2027 The day after オペレーション・ファザーズデイ
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はじめに

このお話は拙作2027 the day afterの続編です。

出来る限り前作を読んでからお読みください。

なお、エクスキューズなどは前作と同様です。

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2027 the day after オペレーション・ファザーズデイ

 

 

1.ケイの相談

 

その後―――センチュリオンは市民防衛軍から作戦中に脱走した件で敵性部隊と認識されていた。幸い、市民防衛軍が撃沈された艦のelのメモリーを調べても、アイオーン艦を撃沈したのはセルフィッシュだったという事が確認されたので、ベースに対しては何の追求も無かった。

そして、センチュリオンとセルフィッシュは行方をくらました―――振りをして、ベースに匿われていた。

 

ベース居住区内の廊下。ピンヒールをカツカツと鳴らしながら歩くケイがいた。誰かの部屋に向かっているようだ。

「うーん、ちょっとあの人苦手なんだよな・・・でも相談出来そうなのって他にいないし・・・」

ケイはそんな独り言を言いながら、やがて目的のコンパートメントのドアの前に立つ。優と愛の部屋だった。彼女は軽く深呼吸してノックをする。

「どうぞー。」

優の声だった。

(あちゃ、お姉さんの方がいたか・・・ま、躊躇してても仕方ないや。)

彼女は遠慮がちにドアを開けた。

「あら、ケイじゃない。珍しい。」

ケイは軽く頭を下げ、中に入る。

「あの、優おばさん、ちょっと相談が・・・」

「こら。」

「え?」

「・・・平仮名で呼んだな?」

優は妙な事を口走り、

「私を呼ぶ時は頭の中で叔母さんと漢字に変換して呼べと言ったろうがっ!」

重ねて無茶な事を言う。

「あ、ああ、ごめん。」

しかしケイはそれに対して素直に謝る。

そう、ケイは優がかなり苦手だった。今現在の鳴海家の力関係は、不等号で表すなら、

 

優≧愛>ケイ>恵介>優

 

このような四すくみ状態になっていた。

優と愛はほぼ同格だが、行動のイニシアチブは優にあり、ケイと双子の関係は嫁と姑のようなもの、恵介はケイをデレデレに猫っ可愛がり、優はブラコン。ゆえにケイが可愛がられるのはちょっと面白くない・・・まあそういう状況だった。

それはともかく、優はケイにおばさんと呼ばれる事にかなりナーバスになっていた。まあ、年頃の娘がそう呼ばれる事に抵抗があるのは仕方の無い事なのだが。ただ、母親以外の家族というものを生涯で初めて手に入れたケイがそう呼びたがるのは察していたので、おばさんと呼ぶ事自体は許していた。

「まったくもう・・・今後気を付けなさいよ。・・・で、相談ってのは?」

優がそう言った所で愛が部屋に入ってきた。

「あ、ケイさん、どうしたの?」

「あ、愛おば・・・」

ケイがそう言い掛けると、愛のこめかみに血管が浮くのが見えた。

「えーと、何かしら?」

愛は笑顔で言うが、それは明らかに引きつった笑顔だった。

「お・・・おば・・・」

ケイは出掛かった言葉を何とか修正しようとする。愛もおばさんと呼ばれる事に抵抗はあった。

「お・・・おば様。」

「あらっ?」

愛の顔から険がすっと引いた。

「何故かしら、おば様だと特に腹は立たないわ。それどころかセレブなイメージじゃなくて?」

「はあ・・・」

優が気の抜けた相槌を打つ。

「よろしくてよ、これから私の事はおば様でよくってよ!」

何か口調まで妙な事になる愛。

「アホか・・・で、ケイ、相談があるんだよね?」

優が何とか話を元に戻す。

「ん・・・物の本で読んだ事があるんだけど、大災害の前って父の日、っていうのがあったんだよね?」

「父の日?ああ、あったけど・・・この時代に飛んでから季節も日付も意識しなくなっちゃったから・・・そんな物忘れてたな・・・」

優がそう言うと愛がフォローを入れる。

「6月の第三日曜よね。そうか、もう近いんだ。っていう事は、お兄ちゃんに?」

黙って頷くケイ。

「カーッ!幸せ者だねアニキは!こんな孝行娘が出来て!よし、私らに出来ることなら

何でも聞いちゃうよ!」

「で、父の日にはカーネーションって花を贈るんだろ?」

「いや、カーネーションは母の日。」

優はあっさり間違いを指摘した。

「え?違うのかい?それじゃ父の日ならなんの花なんだい?」

「ん?えーと、あれ?ネクタイとかのプレゼントの印象しかないや。なんか決まった花ってあったっけ?」

そう言って困惑する優に再び愛がフォローを入れる。

「カーネーションは母の日。父の日ならバラの花ね。ただ父の日の方は日本じゃ今一つ浸透してないわね。バラの色は由来から黄色とされてるけど、白じゃない限りなんでもいいらしいわ。ちなみに母の日も父の日も、白は亡くなってる場合に贈る花の色とされてるわ。」

「い、今ちょっと尊敬した。」

すらすらと言い放った愛に優は目を丸くして言った。

「おほほ、まあ任せて下さいな。」

「セレブキャラはもういいから。てかそれで相談て・・・あっそうか・・・」

愛に突っ込みを入れつつ優が何かに気付く。

「そうなんだよ。カーネーションじゃなくてバラだったけど、どっちにしろこの島じゃそんな物は手に入らないじゃないか。」

「まあ、アクロポリスで買うしか無いんじゃないかな。」

ケイの言葉に優が返す。そう、この水没した世界の中で、唯一と言っていい経済都市がアクロポリスだった。このベースもアクロポリスとの交易で経済を成り立たせているのだ。ベースは工業製品と潜水艦建造、整備技術でアクロポリス相手に商売をしていた。そして、何か物を買うにはアクロポリスから買うしかないのである。現在は定期船がアクロポリスから生活用品や物資を運んで来るが、それ以外の品物となると直接出向いて買う事になる。しかし、彼女たちには問題があった。

「でもアクロポリスは市民連合の首都なのよね・・・」

そう、彼女たちは皆、仮にも市民防衛軍からおたずね者の身なのだ。

「うーん、そうなんだよな。ちょっとアニキに相談してみようか?」

 

恵介居室。

「駄・目・だ」

取りあえずケイの事は伏せ、探りを入れる形で話した優の言葉を恵介は一言の下に却下した。

「そんな、言ってみれば敵地に乗り込むような真似、許可出来ると思うか?」

「いや、そりゃそうだけど、別に面が割れてる訳じゃないし・・・」

優は食い下がってみる。

「駄目だと言ったら駄目だ。大体、そこまでして何が欲しいんだ?定期船に頼めば済む話じゃないか。」

「いや、これはですね、本人が買わないとですね、意味がですね、ゴニョゴニョ・・・」

「ん、なんだ?」

「いえ、なんでもありません!しつれーしあしたー!」

そう言いながら敬礼、回れ右して退散する優。

「なんだありゃ・・・」

恵介は自室を出て行く優を見送りながら呟いた。

そして、部屋に戻る優。

「作戦は失敗!次のプランの必要あり!」

「そっか・・・もう強行策で行っちゃう?」

「強行策!?」

愛の言葉に優とケイの声がハモる。

「つまり、勝手に行って買ってきちゃうのよ。」

「だ、大丈夫なのか、それ?」

愛のイメージとは程遠い、大胆な発言にケイが不安そうに聞く。

「大丈夫よ。ケイさんのセルフィッシュでアクロポリス沖合いまで行くでしょ、そこからゴムボートで上陸、ミッション完了後速やかに撤収。大して難しい事じゃないわ。」

「よし、それ決まり!」

二人はかなりノリノリだった。というのも脱走の件からこっち、言ってみればこの孤島に軟禁状態だった訳で、島から出ると言うのはかなり魅力的な話なのだ。

「では、決行は往復時間を考えて父の日より三日前!・・・えーと今日から何日後?」

「6日後よ。」

「6日後ね。6日後早朝ドックに集合!この件はここにいる三名以外極秘とする!・・・あ、ケイはおじいさんたちに根回ししといてね。以上、何か質問は?」

「はい、提督。」

いつの間にか提督にされている優。質問の手を上げたのは愛だった。

「この作戦、作戦名は?」

「そんなもんもちろん、オペレーション・ファザーズデイよ!」

そんな二人にケイは感謝の言葉をかける。

「・・・ありがとう、おば・・・」

「んー!?」

ケイの声に振り向く二人。

「・・・っと、叔母さんとおば様。・・・だよね。」

「よろしい!」

ノリノリで暴走する二人にケイはちょっと引き気味になりながらも感謝していた。

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2.四人の父親

 

オペレーション・ファザーズデイ。その決行に向けて三人の暗躍が始まった。まず最初に動いたのは愛。現在ベースでは哨戒任務に通常船舶の他、センチュリオンとセルフィッシュをその任に当たらせていた。

 

―――但し、乗組員からはケイと愛、優は除外されていた。愛と優についてはもともと正式乗組員では無かった彼女達を、過去に帰るための戦闘ではない任務に就かせる事は無いという事、また、海賊掃討作戦で命を危険に晒してしまった事などからその名前を外されていた。ケイについては、恵介の強硬な反対意見が通り―――つまり親バカによって―――やはり地上勤務、ベースでの仕事をあてがわれていた。

 

そこで、愛はベースのコンピューターをいじり、哨戒任務のスケジュールを作戦決行日にケイの艦が出発するよう調整、書き換えた。

 

次は優。三日もの間、姿を消す事になるのはさすがにまずいので、彼女はアリバイ工作を画策した。三人ともベースから姿を消し、怪しまれないという手段。彼女は考えあぐねた結果ある一つの希望を持って長老の許を訪れた。

「それで―――三人は三日間ワシの所にいるという事にして欲しいという訳じゃな?」

長老はベースの外に別邸を持っていた。そこに行っているという事にしようとしたのだ。優は今回の件を包み隠さず長老に話した。言わば賭けだったが、企みに抱きこもうとする相手に嘘偽りは禁物だと思ったのだ。少しでも疑問を持たれたら通る話も通らなくなる、と。

「うん・・・おねがーい、長老。」

優はらしくない鼻にかかった甘え声で言った。

「ほっほっほっ、別に構わんよ。」

「へっ?」

意外なほどあっさり快諾した長老に、優は面食らう。

「確かに恵介の親バカには少々行き過ぎに見える所もあるからの、たまにはよかろう。仮に危険があったとしても・・・お前さんら三人が一緒にいる限りそれも問題にはならんじゃろうしの。」

「私ら三人?」

「ほっほっほっ、それもその時が来れば分かるじゃろうて。」

優が不思議そうな顔をするのに対して長老はそう言うのみだった。

「ま、ともかくその日から三日間、ワシの所に遊びに来る、理由はずっとベース内にいるのは息が詰まるから気分転換に、という事でよいな?」

「うん、ありがとう長老、助かるよ。」

 

これで二つの問題は片付いた。残りはケイだが・・・実はこれが一番厄介だった。

「わしらは反対じゃ!」

「おまえたち・・・」

言わばケイの育ての親である老クルーたち。自分たちの娘を恵介に取られてしまったような気がしていた彼らが、この話に難色を示すのは無理も無かった。

「あたいの頼みでも駄目かい・・・?」

「ああ、駄目なものは駄目じゃ!」

ちょっとヒステリー気味に操舵手が言う、

「お嬢・・・」

老クルー三人の中でもリーダー格の水雷手が口を開く。

「お嬢を危険な目に遭わせたくないというのはわし等も同じじゃ。じゃが、それよりもわし等の気持ちも分かって欲しいんじゃよ。」

その言葉にケイははっとする。

「・・・・・・ごめん、あたい、自分の事ばかりでお前たちの事何も考えてなかったよ・・・」

ケイはそう言うと肩を落とし、老クルーたちの前から立ち去った。そのケイらしくない後姿を見送りつつ水雷手が呟いた。

「これで良かったのかの・・・?あんなお嬢を見るのは心苦しいぞ。」

「確かにの・・・」

ソナーもその後姿に心を痛めた。

「いいんじゃ!」

そんな二人に操舵手が吐き捨てる。一番意固地になっているのは彼だった。

 

優と愛の部屋。

「ただいま・・・」

ケイが力なく部屋に入って来た。

「どうだった?・・・ってその様子じゃ芳しい成果は期待出来そうにないか。」

待ち受けていた優がケイの様子を見て察する。

「駄目だったの?」

そう言う愛にケイは答えた。

「ああ、けんもほろろに断られちゃったよ。うちのクルーたち、言ってみれば親代わりだろ?あたいを父さんに取られたみたいな気持ちがあって、父さんに対してあんまりいい感情を持ってないから・・・まあ、あたいも無神経だったよ。自分の事ばかりでさ。」

それを聞いた優はケイに訊く。

「それって・・・嫉妬って事か?」

「ああ、まあそんな所だろうな。」

それを聞いた優はカチンと来た。

「何言ってんのよ!私らだってアニキをとられたようなのは同じだけど、こうやって協力してるのに、なんだそのじじいども!自分の事しか考えてないのは自分たちじゃん!」

「優・・・ちょっと、落ち着いて。」

愛が諌めるも、優は止まらなかった。

「娘の幸せを第一に考えられないで何が親代わりよ!いい歳して嫉妬とかバカじゃない!?」

優は止まらない。

「よし、わたしが直接ナシつけてやる!」

そう言うや否や、優は部屋を飛び出した。呆気に取られ、部屋に取り残された愛とケイ。

「って、ちょっと優!落ち着きなさいってば!」

一瞬の後我に返った愛が優の後を追った。ケイもその後を追いかけた。

 

「やいやいやいやいやい!」

優は老クルーたちのコンパートメントに飛び込むなりまくし立てた。老クルーたちはいきなりの事に絶句するしかなかった。

「あんたらよくもケイのお願いを聞かないなんて事が出来るね!娘みたいなもんなんだろ!?」

「その話ならもう終わっちょるわい!」

操舵手が反応する。

「なんだと!この偏屈じじい!」

売り言葉に買い言葉。優に人を説得するなどというスキルは無いに等しかった。

「こら優!」

そこへ後ろから追いついてきた愛の声が飛んだ。

「もう、冷静になりなさいよ・・・」

「いや、だってこのじじい・・・」

「いいから!協力を仰ごうとしてる人相手に喧嘩始めてどうするのよ。」

「むっ・・・」

そう言われて優はやっと黙った。愛は優が黙ったのを確認すると、老クルーたちの方へ向き直った。

「皆さん、話は聞きました。皆さんの気持ちは解らなくもありません、いいえ、本当の意味で理解できるという事は無いのかも知れません。」

愛は落ち着いた口調で話し始めた。優が引っ込んだ事で老クルーたちも話を聞く気になる。

「当然じゃ!この気持ちが解ってたまるか!」

一人を除き。

「お前は黙っとけ!・・・悪かったの娘さん、続きを。」

操舵手を水雷手が諌め、愛を促した。

「・・・はい。皆さん、子供の頃を思い出して欲しいんです。家族と触れ合った日々を。彼女にはそれが今まで無かったんです。」

それを聞いたソナーが口を開く。

「わしらは家族とは言えん、という事か?」

「そんな事はありません。でも、血の繋がった父親というのはまた別だと思います。」

「・・・・・・」

老クルーたちは押し黙るが

「でも、皆さんも彼女の父親という事には変わり無いと思いますよ。」

その愛の言葉に少し顔色が変わる。

「生みの親より育ての親って言葉じゃないですが、彼女も十分皆さんを父親のように慕っているはずです。それぐらいは解るはずですよね?」

愛は続ける。

「皆さんに対しての父親孝行は今まで何度も出来たし、されてきたと思うんです。でも、彼女は兄に対してはまだほとんど白紙で、20年間の空白を取り戻そうと必死なんです。その気持ちは解っていただけないのでしょうか?」

「・・・・・・」

無言のクルーたち。

「かく言う私も、両親は20年前にいます。現在は行方が知れません・・・恐らくはもうこの時代には生きていないのだと思います。孝行したいときには親は無し、という言葉通りの状況です。でも、だからこそ彼女の親孝行を応援してあげたいんです。」

老クルーたちは気づいた。20年前から飛ばされたセンチュリオンクルーたちの事に。家族や愛するものと突然引き裂かれた彼ら。その悲劇を思えば、自分たちはなんと小さい事に意固地になっていたのかと。

「・・・・・わしの負けじゃ。娘さん。」

操舵手が重い口を開いた。

「そうじゃな、あんたらに比べればわしらは幸せじゃ。娘がいつでも傍にいて、会えるん

じゃからの。」

「それじゃ・・・」

「ああ、わしは協力しよう。お前らはどうする?」

操舵手はほかの二人に水を向ける。

「何を言っとる、一番意固地になってたのはお前じゃろうが。ああ、わしも協力しよう。」

「わしもじゃ。」

水雷手もソナーも賛意を示した。

「ありがとうございます!」

愛はにっこりと笑って感謝を伝えた。

「ほら、ちゃんと落ち着いて話せば説得は出来るものよ。」

そう言って愛は優を見る。

「ちぇっ・・・えーえー、私には説得力の欠片もございませんよ。」

「それでは当日の子細は追って伝えます。私たちはこれで・・・」

そう言いながら部屋を出て行く二人。ドアの外には中の様子を聞いていたケイが立っていた。

愛はケイの横に立ち止まり、

「あなたがすべき事は何なのかは解ったわよね?」

そうケイに耳打ちした。

「ああ・・・ありがとう、本当にありがとう、おば様。」

「よろしい。」

ケイのその返事に愛はにっこり微笑んで答えた。

 

そして数日。ついに決行の朝が訪れた。

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3.親バカ

 

決行の朝。人目を忍んで3人はドックまでやって来た。人知れず事前に艦に乗り込むためだ。作戦上、事情を知っている老クルー三人以外に知られる事なく艦内に入っておく必要がある。出港してしまえばこっちの物、例え艦に乗っている事がバレたとしても作戦は強行できる。だが、乗る前に見つかればそれは作戦の失敗を意味するのだ。しかし―――ドックにはキースがいた。彼はドック脇の作業スペースで椅子に腰掛けていた。

「ちょ、ちょっと!キースがいるじゃないのよ!」

通路からドック内を覗き込んだ優はあわてて頭を引っ込めた。

「これは想定外ね・・・どんな様子?」

愛に言われて優はもう一度ドック内を覗き込む。よく見ればうつらうつらと舟を漕いでいる。どうやら徹夜で何か作業をしていたようだ。いつ寝ているのか分からないと言われる男はこんな所で寝ている―――優は一人で納得していた。

「・・・OK、居眠りしてるみたい。気付かれない内にとっとと乗り込むわよ。」

三人は抜き足で艦へ向かった。そしてデッキへのハッチを潜ろうとした時だった。

「えー、本日出発の哨戒当番艦、積荷追加・・・積荷は子猫が三匹。」

びくっと振り返る三人。キースだった。

「キ、キース・・・あ、わ、わたしら別に乗ろうって訳じゃ・・・そ、そうよ、ケイの荷物が艦に残ってて、それを取りに来ただけで・・・ね?ケイ?」

「あ、あ、ああ。そうだよ。」

一瞬でフル回転した優の脳がひねり出した言い訳にケイもあわてて口を合わせた。

「んー?なんか子猫が鳴いてるようだが・・・まあ子猫三匹ぐらい記録に残す事も無いな。さて、もう一眠りするか・・・」

「あ・・・」

三人から緊張の表情が消えた。愛は感謝の言葉をキースに向ける。

「ありがとう、キースさん。」

「まあ、土産でも頼むわ。」

キースは目を閉じたまま軽く手を振る。

「ちぇ、おせっかいめ。」

ケイはそう言いながらも微笑んでいた。

 

その頃―――恵介は親バカを発揮してケイの部屋を訪れていた。たったの三日離れるだけだというのに見送ろうとしていたのだ。

「おーい、恵、いるか?」

恵介はそう言いながらドアをノックした。中は無人。当然返事などあるはずが無い。

「恵?」

ノックを繰り返すがやはり返事は無い。

「まだ寝てるのか?長老の所には日が高くならない早くから行くって言ってたのに・・・」

そう、長老の別邸には地下通路は繋がっていない。行くには地上を通らねばならず、よって移動出来る時刻は紫外線の害の無い早朝、夕刻、夜間に限られていた。この事が早朝からいなくなるという事に説得力を与えていたのだが、恵介が仕事前で自由に動ける時間だという盲点があった。そして作戦を立てた愛は、恵介がここまでの親バカである事を見抜けなかった。

「起こしてやらんとな。おーい、入るぞ。いいかー?」

そして恵介はドアを開けた。

 

全力疾走する恵介。目的地はベース裏のゲートだった。長老の別邸に行くにはここを通るしかない。身内しかいない島だが一応は軍事施設のような物。歩哨が立たせてある。恵介は歩哨の前まで走り寄ると、いきなりまくし立てた。

「恵は!ハアハア・・・っ・・・恵は通ったか!?」

突然の事に戸惑う歩哨。

「は?・・・いや、あの・・・」

「どうなんだっ!」

「は、はい!自分は昨夜から当直に当たってますが、誰一人として出ておりません。」

恵介は泣き出しそうな表情になる。

「どこに行ったんだよ恵ーーー!」

心配性の父親の見本である。愛と優についてはどうでもいいらしい。

「まてよ、そう言えば・・・」

恵介は先日の、優の不審な行動を思い出した。

「アクロポリスまで買出しに行きたいって言ってたな・・・まさか・・・優の奴!」

恵介は取って返し、ベースへ向かってまたも全力疾走していった。

 

カンカンカンカン・・・

ドックへ向かう廊下の滑り止めモールド付きスチールの床を踏み鳴らして恵介は走った。

「恵!」

ドック内に飛び出す恵介。その目に今まさに出航せんとするセルフィッシュが映った。

「待て!その艦待て!」

恵介は叫ぶが、止まる訳も無く、艦はゆるゆるとドック出口へ向かう。恵介は遅かったと見るや、近場にある無線まで走りマイクを引っ掴んだ。が、横から手が伸び、その無線の電源は切られた。恵介は驚いて振り返る。そこにはキースがいた。

「まあ、行かせて上げましょうや。長老も心配無いって言ってるし。」

「長老が?許可したのか?いやそれよりこの事を知っていたのか?いや、その前にやっぱりあれに恵は乗っているのか!?」

そう、キースは長老から話を聞いてトラブルがあった時の対処を任されていたのだ。

「ええ、そうです。かわいい子には旅をさせろって言うじゃないですか。たまには・・・」

「俺に嘘をついてまでそんな・・・」

もはやキースの言葉は耳に届いていなかった。

「親に嘘をつくような娘に育てた覚えは無いぞ!」

いや、そもそも育てていない。

そうこうする内に艦はドックの出口を抜けるところに差し掛かっていた。

「ケーーーーーーーーーーーーイ!」

恵介は叫んだ。

「ん?外で親父さんが叫んでるのがかすかに聞えて来るぞい。」

ソナーのテストをしていた老クルーが恵介の叫びをキャッチした。

「やばっばれた!?」

優は焦ったが、愛は落ち着いた物だった。

「どっちみち、帰って来てバラ渡せばアクロポリスに行った事はばれるんだから、

それが早いか遅いかの違いだけよ。とにかく出航しちゃえばこっちの物!」

ケイは愛の意外と座った肝に目を丸くした。

「あ、ああそうだね・・・でも父さんをだますって、なんかいい気持ちはしないな・・・」

「まあまあ、これも親孝行のため!嘘から出た真って言うじゃない!」

「そ、そうかな?そうか・・・」

ケイは優の言葉にそれはちょっとこの状況では用法が違うんじゃないのと心の中で突っ込みを入れつつ、指示を出した。

 

「よし、機関最大!全速前進!」

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4.世間知らずのお嬢様

 

そして―――ほぼ丸一日かけて、艦はアクロポリス沖合いまでやって来た。

「さて、いよいよ上陸だけど・・・」

潜望鏡を覗いていた優が口を開く。

「はいそこ、そうそうそこ。まさかその格好で上陸するつもり?」

優はそう言ってケイを指差す。

「あ、あはは、・・・やっばりまずいかな?」

「あったり前でしょ!そんないかにも海賊でございなんて格好でアクロポリス入りしたらあっという間に捕まっちゃうわよ!」

ケイはこれから上陸だというのにまだ例の海賊ルックだった。光る右目を隠す目的から付けていた眼帯は意味を無くしたのでその後は付けていなかったが、それ以外は完全に海賊のそれだった。それに対し、愛と優は既に普段着に着替えていた。

「でも、艦に乗る時はこの格好じゃないと落ち着かないから・・・」

「・・・他の服は持って来てないの?」

横から愛が訊ねる。

「うん。」

「年頃の娘が旅行に着替え持って来ないでどうするのよ!」

優は軽く激昂した。

「いや、持って来てない訳じゃないよ。着替えは全部これと同じってだけで・・・」

「そういうのは女の子の着替えとは言わーん!ちょっと爺さんたち!今までどういう教育してたのよ!?あたしゃこの姪が不憫で仕方ないよ・・・うっ。」

優はそう言って泣きまねをする。老クルーたちはばつが悪そうに肩をすくめる。

「まあまあ。ケイさん、私たちの服貸してあげるからそれに着替えましょ?ね?」

愛は優の小芝居に苦笑いしながらケイに言った。

 

「それじゃ、無難な所でこんなのは?」

艦長室内。ケイは優に渡された服を着てみた。

「・・・ちょっと上がきついかな。」

ケイの言葉に固まる優。

「あ、ケイさん、それ禁句だから。じゃ、私のにしましょう。」

ケイは愛の服に着替えた。さすがに愛の服、今度はサイズに問題は無かった。

「よし、こんなもんでしょ。それと・・・そのフェイスペイントも落とさなきゃね・・・うん・・・はいこれでよし。わあ・・・良家のお嬢様の一丁上がりってとこかな?」

愛が選んだのはシンプルな白いブラウスと裾の広い白のロングスカート、それと大き目のつばで赤いリボンのワンポイントの入った帽子。いかにも女の子、というコーディネートだった。

「これが・・・あたい?」

ケイは鏡を見て呟く。遙と死に別れ、老クルーたちに面倒を見てもらうようになってからは彼女の生活は海賊家業一色。おしゃれなどという物とはとてもではないが縁遠く、故に彼女は鏡の中にいる自分が別人だとしか思えなかった。

「さ、おじいさんたちにも見てもらわなきゃね。」

愛はそう言ってケイの手を引き発令室に向かった。

 

「・・・・・・・・」

思わず言葉を無くす老クルーたち。そしてそのまま三人ともがうつむいてしまう。

「え?あれ?やっぱり・・・おかしいかい?」

「違うわよ。みんな照れてるのよ。大丈夫、綺麗よ。私が保証するから。」

「・・・・・・・・」

不安そうなケイに愛がそう言うと、彼女までもが顔を赤くしてうつむく。

「愛さんや。」

そこへ水雷手が口を開いた。

「お嬢のこんな姿を見れるとは、思ってもみなかった。感謝するぞい。これだけでも

この話に乗って良かったと思えるわい。」

愛はそれを聞いて微笑んだ。

「いいえ、ケイさん素材がいいですから、何着せても似合いますよ。そうね、上陸したら

ついでに彼女の服も買おう!」

愛はケイにおしゃれをさせるのが楽しくてしょうがなくなっていた。

「それじゃ日が高くならない内に出ないとね。そろそろ行きましょうか・・・ってあら?優は?」

愛はそこでようやく優がいない事に気が付いたが、彼女はまだ艦長室で固まったままだった。

 

「これが・・・街・・・」

上陸に成功、街中に足を踏み入れた三人。アクロポリスは街ひとつが丸々紫外線を安全なレベルまでカットする半透明の巨大なドーム状の屋根に覆われた作りで、昼間でも行動出来るようになっている。

ケイは初めて見るアクロポリスに、いや、街というものに圧倒されていた。物心ついた頃には大災害の後、今まで上陸した陸地と言えばベースと海賊の本拠地ぐらい。市民生活についての知識は本で読む乏しい情報しかなかったケイにとって、実際に見る街は何もかもが珍しい物ばかりだった。

「ねえねえ!あれ何?あ、あれは?」

まるっきり子供のようにはしゃぐケイ。愛と優は変な所で叔母としての立場を自覚していた。

「ほらほら、あんまりはしゃぐと目立つから・・・」

優はそう言ってケイを落ち着かせようとするが、彼女の興奮はなかなか収まる物では無かった。

「・・・これでもし渋谷とか見せたら、どんな事になっちゃうのかしらね・・・」

愛がそう言うそばでケイはなおはしゃぎ続けた。

 

「つ、疲れた・・・」

数時間の間、ケイにあちこち連れ回された二人はついにギブアップし、カフェで休憩を取る事を提案した。

 

「で、花屋見た?」

アイスコーヒーを啜りながら優が言う。

「あったわよ。スルーしちゃったけど。」

愛はケイに振り回されていたとは言うものの、しっかりチェックしていた。

「それじゃ、ケイさん。」

「え?」

「今来た道を100mぐらい戻った左側に花屋があったから、これで買って来なさい。」

愛は母親のような口調でそう言うと、ケイの手にお金を握らせた。もう立派な叔母の風格を漂わせている。

「え、でも・・・買い物なんかした事無いし・・・」

そう、ぶん取る専門だった。海賊同士での取引も基本的に物々交換。ともかく店で何かを買う、という経験は彼女には皆無だった。

「ほらほら、自分で買わないと意味が無いよー?」

躊躇するケイを優が煽る。

「う・・・ん。分かった。やってみる。」

たかが買い物に、大変な決断をするようなケイ。まるで初めてのお使いである。まあ、経験が無い彼女には無理も無いのだが。

そしてケイは一人で歩いて行った。

「さて・・・ちゃんと買い物できるかな?」

「・・・」

花屋に向かって歩い行ったケイを見届けてそう言う優だったが愛は反応しない。

「愛?」

優がそう言って愛の方を見ると彼女は軽く握った右手の人差し指を口の辺りに当てつつ、何か難しい表情を浮かべ言う。

「今気付いたんだけど、彼女どれがバラか分かるのかしら・・・」

その言葉に顔を見合わせる二人。

「いやさすがにそれは・・・」

そう言う優だったが、考えると不安になってしまい、

「やっぱり私らも行こう!」

そう言うと席を立ち、愛と共に小走りでケイの後を追いかけた。

 

案の定、彼女はどれがバラか分からず立ち尽くしていた。店の者に聞けば済む話だが、買い物初心者の彼女にそんな気が回るはずも無かった。そしてそこへ愛と優が到着、ケイは泣きそうな顔を二人に向ける。

「はいはい、泣かないの。えーと、あ、それそれ。それがバラだよ。」

優が指差す先には赤い花が差してあった。それを確認したケイは店員に向かって恐る恐る言った。

「これ・・・下さい。」

「はい、ありがとうございます!何輪にしますか?」

「なん・・・りん?」

店員の言葉にピンと来ないでいるケイに愛が助け舟を出す。

「何本かって事よ。」

「あ、ああ・・・」

言葉の意味を理解したケイは一呼吸置いて、

「四りん下さい!」

笑顔を見せてそう言った。それを聞いた愛は、

「ケーイさん。」

「え?」

「うふふ、ちょっと帽子とって。」

嬉しそうな笑顔でケイにそう促す。ケイは言葉の意図を掴めないながら言われるままにした。すると愛は彼女の頭に手を伸ばし、くしゃっと撫でた。

「よし!いい子いい子!」

「あっ・・・ちょっと・・・」

突然の事にケイは驚く。

「え?何?」

その意味が解らない優。

「四輪買った事を褒めてるのよ。ほら、解るでしょ?」

「四・・・ああ、じいさんたちの分か!そうか・・・よし私もなでなでしちゃうぞ!」

「ちょ、ちょっと・・・恥ずかしいよ・・・」

愛が老クルーを説得した後に言った、”あなたがすべき事”とはこの事だったのだ。そしてこの事で叔母二人は、この優しい姪の事が大好きになった。

 

そして三人は店を出る。バラの束を抱えて嬉しそうな笑みを見せているケイを見た愛は、

「この格好に花束・・・ほら、見た目はどう見てもいいとこのお嬢様よ。」

優に耳打ちする。

「うん、世間知らずのお嬢様ね。」

その言葉に思わず笑い出す二人。

「え?何?どうしたんだい?」

ケイはいきなり笑い出した二人に戸惑った。

「ん、何でもないわ。さ、他の買い物も済ませて撤収しましょう。」

「えーと、ケイの服でしょ、キースのお土産でしょ・・・ねー!キースのお土産、何にしようか?」

 

ケイにとって何もかもが楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

-6ページ-

 

 

5.見えたのは何?

 

「ソナーに感!潜水艦です!」

「数、それと艦籍は?」

ここはカスタリア発令室。ソナーから潜水艦発見の報告を受けたタイラスは確認の指示を出す。

「数一、音紋分析します・・・これは・・・南の海の海賊、バーニーズ旗艦セルフィッシュです!」

「そうか・・・久しぶりに大物が網にかかったな。よし、遊んでやるとするか・・・総員!戦闘配置につけ!」

 

「・・・まずいぞお嬢、見つかったようじゃ。敵艦隊展開始めたぞい。」

「敵艦は?艦名は判るかい?」

ケイの指示にソナーが確認作業に入る。

「敵艦位置こちらの前方。数四、三隻はアイオーンじゃの、旗艦らしいのは・・・これはカスタリアじゃ!」

アクロポリスを出て半日、彼女たちはよりによってという相手に見つかってしまった。

「ちっ、ここまで来て・・・総員、戦闘配置!やり過ごせる相手じゃないよ!全門魚雷装填!まず雑魚を狙う!囲まれる前に先制!敵の数を減らすよ!」

「対アイオーン座標セット完了、いつでも行けるぞい!」

水雷手がケイに報告する。

「よし、撃てー!」

 

「敵艦魚雷発射しました!三番艦に向かいます!」

「む、賢明だな・・・思い切りもいい。伊達にここまで生き延びてはいないという事か。」

ソナーの声にタイラスは落ち着いた様子で言った。

「三番艦回避します・・・いや、回避先に更に魚雷が接近!命中します!」

伝わる轟音。三番艦は撃沈された。

「ふむ・・・回避パターンを読まれているという事か。二番艦、四番艦にコマンド!回避パターンをランダムに切り替えろ!」

状況を見てタイラスは指示を出した。

「アイオーンの一隻ぐらいなら安いもの・・・包囲を解くな!三番艦の穴を埋める!本艦はこのまま前進!二番艦は敵艦から対し4時の方向、四番艦は8時の方向、それぞれ距離4000につけろ!包囲完了次第攻撃を開始する!魚雷発射準備をしておけ!」

 

「敵艦なおも展開中・・・駄目じゃ。どうしたって囲まれるぞい。」

敵艦をモニター中のソナーが劣勢を伝える。

「後ろに回りこまれたら厄介だ。もう一隻だ!包囲される前に沈めるよ!目標、現在本艦左舷に転回中のアイオーン!」

「了解じゃ。発射準備は完了しとるぞい。」

「撃てー!」

魚雷が発射された直後、それまで黙って見ていた優が口を開く。

「これ・・・当たらない。」

「え?」

ケイは驚いて優を見る。

「いや・・・なんかそんな気がするんだ。」

優の言葉に愛も同調する。

「私も・・・なんかさっきの魚雷は撃った後何も感じなかったけど、今度のはなんか不安な感じがする・・・」

「・・・いや、そんな事は・・・」

実はケイも同じ感覚を感じ取っていた。しかし指揮者の立場でそんな弱気な事を言う訳にはいかない。

「敵艦、回避!魚雷、迷走するぞい!」

そこへソナーの叫びが飛び込んだ。

「なっ・・・回避パターンを・・・変えた?」

ケイは愛と優の方を見る。三人の予感は本物だった。

 

「包囲、完了しました。」

「よし、全門魚雷発射!」

タイラスの指令で三隻が同時に魚雷を撃った。

「さて・・・穴は見つけられるかな?見つけられなかったとしたらそこまで、見つけられたとしても・・・」

タイラスはニヤリと笑ってそう言った。

 

「三方向より魚雷接近、距離それぞれ3000じゃ!」

「くっ・・・後方魚雷に向かってデコイ発射!本艦はこのまま前進!前方からの魚雷はぎりぎりまで

引き付けて急速潜航でかわすよ!」

 

「敵艦、こちらに向かって来ます!」

カスタリアのソナーが叫ぶ。

「そう・・・そこがこの包囲の穴。いい判断だ。・・・だが!」

 

ケイの艦からデコイが発射された。後方の魚雷はデコイに引き寄せられていく。

「後方の様子は無視しろ!前方の魚雷までの距離に集中だ!」

艦内に緊張が走る。その時だった。

「あっ・・・」

「何?・・・この映像・・・?」

「な、なんだこれは?」

愛、優、ケイの三人に、突然同時に例の能力が発動した。三人に見えた映像は、魚雷を急速潜航でかわしたセルフィッシュが、遅れて発射されていた無誘導の通常魚雷に接触、撃沈される映像だった。

「うわあああああ!」

ケイが叫び声を上げる。

「ど、どうしたお嬢!」

水雷手が驚いて振り向く。

「今のって・・・」

愛が震えながら呟く。

「まさか、未来?」

優も怯えた顔で言う。

「ってえ事は・・・下は駄目だ!」

ケイが叫ぶ。

「魚雷、距離1000じゃお嬢!」

「アップトリム60!艦首タンク排水!緊急浮上だ!」

紙一重。間一髪。まさにそういう表現がふさわしい、信管が作動しないぎりぎりの距離で艦と魚雷はすれ違った。

「後方魚雷はどうなった!?」

「うむ、デコイと接触、全弾誘爆したわい。」

「カスタリアは!?」

「現在本艦前方距離1000、下方200・・・間もなくすれ違うぞい。」

「このまま全速!振り切るよ!」

 

「敵艦接近・・・本艦の上を通過します!」

カスタリア艦内。タイラスはセルフィッシュが通過して行く頭上を―――それが見える訳ではないが―――見上げた。

「司令!追撃しますか!?」

タイラスは少し間を空けて言った。

「・・・いや、捨て置け。たかが一隻、どうという事はあるまい。それにあの艦に追いつく足を当艦隊は持ち合わせはていない。」

タイラスはわずかに笑みを浮かべて言った。そして視線を正面に戻す。

「全艦戦闘態勢解除!これより帰投する!」

 

それから数時間後。ひとまずは安全な海域まで到達し、警戒態勢も解除になった。そしてケイは発令室を離れ、艦長室に戻る。そこには愛と優が待っていた。

「お疲れ様。」

愛がねぎらいの言葉とともにコーヒーを差し出す。

「あ、ありがとう。」

そこへ優が話を切り出す。

「ケイ、さっき・・・見たよね?」

「うん・・・なんだったんだ、あれは。」

あいまいな質問だが、彼女には何の事かすぐ理解できた。

「さっきのあれってやっぱり・・・」

「やっぱり未来だよねえ・・・」

愛と優が確認しあう。

「こんな、先の事が見えるなんて初めてだ・・・叔母さんたちは?」

ケイの言葉に二人は彼女を見て首を振る。

「無かったよ、今までこんな事。」

「なんだったのかしら・・・」

 

三人の疑問を乗せたまま、艦はベースへ近づいて行った。

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6.父の日

 

「あのなあ・・・」

恵介の呆れたような、怒りを抑えるような一言。ここは恵介の居室。帰ってきた三人に対するお説教の最中だった。

「お前らは何をやったか解っているのか!?元海賊の艦でアクロポリスに行くなんていう危険極まりない事をした上に、カスタリアと戦闘して来ただと!?」

「ま、まあ・・・」

優が引きつった笑顔で肯定する。戦闘した事は魚雷の数を調べれば分かる事なので、隠しても仕方ないとありのままに報告したのだ。

「まあじゃない!それで追撃されなかったから良かったようなものの、そうでなければこのベースに身を隠しているという事が知られたかも知れないんだぞ!そうなったらベースのみんなに迷惑がかかる。それぐらいの事も判らないか!」

恵介は大声でまくし立てるが、その体勢は微妙だった。恵介の前に左からケイ、愛、優の順で横に並んでいるのだが、恵介は半身をやや右側に向けている。本人も無意識のうちに愛と優の方ばかりをむいて怒鳴ってしまっているのだ。それを感じ取ったケイは二人を弁護しようと口を開いた。

「父さん、それはあたいが・・・」

しかし啓介はそれを許さぬとばかりにケイが言い終わる前にその言葉を遮った。

「恵は黙ってなさい。そもそもこんな事を考え付いたのはこいつらなんだろうからな。だいたいだな、そうまでしなくても定期船に便乗すればこんな危険は無かったんだぞ!」

「それはアニキが許してくれなかったんじゃない。」

優が矛盾を突く。

「うっ・・・まあそれはいい。それよりそんな危険を冒してまで欲しかった物ってのは一体なんなんだ?」

三人は言葉に詰まる。ここでバラの花を買いにいった事を知られてしまっては最後の劇的演出、つまり父の日を意識していない恵介にいきなりバラを渡すというサプライズが台無しになってしまう。

「ケイさんの・・・服よ。」

それまで黙っていた愛が言った。

「服?それだったらそれこそ定期船に頼んで・・・」

それは愛に対して注文通りの返答だった。彼女はその恵介の言葉に期待した隙を見つけ、そこを反撃の足掛かりに反論を始めた。

「お兄ちゃん、女の子の気持ち全然判ってないよ。女の子が服を選ぶのを他人任せに出来ると思ってるの?」

「う・・・」

たじろぐ恵介。

「女の子はね、ちゃんと自分で見て試着して、それから買わないと駄目なんだから。それともお兄ちゃんは、おしゃれした綺麗なケイさんは見たくないの?」

「そ、それはもちろん・・・」

恵介は愛のペースに引き込まれつつあった。話術で愛に勝てる訳が無いのだ。

「い、いや、しかしだな、おしゃれと危険を天秤にかければ・・・」

「それだけじゃないわよ。」

「え?」

「今回ケイさんに、下着も買ってあげたんだけど、そんな物まで定期船に頼めるかしら?」

「し、下着ぃ!?い、い、いや、し、下着ぐらいならそれこそ定期船が・・・」

「違うわよ!出来合いの下着じゃなくて、ちゃんと体にフィットする下着!これを定期船に頼める?男性スタッフしかいない定期船に?彼女のサイズを教えないと買って来れないのよ?そもそも本当なら現地でフィッティングするべきものなんだから。」

「あ、ああ・・・」

完全に愛に飲まれる恵介。彼もケイ絡みでなければここまでだらしない事は無いはずなのだが。

「本当に、もうちょっとデリカシーってもんをもって欲しいよねー。」

そこへ優が追い討ちをかける。

「う・・・」

「え、何?」

優は左耳に手を添えて恵介に向ける。

「うるさーーーーい!!!」

「うわっ」

恵介が切れた。どうも追い詰めすぎたようだ。

「確かにその辺の事は俺にはわからん!だがな、お前らがやった事は・・・」

「もうその辺でよかろうて。」

そこへ長老が入ってきた。

「長老・・・」

急な来客に恵介もひとまず言葉を引っ込めた。

「恵介よ、お前さんの気持ちは解らんでもない。だがの、何事も程ほどじゃよ。」

「は、はあ・・・」

「お前さんも今言ったじゃろう?定期船なら危険は無かったと。ならそれで行かせてやればよかっただけの話じゃないのかの?」

「いやしかし・・・」

恵介が何か言おうとするが、長老は続ける。

「それよりもな、自分の責任を棚に上げてこの子らを叱るのはワシはどうかと思うぞ。」

「俺の、責任?」

「要するにじゃ、お前さんが最初に定期船への便乗を許可しなかったから今回の件は起きた訳じゃな。そう、つまり言ってみれば今回の危険を招いた責任者は、定期船への便乗を許可しなかった恵介、お前さん自身じゃよ。」

「そんな・・・・・・・!」

恵介は愕然とした表情で膝をつき、床に手を着いた。いわゆる orz である。

「と、父さん・・・」

ケイはその横に膝を着き、心配そうに覗き込む。

「まあ、ほっといた方がいいかの。ちょっと頭を冷やした方がよかろうて。さ、お前さんらもおいで。一人にしといてあげなされ。」

長老に促され。一緒に部屋を出る三人。最後に出る形のケイは恵介を心配そうに振り向き、そして部屋を出た。

 

「いやー、助かったよ長老。ありがとね!あの分だといつまで続いたか。」

「まあ、恵介の親バカにはいい薬じゃろうて。」

「でも・・・」

優と長老の言葉にケイが呟く。

「やっぱり今回の件は嘘ついたあたいらが悪いよ!あれじゃ父さんが可哀想だ・・・あたい、謝ってくる・・・!」

ケイはそう言って引き返そうとするが、それを愛が止める。

「甘やかしちゃ駄目よ。それにお兄ちゃんああ見えて結構タフだから、多分明日の朝にはケロッとしてるわ。」

その横から優は

「あーもう、この状況で父を心配するなんてなんていい子なんでしょう!もう叔母さんはハグしちゃう!」

そう言ってケイを抱きしめ、その頭を撫でる。

「あっ・・・また・・・」

こういうスキンシップに慣れていないケイはひたすら顔を赤くするしかなかった。そしてその体勢のまま優が言う。

「そうそう、謝るにしても時間を置いてからね。明日バラ渡してからの方がいいと思うよー?」

「明日・・・父の日・・・」

優の言葉にケイが確認するように呟く。

「そうよ、だから明日のために今日はもう・・・ね?」

「うん・・・わかったよ。」

愛の言葉にケイは優の腕の中で頷く。そのとき優が

「あーーーっ!」

素っ頓狂な声を上げた。

「そうだ!帰るなりお説教ですっかり忘れてたけど、長老!」

「ん?なんじゃ?」

「訊きたい事があったんだ!アクロポリスに行くって話しした時に、私ら三人が一緒なら大丈夫、って言ってたよね!?」

「うむ。」

「あっ・・・」

ケイも愛も、優が何を言わんとしているか理解した。

「それなんだけど、私ら三人、今回変な映像が見えたんだ!こうなんて言うの?多分・・・未来が・・・見えたんだ。」

長老はその優の言葉に一瞬眼光を鋭くした。しかしすぐにいつもの好々爺然とした表情に戻り、

「ほっほっほっ、そうか、見えたか。うんうん。」

ただそう言った。

「見えたかって、それだけ?知ってたんでしょ!?」

優は手ごたえの無い返事に食い下がる。

「そうじゃの、ワシが言ったのはその事かも知れんし、そうでないかも知れん。」

「ちょ、ちょっと爺様・・・?」

「まあ大丈夫と言った事に間違いは無かろう?まあその内判る事じゃ。」

そう言って長老はその場から一人離れて歩き出した。

「相変わらず、何をどこまで知ってるのか分からない人だね・・・」

その背中を見送りながらケイは呟いた。

 

翌日、父の日。

老クルー三人のコンパートメントでは、三人がさめざめと泣いていた。

「ちょ、ちょっとお前たち・・・大げさだってば。」

想像もしなかった事態にケイは慌てていた。ケイからバラを渡された三人が感激のあまり泣いているのだ。

「大げさなものか!わしは今まで生きてきてこんなに嬉しい事は無かったぞい!」

「わしもじゃ!」

「わしもじゃ!」

水雷手の言葉に他の二人も同調する。

「あ、ああ・・・それより、みんなの気持ち考えてやれなくてごめんな。それとこの花、父さんのついでとか思わないで欲しいんだ・・・そんな気持ちで買った訳じゃ、絶対に無いから。」

「そんな事はわかっとる!優しいお嬢の気持ちは十分伝わったぞい。」

ケイはその水雷手の言葉を聞くと安心したように微笑み、

「ありがとう。それじゃ、あたい次は・・・」

ケイはそこまで言って言葉に詰まる。それを見て操舵手は言う。

「父さんのところ、じゃろ?わしらに気を使う事は無いぞい。」

「え・・・?」

「わしら、この花をもらった事でお嬢の父親の一人って事が確認できたんじゃ。もう何も羨んだり妬んだりする事も無いんじゃよ。」

今回の件で一番へそを曲げていた操舵手の言葉はケイの心のしこりも取り除いた。

「あ・・・ありがとう!それじゃ、行って来るよ!」

ケイは三人の部屋を後に、恵介の許に向かった。

 

そして、恵介の部屋の前。そこには愛と優が待っていた。

「叔母さんたち・・・どう?父さんの様子は。」

「中、見てみる?」

愛に促されてドアの隙間から中を覗くケイ。そこには、ベッドの縁に座り、膝に肘をつき両手を組み、その目は焦点が定まらない様子の恵介がいた。ケイは慌てて頭を引っ込める。

(な・・・なにあれ!?復活どころか悪化してるよ!?)

(うん・・・予想以上だったわ。それだけケイさんの事を大事に思ってるって事ね。ケイさんを危険な目に遭わせたのは自分だって、自分を責めてるんじゃないかしら。)

(そんな・・・)

小声で話す愛とケイ。

(はい、今こそ愛する娘の出番ですよ。)

優も小声でケイを促す。

(う・・・ん、行って来る!)

そしてケイはドアを開けて中に入る。

「おはよう、父さん。」

恵介はびくっとケイの方を見る。そして慌てて平静を繕った。

「あ、ああ恵。おはよう。ん?どうした?こんな朝早くから。」

恵介は笑いながらそう言うが、どうも笑顔がもうひとつ不自然である。そんな恵介にケイは

「父さん、今日って何の日か知ってる?」

よくあるフォーマットで訊ねた。多分彼女が読んだ本ではこういうシチュエーションで花を渡すシーンがあったのだろう。

「今日?・・・えーと、今日って6月の何日だっけ?」

「ふふっわからない?」

ケイはそんな恵介の様子がたまらなくおかしくて、つい笑いをこぼす。

「うーんと、わからん!降参だ!教えてくれ!」

ケイの雰囲気に合わせてちょっとおどけた感じで言う恵介。

「えーと、はい。」

ケイはそう言うと、後ろ手に持っていたバラを恵介の鼻先に差し出した。

「バラ・・・6月の・・・ひょっとして父の日か!?」

「正解。どうぞ受け取って下さい、父さん。」

恵介はうやうやしくそれを受け取る。既にその目には涙が浮かんでいる。

「って事は・・・今回のアクロポリス行きって、まさか・・・このために?」

黙って頷くケイ

(アニキって、あんなに涙腺緩かったっけ?)

(ケイさんが来てからよ、妙に涙もろくなったのは。)

覗いていた愛と優が小声で話す。

「いつも・・・ありがとう、父さん。」

照れくさそうな笑顔でフォーマット通りの感謝の台詞を告げるケイ。その追い討ちを食らった恵介は一気に涙を溢れさせた。

「恵!」

恵介はケイを抱きしめた。

「ごめんな恵、そうとは知らず、一方的に・・・」

「ううん、あたいの方こそだましたりしてごめん・・・」

(おーおー、麗しい親娘愛ですねー。なんかこないだ同じようなシーンを見た覚えがあるけど、まあ怒られた甲斐があったってもんだわ。んじゃ我々はここで退散・・・いっ!?)

優が振り向くと、そこには中の様子に涙する老クルー三人がいた。

 

数週間後。

「こらーっ!お前は哨戒任務につく事は無いって言ったろう!」

「ごめんよー父さん、やっぱりあたい、陸上勤務は肌に合わないんだー!」

ケイはドックを離れ始めたセルフィッシュのセイル上から恵介に言った。そして恵介はまたしてもケイを止めようとしている。

「まあそう簡単に直る親バカでも無かったという事かの。」

その様子を見て長老はため息混じりに言う。

「でも、前よりはましなんじゃないかな?あの後小宮に聞いたら、アニキったら、センチュリオンを出せー!後を追うぞー!って子供みたいな事言ってたらしいし。」

しかし優がそう言うそばから、

「センチュリオンを出せー!後を追うぞー!」

恵介の叫びが聞こえてきた。

「・・・何も変わってないみたいねえ。」

愛が言う。

その様子にたまらず笑い出す三人。恵介はと言うと、ドックスタッフに抑えられていた。

 

「それじゃ父さん!行ってきまーす!・・・機関室!機関最大!全速前進!」

 

おわり

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2027 the day after 第二部。
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