山賊と姫君
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使役がしゅるしゅると引っ込んだ

酒を飲みながら、今日の戦利品を、山賊は眺める

きれいな壺、きれいな金貨、きれいな宝物

それとおびえた目をしている一人の獲人

山賊はこいつを花嫁にしようとさらってきたのだ

もうそろそろ独り者でいることもあきたし、

愛されるというのも味わってみたかった

おびえてしくしくとやりだしたそいつをみながら、

山賊はくぴりと酒を飲んだ

 

今日も使役はよく働いた

ねぎらいながら、「戻す」と、

さらってきた花嫁がとたとたと出てきた

「お帰りなさい」

美しくほほえむそれは、けれど山賊も知っているとおり、

上辺だけのものだ

山賊にすかれなければ、と思っているのだろう

殺されたてはたまらないもの

 

山賊はまだ、花嫁に手を出してはいなかった

手を出すと言っても、どうだしていいかわからなかったし、

キスさえしようものなら、

花嫁は舌をかみ切ってしまうだろう

そう、思えた

ただやはり若い男性であるのだから、

日々悶々としてしまい、

いかんともしがたいような思いを味わうのだった

 

山賊は戦利品を選ぶようになった

赤い宝玉や、青い耳飾りなど、

花嫁に似合うと思われた

しかし山賊が持ってきたものを、

花嫁は決してつけようとしなかった

山賊はその日を心待ちにしていたのだが・・・

夜中に泣いているらしい花嫁は、

山賊が帰ってくるとほほえみながらそれを受け取るが、

やはり決して身につけようとはしないのだ

 

ある日山賊はとうとう思いあまって、

夜中に花嫁の部屋に行ってしまった

使役たちががんばれと言ってくれたので、

少しだけ勇気がでた

山賊は、そうだ、使役には愛されているのだ

使役は山賊の一部であるから

少しばかり様子を整えて、

こんこんとドアをノックすると、

果たしてなんにも反応がない

少々焦って山賊は戸を開いた

花嫁はうつうつとひじをつき、

窓の外を見ながら、涙をゆるりと流していた

それをみた山賊は、きゅっと胸をつかれる思いで、

花嫁になにか−優しい言葉を何か、かけようとした

しかしナンにも声にならなかった

胸を何かに打ち込まれたまま、

山賊は戸を閉めた

自分の部屋に帰る間、

うつうつと、うつうつと、

花嫁に真に笑ってもらうにはどうすればいいのか、と悩んでいた

 

山賊は生まれたとき、ひとりぼっちであったことを悲しく思い出した

母と呼べるものはとうにどこかへ消えてしまった

物心のつくころになれば、ひしひしと孤独を感じて

めいることが何度もあった

人は独りでは生きていけない

山賊は使役と遊ぶことを覚え、

この山の中で使役とともに育った

だからなのかもしれない、

花嫁が笑ってくれないのは

山賊に何か、人としてなにか、欠陥があるのかもしれない

そう思うと山賊はとても悲しくなるのだった

 

本当は山賊などしなくても生きていけるのだ

この山には、食料もたくさんある、

そうだ、少々の危険を侵せば。

しかし山賊は山賊をやめようとは思わなかった

山賊にとって、人里にでて何かを奪うことは、

たった一つの「人間」とのつながりであるから

「人間」が何を思い、何をして、何が起こっているのか、

山賊は下界で知るのだ

その、奪ってきたものによって

 

花嫁がぼおっと下界の様子を眺めていた

山賊はこのごろ花嫁を愉しませることを考えすぎて、

考えすぎて、頭が痛くなることがあった

そのときもそういう状態で、

ついついふらふらと花嫁の元によって、

そのほほにちゅっと接吻した

ぎこちなく花嫁がこちらを振り返った

山賊はさっと青ざめた

頭の中に花嫁が死んでしまったり、逃げてしまうことが

まざまざと描かれた

「すまない」

山賊は謝った

青くなったまま

「許してくれ」

花嫁は首を振った

そしてまた下界の様子に目を向けるのだった

山賊はなぜか、心が冷たい悲しみにおそわれて、

どうにもこうにもやるせなく、涙が出そうになってしまった

 

山賊はふと夜起きて、

手のひらをじっとみた。

人を殺したことはない

使役たちの「めくらまし」で、

ものものを奪ってきた

花嫁というものがどんなものか、

噂ではあったかく(使役がそういっていた)

噂ではきれいで(やっぱり使役が言っていた)

そしてこの上もなく幸福なものなのだそうだ

でもどうだろう、花嫁は無言で押し黙ったまま、

何日もたっている、もう偽りのほほえみさえ向けてくれない

山賊は、今度、花嫁を逃がしてしまおうと思った

使役たちとまた暮らすことにしよう、

何事もなかったように

そしてぽろりと山賊は泣いた

久しぶりの涙であった

申し訳ないと、決心がついたら。

決心が付いたら、

花嫁を、逃がそう

 

山賊はなぜか知恵熱がでて、

帰ったとたんに倒れてしまった

使役が「知恵熱だ」というので、

確かに知恵熱だと思う

もうろうとした意識の中で、

這って布団に潜り込んだ

なぁに、一日二日、寝ていれば治るだろう

山賊が弱っているから、使役も出てこない

窓の外を見た

暗く流れる下界の光が見えた

山賊はその光が好きだった

やけにぼやけている。

もう寝てしまおうとまぶたを閉じた

いつ頃だっただろう、

ふと目を覚ますと、美しい女性がいた

女性は心配そうに(驚いたことに)、山賊を見つめていた

山賊はこんなにきれいなお嫁さんがいるなんて、

やっぱり俺は幸せなのだと思った

でもこの人は逃げてしまうのだ

俺が逃がしてしまうのだ

花嫁は少し驚いたように、山賊のほほをなでた

ははぁ、俺は泣いているのだな、と思った

景色がぼやけているのはそのせいだろう

手のひらが気持ちよくて、山賊はまぶたを閉じた

暗闇の中で、花嫁さんの小さな息づかいを聞いていた

久しぶりに安らかに、山賊は眠りに落ちた

とても気持ちよく

とても、気持ちがよく

 

花嫁はこのごろうつうつと考えることが多いようだ

山賊はまだ迷っていた

花嫁を逃がしてしまうには、あまりにも、心が足りなかった

何かに。

逃がしてしまったら、ここで切れてしまうのか。

山賊はある日使役に聞いてみた

そうでしょうね

使役は言った

花嫁さんは逃げてしまえば、二度と戻ってくださらないでしょう

およしなさい、とも使役は言った

無理矢理うばってしまいなさい、

花嫁さんを、愛しているのでしょう

山賊は使役にそれを言われて、ぎくりと固まった

そして心を探ってみれば、もうどうしようもないほど、

花嫁にとりこまれてしまった自分がいて

しみじみと悲しくなった

逃がさねばならない

山賊は首を振った

「夫」というものは、「妻」を幸せにするものなのだから

そして唇をきゅっと噛んだ

 

天気のいい日だった

山賊は花嫁と野原に連れ立った

最後の日は近づいている、

花嫁に、きれいな景色を見せたかった

花嫁を、少しでも愉しませたという記憶がほしかった

満点の星空の、

沈むような野原に着くと、

花嫁はほうっと息を吐いて、地面に降りた

じっと山賊はその様子を見ていた

無言で花嫁は手を広げた

星をつかむように

山賊はそれをずっとみていた

不意に、花嫁がこちらを振り返った

山賊がどきりとする

「私を愛していますか?」

山賊はぎこちなく、頷いた

「どのくらい」

「この星がすべて消えても、

この地面がすべて消えても、変わらないぐらいに」

「どうして?」

「どうして・・・・?」

山賊は首をかしげた

花嫁の問いたいことが、よくわからなかった

「私はあなたがわからない」

花嫁は何かを閉じこめた琥珀のような瞳で、

きらきらと山賊を見つめた

山賊はこの女(ひと)こそよくわからないと思った

だけどこの瞳はきれいだった

意志を含んで、きれいだった

 

山賊はやっと逃がそうとそう決めた

花嫁に、支度をしなさい、というと、

使役がぎゃっぎゃと泣いた

くるしうございます、王

(使役は山賊を王と言った)

山賊は無言で頷いて、

おまえはあちらにいってなさいと言った

花嫁はその様子をじっとみていると、

では支度をしますので、外にでていてください、と申された

◇◇◇

山賊が待っていると、

密やかに花嫁が出てきた

頷く

山賊はしみじみとその姿を眺め、

もう終わりなのだと悲しく思った

ゆきましょう

下界に

◇◇◇

山賊が降り立つと、

花嫁はあでやかにほほえんだ

山賊はどきりとして、

ああ、最後にやっと、ほほえみがみられたのだとうれしく思った

手を差し出すと、花嫁はその手のひらをじっと見つめて握り替えした

山賊は幸福だった

願わくば、この幸福が長く続けばいいと思った

「ここらへんは険しい」

山賊は言った

「私と手をつながなければならない」

花嫁はもう一度、ほほえんだ

◇◇◇

てくてくと歩くと、

星がきらきらと追ってきた

満月が、ゆうるりと流されていた

穏やかな日だった。

きゅっと、突然花嫁がてのひらを強く握った

しっとり汗ばんでいるそれは、

花嫁が何かを思っていることを、感じさせた

「私が恐ろしいか?」

むしろすがすがしくさえ思いながら

ゆっくりと山賊は聞いてみた

「いや・・・・」

花嫁は首を振った

「今は恐ろしくない」

山賊はうれしく思った

「おまえの家はあちらだな」

「あちらだ」

てくてくと歩いた

細い、柔らかい手のひらが、次第に山賊に食い込んでいった

悲しみのような、喜びのような心持ちで

やっとついたとき、

長い長い旅をしてきたように、山賊は吐息をはいた

「さぁ、かえるがいい」

山賊はてのひらを放した

「おまえの父と母も待っているだろう」

「ああ、待っているだろう」

不意に、花嫁が、山賊の胸に飛び込んだ

「う」

山賊は驚いて抱きとめた

手の中で、ときときと、脈打っている

「行こう」

「うう」

山賊が目を白黒させる。

何とも愛しく、ともすれば壊してしまいそうになって、

こんなことをするとは、この人はきっと悪女なのに違いないと思った

「行こう」

花嫁がもう一度言った

「母と父に、おまえをいいに」

「わ、私を?」

山賊はのぞき込んだとたん、後悔した

姫は美しく気高い瞳で、ほほを赤く上気させて、

妖艶なほど美しかった

これではもう、手放せない

手放せば、魂がちぎれる

「おまえを、夫にすると」

「・・・・・」

ひゅっと山賊は息をのんだ

「お、おまえは逃げるのだ」

「逃げない」

「逃げねば、私といれば、ふ、不幸に」

「ならない」

そっと姫は背伸びをした

そしてそっと

そっと

山賊に、接吻した

「愛しい山賊・・・・・・

おまえが山賊を辞めて、

山で私と暮らすというなら

・・・私はおまえのものになる・・・・」

山賊は姫を抱きしめた

強く、つよく

胸がいっぱいで、

星みたいにきらきら光った

あの星は、喜びに輝いているのかもしれない

柔らかい音を聞きながら、山賊は

山賊を辞めた山賊は

星の光に満ちていた

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山賊の恋の話
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