百物語2
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 ひひっ、アンタか。久しいな。こんな山ん中で会うとはな。

 今日も俺の暇潰しに付き合ってくれよ。なあに、お代はいらねえ。

 アンタはただ、俺の話を聞いていてくれさえすりゃいいんだ。

 ――何の話かって? まぁそりゃアレよ、いつもの与太話だ。

 ……あん? そんな話をどこで仕入れてくるのかって?

 いいじゃねえか細けぇこたよう。

 これから語る俺の話が事実だろうが虚言だろうが、アンタにゃ一切関係ねぇんだから。何だったら、全部俺の妄言と思って聞いてくれて構わんよ。俺はよ、この語りが生きがいみたいなモンだからよ。ひひひ。

 

 ――鴉、っているじゃんよ。黒くてそれなりに狡猾で鳥の中ではでかい方で、ギャアギャアうるさいあいつさ。

 不吉の象徴とか言われてさ、不名誉な鳥さんだけど。そんな概念は西洋発端で、昔の日本じゃ神の使いとかありがたい役割だって担ってたんだぜ? 八咫烏(やたがらす)とかその分かりやすい例だろ。……まぁ、ありがたがられたり気味悪がられたり、鴉にとっちゃどっちも迷惑だろうけどな。

 そんな鴉だが、生態が人の暮らしに近いのは知ってるか? 一夫一妻、群れで行動し、問題解決能力も高いときた。おまけに、変な所に巣作ったりするからなぁ。

 これはそんな、「変な」所に巣作りされたとある鴉のお話さ。

 

 さっきも言ったが、奴らは妙な所に巣を作る事がある。木の上はまぁ、普通と言うか可愛い方だ。電柱、看板、駅のホームの屋根裏、屋上の貯水タンクの陰……人様の環境に、ずかずかと巣作りしやがる。しかも巣の材料も針金やプラスチックとか、まぁ器用な事。

 とある市営ホールの屋根裏も、もれなく標的になった。舞台上の役者達やホールに集った観客、そしてホールの掃除夫に気付かれる事もなく、屋根裏で鴉の雛達はすくすく育っていったとさ。だが何と、雛達の中で一匹……運命の悪戯か、人語を解しやがった奴がいた。幼い頃から舞台の役者達が大音量で話す台詞を聞き続けたためか、そいつの頭が格段良かったのか、はたまた遺伝子の突然変異か。原因は不明だが、とにかくそいつはある日自我を持ち、人間様の言葉を操れるようになったんだよ。

 元々鴉はオウムと同じでさ、聞き続けた音を発声するくらいはできるんだよ。だけどよう、物を考えて話すっていうのは人間の特権だろ? そいつを鴉が手にしちまった、ってわけだ。

 まずそいつは、同じ巣の兄弟に人語で話しかけてみた。しかし兄弟の反応は薄い。極めて動物的な反応しか返ってこない。当然だわな。次にそいつは考えた。どうやら、こんな事ができるのは家族で自分だけなのだと。

 生後一ヶ月程で巣立ちしたそいつは、まず各地を飛び回って、自分と同じような存在を求めた。つまり、人語を話せる鴉だな。鴉は探しに探したがしかし、哀れにもそんな仲間はいなかった。どいつもこいつもぼんくら、ギャースカ騒がしく鳴くかオウムのようにただ発声を繰り返す奴らばかりだ。

 進みすぎた知能を持ってしまった鴉は、群れから孤立した。自分から離れたんだ。誰も自分を分かってくれない寂しさと、孤独に苦しんだ。

 だが、鴉は諦めなかった。仲間がダメなら、今度は人間に接触してみようと。そして奴は、好奇心に突き動かされるまま人の営みの中へ、自らの身を滑り込ませたのさ。

 だが、哀しいかな。ただでさえ不吉の象徴として忌み嫌われ、ゴミ収集所を荒らす害獣として見られている鴉だ。心無い人間達は、近寄ってきたそいつを見るや否や、石持て追った。加えて、そいつの体は他の鴉に比べてデカかったからな。威圧感もハンパなかったろう。

 ある時なんか迫害に耐えかねて、ついにその鴉は人間に対して言ったのさ。

「やめて下さい、私はあなた方への敵意はありません!」

 だが、下手に話したのがまずかった。聞いた人間は半狂乱になって、それこそ化け物を追い払うように鴉をあしらったのさ。

 そんな事を繰り返すうち、鴉は悟った。大人はダメだと。奴らは、自分を受け入れる頭を持ち合わせていない。無邪気で何事にも興味を示す子供の方が、まだ意思疎通の機会はあると。

 しかしターゲットを子供に変えても、それはそれで接触には骨が折れた。子供の側には大抵親がいるものだし、一人遊びをしている子供の側に近寄っても怖がられて逃げてしまう。鴉公の友達作りは難儀を極めたわけだ。

 鴉の希望も段々と擦り切れ、人間そのものに諦観を抱くようになった頃。ある晩、羽を休めるため止まっていた街灯の上で、ふとそいつは目に付いた。目と鼻の先、民家の二階の窓が開きっぱなしになっており、そこから見える小部屋では一人の少女が物憂げに座っているではないか。だが向こうはこちらに気付いた様子もなく、よく見ればこっくりと舟をこいでいる。成程、眠ってるわけでもないなら、彼女はすぐに鴉の巨躯に気付き、追い払ってくるだろう。これまでの経験から、鴉は迫害される前にここを飛び立とうと思ったが。ふと気が変わり、鴉はその子に興味を覚え、ひょいと部屋の中に飛び込んだ。果たして、彼女は自分と通じ合えるかどうか。今一度、試してみたくなったのさ。

 鴉はわざと、適当な木材を突いて音を立てた。娘は不審な物音に気付いたのか、うめき声と共に首を上げたのさ。

「……誰?」

 鴉は高鳴る胸を抑えつつ、わざと芝居がかった口調で挨拶をしてみた。

「やあ、こんばんは。いい夜ですね、美しいお嬢さん」

「え……あ、あの?」

 考えを纏めきれぬまま、足を踏み出している自覚はあった。鴉の胸中に、過去の失敗達がよぎった。だが同時に、この状況を俯瞰的に、冷静に分析してる自分も感じていた。

「不安がる事はありませんよ、美しいお嬢さん。私はあなたとお話をしてみたいと、ただそのように考えただけなのです。怖がらせようなどとは、欠片も思っていなかった……。決して、怪しい者ではないのです」

 聞き手を安心させる芝居口調ならお手の物、生まれの屋根裏で散々聞いた鴉だ。一流役者も舌を巻くキザッたらしさに加え、どこか間の抜けた印象の声を鴉は意識していた。大した役者だよなあ。

 だが、娘の反応は鴉が予期したどれのものでもなかった。驚愕でも恐怖でも混乱するでもない。もちろん、好意的な笑顔なんてものでもない。娘の示した顔は、困窮と謝意だった。

「ごめんなさい。私、目が見えないの。だから、あなたを楽しませるようなお話なんてできないわ」

 言われ、初めて鴉は気が付いた。サングラス越しの娘の目が、固く閉じられている事を。そして、彼女のまぶたに痛々しい傷跡が残っている事を。彼女は盲目だったというわけだ。

 ほれ、アンタ覚えてるかい。一昔前、世間を騒がせた通り魔がいただろう。死者がわんさか出たが、その被害者はみんな目をやられて……って。犯人はまだ捕まってないらしいけどな。

 おっと、話が逸れたか。ともあれ哀れにも、その娘は視力を失っていたんだよ。だけどまぁ、鴉にとっては彼女こそが天の救いだった。なにせ、自分を怖がらない初めての人間だったからな。喜びのあまり転げ回りたいのを我慢しつつ、鴉は朗々と謳ったもんだ。

「いえいえ、気になさる必要はありません。私は、そんなあなただからこそ言葉を交わしたいのです。神というものがこの世にいるのなら、私はそれに感謝してもし足りません。あなたと出会えた事が、何よりもの喜びに勝るのですから!」

 娘は不思議な声の主に尋ねた。

「あなたは一体、誰なの?」

「私は……『夢幻の旅人』と申します。その名の通り、旅をしながら生きております。たくさんの人と会って、たくさんの話を聞き、そして語ることを、日々の愉しみにしておるのです」

「えと、むげ……んの、旅人さん……と言うの?」

「ええ……。まぁ、夢幻とでも旅人とでも。他に呼び易い名でもあれば、それで呼んで下さっても良いのですが……」

 夢幻の旅人とは、なんつうキザな鴉だろうな、ええ? だがそんな役柄を演じたのが功を奏したのか、いくらか強張ってはいたが、少女は口元にはにかむ様な微笑を浮かべたんだ。

 それを見た途端、鴉は、自分の中で鳴り響く小さな音を聴いたような気がした。それを聴いた時、不思議な甘美さが鴉の胸の奥を駆け抜けた。その甘美さの正体が一体なんなのかが分からず、鴉は少女から目を逸らして言ったとさ。

「ではあなたのために、これから毎晩、私はお話をしましょう。そうですね、まず今日は……とある特徴の毛皮を持つ、猫の話でも」

 こうして鴉はめでたくも話し相手を見つけ、毎晩その娘の下に通っては、様々な物語を聞かせたんだ。ネタは幼少から聴き続けた歌劇に、鴉の人間観察眼によるアレンジを加えるだけで妙にリアリティのある、千変万化の物語になる。鴉の話す物語は、下手な吟遊詩人のそれよりもよっぽど面白かった。聞き手は盲目の少女一人だけだったが、彼女は実に良い観客だった。鴉の語る喜劇によく笑い、悲劇にゃ泣き、素直な感想を述べた。そして鴉は、彼女の笑顔を見る度、胸の奥が締め付けられるような甘さを感じていた。

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 ここで、話を終えりゃハッピーエンド……なんだがな。物語はここから急転するぜ。

 

 少女との仲を縮めていく鴉は、ある日思った。自分は話すばかりで、彼女の事を何も知らないと。だから、会話のかたわら、何気ない風を装ってどうして視力を失ったのか彼女に聞いたのさ。

 まぁ、彼女は不幸な事件に巻き込まれたみたいな事をぽつりぽつりと語るわけなんだがな。少女にとっちゃトラウマみたいなものだったらしく、語る口調も実に辛そうだった。最後に彼女はこう言ったよ。

「夢幻さんは、私の事を美しいお嬢さんだなんて言ってくれるけど、ホントは絶対違うもの。不気味だよね、私のような目をした人なんて……」

 その言葉に、親身になって聞いていた鴉はたまらず遮った。

「そんな事はない、“美しい”お嬢さん!」

「…………」

「辛い話でもあったろうに、不躾ともいえる私の質問に答えてくれてありがとう。ただ……あなたは自分の事を不気味と言うが、私には欠片もそう感じられない。本当に美しいと、俺はそう思っているんだ――ッ!」

 そのまま鴉は飛び出し、夜闇へと消えてしまった。飛び出して、後悔した。つい感情的になり、キザな役まで投げ捨てて彼女を弁護した。鴉の胸の内を焦がすその感情に、もう薄々見当はついていた。

 どうにかして、彼女の為に役立ちたい。あの目を、治したい。その一心で、今の鴉は動いていた。

 そして、鴉は思い至ってしまった。

 彼女が盲目なら、別の人間から目を代用すればいいじゃないか――と。

 あの少女に比べれば、矮小で有象無象の他の人間達の目玉の一つや二つ、失敬して構わないとな。

 そうと決まれば善は急げ。鴉は人気の少ない場所を選んで、そこを通りかかる人間に急降下し――嘴で目玉を抉り抜いた。この世の物とは思えぬ絶叫が響いたが、普段から自分を虐げている人間達だ。別に鴉の心は痛まなかった。

 そうして採取した目玉を、翌日鴉は少女の下へと届けたのさ。目を治す薬と偽ってな。当然、人の目玉なんて美味い物じゃないだろうが、鴉への信頼から少女はそれを飲み干した。その日の晩、少女は久しぶりに楽しい夢を見た。まるで自分の視力が回復したかのようだった。何でだろうな、殺された人間の妄念がそうさせたのかもな。

 ともあれ、少女の報告を聞いた鴉は喜び勇んだ。やはり自分は間違っていなかった、このまま続ければ彼女の視力はきっと戻ると。

 さあ、それからが大変だ。鴉はせっせと眼球を集め、少女に配達する日々が始まった。少女は少女で楽しい夢を見られるのが嬉しいから、鴉の贈り物を期待した。

 だけどある日――持ってきた目玉を口にした少女は、どうした事かわんわん泣き始めて発狂し、泡を吹いて死んじまった。それもそのはず、彼女が食べた目玉……そいつは、外出していた彼女の両親の物だったんだ。少女がなぜ死んだのか、目玉を多量摂取した後遺症か、何も知らぬまま命を断ってやった亡き両親の慈悲か、それは分からない。ただ、残されたのは鴉だけ。

 何が間違ってたのか分からないまま、鴉はふらりと夜空へ飛んでいったとさ。

 とっぴんぱらりのぷう。

 

 まあ、俺の話はこれで一区切りだ。どうにも締まらないが、鴉のその後なら知っているぜ。

 その後、鴉は人里離れた山の中に住み着き、もう二度と下界に降りる事はなかったという。少女の事を思い出すからか、人間と関わりたくなくなったか。俺は鴉じゃないから分からんがね。ただ、その山に迷い込んだ人間は、目玉を無くしておっ死ぬ事がたまにあるらしい。案外、目玉の味の虜になったのはその鴉の方なのかもな。

 

 ――さて、話を蒸し返すがね。

 連続通り魔の話をしただろう。被害者はみんな目をやられて、犯人はまだ捕まっていない……。ひひひ、流石にもう気が付いたかい? 犯人が鳥公じゃ、捕まえようがないわなぁ!

 ――あん? デタラメだって? まぁ、信じる信じないはアンタの自由だよ。最初に言ったが、聞いてくれるだけで俺は満足なんだ。

 しかも、こんな山の中で俺の長話にわざわざ付き合ってくれるとは、感謝の限りだね。

 

 ……ところで話は変わるが、耳を済ませてみな。

 鴉の鳴き声が――聞こえてこないか?

 ほら、今にも……。

 アンタの頭上に、迫ってきそうな勢いでさ――。

 

 おしまい

説明
今度は鴉の話さ……ひひひ。
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