勘当お姫様の冒険譚@〜第一章 姫君は魔法使い〜
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第一章 〜姫君は魔法遣い〜

 

 

 

 

 ほんのり暖かくなってくる、初春―――。

 小国ながらも活気に満ち溢れたマートオルの片隅に、少女はいた。

 手元の紙を見ながら、ふらふらと歩きつつ、彼女は呟く。

「ったく…なんて分かりにくい地形なの? ここを右に曲がって、次は左? …なんの嫌がらせなのよ、もうっ!」

 亜麻色の髪に気の強そうな翡翠の眼、頭に被った茶色の帽子の少女は、風に靡くカーディガンを押さえつつ路地裏を彷徨っていた。

 ぐちぐちと悪態を突きつつ、更に路地裏へ入っていく。

 そしてしばらくして、目的の場所が見えてきた。

 こげ茶のレンガで作った洋館。鉄の門には鍵もついているし、庭も十分すぎるぐらいに広い。ただし何十年と人が住んでいなかったせいか、雑草は生え放題で門は錆び、荒れ果てているのだけれど…満足気に頷き、少女は洋館を見上げる。

「よしっ。どうやらあそこみたいに悪趣味な飾りは無さそうだし、合格! ここがリエラ改めリィの新拠点よ!」

 そう、少女の名はリエラと言った。

 隣国サレーンの追放された元姫君であり、今は放浪の身であるリエラは、たまたま立ち寄った不動産屋でこの洋館を紹介されたのだった。ひと目見て気に入ってしまったのである。

 値段は、なんとか、城からいくらか掠め取ってきていたのでどうにかなった。十年以上誰も住んでいないとなれば、とんでもなく安くなるらしい。なぜこんなにいいところが売れないのかと尋ねると、店員は苦笑いして、

「ここは前の持ち主に契約条件を付加されていましてね。こんないい物件ですからと頼み込んで、取り壊しを中断してもらったんですが、その条件がまた厄介で…」

 その条件を、あっさりリエラはクリアしてしまったのだった。

 条件はたったの一つ。

「冒険者であること」。

 これは全国共通正式ライセンスの提示により認められるもので、かなりの実力者でないとこのライセンスは取れない。リエラが試験を受けたのは今から五年前、十二歳のときだったが、彼女の記憶が確かなら数千の応募者の中で、彼女自身を含めた六人しか、合格者はいなかったように思える。

 このライセンスを見せると、店員は目をまん丸にして、呆然と問うた。

「あの…お客さん、なにか…まさか傭兵だったりとか…?」

「違いますよ!」

 あははは、っと笑い飛ばすと、店員は安堵のため息をついたのだけれど。リエラは更に、こういった。

「あたしは一介の魔法遣いに過ぎませんよ! ただ、ちょっとルーン(呪文の詠唱のこと)を飛ばせるだけですってば。最近は一言で発動できるようになったんですよ!」

 …普通、ルーンを飛ばせるようになるには数十年の修練が必要であり、さらに一言でとなれば数十年が必要となる。リエラは大したことでは無いと思っていたが、実は世界的にも極少数だったりする…。

 そんな予備知識を持ってしまっていた店員は、その事実が判明するなり、冷や汗を流しながら店の奥に戻っていった。

 まぁ、そんなこんなで手に入れた洋館の前で、リエラはなぜか思い出していた。

 父王のせいでほとんど城外へ出たことが無かった彼女が、初めて夜中に城を抜け出し、そして危うい場面に遭遇したときのことを。

 そのとき助けてくれた人物のことを。

 

 

 八つのときが、一番荒れていたとリエラは思う。

 反抗期にしちゃ早い? まぁ、そうかもしれない。しかし厳密には反抗期ではなくて、彼女が何者にも心を閉ざしていた頃、という意味だ。

 その時期が出来た原因は、母である王妃が不治の病なるものにかかったことだった。

 しかもある日、見舞いに来たリエラの目の前で王妃は発作を起こし、そのままリエラが人を呼ぶ暇もなく…息絶えたのだ。

 太陽のごとき笑顔とおおらかさで人気のあった王妃が、愛娘の目と鼻の先で、亡くなったのである。

  苦しむ母を前に何も出来なかった己を呪い、精神的に滅入っていたリエラに救いの手を差し伸べたものはしかし、誰一人としていなかった。王でさえも、

「は…やっと死んだか」

 と一言だけ述べて、兄に当たる王子も王妃の死を喜ぶ有様であった。

 愚かにも。

 愚かにもここで、やっと、気づいた。

 リエラは、「いらない娘」だったことに。

 幼心にもそれには気づけた。周りが彼女を疎んでいることに気づいたリエラの心は。

 孤独。

 絶望。

 人への恐怖に、黒々とした感情に。蝕まれ始めた。

 そのうち彼女は部屋に籠もるようになる。

 人に会いたくない。

 いっそ死んでしまいたい。

 どうせ悲しむ人間なんて、いないんだから。

 そんな思いから、自傷行為に走ろうとしたことすらあった。

 しかし―――そんな感情を忘れさせてしまうくらい、腹の立つ男が城に来てから、リエラは少しずつ変わり始めた。

 ヒュウガ・カリュッセル…傭兵上がりの青年だった。

 貴族優先のサレーンで平民が正式に―――重職登用されたのは、彼の実力が申し分なかったからだろうが、とてもそうは見えなかった。

 いつもにこにこと笑顔で鳶色の髪は常にボサボサ。温和かつ牧歌的で時間にルーズ。こういう偽善ぶったやつが、一番嫌いで一番癪に障った。

 だから、王女専属護衛になった彼には冷たく当たった。ナイフ投げの練習をサボったり、

「あなたなんて、大っ大っ大っ嫌いです! さっさと消えてくださいっ」

 と申し渡したことさえある。

 けれどそのたびに、青年は瑠璃色の瞳を細めて、

「いやぁ、そうか。じゃあ、僕の昔話でも聞かせてあげようか?」

 などと言うのだ。

 バカでしょこいつっ、と思った数は数え切れない。

 しかしこの時点で、リエラは確実にいい方向へ変わってきていた。今まで無視していた人物にそっけなくとも挨拶ができるようになり、ヒュウガに対してはもう完全にタメ口であった。嫌いな相手のはずなのに、なぜか気を許してしまうのだ。

 あっという間に数ヶ月の月日が立ち、晩秋の夜のことだった。

 リエラは誰にも内緒で、見張り兵士のいない中庭にいた。理由は、誰かに手紙で呼び出されたからだった。送り主不明の文がいつの間にか部屋の窓に置いてあって、文面には、

『王女様、少しお願い事がございます。夜十二時、北塔脇の中庭へおいでください。お待ちしております』

 と、ていねいに記してあった。

 この頃の彼女にとって、人助けはとても大切なことだった。周りが不親切に何もしてくれないのが、どれほど辛いのか。それは自分が一番知っていることだったから。

 そして、夜十二時を告げる街の大聖堂の鐘が鳴り響くのと同時に、背後から木の葉を掻き分ける音がした。驚いて振り返ると、そこには二人の男がいた。

 大柄な筋肉の塊みたいなやつと、眼光がやたらキツい細面の男だ。どうやら、この二人が呼び出した張本人らしい。

「王女様、平民ごときの願いをお聞きくださり、真に有り難うございます」

 優男が優雅に礼をする。

 ぞくり、と、リエラの背筋に冷たい戦慄が走った。

 ……この人たち…危ない。

 反射的に後ずさったリエラを見て、物騒にも斧を肩に担いだ大男がにやりと笑う。

「おとなしくしてろよ、嬢ちゃん。今から楽しいとこに連れてってやるからよぉ」

 また一歩、退く。

 優男の表情が険しくなる。

「……姫様、言うことを聞いてくださいますか」

 恐る恐る、首を横に振ったリエラを見て、優男の目に殺意が宿った。

「…………そうですか。では」

 冷たく、冷徹で、あざ笑うような声音で、優男は命じた。

「殺ってしまって結構ですよ」

 この一言に、大男は一歩、前に出た。

 リエラも合わせ、退く。

 恐怖で足が竦んでいる、というわけではなかった。出そうと思えば大声も出せたろうが、しかし、リエラはそうしなかった。

「……あたし、ここで死ぬのかな」

 ぼんやりと、そんなことを考える。でも、もう、それでいい。どうせ悲しむ人もいない。ただ凄惨な死体を見て、後片付けが面倒だと思われるだけ。 

 どうせなら、誰にも迷惑のかからないところで、虫のように死んでいきたかった。

「じゃあな、おばかなお嬢ちゃん」

 大男が笑い、斧が彼女の頭を割らんとしようとしたまさにその瞬間……。

 

「消えるのは君だと思うよ」

 

 よく通る声がした。

 はっとして、リエラが声の主を捜す。

「だ、だれでぇ!」

 大男が慌てて斧を引き、取り落とした。優男がちっと舌打ちしたまさにその音を合図にしたかのように、男達の頭上に黒い影が『出現』する。

 それは、刹那の間に、二人の首筋に手刀を打った。男ふたりは揃ってよろめき、大地に倒れ伏している。

 リエラがその手際の良さとタイミングのよさに驚いてぽかんとしていると、突然叱声が響いた。

 

「何ボケッとしてるんですかっ、大バカ者!!」

 

 びくっとして顔を上げる。

 そして上げた目線のちょうど先に、なんとヒュウガがいた。

 いつもは嫌味なくらいニコニコしている癖に、今晩は違う。顔は思い切りしかめ面、眼は鋭く光っている。…何より、声がとてつもなく怖い。リエラは、昔読んだ絵本に出てきたハンニャという化け物を思い出した。

「危ないじゃないですか、夜中に城を抜け出して! どう考えたって賊としか思えませんよっ、あの文面は!! 僕をバカにしているんですかっ、王女様っ」

 目の前にしゃがみこんだヒュウガを、リエラはきっと睨みつけた。

「………そよ」

「はい?」

「うそよ…うそよ! なんであたしを心配してるようなことをいうの…どうせ死ねばいいって思ってるくせに、うそつき!!」

 涙声で叫ぶ。

 思わずこぼれた本音だった。

 これに、ヒュウガは「あ〜あ」とでも言わんばかりにため息をつく。

「あのねぇ、姫様」

 王女様ではなく「姫様」と呼んで、彼は続ける。

「僕はそんな風に思ってませんよ。思ってたらとっくに、ここを出るかあなたを切り捨てるかしていますって。僕は毎日が楽しいです。姫様のことが大好きです。だから……だから、そんな風に自分を傷つけないでください」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 今まで、自己防衛だとばかり思っていた行動は、自分…リエラを傷つけていたと、彼はそう言いたいのだろうか。そんなバカな。あたしを傷つけていたのがあたし? そんな…訳…。

「そんな…こと…」

 戸惑うリエラに、ヒュウガは言い聞かせるように言う。

「姫様。僕は今、姫様が一番大事です。だからこそもう耐えられない! これ以上頑なに心が狭くなっていく姫様を僕は見たくない! だから…僕のわがままを聞いてください。今後、こんなことが二度とないように…お願いします」

 優しい微笑を浮かべた彼は、こちらを伺うように、心配するように見つめた。

 このとき、リエラは、驚いたことに微笑んでいた。

 自分を必要としている、と彼は言った。

 この感情は…嬉しい、というものだ。母が亡くなってから綺麗に忘れてしまった正の感情。

 それを、この傭兵上がりの青年は、思い出させてくれた……。

「……ヒュウガ、だったよね…」

「……!! はっ、はい! やっと名前を呼んでくれ――――」

 ヒュウガの言葉が途切れる。

 なぜなら、リエラが唐突に、彼に向かって倒れこんだから。

「姫様……?」

 呟いて、ヒュウガは気づいた。

 彼女の小さな肩が震え、嗚咽を上げていることに……。

「こ…怖かったよ…」

 そう呟きながら、彼女はしばらく泣き続けた。

 

 そんな恥ずかしすぎるエピソードを共有しているヒュウガは、ここにはいない。

 一応この件は、彼の副官で情報担当のスズに伝えてはあるが。果たしてヒュウガは、今どこで、何をしているのだろうか。

 目の前を、二人の青年が通り過ぎた。黒髪の男性の右横で、藍色の髪の男性が本を読み歩きしている。黒髪男性がなにやら熱心に語っているのに、彼は見向きもしていなかった。

 とそこで、いきなり足元から風を受けた。

「ほっほう、白かの…」

 酒がだいぶ入ったらしい爺さんの声。

 

 ス…スカートめくり、この歳でっ!?

 

 そう思った瞬間、無意識に片手を上げていた。

「來光!」

 すると、その場をほんの一瞬だが、まばゆい白き光が照らした。どうやら効果は絶大だったらしく、爺さんが半ば悲鳴を上げながら退却していく。

「あ…またルーン飛ばしちゃった。なんか店員さんびっくりしてたから、ちゃんと型どおりの使おうと思ってたのに…う〜」

 普通の魔法遣いなら悩みようもないことで悩みの唸りを上げたリエラは、そのときふと、先ほど通り過ぎた二人の男性がこちらに戻ってくるのを視界の隅で確認した。…よくみれば二人とも武装しており、黒髪は長剣を、藍色は弓を腰に吊っている。黒髪の青年の手の豆からして、かなりの達人だと見えた。ちなみにリエラの達人基準は、「ヒュウガと豆の出来方が似ているか」だ。

 二人は彼女の目の前で立ち止まり、実に気安く話しかけてきた。

「よお、凄いなお前! 今、無言で魔法使ったんだろ? とうてい出来ない芸当だぜ。なあ、イルート?」

 黒髪の男が、若草色の瞳を細め、イルートというらしい藍色の髪にめがねの人物に同意を求めた。

 イルートはそっけない。藤色の瞳を本から離しもせず、

「凄いという点は同意するが、無言という点は違うな。彼女は一言、ルーンを発している。それくらい考えろ」

「あんだと! お前、俺がバカだって言いたいのか!」

「そういう無駄にエネルギーを使う怒鳴り声を出す人物を、常識でバカやアホとするんだとばかり思っていたが…違うのか?」

「こんの世間知らずがぁぁぁぁ!!」

 …いきなり目の前で漫才を繰り広げられても困る。あまりにもくだらないというか、それを通り越して呆れる。

「…あの、何か御用ですか」

 むっとしながら尋ねる。正直、人は嫌いだ。すぐにでも撤退できるよう、構えておく。

「おお、そうだった。俺の名前はセガル・カルガン、最強と自負する剣士だ。んで、こっちがイルート・リズサア、弓の達人。覚えといてくれ」

 この言葉にもっとむっとして、思わず言い返した。

 

「世界最強は唯一無二に一人だけ、ヒュウガ・カリュッセルだけよっ」

 

 これに驚いたように、イルートが初めて本から眼を離した。

「…隣国サレーンの名将。常勝不敗を誇る将軍だったな。しかし、彼は職を辞したと聞くが」

 この独白を、リエラは聞き逃さなかった。

 眼を見張る速さでイルートに飛びつき、早口に尋ねる。

「ほ…本当っ!? あいつ今どこにいるの? 早く教えて早くお願いします!」

 らしくもなく取り乱し、瞳に涙まで溜めて懇願する彼女を、困ったようにイルートが見下ろす。それを見て、セガルがフォローするようにリエラに言った。

「旧知の間柄か? そいつは確か、明日開かれる王国主催の武道大会に出場するらしーぜ」

「そうなの! ガセネタじゃないでしょうね?」

 詰め寄るリエラを手で制しながら、セガルは続けて、

「ああ、これはガセじゃない。マジだ。それはさ、剣技・魔法・弓師・魔法剣士の四部門枠があってな、俺たちも出るつもりなんだ。俺が剣でこいつが弓ね。それで、お前に声を掛けた理由というのはだな〜…」

 一旦彼は言葉を切り、そしてかなりにこやかに告げた。

 

「お前、魔法部門に出る気は無いか?」

 

                             〜第一章 完〜

                             〜第二章 続〜

説明
前回初投稿にて「第一章」とか打っておきながら打てなかったひよっこ待雪です。まだまだ一章はプロローグっぽいですが、これから地味に頑張ります。
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勘当  魔法 お姫様 ルシフル 仲間 武道大会 少将 少年少女 

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