真・恋姫†無双外史「魏after 再臨」 第一章 御使い、蜀の大地に降り立つ
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真・恋姫†無双 北郷一刀 魏after

 

真・恋姫†無双外史 「魏after 再臨」

 第一章 御使い、蜀の大地に降り立つ

 

「――暑っ!」

 目覚めは最悪だった。

 気づけば全身汗まみれで気持ち悪って……

「へっ?」

 跳び起きる。

 羽織っていた黒のダウンを脱ぎながら、辺りを見渡す。

「……ここ、どこ? ……しかも何? この蒸し暑さ、ありえないし」

 俺を中心にして、どこまでも広がる荒野。

 こんな場所で寝た記憶はない。まして歩きで移動しようなんて思わない。

 とにかく、まずは状況を確認するほうが先決だ。

 俺の名は北郷一刀。聖フランチェスカ三年、もうすぐ卒業……。魏の仲間達と乱世を駆け抜けた――

「痛たたたっ!」

 尻に何かが食い込んで凄く痛い。……石?

 立ち上がって尻に付いた砂を叩き落とす。

「もしかして戻って……」

 いや、そう考えるのは早計だ。明らかに景色が魏じゃないし。

「だけど期待するなってほうが無理だよなぁ〜」

 前夜の記憶を手繰り寄せる。

 確か……。荒川と別れたあと着替えずベットにダイブ。そのまま寝たんだっけ。

 でも夢では説明しがたい尻の痛さや、蒸し暑さは何だ。

 期待が膨らむと同時に、萎んで行く。

 ……また消えてしまうんだろうか。

 華琳を前にして碌な言葉も交わせなかった、あの時のように……。

 結局あの後、俺は道場で目を覚ました。

 じいちゃんは気絶した俺を置き去りにして、さっさと屋敷に戻っていたらしい。

 ――夢だったんだ。

 自分に何度もそう言い聞かせた。じゃないと、辛いだけだから。

 ただ、腑に落ちないのは忽然と消えた北郷家家宝の脇差の行方。

「……はぁ」

 期待してしまう俺って、本当に馬鹿だよな……。

 ――でも、もし許されるなら、もう一度皆に会いたいよ。

 っと、こんな所で立ち止まって弱音を吐いても、誰も迎えには来てはくれない。――自分から行動しないとな。

「んー。どこか街でも探さないことには始まらないか……」

 ――取り敢えず歩こう。道を歩いていけばきっと村があり、人がいるはずだ。

 移動しようとしたら、何かが足下に当たった。

 「……ん!? 竹刀袋!?」

 何でこんな所に竹刀袋が……。ますますよく分からない。

 中身を取りだして、俺は恐怖で震えた。

「何で? ……怖っ!!」

 その中には北郷家家宝、胡蝶ノ舞が入っていた。

 ……もう、深く考えることは止めにした。

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 それにしても、これからどうしたものか。水も路銀も無いし……腹も減った。

 今手元にあるのは、竹刀袋に入っていた家宝の本差のみ。

 それに平和になったとはいえ、まだまだ油断はできないはずだ。

 野党と出会って、身ぐるみはがされては適わない。

 思えばこの広い荒野で遭難しているのだと、今更ながら不安と恐怖に襲われる。

 

 孤独に一本道を歩いていると遠くに砂塵が見えた。こっちに来る。

「――旗! どこの軍だ!?」

 じっと目を凝らす。

 色は緑色。……蜀の牙門旗!!

 それに左右に、厳と趙の文字。言わずと知れた、大徳、劉備の軍である。

「た、助かったかも……!! おぉぉい!!」

 俺は声を張り上げて、両手を振った。

 

「全軍止まれぃー!」

 良かった! 本当に良かった!

 緑の甲冑を着た兵士達が一糸乱れぬ動きで停止すると、色々と目のやり場に困る大人の女性が前に出てきた。

 男なら誰もが釘つけになるであろう大きくはだけた胸元に、白い肌。艶のある髪を簪で結い、顕わになった肩を揺らしながら、って、左肩凄いなっ!

 ――俺の頭よりも大きな赤い肩当てを填めている。そこに書かれた『酔』の一文字は、きっと彼女自身を表しているのだろう。

 歩き方にも気品が滲みでているというか、まるで孤高な一輪の花を思わせる。とても綺麗な女性だった。 

「そこのお前、このような場所でいったい何をしている?」

「助けて下さい! 気が付いたらここにいて、道が分からず困ってるんです! 近くの村か町まで運んでもらえませんか!?」

「ほぉ、そのような怪しい服を着ている者が、水も馬もなく、このような場所で迷子というのか、若いの?」

 素性を確かめるべく、頭の先から靴の爪先まで観察される。

 無理があるのは、百も承知でございます。

「でも、何て説明したらいいか……」

 ――目が覚めたらここにいた。

 本当のことを話しても通用しないと、華琳と出会ったときに勉強済みだ。

「賊の討伐に向かう前日に流れ星と思えば……。はぁ……、余り良くない兆しかのう」

 ……うっ、迷惑がられてる。

 でも引きさがるわけにはいかない!

「雑用でもなんでもやります。近くの村まで送ってください。お願いします!」

 全身全霊をかけて、頭を下げる。

「……むぅ。できるならそうしてやりたいが、これから賊討伐の任を受けておるのでな」

「そこを何とか、お願いします!」

 困った声を出した女性の傍に、カッポカッポと誰かが馬で歩み寄った。

「良いではないですか、桔梗殿」

 顔を上げる。――あれ? この人どこかで……。

「このまま放置して、野盗にでもなられるほうが厄介。それに助けを求める者を見捨てたとあっては、桃香様の名に泥を塗るようなもの」

「分かっておる。だからこうして悩んでおるのだ。見るからに戦の素人。戦いの邪魔になられては厄介極まりない」

 桔梗と呼ばれた女性からは、ため息交じりで素人はお断りだと、気の良い返事は返ってこない。

「ふふ、このような厄介事、私は大いに歓迎ですぞ?」

「星、良いのか?」

「構いませぬ。この趙子龍が、この者の身をお預かり致そう」

「……ふむぅ、ならば趙雲の指示に従え。勝手な行動は慎め?」

「あ、ありがとうございます!」

 これで行き倒れにならずに済む。そう思うと、自分が置かれていた状況に、今更ながら震え出す。

 蜀の二人はお互いの顔を見合せて頷くのであった。

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 落ち着いた頃を見計らって、彼女達は俺の名を聞いてきた。

「お主、名前は?」

「北郷一刀。字がないところから来た。北郷と呼んでくれ」

「ふむ。我が名は趙雲、字は子龍」

「我は厳顔。この部隊の将を引き受けておる。……字がないとは珍しいな」

 ――驚いた。厳顔と言えば、劉備の入蜀の際、戦いに敗れて捕虜になっても、将としての誇りを捨てない堂々とした立ち振る舞いに、深く感銘を受けた張飛が縄を解いて厚く持て成したという人だ。

 青い髪と白い服を着た女性は趙子龍。言わずと知れた蜀の有名な武将。

 俺が一番最初に出会っていた三国志の英傑でもあり、所属する国は違えども、風と稟の盟友。

 ……本当に、拾ってくれてありがとうございます!

 何てことを考えていると、何やら胸の前で腕を組み、考えに耽る趙雲さん。

「北郷? はて、どこかで聞いた名――」

「――申し上げます!」

 前方に放っていた斥侯だろうか、二人に報告を始める。

「目標の賊軍は前方に四里に待機しております。数はおよそ二百」

「そうか。賊の味をしめれば人はもう終わりよ。人を捨てた愚か者共には、早々にあの世へ行って貰おうか」

「では北郷、後ろに下がって雑用を頼む」

「了解。邪魔にならないように気をつける」

 厳顔さんは部隊に次々に指示を出していく。

「五百の部隊を二つに分けて、両脇から相手の脇腹を食い破る。準備せぃ! 皆殺しにされた村人達の仇討ちよ! 一匹たりとて逃がすでないぞー!」

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 兵士が武器を構えて将の命令を待っている。俺は後方部隊の人達に混ざって並んでいた。

 残念ながら蜀の鎧は無く、一人浮いている状況で気まずくて仕方がなかったのだが……。

 いざ戦いが始まってしまえば、それどころでは無かった。

 

「負けりゃ皆殺しだ! 後は無いぞ! 明日が為に奴等を殺せ!」

 賊は己が為にと死に物狂いで抵抗を始める。

 剣と剣がぶつかり合い怒声が……。

 肉体からは血が流れ悲鳴が……。

 遠い世界だったはずの殺し合いが、今、目の前で繰り広げられていた。

 ……戦場の雰囲気に呑まれてはいけない。

 震える身体を叱咤して、大声を張り上げる。

「――傷は浅い! 気をしっかり持つんだ!」

 後方へと下がってくる血だらけの負傷兵を救護する。

 血を失い、朦朧と助けを求める仲間の下へ駆け、血だらけの兵士を全身で受け止めて衛生兵の下へと運ぶ。

 そして、俺は槍を持って走る。傷つき、弱った者達に襲いかかろうとする賊から、仲間を守るために槍を突き刺す。

「ぐぇぇぇ……」

 相手は賊。容赦などできるはずがなかった。

「くっ!」

 槍を引き抜き、震える槍先を倒れた賊の喉元へと突き立てた。

「た、助かった! すまない!」

 その感謝の言葉に、俺の行動は決して間違っていないと、震える心に言い聞かせ続けた。

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 戦場に目を移す。遠くの敵陣で白き雄が戦場を駆ける――

「この趙子龍の正義の一撃、存分に味わえ!」

 情け無用とばかりに立ち塞がる賊を、貫き薙いで屍の道を築きあげ、また反対側から、厳顔が雄々しく巨大な武器から矢を放ち、屍の海を作る。

「豪天砲の餌食になりたくなければ、踊れ踊れぃ!」

 見るも無残な仲間の姿に、賊は恐怖しながら必死に抗うも、幾多の戦場を経験してきた蜀軍の勢いは止まらない。

 一騎当千の武将の二人が前戦で奮闘すれば、敵が敗走するのも時間の問題だった。

 戦いも終盤に移り、盗賊たちが敗走を始めると、異変が起こった。

「星! そっちへ流れたぞ!」

「くっ!」

「へへっ、このままやられるだけだと思うなよ!」

 包囲陣を抜けた賊が死に物狂いで地を駆ける。北郷一刀と傷ついた兵たちがいる部隊に向かって……。

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「ひぃっ、賊がこっちに来る!」

「こっちは怪我人ばかりだぞ!? このままじゃ、皆殺しにされちまう!」

「あっ、こら逃げようとするな! 死ぬだけだ! 戦うんだ!」

「み、見捨てないでくれ!!」

「分かっている! ――その手を放すんだ!」

 ――やばい。

 怪我をして動けない兵士達が恐慌を起こした。

 部隊長らしき人物は何人かいるものの、混乱を収めきれないでいる。

 このままではいけないと感じ取った俺は、指揮を取るために胡蝶ノ舞を引き抜き、怪我をした兵士達の中を歩きながら叫ぶ。

「ケガ人を一か所に集めるんだ! ここにいる全員で方形陣を敷く!」

 必死に助けを求める動けない兵士達の下へと向かい、縋りつく兵士の肩に手を置く。

「――絶対に見捨てない。仲間を信じるんだ。一緒にこのピンチを切り抜けよう!」

 兵士が落ち着きを取り戻したのを確認し、立ち上がる。狼狽えていた兵士達も冷静さを取り戻していた。

 ――よしっ。これならいける!

「戦える者は武器を持つんだ! 仲間を信じて仲間を守れ! 賊の初撃さえ耐えれば何も怖くない! すぐに助けが来る! ――誰一人欠けること無くこの戦いを乗り切るぞ!」

 

 一刀が先頭に立ち、陣を敷き応戦すると結果はあっと言う間だった。

 敗走する烏合の賊では、例え怪我をしていても、守りに布陣した精兵たちを崩すことは不可能だった。

「ちっ、こうなっちまったら分が悪すぎる! そのままずらかれっ!」

 賢いものは瞬時に逃げ出し、機を逃した賊は駆け付けた趙雲達に一瞬にして貫かれていく。

 何とか防ぎ切り、北郷一刀、約一年ぶりの戦に幕が下りたのだった。

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「それにしても、とんだ拾い者よのぉ」

「ふふっ、まったくだ」

 笑いをこらえるかのように、二人は酒を口に含む。

「後方の指揮を、新人の隊長達だけに任せるのはちょっと……」

「未来の将を育てることも、我等の仕事よ――」

「何を仰るか。桔梗殿はただ前に出たかっただけでしょう?」

「そのままそっくり返してやろう。終わったことを気にするでない。ほれ、飲まぬか小童共」

「ですな。ということで、終わったことを気になさるな、北郷殿」

 俺は後方の指揮を取って窮地を凌いだということで、天幕の中でお礼とばかりに酒を振舞われていた。

「しかし酒を飲む良い口実ができたの。星!」

「いや、まったくですな、桔梗殿」

 ――酒が飲みたいだけかよ!?

「そんな顔をするな。心配せずとも北郷の歓迎会をしていたところよ!」

「歓迎会? 俺の? 何で?」

「ただの飲み口実だ」

 そう言って笑いだす。

 どんだけ酒好きなんだよ。この勢いなら、俺がいなくても何かと理由をつけて酒を飲んでそうだな。

 そう思ったとき、ふと忘れていた事を思い出した。

 やっとお礼を言うことができる。

 命を救って貰ったお礼も言えず、彼女達はすぐに行ってしまったから……。

「趙雲さん」

「うん?」

「もう忘れているかもしれないけど、郭嘉と程c……。いや、あの時は別の名前を名乗ってたかな」

「北郷殿?」

「たしか戯志才と程立と見聞を広めるために旅をしてましたよね、そのとき盗賊に襲われていたところを、助けられたことがあるんですけど……、覚えてます?」

 記憶の断片を探り当てるかのように、思い出そうと天井を見上げる。

「確かに見聞を広めるために二人と旅をしていたのは事実だが、助けた者は数知れず。いちいち顔などは覚えていない」

「じゃぁ、程cの真名を突然呼んだ……」

 趙雲の眉がぴくりと動く。思い出したようだ。

「あのときの無礼な貴族……」

「改めて、言わせてください。助けてくれて本当にありがとうございました」

 深く頭を下げ、言葉を続ける。

 

「あのあと陳留の刺史に引っ立てられて、尋問を受けて……」

「真名を知らなかったら、首が跳んでいました。本当にありがとうございました……」

 そう、すべてはここから始まったのだ。この人が駆けつけてくれなかったら、俺は始まることすらできなかっただろう。

「……そうか」

 こちらをしばらく見詰めたあと、力を抜いて軽く笑みを浮かべる。

「お前達、なかなか面白い縁を持っているようだな」

 話を聞いていた厳顔さんが、面白いことを聞いたと笑う。

「そのようだな」

「俺もそう思うよ」

 趙雲さんは盃に口付け、何かを思い出しているのか、遠い目をしてさらに一献傾ける。

「ふむぅ、では趙雲に助けられた前といい、今回といい、あんなところで何をしていた?」

 厳顔さん、そうきたか。一番困る部類の質問だ。

「気付いたら、あそこにいた……としか」

「なんじゃそれは? 答えになっておらんではないか」

「自分でも信じられないんだ。……前後の記憶の辻褄が合わない」

「もうよぃ」

 厳顔さんが盛大に溜息をついたあと、一気に酒を煽る。その表情は面白くないと物語っていた。

「で、北郷殿。その話を陳留の刺史殿は信じたのか」

「頑張って説明して、そういうことにしてくれたよ……」

 華琳の理解の良さに、助けられた形だったけど……

「確かあのときの陳留の刺史は……、曹孟徳」

『曹孟徳〜?』と、厳顔さんの目の色が変わった。

 武人の勘か、女の勘か。再び体をこっちに向ける。

 趙雲さんがぴくりとも動かなくなる。

「あぃ、待たれよ北郷殿。……待て、待て待て待て!」

 話しかけようとしたら、手を前に突き出されて止められてしまった。

「曹孟徳、風や稟の名を知っており、そして北郷一刀という名前……」

 厳顔さんも趙雲の顔を覗き込む。その答えに痺れを切らしたのか、催促を始める。

「星、さっさと思い出さんか」

「……ふむ。さっぱり分からん」

 前のめりになっていた反動は大きく、厳顔が一気に後ろに倒れるように転がる。手にした盃から、酒を一滴たりとも溢さないのは流石である。

 それを見て、趙雲さんは笑いながら酒を飲み干す。

「そこまで引っ張っておいて――、拍子抜けではないか」

 つまらんと、酒を飲み干す。

「すまんすまん。少々勘違いをしていたようだ。ところで桔梗殿。魏の種馬と呼ばれている男をご存知か?」

 ――ぶぅぅぅっ!

 口に含んだ酒を、盛大に噴いた。

「何を噴いておる! ……酒が勿体なかろう」

「す、すいません……」

「ふふっ」

 にやりと笑みを浮かべ、趙雲さんが確信めいた瞳をこちらに向けてきた。

「魏の女性を片っ端から篭絡しては抱いているという、あの魏の種馬か」

 厳顔さんの口から、予想だにしなかった言葉が返ってきた。

「姿を眩ませたと聞く。大方、あの小娘の傍に耐えかねて、他の女にでも走ったのだろう」

 俺が消えたことで、華琳がそんな風に思われているなんて……。

 ちょっとショックだ。

「ふむ。それならこの国に来ているかもしれんな。……ぜひ一度、お相手願いたいものですな」

 

 なぁ、北郷殿? と、悪戯な笑みを浮かべて、こちらをずっと見続けている。

「な、なんで俺をじっと見てるの?」

「ふふ、北郷殿を愛でながら酒を飲むのも、また一興かと思いましてな」

「男を愛でて酒が美味くなるものか」

「桔梗殿はそうではないらしい。ほれ遠慮するな。飲め」

 ずっと俺の瞳を見続けて、酒をちびちびと飲む趙雲。

「ほれ、北郷。応えてやらねば男でないぞ!」

 このままだと本当に落ち着かないので、俺も勝負に出た。

 睨めっこのように、俺も彼女の瞳をじっと見続ける。

 酒を飲んで血の巡りが良くなったのか、彼女の頬が心做しか赤く染まっている。濁りのない瞳に俺を映す。

 その均衡を破ったのは、趙雲さんだった。その美しい顔が徐々に近づいてくる。

 よつんばになって、攻めの姿勢で迫りくる趙雲さん。

「はて? どうして逃げられる。北郷殿?」

 視界の隅で、酒を噴き出しそうになった厳顔さんが見えた。

 徐々に追い詰められていく俺を見て、笑いを堪えながら酒を飲んでいるに違いない。

 視線を交えたまま、俺は後ろに下がり続ける。

 とうとう天幕の端まで追い詰められ、膝に片手を乗せられて、息がかかるほど近くに趙雲さんの顔がっ……。

「あー、もうっ! 顔が近いっ!」

 溜まらず目を逸らし、肩を押す。睨めっこ勝負に負けた俺は、二人から爆笑されることとなった。

「北郷〜。男なら唇の一つや二つ、そこで奪わんでどうする!」

「だそうだ。おや? 顔が赤いぞ、北郷殿。少々酒を飲みすぎたか?」

「勝手に言ってろ!」

 俺は残っていた酒を一気に飲み干す。

 二人に玩具にされ続け、夜は更けていった。

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 無事に蜀の都に戻ってくることができた俺は、二人と別れ、活気のある街中を歩きながら考え事をしていた。

 ここからは一人で何とかしなくてはいけない。

 俺の目的は魏国への帰還。それまでの旅費はここで稼ぐ必要がある。

 そうでなくても今、宿に泊まる路銀もないし、今日の食事にありつけるかどうか……。

 でもさすが蜀の都。仕事は探せばいくらでもあった。

 ならばと出てくるのは、欲だ。給金が高くて、宿もあって、飯もあって……、そんな都合の良い働き口って、あるの?

 ――あっ、都の警備隊。……それに志願するのが一番良さそうだ。給金がどれほどなのかは分からない。けれど寝る場所や、食事はあるはずだ。

 それに俺は蜀の軍に助けられた。それはつまり、蜀の国に住む人達に救われたようなもの。その人達のために働ける場こそ、今の俺に唯一できるお礼ではないだろうか。

 ……ちょっと大げさだったかな?

 と、膳は急げ。街の警備兵に尋ねるため、都の大通りに足を運ぶのであった。

 

 運良くトントン拍子で採用試験に参加できることができ、そして今、俺は蜀の城の一室で待たされていた。

 まずは適性試験通過だけど、試験の内容は少々理解に苦しむ質問が多かった。

 渡された書類にはこんな感じで書いていった。

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 下記の質問に答えなさい。

○守りたい人がいる。……イエス。

○動物を世話するのが好きだ。……イエス。

○困っている人は放っておけない。……イエス。

○仲間と飲む酒が大好きだ。……大好きじゃないけど、好きなほうかな。

 まぁ。この辺りまでは、何となく納得できるんだが……。

○メンマなんて消えてしまえば良い。 ……何でメンマ? バツかな。

○大、中、小。貴方が選ぶのは? ……何を? 取り敢えず、全部。

○五虎将軍で誰が好き? その理由も述べろ。

 ……うーん、俺、趙雲さんしか知らないんですけど? 命の恩人だからでいいや。

○五虎将軍で誰が嫌い? その理由も述べろ。

 ……何この地雷。趙雲さんでいいや。人を玩具にして、からかうから。

○若将と老将に指南を受けられるならどっちを選ぶ? ……両方にご指南を頂戴する。

○最後に、華蝶仮面について貴方が思うことを書きなさい。

 ……華蝶仮面? 他国の者なので分からないっと。

 

 正直、『○子供が好きだ』の問いがあるのに、『○幼女が好きだ』は、いろんな意味で考えさせられたな。

 きっと地雷なんだろう。……『幼女が』が、『幼女も』だったら、俺はここにいなかったかもしれない……。

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 っと、そんなことを考えていたら、五つある面接室へと志願者が流れていく。

 合格した者は別の部屋へと案内されて、不合格だったものは、悔しそうな顔をして城から出ていく。

 どうやら順番は最後から三番目のようだ。

 待機室には自信に満ち溢れた屈強な男達が、いまか今かと自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

 ……俺、採用されるのかなぁと、緊張した面持ちで待っていると、凄いことに気が付いた。

 名前が呼ばれ、何番に入れと言われるのだが、幾つか別れた部屋の一か所、一番と書かれた部屋の面接時間が明らかにおかしい。

 多くが一瞬で外に出てきて帰って行く。というか、あそこから合格者が一人も出ていない。

 がっくしと項垂れて出てくる者、悲鳴を上げて逃げ出す者。中には大声で怒って出ていく者と様々だ。

 一体どんな面接官なのか見てみたい。でも一番は鬼門だ。――絶対に入りたくない。

 他の志願者も気付いたようで、一番の部屋に呼ばれた奴には同情が投げ掛けられる。

 いつしか志願者の間で、不思議な連帯感が芽生えていた。

 ……次は俺の番か。

 五番と書かれた部屋から男が城の奥へと消えていった。

 名前を呼んでいた人に目をやると、他の兵士に声を掛けられたようで、縋るように交代して貰うと、腹を押さえて小走りで走って行ってしまった。

「すまんな。アイツ、朝からずっと腹の調子が悪かったらしい。じゃぁ、次……」

 ……立ち上がろうとしたら、別の人の名前が呼ばれた。

 最後の人が、何で? っとそんな顔をして立ち上がる。

 ……あれ?

「すいません。次の順番って、俺じゃないんですか?」

「ん……? あ、逆か。アイツ、用紙裏返して行ったんだな。あー、すまんすまん。もう名前呼んじゃったし、そのまま入って」

 五番の部屋に入り損ねた俺。できることなら一番は避けたいんだけど……。

 すぐに三番から人が出てきた。次の順番は……!!

 男が書類に目を落として名を呼ぼうとしたとき、一番の部屋から悲鳴が上がると転がり逃げるように出て行った。

 一番と、三番のどちらか……だと?

「あ〜、もう二人で決めちゃってよ」

 ――投げやがった!!

「……どうする?」

「どうしようか……」

「俺さ、故郷の母親残して都に出てきたんだ」

 ……オーケー。俺の負けだ。

「家が貧しくてさ、都の警備兵に志願すれば租税も免除されるし、親孝行にもなる。少しでも母親に楽をさせてやりたいんだ。だから――」

「――良いよ。先に行って来いよ。でも絶対に警備兵になって親孝行しろよ?」

「……すまない。恩に着る」

 そう言って、男は三番の部屋へと入って行った。

「……えっと、お疲れさん」

 ――始まる前から、血も涙もないな! この兵士!

 一番の部屋の扉がポッカリと開いて、中からコンコンと机を叩く音が聞こえる。これって、早く来いって合図か!?

 俺は恐る恐る近付くと……。

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 部屋の中では、俺と同い年くらいの女性が机越しに座っていた。

 長く伸びた艶やかな黒髪。俺をどのような人物かと見極めようとする真剣な眼差し。

 厳しそうなその黒い瞳の奥には、強くて優しい輝きを持ち備えている人だった。

 そして何より、彼女の傍に立て掛けられていた青龍偃月刀。

 

 ……俺と関雲長との面接が始まろうとしていた。

 

 

 ――続く(この辺りがエイプリルフール)

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 あとがき

 

 四月一日は、エイプリルフールでございます! テスはどうどうと嘘を吐きます。最低ですね。

 

 この章の正式なタイトルは『御使い、蜀の大地に降り立ち、警備兵に志願する』です。ネタバレ防止なんですけど、バレバレだから意味ないかもって思ったり。

 

 一年以上ずっと引き出しの奥で眠らせていた小説を、加筆修正したものになります。正直、こっちにまで手が回せないのが現状です。

 あ、去年のエイプリルフールで出した魏アフターの続きです。覚えている人は凄いと思います。

 展開はご想像通り、三国渡り歩いて魏に戻るという、単純明快な話。

 一年に一回くらいは進めたい。というのが本音だったりします。

 気付けば長さも結構な量に。昇龍伝、地の一章を更新してから作業に入ったので、オチまでいけなかったよ!(――何の嫌がらせだ!!)

 ……どんなオチになるのでしょうね?

 

 四月に入り、心一身、創作活動に頑張って参りますので、よろしくお願いします!

 皆さんに楽しんでもらえたらと願いつつ、この辺で失礼します!

 

説明
 注意
 ○四月一日はエイプリルフールです。テスが堂々と嘘を吐きます(最低です)
 ○魏afterですが、魏の人の出番がありません(最低です)

 それでも作品を読んで、少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。
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コメント
rikuto様――魏の最後を見て、書きたくなってしまうのが魏afterなのです!! 彼女の本領発揮はここからだったのですが、時間が足りずに書けなかったのは申し訳無いの一言です。でも面白いと言って貰えて嬉しいです!(テス)
┌┤δωδ├┐様――違うことをすると、また新鮮になったりしていいものです。次回作考える作業へと移ります!(テス)
一つ、まさかエイプリルフール作品が年越えで続くとは思わなかった。脱帽www二つ、昇竜伝地の章の進行もあって、関さんに興味深々状態なのに、関さん出てきた瞬間終了とかどういうビクンビクン 三つ、素直に面白かったですw(rikuto)
さて、続きを書く作業に戻ろうか(┌┤δωδ├┐)
jackry様――そう思って貰えるだけで、嬉しいです!(テス)
きのすけ様――すると来年の更新が無かったりするのですねw(テス)
ハセヲ様――ひと作品で手一杯ですから、一か月では無理だと思います。だからと言って昇龍伝が終わるのそ待っていたら永遠に話が進まない。悩んだ結果、一年更新ならきっと大丈夫? じゃぁエイプリルフールが真相です。でもやっぱり一年は長いですよねー。自分でも思います。(テス)
李玖様――その通りです。大変失礼しました! 「顔」→「厳」に訂正致しました。(テス)
来年のいい楽しみができたなw(きの)
一年は長いなぁ・・・。なんとか一カ月ぐらいにならないですかね?(ハセヲ)
桔梗(厳顔)なら「厳」の旗では?(李玖)
機皇神ヒトヤ犬∞キュービック様――この部分は切羽詰まる状況でしたので、敢えて言わせました。確かに兵士達は言葉の意味は分かりませんが、前後の文で一緒に何を切り抜けるかは伝わる筈です。後、今回星が一刀をからかうのは、純粋な興味と御代徴収(ギブ&テイク)と言ったところですw 桔梗と星の服装がヒントです。(テス)
一刀が「ピンチ」と言ってますがそれではこの世界の人は分からないのでは、後自分も一刀と同じ星が嫌いです、理由も同じ(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
dorie様――最初の一言、嬉しゅうございます。ただこっちは年一回の更新でも、昇龍伝より早く終わりそうな予感はしています。自分でも並行して連載はできないと思ってますので、エイプリルフールの日にできた分を更新する感じです。せめて一年更新から半年更新にできないものかと考え中であります。(テス)
砂のお城様――こういうネタがあるんですよと、人に言いたくなる自分が憎い。付き合って貰えるだけでも感謝です!(テス)
続きがみたいけど……あーテスさんっていったら昇龍伝の人でしょ。あの話大好きなんだわ。しかもまだまだ終わりそうにない話だからこっちの連載は無理だな。平行してもいいことはない。エイプリルフールとか七夕とかクリスマスとかにしか発表しない季刊連載ということで一つ。(dorie)
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