真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜
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                        真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜

 

 

 

                           第八話 天馬幻想 後編

 

 

 

                                 壱

 

 

 

「我コソハ、偉大ナル檮?様ガ率イシ魔蟲兵団ガ一ノ矛、天牛蟲ナリ!脆弱ナ人間ドモヨ。貴様等ノ中デ、コノ我ヲ討ッテ活路を開カントスル気骨ノアル者ハ居ルカ!!!」

 天牛蟲(かみきりむし)が大気を震わせてそう名乗りを上げた次の瞬間、小柄な影が立ち並んだ温泉宿の屋根から躍り出て、天牛蟲の頭上に閃光の如き一撃を繰り出した。

 

「此処に居るぞ!!」

 

 影は、咄嗟に右腕で一撃を防いだ天牛蟲の顔を睨みながらそう言うと、落ちて来た自分をその一撃ごと腕で受け止めた形になっていた天牛蟲の腹を蹴り上げ、空中でくるりと回転して着地し、正対した。

「ホゥ―――。人間ニシテハ、中々ニ素早イデハナイカ。娘、名ヲ聞コウカ……」

 天牛蟲は、蹴られた腹をコリコリと掻きながら、影を見返した。

 

「蜀漢が誇る五虎将一の騎将、錦馬超が従妹、馬岱!化け物、これ以上はさせないよ!!」

 

 蒲公英は、天牛蟲の問いに答えて名乗りを上げると、愛槍、“影閃”の穂先をするりと下げ、腰を落とす。

「コレハコレハ―――中々ノ大物ガ釣レタモノダ。コレデ、少シハ愉シメソウダナ」

「(ご主人様、早く来てよ〜。勢いで大見得切っちゃったけど、たんぽぽじゃ、どれだけ持つか分かんないんだから〜)」

 蒲公英は心底嬉しそうに嗤う天牛蟲から視線を逸らさず、内心でそうひとりごちながら、本来であれば呂布こと恋か、馬超こと翠が相手をするべき敵に、なぜ自分が立ち向かう事になったのかを思い出していた。それは、今自分たちが居るこの宿場街に向かう途中の、疾走している馬の背の上で交わされた、簡単な作戦会議に端を発する―――。

 

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                                 弐

 

 

 

「ええ!?たんぽぽが一番強い奴の相手するの!?」

 蒲公英は、漸く追いついた恋と翠と並走しながら、自分の後ろに相乗りしている音々音に向かって叫んだ。

「お花!危ないのです!前を見るのですよ〜!!」

 音々音は、蒲公英の顔を両手で挟んでぐいと前に向けさせると、安堵の溜め息を吐(つ)いてから話し出した。

「良いですか?今までの『低級種』の襲撃は、主に旅人や隊商に対して、散発的に行われていました。こんな風に、人が固まって住んでいる集落を襲う様な事は無かったのですよ。つまり、規模こそ違えど、奴らは『中級種』に統率されて作戦行動を行っている可能性が高いのです。で、あれば、あの火事もただの二次災害ではなく、作為的に住人を焙り出し、混乱を増長させる策かも知れないのです」

 

「だったら尚の事、お姉様か恋にさっさとやっつけてもらった方がいいじゃん!たんぽぽじゃ、絶対無理だって〜!」

「では、お花。お花に、家屋を一撃で倒壊させる事か、混乱する民衆を纏めながら、速やかに撤退戦の指揮を執る事が出来るのですか?」

「ヴ、それは…………」

 音々音の辛辣とも言える率直な指摘に、蒲公英は思わず口籠った。無理もない。音々音が提示したその二つの役目のどちらも、自信を持って『出来る』とは到底言えない事は、自分自身が一番分かっていたからだ。

 

 家屋を倒壊させると言うのは、この時代の火事が起こった時のセオリーだ。出火場所に隣接する家屋を事前に倒壊させる事で、火が燃え広がるのを未然に防ぐ力技である。

 都市部には、一刀が発案し、李典こと真桜が開発した手漕ぎ式の放水車が試験的に配備されてはいたが、この様な山奥の宿場街までは、まだ行き届いていない筈だ。となれば、火の手を最小限に留めるにはそれしか方法がない。これは、小柄な体躯から生まれる素早さを活かした戦法を得意とする蒲公英には、それこそお門違いな仕事だろう。

 

 

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 続く撤退戦の指揮に関しても、音々音の考察は正しい。蒲公英自身、以前に本格的な撤退戦を経験しているから、それはよく分かる。殺意を持った相手に追われていると言う恐怖と闘いながら、更に兵の指揮を執り、尚且つ被害を最小限に抑えるなどと言う事は、天性の戦上手でなければ到底成し得る事ではない。

 しかも今回は、高順こと誠心という頼もしい副官が付いてくれるにしても、たった五人の手勢で恐怖に怯える百以上の人々を纏め上げ、護衛しながらそれを成さなければならないのだ。

 

 冷静に考えれば、前者には剛力を誇る恋と、風を読み、火の手の行く先を冷静に見極める知識のある軍師の音々音。後者には、曹魏の精鋭から手勢を連れて見事に逃げ切った経験のある翠が選ばれるのは、自明の理である。しかし―――。

「だって、『中級種』って、恋でもフラフラになってやっと勝てるような相手なんでしょ!?たんぽぽなんかが、敵う訳ないじゃん!」

「たんぽぽ。お前なぁ、この大事な時に―――」

「だから、誰も勝てなどとは言っていないのですよ」

「「へ?」」

 音々音の意外な言葉に、当の蒲公英たけではなく、窘めようとして口を挟んだ翠までもが、同時に素っ頓狂な声を上げた。

「敵が手強いのは、ねねの方が良く分かっているのですよ。ですからお花は、“あいつ”が来るまで、負けずに敵の足を止めていてくれればいいのです」

 

「“あいつ”って、ご主人様の事?」

「そうです。他に誰がいるですか?」

「でも―――」

「お花」

 音々音はそう言って、不安そうに言い募ろうとする蒲公英の服をぎゅっと握る事で制してから、再び話し出した。

「お花には実感が無いかも知れないですが、恋殿には遠く及ばないにしろ、金色の鎧を来たあいつは、本当に強いのです。ですから、間に合いさえすれば、きっとどうにかしてくれるのですよ」

 

「たんぽぽ。“あの”ねねが、ここまで言ってるんだ。ご主人様が来るまで、踏ん張ってみせろよ」

「お姉様―――」

 蒲公英は、思いのほか穏やかな従姉の声に、思わずその顔を見た。

「ご主人様は言ってたじゃないか『すぐに追い着くから』って。それに、お前は自分で思ってる程弱くなんかないんだぞ。ずっと一緒に育ったあたしは兎も角、愛紗や星、鈴々、焔?―――。ウチの軍が誇る一線級の武将相手にいい勝負が出来る奴なんて、そうは居ないんだ。自信を持てって!それとも―――」

 翠は、そこで言葉を切って、静かな瞳で蒲公英を見つめた。

「お前はご主人様に、『怖かったから、宿場街の住民を見捨てて震えてました』とでも言うつもりか?」

「――――――!!」

 

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 蒲公英はその言葉を聞いて―――自分が、北郷一刀に向かってそう言っている場面を想像して―――身体に稲妻が奔った様にビクンと震えた。

「嫌だよ、そんなの―――。絶対に……」

 此処に誰か―――頼りになる他の誰かが居るのであれば、蒲公英はいつもの様に、この直情な従姉の直情な言葉に、皮肉交じりの口応えをしていただろう。だが、『頼りになる他の誰か』など、此処には一人もいない。今此処に居る人間たちは皆、自分にしか出来ない事を抱えている身なのである。

 これ以上責任を恐れて駄々を捏ねる事は、翠の言った言葉を現実にする事に他ならない。きっと、死臭漂う焼け野原になった、あの街で。

もしそうなったら、主はどんな顔で自分を見るのだろう?蒲公英の持って生まれた豊かな想像力は、想い人の哀しみと失望がない交ぜにになった生々しい表情を作り出して、胸をギシギシと締めつけた。

 

 一番強くなんか、なくったっていい。

 誰よりも自分を見ていて欲しいなんて、贅沢は言わない。

 でも―――。

「ご主人様に―――ご主人様に、蒲公英のせいでそんな顔されるのは、絶対に嫌なんだから!!」

 何故か込み上げてきた涙を堪えながらそう叫んだ蒲公英に、今まで黙っていた恋が、優しく声をかけた。

「たんぽぽ、大丈夫……。たんぽぽは強い……罵苦なんかに、負けない……」

「恋……」

「それに、ご主人様が『追い着く』って言ったんなら、きっと追い着く……から」

 蒲公英は、恋のその言葉に頷くと、肩越しに、後ろの音々音に声をかけた。

「ねね。たんぽぽは、どうしたらいいの?」

 その後、宿場街の入り口で下馬した一行は、三手に別れた。恋と音々音は、火の手を食い止める為に、最も風上で燃えている家屋へ。翠は、誠心と呂布隊の兵士達と共に、逃げ惑う住民達を救助しつつ護衛する為に、街を貫く大通りへ。

 そして蒲公英は、事前に恋が最も悪意を“感じ取った”街の中央に聳(そび)える大鐘楼へと、屋根を伝って―――。

 

 

 

 

                                参

 

 

 

 翠は、血と人の肉が焼ける臭いに顔を顰(しか)めながらも素早く周囲を見渡し、逃げ惑う人々が犇(ひし)めき合い、その流れを停滞させている場所を探り当てた。

 

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「高順!あの辺りを落ち着かせないとどうしようもないぞ!お前の部下の内の二人は、此処で避難民の誘導、他の三人には脇道の探索に回ってもらって、あたしとお前は、兎に角あそこを落ち着かせよう!」

「承知!お前達―――!!」

 誠心は、翠の言葉に答えるのとほぼ同時に人員を選別して素早く指示を出すと、屋根に飛び乗って走り出した翠に追い着いた。

「流石に速いな!!」

 翠が横目で誠心を見ながらそう言うと、誠心は悪戯っぽく笑った。

「なに、私も部下も、負け戦と火に巻かれるのには慣れておりまする故な!」

「ははっ!経験者の言葉は頼もしいよなぁ。まぁ、あたしも人の事は言えないけどさ!」

 二人は、そんな軽口を叩き合いながら瞬く間に問題の場所に到着し、屋根の上から人の流れを見渡した。

 

 眼下に広がるのは、正しく動く地獄絵図である。恐怖に駆られた人々は、自分だけでも助かろうと、隣にいる者を押し退け、泣き叫び、罵り合っている。中には、混乱が極まったのか、殴り合いを始める者たちまで出だす始末だった。

 それはいい。翠も誠心も、極限状態に陥った人間がどれだけ醜くなれるかなど、戦場という狂気の世界で、嫌と言うほど見て来たのだから。だが、戦場には、我が子の名を必死に叫ぶ母親など居ない。母を呼びながら怯えて泣き叫ぶ事しか出来ない幼子も居ない。

 翠の真下で、一人の男がそんな幼子を罵声と共に突き飛ばした次の瞬間、様々なものに向かって沸々と煮え滾っていた翠の怒りが、頂点に達した。

 

「お前ら―――いい加減にしやがれ!!!」

 

 翠のその怒声は、周囲の大気を震えさせて周囲に響き渡った。

 それを耳にした人々は、近くに居る筈の化け物の事も、すぐ間近に迫っている炎の事も忘れて、蛇に睨まれた蛙よろしく、翠を見つめたまま凍り付いた。無理もない話である。一人で千の敵を相手に一歩も引けを取らぬと謳われる猛将が、加減も打算もなく放った怒気に中てられて平然としていられる人間など居はしない。

 居るとすればそれは、その怒気を放っている本人と同じ分類に属する、人間を超えた人間、即ち“超人”だけであろう。

 

「な―――何なんだ、お前!?」

 先程、幼子を突き飛ばしたちょび髭に黄色い頭巾の男が、おそるおそる翠に怒鳴り返した。

「こっちは生きるか死ぬかって瀬戸際なんだ!何をいい加減にしろってんだよ!?」

「泣いてる子供突き飛ばして!助けを求めてる女を足蹴にして!大の男が情けないんだよ!お前らの股の間に付いてるモンは飾りかってんだ!!」

 翠の啖呵に唸って押し黙ってしまった男に代わって、今度は、目つきの悪い小男が怒鳴った。

 

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「冗談じゃねえ!火事だけなら兎も角、其処らにゃ化け物がウヨウヨしてんだぞ!他人の事なんか構っていられるかよ!!」

「そうだそうだ!なんだな!」

 小男の隣にいた巨漢が、小男の言葉に相の手を入れる。

「へぇ……。じゃあ、その怪物さえどうにかなりゃあ、少しは男らしく出来るって言うんだな?」

 翠がそう言って不敵に微笑むと、ちょび髭の男が勢いを取り戻して、再び翠に怒鳴った。

「何をふざけた事言ってやがる!あんな化け物、おめえ見てぇな細ッこい女にどうにか出来る――――」

 

 男が言葉を結ぼうとした瞬間、“ドォオン!!”と言う轟音と共に土壁が突き破られ、炎で焙られた熱い砂埃の中から、黒光りする鋼鉄の鎧に身を包んだ異形の怪物が姿を現した。

 余りの事に呆然と立ち尽くす事しか出来ないでいる男の顔に、怪物の持った禍々しい柳葉刀が振り下ろされんとした刹那、怪物はガクンと身体を揺らしてその動きを止め、ゆっくりと前に頽(くずお)れた。

 男とその周囲の人々が、半ば魅入られた様に怪物の倒れた様を見つめていると、怪物の背に深々と突き刺さっている、白銀に輝く十文字の穂先を持つ槍が目に入った。翠は、ひらりと屋根から飛び降りるなり愛槍を怪物の身体から引き抜くと、“ブゥン!”と穂先を巡らせ、赤黒い血糊を払って腰だめに構えてから、周囲を睥睨(へいげい)する。

 

「あたしの名は、『天の御遣い』北郷一刀と『大徳』劉玄徳が家臣にして、蜀の五虎将が一、馬孟起!こんな怪物の百や二百、敵じゃない!!さぁ―――」

 翠は高々と名乗りを上げると、槍の柄を肩に担いでちょび髭の男を見返した。

「今度はお前にも、根性見せてもらおうか!」

 

「錦馬超…………」

 

 炎の燃え上がる音だけが支配するその静かな時間の中で、何処からか誰かが、熱に浮かされた様にぽつりとそう呟くのが聴こえた。

 男は、翠を睨み付けながら立ち上がって尻の埃を払い、まだ尻もちをついたまま呆然と事の成り行きを見ていた幼子の前まで歩いて行ってしゃがみ込むと「坊主……悪かったな。お詫びに、おっちゃんが街の外まで連れてってやるから、もう泣くな」と言って、右手を差し出した。

 翠は、幼子が怖々とその手を握り返したのを確認すると、再び周囲を見渡して声を上げた。

「さぁ、モタモタすんなよ!怪我してない奴は、女子供と怪我人に手を貸してやってくれ!怪物は、あたし達が命に代えても通さないからな!!」

 

 見違える様に順調に進み出した避難民の列の横で、銀閃を片手に周囲に気を配っていた翠の横に、翠が啖呵を切っている間、火の回りを警戒していた誠心が飛び下りて来る。

「いやはや、その名も高き錦馬超の心意気、しかと拝見仕(つかまつ)った!惚れ惚れいたしましたぞ」

 

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「止せよな、こっ恥ずかしい……。それより、どうしたんだ?」

 翠は、少し頬を染めながら、行列から目を離さずに誠心に問うた。火の回りを警戒していた筈の誠心が下に降りて来た事に対しておかしいとは感じたものの、民衆の手前、何でもない事に様に装っているのである。そしてそれは、誠心も同じ事であった。

「先程、怪物が現れた壁の向こうの通りに更に二匹、列の最後尾の左手の通りにも二匹、新手です」

 声を潜めてそう言う誠心に、翠は顔を動かさずに頷く。

「分かった。あたしは最後尾のをやる。壁の向こうのは―――任せてもいいか?」

「承知」

 翠と誠心は、会話が終わるのと同時に、疾風の如く走り出した。

 

 

 

                               四

 

 

 

 轟音と共に土埃が上がり、小造りな民家が、ダルマ落としの様に屋根だけを残して吹き飛んだ。

 それを成した張本人である恋は、方天画戟を担ぎ直して小さく息を吐いて、額の汗を拭った。汗を掻いているのは、疲れや運動の為ではなく、暑さの為である。

 火の回りを最小限に止める為に家屋を破壊するという事は、常に最も火の手が強い場所の近くを動き回らなければならないのと同義であり、流石の恋も、この暑さには少々辟易としていた。まるで、叉焼にでもなった気分だ。

 

「恋殿、大丈夫ですか?この周辺はもう心配ないようですし、少し休まれますか?」

 安全の為に少し離れていた音々音が、煤で汚れた顔に心配そうな表情を浮かべて、恋に声をかけた。恋は、“触角”をフルフルと揺らしながら首を振ると、今壊した家の庭にあった井戸の傍まで歩いて行き、縄を一息に引っ張って釣瓶(つるべ)を手繰り寄せ、頭から水を被った。

「みんな、頑張ってる……。恋だけ、休めない……」

「恋殿、流石で―――わぁ!?」

 

 主の言葉に感動して瞳を潤ませていた音々音は、自分の顔の真横を何かが高速で飛んで行った事に驚いて思わず横に飛び退き、恋を見た。恋は、投球直後のピッチャーの様な姿勢で固まっており、その手に持っていた筈の釣瓶は、何処かに消えている。

「れ、れ、れ、恋殿!?ねねは何か、恋殿の御怒りを買う様な事を言ってしまったですかぁ〜!!?」

「違う……。ねね、後ろ……」

「へっ?」

 

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 先程とは違う意味で瞳を潤ませた音々音が、恋に言われた通りに振り向くと、そこには、頭を押えながらゆっくりと起き上がろうとしている、鎧を着た怪物の姿があった。

「ねね、恋の後ろに来て……」恋はそう言って、音々音を自分の背中に回らせると、水に濡れた紅蓮の髪を艶やかに掻き揚げて、井戸に立て掛けておいた方天画戟を手にする。

「見たところ、『下級種』では無いようなのです。まさか、『中級種』でしょうか―――!?」

 背後から聞こえる音々音のその問いに、恋は視線を逸らさず、小さく首を振った。

「違う……そんなに、強くない。でも……」

「でも?」

「凄く、嫌な感じ……」

「嫌な感じ、ですか?」

「うん。何だか……泣いてる……みたい」

「泣いてる?」

 音々音が恋の言葉に首を傾げた瞬間、今まで起き上がった場所で様子を怪物が、恐ろしい唸り声を上げながら、柳葉刀を振り上げて突進して来た。

 

 恋は、背中の音々音を守る為に避ける事はせず、方天画戟の柄を横にして、怪物の柳葉刀を受け止めた。と、同時に、恋の踝から下が、くぐもった音と共に地面にめり込む。恋はそれには動じず、戟の柄を捻って怪物の刃の軌道をずらしながら、石突で怪物の側頭部を強(したた)かに打ち抜いて吹き飛ばした。

 それを見た音々音が、恋の名を呼びながら駆け寄ろうとすると、恋は「まだ……」と言って、片手で音々音を制した。

 音々音が、怪訝な顔で吹き飛ばされた怪物を見ると、驚いた事に、怪物は膝を震わせながら、尚も柳葉刀を支えに立ち上がろうとしているではないか。

 

「なんと……」

 音々音は、驚きを顔の浮かべて、怪物を見つめた。当然だ。いくら刃の無い石突の部分でも、恋が“仕留める”つもりで振るった一撃が直撃したのであれば、人間は元より、それが罵苦であろうと、首から上が吹き飛んでいても不思議ではない筈である。

「ふっ!!」

 恋が、怪物が完全に立ち上がったのと同時に疾駆して、短く持った方天画戟の刃と共にその脇をすり抜け、一呼吸置いてから振り返ると、“ズルリ”と言う不気味な音と共に、怪物の“上半身”が、地面に崩れ落ちた。残された下半身も、フラフラと数歩進んでから、自分の上半身に蹴躓(けつまず)いて倒れ伏し、そのまま動かなくなった。

 

「もう、いいよ……」

 音々音は、恋のその言葉を聞いて傍に駆け寄った。

「流石は恋殿!少し手強い敵でしたが、やはり楽勝でしたの〜!」

 

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「うん……でも……」

「でも、何ですか?―――あっ!!」

 音々音が恋の言葉をオウム返しにしながらその視線を追うと、そこには、赤い血糊でベットリと汚れた方天画戟の刃があった。

「やっぱり、嫌な感じ…………」

 恋はそう呟いて、陽炎で揺らめく大鐘楼を見遣った―――。

 

 

 

                               伍

 

 

 

「こんのぉお―――!!」

 蒲公英は、裂帛の気合を放って影閃を横薙ぎに振り抜き、天牛蟲が一歩後退したのを目の端で確認すると、自分も同時に後ろに跳んで、間合いを切った。今のところ、中々上手く死合いを運べている。

 相手が自分の間合いに入る事は許していないし、無理に攻め込んで、決定打をもらう様な下手も打っていない。しかし―――。

「ホホゥ。上手ク間合イヲ切ルデハナイカ――」などと言って嗤う、この異形の敵の余裕が、どうしても気に入らなかった。元より勝つつもりなど毛頭ない蒲公英が決して危険を冒さないのと同じ様に、この敵も、決してこちらに隙を作らせる為の呼び水となる様な攻撃をしてきていない。

 だからと言って、今までの攻撃が天牛蟲の限界だなどとは、蒲公英の考えてはいなかった。天牛蟲の頑強な身体ならば、蒲公英の攻撃を受け切って、無理矢理に間合いを詰める事など容易い筈なのだ。更に、事前に恋から教えられた“引き付けられる様な”感覚も感じていないから、『吸収』されている様な事もない。それら全ての要因を考えに入れて導き出される結論は、唯一つ。

 

「アンタ、遊んでるでしょ?」蒲公英は、ぽつりと言った。

「馬鹿ヲ言エ。私ハ任務遂行ノ真ッ最中ダゾ?遊ンデナドイルモノカ。私ハナ―――」

 天牛蟲はそこで言葉を切ると、蒲公英を歓迎するかの様に両手を広げ、心底嬉しそうに大顎を震わせた。

「自分ノ仕事ヲ“愉シンデ”イルノダヨ」

 蒲公英はその言葉を聞いて、ブルっと武者震いを一つすると、険しい眼で天牛蟲を睨みつけた。

「アンタ、ホントにムカつく……!」

「オヤ、気ニ障ッタカナ?ソレハ済マナイ。何分、諸君等ノヨウナ人間トハ、アマリコウシテ話ス機会モ無イノデナ……。マァ、私ノ相手ガ気ニ食ワナイと言ノデアレバ、致シ方ナイ。代ワリニ、“コイツ等”ニオ相手ヲ務メテモラウトシヨウ―――」

 天牛蟲がそう言って大顎を震わせ、“ギチギチ”という鳴き声を上げると、屋根から、鎧を着込んだ怪物たちが、蒲公英目がけて飛び下りて来た。

 

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「くうっ―――!」

 蒲公英は振り向く事なく、地面に落ちた影の位置から強襲者の着地点を咄嗟に予測して、思い切り横に跳び退いた。その“振り向かない”と言う一瞬の判断が功を奏して、怪物たちの柳葉刀は、蒲公英の身体が一瞬前まで存在していた空間で交錯し、鈍い金属音を響かせただけであった。

 

「ホホゥ……。コノ“仕掛ケ”ヲ切リ抜ケタカ!驚イタゾ、馬岱!」

 蒲公英は、天牛蟲と怪物たちが全て視界に入る場所まで転がってから体勢を立て直すと、天牛蟲の言葉に小さく笑って答えた。

「悪いけど、“この手の”やり方は、たんぽぽも少し自信あるんだな、これが」

「ホホゥ。気ガ合ウナ、馬岱。私ニ与エラレタ任務ガ敵ノ殲滅デアレバ、必ズヤコノ手デ決着ヲツケテクレルモノヲ―――。実ニ惜シイ」

 天牛蟲が首を振りながらそう言って再びギチギチと鳴くと、それと同時に、五体の怪物が蒲公英めがけて一斉に飛びかかった。

 

 

 

                           六

 

 

 

「頑張れ、坊主。もうちょっとで街の外だからな!」ちょび髭の男は、足を縺れさせながら必死に自分の手にしがみ付いている幼子にそう叫んだ。街の入り口が近づいて来た事もあり、火の手も大分遠ざかって来てはいるが、まだ此処が怪物のうろつく危険地帯である事に変わりはない。

 最も、街の外に出たからといって、そこが安全とは限らないが、大勢の人間が犇めき合っいながら移動しているこの状態では、幼子の親を探してやる事も出来ない。男が幼子の体力が限界に近い事を見てとり、太ももの裏に手を回して抱え上げると、行列の前方で悲鳴が上がった。

 

「なんだ!?」

 男が慌てて前方を見ると、今まで比較的整然と進んでいた行列が再び乱れた先で、行列を背にした二人の兵士と、あの鎧を着た怪物が、剣戟を響かせて立ち回っていた。兵士たちも善戦しているが、民衆を背にしながら形振(なりふ)り構わずの怪物と戦うのは、如何せん部が悪い。傍目から見ても、じりじりと押されているのが分かる。

 とうとう、片方の兵士が、怪物の鋼鉄の篭手で受け止められた剣ごと、民家の戸口を突き破って吹き飛ばされた。もう片方の兵士も、相方の吹き飛ばされた方向に気を向けた一瞬の隙を突かれ、怪物の腕に薙ぎ払われて、強かに身体を地面に打ちつけられてぐったりとしてしまった。

 

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 怪物が、地面に転がっている兵士に向かって、ゆっくりと柳葉刀を振り上げ、周囲から悲鳴が上がった瞬間、猛々しい馬の嘶(いなな)きが、宿場街に響き渡った。

 

 思わずその嘶きが聞こえた方に目を遣った人々は、迫りくる死の恐怖も忘れて、唯々呆然と、その存在に魅入られてしまっていた。

 一見すれば馬なのだが、馬と言うにはあまりに美し過ぎる。

 身体は、新雪よりも尚白い純白。

 嵐の如く荒ぶる鬣は、先程まで自分たちを襲っていた炎よりも尚鮮やかな真紅。

 頭頂に生えた一対の枝角は、稲妻の如き金。

 ―――それは、人々が思い描く、『神の遣い』の姿そのものであった。

 

 男は、馬の横腹の辺りに鋭く輝いている物があるのを見て取り、それが剣である事を認識して初めて、角の生えた白馬に人が乗っている事に気が付いた。

 怪物が馬蹄の響きを耳にして振り向いたのと、白馬がその横をすり抜け、大地から放たれた雷の如く空中に舞い上がったのとは、ほぼ同時であった。

「何だったんだ、ありゃあ―――」

 男が、屋根の上を駆け抜けて往く白馬を呆然として見送っていると、腕に抱かれていた幼子が、ぽつりと呟いた。

 

「やまのかみさま―――」

「うん?なんだって?」

「“山の神さま”だよ。おっちゃん、知らないの?」

 幼子は、怪訝な顔で問い返した男を確信に満ちた瞳で見返してそう言った。男がポカンとした顔で幼子の顔を見つめていると、背後で、重い物が落ちるような、鈍い音が聞こえた。

 男がその音で怪物の存在を思い出し、慌てて振り返ると、果たして、怪物は未だ先程と同じ姿勢で立ち尽くしていた。唯一つ、その首から上が消失していた事を除いて。

「『山の神様』か―――。そうかも知れねえな……」男はそう言って髭をポリポリと掻くと、白馬の駆け去った大鐘楼の方角を、遠い眼をして見遣ったのだった―――。

 

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                                   七

 

 

 

 蒲公英は、横薙ぎに襲いかかる柳葉刀を、影閃を背中に沿わせながらしゃがんで躱し、勢いを付けて反転しながら、怪物の胴めがけて鋭い突きを繰り出した。しかし、影閃の穂先が怪物の鎧に届く直前、横からもう一振りの柳葉刀が振り下ろされ、影閃を地面に押しつける。

「このっ!邪魔しないでよ!!」蒲公英はそう言って左手を放して半身を逸らし、柄を握り込んだままの右手をするりと滑らせて石突の辺りまで下げると、身体の回転を加えて、柳葉刀の下から影閃を勢いよく引き抜いた。

「何なのよ、こいつら……」間合いを切った蒲公英は、そう呟いて怪物たちを睨みつけた。

 怪物たちの個々の戦闘能力はそれ程の脅威ではないのだが、まるで歴戦の戦友同士が連携して戦う時の様に阿吽の呼吸で互いを援護し合い、蒲公英の攻撃を悉(ことごと)く相殺していたのである。しかも、それが三体もいるのだから始末が悪い。

 

「ドウダ、馬岱。ソ奴等ノ連携ノ腕前ハ?」

 今まで遠巻きに蒲公英と怪物の戦いを見ていた天牛蟲が、不意に蒲公英に向かって話しかけた。

「ソ奴等ハナ、今回連レテ来タ者ノ中デモ一等“出来ノ良イ”ノダ。中々ノモノダロウ?」

「冗談じゃないよ!そういうのは、蒲公英より強い人達の所にやっといてよね!」

 蒲公英は冗談めかした口調でそう言いながら、交互にさりげなく腕を振った。蒲公英の身体は、長時間槍を振り続けている事で、既に乳酸漬けの状態だったのである。正直なところ、影閃の穂先をしっかりと固定しているのも億劫な程だ。

 

「マァ、ソウ言ウナ。折角ノ機会ダ、愉シンデ欲シイノダガナ。トハ言エ―――」天牛蟲は嗤いながらそう言うと、組んでいた腕を解いて、右手を掲げた。すると、天空に向けられた掌の上の空間が波打つ様に歪み、そこから禍々しいうねりを帯びた、漆黒の直槍が出現した。

「アマリ、貴公ニバカリ構ッテイテハ、任務ニ差シ障ル。コノ辺リデ、決メサセテモラウゾ―――!」

 天牛蟲は、出現した槍を掴んでグルリと回して逆手に持ち、上体を大きく逸らした。明らかに投擲の構えである。蒲公英はそれを分かっていながら、動く事が出来ずにいた。

 直線的に前後に動くのでは、天牛蟲の剛腕から放たれる槍から逃れる事は出来ない。後ろに跳んでも、槍を放つ直前にほんの少し角度を変えれば修正する事が出来るし、蒲公英が天牛蟲に突進して間を詰めるには、距離が離れ過ぎている。動くのならば、完璧に研ぎ澄ましたタイミングで、左右に跳躍するしかない。しかし、その左右両翼には、鉄壁の連携を誇る怪物どもが、手薬煉(てぐすね)をひいて待ち構えているのだ。

 

「(ほらぁ〜。言わんこっちゃないよ〜。やっぱり貧乏クジだったなぁ―――)」蒲公英は、口の中でそう呟くと、一際頭を低くして上体を屈め、腰を深く落として両脚に力を込めた。かくなる上は駄目で元々、天牛蟲が槍を放つ瞬間に間を詰めて肉薄し、こちらも乾坤一擲の投擲を横手投げの体勢で放つ事位しか、活路はない。

 最も、その“活路”とて、天牛蟲の槍の軌道を紙一重で見切り、左右から迎撃して来るであろう怪物たちの柳葉刀を躱し切って初めてその端が見える、と言う程度のものではあったが。

 

-13ページ-

 

「“伏せろ”、蒲公英!!」 

 天牛蟲が一際その身体を引き絞り、蒲公英が両脚に込めた力を解き放とうとしたその時、頭上から、先刻聴いた不可思議な馬蹄の響きと共に、懐かしい声が聞こえた。次の瞬間、槍を持った天牛蟲の手に、乾いた音を伴った何かが炸裂し、半ばその手から放たれていた槍は、咄嗟に身を伏せた蒲公英の頭上を、明後日の方角に向かって突き抜けて行った。

 乾いた音は続け様に轟き、蒲公英に襲いかかろうとしていた怪物たちの鎧に火花を散らして炸裂してそれを押し止める。蒲公英が、少々混乱して顔を上げると、突如としてその身体がふわりと宙に浮いた。

 

 

 

                                八

 

 

 

「え―――!?」

 次の瞬間、蒲公英は背中に温もりを感じながら、風の様な速度で疾走していた。

「よぅ、たんぽぽ。よく踏ん張ってくれたな……」一刀はそう言いながら、ワルサーを仕舞った右手で、昔と同じ様に、優しく蒲公英の頭を撫でた。

「ご主人様―――だよね?夢じゃ……ないよね!!?」蒲公英は、振り返り様に一刀の首に両腕を回してその胸に顔を埋め、その懐かしい匂いを胸一杯に吸い込んだ。

「当たり前だろ。さっきも逢ったじゃないか。それよか、たんぽぽ……」

「なぁに?」

「“これ”怖いんだけどな……」一刀はそう言って、自分の顔の横に突き出されている影閃の穂先を指差した。

「あ。ごめんね!」蒲公英は慌ててそう言うと、影閃を握り締めたままの右手を、一刀の首から離した。

「えへへ。長い時間握ってたから、指、開かなくなっちゃった♪」

「たんぽぽ……」

「どしたの?ご主人さ―――!?」

 一刀は、先程までの壮絶な修羅場での出来事を、いつもの様に冗談めかした口調で言って微笑んだ蒲公英を片腕で抱きしめ、その唇を塞いだ。

 理屈ではなく、このいじらしい少女にそうしたくて堪らなくなったのだ。

 唇を離すと、蒲公英は、ほにゃっとした顔で、一刀に微笑んだ。

「ご主人様〜。これ、たんぽぽが頑張ったから、“ごほうび”?」

「え!?あぁ、いや―――まぁ、そんなとこだ」一刀は、頬を掻きながらそっぽを向いてそう言うと、白馬の後頭部に向かって、「ここで止めてくれ」と言った。すると驚いた事に、白馬は緩やかに速度を落とし、ピタリとその場に停止する。

 

-14ページ-

 

「すっご〜い!!この馬(こ)ご主人様の言葉が解るの!?」一刀は、そう言って無邪気に驚く蒲公英の後頭部を、優しく撫でた。

「まぁ、な。詳しくはあとで話すよ。それより、降りな、たんぽぽ。此処ならもう安全だから」

「やだ!!」

「え?」

 一刀は、自分の言葉に即答して頬を膨らませる蒲公英を驚きの眼差しで見つめた。サイドポニーに結えた芦色の髪は、炎に中てられていたせいですっかり艶が無くなってしまっているし、罵苦たちとの激闘で所々服は破れ、その下からは、薄く血が滲んでいる。

 何より、指が開けなくなる程の時間武器を握り続けていたと言うのであれば、その体力は既に限界を超えている筈だ。

「駄目だ、たんぽぽ。そんな身体で、これ以上戦える訳ないじゃないか―――」一刀がそう言って、右の掌を蒲公英の頬に沿えると、蒲公英は一瞬だけそれに左手で触れてから、そのまま左手を頭の後ろに回した。一刀が黙って見ていると、蒲公英は左手だけで器用に愛用の鉢巻を外し、それを自分の右手に、握ったままの影閃ごと、きつく引き絞る様に巻いてゆく。

 

 蒲公英は、口と左手を使って器用に鉢巻を結び終えると、真剣な眼差しで一刀を見返した。

「ご主人様。たんぽぽだって、蜀漢の将なんだよ?ご主人様が戦いに往くって言ってるのに、自分だけ逃げだすなんて出来る訳ないじゃん!それに―――」

「それに?」

「約束したでしょ?ご主人様。『ご主人様の事はたんぽぽが守ってあげる』って」

「ああ―――」

 一刀は蒲公英のその言葉で、自分にとってはもう遥か昔の出来事を、鮮明な映像と共に思い出した。あれは確か、魏延こと焔?に追いかけられ、出会った連中の悉くに仲裁を断られて右往左往していた時の事だった。城の庭で追い詰められ、最早これまでと思った瞬間、何処からか現れた蒲公英が焔耶と一刀の間に割って入り、振り向いて微笑みながらそんな事を言ったのだ。

 あの時は蒲公英に『少し情けない位の方が良い』と言う様な事を言われて、もっと鍛錬をしようと心に誓ったものであった。

 

「たんぽぽ。お前、そんな事、よく覚えてたな……」一刀はそう言って、目の前でニコニコと笑っている少女を見た。

 あれは言ってみれば、当時の成都城では大して珍しくもない、ちょっとした日常の一コマに過ぎない出来事だった筈だ。現に、十三年もの間、毎日彼女達との思い出を反芻して来た一刀でさえ、蒲公英本人に言われて漸く思い出した、と言う程のものだったのだから。

「ヒドイなぁ、ご主人様。たんぽぽ、あれでも勇気だして告白したつもりだったのに……」蒲公英はそう言って、栗鼠の様に頬を膨らませた。

 

-15ページ-

 

「告白?……そっか」

 一刀は面食らいながらも、蒲公英と初めて結ばれた時の事を思い出した。半ば(と言うか完全に)蒲公英に騙された形で身体の自由を奪われた一刀が、『どうしてこんな事をしたのか』と訊いた時、蒲公英は、『ご主人様の事が好きだから』と、事もなげに答えたのだ。そして、心底以外そうに『気付いてなかったの?』とも。

 あの時蒲公英は、腕を組んだり頬に口づけたりした事を引き合いに出していたが、それとて、『既に自分の思いは伝えてある』と言う事を前提にした上でのアプロ―チのつもりだったのだろう。

 一刀にとっては何と言う事は無い日常の一コマ。だが蒲公英にとっては、一刀に初めて思いを伝えた、大切な思い出であるに違いなかった。一刀は、「(やっぱり俺は鈍感だな)」と声に出さずに自嘲すると、蒲公英の頬に当てていた手を滑らせて、肩に置いた。

 

「分かった。また俺に力を貸してくれ、たんぽぽ」

 それを聞いた蒲公英は目を輝かせて答える。

「もちろんだよ、ご主人様!」

「ああ。ただし―――あの虫みたいな奴は、俺がやる。あいつは『中級種』だ。それも、かなり強い。さっきは『吸収』の力を使ってなかったみたいだけど、体力の落ちている今のたんぽぽにそれを使われたら危険だからな?」

 蒲公英は僅かに不満そうにしながらも、一刀の言葉に小さく頷いた。

「分かったよ。恋でもフラフラにしちゃう位なんだもんね、その『吸収』ってやつ。たんぽぽも、ご主人様に心配かけたくないし―――でも、他のやつらはたんぽぽに任せて!あいつらの戦い方はもう“覚えた”から。あの虫モドキの邪魔さえなければ、次は絶対負けないよ!」

 

「よし、頼んだぞ、たんぽぽ!」

 一刀は、蒲公英の言葉を心強く思いながらそう言って、彼女を抱き上げて自分の後ろに回らせた。

「えへへ。また抱っこしてもらっちゃった♪」蒲公英は、照れ臭そうにそう呟いて、左手をしっかりと一刀の胴に回す。

 一刀も何となく気恥しかったのでそれには答えず、心中で白馬に大鐘楼に戻る様に頼んだ。白馬は、どこか愉快そうに短く嘶くと、瞬く間に速度を上げて、再び疾風となる。

「(不思議な娘だな、たんぽぽは……)」

 一刀は、背中に蒲公英の温もりを感じながら、改めてそう思った。これから死地に、それも、決して合い入れる事のない敵の待つ死地に赴くと言うのに、背中に彼女の微笑みがあると言うだけで微塵の恐怖も感じない。あるのは、揺らぐ事のない信頼と、勝利への意思だけだ。

 一刀は、白馬の鬣を握る手に僅かに力を込めると、再び近づいて来た大鐘楼を、静かに睨みつけるのだった―――。

 

-16ページ-

 

 

 

                              あとがき

 

 

 

 さて、今回のお話、如何でしたか?

 本当は、十ページまでで天牛蟲との決着まで終わらせるつもりだったんですけど、それぞれのキャラのシーンが少し長くなってしまったのと、書いている内に、蒲公英が思いのほか動いてくれたのとで、天牛蟲と一刀との戦いまでで、1.5割増し(当社比)のボリュームになってしまいましたwww

 

 本来、今回の蒲公英の役回りは翠に頼もうと思っていたのですが、このお話を描き始めた直後に、本家無双シリーズの最新作に於いて、『馬岱がプレイヤーキャラに昇格!』のニュースを耳にし、なら、今回のヒロインは蒲公英しか居ない!蒲公英祭りじゃーーー!!と言う深夜テンションで蒲公英をメインに書き始め、現在に至ります。後悔はしていませんwww

 蒲公英の可愛らしさを上手く書けていたら良いんですが……。感想をお待ちしています!

 

 今回は残念ながら脇役に回してしまった翠にも、見せ場を作りました。翠のカッコよさを、少しでも出せていれば良いな、と思います。

 余談ですが、翠を書く為にゲームのEPをやり直していて、翠の口調は“乱暴な様でいて意外と丁寧”だと気付きました。

 例えば「〜じゃねえか」とは言わず「〜じゃないか」とか。細かい例外はある様ですが、それはあくまで例外である事を考えると、『実はお姫様』と言う翠のキャラクター演出なのだろうか?とか考えられて、面白かったです。あと、さりげなくあの御三方を登場させてみました。まぁ、たまには少し良い役当ててあげたいなぁ、とwww

それから、今回の舞台となった宿場街のイメージはアトラスのPS2用ゲーム『デビルサマナー葛葉ライドウ対アバドン王』に出てくる温泉街をイメージしています。ご存知ない方はOPムービーなどが動画サイトにあると思うので、ご興味があれば、是非見てみて下さい。

 

 次回はいよいよ、天牛蟲と一刀の戦いと、罵苦軍勢の新戦力の詳細が明かされますので、お楽しみに!!

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 

 

 

 

説明
投稿二十三作目です。
今回は、翠と蒲公英のコンビのお話ですが、悩みに悩んだ結果、蒲公英をメインにする事にしました。
詳細はタグとあとがきで。
では、どうぞ!!
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コメント
namenekoさん そうですwイメージしやすいモブさんて、書いてて出しやすいなぁ、と改めて思いましたwww(YTA)
黄巾のおっちゃん再登場?(VVV計画の被験者)
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