幻葬のファントム〜流転する幻想〜
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 由姫は右腕を跳ね上げ、拳銃のように二発の赤い魔力弾を放った。小さいながらもスピードと貫通力に重点をおいた強力なものだ。狙いは頭と胸にそれぞれ一発ずつ。最も殺傷能力の高い撃ち方だとも言われている。

 それに対して優麻がとった行動は、実に単純なことだった。

 

 「フッ」

 

 『右手』でまず頭に向かってきた魔力弾をはたき、返す手で胸を狙う弾を撃ち落とす。往復ビンタとも言えるその動作は一見すると簡単だが、由姫の初手を完全に読み切ったからこそできることだ。

 しかし、それは彼女とて同じこと。魔力弾を放つと同時に、彼女自身も駆けだしていた。

 

 「Macht…Speed…!」

 

 『力』と『速さ』をつかさどるフレーズを短く刻み、三歩で優麻の懐に潜り込む。

 

 「ハッ!」

 

 全身を捻りながら打ちだす、魔術によって強化した拳によるアッパーカット。通常の人間相手なら、それこそ骨をも粉々に砕く一撃だ。

 ガキンと、何かが壊れる音がした。

 優麻は、身体の前で『右腕』、右脚を折りたたむことでそれを防いだのだ。受けた右手で、そのままバックハンドからの攻撃を繰り出す。

 

 「――ック!」

 

 先程と同じ破裂音が響く。由姫はとっさに左腕を引き、脇からの襲撃から身を守った。

 それから数合、あらかじめ打ち合わせでもしていたかのように、タイミングが同期された打撃の応酬が行われた。

 優麻が右なら由姫は左。由姫がハイキックで横面を狙えば、優麻は右腕で迎撃。

 そしてどちらともなく距離をとり、間合いを測る。

 

 「――思っていたより厄介ですね……その右手、『幻葬』というのは」

 

 肩で息をしながら、由姫は呟いた。

 

 

 

 ――バレたか――

 

 やはりというか流石というか。由姫は僕が彼女の攻撃を全て『右手』で受けていることに気付いた。そしてこれこそが、僕が手に入れた能力。

 沙耶を失い、それまで歩んだ魔術の秘跡全てを犠牲にして掴んだ、唯一無二の力。

 

 『幻葬(ファントム)』

 

 魔術だろうが神の神秘だろうが、『異常』と判断されるもの全てを無効にする最強のカウンター。

 術式を組み立てても片っ端から打ち消してしまうため自身は魔術を使えないが、対魔術師戦において圧倒的な優位に立てる僕の切り札――なのだが…

 

 ――敵にすると、思ってたより厄介だな。由姫のヤツ――

 

 由姫は普通の『魔術師』ではない。彼女の本分は肉体を武器とした近接格闘戦。通常の戦闘において、彼女にとって魔術はあくまで『補助』でしかない。

 これまでは由姫が彼女自身にかけた『強化』の術式を消しつつ迎撃していたのだが、

 

 ――右腕が――

 

 正直、腕にかかる負担が半端じゃない。強化術式を消せても打撃による攻撃そのものは消せないのだから。

 これから受ければ受けるほど、持久戦になるほどこちらが不利になるだろう。僕もなんとかして反撃しなければならない。

 

 ――さて、と――

 

 心を落ち着け、イメージする。

 右手にある『幻葬』の力の範囲を、少しずつ伸ばしていく。にじみ出た実体を持たない『ソレ』は、徐々に集まり、互いが互いを編みこみ、その存在を確かなものへと変えていく。

 

 ――想像するんだ…武器を――

 

 貫く骨子は己の意志。切り裂く刃は己の力。

 水飴のような状態から、やがてはっきりとした形を伴って僕の右手に握られたのは――

 

 「――できた」

 

 一振りの、剣の形をした幻。

 

 ――今度はこっちから!

 

 『幻葬』の剣を手に、行く。

 僕が放つ横薙ぎの一閃に対し、由姫は両腕をクロスさせて防御。しかし、幻の刃がその守りを打ち砕く。

 術式を破られた反動で体制を崩す由姫の顔が、驚愕の色に染まった。何しろ僕は右手で直接彼女に接触していない。にもかかわらず自身にかけた強化の術式が破られたのだ。

 僕は間髪入れずに、袈裟斬りの一撃を叩きこんだ。

 

 

 

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 ――あの斬撃――

 

 優麻からの『見えない』剣撃を受け、由姫は後方に跳んだ。

 『幻葬』の効果は、発動媒体である右手を相手に接触させなければ発動できない。では、なぜ接触前から打ち消しが働いたのか。

 優麻は有効範囲を通常時の右手から無理やり延長させることでそれを可能にしたのだろう、と由姫は当たりをつけた。

 

 「そんな使い方もできるなんてッ!」

 

 「僕も今気付いたんだけど、ねッ!」

 

 二人は再び、同時に動いた。

 

 ――無理やり伸ばしているなら、その安定度は通常時よりも低いはず…

 

 優麻の上段からの振り下ろしを避けながら、由姫は考える。

 

 ――それなら、力押しで突破することは、可能!

 

 たとえ術式が消されても、消されても、その度に重ねがけしてもう一度打ち込めばいい。たとえ範囲が伸びていても、強度で劣るならいずれは砕けるはずだ。耐久勝負なら、こちらに分がある。

 

 「――!」

 

 行った。

 右、左のストレート。そのまま両腕を引き絞り、反動で全身を前に押し出すようにして膝蹴りを見舞う。さらに当てた脚を伸ばしてのトゥーキックに繋げ、とどめとばかりにかかと落としを喰らわせた。その狙いは全て『剣がある』と予想される空間。拳が、脚がぶち当たる度に強化術式が解除されるが、その度にさらなる強化と速度の術式を刻み、次の攻撃に繋げていく。殴れば殴るほど、彼女の打撃は強さと鋭さを増していき、対照的に優麻の顔は苦痛に歪み、対処する動きにもキレがなくなる。

 そして遂に――

 

 「そこっ!」

 

 優麻が振るった剣に拳をぶち当てたとき、何かが崩れる確かな手ごたえを由姫は感じた。目の前の優麻の目が、カッと見開かれる。

 その隙を、由姫は逃さない。即座に打ちだした腕を折り曲げ、肘打ちを繰り出した。狙いは、優麻の左半身――

 

 「――え!?」

 

 これで終わらせるつもりだった。しかし、必殺の一撃となるはずの彼女の右肘は、

 優麻の『左手から伸びた何か』に、しっかりと受け止められていた。

 

 

 

 

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左手に創り出した幻想剣で由姫の一撃を受け止め、さらに再び展開した右の剣で追い打ちをかけて、間合いを開ける。

 とっさに僕がしたのは右手に溜まっている『幻葬』の力を、身体というパイプを通して左腕に流し込み、発現させるということだった。

 幻想剣を創り出したときに解ったことは、二つ。まず、力はある程度の流動性をもっていること。そして本来あるべき場所である右手から離れるほど、効果の安定性は低下すること。

 事実、左手に握られている幻想剣は右手にあるそれよりも『幻らしく』見える。透き通っているが輪郭がはっきりとしている右の剣に比べ、霧が集まって辛うじて形を保っているかのような存在感。あと一、二回攻撃を受ければ間違いなく砕けるだろう。

 度重なる僕の予想外の反撃に警戒しているのか、由姫もすぐには仕掛けてこない。

 しばしの間の、小休止。

 

 「範囲拡張、全身で固定」

 

 その間に力の蛇口を開き、身体中にそれを行き渡らせる。薄皮のバリアにすっぽりと包まれた感覚。これで由姫の攻撃を直に受けても耐えきれるはずだ。

 双の幻想剣も一度解除。もう一度、強度も新たに練り直す。準備は、整った。

 

 「――優麻先輩」

 

 黒曜石のような由姫の瞳が、真っ直ぐに僕を射抜く。これ以上にないくらい真剣で、一切の妥協を許さない、真面目な彼女らしい瞳。

 

 『優麻先輩、この課題なんですが――』

 

 『先輩!仕事なんだからサボらないで、真面目にやって下さいよ!』

 

 『やった!見て下さい先輩、できましたよ!!』

 

 『先輩――』

 

 「――貴方を、砕きます」

 

 思い出の中の彼女も、今と同じ、真っ直ぐな瞳をしていた。

 由姫が突っ込んでくる。僕も、前に出ることでそれに応えた。

 大地を蹴り、風を裂き。もっと、もっと前に――

 行く。

 拳と刃が交わる。

 

 ――僕も、たぶん由姫も、解っていた――

 

 互いの体が交差し、即座に反転。

 

 ――これで、本当に、決着がつく。そう、ここが――

 

 再び、激突する。

 

 ――僕らの、終着点。

 

説明
奏でられる、哀しき戦いの円舞曲。
紡がれる幻葬。

決着の時は近い。
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とある魔術の禁書目録 幻想殺し 上条優麻 上条当麻 原作補完妄想劇場 バトル 型月っぽい サンホラ的表現有 

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