真・恋姫無双 EP.65 進路編 |
その報告は、桂花が自分の部屋で仕事をしている最中にもたらされた。通常の報告ではなく、独自に放っていた密偵からのものだ。
「そう、李典を見つけたのね」
「はっ。おそらく正式な報告が曹操様の元に届けられると思いますが……」
密偵の話によれば、曹操軍と何進軍の戦場跡で、放置されている絡繰り兵士を修理している人物が目撃されたとの事だった。そのため近隣の住民たちが怖がって、警備隊に通報してその人物を捕縛したのだという。
「その人物に名を聞いたところ、李典と名乗ったそうです。こちらが捜索している事を知っていた隊長が、その人物を牢に入れて報告書を曹操様宛に送りました」
「絡繰り兵士を修理……目的は何かしら?」
「わかりません。ただ、今のところは何進軍と連絡を取っていた形跡もなく、怪しい動きも見せていないようです」
「そう……ありがとう。引き続き、監視を続けてちょうだい。そしてもしも、その人物が華琳様に仇をなすようなら、あなたの判断で構わない。誰にも知られぬよう、排除してちょうだい。すべての責任は私が持つわ」
「はっ!」
密偵が姿を消すと、桂花は溜息を吐いて椅子の背もたれに身を預けた。義手の件があるので、稟と一刀には事前に知らせておこうか迷ったが、急いで知らせるような事ではないだろうと黙っていることにした。おそらく早ければ今日の夜、遅くとも明日の昼頃までには華琳に知らせが届くはずだ。
(華琳様……)
それよりも桂花が気がかりなのは、最近の華琳の様子だった。以前から兆候はあったのだが、あの事件以来、空気感みたいなものが一変した気がした。それは、一刀に対する華琳の態度だ。
(確かに気に掛けてはいたようだけれど、これまでは積極的に関わることはなかったわ。でも処刑救出の一件があってから、どこか吹っ切れた感じがする)
桂花は何度も、一刀の腕にまとわりつく華琳を目撃している。一応、人目は避けているようだが、城内を歩いていれば出会う確率は高い。
かといって、男にうつつを抜かし仕事をポカするような事はなかった。いつも通り、完璧に自分のすべきことをこなし、その上でのことなので桂花も何も言えないのだ。春蘭や秋蘭も何度か目撃しているようで、秋蘭は「華琳様も乙女なのだよ」と笑っていたが、春蘭は不機嫌そうだった。
「まさか華琳様は、北郷の事が……」
慌てて、桂花は頭を振り考えを追い出す。何が悪いとか、ダメとかいうのではなく、気持ちが納得出来なかった。モヤモヤする気持ちを整理できずに、桂花は再び、溜息を吐いた。
自室の寝台で目覚めた一刀は、体を起こそうとして隣に誰かが寝ている事に気付く。そっと布団をめくってみれば、ぎゅっと一刀の腕を抱いた華琳が気持ちよさそうに眠っていた。
「えっと……何で?」
思い出そうとするが、ズキズキと頭が痛む。とりあえず水でも飲もうと、布団から出ようとした一刀の目に、華琳の小さなふくらみが飛び込んで来た。
「は、裸!」
慌てて布団で隠し、昨夜のことを必死で思い出してみる。そういえば、おいしいお酒を見つけたと華琳が持ってやって来たのだ。
(それで確か……そうだ、月との事を言われたんだ)
徐々に蘇る記憶によれば、すべての発端は恋だった。これまでも何度かそうだったように、恋は時々、一刀の布団に潜り込むことがあったのだ。それを特に気にしてはいなかった一刀なのだが、ある日、突然のように月から言われたのである。
「ご主人様、恋ちゃんや霞さんばかりに優しいですよね……」
いつもはこんな事を言わない月の言葉だけに、一刀は困惑した。そして控えめに同衾をねだる月が、何だか可愛らしく思えてしまい、つい承諾したのである。緊張してほとんど眠れなかった一夜を過ごし、それでも満足そうな月を見て一刀は嬉しかった。
ところがだ、それをどこからか知ったらしい華琳が、酒の勢いもあったのか、自分も一刀と一緒に寝ると言って聞かなかったのだ。酔っていた事もあり、簡単に受け入れてしまい、そのままなし崩し的に肌を重ねたのである。
「華琳、起きてくれ。華琳」
「ん……うん……」
肩を揺すると、華琳は薄く目を開けて一刀を見た。そして優しく微笑むと、甘えるように手を伸ばし、上半身を起こす一刀の首に腕を絡めてグイッと引っ張った。
「わっ! ちょ、ちょっと」
「ふふふ……おはよ、一刀」
あいさつとばかりに、一刀の頬に口づけをした華琳は、とろんとした目で鼻の頭を一刀にこすりつけて来た。
「いいから起きてくれよ」
「もう……」
懇願する一刀に可愛らしく唇を尖らせた華琳は、仕方なさそうにもそもそと布団の上で起き上がる。そして欠伸を漏らしながら、両腕を上げて伸びをした。だがそのせいで、小さな桃色の花が咲いたような乳房が露わになってしまい、思わず一刀は恥ずかしさで視線をそらしてしまった。
「今更、照れることないでしょ?」
「いや、何というか、その……」
「なあに? ふふふ」
顔を赤くする一刀がおもしろいのか、上機嫌で華琳は一刀の頬を指でつついた。その時である。突然、部屋の扉がバンッと勢いよく開かれたのだ。
「大変だ、北郷! 華琳様がお部屋にいな……い……」
大声で叫びながら飛び込んで来た春蘭が、目の前の光景に固まる。一刀はひきつった笑みを浮かべながら、数秒後の惨劇を予感した。
「そう、李典が見つかったのね」
夜、玉座の間で報告を受けながら華琳は頷いた。その横では、一日中、追いかけっこをしていて華琳に先ほどまで説教を受けていた一刀と春蘭の二人が、しょんぼり項垂れて正座をしている。
「一刀、義手の件は桂花と稟から聞いているけれど、李典に会ってみる?」
「うん……問題なければね」
「事情を聞く必要もあるわけだし、同行するのに問題はないでしょ」
「えっ? 同行?」
華琳の言葉の意味が掴めず、一刀は首を傾げた。
「聞いていなかったの? 李典の身柄を受け取りに、私が直接、兵を率いて向かうことにしたって言ったじゃない」
「そうなの? 何で?」
「もともと、あの戦いで被害のあった街には行くつもりだったのよ。それが私の責任でもあるもの」
眉を寄せてそう言った華琳に、一刀は何も言えなかった。その顔が、とても辛そうに見えたからだ。
「華琳……」
「前に話したでしょ、一刀? 自分の行動によって、背負うべき責任があるって」
「うん」
「私にとって、これがそういう事なのよ。正しいことが、最良なわけじゃない。でもだからこそ、自分が最善を尽くしたんだと思えるように生きるしかないの」
一刀は黙って、頷いた。すべてをわかっているわけではないが、華琳が言おうとしているその意味を、自分なりに考えてみる。まだどこか朧気で、頼りない。真っ直ぐと、迷いなく振る舞う華琳の姿を眩しそうに眺め、一刀はこれからに思いを馳せた。
そしてこの日のうちに、華琳と同行するメンバーと部隊が編成された。一刀と月、恋が同行することが決まって、会議は解散となったのである。
思わず目の前が真っ暗になり、蓮華はよろめいて倒れそうになった。しかしすぐに、思春がその体を支え、ゆっくりと椅子に座らせる。
「大丈夫ですか、蓮華様?」
「ええ……ごめんなさい。もう一度言ってちょうだい、明命」
気遣うように言葉を選びながら、明命はもう一度、雪蓮と冥琳に起きた出来事を語った。黙ってそれを聞きながら、蓮華は閉じた瞼を震わせて、固く唇を引き結ぶ。そしてその横では、その場にいられなかった悔しさを滲ませた思春が、拳を握りしめていた。
「……それで、冥琳の容体はどうなの?」
「はい。華佗先生の話では、一命は取り留めたそうですが、まだ油断はできない状態との事です」
「華佗が滞在していたのが、幸いだったわね」
深く息を吐いて、蓮華はホッと肩の力を抜く。安堵したわけではなかったが、いくらか気持ちは落ち着いた。
「それで、蓮華様。これから、いかがなさいますか?」
「本当なら、すぐにでも冥琳を見舞い、姉様を捜しに行きたいけれど、袁術がそれを許さないでしょう……」
心がはやる。どうすれば良いのか、頭が真っ白になって考えが浮かばない。
「私は……私はどうすれば……」
「お気持ちをしっかりお持ちください、蓮華様」
「思春……」
「雪蓮様ご不在の今、蓮華様が孫家の忠臣と民を導かなければなりません。そして我らもまた、主たる蓮華様を全力で支える所存です」
戸惑いながらも、蓮華はその言葉に頷いた。
「明命、冥琳の事を頼むわね。姉様の捜索は、こちらでも出来る範囲で行うつもりよ。何かわかったら教えてちょうだい」
「はい。お任せください」
思春と明命の二人を頼もしく思いながら、蓮華は行方のわからぬ姉の身を案じる。手がかり一つ掴めぬまま、ただ、時間だけが過ぎていった。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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コメント | ||
呉が崩壊し始めているぞ。この後がどうなるか楽しみだ(VVV計画の被験者) | ||
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