機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol35
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SEED Spiritual PHASE-124 つながる心つながる理由

 

 MBF‐02ストライクルージュ≠フ性能に特筆すべき所はない。C.E.71時点では一線級の機体だったとしても今で象徴以上の価値はない。最早、時代遅れ。皆が止めたのも頷ける。今の戦場にこの機体で出て行くなど……正気の沙汰ではない。

「それでもっ! オーブを明け渡せと言われて黙っていられるわけがないじゃないかあっ!」

 強化型エールストライカー≠装備したストライクルージュ≠ヘ現政権の解体を要求してきた『地球上で最も早く復興した国』に対し迎撃を開始していた。定刻を過ぎた瞬間、イマジネーターの軍勢は空母及びイージス艦の甲板からジェットストライカー≠装備したウィンダム£Bを一斉に飛び上がらせオーブの空を雲霞の如く埋め尽くした。専守防衛、オーブ軍は侵攻を確認した直後モビルスーツ部隊を発進させる。加わったストライクルージュ≠ヘ一気に前線へ躍り出ると瞬く間にウィンダム≠一機墜とし、ムラサメ≠フ部隊を抜き去り次の敵と斬り結んでいた。

〈ストライクルージュ=Aカガリ・ユラ・アスハ代表ですか?〉

「あぁそうだ!」

〈代表自らが平和を切り崩そうとなさるわけですね!〉

「オーブの理念に従ったまで! 侵略を甘んじて受けるわたしではないっ!」

〈我々の国へ侵略行為をしておいて〉

 静かな批判が鬱陶しい。それに対し何も言い返せない自分も恨めしい。狂った社会を忌避し、その芽を摘むためと誰かが彼の国に暴力を送り込んだ結果が今なのだ。オーブの理念、自分の正義どちらに照らし合わせようとも自己正当化が通用しない。

〈世界平和を謳いながらもやはり優先させるべきは国益ですか!〉

 眼前のウィンダム≠ゥらの負荷が消えた。敵は押し込んでいたビームサーベルと拮抗していたシールドごと機体を後退させるとすぐ目の前で蜻蛉を切って眼下に回り込む。シートの真下と言うモビルスーツの死角に回り込むなりA52攻盾タイプEの先端を差し上げた。放たれる二連のシールドミサイル。

「ぅああああああっ!」

 視覚外からの攻撃に対応できずなすすべなく直撃されたカガリは慌てて機体を後退させた。紅のフェイズシフト装甲は直撃の爆圧に耐えきったが一瞬脳裏をよぎった感想までは否定できない。相手の方が上手か。負ける?

「いいや、ストライク≠フ方が性能は上だっ!」

 カガリは追加スラスターの全てに火を入れ敵機頭上を行き過ぎると直後に反転、虚空に逆立ちした状態でライフルを突きつけた。三連。背後から襲いかかったビームがジェットストライカー≠フ翼端を削り墜とし相手を傾がせる。追撃を加えようとしたカガリだったが国防本部からの通信が意識を戦闘外へと引っ張り込んだ。

〈モルゲンレーテ≠フ第4工廠に――! 展示用のI.W.S.P.が奪われました!〉

「なに?」

 既にオノゴロ島がそんな深部にまで!? 動揺の間にウィンダム≠ェ振り返る。

「無知とは哀れ。カタログスペック上ではウィンダム≠ニストライク≠フ間にほとんど差などないことをご存じないか!」

 揚力を欠損させたとは思えない挙動が来る。接近のタイミングを逸し、射撃を続けたまま後退を始めたストライクルージュ≠ヨとウィンダム≠ェ肉薄する。自由落下と急上昇を織り交ぜた回避行動に、乱射されるビームは掠りもしない。逆に相手が放った閃光はこちらのライフルを掠めていった。いつの間にか抜かれたビームサーベルにすんでの所でシールドを差し込む。

〈アスハ代表。あなたに足りないものが多すぎる〉

「なにを!」

 スパークを迸らせる接触面。細身の機体がストライク≠ニの差はないと豪語した相手のパワーは押し返しても揺るがない。そして一撃目にばかり気を取られていると脇から入ったバーニアの威力が加算された蹴りがコクピットを激しくシェイクした。

〈足りない!〉

「っ!?」

〈足りない! 思想、頭脳、気品統率力、政治力そして何より戦闘力!〉

 白みかけた視界を眇め必死に体勢を立て直そうとするカガリに言葉と鉛の乱打が襲う。M2M5トーデスシュレッケン12.5o自動近接防御火器のあとを追うMk438/B2連装多目的ミサイルヴュルガーSA10≠ェ防戦一方になっていたストライクルージュ≠海面にまで吹き飛ばした。ウィンダム≠ヘカガリを救おうとはやるムラサメ£Bを躱しながら破損したストライカーパックをパージすると友軍と合流、そのウィンダム≠ゥら異常な装備を接続される。

「統合兵装ストライカーパック!?」

 それは自分の未熟を喚起させる兵装。このストライカーパック自体はC.E.71時点で形にはなっていた。GAT‐X105ストライク≠フデッドコピーであるこの機体は元々統合兵装ストライカーパック(I.W.S.P.)を用いる予定だったがモビルスーツルーキーであった当時のカガリはこの複雑すぎる火器管制に対応できず急遽エールストライカー≠ナヤキン・ドゥーエ≠ノ参加せざるを得なかった経緯がある。そして今も、彼女は対応できていない。

〈あなたは何一つ守れない! 導けない!〉

 足りないものがある。

 海面激突寸前にスラスターを全開にし、戦場へ舞い戻るカガリだったがその間に二機、墜ちていくムラサメ≠見せつけられた。過剰な武装を施されたウィンダム℃O機がこの戦場の中核となり数で勝るはずのオーブ勢力を圧倒していく。

〈そんな者に君臨される世界の身にもなってみなさい〉

 足りないものがある。

 追いつけない。民が墜とされていくのに。追いつけない。一対一に持ち込んでも、武装も操縦技術も及ばない。追いつけない。国益を主張する彼らの言い分には正義がある。対して世界益を主張する自分の言い分には矛盾がある。

「ならば……どうしろと言うのだ!? わたしに力がない? その通りだよ! だが、だからと言って全てを捨てることなどできるわけがないだろう! そんな無責任、認められるわけがない!」

 上空で自分を無視し戦いに明け暮れていたウィンダム≠ェメインカメラをこちらに向ける。睥睨。カガリはその目にビームライフルを突きつけるが敵意を放つことはできなかった。掠められただけ、そう思っていたライフルがいつの間にか無力化させられていた。

「守りたいんだわたしは! 敵意を向けてくるお前らも含めた全てを! 我が儘か? 傲慢か? 誰も彼も幸せにしたいって理想は、そんなにも愚かなことなのかっ!?」

 絶叫した瞬間、カガリの脳裏に何かが生まれ、そして弾けた。

〈ほしいのは『結果』! 無駄遣いされ結果の伴わない政策が平然とまかり通るくらいなら放置の方が貯金になるというのは浅はかな考えですかね!?〉

 向けられるレールガン、亜高速にまで達するはずの弾道が、視える。ストライクルージュ≠ヘわずかに機体を傾がせると腹の前を亜高速質量弾が行き過ぎた。接近速度は衰えない。向けられるビームライフルに鉄塊に成り果てたライフルを投げつけ銃口をそらす。接近速度は衰えない。それでもイマジネーターの判断力はナチュラルを凌駕する。振り上げたビームサーベルがシールドに受け止められた。ウィンダム≠ヘそのまま盾の鋭利な先端をこちらのメインカメラへ突き立てようとする。だがカガリの反射は敵の計算を上回る、左手で抜かれたサーベルが敵の頭部に突き刺さった。目つぶし寸前にまで迫っていたシールドがガクンと止まる――解放された右手の剣が相手の方に到達し、振り下ろした両手はウィンダム≠フ両腕を根本から斬り落としていた。

「わかる! お前らの言い分はな! もぉ痛い程だ! だがな、だからこそ話し合うべきなんじゃないかっ!?」

 推力を失い落下していくウィンダム≠ヨと叫ぶ。海面に墜ちた彼の言葉は届かなかったが、代わりにその僚機から淡々とした通信が滑り込んできた。

〈――そうすれば争いはなくなる? 皆が殺人者を許し、悔い改めることを期待することが平和への近道?

 いいえ。我の強い奴らだけが『何しても許される』って感じでヒトの我慢を利得にしてくだけです。あなたが人に見る光持つ者――悔い改める人達こそが排斥されるんです。

 今墜とした彼の遺族に代表は同じことを言うんですか?〉

 言えるか? ちらつくシン・アスカの紅い瞳。言えるわけない。カガリは喉の奥から迫り上がる震えに戦場を忘れた。

「………わたしは……そんなにも無力なのか……?」

 周りでは戦争が続いている。二機いた重武装ウィンダム≠フ片割れは戦場で立ち竦む自由を与えられず飛び去ってしまっている。答えたのはムラサメ≠フサーベルを回避しシールドミサイルの連射で友軍を墜とした敵機だった。

〈僕は、あなたを無力だとは言っていません〉

 彼はまるで同一人物でもあるかのようにその言葉を継いだ。その間に別のウィンダム≠ノ忍び寄られ、バックパックの大型スラスターを掴み取られた。

「っ!」

〈あなたに世界を救う資質が全くないとは言ってません。あなただって人。皆と同じ。あなたは頑張っている。報われないのがおかしいぐらいに。でも、僕たちだって頑張ってるんです。みんな、報われなきゃ、問題なんです〉

 今度は両腕を掴み取られる。ムラサメ≠ェ救助に向かいたがるも敵ウィンダム≠ェそれを許さない。混沌とし始めた乱戦の中で、カガリの周囲だけが停滞する。

〈気持ちが大切なのは分かります。ですが力が伴わない気持ちなんて空回りするだけ。逆に力を持っていてもやる気のないヒトも問題でしょう。あなたに対して感じるのは、そんな人達と同じ勿体ない感覚です〉

〈カガリ様!〉

〈カガリ様っ!〉

 ストライクルージュ≠ェ拘束された瞬間にオーブ国防本部上空で行われていた戦闘が停止した。

「わ、わたしにイマジネーターになれというのかっ!?」

〈そうすれば、救えるものは確実に増えます。――では、僕の判断で要求を二択にしてみましょうか。

 要求は以下のいずれか。現政権の解体。我らによる新たな統合国家中枢政権の樹立。

 ――もしくは、カガリ・ユラ・アスハ代表に独裁官としての権限を。もちろん、支配者に相応しい全ての力を与えられて、と言う条件つけますが〉

「な……に?」

〈この僕の独断、多分、みんな納得してくれるんじゃないかな……。僕らがここで侵略行為に勤しむ理由は、理不尽な暴力に晒される誰かをこれ以上出したくないってのが理由だから〉

 彼が漏らした要求は瞬く間に伝播し国防本部にまで届けられる。

 国の明け渡しか、代表の改造か。

 今のオーブには、要求をはね除ける方法も、敵を悪と断じる方法も、見つからない。停滞した戦場は平穏とはかけ離れたまま耐えきれない程の緊張感を世界に強いていった。

 

 

 

 ゴンドワナ♀ラ落の報にマリュー・ラミアスは唇を噛み締めた。ザフトの別働隊として月の制圧を任された、アークエンジェル≠旗艦とする一団は先程先鋒部隊の全滅を聞かされたばかりだった。ターミナル≠フ利用者として原則彼らの要望には応えなければならない。それが協力国に利することならマリュー本人にも反発する理由はない。で、ありながらも月への侵攻を躊躇う自分がいた。

「なんて奴らなんだ……あのエヴィデンス≠フ戦力は……!」

 操舵師ノイマンの辟易したような溜息に同意したい。大戦を潜り抜けた名艦たるアークエンジェル級二隻を戴く一団と言えどこちらが到着するまでの僅かな間に先発モビルスーツ部隊を全滅させるような戦力に抗いきる自信はない。

(わたしは……みんなを死に場所に送り込んでる……?)

 マリューの心を冷たい手が撫でた瞬間、戦端は開かれた。CIC担当チャンドラからの報告によりアークエンジェル≠フブリッジ内で索敵が始まる。攻撃指示が続く。

「モビルスーツ発進と同時にゴットフリート¥ニ準、敵護衛艦!」

 種々雑多な敵艦団の一角へ収束火線砲を叩き付ける。編成に関してはこちらも他人のことは言えない。ザフト所属艦の色彩は強いもののこちらもやはり種々雑多。月を目前にして乱戦が始まる。

「ミサイル来ます! 数十!」

「回避! イーゲルシュテルン℃ゥ動追尾解除、弾幕張って! ローラシア級の左舷を抜けてアルザッヘル≠ヨ!」

 徐々にこちらが圧している。月面を擦過する太陽光が衛星の輪郭を際立たせた。逆光に隠れるように奇妙な形の城が浮かぶ。

「……ローエングリン¥ニ準、目標アルザッヘル<Nレーター!」

 マリューは心の中でしか逡巡を見せなかった。皆が動揺を示す中、艦長は毅然として正面を見据える。陽電子破城砲ローエングリン=\―アークエンジェル″ナ大の火力を持って敵の牙城に打撃を加える。抑圧された戦意を盛り返すには戦争らしい残虐有利を求めるしかない。マリューの視線に皆が表情を歪めつつも頷いた。艦首両端よりせり出した二門の陽電子砲が貝殻じみた建造物へと突き付けられる。

 人の犇めく街中に陽電子の雷を放り込む――イマジネーターを機械兵と断じきれないマリューは命令を躊躇う。

「艦長…」

 誰かの声に、救われる。マリューは意を決し、モニタに映る貝殻城を睨み据えた。

「撃ェーっ!」

 追いついてきた敵モビルスーツはない。放ってしまった閃光はもう止められない。陽電子の渦に飲み込まれる人々の姿を思い描き両目を閉じたマリューだったが続く報告が罪悪感を反転させた。

「アンノウンモビルスーツ! グリーン・ゼロ 1!」

 真正面に出現したモビルスーツ!? 報告が驚愕を喚起した瞬間には戦場は次へと推移していた。

「ローエングリン%番反射されました! これは――」

 直後激震が奔った。アームレストに縋り付き息を止めるマリューの耳にもう一発の陽電子砲が貝殻表面に張り巡らされた陽電子リフレクターに阻まれたとの報告が届く。あれは元軍事要塞メサイア=Bその可能性は思い至れなかったことを寧ろ恥じるべきだがマリューの悔恨は続いて届いた不可思議な通信にかき消されていた。

『下がれアークエンジェル=I 俺はこの街を撃たせたくない!』

「む、ムウ!?」

 衆目も気にできず乗り出してしまう。拡大されたモニタ映像に裏付けられた。ライブラリがアンノウンを取り消しORB‐01を表示させている。マリューは無意識のうちに手元の通信端末を操作すると記憶にあるコードとの接触を試みた。結果――繋がる。通信モニタに彼の顔が表示された瞬間マリューの心臓は止まりかけた。

「あぁ…ムウなの?」

『やっぱりお前だよな……全くやりにくいったらねーぜ』

 込み上げてくる涙の気配は喜びを引き出してくる。――だが、この邂逅が喜ばしいわけがない。皆はどう思っている? ムウは、オーブを裏切り象徴機を強奪した男。排除、もしくは捕縛対象として見られなければ……おかしい。だが、戦艦の責任者であるはずのマリューはそのおかしさをこそ皆の心に望んでしまっていた。

 そこにソロネ≠ゥらの通信が届いてしまう。自分たちを救おうとする通信が。

〈対モビルスーツ戦闘、アークエンジェル≠フ進路を確保、被弾した左舷をカバー!〉

「待っ……」

 今自分は何を言おうとした? 言えるはずもない。だが勧められるはずもない。ムウを墜とせ、彼を撃つな、マリューにはどちらも選べない。だが――

『マリュー! 無理を承知で頼む! この戦いが終わるまで、アルザッヘル≠ノ手を出さないでくれ!』

 だが、人の上に立つ以上決断はしなければならない。この戦いが終わるまで? プラント≠ェ、墜ちるまで指をくわえて見ていろとも採れるではないか。

「……エヴィデンス≠フターミナル≠ヘ現在我々の敵性勢力です……」

『マリュー…!』

「……降伏勧告なら、今すぐ全ての武装を放棄して下さい。それができない場合は……アルザッヘル≠フ排除を続けます」

 艦橋に同情の溜息が満ちた。これが心地いいわけがない。それでも彼らには感謝した。応えるために出す。攻撃命令を。

 ムウは脳髄にまで響く舌打ちを零した。頼んだ自分に腹が立つ。立場を捨てられるわけがないではないか。寧ろ自分の懇願は彼女をより追い詰めることにしかならなかったわけだ。

「畜生! これが俺の選んだ道ってわけか!」

 シラヌイ<pックを装備したアカツキ≠ェ命令のままに躍りかかってくるムラサメ≠両断した。後を追うように突っ込んできたムラサメ≠烽アちらの脇を行き過ぎながら 66A式空対空ミサイルハヤテ≠ばらまいていく。爆炎が広がる一瞬前、加速し続けるムウの意識は捉える。アークエンジェル″カ舷に位置したイズモ級がローエングリン≠城に向けるのを。

「させるか!」

 意識と同時に機体は疾る。発射されたときには座標固定は完了している。イズモ級戦艦から吹き出した陽電子の奔流にムウは機体を正対させた。

 直撃される。

 反射させる。

 黄金の特殊装甲に弾き返された破壊力が真正面から逆流して砲身へと吸い込まれていった。砲身を吹き飛ばされたイズモ級戦艦が音のない爆煙に飲み込まれて離脱していく。

(保つか?)

 最強の盾ヤタノカガミ≠ヘ戦艦レベルの最強兵器ですら弾き返す。拡大したムウの空間認識能力はその収束先を敵の心臓部へと瞬時に設定することさえ可能とした。だが、不安もよぎる。

(エヴィデンス≠フくれた特殊フレームにはエネルギー反射機能までついてるわけじゃねえよな?)

 装甲は、陽電子砲ですら反射する。だがそれが無限に保つ保証があるか? そして人体を模し人体の動きを模すモビルスーツの装甲には動くための隙間がある。永久無敵であるわけがない。

(俺は、不可能を可能に――し続けられるか?)

 意識を飲み込むアカツキ≠フ性能は迫り来る多数を圧倒する程の機動性を見せつけている。直撃すれば絶対の死であるはず粒子の嵐もこの機体にはかすり傷を付けることすら叶わない。核動力機に迫る程の攻撃力はないものの携帯ビーム兵器を装備したモビルスーツは単機で艦船を撃破しうるだけの力はある。――あぁスペックで可能性を語るのは簡単なことだが、それを現実世界で実行に移さなければならない労苦は計り知れない。ムウの意識は次の敵意を敏感に感じ取り、機体はそれ以上に彼の思考を敏感に読み取り疾駆する。幾つかの戦艦と渡り合い、殺さず破壊力だけを無力化していく。

「キラの奴ぁ…ずっとこんなことしてやがったんだな」

 守るための戦い。だがその対象に最愛の女が含まれていないのはどういうことなのだろう。連続して三つの艦砲を無力化できたムウだったがその胸中には満足感より空虚さの方が強く漂っている。

「やめろマリュー! ちょっと待て! 話し合う時間ぐらい作れ!」

〈……できない相談です。あなた方が、降伏しない限りは!〉

 他人行儀な! それを仕方がないと諦めなければならないのか? 彼女は敵の立場にある。敵は自分達が正しいと信じてアルザッヘル≠攻撃している。彼らの行動は自分と何も変わりはない。だから認めなければならないのか?

 ムウは、戦場を把握する男はそれを否と答え続けた。聞こえる。聞こえ続ける。戦場の声が!

『人として見るな。あれは、敵だ!』

 容赦なく銃弾が浴びせられる。そうできるように訓練している。慈悲など持たないそれは彼らの罪ではない。

『潰せた! 城の左側薄くなったぞ!』

 超遠距離からの狙撃など人の表情は見えない。非道が讃えられるこの空間に敵の感情など不要だ。

『お見事! 人間やめた奴らなんぞ、皆殺しだ……!』

 死ね! 死ね! 死ね! 俺のため俺の家族のため俺の仲間のため俺の未来のためお前達は死ね!

「おいおい……お前らロゴス≠ニかとは違うんじゃなかったのかよ?」

 思い遣りはこの概念で消し飛ばされる。――ゲーム感覚。分厚い装甲に囲まれモニタ越しに敵を見るモビルスーツ戦はより一層ゲーム感覚。殺し合いにもルールはある。俺はルールを守っている。戦争はルールに則った行為だ。目標はアルザッヘル=B民間人とも思える存在が暮らしているらしい市街地じみた空間があるにはあるがどうせ人間をやめた奴らばかりだから殺しても壊しても問題はない。上は必ず認めてくれる。なぜならルールの範囲内だから。

「――だから、悪くないってか!」

 心を読めれば楽だと嘯いたとき、他人の考えなんか知らされたら立ち直れなくなると反論された覚えがある。あの時は一笑に付したものだったが……今なら当時の自分を貶し、相手にこそ賛同しそうだ。

 人は嬉々として人を殺す。なぜなら人は他者に認められてこそ意義を確立できるのだから。誰かに殺せと命じられる――それで人と繋がれるのなら人は人を殺す理由になる。捕食しなくても構わない。人の行動が本能に因る部分など数える程。誰かと繋がるために人は人を殺す。職業兵士だろうと壊れかけた社会不適合者だろうと差はない。

『くそ! とっとと墜ちろってんだよ!』

『お前らさえいなければアイツは死なずに済んだんだ!』

『地獄へ…墜ちろ!』

 ムウの脳裏を次々と通り過ぎ心に爪を立てていく声達がその証拠だ。彼は怒りを吐き出したがそれでも相手を殺すことだけは躊躇われた。

 この手で人を殺す瞬間、這いずり昇ってくる気持ち悪さ。皆は、こんなものに慣れてしまったというのか? そんなはずはない。ゲーム感覚。彼らは感じることなく人を殺している。近代兵器はそれができる。

(ケインの奴が言ってたことも、あながち間違いじゃねーのかもな……)

 皆が感じられれば、必要以上に殺せなくなるのかもしれない。苦悩するムウの前に単機を抑えるには過剰とも言えるモビルスーツに包囲された。ヤタノカガミ≠貫くため、ビーム砲以外を主力とした近接型が次々と刃を抜き襲い掛かってくる。グフイグナイテッド≠フビームソードテンペスト=Aスラッシュザクファントム≠フビームアックスファルクスG7=Aさらにはカオス≠フヴァジュラ<rームサーベル、ビームクローが逃げ去る先を追い、埋め尽くし、金色の肌に爪を立てる。

 ムウはその全てを知覚した。だが予測する先に、隙間がない。

「ぐっ!?」

 掲げたシールドでビームソードが火花を散らす。グフイグナイテッド≠フソードには一般的なアンチビームコートシールドを突破できるだけの破壊力がある。『把握』するムウはソードとシールドを正対させるような愚を犯さず鋼の刀身を滑らせた――しかし殺意は無数。次の刃がシールドに喰らい込んでくる。

「しっ…まった!」

 その刃すらも受け流した。しかし横手から来るスレイヤーウィップ≠ノまでは反応できない。熱されたシールドに絡み付いたウミヘビがムウから盾を奪い去っていく。鞭の後を追うようにして大上段に振りかぶったスラッシュザクファントム≠ェ現れた。ムウの意識はアカツキ≠ノ急制動をかけさせたが逃げた先には敵がいる。グフイグナイテッド≠押し遣る間に振り下ろされたビームアックスが左のマニピュレータをぶち抜いていった。

「――の野郎!」

 激したムウの意識がシラヌイ<pックより7つの黄金砲塔を解き放つ。自機の特殊装甲にビームは通用しない。自身まで巻き込んだドラグーン≠ノよるビームの驟雨が取り囲む敵機を追い返すはずだったが我が身を省みないザクファントム≠フ一閃が今度は足を引き千切っていった。直後敵は全身を蜂の巣にされ爆散して果てる。

 周囲に停滞した黄金の砲塔は砲口を周囲に向け敵軍を威嚇するが敵の数に比べ銃口の数がささやか過ぎた。敵が道をふさぐ間にアークエンジェル級二隻が領空侵犯を始めている。尚も聞こえる敵の鬨の声、敵の断末魔、味方の鬨の声、味方の諦観意識。ムウの意識はその全てを捉えていたが、決断を下すには事態が複雑すぎた。今すぐアークエンジェル級の前にこの身を晒せばいいのか、月に群がるモビルスーツを一機でも墜とせばいいのか。そしてバランスを崩したこの機体がどこまで応えてくれるか疑問が残る。もがれた手足のダメージは自分の身体のように認識できるが、その質量がどう変化したかまでは感覚的にはわかりにくい。異常な量の情報、選択肢が逆に彼の行動を縛り付けた。

 前時代的な剪断力が無数、黄金の人型へと殺到する。

 

「――! ムウ!」

 アークエンジェル≠フ舳先はメサイア″ト利用品を目前にまでとらえていたが彼女の目にそんな物は映らなかった。マリューは思わず腰を浮かしていた。

 ムウ・ラ・フラガは敵対者だ。排除の必要がある? ほんの少し前までは同じ場所に所属していたのに? 彼はこちらを撃った。現に陽電子砲一門を傷つけられているではないか? だが命を救われたこともある。それこそ数え切れないほどに。ターミナル≠フ機体が彼に群がる――構わない。自分が伝えた命令だ。

 彼はオーブを裏切った。裁かれねばならない。このまま座視するだけで彼は行いを悔いる。捨て置け。

「……っ」

 捨て置けるわけがない! わたしは何度喪失の苦しみを味わえば学習するのか!? マリューはたまらず叫んでいた。

「攻撃中止!」

 戦場が一拍おいてピタリと止まった。はっとしたマリューは頭の中が真っ白になる。命じたのはアカツキ≠ノ殺到した数機への懇願だったのだが、一言でそう受け取ることのできる兵士がいるわけがない。周囲、のみならずアルザッヘル≠フ広域で止まってしまった戦闘行為。逸脱してしまった自分自身を艦長という立場ががんじがらめにした。

〈……マリュー〉

 耳に滑り込んできたムウの声。声には感謝の響きがある。マリューの真っ白な心に暖かいものが満ちていった。

 ムウは止まった戦場を見上げた。その先には宇宙の黒に映える白い戦艦――そして艦長席から身を乗り出したまま引くも進むも叶わなくなり硬直する最愛の女が視える。

「ありがとよマリュー」

 これで戦争が、それどころかこの局地的な戦闘が終わるとも思えない。それでも、嬉しさは感じられる。心が通じたことは素直に嬉しい。

「だが――大丈夫なのかお前…?」

 無責任な問いかけだとは理解している。

〈艦長! 撤回を! イマジネーターを放置して……それでは!〉

〈わかってる…取り返しのつかないことを言ってしまったって……。でも、わたしは、わたしはムウを失いたくないのよ!〉

〈か、艦長!〉

 彼女は自分を想ってくれたがため抜き差しならない状況に囚われてしまった。アークエンジェル≠フクルーは彼女をよく識っている。慮ることもできよう。だがターミナル≠フ戦力にとってはこの命令は裏切りに他ならない。従ういわれなどないはずだ。

 彼女の苦悩が聞こえ続ける。

「どうするよ…俺」

 ムウは周囲の心を読みながらも戦闘が再開されるであろう短い空白を苦悩して過ごすしかできなかった。

 

 

 

 ティニは拝借した火器管制に意識を素早く流し込んだ。数百を超えるCIWSがエヴィデンス≠フ脳裏を介して精確な照準を施される。ばらまかれた艦用機銃弾は、あるいはモビルスーツを追い返し、或いはモビルスーツを傷つける。しかしアプリリウスワン≠フ港にはまり込んでいるアイオーン≠ヘ敵を退け続けるしか方法がない。

〈こいつ! あとからあとから!〉

「ステラさん左舷へ、イエロー・チャーリーに敵主力です。あなたが対応して下さい」

〈だあああ! ちょ、ヤバ!〉

〈クリカウェリ=I 戻る気ないのっ マジで死ねるわコレ!〉

「クリカウェリ≠フ方は敵が集中するまで計算上七十二分あります。お二人はアイオーン¢O面で防御に集中して下さい。フォビドゥン≠フ防御力なら充分持ちます」

 言葉以上にデータを流し、彼女らの戦闘をサポートする。地球人類を凌駕する力を誇るエヴィデンス≠ニて万能には程遠く、火器管制を全て奪うには能力飽和、ティニが管理しているのはCIWSとミサイル発射管に限られている。主砲一門、レールガン二門、そして生き残ったコメット∴齧蛯ヘ砲撃手バートに任せているのだが、彼とは心が繋がりあっているわけではない。ティニが撃ち落とした直後にビームが通り過ぎていくような無様も晒している。

(でも、皆さんのサポートをやめるわけにはいきませんしね)

 クロはラクスを見逃した。彼の甘さか。過去に彼女に憧れたその記憶が、彼女を殺す度胸を奪ったのか。……それともまだどこかクエストコーディネイター計画を捨てきれない我らエヴィデンス≠思いやってのことなのか。クロはラクスを見逃した。――つまり、戦争は終わらない。

「ティニ! 墜ちるよコレ! 一端アプリリウスワン≠ゥら出よーよっ!」

「クロを見捨てるのか?」

「そ、そういうわけじゃないけど……でも死んだらどうしようもないじゃん!」

 降伏よりは死をと豪語していたディアナですらいざ死神に言い寄られればこうなるのも致し方ない。

「ラクス・クライン死にました? じゃないと、終わりませんよ!」

 首魁の御首を掲げれば戦争は終わると信じられるのか? 寧ろ今自分達を包囲しているザフト軍は仇討ちとばかりに全力以上に容赦のなさを掛け合わせ、アイオーン≠ネど瞬く間に撃沈されかねないとも思う。

「クロが彼女を人質に取ってくれれば、まぁ有象無象を停滞させる効果だけはあるかと思うんですが」

 ディアナとフレデリカが激務を無視して振り返った。その表情が物語る。

「それ採用よ! クロに――」

「もう遅いです」

 なぜと問う間は与えられない。アイオーン≠フ最奥までも再び激震に襲われた。

 

 

 

「アイオーン≠ゥらの通信、聞こえなかったのか?」

 併走しながら問うてくるマッド・エイブス。タカオ・シュライバーも同じ顔をしていたが、クロは二人を見やらぬまま顔を撫でた。まだ乾ききっていない命の素が指先にこびり付き、擦ると破片になって落ちていく。

「聞こえてましたよ。たぶんお二人より鮮明に」

「だったらどうして…?」

「オレは歌姫とその双剣に一言言ってやるためにこの戦争に参加したんです。最終目的のためなら仲間の命も後回しです。軍人は――と言うかウチの組織の構成員ってのは、そっちの方が正義と思う奴の集まりでしょうに」

 クロの呟きに対し、エイブスとシュライバーはそれぞれ別個の表情を見せたがクロは彼らの心情よりもアイオーン≠優先させた。

「クロだ。連絡遅くな――」

 心のどこかで心配していた自分に気づけぬままナノマシンに語りかけたクロの意識に抑圧された命の悲鳴が降り掛かる。

〈クロっ早く戻って下さいぃもこっちは保ちませ――ブツ〉

〈ぐ、グリーン・デルタにデュエル=I ステラ戻って!早く、前に!――ブツ〉

 そのことごとくが断絶される中、命を感じない声が届く。

〈お聞き苦しいところを。クロ、お話は終わりましたか?〉

 完全に鳴き声になっている悲鳴と必死に泣かないよう耐えている悲鳴の不自然な途切れ方に辟易する。ティニ。クロは苛立ち紛れの嘆息を漏らす。

「ティニ。二人の声を抑えるな。ヤバイならヤバイと言っておけ……」

〈いえ、三回コールして無視されたモノですからとてもとても重要な案件を抱えてらっしゃるかと〉

 いつの約束事を持ち出しているのか。呆れながらもクロは併走する。

「もうオレの願いは叶った。あとは使われるだけだ」

 ティニは声を顰めた。その気配はクロに息を飲ませたが、ターミナルサーバ≠ノ隠し事が通じるとも思わないし彼自身も隠すつもりがない。

〈ラクス・クライン、見逃したんですね。人質にでも取ってくれればそこで戦いは止まっていましたのに〉

「止まるが、終わらないだろうよ」

 ティニはそれを問題だとは言わなかった。異生物の脳裏など想像するだけ時間の無駄と断じたクロは歩調を心持ち早めていく。

〈今にいるくせに今を蔑ろにするその言動、ディアナさんに殺されますよ〉

 殺されるのはたまらない。ならば行動するしかない。

「オレは……アイオーン≠、守ればいいか?」

〈手段がないでしょう。取り敢えず帰投を〉

 ティニの声は淡々と。しかしクロは取り合わなかった。

「ねーわけねーだろ。オレの力は歌姫の双剣を下すためのもの。実際フリーダム≠熈ジャスティス≠熕闘不能になってる」

 淡々が絶句に変わった。目には見えないはずの、ティニの驚愕の表情が浮かぶ。

「オレらは勝った。ザフトももう殲滅戦にしかならない戦いを続ける意味はない。ラクス・クラインから、停戦勧告が入る。それまで生き残らせればオレが戦う意味はある」

 通信の奥から生きたいと言う切なる願いがこもれ届く。名もなき戦士の最終任務はその願いに応えること。

〈ですがルインデスティニー≠ヘ――〉

「もう皆殺しにするような力は必要ない。ただ、守りきる力があればいい」

 息を飲む気配が伝わってくる。ティニを丸め込めたかと暗い満足を抱き微笑むクロは二人を残し、先行する。

 角を曲がると――アスラン・ザラが崩れ落ちていた。クロは、走り去りながら彼に手を振る。座り込んだままのアスランは同じように手を振り返し――次いで追っ払うような仕草を見せた。

「じゃあなアスラン・ザラ。お前に覚悟があるなら、この壊れかけた世界をまとめて見せろ」

 

 

 ――ほんの十数分ほど前、クロはここの場に差し掛かった。そこにもアスラン・ザラは倒れ込んでいた。クロは思う。ともすれば軍神以上に行く手を阻んできた彼の正義……。彼にはそれを信じるに足るだけの信念がある。いずれまた自分の前に立つのだろう。クロは銃口を動けないアスランに向けた。

「殺せよ……テロリスト。お前にできるのはそれだけだ……」

「アスラン・ザラ…」

「……だがお前はキラに倒される。ラクスには指一本触れられない。お前は、何もできずに終わるんだ」

「……お前はお前自身の手でオレを殺したいんじゃないのか?」

 クロは顔にこびり付く血糊を拭い墜としながら問う。アスランは立つのがやっとと言った有様だが、その手にはまだ拳銃が握られている。

「それくらいの力は残ってるだろう。ほら」

 クロは銃をしまい込み、両手を挙げた。アスランは一瞬目を丸くしたが、彼の表情は直ぐさま引き締まる。痛みに圧されてか動きはぎこちないものの彼は右手の凶器をゆっくりと差し上げた。歌姫の双剣の片割れ。当時のザフト兵最強の名をほしいままにした戦士。震えていた手はいつの間にか完全に固定されている。アスランは間違いのない部位に照準を重ねていた。

「お前が、……お前が世界をここまで狂わせたんだ……!」

 血を吐く程の怨嗟がクロの耳朶を刺激する。彼の指先にひび割れる程の力がこもるも、いつまで経っても銃声は響かない。試しにクロは両目を閉じてみた。それでも、轟かない。代わりに、聞こえた。敵意を持っていた者の嘆息が。

「倭国で……デスティニー≠…」

 目を開く。アスランの手からは殺意が落ちていた。

「――お前を見たとき……俺は安心したのかもしれない」

 怨敵の言葉など要らないのだろう。クロは全てを地面にもたせかけたアスランを見下ろし続ける。

「……また、俺にできることができた、と」

「大戦の英雄が、何行き場を失ったようなことを……失業対策対象者にぶっ殺されるぞ」

「……わかっている。それでも俺は、心で否定しても俺自身が平和を持て余していたんだろう。フッ。流石に戦犯の息子ってわけだ」

 自分を否定するのは勝手だが、生まれを理由にするのは腹立たしい。そう感じながらもクロはアスランへの反論を脇に追い遣った。

「じゃあお前はオレに感謝すべきじゃねーの? 戦士以外の何かを求めるってんなら、いっその事イマジネーターになっちゃえば良いんじゃないか? お前が」

 アスランの中ではそんな提案絶対的な否定対象。こんな状態でも無理矢理洗脳処置を施されようというのなら死に物狂いで抵抗することは疑いがない。

 

 ――その実を食べると目が開け、神と同じく善悪を知るものとなる――

 結果人は、敵を認識するようになり同族同士で争える希有な存在に成り下がった…………。

 

 ――だと言うのに――新たな『性能』を植え付けられる可能性を、魅力的に感じる自分もいる――。

「知恵の放棄が究極の平和への唯一の道なんて……認められるか」

 嘘を感じる。だが彼が漏らした言葉は真実だろう。クロは年下の上位者に初めて共感を抱けたような気がしていた。

「……認めなくてもおまえの勝手だ。別にオレはオレ自身のやること何もかも絶対正しいって思ってるわけじゃない。ただ、戦争をなくす方法を考えたら、オレの中でこれが最良だと思えただけだ」

 クロは満ち足りた微笑みを返してきていた。奴の満足が意味するところは――己の敗北か? アスランは激しくかぶりを振る。いいや違う、テロリストに取り込まれるなど矜持も何もかも許さない。眼前の男は、排斥すべき相手だ。

 ――そう思いながらも内面を見れば、自分の中には世界を正す方法はない。自分に平和を呼び込む政策など打ち立てられず、さりとて人の良心を信じられるような境遇にも、いない。

「あぁ認められない! お前はぁっ!」

 それでも、クロフォード・カナーバの所行は許せなかった。リセットのために消し去られる全てを見捨てて良いなどと思えない。動くことを拒む腕に活を入れ下ろしかけた銃口を敵へと突き付ける。スライドの弾ける音が嫌に遠く響き渡った。

「殺せよ。そしたら近いうちにオレみたいなのがもう一人出てくる。その時……

 あぁその時『俺様にできる世直しは敵対者を皆殺しにすることだ』って胸張って言ってみやがれっ!」

「貴…様ぁ!」

 怒りが臨界を越えた。喉を突き破らんばかりにほとばしり出た怒声は全身を縛る痛みの鎖をも弾き飛ばす。

 しかし何かが指に絡まる。トリガー、殺意の最終実行命令、人を突き刺す指、それだけがどうしても動かない。俺は、間違っているのか? そんなはずはない。ならば俺は正しいのか? ……自信がない。気づけば腰など浮いていない。差し上げられていた両腕は床に浸って冷たさを飲んでいる……。クロフォードの満足が、意外に変わった。アスランは呟く。奴の顔など見ていない。薄く閉じた目にはカガリが、そしてメイリンの心配そうに自分を見上げる眼差しが思い描かれていた。

「……メイリンに、今の俺が増長してた頃のシンと同じと言われたよ……」

「ほう。よく見てる奴もいるもんだ」

「お前に向かう怒りが、同じものだとは認めたくない」

「……オレが同じだとなじったところでお前は絶対受け付けないだろう。いっそ他人の評価なんか全部無視して自分勝手に生きたらどうだ?」

 他人を排斥する――自分を信じる方法?

「オレに対してはやれてんだろう。それをもうちょっと広げてみるだけだ」

 だが、排斥し、それで自信を持って何になる? オーブから逃げた自分をカガリ達は守ってくれた。一人で世界を変えようと藻掻いていたらスカンジナビアに助けられた。スタンフォードで統合国家軍を助けたつもりだったが、イザーク達に救われた。――対して自分は、皆に何を返せた?

「俺は……誰かに従って生きることしかできない。そんなこと……」

「オレもだ」

 アスランは弾かれるように顔を上げていた。奴の同意をおぞましく思おうとする。

「それを情けねぇと思うこともある。だが……全員指導者だったら結局まとまらないだろ」

「……お前はどうしてそう――」

 アスランはその後の言葉を飲み込んだ。クロフォードの言葉を戯れ言と断じようとしたが、できない。自ら飲み込んだ言葉の方にこそおぞましさを覚えていた。

 どうして、信じられるのか。

 ――信じるべき、いや信じられない対象は「人間」「未来」「世界」……どれを選んでも……目の前の男を否定できなくなる。

 アスランが口ごもっている間にクロフォードは口を開いた。挑発的でもなく、ただ淡々と、彼は自分自身を語り始める。

「理不尽を理不尽のまま納得できない。オレはオレの我が儘に正直に、最初に決めた正しさを貫いた結果ここまで来られた」

「……お前はいつも自分が正しいと思えるのか。全く理解できないな……。自分のせいで、どれだけの人が傷ついたか考えてみたことがないのか?」

「考えないようにしてきた。世界を変えることが償いと、勝手に決めたもんでね」

「傲慢だ。どうせそこまで言うのなら全てを救う術でも示して見せろ……!」

 クロはアスランを見下ろし続けた。彼に、その全てを救う術はない。思いついてない。だがそこで諦めるつもりはないのだろう。

「……エヴィデンス°、は……多分下等な地球人類より、先見の明とかしっかりしてるんだよな……」

「エヴィデンス≠ェどうした?」

「アスラン・ザラ、従うことが使命みたいに感じるんなら、奴らの計画通りにくっつくのも一つの可能性なんじゃないか?」

 従う。エヴィデンス≠フ計画……。ラクスと、究極の指導者足る完成されたコーディネイターを――。アスランは言下に否定した。

「何を言う……ラクスは…何というか、盟友だ。それに彼女はキラを――」

「元許嫁がそれこそ何を言う。傷が治ったらザフトのサーバ覗いてみろ。もし何も出てこないなら……ターミナル≠ノ聞け」

「……な、に?」

 それで何かを察したのだろう。コーディネイターの出生率云々に関しては自分ごときより彼の方が遙かに詳しいはずなのだから。クロの仄めかしに反応したアスランの目にはいつもクロを思う時の嫌悪が帰ってきていた。

「お前……お前はやっぱり悪魔か」

「よせ。オレは人に弄ばれるだけの凡人だ。逆はない……。それに――」

「それに、なんだよ?」

 信じる、その裏側が刃となる。

「――人の心を傷つけられるのは……やっぱり人だけなんだよ」

 

 

「じゃあなアスラン・ザラ。お前に覚悟があるなら、この壊れかけた世界をまとめて見せろ」

「俺はお前を認めない。お前のもたらすものが究極の平和だとは絶対に認めない」

 意地悪く。だが慈悲深く、彼は笑った。

「いいんじゃねえか。それで。力があるってんなら、その力で正しいと思うことをやってみろよ」

 クロは彼の方へと振り返らなかった。シュライバーとエイブスを伴い、大型建造物から駆け出した。頽れていても、力はここにある。付近にあるフリーダム=A遠くにあるジャスティス≠ヘ目に入らない。左脇腹と翼をもがれながらもそれはある。

 三人がかりで群がりかけていたザフトの警備を打ち倒すと、クロは二回の跳躍でコクピットへと滑り込む。シートに目をやるまでもなく手探りで探し当てられたケースを開く。片手で使えるペン型シリンジを取り出すと首筋に持っていき刺した。

 効果があるかどうかはよく分からない。

 シート裏に放り込んでいたヘルメットを取り出す。左手に佇む不気味な箱が明滅している……。そこに繋がったコードは今もヘルメットに繋がっていた。

「動け。時間稼ぎで充分だ」

 被る。そして意識を注ぎ込む。スイッチを入れるまでもなく機器が次々と息づいていった。ハッチが閉まり、浮遊感を感じさせる全天型のモニタが世界を映し出す。

「……やる気は、あるみたいだな」

 足裏のアブソーバーは生きていたらしい。いくらかのエネルギーが戻っている。フェイズシフトをオン。空間を滲ませ闇色を纏う。

「オレにくれ。守れるだけの、力を!」

 躊躇うこともなくクロの指先はバースト・シード<Vステムを起動させていた。軽い目眩、直後の清涼感。目覚める、ルインデスティニー=B

「ティニ、状況は!?」

〈ステラさんがそろそろ限界です〉

「わかった。すぐ行く!」

 火を入れた瞬間大きく左に傾いだ。死にかけた大地が過重に屈してひび割れながら沈み込む。上空にいたザクウォーリア≠フ群れがこちらに気づいた。ビーム突撃銃が照準されエネルギーの雨が降り注ぐ。

 脳裏で何かが走り、パラメータが書き換えられる。バランスを調整したルインデスティニー≠ェすさまじい勢いで飛び上がり真下に狙いをつけていたザフトの機体を抜きすぎる。下ばかり向いていた二機は腕と銃器を切り落とされ炎と紫電にさいなまれながら後退していく。フラッシュエッジ2≠手持ちの刃に変えたクロはアイオーン≠ヨの最短距離を直進しながら掴みかかる亡者の如き存在を斬り捨て続ける。しかし激戦区に近づくほどに敵の壁は厚みを増していった。

 クロは確かめた。すぐさま脳裏にグリーンサインが返っている。ゾァイスター≠ェ自動展開し身の丈を超える砲身を形作ると星の命を受けた大出力光が厚い壁へと照射された、砲口に操られるまま虚空に乱暴な絵画を描く。だが乱暴でありながら凄まじい精度に握られた紅い絵筆は塗料を無駄に散らすことなく敵機を、そしてコロニー構造体を的確に撫でていった。切り取られた宇宙港構成物が遠心重力に従いゆっくりと中央から離れていく――広がろうとする深淵、そこに続く空隙に光を纏い傷ついていく闇色の戦艦が見えた。

「!」

 放出直後に警告サイン。エネルギー残量が危険域を識らせると同時に装甲の相転移が溶け消えた。無害だった有象無象が唐突に茨へと化けクロの全身を絡め取る。機体の震動が我が身を抉られているように感じられ呻きを漏らした。フリーダム≠ニ、コズミックイラの生きた伝説と戦った後なのだ。今更鳴り響く赤色灯と警告音に注意を払う意味があるか。表皮をはぜさせながらも生き残る右のウイングを真後ろに向け虹を吐く。全推力を加速に使い直進した。ステラのガイア≠フ背後をとりビームアックスを振り上げたスラッシュザクファントム≠ェこちらという存在に気づけない加速。寧ろ驚愕するステラの意識を感じ取りながら港にたどり着いたルインデスティニー=B再び装甲が闇を纏い鉄塊から深淵へとシフトする。

〈クロか?〉

「ああ、もうそう時間はかからない。生き残れよ」

 仲間達の疑問符にも答えを返さない。何より疑問が長続きするような空間ではない。致命の位置にまで敵意を突きつけられたザフトに余裕や手加減が介在する余地などありはしない。害悪の根源を排除するための全力が全てこちらに向かってくる。

「もうすぐ……戦争は終わる」

 戦士共の矜恃塗れる世界へ。クロはルインデスティニー≠突っ込ませた。

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SEED Spiritual PHASE-125 壊された心

 

 銃声が遠のいていく。そして恐ろしい程の静寂が満ちた。否、嗚咽が先程から漏れている。だがそれが静寂をより静かなものに塗り替えている。

「ラクス……大丈夫?」

 黒服達もターミナル≠フ侵入者追跡のために出て行ってしまっていた。執務室にはもう四人しかいない。まともな意識を保っているのは……二人しかない。

 キラは沈黙に怖れを成したか彼女の肩を抱いた。……心配する心に嘘がないとは思いたいが心配が彼の心を占める全てか? ラクスは知りたいと思い――そんな自分を嫌悪した。

「キラ……わたくしよりも――」

 目で示すのが精一杯だった。両手をついて嗚咽を繰り返すルナマリア、ごめんと言ったきり気を失ったシン。キラとラクスは腫れ物には触ることもできず、ただ立ち竦み、そして見つめ合う。沈黙の硬直は……ルナマリアが泣き疲れ、緊張の限界に達して意識を失うまで続くかに思えた。が、

 開け放たれていた扉がノックされる。ラクスは息を飲んだ。弾かれるように見やった先には見知った顔がある。見知った顔なのだが……ラクスは一瞬思い出せずにいた。

「ごめんなさいね。覗き見するつもりはなかったんだけど」

「……カナーバ院長……」

 監禁されていたはずの彼女が出歩ける程ここが混乱している――それは理解していたが、彼女がここに顔を出す理由にまで理解は及ばなかった。アイリーン・カナーバは扉にもたれかかりながら上を指差す。指された先には監視カメラが一つあった。

「脱出ルート探したくてちょっと監視部屋借りたら、貴方達とクロフォード君の喧嘩が見えちゃったから」

「喧嘩、ですか。あなたは……従弟さんのやりようをどう感じてらっしゃるのですか?」

 声に非難が混じったことを恥じた。すると彼女の答えまでも見抜けるような気がする。果たして、アイリーンは期待通りの毒をこちらに差し出してきた。

「平和を求めるための究極の手段とも思えるわ。少し前まで、わたしだって嫌悪していたはずなのに…今はそう感じるの」

「そんな!」

 ラクスより先に、キラがその毒をはね除けた。味見する理由も見当たらないはっきりとした毒物など吟味する意味すらない。消滅させられないのなら遠ざける。それしかない。

「確かに、みんなが失敗しない、努力の必要もない社会ができあがるかもしれない。でも、みんなが奴隷に貶められる危険性だって残ります! 施しているものの裁量で、都合の良いように作り替えられる平和なんて、僕は認められない……!」

 ラクスは我知らずうなずいていた。キラの主張に悪意はない。そのはずなのにアイリーン・カナーバはキラへと侮蔑の視線を向けていた。同じ蔑みにさらされラクスも落ち着かず身じろぎする。政治家が、彼の言葉を否定できるはずがない。その信頼は新たな毒が押し流していた。

「個人の裁量で世界を決めることは許されない? ハッ! じゃああなたにクロフォード君を非難する資格はないわ」

「どうしてっ!?」

 キラの真摯な怒り。ラクスも胸中でどうしてと問いかけた。だが言葉が口先に乗る以前に扉が乱暴に殴られる。アイリーンの怒りを受けさせられた蝶番がギイギイと耳障りな抗議を漏らした。

「個人の裁量でデュランダル議長を悪と決め、自らの手で裁いたあなたにそれを言う資格はないでしょう!」

 足下ではルナマリアが泣いている。彼女は、確かに自分たちが起こした結果の被害者だ。

 向こう側ではサイが死んでいる。彼も、自分たちが理を否定したことによる被害者だ。

 彼らはあちらに味方した。決して自分たちが世界征服を狙う悪玉などと標榜してはいない。…確かに暴力、独断、そして洗脳と言った非道を突き進んだ自覚はある。だが今を正すためには悪をもって悪を制すしか方法がなかったのもまた現実だった。神の如き完善では、いられなかった……。

 これは革命なのか?

 ラクスは瞑目した。脇でなおも反論を試みるキラに肩を預けながらもアイリーンの言葉を否定しきれない。これが革命だとするのならば……現在に生きる自分たちに、その是非を問うことはできない。平和を維持する現政権と勝手を押し通すテロリストの戦いなのか、専制君主と革命家達の戦いなのか――未来の評価など後世の歴史家が好きに書こうと識ったことではない。が、今の正しさが見つけられないことは苦痛だった。

 正しさとは何か、結局は武力で支配することしかできていなかったのか。彼らが特別ではないのか、もはや世界の心は自分から離れてしまったのか? 瞑目するラクスは父の虚像を追い求め、必死に問いかける。

(お父様はどのように、世界を導くおつもりだったのですか……?)

 だが世界はそんな甘えを許さない。

「で、クライン議長、まだこの戦闘を続けるつもりですか?」

 ラクスははっとした。思考の海から無理矢理引き上げられた彼女が見せつけられた現状は、現在進行形で展開される戦争。

「心を冒涜する技術を根絶やしにするため、月の城とここの尖兵を皆殺しにするまでは停戦など考えられない、と?」

 違う。断じてそうではない! キラを押しのけ走り出したラクスがデスクに齧り付く。アイリーンは彼女を通してシーゲル・クライン元議長を見ていたはずだが……それが見えなくなったようで哀しかった。

 

 

 

 辿り着いたアイオーン≠ヘ死に体だった。たとえクロを見捨てて逃げ出す算段を実行していたとしても足自慢を標榜できるだけの速度が出せるか疑問が残る。ともすればメインスラスターに火が入らない可能性も懸念される――そんな死に体だった。装甲という装甲には弾痕が穿たれそもそも第一装甲板が残っている場所を探す方が難しい。蒼闇色だった艦色はあたかもフェイズシフトダウンを思わせるような鉄色の内壁を露出させ……今また一つ近接防衛火器が潰される。

「ティニ! アプリリウスワン℃囲10q、敵残存戦力出るか?」

〈了解です。最近から順にブルー――〉

「送れ! 聞いてる時間はないっ! AIに読ませる!」

 ラクス・クラインを人質に取っておけば急場は凌げたか? そうかもしれない。だがあくまで一時しのぎだ。解放の瞬間数で勝るあちらはこちらを飲み込むだろうし彼女を殺した瞬間アイオーン≠ヘ今とは比較にならぬほどの憎悪をぶちまけられ一片の存在すら許されずに引き千切られたことだろう。それに何より平和の歌姫に、彼女たちの中にもある悪を思い知らせることができなくなる。口では勝ったなどと思われてはクロ自身はおろか彼が斬り捨ててきた犠牲の全てが無意味と断じられてしまう。それは我慢がならなかった。

「ステラ! お前も戻れ! アサギ達みたいに順番に出ればいいだろ! 死ぬぞ!」

〈やだ! ここは、シンが帰ってくるここはっ!〉

 三方から放たれたビーム。いかに強化人間とて逃げ場全てを埋められれば逃げようがない。言ってる間にガイア≠フ右手がライフルごと破壊され盾で艦を守ることしかできなくなる。

「ちぃっ!」

 クロは最前の一人を斬り殺しながら遙かな眼下へと意識を放つ。脇の小箱から膨大な何かが流れ込み、こめかみ辺りで何かがブチブチと音を立てるが放置する。振り返り、長射程砲を放ち一機を撃墜、だがもう一機が突撃銃を乱射しながらガイア≠ノ迫る。盾を持つ手でサーベルを抜くことも叶わず防戦一方の彼女へと突撃銃を投げ捨てた敵が斧を片手に襲いかかる。ガイア≠フ頭部に半月型のビーム刃が喰らい込んだ。だがそれが首まで達するより早く何かが真上に駆け抜ける。

 コロニー内部から高速で飛び上がってきた物体はルインデスティニー≠フ実体盾、鋭利な先端を見せる飛翔体は敵機眼前でビームシールドを展開すると突進加速も掛け合わせ対象を溶断する。

「戻れっつってるだろ! 足手まといなんだよ!」

〈おまえこそ戻れ死にかけ!〉

「戻ってる間に艦ごと墜とされるわ!」

 大出力を放つたびいちいちフェイズシフトダウンする機体に望みをつなぐなど耐えられないものはあるだろう。だが、もう誰一人として死なせたくなければ我を通すしかない。また一機のザク≠切り結ぼうとするガイア≠押しやりドラグーン<Vステムを駆使してシールドを呼び寄せるクロはティニから受け取ったデータを脳裏で流した。十把一絡げ犇めく戦場に、二機、特殊がくる。ニューミレニアムシリーズのナンバーにGAT‐X102とGAT‐X103が混ざり込んだ。ガイア≠ェフォビドゥン≠ノ引きずられ渋々ながら艦へ連れ込まれる様を横目にするクロは乾ききった唇を舐めた。次来るのは、先程置き去りにした二人……今度はそう易々とは行かない。

「アイオーン=A動けねぇのか!?」

 その言葉に触発されるかのように闇色の戦艦が前進を始める。

『逃がさん!』

『ここまで来て、おまえ達など!』

「近寄んな!」

 右掌を突き出し出力を押さえで連射する。

「前から本命が来る。後ろは任せた。頼むぞ」

『了解です』

 追いすがる敵の目の前で爆発を連続させ足止めするとイマジネーター達にしんがりを任せて前に出る。すぐさま最大加速に入ったアイオーン≠ヘ敵包囲を一気に突き破るかに思えたが、やはりダメージが航行機能にまで及んでいるらしく傑出した速度は出せていない。前面に回り排除と索敵を繰り返すクロの視界にナスカ級艦ボルテール≠フ艦影が。長射程砲で狙撃したくなる心を抑え更に索敵を優先させると、いた。

「お前らはオレと遊んでてもらおうか…」

 感じた瞬間そこから無数のミサイルが降り注いできた。回避は容易。だが後ろに艦。自分だけ逃げたところで意味はない。ティニからもたらされるデータを脳裏で流し、残存近接防衛火器の射角外に陣取ったルインデスティニー≠ヘ広範囲にビームシールドを張り巡らせた。弾幕と光膜が降り注ぐ弾雨を片っ端から着弾前に爆ぜさせる。もう何度目になるかわからない装甲のダウン。だがそれすら無視してターゲットめがけ長射程砲を放った。散会する二機。

「もう撃たせてはやらねーよ!」

 その一機へと急迫する。

〈クロフォード!〉

 狙うはバスター=B狙撃能力のない。デュエル≠ヘ艦にとりつくまでに時間がかかる。しかし此奴は今この位置からアイオーン≠フ艦橋を撃ち壊せる。

「小隊長殿、少し待ってくれって言っても、聞いてくれないよな!」

〈当たり前だぁっ!〉

 答えたのはバスター≠ナはなくデュエル≠セった。ビーム、そして逃げた先にグレネードランチャーが叩き付けられる。死にかけた装甲が爆圧にあおられ破片を散らす。しばし太陽風を飲み、相転移を取り戻した時にはビームサーベルを振り上げたデュエル=B左肩のミサイルポッドが開き五連の弾頭が降り注ぐ。右手のビームシールドが全てを焼き尽くしたが左側を欠損させたルインデスティニー≠ヨの負荷は大きく、姿勢制御に大きく手間取る。

〈あぁ、俺は、プラント≠守らないとならない!〉

 その間にディアッカは葛藤を追い遣っていた。バスター≠フ手の中で砲が逆順に組み替えられる。対装甲散弾砲となった大型ランチャーが傾いだルインデスティニー≠直撃する。連続する固い衝撃、どこかのカメラが割られたのか全天周であったモニタの数カ所に四角いノイズが走り始めた。

「ちっ、じゃあ撃墜されても文句言わないでくれよ!」

 CIWSを乱射し上へ逃げたデュエル≠ヨと掌を突き付ける。指先が引っかかったのはバイタルブロックから程遠い外部装甲に過ぎなかったが構わない。二度と交錯できる機会がないのかもしれないのだ。だからパルマ・フィオキーナ≠フトリガーを引く。

〈ぐ!〉

 至近で爆発。ミサイルポッドごとアサルトシュラウド≠イとデュエル≠フ左肩が爆ぜ割れる。

(っ…出力抑えすぎたか)

 半身吹き飛ばせれば戦闘不能だったろうがマニピュレータの残るようなダメージでは戦闘は終わらない。反撃を覚悟してデュエル≠ゥら距離を取れば意識のどこかが狙いをつけるバスター≠知覚する。右腕に填め込まれていた実体盾が遠隔操作で射線に割り込みバスター≠フライフルを防ぎきる。ディアッカは流れるような動作でライフル後部にガンランチャーを接続すると超高インパルス砲に変じさせ防御兵器に過負荷を強いる。シールドはAIの命令に従いビームシールドを発して照射を防ぎ切るも次の命令には従わない。チャージしたエネルギーを使い切ってしまったか、空飛ぶ盾は虚空に浮かんだまま帰ってこなくなった。

〈イザーク! 動けるかっ!?〉

〈当ぉ然だあっ!〉

 再度迫ってきたデュエル≠ノCIWSを吹き付ける。回避した先へ破壊の右手を突き付け微塵にする――そのつもりだったが、デュエル≠ヘあろう事か弾雨を無視して突進を続けた。そして爆発する。

「!?」

 撃墜したかと誤認させられた爆煙は、脱着ボルトの炸薬のものだった。右肩以外の追加装甲を廃したデュエル≠ヘ両手にサーベルを携え眼前にいる。クロもビームブーメランサーベルを手に取っていたが間に合わない。

「ぐ!」

 反射神経が対応できたのも僅か。殺されることは避けたものの腹部の砲口が削り落とされる。一太刀遅れて振り下ろしたビーム刃はデュエル≠フ片腕を切り落としたが第二刃が返される。

「消えろぉぅっ!」

 受け止めるような片腕はない。クロは反射的に脚部を突き出した。蹴り飛ばされたデュエル≠ヘそれでも残ったレールガンを乱射してくる。

〈ディアッカ今だぁっ!〉

「!?」

〈任せろイザーク!〉

 警告音以上に引っ張られる。バスター#w後を取られ、その銃口に光が集まっている。

〈クロフォード、お前は裏切り者だ! 俺がお前を撃つ理由は、それで充分だ!〉

 クロが驚愕している間にAIが無理矢理長射程砲を展開させ反撃に転じる。いつの間にやら足が切り落とされているが、クロはそれにも気づけない。

「わかってる! だからこれ以上やったって犯罪歴は変わらねェよなァ!」

〈お前、本当に根性のねじ曲がった奴だなぁっ!〉

 超高インパルス砲とゾァイスター=B互いの機体最大出力がぶつかり合う。万全であったなら星流炉を頼みとするゾァイスター≠ヘたとえ相手が核動力に支えられていたとしても歯牙にもかけなかっただろう。しかし衰弱垣間見せるコンディションと満身創痍をさらけ出した機体状況が万全など遙か彼方に追いやっている。クロの最後の一射はバスター≠フ砲と半身を貫通し蒸発させた。しかしディアッカの砲光も霧散させられはせずこちらの砲身を飲み干していった。

「っあっ!?」

 警告音と激震に悲鳴すらかき消される。片腕だけで浮いているような様、再び片眼に染み入ってきた血糊を瞼で追い出し目をこらせば、動かなくなったデュエル≠ニバスター=B

「ちっ……ちょっと、帰れねーかな…」

 死んでるモニタの表示を二次元グラフィック切り替え僚艦との相対位置を表示させる。そして更にアプリリウスワン≠ニの相対位置を表示させると耳元に絶望が這い寄ってきた。

〈クロ、戻って! もう保ちません!〉

 アプリリウスワン≠ゥらはほとんど離れていない。敵の攻撃が和らごうはずがない。

〈クロ! 戻って――〉

(……帰れねえんだよ……〉

 片翼と片腕。武装はことごとく破壊されている。かろうじてメインスラスターは生きているものの大群を相手取れるような力はない。戻れない。いや、戻れるのかもしれない。だが役に立てない………。

《何諦めてんだっ》

 誰にも聞こえない声が聞こえた。諦めただと? やれることはやり尽くしただろうに……。

「……終わりはしただろ。後はステラ達が持ちこたえる。――無理だったなら、それはそれで運命だ」

《馬鹿言え! まだできることがあるのになに悟ったつもりになってんだ!?》

「できることがある、だぁ? 何だよ? アイオーン≠フ前にふらふら出てって弾一発分の盾にでもなるか?」

《……平たく言えば、そういうことだよ》

「……はっ。まさかコンピュータに自殺願望まで植え付けるとはDSSDの技術力には恐れ入る。それとも、そいつは元となった人格が原因か?」

 このまま浮かんでいれば戦争は終わる。まもなくラクス・クラインが戦争を終わらせる。後はたゆたうだけで戦争が終わる。つまり、自分の役目は終わっているのだ。クロは全天から目を背けた。……しかし声は終わらせようとはしなかった。

《何逃げてんだ……。ここまで来て、命が惜しくなったかよ…》

「あ?」

《アンタ、バースト・シード≠竄チときながら戦闘中、必死に自我を保とうとしてただろ。「悪人の自我なんて善人ので上書きしてやりゃ平和になる」「自分は無力だ。パーツに過ぎない」「迷わない戦士になるように洗脳してくれ」あぁキリがないほど壊れたこと言っておきながら、結局は自分を残したいんだろ?》

 何かが嗤う。嘲笑する。クロの脳裏は受け止めた。

《そりゃ人間だもんな。

 自分が可愛い。

 仕方ねぇよ》

 クロは息を飲んだ。最も聞きたくない言葉だった。

 そう『人間だから仕方がない』。なぜ万物の霊長を自負しながら『人間』という言葉は蔑むためにしか使われないのか。クロは、その問いを否定するため人の道を外れた。問い続けるその結果が見たいのなら……諦念など許されない。そんなことを機械に教えられようとは……!

「……まぁラクス・クラインが裏切って、ルナマリアが戦争を終わらせるような事態になるかもしれねえしな」

《崇拝者を殺されたら、あいつらに慈悲なんかないだろ。ここで浮いてたら八つ裂きだな》

「わかったよ……行ってやられて盾にはなった、それはそれでオレ如きには相応しい最期だ」

 個の排斥を謳いながら自身の存続を希う。あぁはっきりと矛盾だ。クロは意図して、心の空隙を広げた。

《守りきるんだ! その為に、おれは…オレはいる!》

 弾けたままわだかまっていた何かが、空隙に染み入ってくる――

「好きに使え。それがお前の覚悟ならなぁっ!」

 閉じることを望んでいた視覚が――拡大する。目の前にデュエル=B

〈お前だけは…クロフォードぉおぉっ!〉

 相貌が輝く。ルインデスティニー≠ヘ突如起動するとその顔面をつかみ取った。

〈なにぃっ!?〉

 爆発。デュエル≠フ頭部が吹き飛んだ。

 イザークはカメラが役立たずになろうと遮二無二ビームサーベルを振り下ろしたがそこにもう敵機はない。彼がモニタの切り替え操作に手間取る内に黒い鉄塊は脇目もふらず母艦へと疾走していた。

「逃げ帰る…? させるかぁっ!」

 生き残ったレールガンを撃ちかける。だがルインデスティニー≠ヘ片翼と主推進しか残らないその機体で亜光速弾を次々とかわしていく。遂にはレールガン砲身の方が熱を持ち戦果がないまま根を上げる始末だった。驚愕に声が出ない。イザークはこの感覚を識っているような気がした。

〈クロ!〉

 悲鳴を聞く。しかし答えない。艦橋窓に砲口をねじり込んだザクウォーリア=Aルインデスティニー≠ヘその眼前で急停止するなり砲身を強引に握り込みばきりと折り曲げる。次いで一瞬の停滞もなく手を離すと掌の砲口を敵の胸部に叩きつけた。貫通、爆発。

〈クロっ!〉

 歓喜を聞く。しかし答えない。遠距離からダメージを蓄積させて足を鈍らせる戦術はもう過ぎ去った後。とどめを刺すべく敵部隊が急所めがけて殺到してくる。ルインデスティニー≠ヘそのことごとくに狙いをつけ全ての彼我の距離を算出する。まずは、眼前。

〈うぁあっ!?〉

 触れる、爆発。そこへビームが殺到するも僚機の残骸を貫いただけでルインデスティニー≠ネど影も形もない。

〈艦を墜とせ! そちらが優先だ!〉

〈了――〉

 爆発。

 命令と同時にビーム突撃銃をばらまいていたザクウォーリア≠ェ胴部を触れられ掌部ビーム砲に貫通される。次も、次も次も。

〈な、なにがっ!?〉

 メインモニタの中でサークルが敵を追い回す。しかしバックパックのスラスターと右の光圧翼型推進二つしかないはずのモビルスーツが弾かれるピンボールの如く跳ね回り的を絞らせない。

〈えぇい! 撃ちまくれ! 満足な装甲もない残骸だ! 当たれば、墜とせる!〉

 弾幕が逃げ道を狭め――程なくロックが成功する。だが、照準が敵を捉え、追い、そしてトリガーを引くその瞬間、間にデブリがあった。

〈悪運っ!〉

 リアモニタの中でグフイグナイテッド≠ェ握られ、爆発。もう常軌を逸した挙動になどは驚かない。急いで機体を反転させると二機の犠牲の後、ロックオンを終えられた。だが――銃口が敵機を追うと、射線上にデブリが入る。ビームは岩を削るに留まり相手までは届かない。

〈莫迦な!?〉

 一度ならば悪運で片付く。だが偶然も続けば必然となる。それをなしえるのは何だ? あいつは計算しているとでも言うのか!? 自身が存在する戦闘空域、それを俯瞰するような神の如き知覚能力? 有り得ない!

〈そんな莫迦な!?〉

 悲鳴を嗅ぎ付け死神が舞い降りる。回避を試みたがメインカメラが掌に覆われる。全てがノイズに飲み込まれ指示どころではなくなる。ビーム突撃銃の弾倉が空になるまで乱射したが、恐らく掠りもしなかっただろう。激震。胴部への損傷を免れ爆発からは逃れられたもののモニタを切り替え終えた時には片腕の悪魔は手の届かないところにまで行き過ぎている。バックパックのスラスターは稼働するものの、動けない。だが今行きすぎた敵機は今の自機と似たような状態ではなかったか。

〈なにが……なんなんだあれは……!?〉

 ザフトは尚もルインデスティニー≠追っている。しかし追える精神と機能を持ったものは瞬く間に減っていく。呆然とする隊長機も増えていく。

 爆発。

 それでも戦いは終わらない。軍勢の一部が呆然としてもアイオーン≠ヨの砲火は一向に収まらない。当たり前だ。艦一隻が敵陣のまっただ中、殺意が和らごうはずもない。乗組員達は今の今まで死を覚悟していた。しかし――

「敵が、離れていく……?」

「あれは、クロなの……?」

「クロです」

 まるでブラックホール。敵が全て引き寄せられていく。アイオーン≠ヨの砲火が減少し、超高速で駆け抜けるモビルスーツの残骸へと殺到していく。黒い残骸が行き過ぎる、その足跡を示す爆光が列を成して宇宙を染める。

「よしっ――って、ちょっとナニ!?」

 クロのサポートに入ろうとデータを掻き集めたディアナはその欠損状況を目の当たりにして言葉を失った。クロは来てくれた。自分の悲鳴に呼応するため。無理をしていることは理解していたつもりだったが星流炉に羽根だけ生えたような状態で殺し合いを繰り返すとは想像の範疇外だった。彼女は罪悪感すら覚えた。それ以上にフレデリカが罪悪感に耐えきれなくなる。

「あれでは墜とされます! クロ帰と――ブツ」

 が、その叫びはティニがぶち切った。非難の目を向けるも彼女は涼しげな無表情を返してくる。

「今クロに下りて貰っては…全員死にますよ」

「でも、あれじゃクロがっ!」

 アサギとマユラはもう出た。ステラも間もなく出撃はできる。数が減じたと言えイマジネーターの精鋭はまだまだアイオーン≠囲んでいる。しかしティニには彼らの未来が見えていた。ザフト軍の圧倒的な戦力の前には彼らの力など風前の灯火。アイオーン≠守りきることなどできはしない。対して――クロの未来は、見えない。

 ティニは破壊を撒き散らす守護者を見守り続けた。

 横薙ぎに払われたビームトマホーク、メインスラスターを真下へ向けたルインデスティニー≠ヘ直上で機体を反転させると片翼と最後の推進器を小刻みに噴射させ真上から襲い掛かる。握り、破壊する。

「あ、あんな挙動……潰れるわよ!?」

 そのまま握った敵機を振り抜く――背後から迫ったスレイヤーウィップ≠ヨ屍を投げつける。奔るパルスすら弾き飛ばし、急反転して握り返す。腕が爆発、次いで命が貫かれる。

〈近づくな! あれは――〉

〈あれは――〉

〈あれは災厄だ……!〉

 しかし敵を震え上がらせるその災厄が、私達を守ってくれている。

 彼が認識すべき皆の希望が収束する渦中で、クロは薄く引き延ばされた意識の中にただただ恐怖だけを感じていた。それでも彼は、ルインデスティニー≠ヘ力を振るい、敵を握り、殺し、そして怨嗟を一身に一心に受け続ける。断末魔に晒されるだけで人の心は容易に磨り減る。嵐のように行き過ぎる亡霊の怨嗟と存在を主張し続けるもう一つの心に圧迫されながら逃げることをせず前へ。

 何故だ? 生きることが生物の本分ならば何故逃げない?

「オレを助けてくれた……ここまで連れてきてくれた奴らに報いるため……」

 クロが呟くその間にもルインデスティニー≠ェ疾駆する。左右から降り注ぐ殺意。最近ターゲットは前、前進することで置き去りにする。行き過ぎたデブリをビームが貫き破片をばらまき装甲で弾ける。

《オイオイそーじゃねェだろ? オレを認めてくれた奴らに…『褒められるため』戦ってんだろオレは》

 背を向ける敵のバーニアに触れ、破壊する。強靱なマニピュレータに捕らえられた怯懦は強制的に引き寄せられ魂を握られ刈り取られた。

「ひねくれた奴……。てめーは……人の最期の願いまで偽善と言い張りてーのか」

 直上に四機。ビーム突撃銃と連装ビームガンドラウプニル≠フ斉射に混じり高エネルギー砲オルトロス≠ェ縦断する。真横を向いたルインデスティニー≠ェ光の翼に圧されて連射を避ける。引き千切られた虹が溶けるように闇へ消えた。

《違う違う。人は常に自分を中心において望む。それはたとえイマジネーターだって例外じゃないだろう。

 善行を積む奴は、悪行で得られる権益よりも、善意によって帰ってくる、笑顔、真心、感謝、賞賛――まぁ即物的に謝礼金とかでもいいが――の方が価値が高ェと思うから良い奴演じるんだ》

 カチカチカチカチカチ。凄まじい勢いで機器が操作される。自分の体がそれを成すのを茫漠とした魂の奥で感じる。切り替わるカメラ、吐き、止まり又吹き上げられる推進剤、ニュートロンジャマー影響下で蛇行する誘導弾にミラージュコロイドを見せつければ行き場を失い彼方へ消える。

《人の心に無償奉仕なんて押しつける奴は、それこそ傲慢だ。世の中結局偽善から始まる善意ばっかりじゃねえのか? だったら究極の善人と究極の偽善者の差って一体何だよ?》

 反射神経だけの戦闘に身を浸しながらクロは脳裏の物言いに苦笑する。こいつは、オレだ。苦笑する。今までオレになんだかんだ言われた奴は今の自分と同じ苛立ちを味わってきたのだろう。

「誰もが心の裏側なんか……読まなくても済む世界、か……」

 善意を善意と受け取れれば互いに幸せになる。善意を偽善と疑えば、蔑みと居たたまれなさが衝突する。『嘘』がなければ、皆が気のいいヒトのまま生きていられる。が……今のこの世界、『嘘』なしに過ごせるほど気楽に作られてはいない。

 ブレイズウィザード%牛レ型のマイクロミサイルがばらまかれる。自機には後退できるような推進器が残っているはずもなくルインデスティニー≠ヘ回転しながらCIWSをばらまいた。

《それで良いだろ人間は。オレが戦う理由も、それで良いだろ》

 パーソナルカラーのザクファントム≠ェ後退した自分を追ってくる。残された推進装置だけで全てを避けることは不可能だったが装甲は苦もなくそれを飲み干す。ルインデスティニー≠ヘ一瞬の降下を交えて直線的な連射をやり過ごすと逆噴射をかけ敵機との距離を詰めた。

〈っ!〉

 敵の驚愕が感じられた。だが流石のパーソナルカラー機は瞬時に抜いたビームトマホークを眼前に置いている。ルインデスティニー≠ェ握り取ったのは命とは程遠い一振り。彼女はそれが爆破される隙を突いて反撃に転じようとしたらしいが――AIの判断は反射動作ではない。小賢しさはすぐさま投げ捨てられ輝く掌が眼前に迫る。

〈待てェ! クロフォード・カナーバぁっ!〉

 一時の方向から聞こえる絶叫。ルインデスティニー≠ヘザクファントム*レ掛けパルマ・フィオキーナ≠叩き込んだが絶妙のタイミングで差し込まれたシールドがその威力の大半を殺していた。

〈ジュール隊長!?〉

〈無茶をするなぁっ! こいつは一人でやれるような奴じゃないっ!〉

 イザーク・ジュール。機体の補修も行わぬままこちらを追ってきた執念は賞賛に値する。同時に後部を示すアラートが鳴り、促されるまま意識を後方にも向ければ左半身を失ったバスター=B邪魔が増えてはアイオーン≠フ安全が覚束なくなる。ルインデスティニー≠ヘ頭部のないデュエル≠ニ右肩に取り付けられたバヨネットライフルしかないバスター≠視界からはずすと殺し損ねたザクファントム≠ヨ再び破壊の右手を突きつけた。周囲に砕け散った破片ではビームの拡散など不可能。彼女を守るものはもうなにもない。

〈させるかぁっ!〉

 イザーク・ジュールがライフルを乱射し二人の接触を阻もうとするが戦場を俯瞰するルインデスティニー≠ヘ彼の方を見もせず驟雨の隙間を縫ってのける。鉄の指先が急所に触れた。眼前のパイロットの息を飲む気配さえ読み取れる。

 トリガーを引き絞る瞬間、形振りかまってられなくなったデュエル≠ェ自身を肉弾とし部下に掴みかかる災厄を押しやった。全推力をもって押しやりながら最後の掌でビームサーベルを引き抜く。

〈ジュール隊長!〉

 あとは突き立てれば勝利を得られる――はずだった。部下から受けるはずの賞賛は悲鳴に変わっている。押しやっていたはずのルインデスティニー≠ェ消え去りアラートが鳴り響く。息を呑みつつふり返……その暇はない。コクピット直上からの振動はカメラを介すまでもなく解る掴み取られた感触だった。

〈――っくぅっ!?〉

〈イザーク!〉

 ディアッカは最後の火器を味方まで巻き込むほど撃ち込んでくるが必要最小限の破壊を繰り返してきた黒い機体の装甲は不可侵の力を取り戻してしまった。ビームはその表面で無数の波紋を起こすのみで暴挙を止める一打にならない。見かねたザクファントム≠ヘもう一振りのビームトマホークを引き抜くと、隊長機を掴み取るその腕目掛けて振り下ろした。薪を割るが如く垂直に振り落とされた光刃、だが光が闇に触れるか触れないかの一瞬、消え去る。

〈え!?〉

 思い切り振り落とした刃はデュエル=\―守るべき隊長機のバックパックを削り落としていた。力の方向を前から上へと推移させ互いの位置を反転させたと理解できたのは一瞬の後、その瞬間には目の前で一人死ぬ――

〈ザフト軍およびエヴィデンス@ヲいるターミナル′Rへ通告致します〉

 ルインデスティニー≠フ掌がデュエル≠フ急所を握りしめたまま、止まった。

 同時に敵味方全ての砲火が止まった。慣性に流されるもの以外が動きを止め、声の出所へとこうべを巡らす。

〈わたくしはプラント″ナ高評議会議長ラクス・クラインです〉

 クロは目元だけを流した。銀色の砂時計達を過ぎ去り遥か彼方に……蒼い惑星が見える。

(何度かソラから地球を見たことがあったが……こんな気持ちになったことがあっただろうか……)

 戦争は終わった。

〈エヴィデンス≠ノ従う方々へわたくしはこの場、月、及び地球上で行われている戦闘の停止を申し入れます〉

 期待のざわめき、そして不安のざわつき。なにも通さないはずの宇宙空間にそれらは確かに伝播する。彼女の、呻きを伴う決断さえも。

〈わたくしは……アルザッヘル≠はじめとした国家……イマジネーター存在を、黙認致します〉

 戦争は終わった。ルインデスティニー≠ゥら解放されたイザークは命に安堵する。しかし長続きさせられず通信を繋いでいた。

〈な…何を言っている議長ぉうっ! 相手は国家じゃない! 停戦勧告など――〉

〈ジュール隊長、これは命令です〉

 納得できなくとも従うしかない。互いを滅ぼすまで戦いたいわけではないのだ。見上げた先では敵味方問わず帰還信号が上がり始めている。

 イザークは自分を殺しかけた機体へ、その身を案じる仲間らしきノーマルスーツが漂い寄ってくることに気づいた。奴らもイマジネーターなのだろうか? そう思うと撃ち殺してやりたくなる――そんな自分にはっとする。狂ったナチュラルがコーディネイターを理不尽に毛嫌いする理由は今自分が抱いた感情と大差ないのではないか……。イザークは悪態をつくことで自分の醜さを噛み潰した。

 そんな敵方の心など知る由もなく、ディアナはルインデスティニー≠フハッチに取り付いた。遅れて流れてきたフレデリカにも手を貸す。ラクス・クラインに認めさせた。その上自分達も生き残った。およそ想定した中で最良の未来を手にすることができた。二人は笑顔で頷きあい、満身創痍の中ほとんど損傷のないバイタルブロックにアンカーをくくりつけた。

〈やったわねクロ〉

 パスコードの入力と共にコクピットハッチが展開する。所々モニタが死んでいるもののコクピット内に目立った損傷はない。接触回線を伝わってフレデリカの涙声が伝わってくるとディアナ自身も、柄にもなく感無量というものがこみ上げてきた。

〈ご苦労様。さぁアイオーン≠ノ帰ろ。流石のあんたも腹減ったでしょ、って、戻ってもレーションしかないけどね〉

 ディアナは彼の肩に手をかけた。そのまま手を引くが――

〈……ちょ、っと、やだ…やめてよね〉

〈ディアナさん?〉

 反応がない。ディアナはシートベルトを外し彼の手を更に引いたが、反応はない。引き寄せたバイザーが反射をやめ中を映した。

〈クロ……〉

〈そんな……〉

 彼は何もない下方をぼんやり見つめ、涎を一筋垂らしている。乱暴に揺すっても、クロの心の空隙は――この上もないほど広がりきっていた。

〈クロ……死んじゃったんですか…?〉

〈っ…こ、呼吸はしてるわ! ほら、バイタルサインもマトモよ! フレデリカそっち持って! アイオーン≠ノ連れ帰れば!〉

 戦争は終わった。戦士達は戦士としての役目を失い自分自身に戻る為帰路をたどる。死者を除けば、押し並べて。

 クロフォード・カナーバは英雄達と同様に三度の対戦を生き残った。しかしそこに、心は残っていなかった――

説明
今、心が壊される―
124,125話掲載。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
1492 1469 2
コメント
アストレイの件、残念ですが、それでもお書きになられるようであれば、心よりお待ちしてます。ここまでの連コメ、失礼した。(東方武神)
ありがとうござります。小説的には戦闘シーンなど蛇足的…(いや、書いてる文には燃えますが)と言いつつも最終決戦及び最終抵抗戦は感情移入は違いましたな−。特にクロを「壊す」と感じながらの創造故、神の身ながらちょっと泣きそうになりました(黒帽子)
さて、ようやく終戦を迎えたわけだが、クロは心を無くしてしまったようですな。空虚とでも言うべきか・・・。しかし最後の獅子奮迅の活躍は読んでいる自分を振るわせるほどのものでしたよ。素晴らしかったです。(東方武神)
人は不完全であるから、あるものを完璧にしようと思っても、それが完璧であるはずが無い。何故ならそれを完璧にしようとした人自体が不完全なのだから。と、うp主コメで思ったことを最初に書いてみた。(東方武神)
お…終わった…。最終的な原稿用紙何枚になったろーと言う程書いた気が…。って後日談一話残っているので結末ではないんですが…ともかく戦争は終わった。カガリさんを足りない言いまくりましたが…完璧にできるってのがどんなのか想像はできねー。(黒帽子)
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