そらのおとしもの 二次創作 〜いぬのかえるうち 後編〜
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 それは限りなく近く、そして限りなく遠い世界で。

 

 

 

 

「はァ。全く、冗談じゃないぜェ」

 薄い雲に覆われたナカツクニのただっ広い草原で小さなコロポックルの少年はため息をついていた。

 彼の名はイッスン。アマテラスの相棒として共にこの国を駆けまわって来た絵師である。

 いつもならアマテラスと息の合った道中を続けているハズなのだが…

「アマ公の奴、一体どこまで飛ばされちまったんだァ?」

 

 それはもう二週間ほど前の事。

 決戦の地カムイへ向かう直前に一休みをしていた一人と一匹は、大きな黒い霞に襲われた。

 不意を突かれた事もあって両者は分断。アマテラスはその黒い霞に捕らわれて姿を消してしまったのだ。

「首にオイラの描いた名札と絵を付けといたってのに、まるっきり目撃者がいねェ…」

 イッスンは万が一はぐれた際に備え、アマテラスの首に名前と絵姿を描いた紙筒を持たせていた。しかし今の所、ナカツクニ内で目撃情報はない。

 その日を境にナカツクニの空は薄い雲に覆われ、太陽は久しく姿を現していない。太陽の神であるアマテラスの不在を現す様な空だった。この異常な天候はイッスンでなくとも言いようの無い不安を感じるだろう。

「いけねェいけねェ、ここで弱気になったら妖怪共の思うつぼだァ!」

 イッスンは気持ちを奮い立たせ、各地への旅を再開する。なんとしてもアマテラスを見つけなくてはならない。

「それにしてもオロチの野郎、しつこいったらないぜェ」

 あの黒い霞の正体にイッスンは心当たりがあった。かつてナカツクニを恐怖の底に落としいれた大妖怪、ヤマタノオロチ。黒い霞から感じた妖気は間違いなくそれだったと彼は考えている。

「まァ、アマ公の事だからな。いまごろ可愛いネーチャン相手に鼻の下でも伸ばしてるに違いねぇや!」

 それは根拠の無い強がりでしかなったが、それでもイッスンの気持ちを高揚させた。

「すぐにこのイッスン様が見つけてやるからなァ! 待ってやがれこの毛むくじゃらァ!」

 

 

 

 

 

 

「ップシ!」

「あれ、アマ公風邪? ねえ智樹〜、犬に聞く風邪薬ってないの?」

「分かんねぇ。会長に聞いてみたらどうだ?」

 

 

 

 

   〜いぬのかえるうち 後編〜

 

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 アマ公が家に来てから…ええと、二週間が経ちました。

 一向に飼い主は見つかりませんが、アマ公本人はお気楽そのものです。

「ワンワンッ!」

「こら! それは私の分のおむすびよっ!」

 食いしん坊なアマ公は私があげたご飯だけじゃなく、私の分まで食べようとするのです。アマ公の犬小屋は私達の戦場でした。

「勝った! 第三部、完っ!」

 なんとかアマ公からおむすびを取り返しました。今日は私の勝ちみたいです。

「…もうお前の部屋もそこでいいんじゃね?」

「いやよ。狭いし、寒し」

 トモキのあきれ顔を気持ちいい春の風がなでていました。

 

「それにしても、見つからないな」

「そうねー」

 庭先で智樹とお茶をすすります。先輩達は師匠に連れられてお出かけ中です。

 先週は都会に出てまで捜してみましたが、アマ公の飼い主については何も分からないままでした。

「このままだと、この子はどうなるのかしら?」

「保健所…はさすがに可哀想だよなぁ」

「ほけんじょ?」

「いや、今のは忘れろ。我ながらバカな事考えちまった」

「ふーん? やーいバ」

「言わせねぇ!」

「んがんぐっ!」

 バカって言ってやろうとしたらおせんべいを口に突っ込まれました。…うん、美味しい。

「ワンッ!」

「ん? お前も欲しいのか、ほら」

 アマ公と一緒におせんべいを食べる昼下がり。のどかだなぁ。

「…まあ、こいつが分裂して増えたと思えばいいか」

「はへ?」

 なんか微笑ましい物を見る目で私達を見る智樹。

 あれ? なんか私までペット扱いされてない?

「ちょっと、今のどういう」

「ん? まて客だ」

 抗議してやろうと思ったらお客さんが来たみたいです。うう、ついてない。

 

 

「やあ、ミスター桜井」

「鳳凰院=キング=義経ッ!? お前がなんの用だよ!?」

 あ、この人はちょっと憶えてる。確かいつもイカロス先輩に声をかけてる人だ。

「いやぁ、先日は妹が迷惑をかけてしまって申し訳ないと思ってね? こうしてお詫びに寄った次第だよ」

「…その妹がいねぇんだけど?」

「いやはや、妹はこういう事に慣れていなくね。代わりに僕が来たって事さ」

 うーん。とりあえず廊下の影から様子を見てるけど、これは私も出て行った方がいいのかな?

「こっちはもう気にしてないから別にいいぞ。さっさと帰ってくれ」

「そうはいかない。このままでは鳳凰院家の示しがつかないんだよ」

「結局はそこかよ。で、何をするんだ?」

「僕らのディナーに招待しようと思ってね。一晩くらいどうだいミスター?」

「アホか。どうせお前の目的はイカロスだろ、もういいから帰れ」

 おおっ! 智樹ってば賢い! そっか、この人嘘ついてたんだ!

「いや。今夜は君と、そちらのお嬢さんだけにするよ。さすがにそれくらいはわきまえてるさ」

「…ええっ! 私!?」

 というかしっかりと見つかってる!? 

 え、えーとどうしよう。これは行かないと失礼なのかな?

 

「ワンッ!!」

 

 私が出て行こうか迷ってると、アマ公が先に鳳凰院さんの所に走って―

「痛ッ!」

 噛みついた!? なに興奮してんのよこの子!?

「な、何してるのよ!」

「こらアマ公!! すまん鳳凰院!」

 智樹と二人でアマ公を押さえつける。じたばたと暴れるアマ公はいつもと違って少し怖い顔をしていた。

「…まいったね、本当に嫌われているみたいだ」

「悪ぃ。こりゃ詫びを入れる立場が変わっちまったな」

「じゃあ来てくれるかい?」

「ああ、ただし俺だけだ。またこいつが暴れても拙いだろ?」

「…まあ、仕方ないね」

「あ、でも…」

 なんだろう。アマ公が興奮しているせいか、それがとっても悪い事のような気がする。

「ちょっと行ってくるわ。ちゃんとイカロスとニンフに伝えといてくれ」

「ではお嬢さん、イカロスさんとその勇敢な犬によろしく」

「…うん」

「ワンッ! ワンッ!」

 頷く私と、智樹を引きとめるように吠えるアマ公。

 智樹を乗せた大きな車は、そんな私達を置いて走り去って行きました。 

 

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「で、そのままアンタ達は大人しく待ってたと」

「…はい」

「…クゥン」

 日が暮れた頃、帰ってきたニンフ先輩とイカロス先輩にあった事を説明しました。

 ああ、やっぱりニンフ先輩は怒ってる。茶の間のすみに置かれた色んな服は、智樹に見せる為に買ったんだろうなぁ。

「よーし、私ってば久しぶりに本気だしちゃうぞ♪ 超々超音波振動子(パラダイス=ソング)最大出力っ!」

「ひいぃぃぃぃ!?」

「ワウ?」

 首をかしげるだけのアマ公にしがみついても状況は変わらない。悲しいけど当然。

 でも大丈夫、ここにはまだイカロス先輩がいる。

「ニンフ、待って」

「何で止めるのよ! アルファーだって楽しみにしてたじゃない!」

 ふっ、無駄ですよニンフ先輩。イカロス先輩が私達のケンカを止めないわけ無いじゃないですか。…まあ、ケンカというか一方的な虐めだけど。

「パラダイス=ソングだけじゃ火力が足りない。私も永久追尾空対空弾(アルテミス)で援護する」

「………………えっ」

 ア、アレレ? 何で戦闘モードなんですかイカロス先輩?

「なーんだ、それならいいわよ。流石にアマ公にもちょっとお仕置きが必要よね?」

「了解。…スイカ達の恨み、今こそ晴らす」

「キャイン!?」

 あ、遂にアマ公もロックオンされた。悲しいけど当然よね。

 

 

 今回の被害は茶の間が半壊するだけで済みました。智樹もほっと胸をなでおろしてくれると思います。

 

 

 

「さて、すっきりした所でトモキの様子でも見てみましょ」

「ニンフ、こっちもリンクして」

 良い感じで焦げたにおいのする私とアマ公をわき目に、ニンフ先輩は得意のハッキングとレーダーで智樹の様子をうかがう気みたいです。まるでストーカーみたい、って言ったらもっと虐められるので言いません。それにしても、それを止めるどころか乗っかるイカロス先輩も変わったなぁ。

「アレ? おっかしいなぁ…」

「レーダーの故障?」

「自己診断じゃ大丈夫なハズなんだけど、なんかおかしいわね…」

 なんかニンフ先輩の様子がおかしい。うまく智樹を捜せてないみたいです。

「―!? なに、これ!?」

「ニンフ?」

 急に立ちあがったニンフ先輩はイカロス先輩の言葉を無視して庭へ飛び出して、そのまま空へ飛んで行ってしまいました。

「何なんですか一体?」

「…ニンフの様子は、普通じゃなかった。私も追ってみる」

「わ、私も行きます!」

 智樹の様子を見ていたハズのニンフ先輩があれだけ慌てていたんだから、きっと大変な事なんだ。

「ワンワンッ!」

「ごめんアマ公! ここで大人しく待ってて!」

 アマ公を家に残して私達もニンフ先輩を追う。上空からアマ公が家を飛び出す様子が見えたけど、私にそれを止めている暇はありませんでした。

 

 

 

 ニンフ先輩を追って飛び立ってから数分で追いつきました。私とイカロス先輩の方が飛行速度は速いから当然なんだけど…

「ニンフ、説明して」

「正体不明のエネルギーがトモキの周囲に蔓延してるの! 他のダウナーの反応も色々混じってるし、私の方が聞きたいくらいよ!」

 あのニンフ先輩でも分からないエネルギー? そんなの初めて聞いた気がする。

「ニンフ先輩、正体不明のエネルギーってなんですか?」

「よく分かんないけど、すごい量なのよ! トモキがその場にいるだけでも危ないかもしれないのに!」

「…私が先行する」

 ニンフ先輩の言葉を聞いたイカロス先輩が翼を大きく広げて、もの凄い速さで先に行く。

「鳳凰院の家なら大した距離じゃないからすぐに追いつけるわ! こっちも急ぐわよデルタ!」

「はいっ!」

 

 大丈夫よね、智樹?

 あのイカロス先輩が本気で守る気になってるんだもん、きっと大丈夫よね?

 

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「―!?」

 鳳凰院家の大きな前門を打ち破り、玄関前に降り立ったイカロスは屋敷の雰囲気に戦慄した。

 黒い霞のようなものが蔓延する屋敷からは、聞いた事もない獣の雄叫びが聞こえてくる。

「マスター…!」

 ニンフの言う通り、ここは危険だと判断する。

 状況の詳細が分からなくても、その黒い霞の危険性をイカロスは感じ取っていた。

「…いやぁ、イカロスさんじゃないですか…」

「…あなたは」

 玄関先でうずくまっている人影、それは鳳凰院=キング=義経だった。

「まったく、妹のかける迷惑くらいと思ったんですが… これは私の手に余る状況みたいです」

「…喋らないで」

 義経に大きな外傷は無いが、かなり衰弱している。

 傷ついた人間をこのまま放って置くのはマスターの主義に反する事だ。しかしそのマスターの安否を一刻も早く確かめたいのも事実。イカロスは僅かに逡巡した。

「ミスター桜井なら、裏庭にいると思います。行ってあげて下さい」

「でも、あなたは…」

「ふ、これ以上あなたの前で醜態を晒すのは僕も避けたいのですよ。さあ、早く」

「…わかり、ました。直ぐに戻ります」

 義経の言葉に従い裏庭へ走り出すイカロス。彼はそれを苦笑混じりに見送った。

「ミスター桜井も、果報者だね…」

 意識が遠くなっていくのを感じながら、義経は視界の端に見知った人影を見つけた。

「…ああ、まったく。今日は厄日だね」

 どうやら気を失うにはまだ早いらしい。その人影に支え起こされながら、彼は悪態をついた。

 

 

 裏庭に駆けこんだイカロスの視界に入ったのは、身を案じていた智樹の姿と―

「イカロス!? バカ逃げろ!!」

 うつろな表情で智樹を追い詰める月乃。そして彼女の周囲には大蛇の形をした黒い霞が八つ。

 イカロスがそれを知る術は無いが、この八つ首の黒い大蛇こそヤマタノオロチ。アマテラスと幾多の死問を繰り広げた大妖怪である。

『…羽ツキノ小娘カ』

「うわッ! 放せよ畜生!」

 大蛇の首の一つが大きな顎で智樹をつまみあげる。

「マスター!」

『去レ。我が復讐スベシハアノ野良大神(のらおおかみ)トソレ二組スル人間ノミ。貴様ノ様ナ人形二用ハナイ』

 ヤマタノオロチから発せられる圧迫感はこれまでイカロスが感じた中でも桁違いのものだった。

 彼女の『戦闘用エンジェロイド』としての直感は撤退を訴えている。しかし―

「お断りします。マスターを、放しなさい」

 永久追尾空対空弾(アルテミス)の起動準備を整える。智樹を置いて行くなど『イカロス』という個人にとっては論外だった。

 人質同然の智樹の身を考えるとアルテミス以上の高威力の火器が使えないが、それも彼女には些細な事になっていた。

『ホウ、イイ気迫ダ。貴様ヲ人形ト言ッタ事ハ詫ビヨウ。来ルガイイ、異国ノ弓使イヨ』

 イカロスの覚悟を感じとり、戦闘態勢をとるオロチ。より増した重圧がイカロスにのしかかる。

「バカ、逃げろ…!」

「その御命令は、聞けません」

 アルテミスを発射すると同時に智樹救出の為に突撃するイカロス。

 

 鳳凰院邸の裏庭からひときわ大きな轟音が鳴り響いた。

 

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 ニンフ先輩についていくと、鳳凰院さんの家が見えてきました。

「! アルファー!?」

「うそ…!」

 その大きい庭で私達が見たのは黒くてでっかい蛇に捕まった智樹と、ボロボロで倒れているイカロス先輩でした。

「う…」

『無様ダナ。主人ヲ気遣ウアマリニ全力デ戦ウ事ガ出来ントハ』

 こいつ! 智樹を人質にイカロス先輩を!

「このぉ!」

 私は一気に加速して超振動光子剣(クリュサオル)を思い切り叩きつける。でも腕に返って来たのは重く響いた感触だけでした。

「〜〜〜! いったぁ!」

『無駄ナ事ヲ。イイ加減二失セロ小娘共』

「アストレア! 後ろだ!」

「―あ」

 智樹の声と同時に私の後ろから別の蛇がぶつかってきて―

 

 私は意識を失いました。

 

 

 

 

「…あれ…」

 なんで、私は倒れてるんだっけ。

 ぼんやりとした視界の先に私と同じように倒れたニンフ先輩とイカロス先輩が見える。

 ああ、そっか。私はあの変な蛇にやられたんだっけ。

 

 智樹、助けてあげられなくてごめんね。

 でも、仕方ないよね。イカロス先輩やニンフ先輩が何もできないんじゃ、私なんかじゃどうしようもないよ。

 

 あれ、おかしいな。

 なんであいつ、私達に止めを刺さないんだろ。それとも、そんな価値も無いのかな。

 …それもそうか。だって私は、無能なんだから。

 

 

 

 

 ワォーン!

 

 

 

 

「…あ」

 聞いた事がある声だ。あれは…

「アマ公…?」

 アマ公が、あの変な蛇と戦ってる。

 …なにあれ。体に変な模様はあるし、背中におっきな鏡みたいなの背負っちゃって。まるであの絵みたいじゃない。

 

『天照大神(あまてらすおおみかみ)とは、日本神話に登場する神だ。そして神として最上位に位置する存在として描かれている』

 

 そっか。スガタの言った通り、あんた本当に凄い奴だったんだ。

 でも、それなら早くあいつをやっつけちゃってよ。なんであんたの方がボロボロなのよ。

『今コソ我ガ恨ミ晴ラス時。滅スベシ野良大神!』

「くそっ! もういいから逃げろアマ公! もういいんだよ!」

 やっぱり優しいね、智樹。自分だって怖い癖にアマ公の心配をしてくれるんだね。

 

 

 

 私は、このままで、いいのかな。

 

 

 

『こいつは、アストレアは無能なんかじゃねぇッ!』

 

 

 

 そうだ、智樹だって言ってたじゃない。私は、無能なんかじゃない。

 私は―

「―私は、ただの大馬鹿よっ!」

 力の限りを込めて、立つ。

 そうだ、私はイカロス先輩より弱いけど。ニンフ先輩より頭も悪いけど。

「馬鹿は、そんなの気にしないわ!」

 理由なんて、どうでもいい。

 好きな奴を助けて、嫌な奴をぶっ飛ばす。

 それだけで、いいじゃない。

 大丈夫。

 羽はあるし、体もまだ動く。なら、なんの問題もない。

「いい気になってんじゃないわよ! この蛇やろー!」

 私は蛇の頭の上へ一気に飛ぶ。勝ち負けなんて知らない。ただクリュサオルをぶつけてやるだけ。

 

 アマ公が、私の攻撃に合わせて吠えた。

 眩しい月の光が、私達を照らしていた。

 

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 ヤマタノオロチは勝利を確信していた。

 アマテラスをほとんど信仰心の無くなった異国の地に送り、力が落ちた所をたたく。

 その目論見はほぼ完璧に事が運んだ。

 オロチ自身の力も落ちていたが、人間の嫉妬心に付け込み憑依する事で十分に優位に立てた。

 勝利は目前。信仰心を取り戻させる可能性のある関わりを持つ人間の少年を始末し、僅かに残った力で抵抗するアマテラスを叩き潰すだけ。

 

 そのはずだった。一人の有翼の少女が玉砕紛いの突撃をしてくるまでは。

 

『馬鹿ナッ!』

 アストレアの攻撃など意に介していなかったオロチが驚愕の声をあげた。

 オロチの八つある首の一つが宙を舞う。それは、たった今アストレアに切り飛ばされた物だった。

「…はれ?」

 こんな珍事を誰が予想しよう。当事者であるアストレアでさえ唖然としていたのだから。

『コレハ… 貴様ノ仕業カ野良大神!』

 オロチはいち早くアストレアの持つ剣に変化があった事に気づく。

 月の光を受けて黄金に輝くクリュサオルは、確かにアマテラスによる加護が宿っていた。

『オノレ、マタシテモ剣士ノ力ヲ借リルカッ!』

 オロチに苦い記憶がよみがえる。

 それはナカツクニにおける戦いにおいて、アマテラスが剣豪スサノオの助力を得た時と同じであった。

「ワンッ!」

「…ふーん」

 アマテラスに促されようやく自分が優位に立った事に気付いたのか、アストレアがにんまりと笑った。それはいつものドヤ顔だった。

『小娘ェ!』

「当たらなければどうという事はないわ!」

 アストレアはオロチの体当たりをひらりと避け、そのまま二つ目の首を切り飛ばす。

 彼女こそ近接戦闘に特化した高速戦闘用エンジェロイド。速度でオロチに劣るはずもない。

 それこそ最初にあった不意打ちでもなければ、オロチが彼女を捕える事は不可能に近かった。

「やれた分はきっちり返してやるわよ!」

『舐メルナッ!』

 オロチの口から広範囲に火炎が放たれる。アストレアを格闘戦で仕留めるのは不可能と判断しての行動だった。

「ワォーン!」

 しかし、それをさせじとアマテラスが吼える。するとどこからともなく吹いた突風が火炎を吹き飛ばした。

『筆シラベダト!? 貴様、ナゼ信仰心ヲ取リ戻シツツアルノダ!?』

 

 筆しらべ。それはアマテラスが持ちうる世界に筆を下ろし自在に事象を操る神の御業である。

 本来は十分な信仰心を得なければ使えない物なのだが―

 

『アノ丘ノ祠カ!』

 空見町の大桜のふもとにある小さな祠。そこから僅かながらの信仰心がアマテラスに注がれている事にオロチは気づく。

「よそ見してんじゃ、ないわよっ!」

『グオオオオオオッ!』

 アマテラスに気を取られている間にもアストレアによって次々と大蛇の首が切り落とされていく。

「ガァゥッ!」

 それに力を取り戻したアマテラスの攻勢も加わっては、オロチには成す術が無い。

 八つもあったオロチの首は、すでに智樹をくわえる一つのみになっていた。

『無念ダ、ダガ我ダケデ果テハセン!』

「待て待て待てぇ! 俺なんか食っても美味くないって!」

 最後の意地か、智樹をそのまま喰らい尽くそうとするオロチ。

「アマ公ー!」

「ワンッ!」

 アストレアとアマテラスが最後のオロチの首に向かって走る。

「いっけぇぇぇ!」

 アストレアが全力で振りぬくクリュサオルに、アマテラスが飛び乗る。

 クリュサオルによって打ち出された太陽の神が文字通り月夜に舞った。

「ワフッ!」

「うおわ!?」

 そのままの勢いでオロチから智樹をかすめ取ったアマテラスが着地する。

『オノレ! アマテラスゥ!!』

「だから! よそ見してんじゃないわよぉ!!」

 すでに無防備になっていたオロチをアマテラスに続いて飛翔してきたアストレアが一刀の元に両断する。

『ガアアアアアァァァァァ!!』

 オロチの断末魔と共に、鳳凰院邸を覆っていた黒い霞が急速に晴れて行く。その後に残されたのは気を失った月乃だけだった。

 

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「ふぁ〜あ…」

 すっきりと晴れた朝、僕はいつものように二階から階段を降りて茶の間に向かいます。

 

 あの不思議な夜から二週間ほどが経ちました。

 事件の次の日に義経と月乃はわざわざ家に謝りに来ました。

 どっちもそれなりに誠意を見せていた気がしますし、僕も今後は付き合い方を改める必要があるかもしれません。

 ともあれ僕にとっても忘れ難い体験でしたが、それは彼女たちも同じみたいです。

 

「おはよ〜っす」

「おはよ。休みだからって寝すぎじゃない?」

「休みだからこそなんだよ」

 ニンフの小言を適当に流しながら、僕は視線をイカロスの方に向けます。

「…おはようイカロス」

「あ、おはようございます、マスター…」

 なんとか返事をしたものの、心ここにあらずという感じです。僕はため息交じりにニンフと内緒話をします。

「…まだ立ち直ってないのか?」

「…ええ、得意分野の戦闘でトモキを助けられなかったのがかなり堪えたみたい」

「困った奴だなぁ…」

 イカロスはあの時に僕を怪物から助けられなかったのがかなりショックだったみたいです。

 僕としては全員無事だったらいいと思うんですが、イカロスにとって戦いに負ける事は初めての経験だったのかもしれません。

「足を引っ張った俺が何を言っても無駄だろうしなぁ」

 あの怪物は僕をいい様に盾として使う事で、イカロスを全力で戦えない様にしていたと思います。

 それは間違いなく僕の不甲斐なさが原因であって、彼女の責任じゃないんですが。

「きっと理屈じゃないのよ。私だって最初は悔しい気持ちでいっぱいだったんだから」

「その辺、お前は成長したよな。ちゃんと割り切ったし」

「ふん! 戦闘でアルファーやデルタに張り合うのが無理なくらい分かってるわよ!」

 あ、ちょっと拗ねた。

 これはニンフに相談するのも程々にしないといけません。

「やっぱ今度先輩に相談するか…」

 

 あの夜、偶然にも鳳凰院邸の異常を察知した守形先輩は義経の奴から事情を聞き出し、アマ公へ信仰心を送る為に会長を通して五月田根家の若い衆を使い祠の改修と簡単な儀式を敢行しました。結果、アマ公は本来の力を取り戻してアストレアと怪物退治を成し遂げた、という訳です。

今にして思うと少し出来過ぎてる気がします。もしかしたら二人は内々のうちにアマ公の正体を知り、準備を進めていたのかもしれません。

 

「…アストレアは、また庭か?」

「ええ」

 そっけなく答えるニンフの表情にも陰が見えました。その理由を僕も良く知っています。

 

 アマ公は、あの夜から姿を消したままです。誰もが目を離した一瞬の間に、あいつは忽然といなくなりました。

 先輩が言うには、あいつは役目を終えて帰るべき所へ帰ったのだろうという事でした。

 

「おはよう」

「ん? ああ、おはよ」

 僕は犬小屋の掃除をしているアストレアに挨拶をしながら庭に降りました。

「…なあ」

「なあに?」

 あの日からアストレアはアマ公の犬小屋の掃除と餌を置く仕事を続けています。

 餌は時々減っていましたが、きっと野良犬の仕業でしょう。あいつだってそれに気付いてないとは思えないんですが。

「アマ公、家に帰って来ると思うか?」

 僕は意を決してアストレアに尋ねました。

 ここ数日迷っていましたが、やっぱりこのまま曖昧にしちゃいけないと思うんです。

 

 出会いがあれば、別れもある。

 僕がじいちゃんの飼っていた犬が死んだ時に学んだ事。

 こいつらもいつか知ってしまう事。知って欲しくなかった事。

 

「…智樹、何言ってんの?」

「は?」

 そんな僕の心情も知らずにアストレアは心底呆れた声で答えました。

「帰ってくるに決まってるでしょ? あの子の家はここなんだから」

「いや、これ、普通の犬小屋…」

 神様の住まいにしちゃ狭すぎるというか。あいつの元いた所にはもっといい家があるんじゃないのか?

「このネームプレートに書いてあるじゃない、『アマ公』って。アンタが書いたんでしょ?」

「むむむ…」

 いや、確かに僕が書いたんですけど。さらに言えば『アス公』を無理やり直したんだけど。

「それにあの子、ちゃんと『行ってきます』って言ったわ」

「なにぃ!? いつだよ?」

「あの夜、あんたを助けたあとよ。ちゃんとワンって言って走ってったんだから」

 

 それは、『さようなら』じゃなかったのか? と、僕は言えませんでした。

 

「………そっか。それを早く言えよな」

「聞いてなかったアンタが悪いのよ。さて、今日は学校休みなんでしょ? どっか遊びに行かない?」

 

 だって、アストレアは心底アマ公を信じているんですから。

 相手は神様なんだし、信じてみたら本当にそうなるかもしれないじゃないですか。

 

「その前にイカロスを何とかしないか? あのままだと家の食事事情がヤバい」

「うーん、アタシが何か言っても効果無いと思うけどなぁ…」

 

 

 

 

 桜井家の庭の片隅には小さな犬小屋があります。

 そのネームプレートはここが主人の家だと、今でも主張し続けているのです。

 

 

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 エピローグ

 

 

 

「たっくよォ。何の前触れもなくひょっこり帰ってきやがって。このイッスン様をおちょくって楽しいかァ?」

「ワンッ!」

 ナカツクニに一人と一匹の声が響く。

 彼らはこれから妖怪の親玉が待つ、カムイの地へ向かおうとしていた。

「それにしても何処で何をしてきやがったんだァ? オロチの野郎はしっかり片づけたんだろうな?」

「ワウッ!」

「そりゃ重畳(ちょうじょう)。これで後顧の憂いはねェや」

 力強く頷くアマテラスにイッスンも安堵の息を漏らす。

「なぁアマ公。それ以外は何か無かったのか? 例えば可愛いネーチャンとブフフ! な事とかよォ」

「………(プイ)」

「あ! てめェやっぱり美味しい思いをしてやがったなァ!」

「キャイン!」

 アマテラスの鼻の頭をつつき回すイッスン。さすがの大神様も鼻は痛かったらしい。

「まァいいさ。今度はオイラも連れてってくれよな?」

「…ワウ?」

「ポアッとした顔すんじゃねェ! オロチにできてオイラ達にできない道理なんてねぇだろ!」

 きょとんとした反応を返すアマテラスにイッスンは抗議の声を上げる。

「とっとと妖怪どもの親玉を退治して、そのネーチャンのいる所に行こうぜ! オイラ達なら楽勝よォ!」

「…ワンッ!」

 イッスンの提案に大喜びで賛同するアマテラス。

「さあ行くぜ! 気合い入れろよ毛むくじゃらァ!」

 

 

 

 こうして、彼らは再びナカツクニの大地を駆けだしました。

 その旅路がどのような結末を迎えるのかは、どうか皆様の目で確かめていただきたく思います。

 

 

 

 

   〜いぬのかえるうち 了〜

説明
『そらのおとしもの』の二次創作になります。
再び一月近く時間を要してしまいましたが、そのおかげでなんとか納得のできる物になりました。(…そこに誤字、脱字に関する事は含まれていませんが)
もうこれは治しきれないものなんだな、と割り切りつつあります。

前編 http://www.tinami.com/view/211298

*6ページ目 推奨BGM『太陽は昇る』
 〜大神サウンドトラックより〜
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コメント
枡久野恭(ますくのきょー)様 前編とは逆に トモ坊→ヒロイン アストレアさん→ヒーロー という役所でお送りしました。アストレアさんって性格上ヒーローの素質があるかもしれませんね。(tk)
BLACK様 アストレアさんの得物が剣なら、やっぱりオロチ戦の再現の方が原作的も美味しいかなと思いました。私は逆にマヴカプ3をプレイしていないのでアマ公がどう動いているか気になります。(tk)
アストレアさんが格好良く活躍していますね。ちゃんとヤマタノオロチ戦で囚われたヒロインを助けるべく見せ場を作るのですからヒーローの王道を行っていますね(枡久野恭(ますくのきょー))
大神はやったことないけど、大体想像できますね。しかしあの大きな手とかになるラスボスじゃなくてヤマタノオロチですか。しかし読んでる最中どうしてもマヴカプ3が頭から離れませんでした。(笑)そのせいか、ゼロとかスパイダーマンまで頭に出てくる始末・・・。(BLACK)
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