象さん
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 イゾウがハンゾウを殺した。

 

 ありえないと思われていたことだった。

 いや、ありえるとか、ありえないとか、そういった可能性を考察することさえありえなかったほどに、想定外のことであった。

  このことは、つまり、たとえばゴゾウがハンゾウを殺した、あるいはジンゾウがスイゾウを殺したとしても同様に想定外なことである。ゾウがゾウを殺した。それこそが想定外とされるところのことである。(ちなみに、ゴゾウ、ジンゾウ、スイゾウというのはたとえ話のうえでの架空のゾウである)

 いまもイゾウは死臭を漂わせながら群れにいる…あの牙にこびりついた赤褐色はハンゾウの血に違いないのである。

 年老いたゾウにとってもこれは初めて遭遇する事態であった。若いゾウには死臭というものを嗅いだことのないものさえいた。

 理解不能であった。理解不能な出来事にゾウ達は動揺した。

 しかし、動揺はしたが混乱するほどゾウは愚かではなかった。

 なぜなら、混乱は群れ全体の死につながるからである。生きていくうえで、ゾウに混乱している余裕はない。

 また、理解不能なものを手付かずに放置しておくほどゾウは愚かではなかった。

 このような事態がまた起きないとも限らない。そして、この事態が拡大しないとも限らないのである。それはやはり、群れ全体の死を意味する。

 ゾウ達は行進を続ける。少しでも多く進まなくてはならない。いつまた砂嵐に見舞われるともしれないからだ。止まっている余裕はない。飢えは常に彼らの尻尾を掴んでいるのである。

  行進を続けながらも、ゾウ達は話し合った。イゾウに気取られぬよう、話し合いは3頭という少頭数で、イゾウからなるべく離れ、鼻を近づけあって進められた。

 2頭は年長のゾウであった。その一方はセンゾウという最も年を重ねたゾウで、もう一方はゲキゾウという最も立派な牙を持つゾウである。1頭はイゾウや ハンゾウと同じくらいの若ゾウであった。ギンゾウという、小柄で血気盛んなゾウである。

 まず、イゾウというゾウはどのようなゾウなのか。

 イゾウ は若ゾウである。牙はそれほど大きくないが、かつて体は群れで4番目に大きかった。1番大きいのはモゾウという年長のゾウで、2番目に大きいのがゲキゾウ、そして3番目に大きかったのがハンゾウであった。誰とでも親しく話す普通のゾウであった。しかし、いまは赤褐色の異様で、黙りこくって群れの先の方を歩いている。

 ハンゾウもまた普通の若ゾウであった。先に述べたこと以上に語るべきことはない。イゾウとも、普通に話す仲であった。イゾウがハンゾウを殺す理由は見当たらなかった。

 彼らは論理的解決を放棄し、とりあえずイゾウを殺すことにした。

 なんにしても、このままゾウ殺しを群れにおいておくのは危険すぎる。イゾウから離れて水場を目指すという方法はない。何度も述べていることだが、群れに余裕はなかった。つまり、ルートを変えて群れ全体の体力を削いでしまうよりも、少数のゾウで手早くイゾウを殺してしまう方が効率的なのである。

 手筈は以下の通りである。

 まず、センゾウとゲキゾウが左右でイゾウの気を引く。ゾウは草食動 物である。視界は横に広いが、その分正面には僅かな死角が生じる。そこはイゾウもゾウの子、変わりはない。その死角に小柄なギンゾウが潜り込み彼奴の喉笛 をその牙で突き破る。完璧である。

 イゾウ殺しはすぐに決行された。なぜなら、作戦は完璧で、改善の余地がないように思われたからである。

 しかし、予想外の事態が起きた。

 センゾウとゲキゾウは上手くやった。上手くイゾウの気を逸らした。ギンゾウも上手くやった。上手くイゾウの死角に潜り込み、そ の牙を彼奴の喉笛につきたてた。だが、それまでである。イゾウの皮は強固であった。あまりにも頑強であった。ギンゾウの牙はその前にあって、ポッキーも同然であった。トッポも同然であった、といってもいいだろう。すなわち、牙を砕かれたギンゾウはそのまま、イゾウの四本の足に巻き込まれ、挽肉と化してしまったのである。

 その光景を目の当たりにしたゲキゾウは冷静な判断を失っていた。血の色に激昂したゲキゾウはイゾウに躍り掛かる。 センゾウから見て、それは愚かであった。ゲキゾウはイゾウの視界に捉えられているからである。ゲキゾウを視界に捉えたイゾウは、ゲキゾウへと向き直り、そのあらわな喉笛を突き破るかと思われた。

 しかし、実際に起きたことは違っていた。

 イゾウの瞳は、確かにゲキゾウを捉えていた。捉えるだけで、イゾウは何をするでもなく、ゲキゾウの巨躯の下敷きとなり、圧死した。そして、ゲキゾウは血塗れになった。

 ゲキゾウはその3日後、死んだ。元々、年長であり老い先は長くなかった。センゾウも同様に、さらにその3日後、死んだ。

 

 その後、群れは無事、水飲み場であるオカバンゴの川に到着したという。

 この出来事はゾウ達の間でも語られなくなって久しいが、以後、ゾウがゾウを殺すということが、人間にとっての殺人事件と同じ程度の認知のされ方をするようになったとのことである。

説明
オカバンゴの象たちの話
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