真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜
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                           真・恋姫†無双〜皇龍剣風譚〜

 

 

 

                            第八話 天馬幻想 中編

 

 

 

                                  壱

 

 

 

『風の如く』と言う比喩があるが、今現在、北郷一刀が置かれている状況は、比喩どころの話ではなかった。実際、この一対の角と鱗を有する異様な白馬のスピードは、馬のそれとは比較にもならない。

 本来、馬の最高時速は、“速さを競う事”に特化した競走馬でさえ、時速70kmが最高記録とされている。

 しかし、今一刀が体感している速度は、明らかにハイウェイを疾走するオートバイに乗っている時とほぼ同等で、どう少なく見積もっても時速100kmは下らないだろう。しかも、鬱蒼(うっそう)と木々の茂る、森の中で、だ。

 

 更に一刀を面食らわせたのは、この白馬が、明確な意思を持って一刀を『試している』と言う事だった。

 馬が本気で乗り手の事を拒絶して振り落とそうとするならば、ロデオ宜しく、その場で飛び跳ねるのが本当の筈だが、白馬はそれをしていない。つまり、“ただ背に乗せる”事は許しているのだ。

 だが、明らかに一刀に当たる位置に横から伸びている太い木の枝の下を何度も通ったり、それこそ、バイクが急停止する時の様に、急に身体を横倒しにして角度をつけて止まってみたりと、あくまでも騎乗している状態から、『乗り手の対応によって』落馬するように仕向けているのである。

 

 一刀は、その度にどうにかこうにか身体を捩(よじ)ったり、鬣(たてがみ)にしがみ付いて重心を変えたりしてやり過ごして来たが、いい加減それも限界だった。

そもそも、乗馬は得意な方では無いし、馬に乗る事自体、こちらの世界に帰って来てから十三年ぶりに再開したのである。現実問題として、尻の皮が限界だ。

 今は、アドレナリンのおかげで痛みこそないが、恐らく、(どんな形でそうなるにしろ)馬から降りた瞬間に、きれいにぺろりと剥けてしまうに違いない。

昔、こちらに来て間もない頃に味わったあの苦痛と恥辱が頭を過(よぎ)るだけでも、一刀の心は折れてしまいそうだった。何より、『いつ終わるのか解らない』と言うのは、精神的に相当つらいものがある。

 

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 一刀が、もういっその事、手頃な茂みにでも飛び込んでしまおうかと考え始めた時、ロングコートの胸ポケットに入れてあった通信機が、呼び出し音と共に震え出した。一刀は小さく舌打ちをしてから、視線を逸らさずに、なんとか左手で通信機を掴むと、受信ボタンを押す。

「卑弥呼!今、立て込んでんだ!後にしてくれ―――、うわっとぉ!!」

 一刀がリンボーダンスさながらのブリッジで何度目かの木の枝を躱しながそう怒鳴ると、通信機から珍しく慌てた卑弥呼の声が返ってきた。

「ご主人様。それどころではない!その近くに、罵苦が来ておるのだ!」

「は!?だってお前、罵苦が出現したらすぐに分かるって言ってたじゃないか!!」

 一刀が余裕の無い声でそう叫ぶと、卑弥呼は申しわけなさげに唸った。

「まったく、面目ない事この上ない。恐らく、隠密性に優れた“蟲型”だとは思うのだが、数刻前からその辺りに潜んでいた様なのだ。今はその先にある宿場の傍(そば)から動いておらん」

「待てよ。このタイミングで宿場街のすぐ近くって―――うわっと危ねぇ!!明らかに俺達に対する陽動だろ!」

「うむ、間違いあるまい。急がねば、宿場の住人たちが危ないぞ!」

「そんな事言ったって―――へ!?」

 

 一刀が、無意識に通信機に向けてしまっていた視線を前方に戻すと、その少し先には、綺麗に晴れ渡った晩秋の空と、周辺の山々が見渡せる壮大なパノラマが広がっていた。

即ち―――。

「いや、流石に無理だろ、おい!お前、飛べる感じじゃないし!!って、うわわわわわぁ――――!!!」

 そう。白馬が勢い良く跳躍したのは、森の端に突然に開けた、断崖の先にある空中であった。

「――――――!!?」

 数秒後、遮二無二(しゃにむに)白馬の首にしがみついていた一刀が、引力を感じない事に気付いて、きつく閉じていた目を開けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。

 

 白馬は、粗(ほぼ)きっかり八十度折れ曲がった世界の“地面”を、何食わぬ顔で奔り続けていたのである。

……つまり、切り立った山肌を、だ。

 一刀が恐る恐る白馬の脚元に目を遣ると、その馬蹄の下に、馬蹄と同じ位の大きさの魔方陣が表れて、白馬が山肌を蹴る度に淡い光を放っていた。一刀自身も引力を感じていない事から察するに、重力制御の類の呪法が施されているのだろう。

 

「もう嫌…………」

 一刀は、吐き出す様にそう呟くと、馬上でガックリと項垂れた。唯一の救いは、白馬が宿場街へと続く街道に向かって奔っている事だが、一刀が御す事を許してくれている訳ではない以上、素直に目的の宿場街に向かってくれるつもりがあるのかは、甚(はなは)だ怪しい。

「まったく。種馬がじゃじゃ馬馴らしなんて、笑えないっての……」

 

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 一刀は最悪の場合、“凱装”して街道付近で飛び降りる覚悟を固めると、そう言って再び大きな溜め息を吐(つ)いた。

 まぁ、趙雲こと星辺りにならば、ウケそうな洒落かも知れないが。

 

 

 

                                  弐

 

 

 

 

「―――何だよ。じゃあ、ご主人様とは一緒じゃないのか……」

 馬超こと翠は、高順こと誠心の話を聞いて、肩を落としながらそう言った。

「はい。大勢で行くと、件(くだん)の暴れ馬を怖がらせるかも知れないからと仰(おっしゃ)いまして。我々には、先行して宿を取っておく様にと……」

 誠心は、翠の余りの落胆ぶりに、自分が何かした訳でもないのに、どことなく申しわけない様な気持ちになりながら答えた。

つい先程、「ご主人様はどこだ!!」と、まるで“主の危機に馳せ参じた”とでも言わんばかりの気合いを漲らせていた直後の事だけに、その姿には、悲壮感すら漂っているように見えたのである。

 

「お姉様、大袈裟過ぎだってば。どうせ、すぐそこの宿場街で温泉にでも浸かって待ってれば、夜までには逢えるんだからさぁ」

馬岱こと蒲公英は、そんな従姉の顔を横から覗き込みながら、溜め息混じりに慰めの言葉をかけた。

「なんだよ、たんぽぽ!お前は、少しでも早くご主人様に逢いたくないのか!?」

 翠が、八つ当たり気味の大声で蒲公英にそう言うと、蒲公英は、そこいらの兵卒なら震え上がりそうな怒気を柳に風と受け流して、不敵に微笑んだ。

 

「もっちろん、早く逢いたいに決まってるじゃん!でも、そこいらの森を当てもなく探し回るより、温泉で身体をキレイに洗って、準備万端にして待ってた方が確実だし、すぐにご主人様に“可愛がって”もらえるでしょ?」

「!!△■×∀*%!?ばっ、馬鹿!高順や兵たちの前で、なんて事言ってんだよ!!」

「え〜。そんなの、今更も良いトコじゃん。それにお姉様だって、恋が“ごほうび”もらった時の話を聞いた時『良いなぁ』って言ってたじゃない?」

「!!△■×∀*%!?た……、たんぽぽぉ―――!!」 

蒲公英は、真っ赤になって怒鳴る翠の繰り出す拳骨を華麗に避けながら、右手を口に当てて、面白そうケラケラと笑った。

 

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 誠心は、そんな二人の様子を見て、自分と同じ様に呆然と事の成り行きを見守っていた兵士の一人に声をかけた。

「おい。あの“ごほうび”の件を成都に報告したのは、誰なのだ?」

「はぁ。費?(ひい)様の筈です。恐らく、御本人に悪気は無かったのでしょうが―――」

「そうであろうなぁ。軍師殿は、以前の御大将の日常をご覧になってはおらんしな…………」

「はい……」

「まぁ、関羽様がご不在なのが、せめてもの救いだろうが……」 

「それを言ったら、厳顔様もある意味そうですよねぇ」

 誠心と兵士たちは、一斉に一刀に対する憐れみの籠もった溜め息を吐くと、姦(かしま)しく騒いで走り回っている二人の美しい少女に目を遣ったのだった。

 

「コラ待て、たんぽぽ!!」

「待たないよ〜だ!お姉様が何時までもカマトト振ってるつもりなら、たんぽぽが先にご主人様を“メロメロ”にしちゃうんだから!もう、おっぱいだって負けてないしね〜!!」

「だから、どうしてお前はそう言う―――!?」

 翠は何かに気を取られる様に、成長した自分の乳房を下から両手で押し上げて逃げ回る蒲公英を捕まえようとして走り出すのを止め、その場に立ち止まった。それを見た蒲公英が、不思議そうな顔をして翠の元に近づいて来る。

 直情型を絵に書いた様なこの従姉が、策を弄して自分を捕まえるような真似をする筈がない。だから、彼女が不審そうな顔をしている時は、本当に不審がっているのだと知っているのである。

 

「どしたの?お姉様―――」

「シッ!聴こえないか?たんぽぽ……」

「へ―――?」

 蒲公英が、翠に倣(なら)って聞き耳を立てると、確かに聞き慣れた音が僅かに聞こえる。

「これって、馬蹄の響き?でも、こんなの―――!?」

 速過ぎる。蒲公英は、そう思った事を口に出せずに黙り込んだ。

 物心が付いてすぐに裸馬に乗せられて育つとまで言われる『西涼の民』である二人には、その馬蹄の響きの奇妙さが、分かり過ぎる程に良く分かったからだ。

 

 馬蹄の響きの間隔と、こちらに近づいてくる速度が、明らかに釣り合っていないのである。しかも、その馬蹄の音は、自分達がいる崖沿いの山道の、崖側の真下からこちらに向かって来ている。

つまり、切り立った崖を駆け上って来ているとしか考えられない。その一時だけでも、尋常のものでないのは間違いないだろう。

「お姉様―――、罵苦かな?」

 

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 「情けない声出すな、たんぽぽ。姿が見えりゃ、すぐに分かるさ……」

 翠は、蒲公英の不安げな声に押し殺した声でそう答えると、愛用の十文字槍、“銀閃”の槍頭に被せてあった皮革製の穂鞘(ほざや)の結び紐をスルリと解(ほど)き、柄を振るって引き抜いた。

 すっと細められた瞳から放たれる眼光には、最早、従妹の下世話な冗談に頬を染めていた少女の面影は無く、数多の戦場で、更に数多の敵を屠って来た蜀の猛将、錦馬超のそれになっていた。

 蒲公英も、翠に倣って背中に背負っていた直槍、“影閃”を手に取り、その穂鞘を外して、横目で少し離れた所にいる誠心たちを見る。彼等は既に、二人の雰囲気が変わったのを機敏に察知して、臨戦態勢を取ってこちらを注視していた。

 

「さっすが、恋の寄騎(よりき)さん達だね。動きに全然ムダがないもん」

 蒲公英の言葉に、翠が小さく頷いた。

「まったくだ。ご主人様の近衛部隊主力の名は、伊達じゃないよなぁ―――。来るぞ!」

 翠がそう呟いたのと、崖の下から巨大な物体が稲妻の様な速度で飛び出して来たのは、ほぼ同時だった。

しかし、翠と蒲公英は、共に腰を落として穂先を下げた構えのまま、眼の前に現れたモノの背にしがみ付いている人物に気を取られて、ただ驚く事しか出来なかった。

 

 

 

                                  参

 

 

 

 

「「ご主人様!!?」」

 

 二人が揃ってそう叫ぶと、空中を跳んでいる白馬の背に跨った一刀が弾かれたように顔を巡らせ、二人の姿を捉えた。恐らく常人では、一刀の顔を視認する事すら出来なかったろうが、幸いな事に、翠と蒲公英の凄まじい動体視力のお陰で、奇跡的に邂逅が叶ったのだった。

「翠!?たんぽぽ!?みんなと一緒に、急いで宿場街に行ってくれ!!俺も、すぐに追い着くからあぁぁぁぁ―――!!!」

 一刀は、何とかそれだけ言い終えると、山道の反対側にあるそそり立った山肌に“着地”して、再び奔り出した白馬と共に、凄まじい速度でと遠ざかって行ってしまった。

 

「なんだったんだよ、あれ……」

 翠が、念願の一刀との邂逅が余りにも頓狂かつ唐突に終わってしまった事に呆然として、馬らしきものが奔り去った方向を見詰めていると、横にいた蒲公英が袖を引いた。

「お姉様、もう一つ来るよ!今度は街道の方!」

 

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「なにッ!?」

 我に返った翠が慌てて街道に視線を戻すと、確かに蒲公英の言う通り、土煙を上げた“何か”が、こちらに向かって来るのが見えた。その速度から察するに馬だろうと思って様子を窺(うかが)っていた翠は、土煙の只中に居てそれを巻き起こしている存在を目視できる距離になると、あんぐりと口を開けた。

 

「れ―――恋!!?」

 

 まぁ、天下の飛将軍とまで謳われる武の持ち主だ。馬並みの速度で走る位の事は出来るかもしれないと、翠自身考えてはいた。いたが―――。

「本当にやられると、正直ビビるよなぁ〜」

 翠が、溜め息と共にそう呟いて横の蒲公英を見遣ると、蒲公英は既に溜め息すら出ないらしく、ゲンナリした顔で目頭を挟んで揉んでいる。

 

 やがて恋は、翠や蒲公英、そして自分の部下達の前で地面を抉りながら急制動をかけ、背中で青い顔をして唸っている音々音を降ろすと、息一つ乱さずに、まるで散歩中に偶(たま)さか行き逢ったとでも言うような口調で、翠と蒲公英に話しかけた。

「翠、たんぽぽ……。どうしてここ居るの……?」

「どうしてって―――。ご主人様の牙門旗を届けに来たんだよ。そう言う恋こそ、なんでねねを背負って走ってたんだ?」

「ご主人様を追いかけてたら、嫌な感じがしたから…………」

「嫌な感じ?」

 それまで、走り寄って来た誠心や兵士たちと共に尻もちをついている音々音を介抱していた蒲公英がオウム返しにそう問い返すと、恋はコクンと頷いて、先程一刀が向かうように言っていた宿場街を指差した。

「うん……。あそこ、すごく嫌な感じがする……。早く行かないと……大変……」

 

「なんだって―――?」

 翠がそう口を開いたのと同時に、“ドォゥン”という凄まじい轟音が、山間に響き渡った。一行が一斉に音の出所である宿場街に視線を移すと、先程まで何事もなくそこにあった宿屋の建物から、炎を纏った黒煙が濛々(もうもう)と立ち上っている。

「遅かった……。急ぐ……!!」

 恋は唇を噛みながらそう呟いて、誠心に手綱を預けていた自分の馬の下に駆け寄り、その背に飛び乗るや、宿場街を目指して一目散に駆け出した。翠も、間髪入れずにそれを追う。

「まったくご主人様のヤツ、こう言う事ならちゃんと言ってけよな!!」

 翠は颯爽と馬首を巡らせ、愛馬の脇腹を蹴ってそう言うと、恋の後に続いた。

 

「ちょっと、ねね。たんぽぽ達も行かなきゃだよ!一人で馬に乗れる?」

 

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 蒲公英は、恋と翠に続く為に騎乗して走り去って行く誠心たちを横目で見ながら、未だ荒れた息遣いで蹲(うずくま)っている音々音に話しかけた。

「うぅ……無理なのです。まだ景色がぐらぐらしているのですよ……。お花、相乗りさせて欲しいのです〜〜〜」

「しょうがないなぁ、もう……。じゃあ、早く立って!急ぐよ!」

 蒲公英は溜め息混じりにそう言って、半ば無理矢理に音々音を立たせると、指笛で自分の馬を呼び寄せた。

 

 

 

 

                                  四

 

 

 

「くそ!どうしても止まる気は無いってか!!それなら―――」

 一刀は、未だ森の中を疾走し続けている白馬に向かってそう叫ぶと、丹田に力を込め、全身に氣を充実させた。それと同時に、腹部に埋め込まれた『賢者の石』が白く輝き、そこから出現した小さな龍が一刀の身体に巻き付き、吸い込まれる。

『起龍体(きりゅうたい)』。北郷一刀を、『幻想の英雄』たる存在へと変える為の、蛹(さなぎ)とも言うべきものである。

 

「こん、にゃろう――――!!!」

 一刀は全身に満ちた氣を、これから酷使する事になるであろう背中を中心に、更に練り上げた。

『硬氣功』。それは、楽進こと凪が得意とするもので、体内で錬功した氣を用いて肉体の強化などを行う、“戦う為”の氣功術の一つだ。。

 一刀は大きく息を吸うと、今まで必死に鬣を掴んでいた両手を放して白馬の背に置くと、跳び箱の上で手だけを使って身体をずらす様な感覚で、“ポン”と掌で自分の身体を一瞬だけ宙に浮かせた。

 

すると、白馬の身体から離れた事で『重力制御』の呪法の加護が無くなったのか、一刀の身体は今まで感じていなかった風圧の衝撃を受けて横滑りしながら、ダルマ落としの胴の様に地面に転がり落ちた。

 一刀は頭の両脇を腕で挟む様に後頭部で両手の指を組み合わせ、出来うる限り身体を丸めて、予め氣を集中させていた部位が地面と接するように注意して地面をゴロゴロと転がった後、砂煙を上げながら静止した。

 

「イテテ―――ふぅ、死ぬかと思った……」

 一刀は多少痛む背中を摩ると、埃を払いながら何処か痛めた箇所はないかと、全身を軽く触ってみた。

 

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 どうやら、相変わらず尻が痛む以外は問題がある様には感じられなかった。『凱装』すれば、尻の皮も何とか回復するだろう。それに、時速100km以上の速度で移動している物体から飛び降りて無傷だったのは、硬気功のおかげだけでは無い。卑弥呼から与えられた『神獣の革』で造られた外套が、凄まじい衝撃から一刀の身体を保護してくれたのである。その証拠に、一刀が纏っている白いロングコートには、土埃の他には解(ほつ)れ一つ付いていなかった。

「やれやれ……。後で卑弥呼に礼を言っておかないとな―――」

 一刀がそうひとりごちながら顔を上げると、既に奔り去ってしまったとばかり思っていた白馬が、先程一刀が飛び下りた辺りで、静かにこちらを見詰めていた。その瞳は、説明を求めているようでも、一刀の行動に好奇心を持っているようでもあった。

 一刀は、白馬に対して姿勢を正すと、深く頭を下げた。

 

「すまない。俺、今は往かなきゃならないんだ」

 言語を持たない生き物に何をしているのか。と、一刀は自分の行動を不思議に思った。だが、非礼を詫びるという行為は、この馬の姿をしたものに対して、決して疎かにしてよい事ではないと、直感が告げていたのである。

 龍の角と鱗、そしてあらゆる悪路を疾風の如く駆け抜けられる、四肢に刻まれた呪法。正確な正体こそ分からないが、それらを考え合わせれば、この白馬が、古来より瑞獣と呼ばれる尊き存在である事は、もはや疑うべくもない。

 瑞獣は、存在そのものが『天の奇跡』と言える存在である。彼等が人をその背に乗るのを許すという事は、彼等が人前に姿を現すよりも尚、稀な事なのだ。

「お前が、俺を試してくれてたのは分かってる。それを途中で放り出すのが、どれだけ罰あたりなのかも分かってる。でも俺には、護らなきゃいけない人達がいるんだ……。本当に、すまない」

 一刀が、神妙な声でそう言って踵を返し、走り出そうとしたその時、頭の中に、朗々としたバリトンの声が響いた。

 

「それで佳い――――――」

 一刀が驚いて振り向くと、白馬がゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。

「うぬが、我を己が物にしたさに眼が眩み、救うべき者の命を蔑ろにする様な人物であったなら、折を見て蹴り殺してやろうと思っていたぞ」

「お前……喋れるのか!?」

 一刀の間の抜けたその声に、白馬は微笑む様に軽く首を振った。

「否。我は“喋って”いるのではない。よく見てみよ。我の口は、うぬら人間の様に動いてはおるまい?」

 一刀がそう言われて白馬の口元を凝視してみると、確かに口は動いていない。元より、馬の口は『人の言葉』を喋るように出来ている訳ではないのだから、当然と言えば当然の事ではあるが。

「あぁ―――確かに。じゃあ、一体どうして……?」

「うぬの腹に埋まっている、その石の力よ」

 

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 白馬は、鼻先で一刀の丹田に埋まっている『賢者の石』を差し示して、そう“言った”。

「その石が“目を覚ましている”間は、我等の様な言葉を持たぬものも、普段、己が眷属にそうしている様に、直接うぬの頭に“意思を飛ばす”事が出来る。それをうぬの脳味噌が、うぬに最も明瞭に理解できる“言葉”として認識しているのだ。先程うぬに“呼び掛けていた時”は、その石が眠っておった故、この様に上手くは行かなかったがな」

「そうだったのか……。卑弥呼のヤツ、まだ俺に隠してた事があったんだな。まったく」

「さて、時間も無い事であるし、我はうぬに問わねばならぬ―――」

 白馬は、腹を撫でながらブツブツと呟いていた一刀に再び声を掛けた。一刀が顔を上げると、漆黒の瞳が、深い知性を湛えた眼差しを向けている。

「応。俺に答えられるような事なら」

一刀が、まっすぐにその視線を見つめ返しながらそう言うと、白馬は首を下げ、ぐいと顔を近づけた。

 

「“外史に選ばれし者”よ。汝は、この世界の救済を望むや?」

 

「もちろんだ」

「それは、まことか?我は、罵苦と“戦う覚悟”を問うているのではないぞ。身が果て、血が枯れるその時まで、この『造られた世界』の為に“戦い続ける覚悟”を問うているのだ」

間髪を入れずに答えた一刀に、白馬は問い返した。

「そんなもの―――俺が愛してる娘(こ)達は、みんな背負ってるんだ。それこそ、ずっと前から、自分の意思で。俺だけが、いつまでも半端でいる訳にはいかないよ。“そうしなけらばならない”のなら、俺は―――、鬼にでも悪魔にでもなってみせる」

 白馬は暫くの間、一刀顔をジッと見つめていたが、不意に深く息を吐いて、首を擡(もた)げた。

「佳かろう。汝が答え、しかと聞き届けた―――」

 白馬はそう言いながら、身体を横に向けて首を巡らし、一刀の方に顔を向けた。

 

「乗るがいい、我が主よ。龍馬一族の名に賭けて、汝が望むのならば、地果て海尽きる場所まで、雷鳴よりも尚速く、その身を運んでくれようぞ」

 

 

 

                                  伍

 

 

 

「益体モナイ……」

魔蟲兵団の長、檮?(とうこつ)の八魔である天牛蟲(かみきりむし)は、宿場街の中央に聳(そび)える大鐘楼の上から、阿鼻叫喚して逃げ惑う人間達を見遣って、そう呟いた。

 

 

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 この程度の規模の街など、自分に任せてくれれば、ものの半刻で喰らい尽くして見せるものを。 そうは思うのだが、主の命である以上、今回は『実験体』どもの統制と援護にまわるしかない。

とは言え、その『実験体』ども―――分厚い鉄鎧に身を包んだ、十体の異形の戦士たち―――には、援護など必要ない様に思われた。彼等は、天牛蟲がふと物思いに耽っていた間にも、迅速かつ効率的に、人間達を“狩り”続けている。しかも、“生まれたて”の下級種によくあるような不安定さや暴走の兆候なども、まったく見受けられない。

 天牛蟲は、己の主の手腕に素直に感嘆しつつも、どうしてもあの『実験体』の事が気に入らなかった。

 たしかに、人間の美的感覚で言えば、生理的嫌悪を催させる醜い容姿ではあるが、人間ではない天牛蟲にとっては、そんな醜さや美しさなどは、関係が無い話だ。

 

 問題は、彼等の顔付きや仕草が、天牛蟲が属する魔蟲兵団の、いや、主である檮?の宿命の好敵手である饕餮(とうてつ)率いる魔獣兵団の者達に、どことなく似ている気がする事だった。詳しい事は天牛蟲も聞かされてはいないが、あの『実験体』たちには、親から直接産まれる、“血の通った生き物”の気配があるのである。

「マァ、イイ―――」

 天牛蟲はそう呟くと、今まで寄りかかっていた大鐘楼の柱から身を起こした。どの道、主は問うても答えてはくれないだろうし、役に立つのならば見て呉れなど我慢もしよう。

 それよりも当面は、この退屈極まりない任務に、どう刺激を加えるかと言う事である。天牛蟲は、硬く鋭い大顎の下に片手を添えて黙考した後、何事かに納得したように一人小さく頷くと、ちょっとした溝でも飛び越える様な気軽さで、ふわりと空中に身を躍らせた。

 

 ―――己から人間どもに向かう事はせず、『実験体』たちの作戦を統率し観察・援護せよ―――それが、檮?から天牛蟲に与えられた任務である。しかし、“自分に歯向かって来る人間をどうするか”に関しては、何も言及されていなかった事に、天牛蟲は気が付いたのであった。

 天牛蟲は、突然逃げ道に現れた自分に悲鳴を上げて逃げ惑う人間達を睥睨(へいげい)すると、大顎を震わせて叫んだ。

 

「我コソハ、偉大ナル檮?様ガ率イシ魔蟲兵団ガ一ノ矛、天牛蟲ナリ!脆弱ナ人間ドモヨ。貴様等ノ中デ、コノ我ヲ討ッテ活路を開カントスル、気骨ノアル者ハ居ルカ!!!」

 

 

 

 

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                              あとがき

 

 

 

さて、今回のお話、如何でしたか?

 相変わらずリアルワールドがごたついているので、更新が遅くて申しわけないです。恋姫ラウンジで盛り上がってたリレーssにも参加したかったんですけど、無理でした……。

 

 今回の内容に関してですが―――、馬、喋らせちゃった……www

 かなり悩んだんですけどね。

 まぁ、正確に言うと、『意思の疎通』なんですが。動物には言語が無いので、ただ『喋る』と言うのでは、如何に想像上の動物とは言え、イマイチ説得力に欠ける気がしまして。最も、馬が喋る事に説得力もクソもあるか!と言われれば、何とも言えないんですけどね〜。

 

 話は変わりますが、『小説家になろう』という投稿サイトに、この『皇龍〜』を再編集したものを投稿しております。縦読みが可能という事で、行間を詰めたり、こちらでは改ページで区切っていた箇所を繋がり易い様に直したり(あちらでは改ページが出来ないので)しています。

 自分で言うのも何なんですが、縦読みにすると、随分印象が違ってくるものですね。

 あちらは携帯からでも読めるらしいですし、(まぁ、内容は同じなんですが)、以前よりはブラッシュアップ出来ている筈ですので、興味がある方は覗いてやって下さい。今は、恋・音々音編まで投稿しております。

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 

 

説明
投稿二十二作目です。
毎度の事ながら、筆が遅くてすみません。
では、どうぞ!!
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コメント
kiyuonaさん コメントありがとうございます。蒲公英は、書いていると勝手に喋ってくれる感じで楽しいので、またメインで書きたいキャラですw(YTA)
ここにいるぞーーー(kiyuona)
O-kawaさん お待たせしたZ!!(YTA)
待ってましたぜ!(O-kawa)
赤字さん ありがとうございます。頑張りますよ!(YTA)
namenekoさん それは言わない約束ですよぅ……w(YTA)
おぉ次回に期待?はやく読みたいぜ、楽しみに待ってます。(赤字)
ここにいるぞ!!って蒲公英が出てくるか一刀が来るかだな(VVV計画の被験者)
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