『?迎、瑚裏拉麺』 其之壱 乙
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其之壱、BLUEの場合

 

「これが、『店主のおススメ』……酸辣湯麺(サンラータンメン)」

 

カウンター席の一角で、凪は丈二が差し出した丼へ物珍しげな視線を注ぎこんでいた。

真白なスープに浮かぶ濃厚な赤とふわふわな卵の絨毯。

 

「俺としてはそのまま食って貰いたいんだが……まぁ一応、辛党の客用に一味唐辛子も用意してある。そこな」

 

「あ、いや、その……なんか、済みません」

 

「いやいや、客が一番美味そうに食ってくれるのが、この商売の最優先事項だからな。んじゃ、ごゆっくり」

 

「ハイ、頂きます」

 

厨房の奥へと消えていく丈二を見送り、凪は割り箸を手に取って、

 

「あれ?この箸、くっついてる?」

 

「それ、割り箸って言うんだ」

 

「BLUE様」

 

背後から声をかけ、隣の席に腰を下ろすBLUE。

そして、箸立てから徐に一膳、割り箸を取り、

 

「こうやって使うんだ」

 

パキッ、と小気味いい音を立てて、割り箸は垂直に割れる。

 

「成程、分かりました」

 

それを見届け、凪もまた同じように割ろうとして、

 

ペキッ

 

「あ」

 

割り箸は綺麗には割れず、くっついている部分はそのままにその根元部分が折れたような、そんな割れ方をした。

 

「むぅ……」

 

「あはは、別にそこまで力まなくても大丈夫だよ」

 

少し残念そうな凪に思わず頬が緩んでしまうBLUE。

 

「もう一膳、割ってみる?」

 

「……いえ、いいです。これでも使えますし、勿体ないですから」

 

(あら、ちょっと拗ねちゃったかな?)

 

ほんの微かに頬を染めているのは照れなのだろう、顔を隠すように少し身体を傾け、改めて酸辣湯麺に箸を伸ばして、

 

「っ!!」

 

口に含んだ途端、弾かれるように再び視線を丼へ。

 

「(優しい口当たりの湯(タン)に、程好く香る豆板醤。絶妙な配分の酢がその角をまろやかにしてくれて)…………美味しい」

 

「だろ?」

 

聞こえた声に視線を上げた先、何時の間にやら戻って来ていた丈二が嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「ほれ、BLUE。注文の品、出来たぞ」

 

「お、ホントですか?」

 

「おう。ちょっとそこ空けろ」

 

丈二の言葉に従いBLUEが空けたテーブルの上にカセットコンロが置かれ、その上に大きめの鍋がどんと据えられた。

 

「これは何ですか、店主、BLUE様」

 

「見てれば解るよ」

 

首を傾げる凪にBLUEがそう言った直後、丈二がそのツマミを回し、

 

ボッ

 

燃え上がる青い炎に目を見開く凪を余所に、丈二はゆっくりと鍋の蓋を開け、

 

「「おぉ…………」」

 

感嘆の声を上げる二人。

鍋の中はS字の仕切りで半分ずつに分割されており、見るも鮮やかな紅白2種類のスープがくつくつと煮立っていた。

魚介や豚骨を強火で長時間煮込んだ白濁色の白湯(パイタン)スープと、唐辛子や山椒がふんだんに使われている紅湯の麻辣(マーラー)スープ。

火鍋。中国では非常にメジャーであり、中国大陸に限らず台湾、シンガポールなどの華僑社会でも多く食されている鍋料理。

世界中の中華街や火鍋専門店でも提供されている事を鑑みれば、その人気は明白だろう。

ちなみに、日本の『しゃぶしゃぶ』ルーツとなったのがこの火鍋の一種である、という説もあるという。

二人がそんなスープに見惚れている間に、丈二は周囲に次々と具材を載せた皿を運んでくる。

 

「肉は右から牛、豚、鶏、羊。烏賊の団子に鯛の切り身。鮟鱇に帆立、車海老。ちなみにコイツは餃子な。で、野菜は青梗菜に白菜、葱に韮に椎茸しめじ。〆に俺の店自慢の手打ち麺だ。たんと食え」

 

「はい、頂きます」

 

再び厨房へと消えていく丈二を見送りながら、BLUEは先程の割り箸を構え、

 

「さて、まずは野菜からかな。こっちの白いスープからにしてみよう」

 

「BLUE殿も、辛いものが好きなのですか?」

 

「まぁね。流石に君ほどじゃないけど」

 

白菜や韮を投入しながら思い浮かべるのはやはりあの『唐辛子ビタビタ料理』。

まるで、とあるテレビ番組の特番でなんちゃって超人芸人の某伊藤さんが食べそうな。

 

「キムチ、は解らないか(韓国発祥だし)。唐辛子や味噌とか、いろんな材料で作った辛めの合わせ調味料に野菜を漬け込んだものなんだけど、単独で食べても勿論美味しいし、肉料理の付け合わせとしても優秀なんだよね。……そろそろ煮えたかな?」

 

「天にはそんなものが……そう言えば、以前一刀様から伺ったのですが、なんでも『はばねろ』を超える辛さのものが見つかったとか。……あ、お鍋、私も頂いてもいいでしょうか?」

 

「いいよ、どうぞどうぞ。ブート・ジョロキアの事だね。唐辛子の一種で辛さはハバネロの約2倍。すり潰して柵に塗ったりするだけで、象も逃げ出す程だっていうんだから物凄いよ。……僕もちょっとタンメン貰っていいかな?」

 

「あ、はい、いいですよ。取り皿貸してくれますか?そうですか、そんなに凄い唐辛子が……」

 

「他にも調味料で言うと『ザ・ソース』なんてのもあるね。何せ購入時の条件として『21歳以上の購買責任が持てる大人に限る。使用により身体、臓器に大きな危害が及ぶ可能性があることを覚悟している事。 添加剤として使用し、直接飲み込んだり、皮膚につけたりしない事。 知り合いに紹介する時、危険性を良く知らせる事。 このソースの使用による事故、危害を理由に製造元・専門食品を相手に裁判を起こさない事』とまで記述されるくらいだし」

 

とまぁ、こんな調子で辛いもの談義は続きに続き、やがて丼や鍋が空っぽになってからも二人の討論は終わらなかったそうな。

 

ちなみに、

 

「……おいおい、どんだけ使ったんだよ」

 

片付ける丈二の視線の先、カウンター席に置かれていた一味唐辛子の瓶は悉く空っぽになっていたそうな。

 

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其之弐、黒山羊の場合

 

「ふぅ……(美味い。程良い甘さがまた堪らんな)」

 

周囲の喧騒から少し離れたテーブルの一角。

黒山羊は楽しそうに騒ぐ彼らを眺めながらアイリッシュ・コーヒーを嗜んでいた。

アイリッシュ・コーヒーとはウイスキーをベースにしたカクテルの一種であり、コーヒー、砂糖、生クリームの入った甘めのホットドリンクとしてアイルランドで生まれたものである。

考案者は飛行場のパブのシェフであり、創案当時の飛行艇はプロペラ式であった為、今現在の旅客機の気密構造とは異なっており、あまり暖房設備が整っていなかったのである。

しかもあまり遠距離を飛ぶことは叶わず港町への寄港を余儀なくされており、水上での給油の際、乗客たちは安全の為に陸上待機せねばならなかったのだが、天候が悪ければそこで更に凍える事にならざるを得なかった。

よって、乗客に身体を温めてもらおうという心遣いから、アイルランド名物のウイスキーをベースとしたこの飲み物が生まれたのである。

が、彼が今飲んでいるこれは、正確にはアイリッシュ・コーヒーではない。

彼が丈二に頼み作らせたこのカクテル、使われているのはウイスキー(アルコール度数:平均約40%)ではなく、

 

 

スピリタス(アルコール度数:96%)なのである。

 

 

分類上ウォッカの一種となってはいるものの、原産国のポーランドでさえウォッカとは別の製品とされており、果実酒の製造に使われたり、家庭用消毒液として戸棚に常備しておく事が多いという。

そう、少なくともそのまま飲む習慣はないのである。

初め刺すような痛みと強烈な焦燥感こそあるものの、それを過ぎれば広がる甘みが特徴的であり、一般的にはカクテルのベースに使われる事が多い。

にも関わらずこの男、これをストレートで飲める兵(つわもの)なのである。

どこぞの『クラス1st』な外見は伊達ではない。

 

「よくもまぁグビグビ飲めるな、そんなドぎつい酒。殆どエチルアルコールだろ」

 

「丈二、コーヒーを淹れる腕もあるんだな。正直驚いたぞ」

 

「そりゃどうも。ほれ、これで注文の品は全部だよな」

 

「あぁ」

 

下戸である丈二が顔を顰めながら運んできたそれは、

 

「はわわぁ……」

 

「あわ、き、綺麗でしゅ……」

 

「んを、何時の間に」

 

テーブルの端から瞳を爛々と輝かせている朱里と雛里の二人。

無理もないだろう、何せ黒山羊が注文し、丈二が運んできたもう一つの品というのが、

 

「二人も食べるか?イチゴパフェ」

 

「「い、いいんでしゅか!?……あう」」

 

「くくくっ……あぁ、いいぜ。ちょっと待ってな」

 

全く同じどもりと噛み、落ち込み方に苦笑を溢しながら厨房の奥へと消えていく丈二を見送り、黒山羊は思う。

 

(本当にここはラーメン屋なのだろうか?)

 

やがてものの5分もしない内に二つのパフェが運ばれてきて、軍師二人は黒山羊と向かい合うように対面に並んで座る。

当然、その間も爛々とした視線は器に注がれたままで。

 

「それじゃ、ゆっくり食いな」

 

そんな丈二の言葉を皮切りに二人はパフェ用のスプーンをそっと手に取り一掬い。

そのままイチゴとたっぷりの生クリームを口に含んで、

 

「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」」

 

ぱぁっと、周囲に光輝くエフェクトが見えた気がした。

甘酸っぱいイチゴにまろやかな生クリーム。サクサクのシリアルに冷たいアイスとチョコレートソース。

『その味、初体験』な二人は頬を完全に緩ませ、

 

「はわぁ…………」

 

「ふわぁ…………」

 

「ふふっ……(余程気に入ったらしいな)」

 

余韻に浸る二人に微かに笑みを浮かべ、黒山羊もまた一口目を頬張り初めて、

 

「こ、これ、どのような、えと、」

 

「しゅ、朱里ちゃん落ちちゅいて、あ、あぅ」

 

「お前もな、雛里。……知りたいのか?」

 

「「(こくこくこくっ)」」

 

物凄い首肯であった。

高橋名人レベルではなかろうか。

 

「丈二も先程言っていたが、これはパフェという。西方、羅馬と言えば解るか、あの地域で生まれた菓子の一種だ(まぁ、生まれるのはかなり先の話だが)。意味は向こうの言葉で『完全な』という単語から来ており、基本的に果物にトッピング、所謂装飾を加えたものをいう。その種類によって呼称が大きく変わるのもまた特徴だ」

 

「という事は、他にもあるのですか!?」

 

「あぁ。これはイチゴだが、他にも栗、白桃、バナナ、プリン。少し変わりどころで言えばチーズ、ヨーグルトなんでのもある。まぁ、乗せるもの次第だな。他にも、似たような菓子で『サンデー』というのがあったりするのだが―――――」

 

とまぁこんな感じで、先程の辛党に続き、こちらでは甘党談義が延々と続けられていた。

アイスが溶けぬないようパフェを口に運びながらも『何処の何が美味かった』だの『こんな菓子がある』だのと話題は尽きない。

そして、やがて朱里は黒山羊が度々口にするアイリッシュ=S=コーヒーに目を付ける。

 

「黒山羊さん、それは何でしょう?」

 

「ん?あぁ、これか。アイリッシュ・コーヒーと言ってだな、軽めの酒の一つだ」

 

何処が軽いのか小一時間ほど問い詰めたい所だが、彼の中では実際そうなのだから性質が悪い。

 

「浮かんでいるのは『なまくりいむ』ですか?」

 

「そうだな。元々寒冷地で生まれた飲み物だからな、糖分は多めになっている」

 

そう言いながら、再び口に含む黒山羊。

そんな彼を見て、散々天の甘味について聞かされたばかりの二人は言ってしまう。

 

「黒山羊さん」

 

「ん?」

 

 

 

―――――それ、私にも飲ませてくれませんか?

 

 

 

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数分後。

 

(…………あの時、是が非でも止めておくべきだったな)

 

何処か遠い目をしながら、黒山羊はそう思っていた。

その眼下、今にも肌が触れ合ってしまいそうな距離で膝の上に座る二つの小さな影。

 

「きいてるんでしゅか、くろやぎしゃぁん?」

 

「おはなしきいてくだしゃいでしゅ」

 

頬は完全に紅潮し、呂律はまともに回らず、両目はとろんと緩み、全ての自重をこちらに預けてしまっている炉裏軍師達。

完全無欠単純明快万国吃驚なまでに酔っ払っていた。

 

「はぁっ、む……んぁ。あぅ、こぼれちゃいました」

 

覚束ない手つきでパフェを口元へと運ぼうとする朱里。

当然ながらスプーンは不安定に揺らぎ、やがて間も無く口元に届くという所でぽとりと落ちてしまう。

丁度、その仄かに膨らんだ胸元に。

 

「あぅ、もったいないでしゅ。あむ、ぴちゅ、れろ」

 

そう言うや否や、朱里胸元に張り付いた真白の生クリームを指で掬い取り、そのままむしゃぶりつくように舐めとり始める。

その隣で、

 

「くろやぎしゃぁん、どうやっらら『ばんっ、きゅっ、ぼんっ』になれるろおもいますかぁ?」

 

「……さぁな」

 

首に両腕を回し、猫撫で声で顔を近付けながら問うて来るには里から視線を逸らしつつ、なるだけ平淡な声で返答する黒山羊。

 

「ごしゅじんさまから『うしさんのおちちをのんでみればいい』ってきいてから、しゅりちゃんとのみはじめてみたんれす。れも、それれもあんまいかわらなくてれすね」

 

「そしたらしおんさんが『しげきをあたえればおおきくなる』っておしえてくれらので、ひなりちゃんといっしょにさわりっこしたりもしてるんれすよ」

 

「……そうか」

 

何故こうなったのか、推察は難しくないだろう。

いくら薄まっているとはいえ、あれほど高い度数の酒を使ったカクテルである。

当然、アルコールの回る早さも尋常ではない。

普段から酒を嗜んでいるはずもない二人である。

僅か一口、含んだ結果がこの現状。

 

(俺の見通しが甘かった……これは一種の地獄だ)

 

当然、最初は黒山羊も躊躇った。

しかし、しかしである。

 

『ダメ、ですか……?』

 

涙目でのこの言葉に白旗を上げてしまったのが運のつき。

周囲の面子が騒ぎに夢中で気づいていないのが唯一の幸いか。

必死に二人を嗜めながら、黒山羊は思う。

 

(今後、人前でスピリタスは控えよう……)

 

その数分後、丈二が事態に気付き、二人を引き剥がし寝かしつけるまで、黒山羊は脳内で理性と煩悩の激しい陣取り合戦をする羽目になり、

 

「はぁ……(俺、よく耐え抜いた)」

 

力なくテーブルに突っ伏し、何度も心中でそう呟く黒山羊なのであった。

 

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其之参、甘露の場合

 

カチッ

 

「うっぷ、おぅふ……やった、何とか食いきった」

 

傍らのタイマーのスイッチを止めながら、苦しげに甘露はそう言った。

目の前には空っぽになった、さながらバケツのような巨大な器。

そう、あの『ネオアームストロングサイクロンジェット(以下略)』(7玉入り。制限時間30分以内に食べきれば無料、出来なければ5000円)、見事完食してみせたのである。

そのタイム、なんと、

 

「29分48秒……危ね、ギリギリじゃん」

 

今にもマーライオン的な事になりそうなのを必死に堪えながら、膨れに膨れた腹を少しでも楽になるようゆっくりと撫でる。

初めは『完成度高ぇな、オイww』とか笑ってましたが、これはマジで大盛りメニューとしての完成度高かったです、ハイ。

で、そのまま壁に凭れかかり完全にリラックスな状態になろうとして、

 

「甘露はん、お久しゅう」

 

「お、真桜ちゃん。どったの?」

 

声をかけてきたのは真桜であった。

 

「あんな、その……」

 

「?」

 

彼女にしては珍しくはっきりとしない態度。

首を傾げながらも暫く待ってみると意を決したのか、こちらに視線を向けて、

 

「また、ウチの料理、食べてくれへん?」

 

「…………パードン?」

 

あまりに予想外な、そしてあまりに欣喜雀躍な申し出に思考回路がフリーズしたご様子。

何故か完全なる棒読み発音で聞き返してしまう甘露に、真桜は照れ臭そうに続ける。

 

「あれからな、凪とかに教わって、料理の練習してん。どんだけ上手なったか、甘露はんに見てもらえんかな思て」

 

「MA・JI・DE?」

 

『ネオアームストロングサイクロン(以下略)』により腹のキャパはレッドゾーンへと突入している。

普段ならば喜んで飛びついているところだが、この現状での更なる摂取は非常に危険ではなかろうか。

≪WARNING WARNING≫

脳内で警鐘がけたたましく鳴り響いている。

『よせ!辞めろ!辞めるんだ!』

脳内で知らない誰かが喧しく叫ぶ。

が、

 

「ほんで、その……ええやろか?」

 

「モチのロンで御座いますっ!!!!!!!!」

 

ハイ、誘惑に勝てませんでした〜♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――というわけで、約30分後。

 

「甘露は〜ん、出来たで〜」

 

「う、う〜い(マジで、もう!?まだ全然腹パンパンなのに!!)」

 

パンパンに膨らんだ腹を何とか消化させようとあらゆる手段(何度もどさりと腰を落として食物を下に落そうとしたり、両手で腹の中身を下に押し込んでいくようにさすってみたり、正直非常にカオスな光景)を試みていた甘露の耳朶にそんな声が届く。

あの服の上からエプロンを着けた真桜が運んで来たのは、

 

「……これ、オムレツ?」

 

「せや。たいちょから教わったんよ。卵料理言うたらこれやって」

 

皿の上のそれは、綺麗な楕円形でこそないものの、所々に焼き目が入ってこそいるものの、歴としたオムレツであった。

そこには前回の卵焼きよりも確かな進歩が目に見えて確認できた。

 

「ほな、食べてみてや」

 

「お、おぅ」

 

取り敢えず箸をとり、小さく切って摘みあげる。

成長を喜び、直ぐにでも食べたいところなのだが、

 

(流石に腹が、腹がぁ……)

 

『ネオアーム(ry』の威力は凄まじかった。

未だありありと胃袋の中に存在感を感じられる、この店のヘビー級チャンピオン。

 

(……でもなぁ)

 

ふと、隣に向ける視線。

 

「………………」

 

そこには、どこか緊張した面持ちでじっとこちらを見ているエプロン姿が。

 

(こんな顔されちゃ、食べない訳にはいかないでしょうよ)

 

思わずこぼれる苦笑。そして、

 

(よぅし、男に二言はないっ!!この程度、平らげられなくてどうする、甘露!!行けっ、行くんだ!!ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)

 

負けられない戦いが、ここにあった。

 

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―――――で。

 

 

「御馳走様でした……(食ったよ、食いきったよ、俺)」

 

最後の一口を嚥下し、勝利の余韻に浸る漢一人。

彼の風船のような腹と切羽詰まった表情を見れば、その激戦の程度がありありと伺える。

それを傍から見守っていた漢達は皆、一様に無言の激励を送った。

『お前はよくやった』と。

 

「御粗末さん。……ほんで、どやった?」

 

「あぁ、うん、普通に美味かったよ。正直、吃驚した」

 

量が少なかったというのもあるが、それも少なからず食べ切れた理由の一つだった。

確かに見た目こそ未だ技術や経験の不足が否めなくはあるが、ちゃんと下味も付けられたそれにははっきりと努力の跡が見受けられた。

そう答えると同時、真桜は胸をなでおろし、

 

「そか、ほんなら良かったわぁ……」

 

「しかしまた、何で練習を?前に俺が頼んだ時はその、あんまし快くは引き受けてくれなかったじゃん?」

 

「せやねんけど……甘露はん、喜んでくれたやんか。あんなしょーもない、失敗作の卵焼き」

 

「?」

 

「自分が精一杯作ったもんで、誰かが喜んでくれる。そないな風に考えとったら、なんや同じとちゃうんか思たんよ。絡繰いじるんも、料理作るんも。したら、なんややる気、出てきてな。『今度はホンマに美味いモン食わしたる!!』って。せやから、」

 

そこで真桜は真っ直ぐに甘露の顔を見て、

 

 

 

「せやから、今ウチむっちゃ嬉しいねん!!」

 

 

 

実に無邪気に笑って見せた。

そんな彼女の笑顔を至近距離で目にして落ち着ける訳もなく、

 

「そか、そりゃ良かった…………」

 

顔を背け、紅潮している自分を必死に隠そうとする甘露であったとさ。

 

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其之肆、関平の場合

 

「はむっ、むぐむぐむぐむぐ、んっ、ぷぁ。丈二、お代わりなのだ!!」

 

「相変わらずよく食うな。そのちっこい身体の何処に入ってんだか」

 

「鈴々ちっこくないのだ!!それよりお代わり欲しいのだ!!」

 

「あいよ。……しかし初めてだな、『ネオ(ry』お代わりした奴」

 

「無理もないですよ〜。店主さんのお料理、物凄く美味しいですもん」

 

「そう言ってくれんのは嬉しいんだがね、桃香ちゃん……普通なら制限時間丸々使っても食えない奴の方が圧倒的に多い『(ry』を高々5分弱で完食して、尚且つお代わりまで求められるとな、作った側としては味わって食ってくれてんのかと思っちまうんだよ」

 

「だいじょぶなのだ。ちゃんと美味しいって解ってるのだ」

 

「……まぁ、客がどう食おうが自由なんだがね。で、桃香ちゃん、その差し出してる丼は?」

 

「替え玉くださ〜い♪」

 

「……あいよ」

 

カウンター席でそんな和やかなやりとりが行われている傍らで、

 

「……あの、母さん?」

 

「うん、なんだ」

 

「……大丈夫ですか、そんなに飲んで」

 

「らいじょうぶだっ!!ずぇんずぇんよっぱらってなどおらん!!」

 

「……既に呂律も怪しくなってるじゃないですか」

 

げんなりとする関平の前、次々に器の酒を空け続ける愛紗。

既に『べろんべろん』と評しても相違ない状態である。

頬は紅潮。目は完全に据わり、体勢もどこか不安定。

関平の呆然も頷けるというものである。

 

「はぁ……『公』の時はあんなに凛としてらっしゃるのに、どうしてこう『私』になると自制が効かなくなるんですか、母さんは。大体、元々酒には強くないんですから、普段から程々に抑えられるようですね――――――」

 

「…………む?」

 

記録者メンバーの中では割とまともな思考回路を搭載している保護者サイドな関平の諫言を完全に右から左へ受け流しながらぐるりと室内を見回す愛紗。

その視線が捕らえたのは、

 

『御粗末さん……ほんで、どやった?』

 

『ああ、うん、普通に美味かったよ。正直、吃驚した』

 

『そか、ほんなら良かったわぁ……』

 

「……………………」

 

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―――――ピンポンパンポ〜ン♪皆様、ここから暫くの間、愛紗さんの濃厚ドピンク大暴走な妄想にお付き合いくださいませ。

 

 

 

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とある昼下り。公務を終えた二人は仲睦まじく広場へ。

 

『わぁ、なんて美味しそうな弁当なんだ!!』

 

広げたお弁当を見て、そう言ってくださる御主人様。

 

『そ、そんな事ないです。この程度の事、誰にだって出来ますよ、御主人様』

 

昨夜の内から仕込んで、朝早くからエプロン姿で鼻歌混じりに作っていたなどと知られたくなくて、咄嗟にそんな嘘を吐いてしまう。

 

『美味しい、凄く美味しいよ!!こんなに美味しい料理を作れるなんて、愛紗は本当に素敵な娘だなぁ!!』

 

次々にお弁当を口に運ぶ御主人様。

とても無邪気で可愛らしくて、そんな御主人様を私は心から愛していて、

 

『え、あっ、御主人様、いけません……』

 

『良いだろう、愛紗』

 

『あっ、こんな昼間から―――――』

 

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「むふ、むふふふふふふふふふふふふふ♪」

 

「―――――ですから、もっと節度というものを弁えてですね…………って、母さん?聞いてますか?」

 

「よぉしっ!!」

 

「うわっ!?」

 

突如立ち上がる愛紗に驚く関平。

愛紗はそのまま覚束ない足取りで厨房へと進み、

 

「丈二殿っ!!少しばかりここをお借りしたいっ!!」

 

「「「「…………は?(え?)(うにゃ?)」」」」

 

呆然とする丈二、関平に桃園の義姉妹二人。

 

「今日は久々に練習も兼ねて、私も腕を振るう!!」

 

『な、何ですとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?』

 

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数分後。

 

『〜〜〜〜〜♪』

 

『……愛紗ちゃん?俺の記憶が確かなら、炒飯に李なんて使わなかったと思うんだが?』

 

『〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜♪』

 

『ちょ、おい、ナチュラルに塩と砂糖を間違えるな!!』

 

『〜〜〜〜〜〜〜♪♪』

 

『って、それは蝮酒だって愛紗ちゃん!?』

 

「「「………………」」」

 

厨房から漏れ聞こえる愛紗のいやに陽気な鼻歌と、丈二の珍しく焦燥に駆られた叫び声。

恐らく人外魔境と化しているであろう厨房内を否が応でも想像してしまい、表情を青ざめる残された三人。

燃え盛る炎の、弾け飛ぶ油の、フル稼働する換気扇の音全てが、死神の来訪を告げる警鐘のようにすら聞こえてきて、

 

「……ア、アッチノゴハンモオイシソ〜」

 

「ちょっ、桃香さん!?」

 

「ア、ホントナノダ〜」

 

「うぇっ、鈴々ちゃんまで!?」

 

この上なき棒読みにより退去を成功させた桃園義姉妹により、一人取り残された関平。

ならば君も一緒に逃げればいいのではと思うのだが、

 

(俺までいなくなったら、母さんが可哀そうだし……)

 

なんとも義理堅いというか、責任感が強いというか、流石は親子(?)である。

……はいそこ、『義理だろ』とか言わない。

やがて、数分後。

 

「れきたぞっ!!さぁっ、食べてくれ!!」

 

満面の笑みと共に現れた毒創料理家様と、

 

「あぁ、食材にあんな仕打ちを……っつか、どういう使い方したらこんなに散らかせるんだ?」

 

やはり珍しく何処か困憊の様を見せる丈二。

そして、運ばれてきたのは、

 

「…………丈二さん」

 

「何も言うな、関平。俺も止めようとはしたんだ」

 

明らかに有色な瘴気を纏う物体X。

一応炒飯だと判別こそできるものの、漂うのは甘くもあり辛くもあり渋くもあり苦くもあり酸っぱくもあるという、何とも形容し難い匂い。

 

「おや、とうかさまやりんりんはむこうにいってしまわれたか。よぉし、では関平、食べてくれ!!」

 

「は、はいっ!?」

 

「わらしもまらまら未熟らからな、ろこがらめなのかおしえてくれ!!」

 

だったら素直に人に(主に隣に立ってる人に)聞けばよかろうに。

目を背けたい現実に、しかし母への後ろめたさから向き合う関平。

ふいにその長い髭がほんの少し奇跡(鬼籍)炒飯に触れた瞬間、

 

「……おい、関平。髭、思いっきり溶けてないか?」

 

「さぁっ、さぁっ!!」

 

「……………」

 

落ちる冷や汗。

惑うレンゲ。

しかし周囲の視線ははっきりと釘付けに。

そして、数瞬の躊躇いの後、

 

 

「ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

負けられない戦いが、ここにもあった。

 

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この後、彼の身に何があったのか、多くは語れない。

 

 

が、しかし。しかしである。

 

 

ここに一人の、そして本当の漢がいた事を、どうか心の片隅にでも留めて置いて欲しい。

 

 

さぁ、皆の者。

 

 

勇ましき者に、敬礼っ!!

 

 

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(―――――って、勝手に殺さないでくれない?)

 

「霊魂状態で喋っても、何の説得力もないぞ、関平?」

 

(えっ……うぇっ、嘘ぉ!?)

 

「気付いてなかったのか……老仙」

 

「はい」

 

「頼む」

 

「了解です」

 

(えっ、ちょ、えっ!?)

 

「口、閉じてて下さいね。舌噛みますよ?」

 

(えっ、どゆことっすか?え、ちょ―――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?!?)

 

 

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無事生還した関平は後に語る。『あの感覚は富○急の『ええじゃないか』なんて屁でもなかった』と。

 

 

 

 

 

そして殺人未遂の犯人、もとい天下の関羽雲長が感涙に咽びながら息子に抱きつく直ぐ傍には、綺麗に空っぽな大皿とレンゲが残されていたそうな。

 

 

 

 

 

(続)

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後書きです、ハイ。

 

ペース遅くてスイマセン、ここまで書き上がったので投稿させて貰いました。

 

いやぁ、何しろ前回よりも思いついたネタが多くて多くて処理しきれないんですよ。

 

それも、最近バイトから帰って来ると普通に日付変わってるし、ラウンジ見に行っても皆さん落ちちゃってるし……仕方ない事とはいえ、軽く疎外感です。

 

という訳で、真に勝手ながら更に分割させて頂きまして、次の『後編』で終了……になるといいなww

 

『俺の話まだじゃん』って人はもう少しお待ち下され。

 

扱いや濃度に差があるのは勘弁して下さい、俺の限界です……

 

少しでも楽しんで、喜んでいただけたならこれ幸い。

 

でわでわノシ

 

 

 

 

…………最近、バイト先の店長(恐らく40代前後)からも、明らかに冗談だとは解ってるんですが『アニキ』と呼ばれます。どうしたらいいんでしょうか?

説明
投稿56作品目になりました。
遅くなりました、宴会第二段です。
といっても、まだ終わりません。
取り敢えず、読んでやって下さいませ。

各アバターはなるだけ御本人の要望を反映させてはいますが、基本的に俺の勝手な妄想の産物です。

では、どうぞ。

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コメント
勿論『漢』でございますwちなみに、後ろに”女”はつきません♪(狭乃 狼)
へたれ雷電さん、コメント有難う御座います。勇ましき者に、敬礼っ!!(峠崎丈二)
狭乃 狼さん、コメント有難う御座います。……その『おとこ』はどのような字に変換されるのでしょうか?(峠崎丈二)
甘露さん、コメント有難う御座います。思いっきりそういう空気にさせていただきました。いかがでしたでしょうか?(峠崎丈二)
ほわちゃーなマリアさん、コメント有難う御座います。胃薬で治るといいですけどww(峠崎丈二)
アロンアルファさん、コメント有難う御座います。こんな感じですか?つ[餌として与えないでください](峠崎丈二)
大ちゃんさん、コメント有難う御座います。敬礼っ!!( ゚盆゚)o彡°ウホ(峠崎丈二)
BLUEさん、コメント有難う御座います。何せ、下手すればショック死の可能性すらありますからねぇ……(峠崎丈二)
関平さん、コメント有難う御座います。恐らくプロジェクトXでも解明は不可能かと……(峠崎丈二)
黒山羊さん、コメント有難う御座います。つ[エリクサー] ご無事でしたか?www(峠崎丈二)
サラダさん、コメント有難う御座います。アニキは辞めてくださいwww俺、まだ21ですよ?(峠崎丈二)
甘露も関平も男、いや漢だ!(へたれ雷電)
甘露も関平もどっちもオ・ト・コ、だぜ☆(狭乃 狼)
流れをぶった切り真桜可愛いよ真桜 関平さんに漢を見たぜ!(甘露)
関平様に敬礼! 一応、胃薬を送っときますので、絶対に飲んでくださいね(ほわちゃーなマリア)
愛紗の料理にも注意書きが必要だな。それを食べた関平さんに敬礼!(アロンアルファ)
関平さんに敬礼 ( ゚∀゚)o彡°へぅ(大ちゃん)
関平さん、男やで……。ハバネロとかジョロキアの調理は危険が伴うらしい。(青二 葵)
危なかった。理性がツァーリボンバーするとこだったぜ。フイーー。(聖槍雛里騎士団黒円卓・黒山羊)
漢たちの負けられない戦い……、全て目に焼き付けた! アニキ、尊敬致しますぜ!w(R.sarada)
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