真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜 31:【漢朝回天】 この道は何処へ
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◆真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜

 

31:【漢朝回天】 この道は何処へ

 

 

 

 

 

霊帝の体調が思わしくなく臥せっている。

原因は不明。症状の程が詳しく知らされることはない。

 

だがそれもしょせんは表向きの話。宦官外戚ともに、主な高官らは詳細をしっかりと掴んでいる。

朝廷中央に係わる者たちにとってみれば、皇帝の症状がよろしくなく改善が見込めないことは分かっていたことだった。そこに悲しみはあっても、驚きはない。

だがこの洛陽という地の中では、霊帝に近しい者ほど、悲しみの程度が浅い。唯一といってもいい例外は張譲くらいである。漢王朝に身を捧げている彼にしてみれば、この事実と現実に、身を引き裂かれそうな思いを感じる。

彼とて、皇帝こそすべてとまではいうつもりはない。

だがその存在如何で、世の中がどれだけ揺れ動くか。

それを民の視点から見る者が皆無である現状を嘆かずにはいられない。

反面、その状況を作り上げたのは、他ならぬ彼ら宦官たちなのだということもまた事実であり。張譲は内心忸怩たるものを抱えている。

 

「腐った輩を燻り出すに、確かに好機ではあるのだが」

 

霊帝の崩御までもう時間はない。

崩御と共に、宦官と外戚による、後継問題という名の権力争いが表面化するだろう。

漢王朝の忠臣として、歓迎する気持ちと、歓迎できない気持ち。彼の心中は千々に乱れていた。

 

 

 

張譲が抱いていた悪い予想。これは裏切られることなく、朝廷内に蔓延る高官たちは活発に動き出した。

崩御のときを待つまでもなく、自分の懐と権力欲をより満たさんと、私欲丸出しの権力闘争が目に余るようになった。

これまでもそういった諍いは数多くあったものの、曲がりなりにも表に表れないよう隠密裏に行われていた。それが今や隠されることもなく大っぴらになっている。現状はまさに、腐敗、というに相応しい状態であった。

 

張譲は漢王朝を大樹に例えた。帝を頂点として、仕える臣たちはすべて、枝であり葉であると。

彼が曹操を手元に呼び寄せ行おうとしたことは、その枝の腐った部分を切り落とすこと。そして新しい枝を接ぎ、漢王朝を新しく大樹として形作ることである。

 

そんな彼が、新たに董卓と手を組んだ。

彼女らに求めたことは、落とす枝と共に巻き込まれる葉を拾い上げること。

枝の腐敗が及んでいない葉、すなわち私欲に駆られない将兵たちに新たな恭順を促すことだった。

これはもともと、賈駆と鳳灯が陰で行っていたことと変わりはない。ふたりを筆頭にして、董卓軍の文官たちは、朝廷内のみならず洛陽中を駆け回っている。

 

乞われるまでもなく進めていた独自の策、末端将兵らの懐柔。短い時間ながらもその成果は確実に現れていた。

話を持ちかけた賈駆や鳳灯らが驚くほどに、彼女らの思惑に乗って来ている。少なくとも、盲目的に高官らに従うような将兵の数は減って来ている。

 

彼ら彼女らと接して分かったこと。それは末端に近ければ近いほど、いざというときに自分たちは使い捨てにされることを理解出来ていたということだ。

洛陽に詰める兵、といえば、ただの民草からみれば相当な身分にあたる。だがそれでも実際は、高官たちに扱き使われ、悪し様に扱われているのが現状なのだ。それが結果としてためになる行いならまだしも、所詮は己の私腹を肥やすことに熱心なゆえのものなのであると知ればどうなるか。将兵たちの心も離れていくのも、無理からぬことだろう。

 

 

 

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権力争いはどうしても起きる。

今この朝廷中枢に居座る歴々の考え方、これらを変えることは難しいといっていい。困難という言葉では表せないほどの時間と苦労が必要になるに違いない。

ゆえに、当の高官たちを変えようとはしない。賈駆と鳳灯は外堀を埋めていく。

 

彼女らが目指すものは、権力争いにおける"実質的な諍い"を出来る限り起こさないことだ。

つまりは、ことが起きた際に、将兵が動かないようにする。

洛陽で上に立つ輩の大多数は、命令を口にするだけで、実際に身体を動かすわけではない。実働隊である将兵が動かないのであれば争いにもならない、

 

鳳灯は、自身がかつていた世界の歴史を反芻して考えてみる。

 

何進が兵力を嵩に無理を通さなければ、宦官も不必要に反発しないだろう。

反発心が高まらなければ、宦官も実際に動き出すこともなく、何進の暗殺といった行動に走らないのではないか。

何進が暗殺されなければ、袁紹も宦官虐殺など起こさないかもしれない。

宦官虐殺が起こらなければ、洛陽も混乱せず、董卓が相国という地位にまで上り詰めることもなかったろう。

そして、反董卓連合などが組まれることもない。

 

しょせんは、鳳灯がひとり頭の中で考えたものだ。想像の域を出ることはない。とはいえまさか、賈駆に意見を聞くことなど出来はしない。

だが大枠を示すことは出来る。詳しいところをぼかしつつ、これから起こるであろう可能性として予想図を描いてみせる。その上で意見を戦わせつつ。董卓と賈駆、鳳灯は、臨む未来図を具体的にしていった。

その結果立てられた策が、末端将兵らの懐柔及び意識改革である。

 

 

 

賈駆に示したように、鳳灯は、張譲にも未来の予想図を展開してみせた。

多く推測が混じるものではあったが、それは彼にも十分にありえる未来だと思える。いやむしろそうなる可能性の方が高いだろうと結論付けた。

 

ならば特に付け加えることはない。これまでとやって来たように、董卓勢の文官たちは、武器を持たずに戦を止めるべく、奔走する。

 

賈駆や鳳灯らは、末端から中堅までの将兵たちに接触する。

そこでするべきは説得ではない。未来を予測させることで、現状が導く将来に自ら気付かせることが目的になる。

賛同を求めるのではなく、このままでいればどうなるのかを説き、それでいいのか、そうなったときにどうすべきなのかをいい含めるのだ。

 

もちろん、彼ら彼女らにとって、賈駆や鳳灯の言葉に強制される謂れはなく、従う義理もなにもない。

だが、いっていることの辻褄と、そうなった際の利益不利益は理解出来ていた。

そして、ただ上からの命令ばかりではなく、自ら考え動くことを覚える。

各々が自分の頭で行動を考え出す。

上部への不信感が元となるそれは、いざというときに将兵の動きを鈍らせる棘となるだろう。

 

ふたりの行動を不審に思う者もまた、当然いる。

中には注進に及ぶ者もいる。だが高官たちはもともと下部将兵たちを歯牙にもかけていないのだ。それが好意と忠誠から来る進言であっても取り合おうとはしない。

そうした対応を取られることで、高官側に立っていた者たちにも不信感が生まれる。更にまた、有事にあって動きを鈍らせる枷が生まれることになる。

 

仕込みだけで今は十分。賈駆と鳳灯はそう考え、少しでも多くの将兵に語りかけて行く。

 

 

 

ふたりの暗躍を隠すかのように、表立っては張譲と董卓が動く。

 

外戚派にあたる董卓が、張譲と顔を合わせる。

これは同じ外戚派である何進らに在らぬ疑いを持たれかねない行動だ。

だが董卓は、張譲と同じくらいに何進とも面通しを請うことで、釣り合いを持たせている。

名目としては、洛陽及び朝廷を守る西園八校尉として各所に顔をつないでおくことは重要なのだ、という理由。

だが何進を始めとした高官たちは、それを素直に受け取りはしない。宦官外戚両方に取り入ろうとする田舎太守ではないか、と、董卓のことを捉えている。

 

この誤解自体が、彼女らの狙いでもあった。

自己保身に長けた人間にとっては、欲のない行動よりも、なにか裏を感じさせる行動の方が理解しやすい。

それゆえに、彼女の行動を勝手に解釈し、自分の判断であるがために納得する。

彼ら高官の中で、董卓は"強者になびこうとする小物"という評価がなされ、それ以上取り合われることがなくなった。

 

「ちょっと待ってよ。そんなの、月ひとりが小悪党みたいじゃない!」

 

当初この案には賈駆が強行に反対した。

曰く、親友の印象がそこらのクズと同じになってしまう、そんなことは耐えられない、と。

 

だがこれによって、宦官と外戚の両方から目をつけられにくくなり、それでいて朝廷内の深いところまで入り込むことが出来、それなりに重要な話を耳にし口にしても不自然ではないという、実に動きやすい立場を得ることが出来る。

鳳灯と董卓はその利点をもって説得を試み、しぶしぶ賈駆を承諾させている。

理解は出来ても、納得は出来ない。内心を隠そうとしない賈駆に、ふたりはついつい苦笑を漏らした。

 

そんな経緯はあったものの。

高官たちの思い込みを利用することで、董卓は、堂々と張譲に会うことが出来るようになり。通じて、賈駆と鳳灯も彼と会うことが容易くなる。朝廷の内情や、下部上部の動きや考え方の変化などを絡めつつ、話し合いを行うことが多くなった。

蜜に意見を戦わせつつ、朝廷内を満遍なく工作していく。

張譲によって宦官勢の高官層に、董卓によって各派の中間層に、そして賈駆と鳳灯によって下位将兵らに、相手の人となりを留意しながらそれぞれ働きかける。

宦官の長たる張譲の手引きによって、董卓一派は想像する以上に広く深く、自由に動き回っていた。

 

 

 

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軍部の長、大将軍である何進に付き従う勢力として、最も近しい場所に立つのは袁紹である。

だが彼女とて、唯々諾々と頭を垂れているわけではない。むしろ胸中は屈辱と怒りに煮えくり返っている。

 

名家として名高い袁家、それを誇りとしている袁紹。

彼女にとって、賄賂によって成り上がった庶民としか捉えられない何進の存在は、どうしても相容れられないものだった。

それでも、漢王朝に仕える者として、仮にも大将軍である何進の命に従わないということは出来ない。それは家名を汚す行為に他ならないからだ。

 

彼女の幼馴染でもある曹操は、そんな心情が手に取るように分かった。

家名を誇りにしているがゆえに、地位以外のなにものも劣る者が自分の上に立つということに耐えられないだろう。曹操もまた、袁紹の思いはよく分かる。

 

ゆえに、彼女を引き入れることにする。

 

顔合わせの際に曹操は、いっそ西園八校尉すべてを引き入れてしまえばいいと考え、提案する。

そのひとりである袁術とは、曹操はこれといった繋がりがない。ならばまずは、人となりも理解している袁紹に手を伸ばす。そこから同じ袁家である袁術に繋げれば、と目論んだ。

 

鳳灯ひとりだけが少しばかり難色を示したが、その理由が"天の知識"だなどといえるはずもない。

もし引き入れることが出来るのならば、将兵の数が多いこともあり、確かに心強い。

反董卓連合が組まれる引き金となる人物を自陣で押さえ込める、そう考えることにして。鳳灯も思考を切り替え、袁紹の引き込みに理解を示した。

 

 

 

こうと決めれば曹操の行動は速い。

彼女は機を見て早速、袁紹と会う場を整えようとする。

 

時間はさほどかからなかった。

朝廷の其処彼処を我が物顔で歩く何進。表情を殺しそれに付き従う袁紹。

何進と離れ、その背を見送り、自らもその場を離れようとする彼女の表情を見た。

浮かべていたのは、それまでの無表情から一転した、憤怒を噛み締めるかのような苦しげなもの。

 

曹操は確信する。造反を促すのは容易い、と。

 

 

 

「で、正直なところどうなの? 麗羽」

「どうもこうもありませんわ!どうしてわたくしがあんな輩に媚びへつらわなければならないのか!!」

 

飲み干した杯を手にしたまま、袁紹はその拳を机へ叩きつける。

彼女の口癖である"華麗さ"に欠けた所作であったが、そこに気が回らないほどに激昂しているということだろう。

 

静かに謀略が進められ気づかぬ内に己の身までも巻き取られる、そんな朝廷内において、袁紹が持つ良くも悪くも直情的な気性は甚だ相性が悪い。むしろよくこれまで抑え込んで来れたものだと曹操は感心する。

その抑え込んでいたものを曝け出している袁紹。かつて勉学を共にした幼馴染の前であるがために、気持ちが揺るんだのだろう。自慢の巻き毛を振り乱しながら、部屋の外へ声が漏れることも厭わずにひたすら喚き散らしている。

 

名門として知られる袁家、その一門としての自負、家名を継ぐに値する自身の力。内外に影響を及ぼす実力を持つ、と、袁紹は自負している。

だが。潜在的な能力を持つものの、地位がない。

ただそれだけで、"地位しかない輩"に見下されている。自意識の高い袁紹にとって耐え難いものであり、鬱屈鬱積その他諸々に苛まれていた。

それでも、利用価値はある。自分自身がより高みに行くために、袁家の名を更に高めるために、今このときを耐えることは無駄ではない。

袁紹もそれは分かっている。分かってはいても、沸き上がる負の感情を宥めることは非常に難しかった。

 

「まったく、宦官などに使われずに済むと思っていれば軍部の長とは名ばかり、武どころか知のほどもなにもない肉屋風情に振り回される。

中央に出てきて得たものは不愉快さだけ。外戚の頂点までが宦官同等ここまで美しくないなんて、見込み違いもいいところですわ」

 

曹操はわざとらしく呆れてみせる。

何進が碌でもないという意見には賛成だけれど、と、漏らしながら。

 

「麗羽。あなた、かつての大長秋の縁者の前でそこまでいう?」

「あら。宦官嫌いではわたくし以上の華琳さんが、なにを戯けたことをおっしゃるのかしら」

 

面白くもない冗談ですわね、と、愉快とは質の違う笑い声を上げた。

 

「麗羽。貴女、中央にまでなにをしに出張ってきたの?」

「もちろん、袁家の名を洛陽に、果ては朝廷の奥深くにまで響かせるための足掛かりを作るためですわ」

 

なにを分かりきったことを、とばかりに、袁紹は迷いなくいい切る。

彼女にとって、袁家の名を高めるということはなによりも優先されること。

新しい袁家の当主として、過去の当主らよりも高い名声を手にすることは、自らが持つ矜持に賭けて成さねばならぬ一事であった。

 

「足掛かりを作る切っ掛け、あげましょうか?」

「……華琳さん、なにを企んでいますの?」

 

袁紹は、訝しげに曹操を見やる。

 

曹操は宦官が気に入らない。袁紹は外戚が気に入らない。このふたりにしてみれば、今更いうまでもないことだ。

正確にいうならば、役職や立場というよりも、今現在その場所に居座る面々の在り様が気に入らない。

ならば、今そこにいる輩を弾劾し追いやってしまえばいい。

 

そういいながら曹操は、張譲や董卓らと会談が持たれたことを伝え、彼と彼女らが目指そうとしているものを示唆してみせる。

目指すところの是非はともかく、今いる高官らを排除するというのならば乗ってみるのも一興だろう、と。

 

「張譲と董卓が、主に宦官たちの相手をする。

麗羽、貴女が乗ってくれるのなら、私とふたりで軍部の高位を相手にすることになるでしょう。

董卓たちは血を流したくないみたいだけど、私としては全員斬り捨ててやっても構わないと思っているわ」

 

下手に残しても、生き汚く邪魔してくるかもしれないし。

そんな風にさらりといっているものの、彼女の言葉は決して冗談ではない。

曹操の中では既に、宦官外戚を問わずその多くは生きるに値しない人間だと断じている。己の保身と利益にしか目を向けようとしない高官・官吏たちは、"誇りを持たない人間"として、曹操は歯牙にかける必要さえ感じていない。

愛用の武器の錆にしてしまってもいいのだが、曲がりなりにも誼を交え、行動を共にすることになった者がいる。結果として上に立つ輩が排除できるのならば、董卓の思惑に合わせて動いてみてもいいだろう。そんな風に、曹操は考えていた。

 

「とにかく。

外戚の輩を持ち上げるだけ持ち上げて、気がつけば頼るものもなにもなく孤立していた。そんな状況を作ってあげようと思ってるの。

下につく将兵は董卓らがなんとかするでしょう。

手足を奪われ、自分ひとりではなにも出来ずにアタフタする様が目に浮かぶわ」

 

あまり想像したくない姿だけど我慢してあげる。

不遜にそういってのけ、本当に愉快そうに笑う。

笑いながらも、その目は剣呑な光を湛えていた。それを受ける袁紹の目にも、同じものが浮かぶ。

 

「無様ですわね」

「まったくね」

 

ひとしきり、笑うというよりは嗤い合った袁紹と曹操。

ふたりは互いに、持つ情報の交換と現状の確認を行い、これからどうするかを模索し始めた。

 

 

 

何進たちが朝廷から除かれれば、その空席に誰かが座ることになる。

その一席を自分が、という野心は互いにある。

曹操としては、そこを独占しようとする気持ちは強くない。

 

だが袁紹は、手に入るのならば貪欲に得ようとする。

一足飛びに軍部の長にまで駆け上れば、袁家の先達さえ成しえなかった前途が開けるかもしれないのだ。

 

袁本初の名を、漢王朝において袁家の名を最大に高めた者として知らしめる。

袁紹は夢想し、それを確実に手繰り寄せてみせようと想いを固くした。

 

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かつて鳳灯がいた世界で、彼女の知る"華琳"が覇道を辿らんとしたきっかけ。

それは朝廷上部に居座る宦官外戚らの無能にあった。

役に立たない輩に権力を握らせておくくらいならば、いっそ自ら世の中のすべてを作り直す。そう考えるに至ったからだ。

 

だがこの世界においては、その覇道という考えは熟成を果たしていない。それよりも前に、此度のような朝廷に対する対処策が組まれ実行に移されているからだ。これにより曹操は、漢王朝というものの未来に未だ一縷の望みを残している。張譲と董卓、そして袁紹と手を取ったことも、これを端に発していた。

 

おそらく進んだであろう歴史の大筋では、曹操はこのとき既に覇道を志しているはずである。

だがこの世界における彼女が進もうとしている道はやや異なっている。

鳳灯の介入により、歴史が進む道が変化した。

もちろん、これに気付いた者はいない。

鳳灯でさえ、己の存在が生んだ変化に気づいてはいなかった。

 

 

 

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文官側が慌しく駆け回っている間、武官側がなにかをするということは特にない。

少なくとも董卓軍にそういったことはない。ただひたすら、自分たちの地力を上げるべく修練に精を出す。それだけである。

 

洛陽の一端にある、軍部の修練場。この町を守ることを任とする西園軍はここで修練を行う。千単位で万を超える将兵が部隊を整え演習が出来るほどの広さをもつそこは、西園八校尉それぞれが抱える軍勢同士が鉢合わせたとしても、それぞれが気を散らすこともなく修練が行えるようになっている。

 

そんな修練場で、董卓軍は今日もまた汗を流している。

洛陽に詰める軍勢の中で、殊に董卓軍の熱心さはよく知られるようになっていた。

元々いた朝廷軍、張遼のいう"率いてみなければ分からないほど酷い官軍"に属する将兵たちの多くは、そんな董卓軍を醒めた目で見ていた。

だが、賈駆や鳳灯らによる働きかけが功を奏し始めているのか、董卓軍の熱意に感化を受けた将兵の数が増えて来ている。

各々がまとまり修練を行うのはもちろん、董卓軍と混じり合同修練になることも多くなっていた。

 

勢力を問わずに顔を合わせることが珍しくない、そんな場所に。

初めて顔を見せた人物。

 

「うむ、話に聞く董卓軍というのはなかなか凄いのじゃ」

「そうですねー、凄い迫力ですー」

 

声を上げたのは、西園八校尉の一角である、袁術。その側近である張勲のふたりであった。

 

彼女たちは、同じ地位にある董卓や曹操、袁紹とは異なり、将兵らに対して直接あれこれ命令を出したりはしない。ゆえに、他の将兵らの前に姿を現すことが稀であった。実際、軍事関連は子飼いの将にすべて一任しており、その内情を張勲がそれなりに把握しているというのが現状である。

これを信頼からの委任と取るか、それともただの放任と取るか。

外部からそこを判断することは難しい。それでも袁術旗下がそれなりに回っているのであれば、他が口を挟むことでもない。

 

さておき。

袁術の顔は辛うじて覚えがあったとしても、満足に接したこともない人物が顔を見せている。そして彼女らの立場は明らかに上だ。修練場にいる将兵たちでは、どう応対すればいいものか分からない。これは張遼、呂布、華雄も同様である。

ゆえに。

 

「袁術殿、と、お見受けする。いかがなされましたか」

 

華祐が、応対を買って出た。

 

以前にいた世界で接点のあった人物であるため、気持ちに余裕があったことがひとつ。

彼女らの人となりを知っているために応対し易かったのがもうひとつ。

 

「申し遅れました。董卓軍の調練に指導を行っております、華祐、と申します」

「いかにも、妾が袁公路なのじゃ。苦しゅうないのじゃ」

 

畏まり、頭を下げる華祐。それをさも当然のように受ける袁術。

 

「妾の軍勢を鍛えている将が、おぬしら董卓軍を見てみたいといっての。せっかくじゃから妾もこうして足を運んだのじゃ。

なに、修練の邪魔をするつもりはない。ちょっと遠目から見物するだけのつもりだったんじゃが」

 

この修練場は誰でも出入りが出来る。自陣以外の人間に対して、来るな見るなというのは無理な話だ。この場所で修練を行う以上、他勢力の目に晒されることは避けることが出来ない。

董卓軍を鍛えることでその名が他勢力の耳に入るようになれば、こうして視察もしくは監視といった行動がなされる。これは華祐でなくとも想像するに難くない。董卓軍としても、それを咎めるつもりはない。見られても困らない程度のことを繰り返しているだけなのだから。

 

だが華祐個人としては、やや趣が異なる。

今、目の前にいる人物に対して多少思うところがあった。それが、最大の理由。つぶさに見られることに、やや抵抗を感じる。

 

華祐が感じる抵抗とは、果たして目の前の女性に対するものか。

それとも、自身の知る歴史と明らかに違う流れを感じたことに対するものなのか。

 

どちらであるかも解らないまま、今の彼女は流れに身を任せるしか術はない。

 

「そちらの方が、袁術軍を統べる武将、ということでしょうか」

「うむ、その通りじゃ」

 

袁術の傍らに立つ女性。小柄な主に促され、彼女は、華祐に話しかける。

 

「華祐、といったか。ぶしつけな応対をしてしまい、済まなかった」

 

その女性は、かつていた世界で華祐と浅からぬ縁のあった人物。

 

「袁術の旗下で軍勢を率いている。姓を孫、名を堅、字は文台という」

 

明るく無邪気さを感じる雰囲気、しかし剣呑さを醸し出す雰囲気と鋭い視線は微塵も隠そうとしていない。

 

孫堅。

かの、江東の虎その人であった。

 

 

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・あとがき

歴史の乖離、更に加速。

 

槇村です。御機嫌如何。

 

 

 

 

3月中に仕上げられなかった。無念。

 

まぁそれはさておき。

麗羽さんと美羽さんが新しく登場。

彼女らに対して、このお話における槇村の捉え方としては、「馬鹿かもしれないが間抜けではない」という感じ。

馬鹿といっても頭が悪いという意味ではなくて。

うまくいえないけど。

その時点でキャラ崩壊といわれればそうかもしれないけれど気にしない。

 

そしてまさかの孫堅さん登場。

最後まで悩みましたが、出すことにした。

雪蓮さんらももちろん出ますが、もっと先になりそうだ。

 

 

 

なんとか、月に二話は進めたい。

 

 

 

説明
オリジナル展開イェー。

槇村です。御機嫌如何。



これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。
『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーしたお話。
簡単にいうと、愛紗・雛里・恋・華雄の四人が外史に跳ばされてさぁ大変、というストーリー。
ちなみに作中の彼女たちは偽名を使って世を忍んでいます。漢字の間違いじゃないのでよろしく。(七話参照のこと)

感想・ご意見及びご批評などありましたら大歓迎。ばしばし書き込んでいただけると槇村が喜びます。
少しでも楽しんでいただければコレ幸い。
また「Arcadia」「小説家になろう」にも同内容のものを投稿しております。

それではどうぞ。
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コメント
Raftclansさま>流派立ち上げまでは行きませんが、リアル格ゲーに目覚める一刀、というネタはやろうとしました。前話『北の国から』で没にした話のひとつ。凪さんまで混ぜて膨らませようとしていましたが、膨らませすぎて頓挫したという経緯があったりします(笑)(makimura)
よーぜふさま>美羽さんに関しては、結構補正入ってます。どれくらい変わっているかは後々のお楽しみということで。(makimura)
シグシグさま>案の定、ひと勝負となりました。楽しんでいただけるか、不安ですが。(makimura)
ネムラズさま>その感じは気のせいではありません(笑) どれくらいズレるのかは槇村でさえ分かりません。(だから以下略)(makimura)
O-kawaさま>本当にねぇ、どうなるんだ。(だからちょっと待て)(makimura)
namenekoさま>本当にどうなるんだろう?(ちょっと待て) 楽しんでいただけるよう精進します。(makimura)
槇村です。御機嫌如何。書き込みありがとうございます。(makimura)
今の一刀なら、そこそこの剣術はありますし、高校生なら授業で柔道があったりしますしね。そこから合気道に発展させるのもいいかもとw一人では無理でしょうが、関雨、呂扶、華祐の三人が居れば基礎理論を基に形に出来るのではないんじゃないかなとw(Raftclans)
初めまして、一話から通して拝見しました。そこでふと思ったことは、一刀君聞きかじりの知識を基にして、合気道立ち上げてみない?w相手の力を利用する合気道なら護身術としても有効ですしね。目指せセガールw(Raftclans)
堅殿との遭遇、少しは手合わせしてみたいことでしょうなぁ。そして美羽さんがなんかまともな気がするのは気のせいでしょうか?w(よーぜふ)
孫堅と鉢合わせした華祐としては1勝負したところだろうけど・・・どう動くか楽しみです。(シグシグ)
本来の道筋から大きくずれていく感じがひしひしと……続きが実に楽しみです(ネムラズ)
さて、やはり歴史は群雄割拠に収斂していくのかな?(O-kawa)
孫堅が死んでない話で今後どうなっていくのか楽しみです(VVV計画の被験者)
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