真・恋姫無双二次創作 〜盲目の御遣い〜 拾玖話『魂魄』
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分らない。

 

解らない。

 

判らない。

 

わからない。

 

どうして。

 

如何して。

 

雲のように。

 

霧のように。

 

靄のように。

 

霞のように。

 

晴れず。

 

止まず。

 

消えず。

 

融けず。

 

延々と。

 

長々と。

 

済々と。

 

冥々と。

 

じゃらじゃらと鳴る、手枷の鎖。

 

ばたばたと鳴る、天幕の布。

 

ぱちぱちと鳴る、松明の灯。

 

とくとくと鳴る、心臓の拍。

 

その全てが辺りに飽和している静寂を引き立たせ、

 

それが余計に鼓膜の奥で繰り返される声を際立たせた。

 

『董卓さんって、どんな方なんですか?』

 

『この人は、華雄さんは、信じられる人です』

 

『自害なんて、絶対に考えないで下さいね』

 

『私は、董卓さんを救いたいと思っているんです』

 

あの声が、私の心を鎮まらせた。

 

あの声が、私の心を掻き乱した。

 

「らしくもない……一体、どうしたというんだ、私は」

 

そう呟いた直後、

 

 

―――――おい、北条様が『あれ』やるらしいぜ。

 

―――――ホントか?よし、じゃあ俺も。

 

 

「……北条?」

 

とうに夜は更け松明と月光のみが辺りをぼんやりと照らす中、聞こえた名前に俯いていた視線が上がり、

 

 

 

私は自然と立ち上がり、歩きだしていた。

 

 

 

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深夜。連合軍駐屯地、孫策陣内。

 

「……今なら、大丈夫ですかね」

 

そう小さく言いながら、どこか遠慮気味に自分の天幕を後にする白夜の左手には、革張りのバイオリンケースが握られていた。

 

何の為かは、最早言うまでもないだろう。

 

戦死者達への弔い。

 

この外史へ降り立ち、生き抜いた全ての戦場で、鎮魂の調べという形をもってその意志を示してきた。

 

『生きている人間が死んでいった人間に出来るのは、その人達が生きていたことを覚えていること』

 

『彼等が何の為に生きて来たのか、何の為に戦い死んでいったのか、それを忘れないこと』

 

その意志自体は、尊重されてしかるべきものではある。

 

しかし現代でこそ当然の範疇に属するものの、その行為は三国時代の大陸において一種の禁忌とされる程の、決して褒められるものではない。

 

その為、白夜はなるだけ兵士達の目に入らない頃合いを見計らって弔いに向かうようにしていた。

 

そして今夜も、巡回の兵士達が最も少ない時間帯を狙い、弔いへと向かおうとしていた。

 

昼の激戦の影響で疲労困憊なのだろう、陣営内は不気味な程の沈黙が支配しており、時折弾ける火の粉や辺りから微かに届く虫の音が耳に心地よく響いていた。

 

ざりざりと鳴る足音。

 

いつもならば藍里が傍らに傍らに居てくれるのだが、

 

『申し訳ありません、今夜は明日の行軍の為に色々と準備しなければならないことがありまして……』

 

という訳である。

 

故になるだけ人目を避けるため、発する言葉は無く、その歩みは何処か勇み気味であった。

 

それでも、やがて間も無く陣地を出ようという場所まで来れた。

 

ここまで来れば後はもう少し。

 

そう思った直後、

 

 

 

―――――あれ?そこにいらっしゃるのは、北条様ですか?

 

 

 

背後から聞こえた声に、足を止めざるを得なくなってしまった。

 

 

 

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(これは、ちょっと不味いですね……)

 

背後から近付く気配が三つ。

 

どうやら巡回中の一般兵に見つかってしまったらしい。

 

少し気が急いていたのかもしれない、と内心で気配に気付かなかった事に反省しながらゆっくりと踵を返す。

 

無論、表情はなるだけ崩さずに。

 

「こんばんは、どうもお疲れ様です」

 

「お心遣い、有難う御座います」

 

「で、北条様はどうされました?」

 

「あぁ、えぇと……」

 

思わず言い淀んでしまう白夜に、兵達は訝しむ。

 

「……どうかされましたか?お体の具合でも?」

 

「いえ、そういう訳ではなくて、」

 

「何か重要な問題でもありましたか?」

 

「我々で良ければ、お力になりますが?」

 

二の句を継げず考え込んでしまう自分を余所に、彼等は更に言葉を投げかけてきて、

 

「ひょっとして、晩の食事に何か悪いものでも混じってましたか?」

 

「おい、今日の糧食の担当、誰だったっけ?ちょっと締め上げてこいよ」

 

「えと、確か腹下した時ってあっためればいいんだっけ?」

 

それは純粋な心配の言葉であって、

 

 

 

 

 

―――――弔う為です。

 

 

 

 

 

 

「「「…………はい?」」」

 

だから、思い切って正直に言う事にした。

 

「弔いに行くんです。この戦いで亡くなっていった人達の為に」

 

いずれはばれることだろうし、何より自分を純粋に気遣ってくれる彼等に嘘を吐きたくなかった。

 

「……それはつまり、俺達孫呉の兵士だけではなく、」

 

「はい、董卓軍の方々の分も、です」

 

言葉を失い、呆然とする兵士達。

 

次の言葉を待った。

 

どんな答えだろうと、それは自分が受け止めるべきものだから。

 

やがて、三人の内の一人が躊躇いがちに問うた。

 

 

「……北条様はつい先日まで、戦場に立った事すらなかったそうですね」

 

「……はい、その通りです」

 

「なのに……何故ですか?」

 

そして、兵士は今一度問う。

 

 

 

 

 

―――――何故、貴方は真正面から『死ぬこと』と向き合えるのですか?

 

 

 

 

 

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……大切な人が、いるはずなんです。

 

 

―――――思い返すのは、四年前の『あの日』

 

 

悲しむ人が、いるはずなんです。

 

 

―――――力強かったその手が、

 

 

苦しむ人が、いるはずなんです。

 

 

―――――心地良かったその声が、

 

 

失う痛みは、何よりも辛いんです。

 

 

―――――温かかったそのぬくもりが、

 

 

人の命を奪うってことは、その痛みを誰かに与えてしまうことなんです。

 

 

―――――砂のように零れ落ちていく瞬間。

 

 

『仕方なかった』で、許されていいはずがないんです。

 

 

―――――恐怖と悲哀で一杯になり、

 

 

どんな理由があるにしたって、命を奪ったという事実は変わらないんです。

 

 

―――――喪失感と虚無感が溢れ返る。

 

 

許されたいなんて、思ってるわけじゃありません。

 

 

―――――二度と忘れられない、忘れられはしない、あの痛み。

 

 

許されていいはずがないんです。

 

 

―――――あの痛みを、自分は誰かに与えたのだ。

 

 

だから、私達は忘れてはならないんです。

 

 

―――――それも、他ならぬ自分達の為に。

 

 

命をこの手で奪ったことを。

 

 

―――――それが、ここで生きるということだから。

 

 

私達は、ずっと背負っていかなければならないんです。

 

 

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「…………」

 

「「「…………」」」

 

重かった。

 

先程まで耳に心地よかった数々の音色も、今となっては不安を煽りたてる一つでしかない。

 

やがて一瞬にも一刻にも思える様な沈黙の後、

 

 

 

―――――参りましたね、少しからかうだけの積もりだったんですが。

 

 

 

「……はい?」

 

あまりに予想外の返答に、今度はこちらが呆ける番だった。

 

そんな白夜を前に、兵士達は何処か気まずそうに語り出す。

 

「実は俺達、もう知ってるんです。戦いが終わる度に、北条様が何をしてたのか」

 

「……どうして、ですか?」

 

そりゃあ完璧ではなかっただろうが、自分なりに人の目を避けていた筈なのだが。

 

「諸葛瑾様から教えられましたので」

 

「あ、俺は黄蓋様からっす」

 

「俺は周泰様から教わりました」

 

「………はい?」

 

益々訳が解らない。自分のしていたことは、彼等一般兵には内密にしておくべきことのはずなのに。

 

眉を顰め首を捻る白夜に彼等は一人ずつ、少しずつ言葉を選んでゆく。

 

「孫策様達が、我々に教えて下さったんです。貴方の意志や覚悟、その重さを」

 

「最初は驚きました。貴方程の御方がそうするということは、俺達が間違っていたのかと、不安にもなりました。けど……貴方はもっと違うところで、苦しんでた」

 

「ついこないだまで戦場を知らなかったのに、そうやって苦しんでるって聞いて、その……正しいとか、間違ってるとか、そういうのが馬鹿馬鹿しくなってきちまったというか」

 

 

 

「まぁ要するに、我々は貴方の覚悟に賛同したんです。なぁ、皆!!」

 

 

 

「……へ?」

 

兵士の一人が声を張り上げた途端、耳朶に届いたのは『大勢の』足音。

 

近付く気配は決して少なくはなく、優に百には届きそうだった。

 

「今夜、非番になってた連中です。貴方が今夜も向かわれると聞いて『一緒に行きたい』と」

 

「当直で来れなかった奴も多いっすけど、どいつも皆来たがってましたね」

 

「最初は渋ってた奴も何人かいましたけど、今じゃ大半の連中は貴方に賛同してますよ」

 

「一体誰から、今夜私が行くと……?」

 

「孫策様と諸葛瑾様です」

 

……あぁ、何か企んでると思ったら、こういう事だったんですね。

 

「他の諸侯の目も有りますし、何処に董卓軍の連中が潜んでいるか解りません。……我々も、同行させていただけませんか?」

 

『お願いします、北条様!!』『俺達も行かせて下さい!!』

 

落ち着く間も無く届く声。

 

それはまるで波紋のように、じわりじわりと心に行き渡って、閉じた瞼の隙間からこぼれ落ちそうになって、

 

「……それでは、お願いします」

 

『は、はいっ!!!』

 

それを必死に堪えながら答える白夜の顔は、心からの笑顔だった。

 

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外に出て初めて解ったが、連合軍の駐屯地は水関からさして離れていなかった。

 

巡回の人影もまばらなのは、大半の兵達が休息に入っているからなのだろう。

 

やたらと静かな陣営内を、微かに聞こえる兵士達の声を頼りに歩く。

 

やがて辿り着いた先に見えたのは、

 

「……なんだ、あの人だかりは」

 

見た所、集まっているのは一般兵のようだった。

 

何かの策かと思ったが、それにしては何処か空気が違う。

 

そして、その中心には、

 

「北条……」

 

相変わらず人当たりの良さそうな笑顔の彼は、周囲の兵士達に荷物らしきものを持たれたり、手を引いてもらったりと、まるで主従ではなく、対等な友人とでも接しているような、そんな空気を醸し出していた。

 

その違和感に眉を顰めていると、彼等は陣地を出て何処かへと向かい始めた。

 

「……奴等は、一体何処へ?」

 

向かっていったであろう先にあるのは、

 

「……水関?」

 

迷う事無く、私は後を追った。

 

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流石に陣地から大きく外れる訳にもいかず、水関を視認出来る位置(兵士達に確認をとった)で立ち止まると、白夜はゆっくりとケースを傍らに置いた。

 

兵士達は初めて目にしたバイオリンに少なからずの興味を示しながらも、静かにその姿を見守っていた。

 

柔らかな月明かりを浴びながら、ゆっくりと立ち上がるその体躯。

 

曇りなき真白の衣が神々しさを纏わせ、峡谷を通り過ぎてゆく夜風がふわりとそれを靡かせた。

 

それは実に幻想的で、神秘的で、『天』という言葉に全く相違なくて、

 

 

 

そこに透き通るような、物悲しい旋律がゆっくりと響き渡った。

 

 

 

自らの時を駆け抜け、最期を迎えた命達。

 

生きとし生ける者達に、平等に訪れる終幕の時。

 

『人はいつか必ず死ぬ。寿命じゃったり、病気じゃったり、怪我じゃったり、早いか遅いかも人それぞれじゃ。選ぶ事は出来ん』

 

そう教えてくれたあの人にも、やはりそれは訪れた。

 

『じゃからな、白夜。儂はこう思うんじゃよ。せめて最期の時に『産まれてきて良かった』と心から思えるように生きたい、とな』

 

誰もがそう願っているはずで、

 

でも、自分達がした事はまるで正反対で、

 

死にたくなかったはずだ。

 

生きていたかったはずだ。

 

そして、そうさせたのは自分達なのだ。

 

だからこそ、彼等の人生をこれで終わらせたくない。

 

自分の中に、彼等が生きていたという証を刻みこんで生きていく。

 

自己満足なのは解っている。

 

例えそうだとしても、

 

 

 

自分が『そうするべきだ』と、そう決めたのだから。

 

 

 

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目を見開いた。

 

目を奪われた。

 

何をしているかは解った。

 

だからこそ、何をしているのかが解らなかった。

 

「あり得ん……」

 

見つからないよう遠目に見ていても、その中心にいる人物は直ぐに解った。

 

見間違えようのない衣服。

 

見覚えのない楽器。

 

一際離れた場所で優しくも悲しい旋律を紡ぎ出す彼の姿は、神代の奇跡すら思わせるようで、

 

「北条……なっ!?」

 

 

 

その切欠は、最も彼の傍に居た兵士だった。

 

 

 

ゆっくりと跪き、武器を傍らに置き、まるで祈りを捧げるかのように両の掌を合わせ、頭を垂れた。

 

最初こそ戸惑いはしたのだろう、兵士達に微かな動揺が奔ったかと思うと、彼等は次々にその姿に習い、膝をついてゆく。

 

それはまるで儀式のような、あまりに異様な光景で、

 

「一体何をしてるんだ……」

 

「気になりますか?」

 

「っ!?」

 

突如背後から聞こえた声。

 

振り返った先にいたのは、昼間に一度見た長い黒髪の少女。

 

確か、周泰と呼ばれていたか。

 

「どうして驚かれているんですか?白夜様に貴女を見張っているようにと言われたのは見てましたよね?」

 

「あ、あぁ、そうだったな……」

 

訝しげに首を傾げる周泰の言葉に落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと視線を戻すと、

 

 

 

「……泣いている、だと?」

 

 

 

益々解らない。

 

何故涙を流す?

 

「解りませんか?」

 

戸惑いを隠しきれない私に、周泰は問う。

 

「悲しんでいらっしゃるんです。兵士の皆さんが亡くなっていった事に」

 

「馬鹿な、そんなものは、将として生きていれば当然の、」

 

「あの御方にとっては、当然じゃないんです。何も知らないとはいえ、それ以上は言わないで下さい」

 

その表情は鋭利な刃物すら思わせるようで、

 

 

 

―――――『あの御方の信頼を裏切ったら、許しませんよ?』

 

 

 

昼に自分を足枷を解いたあの女と同じような何かを感じさせた。

 

こいつも、あの女も、何故こうまで。

 

「あの御方は、戦いが大嫌いなんです」

 

呆然と向ける視線。

 

「出来れば誰にも死んで欲しくなくて、皆さんに笑っていて欲しくて」

 

自然と傾ける耳。

 

「それが出来ないって解っても、いつか出来るようにって必死になれる、優しい御方なんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それではまるで、あの御方と同じではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳裏に残る、優しい笑顔。

 

 

鼓膜に残る、優しい声。

 

 

網膜に残る、優しい物腰。

 

 

胸中に残る、優しい志。

 

 

私はその姿に、あれほどに自分を苛ませた迷いを忘れ、ただひたすらに見入らせられていた。

 

 

(続)

説明
投稿49作品目になりました。
……おぉ、なんて不吉な数字wwww
今回は2話同時投稿になっておりますので、後書きはそちらにて。
拙い作品ですが、いつものように感想質問その他諸々、一言でもコメントして頂けると嬉しいです。
では、どうぞ。
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