真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版21
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第二十一章〜還らぬ日々〜 

 

 

 

  「敵兵達が撤退していくぞ!!」

  城内にて冥琳と共に王宮までの道を死守していた親衛隊の一人がそう叫ぶ。

 先程まで絶え間なく攻撃を仕掛けていた敵兵達は何かを感じ取ったか、その場を引き上げ、その姿を眩ました。

 これは街の中にいた敵兵達もまた例外では無かった。敵軍の撤退、呉の兵士達は自分達の国を取り戻す事が

 出来た事に歓喜した。だが、冥琳はそれがまた別の意味を持っている事をすぐさまに理解した。

  「・・・やったのか」

  一人ぼそっと呟く冥琳。そこに親衛隊の兵一人が近づく。

  「周喩様、我々はこれより周囲に敵が潜んでいないか、確認して参ります」

  「ああ、頼むぞ」

  「御意。では失礼します」

  冥琳に一礼すると、兵士は他の者達と共にその場を離れていくと、そこには一人、冥琳のみが佇む。

  「・・・・・・祭、どの・・・」

  彼女の目から一筋の涙が頬を伝わった。

 

  そして王宮内・・・、祭の血にその身を濡らし立ち尽くす朱染めの剣士であったが、祭の消滅に伴い、

 その血も「血」という文字に姿を変え、跡形もなく消滅した。そして南海覇王を鞘に収めると、近くに

 落ちていたもう一つの南海覇王を拾い上げた。

  「姉様、気をしっかりして下さい!」

  祭によって腹部に重傷を負った雪蓮は顔を青ざめ、蓮華に抱きかかえられていた。姉の身を案じる蓮華の姿を

 見て、朱染めの剣士は南海覇王を手に握ったまま二人の傍まで来ると、片膝をつき、蓮華に雪蓮を横に寝かせる

 様に促した。

  「どうするつもりなの・・・?」

  蓮華は不安気に彼を見上げる。すると、朱染めの剣士は雪蓮の腹部に刺さっていた小刀を引き抜く。

  「ぐっ・・・!?」

  いきなり小刀を引き抜かれたせいで雪蓮は顔を歪める。小刀を抜いたせいで、そこからまた血が湧き出てくる。

 そんな事に構う事も無く、朱染めの剣士は傷口に右手を添えた。

  「・・・・・・・・・」

  瞼を閉じ、意識を集中する。すると、手の隙間から青白い光が零れてくる。それはとても温かく安らぎの与える、

 そんな優しい光だ。

  「ぅ、うう・・・」

  「姉様!」

  先程まで蒼白であった雪蓮の肌にいつもの褐色が戻ってくる。手の隙間から光が消え、彼が手を離すと、

 腹部の傷口が完全に塞がっていた。

  「傷が・・・!良かった・・・」

  目の前で起きた現象に蓮華は目を驚きながらも、姉の無事に安著する。朱染めの剣士は雪蓮の横に彼女の

 南海覇王を置くと、二人の元から何も言わず離れていく。

  「・・・待って!」

  蓮華の声に朱染めの剣士は足を止め、後ろを振り向く。そこには彼と対峙する様に立つ蓮華がいた。

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  「・・・そうだったか。お主達には随分と迷惑を掛けてしまったようだな」

  愛紗から事情を聞いた星は頭を抱えながらそう答える。先の戦闘で被害の無かった家の中・・・、助け出す

 事は出来たが、衰弱していたために星をこの家で休ませていた。

  「気に病む事はない。それよりも、恋と音々を連れ、雪蓮殿達の元に向かっていたはずのお前が何故に

  あのような恰好で?」

  「・・・私は恋と音々達を途中で拾った後、孫策殿達の元へと急いでいた・・・。その道中で、得体の知れ

  ない物に阻まれた」

  「得体の知れないもの・・・?」

  星の説明の中で気になる単語を尋ねる愛紗。

  「上手く言えないが・・・、まるで全身黒の、蛸のような・・・ものとでも言うのだろうか?」

  「黒い蛸・・・」

  そう言われ、愛紗は一つ思い当たる事があった。先の戦闘で、星の体から引き剥がされ、光の中へと

 消えていった影だ。

  「兎に角、私達はそれに襲われた。そしてそこに新たに現れたのが・・・、女渦と名乗る、男だった」

  「何だとっ!?星、お前はあの男に出くわしたと言うのか!」

  星から女渦という名前を聞くや否や、愛紗は思わず大声となり、星は思わず耳を塞ぐ。

  「・・・愛紗、あまり大声を出すな。体に響く」

  「す、すまん・・・」

  星に言われ、愛紗はしゅんとする。

  「しかし、・・・そうか。お前のその反応からして、お前達もあの男に出くわしたのだな?」

  「あぁ・・・、奴のせいで成都が滅茶苦茶になってしまった」

  「・・・そうだったか。でだ、先程言った蛸らしき物、どうやら女渦のものであったようで、奴はそれを

  探しに来ていたのだそうで、そこで私達に遭遇したようだ。その後、色々と悶着があって、恋は消され、

  私も奴と戦ったが、私も恋と同様に・・・」

  「音々はどうした?」

  「あやつには兵達を引き連れ、先を急がした・・・が」

  星は話を止める。音々の事を聞くと言う事は、音々達は雪蓮の元へと辿り着けなかったのか、とそう解釈した。

 そして星の解釈は正しかった。愛紗から兵士達その後の顛末を聞くと、悔しそうな顔をする。

  「結局、我等はたった一人の男に全滅させられた・・・、と言う事か」

  そう言うと、星はぎゅっと布団の布を握り締める。

  「だが、音々の遺体だけは見つからなかったようだ。・・・となれば、もしかするとあ奴もお前や恋同様

  に奴の元に・・・とも考えられるが、そう言えば女渦に捕まった後、お前達は何をされたのだ?」

  「・・・・・・・・・」

  愛紗の問いに、星は彼女からそっぽ向き、黙ってしまう。

  「星・・・?」

  急に黙ってしまった星に声を掛ける愛紗。そして星は軽くため息をつく。

  「・・・いや、まぁ・・・何だ。あんな事やこんな事、更には人に言えぬ様な事に、他の事など気にする事も

  無く、我を忘れて欲に従うままに貪り尽くし・・・」

  「星、それはいつもの冗談なのだろうな?」

  それ以上言わせまいと愛紗は星の話を遮った。話を遮られた星は、くすりと隣の愛紗を見た。

  「さて、な・・・。信じる信じないはお主の勝手さ」

  「・・・はぁ」

  曖昧な答えを返す星の態度に、愛紗は溜息をもらす。とはいえ、内心はいつもの星に戻っている事に安心して

 いたりするもするが、それは決して口にはしない。

  「・・・まぁ、何があったかは割愛するが、お前があれであったなら、恋達も同様に今後敵として立ち塞がる

  かもしれん・・・。音々の方はともかく、恋が相手となると・・・少々厄介だな」

  顎に手を当てながら唸る愛紗。そこに紫苑が新しい水を持って、家の中へと入って来た。

  「愛紗ちゃん、星ちゃんの具合は・・・あら、もうお気づきになったのかしら?」

  「紫苑、・・・すまぬ。私が不甲斐無いせいで、お主に危害を加えてしまった」

  そう言われ、紫苑は自分の腕を見る。星によって負った傷はすでに治療を終え、包帯で巻かれていた。

  「事情は私も理解しているわ・・・。あなたのせいでは無いなら、あなたが頭を下げる必要は何一つ無いわ」

  「紫苑・・・」

  「それよりも、あなたが生きて私達の所に戻って来た。私はそれが一番嬉しいわ♪」

  星に微笑みながら、紫苑はそう答えるのであった。

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  一方、城から街に戻って来た雪蓮達、だが肝心の雪蓮は傷が治ったにも関わらず、眠ったままであったため、

 担架に乗せられ、兵士達に運ばれていた。

  「雪蓮姉様・・・!」

  担架で運ばれる雪蓮を見つけるや否や、彼女の元へと駆け付ける小蓮。

  「ねぇ、雪蓮姉様・・・大丈夫なの?」

  小蓮は蓮華に不安気に尋ねる。

  「大丈夫よ、傷はすでに塞がっているから・・・。ただ少し休ませる必要があるの」

  蓮華は妹に心配かけさせまいと説明すると、小蓮は安著の表情を浮かべる。

  「そっか、・・・良かった」

  そう言って、蓮華と一緒に雪蓮を見送る。雪蓮は星が休んでいる家の中へと運ばれていった。

  「蓮華様、祭殿は・・・」

  蓮華達の後ろに思春が現れ、蓮華に何かを尋ねようとした。

  「・・・・・・・・・」

  「・・・そうですか」

  だが、気まずそうな顔で黙りこむ彼女の様子から、思春はそれがどういう事かを理解した。

  「・・・致し方の無い事だった。ただそれだけの事・・・でも、本当にそうするしか術がなかったのか。

  他にもまた違う方法があったかもしれない・・・のに。私は・・・、ただ彼のする事を・・・」

  「蓮華様・・・」

  両腕を組みながら、腕を力の限り握り締める蓮華に、思春は何か声を掛けようとするが、何も思い浮かばない。

 それが歯痒く、もどかしく思う。そしてそれは他の呉の将達も同様であった・・・。そんな蓮華であったが、

 組んでいた両腕を外す。

  「冥琳、悪いのだけれど姉様と後の事を任せて良いかしら?」

  そして突然、冥琳に話しかける。急に態度が変わり、さすがの冥琳もすぐに対応が出来なかった。

  「え・・・、はぁ・・・それは構いませんが・・・、蓮華様、どちらへか?」

  「えぇ、・・・母様の所に。今回の事を、報告しておこうと思って・・・」

  「では、私も御同行を・・・!」

  一人で行かせるのは危険だと思い、自分も同行する事を進言する思春。

  「いいえ、その必要はないわ。思春、あなたは冥琳の指示に従って頂戴」

  だが、蓮華はそれを拒んだ。

  「・・・承知しました」

  口ではそう言ったが、何処か納得のいかない顔をする思春。蓮華もそれは分かってはいたが、どうしても一人で

 行きたかったのだ。

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 ―――・・・君、達のお母さんが、眠る所、で待っている。・・・聞き、たいのなら、そこに・・・

 

  蓮華が口を開こうとする前に、先に言う事を伝えた朱染めの剣士。彼女がこれから言おうとした事を知って

 いたかのように。それを言うとすぐに姿を消す。今度は蓮華の静止を聞かずに・・・。

 

  蓮華は一人、母親と祭が眠る場所へと向かう。先程、冥琳達に言った事はその場をごまかすための口実。

 本当の目的は、そこで待っている彼に会いに行くためだ。彼に会いに行くと言うのなら、思春達も連れて来ても、

 問題は無かっただろう。だが、蓮華はそうしなかった。彼女自身、上手く言葉で説明出来なかったが、それは彼の

 ためにならない、根拠は無かったが、そう思ったのだった。

  建業から少し離れた森の中、奥へと続く小道を歩いて行くと、見晴らしの良い場所へと出る。さほど高くない崖、

 その下は山から地下を通って崖の隙間から出て来た湧水によって出来た、底まで透き通った水の溜まり場ができ、

 そこからまた複数の小川へと繋がっていた。二人の墓はこの上の蓮華がいる崖の手前に立っているのであった。

  「・・・ぁ」

  そこには先客がいた。自分達の母親と祭の墓前で片膝をつき、合掌する彼がいた。墓前には何処からか採って

 来たのだろう、白い百合の花束が飾られていた。

  「・・・・・・・・・」

  蓮華は彼の後ろ姿を、その寂しい背中を、ただ黙って見ていた。

  「・・・この外史は、俺のいた、外史と違う物語、を綴って来たみ、たいだ・・・」

  「え・・・?」

  蓮華がそこにいるのに気付いたのか、彼女に背中を向けたまま朱染めの剣士は一人語り出した。

  「俺が・・・いた、外史は・・・、祭さんは死ん、でいなかった、代わり、に雪蓮と、冥琳、が死んでいた」

  「・・・・・・!」

  彼の口から放たれた衝撃の告白に蓮華は驚愕するが、朱染めの剣士は語り続ける。

  「・・・短い、のもいいが・・・、やっ、ぱり長い、髪も・・・いい」

  「・・・っ!」

  そう言いつつ、朱染めの剣士は右目で髪の長い蓮華を見る。剣士に見つめられ、蓮華は頬が赤くなる。

 蓮華は照れ臭さから自分の髪を撫て、気持ちを誤魔化そうとする。朱染めの剣士はゆっくりと立ち上がる。

  「・・・俺の、事は・・・干吉から、大方は聞い、てはいるのだろう?」

  「えぇ、でも肝心な事はまだ・・・。それはあなたから聞けと言われたわ」

  「・・・そうか」

  「・・・私も、薄々は気が付き始めている。あなたの外史、女渦との関係、あなたが何のために戦うのか・・・。

  でも、私はあなた自身からそれを聞きたい・・・」

  「・・・どうし、て?」

  「・・・分からない。どうしてそんな事を聞きたいのか、自分でも分からない。ここに、一人で来たのか

  さえも・・・」

  「思春・・・辺りを、連れてく、れば良かった、のに・・・な」

  「そうね。でも、そうしなかった・・・」

  「・・・・・・・・・」

  「・・・・・・・・・」

  二人は黙り、沈黙が流れる。

  「・・・聞い、た所で、君にとって何一つためになら、ない・・・」

  「そうだとしても・・・」

  そこまで言って、またしても口が止まり、また沈黙が流れる。この流れの無い会話・・・、だが蓮華は

 どう言えばいいのかが分からず、一方で朱染めの剣士は、彼女の言いたい事が手に取るように分かっていた。

  「おかしな事ね」

  「・・・?」

  「私はあなたに何を言えば良いのか、分からないというのに。あなたは私が言おうとする事が自分の事の

  様に分かっている」

  そう言って、蓮華は彼の方を見る。朱染めの剣士は黙っている。そして何か意を決したように、口を開いた。

  「・・・・・・俺が、発端として、開いた外史。俺が、その外、史に降りて、最初に出会っ、たのは・・・

  雪蓮、達だった」

  蓮華は驚かなかった。ああ、やっぱりと一人で納得していた。

  「雪蓮は・・・、俺を天の、遣いとして呉に・・・、俺の血を、入れる。それを条、件に俺は彼女達の、元で

  共に、生きていた・・・」

  「あなたの血を入れる・・・、姉様ならやりそうなことね」

  「だが、雪蓮は天下、を統べるという、志を半ばに、毒矢を受けて、死んでしまっ、た・・・。

  俺が・・・側にいた、のに、俺の目の前で・・・だ」

  「・・・・・・・・・」

  今度は黙って聞く蓮華。

  「彼女の死後・・・、後を継いだのが、蓮華だった・・・。・・・俺は、彼女の側で必死に、支えた。

  それが、彼女の、ためになり、自分のため、になり、そして、雪蓮の想い、を継ぐ事になると・・・」

  朱染めの剣士は空を見上げる。その先に何を見ているのか・・・。

  「その後、・・・赤壁で、魏軍を倒し、た直後に、冥琳も・・・不治の病で・・・、死んだ」

  空を見上げるのを止めた朱染めの剣士は今度は蓮華の方に顔を向ける。

  「魏を倒した事で、天下二分という形で、大陸から戦いが無くなった・・・。ようやく平和が訪れた、

  日々を俺は、皆と過ごしていた。・・・それから、数年後・・・、俺の前に、奴が現れた」

  朱染めの剣士から穏やかな表情が消え、顔に影が入り込む。蓮華は彼の様子が変わった事を理解した。

  「・・・あれは、丁度・・・蓮華の誕生日、だった。・・・俺は、彼女との間に生ま、れた娘と一緒に、

  彼女のため、の贈り物を、買うために、城下街に出ていた・・・」

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  俺は今、孫登と一緒に城下街を歩いている。今日は蓮華の誕生日で、彼女に誕生日プレゼントを買う約束

 を前からしていた俺は娘と一緒に蓮華にばれない様に城から出て来ていた。服、靴、装飾品・・・、街中の店を

 回って、どれにしようかを孫登と一緒に考える。そんなこんなしているといつの間にか昼を過ぎていた。孫登が

 お腹を空かした音を鳴らすまで気付かなかった。

  出店で桃まん二つを買い、2人で一緒に食べながら店を回っていると、孫登がしゃがんで何かをじっと

 見ていた。俺もその視線の先を見ると、そこは店で無く、店と店の間に布を敷いてその上に、装飾品を

 並べた、旅商人の質素な出店だった・・・。孫登はその数ある装飾品の中の一つを指さして俺に教える。

 それは桃色で先端が青く染まった、幻想的な花を模した髪飾りだった。

  「これがいいのか?」

  そう聞くと、孫登はうんうんと大きく頷く。確かに綺麗な髪飾りだ、きっと蓮華の髪の色に良く似合うだろう。

 そう思った俺はこの髪飾りをプレゼントとする事にし、お代を店主に渡した。この髪飾りに使われいる花・・・、

 名前はしょうきすいせんと言う彼岸花の仲間で、花言葉は『悲しい思い出』。まるで、この後俺の身に起こる事を

 仄かに語るかのように・・・。

 

  「・・・?変だなぁ、皆・・・何処に行ったんだろう?」

  孫登と一緒に城に戻って来た俺は、すぐに違和感を感じた。異常なまでに静寂な城内。見渡しても人の姿は無く、

 そこには俺達しかいなかった。心配そうに俺を見上げる孫登。大丈夫だよ、と頭を優しく撫でると、娘の手を握り

 ながら城の中へと入っていった。

  「・・・おかしい。ここまで来ても誰も会わないなんて・・・」

  城の中を歩き回っても、未だに誰とも会わない。部屋の中を覗いても誰もいない。今日は何かあったっけと

 思い出そうとするが、思い当たる節が無い・・・、せいぜい蓮華の誕生日だというぐらいしか。それとも、今日は

 他に何かあるのだろうか・・・、そんな事を考えていた時だった。

  ガタッ!

  廊下の先の曲がり角の方から音が聞こえる。

  「・・・ぐぅ・・・」

  今度はくぐもった声が聞こえてくる。誰かがいるようだ。俺は孫登を連れながら、曲がり角に顔を出す。

 そこには思春がいた。やっと誰かに会う事が出来た・・・けど、そんな悠著な事を言っていられる場合では無かった。

  「ッ!!思春、その血・・・どうしたんだ!?」

  壁にもたれながら腰を下ろし、腹部を手で押さえながら肩で息をする血まみれの思春。もたれ掛かる壁には

 引きずった血の跡が残っていた。俺は孫登を自分の背中に隠すように片膝をつき、思春の横にしゃがむ。

  「・・・北郷、か・・・」

  思春は苦しそうに俺の名前を呼ぶ。よく見ると、顔色がはっきりと青ざめているのが分かる。腹部を押さえる

 その手は血で濡れ、指の隙間から血が流れ続ける。恐らく、腹部に大きな傷を負っているのだろう。

 だが、どうして彼女がこれ程の重傷を、しかもこの城内で・・・。

  「しっかりしろ、思春!その傷はどうしたんだ!一体何があったって言うんだ!?蓮華達は無事なのか!?」

  俺自身も動揺しているのか、一度に複数の質問をしてしまう。

  「わ、私は・・・どうでもいい!そ、れよりも・・・、蓮華様、を・・・!」

  「蓮華が・・・?蓮華が一体どうしたって言うんだ!?」

  「突、然・・・、奴が、現れて・・・いきなり、襲いかかって、来た・・・。捕らえよう、と・・・したが、

  どうして・・・か。皆・・・、奴に・・・。がぅ・・・っ!」

  「思春ッ!!」

  喋っている途中で吐血する思春。奴って誰だ・・・、俺がいない間に、城の中で何が起きたって言うんだ。

  「い、いけ・・・北郷。・・・早く、れん、ふぁ様を・・・!こ、このままだと・・・、奴に・・・!」

  「だが、お前をここに残してはいけない!!」

  「・・・ばか、者・・・が!私の・・・、心配する暇が、あるなら・・・!蓮華さまを!」

  「思春・・・」

  「行けぇっ!・・・ぐはぁっ!」

  無理に大声を出したせいで、また吐血する思春。俺は混乱しながらも、言われるがままに立ち上がる。

  「・・・分かった。なら、孫登を頼むぞ」

  俺はとりあえず孫登を思春に任せ、蓮華を探しに向かった。

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  「蓮華!蓮華ーーー!!何処だ、何処にいる!!!」

  俺は蓮華の真名を叫びながら城内を走り回る。所々の壁や床、天井に赤い血が飛び散り、天井に飛び散った血は

 ぽたぽたと雨漏りの様に滴り落ちて来る。鉄の匂いが鼻を刺激する。幾つもの戦場に立って来ても、これだけは

 慣れない。人の姿が無いのに、どうして血が・・・。そんな事を考えていると、何かを踏みつけたのに気が付く。

 何を踏みつけたのかを確認するため、俺は足をどかす。

  「これは・・・、亞紗の!?」

  俺はそれを拾い上げると、それが亞紗が身に付けているはずのモノクル、さっき俺が踏みつけてしまったせいで

 レンズが割れている。どうしてこんな所に・・・、そう思う一方で不安が一層大きくなる。

  「まさか・・・、いや!そんな、そんなはずは!!」

  一瞬、最悪の事態を想像しかけた俺は頭を振り打ち消す。俺は再び蓮華を探し始めた。

  「蓮華!蓮華ーーー!!」

  声が枯れるくらいに大声を出して彼女を呼ぶが、返事がない。一体どこにいるんだ。

  「―――があああああっ!!!」

  「・・・ッ!?」

  向こうの方、王宮のから叫び声が聞こえて来た。俺は急ぎ、王宮へと向かった。

 王宮に近づくにつれ、壁や床、天井に飛び散る血の量が増えているのが分かった。王宮前はもはや血の海だ。

 俺の服もだいぶ血で汚れてしまったが、今はそんな事を気にする時では無い。俺は大きく開かれた扉の先に続く

 王宮に足を踏み入れた・・・。

  

  「蓮華ーーーッ!!!」

  俺の叫び声が王宮内で何重にもなって響き渡る。王宮内は灯りがともされていないせいか薄暗く、奥の方まで

 よく見えなかった。

  「蓮華ーーーーーーッ!!!」

  もう一度、蓮華を呼ぶ。

  「一、刀・・・?」

  「蓮華!」

  掠れた声だが、間違いなく蓮華の声だった。俺は彼女の姿を探す。蓮華は暗闇の中からふらふらと揺れながら

 現れた。

  「蓮華・・・!さっき、思春に会ったぞ」

  疲れているのか、彼女の顔には疲弊の色が色濃くあった。

  「一体何があったんだ?他の皆は・・・、どうした蓮華?」

  俺は蓮華にこの城の中で何が起きたのかを聞こうとしたが、肝心の彼女の様子も明らかにおかしい。

  「一刀ぉ・・・」

  俺の名前を悲しそうに言う蓮華。目から涙が流れ、頬を伝った・・・。

  「・・・・・・・・・・・・っ!?!?」

  あまりにも予想外の出来事に、俺は一瞬思考が止まってしまった。

 蓮華の腹部から突然、剣や槍、戟といった武器が飛び出した。その武器の中には、南海覇王の姿も。

 武器によって引き裂かれた腹から大量の血が俺に向かって噴き出す。蓮華の腹を容赦なくずたずたに破った武器達

 が床へと音を立てて落ちた。

  「・・・蓮華ぁあああッ!」

  前に倒れそうになった蓮華の体を前から抱き締める様に支える。ゆっくりとその場にしゃがむと、俺は胸の中に

 倒れた蓮華を揺する。

  「蓮華・・・、蓮華・・・?おい、しっかりしろ・・・」

  蓮華の瞳孔が完全に開き、いくら揺すっても反応がない。腹部の穴からとめどなく血が流れ、俺の白い制服を

 みるみる赤く染めていく。人の温もりが蓮華の体からみるみると消え、冷たくなっていくのが分かる・・・。

  「蓮華・・・。な、何だよ・・・?これは冗談、なのか・・・?なぁ・・・、冗談だって、言ってくれよ

  ・・・、蓮華・・・!」

  明らかに分かり切った事実・・・、だが俺にはそれを受け入れる事が出来なかった。受け入れてしまえば、

 それは・・・、蓮華が死んだ事を認める事になってしまうのだから。

  「ふ〜ん・・・、中々良い絵になっているね〜。この放心しているのが、また良いよ〜。あははははあは♪」

  「・・・?」

  顔を上げると、両方の手の親指と人差し指をそれぞれ合わせて、四角形を作りながら、その中から俺達を見て

 いる男がいた。俺と視線が重なったのに気が付くと、その男は四角形を作るのを止めた。

  「あは、おかえり♪二人の世界から戻って来たようだね?あぁ、でも・・・孫権ちゃんは死んでいるから・・・、

  一人の世界って言った方がいいのかな?」

  何が楽しいのか・・・、男は俺達をじろじろと、笑いながら上から目線で見ている。

  「お、お前・・・、何をした!今彼女に何をしたーーーーッ!!!」

  俺は反射的に奴に向かって怒りをぶつける。しかしそれでも奴はへらへらと笑っていた。

  「僕なりの愛の形ってやつを彼女のはらわたにぶち込んであげただけさ。・・・君も見たでしょぉ?彼女・・・

  とても素敵な死に方をしていたじゃぁ無い!?」

  何・・・だと?こいつは・・・、何を言っているんだ?何でそんな事を笑いながら言えるんだよ!!

  「何がそんなに可笑しいんだ・・・。」

  「へッ・・・?」

  「何がそんなに可笑しいんだって聞いているんだよ!!」

  もう何が何だか分からなかった。怒りや悲しみや色んな気持ちが混ざり過ぎて、自分でもどうしたらいいのか

 分からなくなっていた。ただ感情のままに、へらへらと笑う男に何が可笑しいのかを聞いた。

  「あ、れぇ〜?君でもそうやって怒るんだ〜ね〜♪あっはははははははははははははは!!!」

  だが、奴はそんな俺を見て、俺の質問に答えず、大声を上げて笑い続ける。奴のその笑い声を聞いていると、

 俺の中で何かが完全に切れた。

  「ッ!!!殺す!!」

  俺は咄嗟に床に落ちていた血まみれの南海覇王に手を掛ける。

  「ふふふ・・・、殺す?この僕を?君が?!あははははははははあはは!!!まさか君の口からそんな言葉を

  聞けるなんて思いもしなかったよ〜♪」

  「うおおおおおッ!!!」

  俺は笑っているそいつに南海覇王を振り落とす。

  ブォウンッ!!!

  だが、その斬撃は空を切る。そこに立っていたはずのあいつがそこにはいなかった。どうしてなのか、奴は俺の

 後ろに立っていた。

  「はっははぁあ!!いいねいいねぇ〜、その眼ぇえ!涙流しながらに、僕を殺す気満々のその眼!

  ゾクゾクしちゃうよ〜!!!この外史でまさか君にそんな眼で睨みつけられるな〜んて・・・、思っても

  みなかったよぉ〜!!!」

  「うるさい!黙れ!!黙れーーー!!!蓮華を、皆を返せえええええ・・・!!!」

  再び奴に斬撃を放つ。

  ブォウンッ!!!

  だが、またしても空を切る。

  「あっはははははっはぁあああ!!無理無理ぃ、そんなんで僕は殺せ無いって、一刀くぅ〜ん!」

  「馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶなぁッ!!!」

  俺は怒りに身を任せ、南海覇王を振り上げながら奴に飛びかかった。

  「あらあら・・・、駄目だよぉ、そんな戦い方じゃぁ♪」

  溜息をつきながら、首を横に振るそいつはズボンのポケットからおもむろに右手を取り出す。

  ザシュゥウウウッ!!!

  「ぐ・・・ッ!?うぐ、ぅう、ぁあああああああぁぁぁああぁああッッッ!!!」

  突然、一体何が起きたんだ。あいつが右手をポケットから出して・・・、そこまでは見ていた。

 だけど、その後何をしたのかが分からない。気付くと、顔左側に激痛が走り、視界の左半分が見えなくなって、

 左手で押さえると、そこから大量の血が噴き出ている事が分かった。

  「あれ?どうしたの、一刀君?もうお終いなのかな〜?ははッ!そんなんじゃ、孫権ちゃん達の仇なんて、

  絶ぇええええええッ対に取れないよぉおおお!!」

  「ぅうぅ・・・、うぐ、ぁああッ!!・・・はぁ、・・・はぁ!」

  俺は痛みに耐えながら、顔左を手で押さえ、右手で南海覇王を握り締める・・・。

  「あー、見ててつらそうだ・・・。ここはひと思いに・・・さよなら」

  パチンッ!!!

  そう言って、奴は左手で指を鳴らした。

  ドシュッ!!!ドシュッ!!!ドシュッ!!!ドシュッ!!!ドシュッ!!!

  「ごぶ・・・!?・・・ぼ、ご・・・!?」

  奴が指を鳴らした瞬間、腹の奥から何かが外へと突き破るように飛び出し、口から血を吐きだした。

 俺の腹を突き破って飛びだしたのは、剣、槍、戟・・・だった。俺の血と一緒に勢いよく飛び出した武器は床に

 金属音を立てながら落ちる。もはや痛みなど感じなかった・・・。

  「ぁ、・・・ぁあ・・・!」

  俺の体から力が消える・・・。平衡感覚を失った俺の体は、俺の意志に関係なく倒れた。その際、ポケットから

 さっき街で買って来た髪飾りが落ちた。何故か意識だけはまだはっきりとしている・・・。だが、体の全ての部分

 が、まるで無くなってしまった様に動かず、体から大量の血が流れ、床は俺の血で染まる・・・。その血は生温かく、

 だがすぐに冷たくなる。

  「孫権ちゃんと同じ殺し方だよ〜♪僕も気が利くでしょ?って、もう聞いていないか!あっははははははは!」

  「・・・・・・」

  奴の笑い声が、俺の頭の中に響く。だが、俺はそれを聞く事しか出来なかった。もう、怒りも悲しみも何も

 無かった・・・。代わりに、自分という存在が空っぽになる事が、分かり始めていた・・・。

  「一刀君の死亡を、確認♪これより、この外史の削除を開始します、と!」

  奴は何か楽しそうに言った後、その姿を消した。その時、あいつは俺を見て・・・、笑っていた。

  「れ、・・・ん、ふぁ・・・。・・・れ、れん・・・、ふぁ・・・」

  俺は向こうで横になっている、蓮華の死体に手を伸ばす。さっきまで指一本も動かせなかったが、今は右腕が

 かろうじて動いた。必死に彼女に手を伸ばすが、届くはずも無かった。でも、それでも俺は必死に手を伸ばした。

  

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

  何か・・・地震の様な音が聞こえてくるが、揺れている訳でもなく・・・、異変に気付いたのはすぐだった。

 その音に合わせ、周りの景色が鏡やガラスの様に割れ、何か・・・黒いものへと変わっていく。割れた景色の

 向こうに白、黒、赤、青、緑、黄色・・・色々な色が入り混じったような不思議な空間が見えた。次々と消えて

 いく景色・・・。何が起きているのか、もはやそんな事はどうでも良かった。

  「れ、・・・ん、ふぁ・・・」

  俺は全ての意識を蓮華に注いだ・・・。だが、異変は蓮華の死体にも及んだ・・・。

 蓮華の体が、周囲の景色同様に、黒いものへと変貌していく。それが文字であるという事が、少しして分かった。

 どう言う事なのか、蓮華の体は文字に変わっていく。そしてついに、蓮華はそこから完全に、消えてしまった・・・。

  「・・・!うおおおおおぉおおおおぉおぉぉぉぉおおおおおお・・・・・・・・・っ!!!」

  俺の意識は・・・、そこで途切れた・・・。

-7ページ-

 

  「次に意識を、戻したのは・・・、干吉に無双玉を、埋め込まれた、後のことだった・・・。奇跡的、に外史の

  削除から、逃れ、生と力を、手にした・・・俺は、女渦を殺すために、干吉と行動を共、にした。全てを失った、

  俺には・・・、それしか、なかったから、な」

  「・・・・・・・・・」

  二人の間を風が吹き抜けていく。彼から彼の身に起きた事の全てを聞いた蓮華には、想像を絶する彼の歩んで

 きた過去に、彼女は何を言えばいいのか分からず、ただ彼を見ている事しか出来なかった・・・。

-8ページ-

 

  「ふぅ・・・、生き返った気分だよ」

  「もう・・・、傷の具合は良いのですか?」

  「うん、もうバッチしねぇ♪それに、祭さんが殺されちゃったから・・・、後は僕がやらなくちゃいけない。

  僕が成都にいた間、ある程度まで作ってくれたみたいだけど、まだ完成ってわけじゃない」

  「ですけど、あんなものを作った所で、一体何の意味が・・・?外史の外に運び出せるわけでもないのに・・・、

  結局はこの外史を消滅させる際に一緒に消す事になりますよ」

  「仰る通り。でも・・・別にいいんだよ、それでも。やっぱり最後はドーン!と派手にやらかしたいだけだから。

  これぐらいぶっ飛んでいた方が、楽しいでしょ?」

  「は、はぁ・・・、よ、よく分かりませんが・・・」

  「ふふ・・・♪その内、分かる時が来るさ。・・・じゃ、またね。お・か・あ・さ・ん♪」

-9ページ-

 

  「「・・・・・・・・・」」

  朱染めの剣士から蓮華は彼の全てを聞いてから、再び沈黙が二人の間に流れる。

 ある程度予想は出来ていたとはいえ、まさかこれほど壮絶なものだとは思いもしなかった。今までそのような重い

 運命をたった一人で背負い、生きていた事に・・・。中途半端な慰めの言葉など、彼を癒すはずも無く、蓮華は

 次にどんな言葉を発すればいいのか、それを模索していた。そんな彼女に、朱染めの剣士は、一刀は歩み寄って

 いく。近づいてくる彼に、蓮華は反射的に全身を強張らせる。二,三歩間を取った距離まで近づいた一刀は、身に

 纏っていた赤黒く染まった、かつては綺麗な白だったはずの襟元がボロボロになった学生服の内側から何かを取り

 出した。それは何枚もの紙が重ねられてで出来た、今で言うノートの様な書物であった。

  「これは・・・?」

  自分に差し出されたその書物について、彼に尋ねる蓮華。

  「・・・奴を探し、この外史を渡り歩いて・・・、ようや、く見つけた、奴の根城に、していた場所で

  拾った、奴の研究日誌、だ・・・」

  「研究日誌・・・」

  蓮華はその研究日誌に手に取る。

  「すでに、もぬけの殻、ではあったが・・・、それだけが、わざとらしく残されて、いた」

  蓮華は彼の話を聞きながら、日誌を開き、その中身を確認する。

  「・・・今となっては、何の意味も、無いだろうが・・・、奴がこの外史で何をして来たの、かが書かれている。

  そして・・・、最後の方を・・・」

  蓮華は彼の言う通りにその日誌の最後のページを開く。

 

 

   ○月×日

  にわかに信じられなかった。

  伏義が倒されたことを祭さんから教えられた。しかも、倒したのはこの外史の一刀君だ。

  成程、祝融が懸念していたのも今なら納得がいく。

  まだ力をコントロールしきれていない状態でありながら、伏義を倒してしまうなんて大したものだ。

  そんな彼に僕は興味が湧いた。

  祭さんには別の事をして貰って、僕は成都に行こう。

  いやー、こんな楽しい気分は久しぶりだな。ゾックゾクしちゃう。

  さぁて、楽しいパーティーをしにいこう。

 

 

  そこにこう書かれていた・・・。

  「これは・・・!」

  「恐らく、成都を襲撃する、前に書いた、ものだろう。・・・そして、重要なのは、ここ」

  そう言って、ある箇所を指でさす。

  

  祭さんには別の事をして貰って

 

  「別の事・・・、それは建業を襲うって事じゃ・・・」

  「・・・かもしれない。だが、女渦は、あの戦いで、負った傷、を修復するために、急遽、祭さんにその、時間

  稼ぎとして、建業を襲わせた、と考えている・・・となれば、ここに書かれている別の事は・・・、建業を襲う

  事と、違う件・・・だ」

  「・・・じゃあ、この別の事って一体何だって言うの?」

  「・・・・・・、何かの準備・・・」

  「準備・・・」

  「そして・・・、それが完了すれば、奴は必ず動きを見せて来る。祭さん、はそれを伝えようとしたかった、

  のだろう、けれど・・・」

  「祭は死んでしまったわ・・・」

  「・・・俺が、殺してしまったのだから」

  「っ!?違う!」

  一刀の発言を咄嗟に否定する蓮華だが、一刀は首を横に振る。

  「違わない。あの時・・・、俺が祭さんを、この手で・・・それは、紛れも無い事実・・・」

  自分の右手の平を見ながら、そう言う一刀。

  「だとしても・・・!」

  蓮華は一刀の右手を両手で取ると、彼の右目をのぞき込むように彼の顔を見る。

  「祭は・・・あの時、祭は笑っていた。自分が死ぬというのに。祭は私達のために自分を偽って、女渦は

  それを知っていた上で、祭を、その心を弄んでいたのよ!あなたはあの男から祭を解放したの。あなたの

  この手で祭は救われたのよ!」

  唇を震わせながら、蓮華から顔を背ける一刀。

  「違、う・・・!」

  「違わない。今までだってそう。あなたは女渦から私を、私達を守って・・・」

  「違う!!」

  蓮華の話を遮るように、顔を背けたまま声を荒げてそう言い放つ。

  「そんなものじゃ、ない・・・!俺は・・・、俺は・・・!」

  言葉が喉の手前まで来ているにも関わらず、そこで言葉が詰まる一刀。そしてようやくその言葉が口から出て

 来ようとした、その時であった。

-10ページ-

 

  「ちょ!?そんなに押され・・・。ひゃああぁぁ〜〜〜っ!?」

  「わ〜〜〜っ!!小蓮さま〜〜!」

  ズド〜ンッ!!!

  「えっ!?」

  「・・・ッ!?」

  一刀と蓮華の背後の草むらから素っ頓狂な声を出しながら、飛びだして来たのは・・・。

  「小蓮・・・!」

  「・・・・・・・・・」

  突然現れた小蓮に目を丸くして驚く蓮華と呆気にとられる一刀。

  「大丈夫ですか!?小蓮様!」

  小蓮が飛び出してきた草むらから今度は明命が現れ、うつぶせに転んでしまった小蓮に駆け寄る。

  「も〜・・・、だ、誰なの〜?シャオのお尻を押したの〜!」

  「それは思春さんが・・・」

  「わ、私のせいだと言うのか、亞紗!?」

  亞紗と思春の二人も草むらの中から現れる。

  「あれだけ後ろから押していれば・・・」

  「ですよねぇ〜」

  互いに相槌を打つ明命と亞紗。

  「あなた達まで・・・!一体これはどう言う事なの?」

  草むらから出て来た四人を猛禽類の様な眼で問い詰める蓮華。

  「しゃ、小蓮様がどうしても、と・・・」

  先に口を開いたのは亞紗だった。小蓮に誘われたと言いたかったのだろうが・・・。

  「ちょっと待ってよ!!そういう皆だって乗り乗りだったじゃない!」

  と、小蓮が口を挟む。

  「なんですって・・・?まさかあなた達、私の後を付けて来て・・・」

  「申し訳ありません。蓮華様の御身を思い、影から見守っていた次第で・・・」

  「ちょっと待ちなさいよ、思春!何で一人綺麗に纏めようとしているの!」

  「そうですよ!だって私達より先に後を付けていたの、思春殿ではありませんか!」

  「言い分けは見苦しいと思いますぅ・・・」

  「な・・・っ!?お、お前達!私は別に・・・!」

  「思春・・・。あなたまで・・・」

  一番信頼していた臣下の行動に怒りを通り越し、呆れる蓮華。

  「・・・・・・・・・」

  もはや何も言えなくなってしまった思春。そんな彼女を余所に横から小蓮が蓮華に向かって

 びしっと人差し指で指した。

  「・・・って言うか、お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ!こんな所で一刀と何をしてるのよぉ!

  一体いつの間に一刀とそんなに仲良くなっているの!?」

  思いがけない妹の発言に蓮華は吹き出す。

  「ち、違うわ小蓮!あなたは誤解をしているわ!彼はあなたの言っている人とは・・・!」

  「何が違うって言うのよ〜!そりゃあ見た目がだいぶ変わっちゃったみたいだけど、そんな事で一刀だと

  分からない様なシャオじゃないもん!!ねぇ〜、一刀♪」

  事情を知らない妹、小蓮(明命、亞紗も同様・・・)に慌てて説明しようとするが、肝心の妹は姉の話など

 耳を貸すはずもなく、一刀に飛び付いた。

  「小蓮!話を聞きなさい!」

  話を聞こうとしない妹に話を聞く様に促すが、依然聞く耳を立てようとしない。

  「そっかぁ〜、一刀があの朱染めの剣士だったんだ〜♪でも、どうして今まで連絡の一つもしてこなかったのよ〜!

  私の前から突然どっかにいなくなっちゃったってすっごく心配したんだよ!」

  一刀に抱きついたまま、上目遣いで見上げながら話しかける小蓮。

  「・・・それは、済まない事をした・・・な。俺も・・・やらなきゃ、いけない事があって、心配をかけたな

  ・・・シャオ」

  一刀はそう言うと、小蓮の頭を優しく撫でる。小蓮はくすぐったそうに、でも嬉しそうな表情を表わす。

  「あ、あなたまで・・・」

  小蓮の話に合わせる一刀を見て、ちゃんと誤解を解いておくべきではないのかと忠告しようとしたが、彼が顔を

 上げた瞬間、蓮華は口を止める。一刀は穏やかな笑顔を見せていたからだ。先程まで影がかかった暗い顔をしていた

 と言うのに、まるで憑き物が落ちたように、そこにはそんな様子が微塵も無かった。

  「こんな気持ち・・・、久し振りだ。やはり、君達は彼女達と何も、変わらない。いつどこで会ったか・・・、

  ただ、その違いだけなんだ」

  「・・・・・・」

  微笑みながらそう答える一刀に顔を少し赤く染める蓮華。そして一刀は自分に抱き付いている小蓮の両肩に手を

 やるとゆっくりと自分から離した。

  「あれ?一刀、何処に行くの?」

  小蓮の疑問に縦に頷く事で答える。

  「まだ、やらなくていけない事が、あるから・・・」

  それだけを言い残すと、一刀はその場を離れ、彼女達の横を通り抜けていく。そして思春の横を通り抜けようと

 した時だった。

  「何処に行く気なのだ?」

  思春の言葉に一刀は足を止める。

  「奴の・・・、いる場所・・・」

  「一人で戦う気か?」

  思春にそう言われると、一刀は不敵な笑みを零し後ろを振り返る。

  「さて・・・な。そうなるか・・・、君達次第。君達に、奴と戦う意思が、あるならば・・・」

  そして再び前を向く。

  「・・・最後に、君達に・・・、会えて良かった・・・」

  そう言い残し一刀は、朱染めの剣士はその姿を消した。

-11ページ-

 

  それから数週間・・・、破壊された建業の街の修繕を行う一方で、雪蓮達も女渦の行方を独自に探っていた。

 しかし、今だ有益な情報は何一つ得られずにいた。

  「そう、もう下がっていいわ」

  「はっ、失礼します」

  そう言って、兵士は王座に座る雪蓮に一礼すると、早々とその場を下がった。傷がようやく塞がった雪蓮は

 斥候として放っていた兵士の報告を聞き終え、その兵士の背中を見送ると一息をついた。

  「随分と疲弊しているな、雪蓮・・・。傷が塞がっているとはいえ、もう少し体を休めておくべきではないのか?」

  雪蓮の横に立っていた冥琳が声を掛ける。

  「そりゃ私だってそうしたいわよ。今は悠長に横になって寝ている訳にもいかないでしょ?」

  頬笑みながら、そう答える雪蓮。しかし冥琳の言う通り、まだ体力が完全に戻っていないのだろう。その笑みに

 は少し元気がなかった。

  「あれからもう大分経つって言うのに、今だにあの男の行方が分からない」

  「そう簡単に分かるのであれば、当に彼が始末しているだろうさ」

  「・・・そうね。今頃何処で何をしているのやら・・・」

  「彼の事が気になるのか?」

  「あら、ひょっとして妬いてるの?」

  「・・・さあな」

  「ちょっと〜、何よその言い方ぁ〜!そんな風に言われたら逆に私の方が妬いちゃうじゃないの〜!」

  冥琳の素っ気ない態度に、ぶーぶーと頬を膨らませる雪蓮。

  「おやおや、随分と仲のよろしい事で・・・」

  そしてそんな二人の目の前に、何処からともなく干吉が現れた。二人は固まった様に動かなくなる。

  「失礼、もう少し後に来るべきでしたね?それではごゆるりと・・・」

  軽く一礼すると、干吉はその場を去ろうとする。

  「待て、干吉。余計な気遣いはする必要はない」

  冥琳にそう言われ、干吉はその足を止める。

  「それは助かります。さほど時間がありませんからね」

  「時間・・・?どう言う事かしら・・・」

  「それについては追々説明しましょう。・・・朱染めの剣士殿から言伝を承ったので、それを伝えるべく

  ここへ馳せ参じました」

  干吉は雪蓮の疑問を軽く流すと自分がこの場に現れた理由を述べた。

  「・・・冥琳。皆を呼んできて頂戴」

  「御意」

-12ページ-

 

  半刻後・・・、王宮内には呉の武将、及び愛紗、星、紫苑の蜀の武将達が召集されていた。

 干吉から、朱染めの剣士の言伝を聞くために・・・。干吉はすでに彼女達に状況の説明を始めていた。

  「私は朱染めの剣士殿の頼みで女渦の行方を追いかけるため、彼と行動を共にしていました。

  そして二日前、夷州の周辺にて女渦の動向を察知した私達は急ぎ夷州へと向かい、とある小島群の中からある

  ものを見つけました」

  「あるもの・・・?」

  干吉の言ったあるものについて問いただす雪蓮。

  「それは巨大な・・・、言うなれば動く海上要塞」

  「海上要塞?海の上に要塞が浮かんでいるとで言うのか?」

  言葉で言われた所で、どんなものなのかがいま一つ想像できていなのか、思春は疑いの目で干吉を見る。

  「そんな感じです。最初は私達も気が付きませんでした。周囲の小島の中に紛れていたのですから・・・。

  それはまるで木の葉を隠すなら、森の中に・・・やってくれたものです」

  「ではその海上要塞だが・・・、具体的にはどのようなものだ?」

  海上要塞についての詳細を聞く冥琳。

  「見た目は・・・、そうですね。例えるのであれば、巨大な亀・・・、さしずめ霊亀(れいき)の怪物とでも

  言えばいいでしょうか?」

  「れいき・・・?」

  頭の上に?を浮かべる小蓮。それを見た穏が霊亀について解説を始める。

  「『礼記』礼運篇に記されている古代神話に登場する霊妙な四種の瑞獣(ずいじゅう)の一つに

  挙げられる、空想上の怪物の事ですねぇ。ちなみにこれらは四霊(しれい)とも呼ばれていて、他にも

  麒麟(きりん)鳳凰(ほうおう)応竜(おうりゅう)がいるんですよぉ〜」

  「「へぇ〜〜〜」」

  小蓮と一緒に何故か明命も納得する。

  「それに書かれている霊亀は背中の甲羅の上に蓬莱山(ほうらいざん)と呼ばれる山を背負うとされる巨大な亀

  とあるのですが・・・、あの霊亀もそうであればまだ可愛げもあったでしょうに・・・」

  「・・・どういう意味だ?」

  意味深な発言をする干吉に対して愛紗は彼にその意味を尋ねる。

  「少なくとも、我等にとってあまり宜しくないモノである事は間違いなさそうではあるな」

  と、横から星が取って付けた様な言い方をする。

  「中に入って直接調べたわけではありませんが、あれは恐らく・・・兵器でしょう。

  それを使い、女渦はこの大陸を攻撃しようとしているのでしょう」

  それを聞いた雪蓮は頬杖を止める。

  「なるほど。その霊亀はもう動くのかしら?」

  「その時、女渦は霊亀起動の最終段階に入っていました。恐らく近いうちに動きを見せるでしょう。

  そのため、朱染めの剣士殿は一足先に要塞内に侵入し、向こうの動きを窺っています・・・」

  「それであなたは彼の代わりにここへ来たと、そう言う訳ね?」

  「如何にも」

  「そう・・・。そうなると、次の戦いは・・・海上戦になるわね」

  そう言うと、雪蓮は王座から立ち上がる。

  「穏、亞紗、あなた達は船団の準備を。あまり時間は無いようだから、迅速にね」

  「御意」

  「了解しました〜。じゃあ行きましょう亞紗ちゃん♪」

  「は、はい・・・!」

  穏は亞紗を連れて、その場を離れる。

  「思春、明命は兵站の調整をお願い。戦いからまだ日が浅いから兵の皆には出来るだけ休養を与えて

  あげて頂戴」

  「「御意!」」

  その場で一礼すると、二人は早々にその場を離れる。

 

  「戦うのですか?」

  干吉は雪蓮に尋ねる。

  「えぇ、それがどうかしたかしら?」

  何を当たり前の事を言わんばかりにそう答える雪蓮。

  「・・・さしでがましいかもしれませんが、あなた達が動かずとも彼が何とかして下さるでしょう。

  現実問題、あなた達ではどうにか出来るとは思えません。勝手に犬死するだけならまだしも、下手に動いて

  剣士殿の足を引っ張る様な事があっては私も目が当てられません・・・」

  「・・・・・・随分な言われ様ねぇ」

  「申し訳ありません。加減というものが出来ない性分ですので・・・ですが、そちらも多少なりとも理解は

  しているのでは?」

  「・・・・・・」

  干吉の言葉に雪蓮は黙ってしまう。女渦の強さはその身に痛いほど染み付いている、だからこそ何も言えない。

  「分かった上で、なおも戦うのですか?無駄と分かった上で・・・」

  「無駄・・・か。確かにその通りだわ」

  「ほう・・・?」

  雪蓮の意外な反応に干吉は興味を示す。

  「私達がやろうとする事は他の人間から見れば、無駄で無意味なものでしょう・・・。でも、私達が求める

  ものは・・・いつだって、そんな無駄で無意味なものの先にあるのよ。今までも・・・そしてこれからもずっとね」

  「・・・・・・」

  今度は干吉が黙ってしまう。そしておもむろに手から何かが現れる。

  「それは?」

  「朱染めの剣士殿が送って来て下さった・・・要塞内の見取り図です。戦いの参考に使って下さい」

  そう言って、干吉はその見取り図を雪蓮に向かって投げる。雪蓮はそれを手で取ると、にやにやと干吉を見る。

  「何ですか?私の顔に何か?」

  「いいえ。ただ・・・、あなたも意外と良い人なんだなぁ〜と思って・・・」

  「ふっ・・・、嫌味にしか聞こえませんよ」

  そう言って、干吉はその場から姿を消した。

-13ページ-

 

  「成程、あなたがその命を削ってまで守ろうとするのが今なら分かるような気がします。

  ・・・無事を祈る事は出来ませんが、あなたの復讐劇が平穏に終幕する事を外史の挟間から祈るとしましょう」  

  干吉は知っていた、彼の死が逃れる事の無い運命である事を・・・。

 朱染めの剣士の復讐劇は、いよいよ終盤を迎える。その先にあるは幸ある終わりか、それとも・・・。

説明
 こんばんわ、アンドレカンドレです。

どうしても文字数が越えてしまい、話を分けるのに手こずってしまいました。

 今回は朱染めの剣士の過去が語られるお話です。彼と女渦との間に何があったのか!?彼の身に起きた悲劇とは!?驚愕の事実が彼の口から語られる!!その時、蓮華は・・・!

 それでは、真・恋姫無双 魏・外史伝 第二十一章〜還らぬ日々〜をどうぞ!!
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コメント
スターダストさん、報告感謝します!たくさんの作品の中から自分の作品をそう思って下さり、ありがとうございます。(アンドレカンドレ)
1p[いきなり矢を] いや〜何度読んでも引き込まれてしまうな〜今のところこの作品を越える作品はこのTINAMIの中では見てないな。 絵がどんどんリアルに成って完成度が増していますね。(スターダスト)
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