真・恋姫無双〜妄想してみた・改〜第三十一話 |
――キーンコーンカーンコーン………
耳に入ってきたのは授業終了を告げる鐘の響き。
本当はもっと荘厳な感じがするチャイムの音なのだが、生憎俺にはその音色を美しく表現するボキャブラリーを、
この北郷一刀は持ち合わせていない。
あらゆるところに無駄に金をかけて拘る、それが聖フランチェスカ学園なのだ。(多分に誤解含む)
「んー、ようやく昼飯か」
机に座ったままの姿勢で大きく背筋を伸ばすと、それに触発されたわけでは無いのだが、同じようなタイミングでクラス連中の動きも活発になっていった。
視界に写るのは素行正しく、見目麗しいお嬢様方ばかり。どこか品を感じさせる仕草が自然と溢れている。
とはいえやはり年頃の女の子、一般庶民の娘も混じっているせいか休み時間の行動はあまり大差無いように感じる。
そんな光景を目の保養とばかりに眺めていると、突然横から品の無い男性のテラーボイスが聞こえてきた。
「かずピー、お腹が減って力が出ないよぉ」
「そうか。なら飢えて死んだらいいんじゃないか?」
生憎、俺の顔はあんぱんで出来ていないのだ。
「ひどっ!? もっと愛のあるツッコミをしてくれてもええやんか!」
大袈裟にショックを受けたようなリアクションを取っているこの男の名は及川。
似非関西弁が非常に気に掛かるが、同じクラスの、まぁ友達という括りに入る人間になるだろう。
相も変わらずオーバーなこいつに溜息混じりの返事をしてやる。
「用件はあれか? 昼飯をおごれって言いたいんだろう」
「まさにっ 以 心 伝 心 ! さっすがかずピー、話がわかるなぁ」
途端に揉み手で擦り寄ってくる。
「ちょぉとばかし今月は出費が重なってピンチでなー。出来ればお弁当を分けて頂きたいんやけど……」
色々と根性の据わっている奴だ。
萌えキャラでもないくせに、腰を低くして上目遣いを向けてくる及川に若干の殺意を覚えたが、
彼から溢れ出す本気のひもじいオーラに気圧されてしょうがなく了承してやる。
「……量はあるからいいけどさ、お前……アレに耐えてみせろよ?」
「ふふん! 男、及川。腹が減ったならなんでもやってみせるでー。だから、無 問 題 !」
―キラッ!
手首を返し、妙なポーズを決める姿に“やっぱり止めようかな、あげるの”、なんて思い浮かび、その考えを口に出そうというしたところで、勢い良く開く扉の音が教室内に鳴り渡る。
廊下側に現れたのは、並み居るお嬢様群れの中にあっても一際目立つ容姿をした女性
可愛らしい制服に身を包み、はちきれんばかりに豊満な胸が全ての男性へと自己主張。
すらりと伸びたナイスプロポーションと、黒耀石のように美しい黒髪がとても良く映える。
その上、キリリとした絶世ともいえる顔立ちがなおそれを鮮やかに彩って、まるで一つの芸術品のように美しく映える。
そんな彼女の視線が真っ直ぐに俺を捉えると、途端に花が咲いたように破顔し、こちらに声を飛ばす。
「御主人様っ!! ご昼食をお持ち致しましたよ!」
凛とした清涼な声色にこちらも頬が緩む。
「いつもありがとな、愛紗」
「いえいえ、この不肖関雲長。貴方様のためならば、如何ような苦労も喜んで引き受けます」
弁当箱を携え、駆け寄ってきた愛紗に労いの言葉をかけると、いつもの謙遜するような、でも嬉しさが隠せないといったばかりの返事が返ってくる。
(こういうとこ本当に可愛いよな……)
彼女の名前は、関羽雲長。崩壊する外史の果てに、俺がただ一人選んだ愛する女性。
新生したこの世界でも変わらずの愛と不朽の忠誠を誓ってくれている。
綻ぶ笑顔のまま愛紗は言葉を続けた。
「ささっ、昼休みは有限ですからいつも通り中庭へと参りましょう」
「あー、それなんだけどさ。今日はちょっと事情があって……」
「……事情?…………よもや他の女と逢引きをなどと……」
―ビシッ!
手に持つ重箱のような弁当箱に亀裂が走った。
「うおおっ!? なんちゅう握力や!!?」
以前同じような事があって材質を特注のジェラルミン製に変更したのだが愛紗の力の前には特に意味を成さなかったようだ。
耐久力重視の弁当箱の経緯を知っている及川のオーバーリアクションは今だけ正しい。
その握力。石炭(コーク)でも握らせたら、何処かの鬼(オーガ)並にダイヤモンドへと変化するかもしれないな。
一抹の恐怖をわざと考えないようにして事の真相を説明する。
「そういうのじゃないって、そこの及川が昼飯も食えないくらい貧困してて飯を分けてもらいたいんだとさ」
「またですか」
「関羽ちゃんお願いやってー。ここは人助けと思ってどうかご相伴に預からせておくれやす!」
なぜ京都訛り?
実は初犯では無いこの男が口調はどうあれ、本気で拝み倒している。
前回はこの外史に降り立ってからそう日が経っていない頃だったか。
こう見えても普段からわりと世話になっている相手なのであまり無碍には出来ないよな。
「愛紗」
「……ふぅ、致し方ありませんね」
片目を瞑り、合図を送ると、しぶしぶといった様子で了承してくれる愛紗。
「いぃぃぃぃやっほううう!! 愛紗ちゃんの手料理ゲットやでっ!」
途端に及川が元気一杯、飛び上がり歓喜に打ち震えている。
初期の愛紗の腕前を知らない無垢な喜びようだな……ある意味羨ましい。
そんな様子を遠巻きに観察しているクラスメイト小声の妬み節が漏れ出す。
(くっ、あの野蛮人。またも関羽様の手料理を食べるですってよ)
(なんたる恥知らずでしょうね。恋人である北郷さんはともかく、憧れの君にあのような原始人が馴れ馴れしくも近づくなんて)
(私達でさえ、恐れ多くて近づくのがやっとというのに!)
良く聞けばその内容はこの教室だけではなく、廊下に居並ぶ非公式ファンクラブからも流れ込んで来ている。
「はぁ……またかよ……」
この世界に降り立った後、都合よく戸籍が用意されていた愛紗はすぐにこのフランチェスカへスポーツ特待生として編入。
容姿、身体能力の高さを如何無く発揮し、瞬く間に学園を代表する存在へと上り詰めた。
その流れかファンが急増、組織だって追っかけ等の行動を盛んになっていった。
当初、本人も悪い気はしていないようだが、そこで捕まると俺との時間が減るのに気付き、
それ以降は自粛するように促していたのだが、熱心なファンの子は未だに尾け回しているそうな。
「ほら、とっとと行くぞ及川。弁当食わせるお礼に人払いくらいかってでろよな」
「おおう! そやな。浪花のSPジョン・スミスと呼ばれた俺にお任せあれや!」
右肩上がりのままのテンションで扉へと向かい、ファンの群れに突貫していく。
耳に“いやー! 変態が来たわ!!”とか“うへへ、邪魔する奴は誰であろうと容赦しいへんで、ほらほらここがええのんか!”
と阿鼻叫喚なBGMが聞こえてくるのは幻聴であると信じたい。
「…………御主人様」
「……うん」
「なぜ、男のご友人は皆一様に変態なのですか?」
「それはこっちが聞きたい」
迫ってこない分、貂蝉の万倍マシだが暴走具合は勝るとも劣らない及川。
男運に関しては異常なまでについて無いな、俺。
「……行くか、中庭」
「そうですね」
貂蝉を筆頭に良い奴は大概、心に疾患を持っているのだろうと勝手に位置付けておく事にした。
及川の奇行は一応人払いの役目は果たしたのか、こちらに向けられる視線は随分と柔らかい。
それでも熱心なファンはまだ諦めていないのか、熱っぽい視線の雰囲気が未だクラス内に何となく残っているな。
現にその方向へこっそりと目を向ければ顔をほんのり赤くした女生徒がちらほらと見て取れる。
まぁ、愛紗ほどの魅力的な容姿を持つ女性が身近にいれば憧れるのは致し方ないところだろう。
そんな子の中で偶然目が合ったクラスメイトに、「独り占めしてゴメン」と軽く微笑みかけ、アイコンタクトを送ってみた。
「―――っ!?」
だが、意思疎通がうまくいかなかったのか、それとも俺の事を良く思っていないせいなのか一瞬でそっぽ向かれてしまう。
「――またそうやって無自覚に愛想を振り撒かれるのですね……彼女達の真意も知らずに……」
「え? 今なんて……」
「いいえ。何でもありません。せっかくの好機ですから疾く中庭に参ると致しましょう」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってくれよ愛紗!」
なぜか急にご機嫌斜めになってしまった愛紗が先陣を切って廊下に進み出てしまう。
うーん。なにが気に入らなかったんだろう? 怒らせるような発言はしてないはずだけどなぁ。
僅かな疑問を胸に、とりあえずどこか不機嫌に先行する彼女の後を追う事にするのだった。
「うーん。まさに絶品! 相変わらずの腕前やね、関羽ちゃん」
「それはどうも、ありがとう御座います」
所変わって移動してきたのは学園敷地内中庭の一角。
茂みと木陰に包まれたとっておきの場所で三人いっしょに昼食を取る事にした。
先ほどから及川の奴がシートに並ぶ弁当を漁りながらその味について褒め称えているが、
製作者である愛紗は感謝の言葉とは裏腹に不満の声色を漏らしている。
それもそのはず。カリスマ的人気を誇る愛紗は学園にいる間、
四六時中ファンの子に引っ張りだこで昼休みは俺と二人きりになれる数少ないチャンスだったからだ。
空気の読めない闖入者は人の蜜月を邪魔した事も気にせず欠食児童のようにがつがつと弁当を掻っ込んでいく。
「おい、いくらなんでも貪り過ぎじゃないか? いまさらだけど一体何が理由で昼飯が食えなくなったんだよ」
ふだんから相当量のボリュームがある弁当とはいえ、これ以上はこっちの取り分が無くなってしまう。
行儀は悪いが相手の箸を自分の箸で挟みこみ、説明を求めた。
「もがー、ふがふふんう、ふーんふんもーがもごっく……ふもっふ?」
「口の中を空にしてから喋ろと言いたかったが最後はお前、ふざけてるだろ」
「ふもふも……いやいや、そんなこと無いでかずピー。これは一部の軍隊でも使用されているというれっきとした暗号言語や。
聞く人が聞けば意味は理解できたはず!」
「生憎と知り合いに軍関係者はいないな。へたなボケは見て痛々しいから早く答えろ」
「……つれないったらありゃしないでかずピー。もちょっと漫才としての機微を感じ取ってやな、的確なツッコミを――」
なおも答えをはぐらかそうとする及川が次の瞬間、押し黙る。
「……及川殿。私もその件について非常に興味があるのですがぜひともお聞かせ願いませんか?」
愛紗の手によってチタンコーティングの箸が桟橋の橋のようにアーチを描く。
「あ、はい。お話させてください関羽さん。せやから曲がっていく箸と俺を交互に見比べんといて! ……って、合金製の箸が折れたあっ!?
しかも小さく『背骨……』とか不吉な単語吐くとか!?」
まさに魂の慟哭。弁当箱同様、強化された食器の強度を知っている及川の顔が目に見えて青ざめ、だらだらと可哀想なくらいの量をもって冷や汗が噴出す。
天下泰平の世にあっても武神関羽の名は伊達ではないという事か。
「あーその、あれや。かずピーは知ってると思うんやけど最近、昔の彼女とよりを戻してな。
くんずほぐれつの毎日を送っとたわけなんやけど、その、朱美ちゃん妙に俺に尽くしてくれるんよ」
「惚気か?」
「ちゃうちゃう。問題なのはその行動が逐一重すぎるところやねん。朝、寮に来てまでのおはようや、二人一緒の登下校、毎日のデートなどなど、好き好きオーラが出まくっとんのや」
今の発言で間違いなく、過半数の男から恨みを買うだろう。
リア充爆発しろ。
…………。
「で、昼飯が食えへん理由なんやけど。朱美ちゃん料理に凝ってしもうてな。
慣れない手つきで毎日手料理を作ってくれるねん………俺のポケットマネーで」
「……まさか」
箸を置いて懐かしむように空を仰ぎ見る及川。
「朱美ちゃん……壊滅的に料理が下手なんや」
咄嗟に愛紗の方を振り向いたら射殺すような視線が飛んできた。
「ようするに、まともに食べれる物が出てこなくて食費が削られていったわけか……」
「うぅ……まさにその通りや。なぁ信じられるか? 炒飯作らせたらなぜか魚の頭が顔出してんねやぞ。正直ありえへんわ」
行き場所の無い憤りをぶつけるように及川が騒ぎ立て出すのを慌てて制する。
「お、おい、話は分かったからもう少し抑えてくれ」
言いながら故意に、首を誰もいない関係無い方へと背けておく。
「……ほぅ」
ぐっ、案の定、過去を思い出してか愛紗からの威圧感ある視線が突き刺さってきた。
「しかも加減を知らんのかやたら量があるし、ホント料理上手な関羽ちゃんとは大違いやで!」
本人は褒めているつもりなんだろうが明らかに地雷を踏んでしまっている。
このままでは穏やかな昼食が戦々恐々とした修羅場に姿を変えてしまうだろう。
なんとかして話題を変えてしまわないと!
高速で思考を分割、最適な答えを弾き出そうと頭を捻っているとまるで漫画のようにタイミング良く、及川の携帯電話から着信音が鳴り響いた。
まさに天の助け、なう。
「ん、いったい誰からや? えー、もしもし? 貴女の及川ちゃんやけど、こんなお昼時にどちらさ……って朱美ちゃんっ!?」
着信画面を見ることも無く通話に応じた及川が目が飛び出るかというぐらい動揺している。
「えっ、今どこって? ちょっ、ちょこっとだけ内緒な場所なんやけど……うえっ!? 何でかずピーと関羽ちゃんと一緒なのがバレてんの!?あっ、あっ、待って! 切らへんで!」
此処に来るまでの代償として奇行に走ったのは彼の中で取るに足りない些末事だったのか。
どうやら渦中の人物から電話が掛かり、質問責めを受けてるみたいだ。
数分間、誤解とか勘違いなんて言い訳めいた単語が引っ切り無しに口から漏れ出し、やがて及川が放心したかのように動きを止めてしまう。
「……かずピー。いや、北郷一刀君」
「……言うだけ言ってみろ」
「…………彼女の飯を食わずに他の女に食事をたかるような浮気性な男は願い下げって言われてもうた……」
人それを自業自得という。
「自業自得ですね」
「あれ!? なんでか二重の意味で心に響くんやけど!?」
口に出さなかったツープラトン。ユニゾンアタックな愚痴を敏感に感じ取られた。
(及川……その感受性をなぜ恋人相手に発揮出来ないんだ)
「どないしよ! 俺ってばなんぞ粗相でもしでかしたんやろか」
慌てふためくこの男をどうしたものかと悩んでいると、ふいに妙案が頭に浮かび上がってくる。
「うまくいけば、この状況も打破できるかもしれない……」
「……御主人様?」
「おい、及川。彼女ともう一度仲良くなりたいか?」
「う……それは当然や。けど、仲違いの原因である料理の腕がなんとかならんとまた同じ事になってしまうかも知れへんし、どう切り出したもんか……」
女々しくシートの上でのの字を書き始めた。
「いいか良く聞け。とりあえず料理の件は捨て置いてよりを戻すことに専念しろ。
誤解が原因で拗れたなら一番有効な対処手段はとにかく平謝り。まずそこから始めるんだ」
「おぉ…なぜか異様な説得力がある気がするで、かずピー」
「…………(ピクン)」
感心するのはいいがこの馬鹿、また地雷を踏みやがった。
目には入らずとも聞こえてくるバキバキという破砕音が爆発までのカウントダウンを物語っている。
このトラブルメーカーめ、さっさと言い包めなければこっちの命が危ないじゃないか。
咳払い一つしてから話を続ける。
「ん、んんっ! 次に重要なのは謝るときに彼女の食事を避けたりしないと約束することだ。
謝って仲直りの誓いを立てれば向こうも安心できるだろ」
「いやいやいやいや! あれを毎日食うんわ辛すぎるって! こればっかりはかずピーには理解出来へん問題やねん」
怖気づく及川ににじり寄り、愛紗に聞こえないようそっと耳元で囁く。
「ヤモリそのままや苺が入っているよりかはマシだろう……それと最後のヒントだ。我慢してでも完食してみせて相手の反応をよく見てみろ。
彼女が困らせるために食事を用意しているとは思えないはずだぞ。まぁ、そこで断るか変わらず作ってもらうかの判断はお前に任せるけどな」
「かずピー……そうか、そうやったな。俺が間違ってたんや。……ははっ、こんな単純な事に気付かんとったとはな。
もう目から鱗とはよう言ったもんやで。困っとる時にはまず恋人から……。そう、何もかも朱美ちゃんに頼るべきやったんや!」
「……おい待て。後半部分がヒモの常套句になってるぞ」
「そうと決まれば善は急げっ!てな。ちょっくら行ってくるで!」
駄目な方へと勘違いした似非関西弁の男が脇目も振らずに校舎に向かって駆け出してしまった。
「……人の恋路にとやかく言うつもりは無いが、まずはあの思い込みの激しさを直さないとまた同じ結果になりそうだな」
「……そうですね」
邪魔者が居なくなったのは幸いにしても、愛紗の機嫌は斜めになったままだ。
十中八九、過去を思い出して色々と考え込んでしまっているのだろう。
さっきまでの殺気はなりを潜め、年相応の少女のように口を尖らせそっぽを向いてしまっている。
「やはり御主人様は女の扱いに関しては非常に頼りになるようで。……この関雲長、尊敬の意を禁じ得ません」
あからさまに拗ねた様子の愛紗は以前、戦乱の世において見ることの少ない貴重な仕草だ、それはそれでは可愛いと思うけどやっぱり彼女には笑顔が一番似合うと思うよな。
顔を逸らしている隙にこっそりゆっくりにじり寄り、彼女の背中、射程圏内に入ったところで一気に抱きしめる。
「あーいーしゃ♪」
「きゃっ!?」
突然の出来事に短い悲鳴が上がるが、それに構わず抱き込むような抱擁のまま口を開く。
「俺は君に夢中なんだから変な勘違いはもうしなくていいんだよ? 愛紗だけを見つめてる。この気持ちは俺だけの勘違いだったのかな?」
「そ、そのようなこと、あるはずがありませんっ!」
「だったらもっと信頼してくれよ。――俺は君を、愛紗を選んだんだから」
「……はい……」
嫉妬は愛情の裏返し。
相変わらずなこの子に苦笑しながらも、それこそが世界が新生しても変わらず向けられる尊い感情なのだと思い知らされる。
借りてきた猫みたいに縮こまり、首筋がほんのり赤く染まった愛紗。
はたから見れば恥ずかしがっているようだけど、ほんの少しだけ擦り寄るように身をよじってくる。
なんていうか、こう、気恥ずかしくとも甘えたいという無意識な部分が強調されてなんともいじらしい。
うーん、軽いスキンシップのつもりだったんだけど、こうも可愛いらしいところを見せ付けられちゃうとどうにもムラムラしてきたなー。
「……ご主人……さま……」
すぐ横で吐息のように囁く甘い声色で愛紗が体を預けてきた。
(うぅ……! そろそろ辛抱堪らなくなってきましたよ!?)
魔が差す心のままに腕をそっとふくよかな双丘へと伸ばしてしまう。
「あっ……!もう……っ……」
返ってくるのは拒絶ではなく期待していたかのような許容。
嫌がる様子も無くされるがままの愛紗へ安心させるように丹念に愛撫を重ねていく。
「愛紗……」
「ご主人さま……」
やがて肩越しにキスを交わした俺はそっとシートの上に彼女を押し倒した。
そしていざこれからというところで、いつものお願いをしておく。
「愛紗」
「……あ、あの……くっ」
何が恥ずかしいのか深紅にまでに顔を染め上げてしまう。
「愛紗」
急かすような一言を浅いキスを交わしてから告げる。
見上げる愛紗はここまでしてようやく決心が着いたのか、赤い頬のまま潤んだ瞳で呟く。
「……一刀……様」
「あぁ……そうだよ愛紗……愛してる」
そのまま割りと頻繁にある真昼の情事へと没頭していく俺と愛紗は互いが求めるままに絆を確かめ合う。
数知れぬ犠牲の上で成り立った俺たちの関係をこの身に刻み込むように。
熱く、激しく、一つになろうとする。
消え去った外史の分まで十全を生きるには二人の縁は切っても切れないものなのだから。
戦いの無い外史、その木漏れ日の日差しが降り注ぐ平和の世界でそう、再確認するのだった。
「……また、か」
浅い眠りの中で反芻するように繰り返し流れる虚空の夢。
互いの絆をいつものように確かめあった追憶の日々。
微かな睡眠のせいで眩暈のする頭を揺り動かして意識を覚醒させる。
目の前に広がるのは最低限の家具と資料だけが置かれている見慣れた自室の光景。
我ながら女気の無い居住まいだと自覚しているが、いざ着飾ろうと調度品の品々を見定めても実直的な部分ばかりが目に映り、
年頃の女子が好むような品を置く事は無かった。
「今となっては関係無いことだがな……」
部屋内に設けられた格子の内側で膝を抱えて一人溜息をつく。
御主人様への使いの件で内輪揉めを起こした私はこの座敷牢のような場所で軟禁を余儀なくされていた。
「……なぜ、朱里も桃香様も大陸の情勢ばかり気にして、あのお方のお側に出向こうとしないのだ……」
自由にならぬ心と仲間との関係。
不自然なまでの巡り合わせによって、いまだ間近で尊顔を拝むことさえできない愛しの我が君は今頃なにをしているのだろうか。
普段と変わりなく、息災であれば良いが御主人様の事だ。
あの尊いまでの優しさに勘違いした呉の将共に色目を使われ、篭絡されてしまう可能性は捨て切れない。
一刻も早く私の元へ、あるべき場所に戻ってきて頂かなければならないだろう。
「そう、私達は結ばれる運命にあったのですから……」
遠く離れた相手へ差し出すように右腕を中空に彷徨わせる。
あの時、滅びゆく外史の果てで求め合った契りの挙手のように。
うっとりするように細められる瞳は目の下の隈よりも、薄暗い雰囲気を感じさせる。
「あぁ……一刀様……一刀様……。貴方の愛紗は此処におります。此処にいるのです。なぜ早く、誰よりも強くこの手を握り返してくださらないのですか?
多少の浮気は男の甲斐性と、私は納得致しませんよ」
過去の世界で誓ってくださった約束を反故にしないためにも。
送り出してくれた“過去の”仲間達のためにも。
ご主人様の愛は“ワタシダケニ”注がれるべきものなのですから――。
「これ以上待たされるのであれば、ワタシも……相応のカクゴを決めなくてはなりませンヨ?
……フッ……フフッ……ハハハッ……」
純粋過ぎる思いは心の中で軋轢を生み、磨耗。キリキリと噛み合いが狂い出す。
それは悪意の無い、純然たる好意。
北郷一刀が受け止めるべき過去の柵が歪んだ形で現出しようとしていた。
ある一人の道士の復讐に利用されているのに本人が気付く事も無く……。
そんな妄執に囚われてしまった彼女の暗い呟きに呼応するかのように、武器庫奥へと保管された彼女の得物、青龍偃月刀が人知れず鈍い光を放っていた。
誰の目にも届かない密閉された暗闇の中でなおくっきりと映える輝きは何を意味するのか?
龍を模した荘厳な鋼細工の瞳が怪しく、まるで光に反射する鏡のように明滅するのだった……。
<つづく>
[フランチェスカでの日常]
愛紗と一刀は同棲している。
一刀の朝は、愛紗の口付けから始まる。
「ご主人様……ちゅっ……んちゅ……」
一刀の両方の頬を手で触れながら、だらしなく開いているその口内を舌でかきまわす。
厭らしい水音が、静かな部屋の中で響き渡る。
いつもなら、この行為によって歯止めのきかなくなった愛紗が寝ている一刀を襲ってしまうのだが、
「……んっ……愛……紗……」
珍しく口付けだけで起きてしまった。
……まだ若干寝惚け眼ではあるが。
目覚めた自らの愛しい人の顔を間近で見ながら、最後に軽い口付けを落とす愛紗。
「ちゅっ……おはようございます、ご主人様」
「ああ……おはよう、愛紗」
「朝食が出来ていますよ♪ 一緒に食べましょう」
「ああ! 愛紗の作ったご飯は美味しいからな」
2階の寝室から居間に降りると、美味しそうな匂いが辺りを漂っていた。
その香りのもとを辿っていくと、テーブルに視線が注がれた。
「おー、鯛か! 旨そう……」
「お隣の奥方から頂いたんです。美味しく出来ていればよいのですが」
一見、口では不安がってはいながらもその実は自信があるのだろう。
現に愛紗の鯛を見ると、一口付けたような跡があった。味見をしたに違いない。
「さて、冷ますのも勿体ないから食べるか」
「はい♪」
一刀と愛紗、二人で並んで座って『いただきます』と言ってから食事を始めた。
普通に食事をするだけでは飽き足らず、愛紗が『あーん』と食べさせてくれたり、
今度はお返しに、愛紗に『あーん』と食べさせたりとそのイチャイチャ振りを発揮していた。
それを暫く繰り返していると、ふと玄関のチャイムが鳴った。
誰だろう、出た一刀の目の前に、
「ごきげんようでござる」
不動如耶(きさや)である。
「朝食は済んだでござるか?」
「いや、まだちょっと残ってるけど――」
「ふむ。ではちょっと上がらせてもらおう」
「あ、ちょ」
とめようとするも虚しく、雲のような動きをする如耶を捉えることはできずに居間への侵入を許してしまう。
「あ」
「邪魔するでござる」
嫉妬神愛紗と、なにかと一刀を気に掛ける如耶の対面である。
―ゴゴゴゴゴゴゴ……
「あ、愛紗……? その箸折れちゃいそうなんだけど……」
今朝だけで通算四膳を犠牲にしている。
あ、今五膳目が犠牲になった。
(チタン製の箸ェ……)
もちろん一刀の家にある、愛紗が触りそうなものはすべからずチタン製だ。
「不動殿。なぜこのような朝に、ご主人様の対面におられるのですか」
静かに、怒りを抑えながら聞く愛紗であるが、
「ふふ……“一刀”の食べる姿を見て、目の保養としたいでござるからな。
それよりも一刀、それがしの作ったチャーハンを食べてみよ」
一刀の対面から身を乗り出すように、『あーん』と食べさせようとする如耶。
一刀はもちろん。
「あーん……うん、うまい! さすが不動先輩だ」
「ふふふ。口に合って良かった。あむ……うむ、我ながらうまいでござるな」
ちゃっかり間接キス。
―ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「どうでもよいのだが、その『不動先輩』というのはやめにしないか?」
「え……?でも先輩だし……」
「うむ、やめにしよう。これからは如耶と呼び捨てで呼ぶでござるよ。もちろん、体裁のこともあるでござるから二人きりのときだけにしてほしいが」
「うーん……まぁ、それだったら……」
―パキッパキッ
「六膳目ぇぇぇぇぇ!!」
その箸に罪はないよ!愛紗さん!
「不動殿……表に出ていただこうか……」
「ふむ。朝から軽い運動とは良い心がけでござるな」
二人とも不敵に笑みを携えながら、庭に出ようとする。
が、その前に如耶が一刀の目の前を通り過ぎる間際に、
「ちゅ……ふふ、今日もいい“味”でござるな」
「不動ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
呆然とする一刀に、もう一度深い口付けをして愛紗の元に行く。
「あ、朝から修羅場は勘弁してください……」
“ 浮 気 は 一 切 許 し ま せ ん ”
嫉妬神愛紗、恋敵をこてんぱんに伸してやりたいと思います
そのあとでじっくりねっとりぬっぷりとご主人様とまじわうことにします
でもそれだと学校に遅れてしまうので今日の学校、休みます
<つづかない。本編とは少し繋がります>
説明 | ||
第三十一話をお送りします。 ―とある嫉妬神の回想― 開幕 |
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コメント | ||
PONさん>春恋なんてなかった! そこらへんは我慢していただくしか;(よしお) 章仁ェ……あーまぁ確かにこれは多少ヤんでも仕方ない。左慈による介入もあればこうなるのも納得できる。正直ヤンデレはありえねーという想いが先にたって全く面白くないのだがこれは仕方ないね(PON) 320iさん>無印の、しかも自分が選ばれた記憶を持ってますからねー。そんな彼女を救える……もとい!救うのは一刀しかいません!(よしお) COMBAT02さん>大丈夫!あの世界の一刀さんはお金に余裕ありますから!(よしお) きのすけさん>ですねぇ〜。報われてほしいものです。(よしお) FALANDIAさん>それだけ一刀に対する愛情が……ということで……(よしお) 赤字さん>おほほー!そう言って頂けると出した甲斐がありますw(よしお) KATANAさん>可愛いですね〜。6ページ目の愛紗は不満たらたらなんです。ああいう風になるのは必然……じゃないなぁw(よしお) チタン製の箸を壊すのは勿体無いから・・・・鉄球(ソフトボール位)持たせたら?(COMBAT02) 無印の愛紗だと・・・複雑だなぁ(きの) 無印の記憶なら、正直病んでも仕方なくもなくもない気はしますね。しかしそれ言ったら他にも二人いるわけですけどもね;(FALANDIA) 愛紗も可愛いですが・・・不動先輩ぱねぇっす・・・(赤字) よーぜふさん>愛紗さんの魅力は、なんといってもその一途さゆえの“病み”だと思うのです。おまけの方は続きません(*´д`*)ゴメンネ(よしお) なんというアイシャゴン・・・てかもう、ヤンデレ? そして如耶姉様でれでれ・・・続きみたいなぁ、もっとw(よーぜふ) ポチさん>た、確かに……!で、でも多分、脅しにしか使わなくて実際に刺したりするのはない……よね愛紗さん?(よしお) この愛紗には堰月刀より、色々な意味で包丁の方が似合いそうですね♪(ポチ) |
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