護りたいもの
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 軽く肩をすくめて、彼女は玄関の前に置かれた新聞紙を拾い上げた。

 おそらくまた、あの天狗の仕業だろう。いくら新聞お断りと言おうと、勝手に置いていく。別に購読料を取られるわけでもないので、被害というものもないし、神経を尖らせるほどのことでもないが。

 放置しておくと嵩張るので、彼女はいつものようにさっさと焼却処分することに決めた。一応、こんな手間を取らせるというのは、被害と言えば被害なのだろうか?

 近いうちに、天狗という妖怪は新聞を押し売りするのがその本分であるということになりそうな気がした。

(……へぇ)

 手にした傘に妖力を込めようとしたところで、一面の写真がふと目に入った。いつもはまず読むことのない、文章を目で追っていく。

 ……やがて、風見幽香は笑みを浮かべた。

 

 

 紅魔館の前に、笑顔を浮かべて幽香は現れた。

 紅美鈴は腰の後ろに両腕を回した格好で、幽香と対峙する。

「失礼、紅魔館に何か御用でしょうか?」

 鉄格子に遮られた門の前……距離にして訳5〜6間といったところか、そこまで彼女が近づいたところで、美鈴は声をかけた。

 その声に、彼女はその場で立ち止まり、口を開く。

 だが、美鈴の期待していた答えは得られなかった。

「……紅魔館の門番といえば、しょっちゅう居眠りをしているものだと思っていたけれど、案外とそうでもないのね」

 問いかけを無視し、あまつさえ初対面の相手に対し、職務怠慢という偏見を言い放つという無礼。

 人並みの礼儀を弁えた者であれば、まずそんな真似はしない。そんな真似を平然と……さもそれこそが常識的な礼節であるかのように、にこやかな口調で幽香は言った。

「いや、お恥ずかしい噂が流れているようですね」

 挑発としても安い言いぐさだが、まるで気にもしないと、紅美鈴は苦笑して聞き流した。

 もっとも、そんな安い挑発に乗ってくるような真似はしないだろうとは、幽香もまた美鈴を見立てていたが。

「そうね。人にまるで恐れられることもなく、それどころか人間にすらそんな噂を振りまかれて嘲笑の的にされるなんて……そんな妖怪、滑稽よね」

 妖怪は人を喰い、人に恐れられる化け物だからこそ妖怪として存在することが出来る。

 人に恐れられることのない妖怪など、それはただの道化だ。

 が、そんなこともお構いなしと美鈴は苦笑いを浮かべるのみ。

「でも……違うようね。あなたは」

「……はあ」

 美鈴の生返事に、幽香もまた苦笑を浮かべた。思った通りの反応だった。出来れば、もうちょっと何か面白い反応をしてくれればと期待したのだが。

「サボりの噂は聞くけれど、この門を突破されたという噂は聞かない。人間に後れを取るようなことだけはない。……それだけの自信と力はあるという事よね?」

「いや〜? そうでもないですよ? 紅霧異変……うちのお嬢様が色々とご迷惑をおかけしたときには、博麗の巫女と魔法の森の魔法使いに突破されちゃいましたし」

 軽く嘆息して、幽香は巫女と魔法使いの姿を脳裏に浮かべた。

「ああ。霊夢と魔理沙? あの二人なら仕方ないわね。でも、それもスペルカードルールで……でしょ? 私が言いたいのはそういう事じゃない。つまり……あなたは、この屋敷にとって驚異は徹底的に撃退し、同時に人間に対し恐怖心をあまり与えることなく、ここが彼らによって攻め込まれる可能性を減らしている。つまりあなたは……そういうことでしょ? むやみやたらと敵を作り、有象無象の雑魚を相手にするのも面倒だものね」

 美鈴は苦笑いを浮かべ、頬を人差し指で掻いた。だが、幽香の言葉に対しては何も答えない。

 ……理由はどうであれ、真相を証す気は無い。沈黙はそんな意味の答えだと幽香は見切りを付け、あえて突っ込む気にもならなかった。

「あの〜? それで結局、紅魔館にどのような御用なのでしょうか? 風見幽香さん?」

 猫のように目を細めたまま、幽香は美鈴ににこやかな笑みを返した。

「あら? あなた私のこと知っているのね? 自己紹介をした覚えはないけれど?」

「大結界異変のときに何度か、咲夜さん……うちのメイド長があなたのことを話していたもので。あと、それから魔理沙さんや霊夢さんからも話を伺っています」

「へえ、どんな話を聞いているのかしら? ……恥ずかしい話でなければいいけどね」

 照れくさそうに、幽香はくすくすと声を漏らした。

「でも、それなら話が早いわよね? ……通してくれないかしら?」

「ですから、御用件を教えていただけないでしょうか? 幽香さんの来客の予定は伺ってはおりません。当館の誰に、どのような用事なのですか? それを教えていただけない限り、私は何人たりともここを通すわけにはいきません」

 その返答に、幽香は再び軽く嘆息した。

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「融通が利かないわね」

「これが私の仕事ですから」

「居眠り門番にそんなこと言われるのも変な気分ね?」

 幽香は開いていた日傘を閉じた。

 そして、閉じた日傘をゆっくりと持ち上げ、その先を美鈴へと向けた。

「通しなさい? 痛いのは嫌でしょ?」

 にこやかな笑顔を幽香は浮かべ続ける。

 その笑顔は断じて友好のためのものではない。有象無象の相手を隔絶するための強者の笑顔だ。だからこそ、笑顔のままで彼女は脅迫を口にする。

 大抵の者……風見幽香を知る者、あるいは彼女を知らなくても相対した存在との力量というものを多少なりとも察知できる者ならば、その笑顔を見て恐怖を感じる。

 だが、美鈴は表情を変えることはしなかった。眉一つとして動かさない。

「御用件をお聞かせ願えないでしょうか?」

「あなたが知る必要はないわ。……居眠りしていればいいの。いつものようにね?」

 その台詞と共に、幽香は笑顔を微笑みから歯を見せたものへと変えた。その一方で、美鈴は目を細める。

 直後、壁が爆発した。

 つい先ほどまで美鈴がいた場所を貫いた形で、幽香の傘の先から、紅い壁に大きなくぼみと亀裂が広がっている。

 幽香が傘で放った突きを美鈴は身をよじって避けた格好だ。

 そこに、幽香は更に身をよじった。

 壁の爆音から瞬きもするかしないかという時間で、今度は鈍い音が響いた。

「……互いの力量が分からないとか、そんなわけでもないみたいね? お仕事に忠実なのも結構だけれど、ちょっとしつこいから心配になったわよ?」

 幽香が振るった左腕に対して、美鈴はそれを両手で受け止めた。右手の上に左手を重ね、胸の前で受け止める。

 誰であれ、普通ならば拳を出して攻撃するときはまず一歩を踏み出す。それから身をよじり、拳を突き出す。何故ならばその方が全身の動作によって得られた力を拳へと集約し威力を増すことが出来るからだ。逆に言えば、腕や上半身だけの力で殴ったところで、その攻撃の威力は下半身を使ったもの比べて大幅に減じる。

 真っ当に殴り合いをするのなら、そんな程度の攻撃は即座に無視して……攻撃を受けながらもカウンターを返すか、もしくは片手で受け流すことだろう。

 だが、そんなまるで本気ではない幽香の一撃に対して、美鈴は両腕を使った。つまるところ、それだけのことをせざるを得ない力の差があるということを美鈴も認めているということ。幽香の攻撃を片手でどうこう出来ると、そんな見立てしか出来ないようなら美鈴はここで倒れていた。

「でも、さすがにこれで分かったでしょう?」

 嘲るわけでもなく、優しい声を幽香は美鈴に向けた。それは越えられない壁の向こう側にいる強者としての余裕であり、ある意味では哀れみでもあるのかも知れない。

「紅魔館に対する敵意だと、判断します」

「……は?」

 それだけの力の差を理解していた。そうであるが故に、幽香は美鈴の言葉の意味を理解出来なかった。

 その瞬間、幽香の上半身が揺れた。

 何が起きたのか、幽香には分からない。

 幽香は力任せに拳を突き出した不自然な……バランスの悪い体勢だった。

 そこに、美鈴が完全に脱力したのだった。

 勢い余った力がその対象を失い、幽香がバランスを崩した。

 美鈴の腕が折れ、自分の拳が美鈴の胸に吸い込まれていく……そんな一瞬の光景に、幽香は混乱から立ち直ることが出来ない。

 美鈴の踏み込みと共に地面が爆ぜた音を鳴らし、彼女の右肘が幽香の顔面へと叩き込まれた。

 刃物で突き刺されたような鋭い痛みと共に、幽香は我に返った。心の中で舌打ちする。

 だが、すべて遅すぎた。

 美鈴が裂帛の気を放つ。

 防御が間に合わず、幽香の顔面に再び……今度は美鈴の左拳が打ち込まれた。

 その無様に、幽香は熱くならない。冷静に、心の中の舌打ちと共に、一歩後退する。

 そして、幽香は上半身をかがめて顔と胸の前に両腕で壁を作った。これで、有効打を打ち込まれることは無くなった。足技によって下半身を攻められる可能性は残るが、そんな大技を繰り出させるような真似は幽香もそうそう許すつもりもない。

 だが美鈴は攻撃の手を緩めない。

 鉄壁とも呼べる幽香の両腕へと拳を打ち込み続ける。その攻撃はまさに驟雨の如く降り注ぎ、幽香に反撃の隙を許さない。

 妖怪にとって力の差とは概ね、生まれつき個別に持つ能力と妖力の差と言える。

 その点において、美鈴は幽香に大きく劣る。美鈴の持つ能力は「気を使う程度の能力」に過ぎない。フランドール・スカーレットの「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」や、八雲紫の「境界を操る程度の能力」のような、相手を問答無用の一撃で屠り去るような類のものではない。その上で、幽香のような圧倒的な妖力を持つわけでもない。

(こいつ……達人だという噂も聞いたけど、まさかここまでやるとはね)

 絶え間なく降り注ぐ拳の嵐を受けながら、幽香は自分の油断を認めた。

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 幽香も格闘は嫌いではない。自分の手で相手の肉を打ち、骨を砕く感触というものは心地よい。武術というものを修めてはいないが、殴り合いの経験という意味では全くの素人ではない。大抵の相手ならば、逆に沈める自信もあった。

 だが、紅美鈴は風見幽香の考えるような大抵の相手ではなかった。所詮は格下の妖怪であると高をくくっていた。

 防御一辺倒になり、反撃の隙を待つが、美鈴はまるでその隙というものを見せない。

 その達人の業に、見る者が見れば驚嘆の息しか漏れないことだろう。

 そもそも、風見幽香のような妖怪を相手に、先ほどのように完全に脱力をすることで隙を作るような方法は並大抵の者は出来ない。例え頭で理解していたとしても、そしてそれだけの技術を持っていたとしても、それを実行することが出来ない。仮に失敗すれば、次は無い。そんな状況下で実行するには、自分の業に全幅の信頼をおかなければ不可能だからだ。

 幽香の額に脂汗が浮かんだ。

 幽香のガードにとって、美鈴の拳は戦車の前面装甲に立ち向かってくる機関銃のようなものだ。どれだけ攻撃されようと、その装甲が破られることはあり得ない。

 しかし、実際はそうではない。幽香が人型をした妖怪である以上、人と同じく筋や骨、関節には幾重もの隙間がある。美鈴にしてみれば、幽香のガードは継ぎ接ぎだらけの装甲なのだ。

 そして、達人である美鈴にとって、その僅かな隙間だけを攻撃することなど容易い。

 結果、幽香の両腕は僅かな継ぎ目から……徐々に解体されていくこととなる。ガードを揺らして、継ぎ目への攻撃を避けようとするがそんなものも美鈴の業の前には無意味だ。

 絶え間なく続いていく激痛と共に、幽香は一歩、また一歩と後退していく。降り注ぐ拳が重い。気付けば4間ほどは下がっていた。

 防御に回って以降、致命傷こそ無いが、一方的な防戦で不利になるのは幽香の方だ。

 痛みによってガードが甘くなれば、それこそよりダメージの大きい箇所へと攻撃が続いてくることになる。

 幽香は覚悟を決めた。

 上半身の前に作った壁を崩し、攻勢に転じるように右腕を引く。

 直後、幽香の体がくの字に折れ曲がった。

 電光石火と呼ぶに相応しい刹那の出来事。美鈴は幽香のその動作を先読みしていたに等しいほどのタイミングで、幽香の鳩尾に左脚を突き刺した。

 苦悶の表情を浮かべ、幽香が後方へと吹き飛ぶ。

 そこで、美鈴は動きを止めた。

 その瞳は、幽香の苦悶の表情と……笑みを捉えていた。

 油断していたつもりも、慢心していたつもりも美鈴には無かった。この一撃で幽香を仕留めるつもりだっし、仕留められると思っていた。だからこそ、誘いだと思いつつもここで拳を打ち込んだ。

 だが、幽香のタフさは美鈴の予想の上を行っていた。

 美鈴の唇が歪むのを幽香は愉快に感じた。

 地に足が着くのと同時、幽香は手にしていた傘を再び美鈴へと向ける。

 

“マスタースパーク”

 

 幽香の宣言と共に、美鈴の視界が白く染まった。

 熱と光の嵐の中で、美鈴は妖力を放出して壁を作り耐える。スペルカード戦……遊びで放つような紛い物ではない。正真正銘、相手を叩きのめすための一撃。

 その障壁を境界に、幽香の傘から放たれる熱と光が飛沫となって周囲に舞い散る。

 圧倒的な妖力の差。それに対し、今度は美鈴が額から汗を流した。出せる力の限りその場に踏ん張るが、光熱の圧力に押され、じりじりと幽香との距離が離れていく。

「……やっぱり、しつこいわね」

 苛立たしげな幽香の呟きが、美鈴の耳に届いた。

 と、それと同時にマスタースパークの光熱が止んだ。

 その僅かな余裕に、美鈴は目の前の光景に冷や汗を流した。

「光栄に思いなさい? これ、滅多な相手じゃないと使わないから」

 わざわざマスタースパークを止め、自身の姿を確認させたのは、美鈴に絶望を植え付けるため。

 美鈴の目の前で、二人の風見幽香が喜悦の笑みを浮かべ、それぞれが手にした傘の先を彼女へと向けていた。

 

“ダブルスパーク”

 

 二人の幽香が美鈴にマスタースパークを放った。

 先ほどの倍の光量、倍の熱気が美鈴に襲いかかる。それまるで、小さい太陽を創り出したかのような光景。

 声を上げる間もなく、美鈴はその暴風の中で糸の切れた凧のように吹き飛ばされた。背中から紅い壁に叩き付けられ、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。

 幽香はそこに追い打ちを掛けるような真似はせず、ダブルスパークを放つのを止めた。生み出したもう一人の自分も消し、傘を下ろす。

 地面に這い蹲る格好となった美鈴を遠目で一瞥し、幽香は軽く肩をすくめた。そして門の奥にある庭園、紅い館へと視線を移し、そちらへと歩を進める。

 無人の野を進むかのように、幽香は何も気にはとめない。もはや、邪魔者はいないのだからそんな必要はない。

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 そう、彼女は思っていた。

 門からその内へと入る直前、靴が地面と擦れるざらついた音が幽香の耳に入った。

 幽香は立ち止まり、その音の方向へと首を回す。

 その視線の先で美鈴が片膝を立て、立ち上がろうとしていた。

 驚くというよりは意外という表現の方が正しいが、どちらにしろその光景の前に幽香は思考を止め、立ちつくす。

 美鈴は肩と足を震わせながらだが、立ち上がった。

 肩で息をする美鈴と幽香の視線が、再び交錯する。

「無理せずに寝ていなさい。そんな体で今更私に勝てると思っている訳じゃないんでしょ?」

 そう言いつつも、そんな言葉で美鈴が止まるとも幽香は思っていないが。

 美鈴の眼ははっきりと「通さない」という意志を放っていた。

 不愉快だと、幽香は眉を跳ね上げた。

「……そう? ならいいわ。今度こそ、眠りなさい?」

 再び傘の先を美鈴へと向けようと、幽香は腕を上げる。

「なっ!?」

 その刹那、美鈴の肘から先が揺らめいた。

 反射的に、美鈴に照準を合わせようとしていた傘を幽香は振った。

 鈍い音と、予想外に重い手応えが傘から伝わる。

 幽香は舌打ちした。愛用の日傘にクナイが刺さっていた。

「実は、咲夜さんに投げナイフを教えたのも私なんですよ? ですから、こんな真似も朝飯前です。残念ながら、コントロールではあの子に追い抜かされちゃいましたけど」

 そう伝えてくる美鈴の口調は淡々とした物だった。

 再び、美鈴の腕が揺れた。

 たったそれだけの動作の結果だとは信じがたいほどに、クナイは、まるで弩から放たれた矢のように真っ直ぐに幽香の胸元へと突き進む。妖怪としての強い力と、永い鍛錬によるしなやかで鋭い動作によるその投擲は、それだけで必殺の域であった。

 一筋の軌跡にしか見えないクナイを幽香は再び傘で防ぐ。二本目のクナイが突き刺さった。

 幽香は眼を細め、傘を体の中心線に沿って構えた。投げナイフ等の投擲武器に対する防御の基本的な対処法。

 一歩、また一歩と美鈴は幽香へと近づいた。

 間合いが狭まるにつれ、幽香が美鈴のクナイを防御するための時間的余裕は無くなっていく。

 ここで傘を開けば、弾幕を止めるのと同様にクナイを止めることも出来るだろう。そのままもう一度マスタースパークを放つことも出来るはずだ。

 幽香の傘の先が揺れた。

 鈍い音が二つ。

 幽香の傘に、クナイが更に二つ突き刺さった。

 隙を突けるかと様子見をしてみたが、どうやらそれは無理だと幽香は判断した。ついさっきまで何度となく痛めつけられた腕の動きが、まだ鈍い。

「無傷で私をどうにか出来ると……思わないでくださいよ?」

「……どうやら、そうみたいね?」

 今度は、美鈴の両手に……それぞれの指と指の間に一本ずつ、計八本のクナイが握られていた。

 次に動けば、その八本のクナイが投擲される。それを無傷で防ぐというのは幽香といえども無理な相談だった。

 二人の間合いの中に入り込む。そんな寸前の距離を髪の毛程の誤差もなく見切って、美鈴は立ち止まった。

 あと一歩でも踏み込めば、その一瞬後には美鈴が幽香の首を跳ね飛ばす。もしくは幽香が美鈴を傘で叩き潰すことになる。

 生きるか死ぬかの境界線で、二人は睨み合う。

「一つ訊いてもいいかしら?」

「何でしょう?」

「あなたも、自分が徒で済むとはまさか思ってないわよね? それでもまだこうして門番の職務に従い続ける理由って何?」

「ここが私にとって大切な場所だからです。我が儘なお嬢様達がいて、屁理屈ばっかりこねる魔法使いがいて、瀟洒なメイド長がいて、賑やかな妖精メイド達や小悪魔司書のいる……実に退屈しない、楽しい我が家なんですよ。それ以上の理由はありません」

 澱みのないその返答に、幽香は苦笑した。

「どうやら、そうみたいね」

 至極単純で明快。故に幽香は納得した。

「私からも一つ訊いてもいいですか?」

「いいわよ?」

「幽香さんの方こそ、こうして徒で済まないと思いつつ、それでもまだ……ここまでしてこの門を通ろうというのは何故ですか?」

 長く生きた妖怪。力のある妖怪。そのような妖怪はその分、智慧を持つ。故に、誰彼構わずに喧嘩を売るような真似はしない。逆に、紳士的な振る舞いを取るようになる。

 どんな相手であれ、つまらないことで敵を作るというのは損である。そんな相手と関わるというのもつまらないことである。

 美鈴の居眠りの理由を「つまらない敵を作らないため」であると見立てた幽香が、そんなことも分かっていないとは美鈴には思えなかった。

 そんな幽香が何故、自分とこんな……徒で済まない可能性となる状況に入り込んでいるのか? 単純に、美鈴にとって疑問だった。

「私にも、護りたいものがあるのよ」

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 紅魔館の地下にあるヴアル図書館。

 その片隅で、美鈴は椅子に座り咲夜によって治療を受けていた。腕や足に包帯を巻かれ、背中や額のあちこちに絆創膏が貼られていく。

「――と、いうわけでですね? 大変な目に遭いましたよ」

 美鈴がダブルスパークを受けて無事で済んでいたかというと、勿論そんなわけが無かった。それでも動いたのは気力を振り絞っていたからに過ぎない。

 ヴワル図書館にも、自分で歩いてきたのではなく幽香によって背負われて来たのだった。

「それは見れば分かるけど、……いいの? あれ」

 完全で瀟洒なメイドにしては珍しく、咲夜が少し困ったような表情を浮かべる。

 ヴワル図書館に激震が起こった。

 火花と爆音、そしてそれに悲鳴が続く。

「むきゅ〜〜〜〜〜〜っ!?」

 そしてまた爆音。

「偶にはいいんじゃないですか? パチュリー様の運動不足も解消されるでしょうし。私もこの通りボロボロなのでパチュリー様の援護のしようがありません。不可抗力です」

 美鈴と咲夜の視線の先で、パチュリーが必死の形相で走っていた。その後ろに純白のレーザーが何度も降り注ぐ。

 幽香も幽香で美鈴から受けた鳩尾への一撃のため、それなりに堪えてはいるらしいのだが、美鈴にはあまりそうには見えない。それとも、それでもそんなそぶりを見せないのが長く生きた妖怪の矜持なのだろうか。

 それはともかく、事の発端はパチュリーが美鈴の世話をしている花でミステリーサークルを作ったことが原因だった。

 それを射命丸文が新聞にしたのだが、それを知った幽香がミステリーサークルを元に戻すのと同時、犯人にそれ相応の罰を与えようとしたわけである。花で悪戯をしようなどという馬鹿を彼女は許してはおけなかった。

 花壇の花を調べるのが先決ではある。しかし、それはともかくとして、犯人は誰か? それは勿論、紅魔館の中にいる者に決まっている。だとすれば普通に考えれば美鈴に用事を伝えたところでまともに通してもらえるわけもない。その結果、幽香は強引に門を通ろうとしたわけであった。……どうやら、彼女自身、気づかない内に怒りに我を忘れていたらしい。普段なら、流石にここまで独りよがりな思考はしない。ダメ元で理由は述べるし、徒で済まないような事態になること自体、避ける。

 理由を話してあっさりと中に入る許可をもらった幽香は、実にばつの悪そうな顔を浮かべ、美鈴はそんな幽香を見た数少ない妖怪となった。

「ねえ美鈴? あなた、ひょっとして世話していた花壇でミステリーサークル作られて、怒っていたの?」

「いやそれほどでも。でもまあ、お嬢様に『飽きたから元に戻せ』とか言われて困ったなあとは思っていました。白状すれば、確かに花で悪戯されて面白くはなかったですけどね。……お嬢様やパチュリー様には言わないでくださいよ?」

「言わないわよ。どちらかというとパチュリー様の自業自得のような気もするし」

 美鈴が幽香に許可を出したのは、幽香が相手の命を奪うような真似、あるいは取り返しの付かないような真似まではしないことを確認したからだ。そもそも、本気で幽香にそんな意志があれば、ダブルスパークで美鈴も蒸発させていた。

 幽香も美鈴も、互いに禍根の残るような真似は本意ではない。それを考えればこの場合は大人しく館の中に入れた方が結果としてはマシだと美鈴は判断したのだった。もっとも、犯人を教える代わりに本にだけは傷を付けないよう約束してもらったが。

「むきゅむきゅむきゅ〜〜〜〜〜〜〜んっ!?」

 またもや爆音。

 もくもくと煙が立ち上る。

「ところで美鈴、この後どうするつもり?」

「はえ? どうするとは?」

 疑問符を浮かべる美鈴に対し、咲夜は軽く嘆息した。

「お嬢様のことだから今度は『おお美鈴よ、紅魔館の門番が負けるとは情けない』とか言い出して、リベンジとか特訓とかさせられる可能性もあるわよ?」

「……あ〜」

 咲夜の指摘に美鈴は虚空を見上げ、呻いた。

 主がそう言い出す様子は、美鈴にもありありと思い浮かんだ。

「まあ、そのときはそのときです。どうせすぐにまた飽きるでしょうし」

 そう言って、美鈴は呻き声を苦笑に変えた。

「むっきゅむっきゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」

 いつまでも終わらない轟音と閃光と悲鳴。しかし、それで命が奪われるようなこともない。

 紅魔館は今日も賑やかで平和だった。

 

 

―END―

 

説明
東方二次創作

紅美鈴vs風見幽香で、Not弾幕Yes格闘
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東方project 紅魔館 紅美鈴 風見幽香 

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