゴメンネ―――ッ! 意外性のある男ですから―――ッ!」

と、二人の男はぎゃあぎゃあと喚き始めた。

実際、ビリーは一命を取り留めた物の傷の具合は楽観できる物ではなかった。事実、生死の渕を彷徨い、彼が意識を取り戻したのは三日前だったのだ。致命傷の一撃を偶然懐に収めていた短銃が、文字通り『スケープ・ドール』となって防いでくれたお陰で彼は今こうして生きている。

「良かったッス……やっと戻れた気がするッスよ……」

変わらぬ二人のやり取りを見てユエルが安心した笑みを浮かべた。

全てが平穏な日常に戻ったかのように思える。

だが、現実のところユエル帰還までの道程は簡単ではなかった……と真剣な表情でモリガンは言う。

事前に開かれた査問会ではユエルを禁止された自我を持つマシナリーとして認識し、従来法通り廃棄処分に処すべきと言う意見を述べる査問委員も少なくなかったのだ。

「参考人として聴取された中で、私はユエルはマシナリーとして製造されたが、厳密に判断すると彼女の正体は『始祖キャスト』に近い事を説明した」

始祖キャスト……。モリガンが語る聞き慣れない単語にヘイゼルは眉根に皺を寄せた。

「独立闘争運動を起こす切っ掛けとなった、意志を持った最初のキャストの事さ。彼等は他者に隷属しない自我を持ち、意志を……『心』を得たのだ。ハリス博士の資料を基に判断すると、ユエルの自我の目覚めはそれに近い。細かい経緯は省くが、グレーゾーンにギリギリ近いところでユエルは処分を免れたと言う訳さ。弁護に尽力したダルガン総裁と同盟軍のカーツ大尉に礼を言う事だな。……それからルウにもな」

「ルウに?」

「ああ、そうだ……」

会議の席上でユエルを廃棄処分とする者達に彼女は言った。

 

「心がある者は、ヒトです……。ならばヒトの尊厳を無視し、それを処分すると言う事は、何人にも許される行為では有りません」

 

ルウはそう言い切り処分を押す者達を説き伏せたと言う。

「ルウがそんな事を……」

「少し前に似たような前例があったらしくてな……。最も、そっちはコピーキャストだったと言う話しだが……。まあ、ルウにも感謝する事だ」

モリガンは立ち上がってコーヒーを淹れ始めた。安堵の空気が流れたが、それで全ての問題が解決し大団円……と言う訳では無かった。

通常のキャストとは異なる出自のユエルの身体は、既製部品との互換が利かず、修復作業は難航を極めた。加えて内蔵されたA・フォトンリアクターと頭脳体にプログラムされた戦闘用副人格も取り除く事は出来ず、ユエルの身体はエンドラムの負の遺産を抱えたまま、モリガンの神の手によって何とかレストアされたにすぎない。

ユエルが負傷した時どうするのか……また、戦闘用の人格が何らかの理由で再び起動したらどうするのか……そして、ユエルが召喚したあの次世代SUV『L・O・V・E』の存在。同盟軍のマシナリーによって破壊されはしたが、あれは一機のみしか存在しないのか……。

様々な不安の要素は残っているとモリガンは付け加える。深刻な問題に静まる一同を前に、だが、と彼女は断言した。

「私は必ずユエルを『人』にしてみせる。食べる事の喜びを、愛する事の喜びを……お前が今まで持っていなかった人としての幸福を与えてみせる。私の腕に賭けて必ずな」

出来るのか? と問うヘイゼルの言葉にモリガンは侮るなと不敵に笑って答えた。

「やってみせるさ……私はキャストの専門医……その道では天才と呼ばれる技師なのだからな」

だから今はモリガンを信じよう、ユエルの未来は今日、此処から始まるのだ。

その幸福な一歩に水を注す事はないだろう……。

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数日後―――。

 

退院を果たしたビリーとヘイゼルは、パルム西地区にある歩道に立っていた。リニアライナー改札口を見下ろす歩道に繋がる階段は人気もまばらである。

「……アリアは……ニューデイズに戻ったぜ……。お前達に謝っておいてくれと言われてるぜ」

手摺に両腕を掛け遠くを眺めながらポツリとビリーが呟いた。

「……そうか……すまん……」

ヘイゼルはその傍で瞳を閉じると一瞬空を見上げて言葉少なく詫びた。

一人の女の妄執の為に犠牲になった少女。

彼女は何一つ悪くは無かったと言うのに苦を負わせてしまった。責められるべきは、彼女の気持ちに気付きながらも曖昧な態度を取り続けた自分だと言うのに……。

苦い表情を浮かべるヘイゼルの横顔を一瞬見詰めビリーは小さく溜息を吐いた。

「オレに謝ってどうするんだぜ……。人生は結果の積み重ねだ。自分が出した結果を悔いる必要はない……選んだ結果なら恥じるな、胸を張ってるんだぜ」

結末は後味が悪い物になってしまった。

だが、自分達がもう少し大人になって再び出会った時には、昔こんな事があったな、と笑い合って水に流せるようになりたいとヘイゼルは思う。

それまでは少し時間が必要だ。誰もが自分の罪を許せるようになる時間が……。

「……ナニワブシ(ハードボイルド)を気取るなよ……テメエは」

「ロックと言って欲しいんだぜ」

鼻で笑うヘイゼルに心外と言った様子でビリーはニヤリと不敵に笑い返した。

「じゃあ、俺はそろそろ失礼するんだぜ……」

暫しの無言の後、おもむろにビリーが手摺から身を離す。

「行くのか? ユエルももうじき戻ってくる。別に用事が無いんだったら一緒にどうだ……これから―――」

ヘイゼルの言葉をビリーは片手で遮った。

「止めとくぜ、二人の時間を邪魔したって恨みを買いたくはないんだぜ」

ビリーの言葉に拗ねるユエルの顔を連想し、ヘイゼルは苦笑を浮かべた。

「アイツのか?」

「違うな、お前のだよ」

「……ふざけろよッ!」

意味を理解したヘイゼルが顔を真っ赤にし肩を怒らせると、その様子を面白そうに眺めてビリーが笑った。

一通り会話のキャッチボールを楽しむとビリーは告げた。唯一言……。

「じゃあな」

「ああ、またな相棒……」

ヘイゼルもまた短く返すと、ビリーは振り返り背中を見せたまま右腕を上げ左右に振り、中央区の方角へ向けて歩き去っていく。

彼もまた、ヘイゼルと同じ様に、あの白い少女を守りたい者だった。

しかし、少女が選んだのは一人の男。

誰しもが人生と言う名の主人公であるが、他人の中で主人公となる事は容易ではない。

ビリーはユエルにとっての主人公にはなれなかった。

選ばれなかった脇役は姿を消すしかない。

選ばれた者に笑顔を向けるヒロインの嬉しそうな顔を見続ける事は出来ないから……。

だが、ヘイゼルは解っている。

何時か必ず、男が帰ってくる事を。

俺達もまた相棒(パートナー)なのだから。

 

ビリーがヘイゼルの元を去ってから暫くし、通りにある店舗の自動ドアが開き、中に入っていたユエルが戻ってくる。

「お待たせしましたッスよ〜! あれ、ビリーさんは?」

ヘイゼルの元へ駆け戻って来たユエルは、其処にビリーの姿が無い事に気付き、彼の姿を探して辺りをキョロキョロと見渡していた。ヘイゼルがビリーが帰った事を伝えるとユエルは心底がっかりした表情を浮かべる。

ヘイゼルはそんなユエルの様子を見下ろしていた。彼女の頭の頂きにはフリルをあしらった白いカチューシャが飾られている。先程、立ち寄ったブティックでユエルが気に入り、ヘイゼルが買い与えた物だ。どこぞのメイドを思わせる物だが、白いパーツで構成されたユエルに似合っていた。

「あ、これ……どう……ッスかね?」

「あー……うん……似合う……んじゃねえか」

上目遣いで尋ねるユエルの視線にドキリとし、ヘイゼルはそっぽを向いて鼻の頭を掻いている。

永久不変のツンデレ・スタイルにユエルは微笑を向け、ヘイゼルの手を取りながら言った。

「さあ、じゃあ行くッスよ! 今日はキャス子カフェに付き合ってくれるッスよね?」

「……ああ、約束だから仕方ないな。付き合ってやるよ」

思ったよりも小さなユエルの手をそっと握り返しながらヘイゼルはぶっきら棒に呟く。

そんなヘイゼルを引っ張ってユエルが走り出す。笑顔と光溢れる街の中、人波を掻き分けて二人の姿が遠ざかって行く。

 

娘の幸福を願った父の願いは、今此処に成就したのだ。

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ユエルは今後もガーディアンズを続けると言っている。

それが殺めてしまった者達の為に、彼女ができる精一杯の贖罪だ。

無垢な笑顔の裏に重い罪垢(ざいく)を隠し、それでもユエルは人の為に生きる事を……安易な終りではなく苦しみと罪の十字架を背負って生きる事を選択したのだ。

だからヘイゼルも誓う。

お前が人を護る為に戦うと言うのなら、今度こそ俺はお前を護って戦ってみせると。

そして共に生きていこう。

 

       せ     か    い

この……"Phantasy Star Universe"で―――。

説明
最終話【エピローグ】
SEGAのネトゲ、ファンタシースター・ユニバースの二次創作小説です(゚∀゚)

【前回の粗筋】

もはや説明は必要ない

ヘイゼル、ユエル、ビリー、アリア……

それぞれの終わりと始まりをもって

物語は終了となる

Phantasy Star Universe-L・O・V・E

それは戦火に彩られた“L・O・V・E”の物語……

今回で最終回となります。
もしも最後まで読んで、ちょっとでも気に入って頂けた方…支持してくれたり、コメントして頂けると嬉しいです。
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PhantasyStarUniverse ファンタシースター ファンタシースター・ユニバース PSU PSPo 

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