ショタ一刀のお祭巡り(思春編)
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思春は少々困った状況に陥っていた。

見下ろすのは自分の傍らにいる、いや…今の状況を言うならば密着している一刀。

頬をリスのように膨らませながら自分を見上げる一刀。

何故このような状況になったのか…

 

『思春の葛藤 前編』

 

競争を終え、優勝者特典であるKAL高速便にて他の参加者より一足早く帰り。

競技の疲労により、一刀と共に直ぐに寝台へと向かい、祭の2日目を迎える。

着替え・朝食を済ませ、さぁ祭り賑わう街に繰り出そうとしたその時、思春はあることに悩みミスを犯すことになる。

 

勝負を勝ち抜き、一刀の世話役の権利を得たわけだが、改めてあることを考える。

”自分が子供の世話を出来るのか?”

 

河賊として育ち、武を認められれ蓮華直属の護衛となった。

常に彼女の背後に控え彼女を護り、時には主の命を受けて剣を振るう。

そうして生きてきたが故に、子供と接する機会はほとんどと言って良いくらいになかった。

 

そう悩んで切る所に自分達に近づく気配。その正体は、

 

「あら思春、おはよう」

 

「おはようございます、蓮華様」

 

「レンファお姉ちゃん、おはよー」

 

「あら一刀君、おはよう。…一刀君がここにいるということは?」

 

「はい。超距離障害物競走は私が勝ち抜きました」

 

「そう。おめでとう、思春」

 

その笑顔からは、彼女が本当に自分の勝利を祝い、自分のことを想ってくれているのが分る。が…

 

「そ、それで…思春。ちょっと提案なのだけど、これから祭には、あの…

 わ、私も一緒に回ってもいいかしら?」

 

「…というと?」

 

「ふ、深い意味はないのよ!わ、私も一刀君と一緒にいたいとか、そういう考えではないからね!?」

 

慌てた口調で言うが、顔全体を赤くしながら言われても説得力は皆無。と言うより、本音が駄々漏れ…

そんな蓮華を見て思春の心が決まる。

自分と同じく、いや次期王という自分以上に忙しく子供と触れ合う機会に恵まれぬ蓮華が、

世話をすることなどへの不安よりも前に、そうしたいと言う欲を見せている。

出来るか出来ないかじゃない、やるかやらないか、やりたいのかが大事なのだ。

子供との、一刀との接し方は自分なりにやれば良い、不都合が生じればその都度改善していけばよい。

そう考えるに至った思春は、微笑と共に告げる。

 

「申し訳ありませんが蓮華様。この祭の間、一刀は私が一人で世話をしたく思います」

 

「な、何故?」

 

「夫を持たぬ私としては、この先子供の世話を、それも一人で行う機会などに恵まれる望みは薄いでしょう。

 ならばこそ、私は私なりに一刀の世話をしたく思います」

 

「…そう」

 

めったに見ない思春の晴れやかな笑顔と共に告げられ、蓮華はそれ以上何もいえなかった。

 

「それでは行こうか、一刀」

 

「はーい。あ、レンファお姉ちゃん、バイバーイ」

 

「え、えぇ」

 

行こうと促す思春の後を一刀が続く。

主従関係を利用しようとするつもりは(少ししか)無く、下心も(そんなに)無く、

思春との利害も一致しているのだから、自分も一刀と一緒にいられるかもという思惑は、

奇しくも、自分の言動態度で、思春が一人で一刀を世話をしようと言う決意を固めてしまったのであった…

 

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『思春の葛藤 後編』

 

蓮華と別れ、祭で賑わう道を歩くこと暫く。

はしゃぎまわりあちこち走り回る一刀の一歩後ろを着かず離れずを保ち、

一刀が振り向けばそこには思春がいる状態を続けていた。

やがて、何か思ったのか、一刀は思春の方を振り返り近寄ってくる。

 

「どうした、一刀?」

 

「…うん。あ、あのね?」

 

服の裾をつまみもじもじしながら、もう片方の手を口元に添えて、顔を赤らめながら上目遣い。

不覚にも、思春はか…かっわゆい!?と思ってしまった。思春は萌の道を歩き始めた!!

と…気を取り直して、一刀に続きを促すと、

 

「あのね…お手て、つないでもいい?」

 

それはとても小さな、とても子供らしいお願い。

聞くまでも無いだろうといった感じで、無言で、しかし微笑を浮かべながら手を差し出す。

その手を見て、一刀は笑顔を一層輝かせながら手を伸ばしてくる。

 

小さな、弱く儚い、白い汚れのない手。それが近付き触れる瞬前、

ある考えが浮かんでしまい、思春は思わず手を引っ込めた。

 

一刀の手を見て浮かんだのは、その手を自分が握っても良いのか?という考え。

数々の戦場を鈴音を振るって潜り抜け、隠密という役目から相手に気付かれる前に敵を排除する為に、

あらゆる武器を使って、時には素手で屠ってきた。

そんな血で汚れた手で、一刀の手を握っても良いのか?

一刀のこれも耳に入らず、動作も目に入らず葛藤を続ける。

それに没頭するあまり、一刀の行為に気付けなかった。

 

ぎゅっ!

 

「っ!?な、何、どうしたのだ?」

 

突然、女性にとって敏感な箇所付近からくる刺激により、全身に電流が走った感覚と共に現実に戻される。

下を見ると、一刀が太腿のかなり上部に両手両足を使ってコアラヨロシク抱きついていた。

その抱きつき位置・抱きつき方、ショタとなった一刀でなければ即手錠ものだろう。

思春の服は、超ミニの、歩くだけで下着が見えてしまいそうなもの。

足に抱きつく際、スカートの裾スレスレの位置に抱きついてくるものだが、

彼女の場合だと、俗な言い方だが、女性の身体のYの部分、Vの直ぐ下。たとえ思春といえどもこれは…

 

「だって…お姉ちゃん、お手てつないでくれないんだもん」

 

頬を膨らませながら不満ですと言った感じで言う。

心理的な理由により手をつなげずにいるのだが、それは完全に思春個人のもの。

だが、その理由を一刀に言っても理解は出来ないだろうし、仮に出来てもそれはそれで問題だ。

なんとか言い訳をつけようとするが、中々考え付かない。

と言うより、抱き疲れていることで性的な刺激が邪魔してくる。

 

これではまともに頭がまわらないと思い、何も言わずに一刀の手を解こうとする。

が、思春のその行動を、手をつなぐことへの明確な拒否と思ってしまった一刀は、

それでも、自分を世話してくれるお姉ちゃんと手を繋ぎたいがために強攻策に出る!

 

「お姉ちゃんが!」ぎゅっ!!

「っ!?///」

 

思春の手が触れる直前に片手片足を離し、もう片方の手足の上へ持ってきて再び抱きつく。

思春の限界が50/100に!?

 

「お手てつないでくれるまで!」ぎゅっ!!!

「っっ!!?///」

 

先程と同じ動作で、更に上へと上り抱きつく。

思春の限界が75/100に!?

 

「ぎゅってするのをやめない!!」むにぎゅーっ!!!!

「っっっ!?!?//////」

 

ついに頂点、俗な言い方だが、女性の身体のYの内VとIの付け根の部分に、

一刀の手が当たり擦り力が加えられる。

思春の限界が∞/100…限界を突破したーーー!!?

 

全身から力が抜けていき倒れそうになるが、それでは抱きついている一刀も一緒に倒れてしまうので、

それはダメだと、なんとか踏ん張ることが出来た。

 

結局思春が折れて、もう何も考えずに一刀と手をつなぐことにした。

だが…手をつなぐことで改めて感じる子供の、一刀の手の暖かさ。

その暖かさは、一刀の小さな手から、繋がっている自分の手へと、そして自分の心に染み渡る。

今までの悩みが一気に払拭されていく。だが不快では全く無い。むしろ心地よい。

 

その後、満面の笑みを浮かべながら手を握り合う一刀と思春の姿が見られた…

 

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『ドキっ!一刀君と一緒に入浴!!ヌルリもあるよ』

 

祭2日目の夜。一刀の世話の項目の中で難関とも言えるイベント、すなわち…入浴。その時が来た…

 

誰かと一緒にということでは、護衛の為にと、蓮華と一緒に入ることは度々あった。

親睦と深める為にと、雪蓮の提案の下呉の将達と共に入ったこともあった。

異性との一緒に入浴した経験は、江賊時代に何度かあった。まぁ、これは入浴というより水浴びであるが。

だが、今回のパターンは思春にとって初めてのものとも言える。

 

相対する相手は一刀。戦場は今まで身かとこの無い施設、銭湯。

一刀の世話をするのは、彼の保護者であるのは自分であると意識する思春にとっての障害となりうるのは他の将達。

用意される武器は手拭(タオル)と、初めて目にし手にする”しゃんぷう”と”ぼでいそぅぷ”。

数十回擦ることでやっと身体の一部を洗えるようになる従来の石鹸とは異なり、

少量で髪や身体全体を洗うことが出来、美容効果もあるそれらは多くの使用者達、特に女性人を唸らせる。

 

思春は、それらが出始めたときは、特に美容に関して余り気にしていないが、使い勝手がよく便利であるとしか考えていなかった。

が、今はこれらがあって良かったと心のそこから思っている。その理由は一刀に在る。

 

入浴用の手拭、タオルが出来る以前は、あわ立ちの効率から考えて昔ながらのヘチマ等が使われており、

髪を洗う際もシャンプーのような便利なものは当然無く石鹸を使用していた。

もしそれらを使っていたら、一刀の(ショタ故に)サラサラな髪やスベスベな素肌を傷めていたかもしれないと考えると…

と、入浴用具についてはここまでで。

 

 

続いて、一刀を洗うに当たっての力加減について。これについては自信が有ったりした。

その自身は伊達ではなく、浴槽の影から様子を窺っていた呉の魔尻をして手馴れていると感じさせずに入られない腕だった。

 

思春のような江賊や、その他ある種のアウトローな者達は、仲間内ではお互いを家族のように見る傾向があり、

だからこそ、異性と触れ合うことへの抵抗が薄れるのだ。

そんなわけで一刀を洗うに当たって『一刀の柔肌…ハァハァ…』的なことは一切無く、江賊時代と同じ感覚で臨めた。

今は一刀の身体を洗ってやっており、力加減など少々気にかけるが、

一刀からは何も言ってこないのだが、気持ちよさそうな表情を浮かべているのを見るに問題ないだろう。

 

「では、流すぞ?」

 

「はーい」

 

髪を洗い、続いて身体を洗い、洗う際に出来た泡を水で流すと、シャンプーやボディソープによって更に綺麗になった。

その結果を出せたことに思春は満足する。

 

「それじゃぁ、今度はボクが洗うね!!」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

楽しそうに張り切る一刀を微笑ましく思いながら、一刀に背を向ける。

非力で小さな一刀の手、もしかして洗いが甘くて、後で洗いなおすことになり、

それを見て悔しそうにするかもなぁ…等と思いながら一刀を待つ。が…

 

何故か後ろからは動き出す気配が、十数秒過ぎたのに全く感じられない。

不思議に思い振り返ると、一刀は右手にボディソープを溜め、左手にタオルを持ち、

それらと思春の身体を交互に見ていた。

 

「どうしたのだ?」

 

「……あのね、お母さんが言ってたんだけどね。

 からだを洗うのってタオルを使うよりもお手てでやった方がおはだにいいんだって」

 

「そうなのか。では、そうしてくれ」

 

「ハーイ」

 

詳しくは分らないが、これも天の知識の内の一つなのだろうと、深くは考えずに一刀のしたいようにやらせることにした。

 

 

それは間違っていたと後悔することになると知らずに…

 

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一刀がまずとりかかったのは背中。一刀の小さな手が上下左右不規則に動く。

背中をボディソープのぬるぬる感が加わった手で撫で回される感触に少しこそばゆく感じるが、特に問題なし。

 

次は首。両手で首を囲み前後に動かす。問題なし。

 

首から少し下りて、今度は肩から腕を。自分で洗うのに何の苦もないところではあるのだが、それでも一刀にやらせる。

少しだけ、侍女時々自分に身体を洗われる蓮華他、自分より立場が上のものの気持ちが理解できたような気がした。

 

問題はこの後だ…

 

思春が一刀の全身を洗ったように、一刀も思春の全身を洗う気満々だった。

今から前を洗うという一刀に、そちらは自分で洗うと言って止める間も無く、一刀は手を伸ばす。

その行き先は上半身の内、膨らみ故に一刀の近くに位置する双丘。

その二つの膨らみを洗う為に一刀は…何と、わし掴む!

しかし、ソープによって一刀の手はなめらかに滑り抜けていく。

この瞬間、思春は未知未体験の感覚に襲われた。

思わず上げそうになる声を抑えるのに必死になるあまり、止めようという考えが浮かべずにいた。

その間も、一刀は洗い続ける。洗うというより双丘を揉みまくっているようにしか見えないが…

一通り洗い終え、双丘の最後の仕上げにと、その両頂点の部分をキュッと摘み上げる。

再びたまらず上げそうになる声を必死に抑えようと身じろきした拍子に、

手にソープを足そうとしていた一刀とぶつかり、一刀はバランスを崩してしまい、

一刀の全身に容器に入っていたソープがぶちまけられた。

 

「あっ、す、すまない一刀!大丈夫か?」

 

「うぁ〜…ボクはだいじょうぶだけど、ソープがこぼれちゃってぬるぬるだよぅ」

 

ソープは一刀の鎖骨辺りから胸・腹・息子(下な意味で)・太腿にと広がり、一刀の身体を半透明な白で染めていた。

その光景に欲情する暇はない。というより、思春はそこまで堕ちてはいない。今のところ…

 

「本当にすまない…今から洗い流してやるからな」

 

言いながら湯を張ったタライを取ろうとする思春の手を一刀が止める。

 

「それじゃもったいないから、このまま洗うよ!」

 

もったいないというのはわかるが、このままと言うのはどういうことか?…そのままだった。

 

普通なら掬い取って手に移し直して使うところなのだが、一刀はそれをせず、

ソープのかかった胸を、腹を、息子を、太腿を…抱きつきながらこすりつけてくるではないか!?

 

これが男女の立場が逆であれば、「当たってるよ!?」「当ててるのよ」となる?だろう…

一刀がショタでなければ、一瞬で手錠ものだろう…それ以前に、蓮華がいないために即鈴の音か…

だが、相手はショタ一刀。力任せに退かせることも出来ず、もはやされるがまま。

 

他の一般客からは、子供に纏わり疲れて困りつつも嬉しく思う姉か親に見え、

影から窺っていた将達には、一刀に全身を駆使して懐かれる思春を羨ましく思わせている。

が、当の本人は一刀のサラサラスベスベプニプニの白肌+ソープのぬるぬるの感触に、

頭の中は真っ白、止めようとか欠片も考えられない状況。

 

その後、前上半身、右足左足と洗っていき、やがて終わりが近付き、

一刀の手が内股に這わされた時点で、口を押さえなければ声を上げてしまいそうなまでの感覚が襲い、

そして最後、最も敏感な箇所、女性の秘所に及んだ所で…思春は意識を手放した…

 

 

 

気がつくと、思春は寝着に着替えさせられた状態で、宿の自分に宛がわれた部屋の寝台にいた。

起き上がろうとすると腕に重みを感じ、見ると一刀が思春の腕を抱き枕にして寝ていた。

 

「やっと気がついたか」

 

第三者の声が聞こえ、声が聞こえた方を向くと、祭が椅子に座っていた。

 

「祭様…」

 

「全く、一刀に身体を洗ってもらっておいて悶絶するなど情けないわ」

 

「ぐっ…し、しかし、あの感触に耐えるなどとても…」

 

「それ程のものだったのか?ならば、やはりワシも洗ってもらいたかったのぅ」

 

「私の後に頼めば、一刀も承諾してくれたのでは?」

 

「それがのう、頼んでみたのじゃが「のぼせちゃったお姉ちゃんをほうっておけないの!」と言われて断られてしまったわ」

 

「…そうか」

 

一刀の性格を考えれば、頼めば断ることは無いと思うが、それでも自分を優先してくれたことを嬉しく感じる。

腕に抱きつきながら眠る一刀を、思春は優しい笑みを浮かべながら撫でる。

それを見て、これ以上ここにいるのは無粋と判断し、祭は退出した。

 

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『思春の寝着』

 

祭三日目の朝、寝着の浴衣のまま思春と一刀は朝食を取った。

 

宿備え付けの浴衣は、現代の旅館と同じようなものと考えてください。

着心地寝心地を考慮して素材はそれなりによく、着方も袖を通して身体の前で重ねて帯で締める簡素なもの。

幼児子供大人用と大きさは様々だが、デザインは共通して手が四本余裕で通せる風通しの良い袖に、

肩から足首の少し上まである胴体部。

 

ミニスカ?を(スタイルから)愛用する思春にとって、普段晒しているおみ足が覆われているのは少々落ち着かなかったが、

材質は良いので良しとした。何より、お揃いの服を着て喜ぶ一刀を見ていると些細なことだと思える。

が、そのときは別であった…

 

 

「下着泥棒よ!つかまえて!!」

 

朝食を済ませてから部屋に戻ろうとしたところで宿全体に響き渡りそうな女性の甲高い声。

声の方に振り返ると、いかにもと言った感じの男が両手に女性の下着を数着握り、更には頭に被ってまでいた。

下着の窃盗、それだけでも女性にとって怒りはかなりのものだが、思春にとって更に怒らせる要素が。

男が頭に被っている下着、それは何度か目にする機会があるもの、あろうことか思春の主、蓮華のものであった!?

鈴音はあいにく部屋に置いて来ているが、下着泥相手には武器が無くとも遅れを取ることはない。

 

「下郎!そこで止まれ!!」

 

一刀を壁に寄せて、思春は下着ドロの進路を塞ぐように立ち塞がる。

前は思春、後ろは盗まれた下着の持ち主達。どちらもたやすく抜けるものではない。

素早く判断した下着ドロは残る逃走ルート、窓から飛び出た。

今いる階は二階、窓の直ぐ前は屋根があるために、着地を失敗しなければ怪我を負う要素は無い。

窓から乗り出してみると、下着ドロは背を向けて屋根の上を走り出す。それを追おうと思春も窓から飛び出す。が、

 

「ぬっ!?」

 

いつものように、着地と同時に姿勢を低くして常人よりも速い速度で移動しようとするが、

着地の時点で姿勢を低くする為に足を広げようとした所、浴衣で足が思うように開くことが出来ずに、

着地姿勢を崩し足を滑らせ屋根を転げる。下手をすればそのまま屋根から転げ落ちてしまうが、

思春は隠密に長けた武人、すぐさま姿勢を治してバランスを取って屋根の上に立つ。

 

外してしまった視線を向けなおそうと前を見るが、屋根の上には下着ドロの姿は既に無い。

宿の中に戻るはずは無いと屋根の下を見てみると、飛び降りた直後の下着ドロの姿があった。

両手が下着で塞がっている為に手を突いて着地することが出来ず、下着ドロは丸まって転げていた。

 

この位置ならば、直ぐに追いかければ追いつくと判断し自分も屋根を降りようとする。

が、つい先程普段とは違う服を着ているためにいつものように動けないことを思い出した思春は、

浴衣から片足だけを完全にさらけ出す。

片足が自由に開け動かすことが出来れば、もう片方が浴衣で覆われていようと支障は無い。

 

服を直し屋根から飛び降り、そこそこいる通行人達をすり抜けるように下着ドロを追い始める。

すり抜けていく思春に対し、下着ドロは両手が塞がった状態で通行人たちを掻き分け押しのけて進んでいた為に、

数秒足らずでその姿を確認できた。そして跳躍すれば取り押さえられる位置まで追いつき、跳び抑えようとしたその時、

 

「お姉ちゃんたちのパンツかえせーーー!」

 

屋根の上から聞き覚えのある声。慌てて上を振り向くと、一刀が屋根から飛び降りた所だった。

それを見た思春は一瞬で思考を切り替え、下着ドロを追うことを忘れて一刀を受け止めようと駆け出す。

一刀は手を頭上に構えて、頭から飛び込むような形で飛び降りている。

着地と同時に前転して衝撃を流せばダメージは軽減できるが、子供の一刀にその様な芸当が出来るとは思えない。

若干焦りながら足を速めて一刀の下へ向かう。

 

「(間に合え!?)」

 

 

流石にあれほど大声で接近を告げていれば存在に気付く。

下着ドロは斜め上後方から聞こえた声の主を確認しようと、足を若干緩めながら後ろを振り向く。

 

それが幸いし、一刀は地面にダイブすることにはならなかった。

一刀が伸ばした手は下着ドロのズボンを掴むことに成功していた。

が、落下の勢いは殺すことは出来ず、勢いを緩めながらも一刀は落下を続ける。

結果、一刀は地面に落ちた。下着ドロの着ていたズボンと下着と共に…

それに対する一刀の感想は…

 

「…お父さんよりも…ちっっちゃい?」

 

でした。周囲で見ていた者達は、突然往来で下半身を晒した光景に呆然としていたが、

その内の数人が、一刀の発言に吹き出した。

 

「…て、てんめぇえ!このガキがぁぁああ!!#」

 

男性の象徴をさらけ出された上に侮辱された羞恥と怒りから、両拳を振り上げて一刀に殴りかかろうとする。が、

 

「沈め」

 

拳を振り下ろす間も無く、一刀が痛みを恐れて構えるまでも無く、

そのスラリとした足により繰り出されたジャンピングボレーキックが顔面に打ち込まれた。

蹴りの勢いそのままに空中で回転し、屈むように着地しながら一刀を起しにかかる。

 

「大丈夫だったか、一刀?」

 

「うん、ボクは大丈夫だったけど…お姉ちゃんは?」

 

「私か?この通り何も無いが」

 

「え〜。さっきやねの上でこけそうになってたのに?」

 

「…ぁ、あれは服がいけなかったのだ」

 

「へ〜。それじゃかいに行こう!」

 

「何をだ?」

 

「うごいてもこけない、ねる時にもきられるふくを!」

 

 

こうして、今日の予定が決まった。

 

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と、言うわけで。やってきました衣類店。

 

店の寝着をそろえている一画、パジャマ・浴衣・ネグリジェ・キャミソールと多種にわたりそろえている中、思春が探すのは動きやすい寝着。

 

細かく指定するならば…

全体の厚さ、材質に関しては特になし。思春くらいの腕があれば動けるならば問題にはならない。

むしろ厚過ぎて動きが遅くなる方が問題。かといって柔らかすぎるのはダメ。

袖は肩から手首まであり、広さは亞莎のように隠し武器があるわけでもないので特に指摘なし。

裾は足の開閉運動が阻害されないように膝上15cm。下着が見える点はスルー。敢えて言うなら…褌だから!!

 

以上の要望を一刀に伝えた後、二人は別れて店内を散策する。

数十分探し回り、思春はいくつか候補を挙げたが、どれもピンと来なかった。

そうして悩む思春の耳に一人の男の子の声が届く。

 

「お姉ちゃーん!みーつーけーたーよーーー!!」

 

見つけられたことがよほど嬉しかったのか、店全体に響き渡りそうな声を上げる一刀。

苦笑しながら一刀の声の発生源と思われるところへ向かい、彼が見つけた商品を見て…?を浮かべた。

 

二人の前におかれているものの商品名は…『猥者通(わいしゃつ)』。

字だけを見ればいやらしいものか?と考えるが、見た限りその様な感じはしない。

純白でサラサラとしながらもパリッとした生地は、外見もさわり心地も上質であることがわかる。

これほど物であれば、正装・礼装としても問題ないだろう。と、この部分で思春は思い出す。

詳しくは知らないが、天には男性の服で”たきしいど”や”すうつ”、”執事服”というものがあり、

これらの服を着る際この猥者通なるものを着ていたのでは?と。

 

「一刀…これは確か男が着る物ではなかったか?」

 

この一画は間違いなく”女性用”寝着のコーナーなので、置いてある商品も間違いなく女性用のはず。

だが、確認せずにはいられなかった。

 

「でも、ボクのお母さんも時々これ着てねてたよ」

 

「ぬ、そうなのか」

 

「うん、それにね!お母さんがこれを着てお父さんといっしょにねるとね、

 次の日のあさ、お母さんがげんきでお肌もツヤツヤになるの!!」

 

「……」

 

「お父さんは、なんでかつかれちゃってたけど…なんでかな?」

 

「…………」

 

子供である一刀は分らずとも不思議ではない、むしろ知ってる方が問題だ。

成人と成り、ある程度ソッチ方面の知識があれば、大よそのことを察することが出来てしまう。

が、まさかそういう目的でこれを売るなどということは無いだろうと思いながら、少し脇にあった商品の説明を読む。

 

『猥者通:

 本商品は通常男性が正装・礼装等の際に着るものですが、

 女性の場合は寝着として使えます。というより、女性の場合は寝着としてが正しい使い方です!

 幼女が成人男性の寸法のものを着用すれば、体格差故に出来るブカブカ感が男性の保護欲を掻き立る!

 成人女性が着用すれば、男性の衣類との違いより、男性に無い女性が有する身体の膨らみが強調され、

 それに裾の部分が引き上げられて、見えそうで見えないという絶対領域を確立させ、観る男性を悩殺!

 男性が着古したものを着用すれば、愛しの男性の温もりに包まれながら、

 心温かく安らかに眠ることが出来るでしょう…』

 

説明書きを読み、思春は顔を引きつらせる。隠すまでも無くソッチ系だった。

デザインや機能、材質を見れば、確かに思春の要望通りだったが、書いている内容がこれでは…

流石にこれは、と思い一刀に視線を向けると、見つけたことを褒めてもらえるかもという期待と、

短くない沈黙から、もしかしてダメだったのか、という不安が混ざった視線を向けていた。

決めあぐね迷う時間が長くなるほどその視線は強くなる。

 

結局、思春が折れてそれを買うことになった。

説明書にそう書いてあるだけであって、自分の目的はそうではないと言い聞かせながら会計に持っていく。

会計の女性が少しニヤリと、視線で頑張って下さいねと告げていたが気にしない。

これを買ったことで、見つけてきた一刀が喜んでいるのだから良し、と結論付けて購入。

 

 

 

夜になり、早速わいしゃつを着用。本来は男性用ということで少々不安だったが、

着心地も、軽く動いてみても予想以上に機能性も良く、一刀も「かっこいいよー」と評してくれたので、

説明書のことは忘れて、一刀と共に床につく。

 

 

その深夜…思春は下半身に異変を感じ、布団を捲る。そこには、内股に顔を埋めながら頬ずりし、

「ムニャ…スベシュベ〜…ムニュ…イイニオー…クー…zzZ」と寝言をもらす一刀がいた。

 

この状態は自分にも、一刀の教育上も問題があるので、

起さないように注意しながら、一刀の眠る位置を動かし、頭の位置を自分の胸元へ。

寝相で動かないよう、余り苦しくないように力を加減して一刀を抱きしめる。それに対し、一刀も抱き返してくる。

 

一刀の温もりを胸に抱きながら心地よく眠れる為、明日以降もこうして眠ろうと決める思春であった。

 

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『見習い楽士・思春』

 

祭の四日目の夜、思春は少々困った状況に追い込まれていた。

 

この日も、一刀と共に祭を回り、晩飯・入浴を済ませてから明日に備えてもう寝ようかというとき、

祭のテンションが後を引いているのか、一刀に中々睡魔が訪れていなかった。

 

とりあえず、横になって目を閉じていればその内寝るだろうと考えて寝台に寝かせてみるが、

十数秒もしないうちに身体を起して「…ねむれな〜い」と起き上がる。

自分が抱きしめながらならば起き上がれないだろうと考え、抱きしめながら一緒に寝てみるが、

自分の腕の中でもぞもぞと寝返りを打ったり動き回る為、むしろ自分が眠れなくなった。

 

ここで寝物語でも聞かせられたらと思うが、生憎その様な都合のいい話を思春は持ち合わせていない。

ではどうするかと考えた所で…部屋の片隅においてあるとあるものが視界に入る。

それを見た思春は案が浮かんだ。

 

「…一刀」

 

「なぁに?」

 

「少々隣の部屋にお邪魔させてもらおうか」

 

…………………………………………

 

 

「…こんな夜遅くに誰かと思えば思春か」

 

「夜分遅くに申し訳ありません、冥琳様」

 

「メイリンお姉ちゃん、こんばんはー」

 

「ああ、こんばんは。取りあえず中に入れ」

 

思春の行き先は隣の部屋に泊まっている冥琳の部屋だった。

二人を招きいれた冥琳は三人分の茶を入れて二人に差し出す。

口をつけ、茶の熱さに思わず口を離し、次いで必要以上にフーフーと繰り返す一刀を微笑ましく見守りながら、

冥琳は来訪の理由を思春から聞く。

 

「なるほど、そういうわけだったか」

 

「はい。ここ最近は此度の祭に赴く為に仕事に明け暮れ、

 ここに来てからも一刀の世話で余り機会が無かったので、丁度良いかと」

 

「そうだな。わたしも同じような感じだな。では、早速始めようか」

 

「はい。それでは一刀」

 

「ズズズ…ん〜?」

 

「これより冥琳様と私とで楽を奏でるので、聴いてもらえるか?」

 

「がく?かなでる?」

 

「ああ、言い方が難しかったか…楽器を演奏するということだ」

 

「ぉおお〜!お姉ちゃんなにか出来るの!?」

 

「ああ。未だ未熟ではあるが…聴いてもらえるか?」

 

「うん!ききたいききたい!」

 

「では…」

 

言いながら、彼女の上半身より少し大き目の、半月型のなにかから、

それを包む布袋を外し肩に構える。それは少々形が変わった、今風に言うとハープと呼ばれる楽器だった。

 

 

ポロロン…と全ての弦を往復して伝って低音から高音、高音から低音へと流れるように音を出して確かめる。

それに合わせる様に、冥琳も琴の弦を鳴らして高音から低音、低音から高音へと音を出す。

ただそれだけで、弦の調子など、二人の持つ楽器の状態を確認し問題が無いことを確認する。

 

 

そして、合図の目配せを一瞬交わして…その音楽が奏でられた…

 

-8ページ-

 

時には高く…時には低く…

 

その旋律は、小川の流れの如く穏かに…

 

音の一つ一つは、母親の優しい囁きのように安らぎを与える…

 

奏者二人は楽が奏で始められてから一言も言葉を発さず、瞳も閉じている…

 

だが、二人は目で弦を見て楽器を奏でているのではない…

 

二人の奏でる力、それは…想い…

 

この楽を聴く者に、この楽を捧げる相手に、一刀に安らぎをという想いを込めた子守唄…

 

心より生まれた想いは、奏者の手より楽器に伝い、楽器から音となって、音楽となって紡ぎだされる…

 

思春のハープと冥琳の琴、二つの楽器の音は重なり合い、一刀の耳に、一刀の心に響き渡る…

 

 

やがて時間は過ぎていき…

 

 

楽が止み…

 

 

いつしか一刀は穏かな寝息をたてていた…

 

-9ページ-

 

 

胡坐をかいた肩膝にハープを乗せて、もう片方の膝は一刀が枕にしていた。

部屋に来る前とはうって変わって静かになった一刀を微笑ましく思いながら、思春はその頭を撫でてやる。

 

「フム…最近はあまり手にしていなかったが、お互い腕は落ちてはいなかったようだな」

 

「いいえ、私など冥琳様と比べれば、まだまだ未熟…」

 

「謙遜するな。先程の楽、むしろ今まで共に奏でてきた中で最上と評しても良いだろう」

 

「…ありがとうございます。ですが、それは恐らく…」

 

普段見せないような、それこそ彼女の主人である蓮華でも滅多に見れない優しく穏かな笑みを浮かべながら、一刀を見下ろす。

それを追う様に、冥琳も一刀を見下ろす。

 

「そうだな。楽にしろ舞にしろ、何かを表現する類の技は、その者の心が大きく左右するものだ。

 だが、今まで思春はただただ音を覚えるなど技術的なことしか考えていなかっただろう?」

 

冥琳の指摘は図星だった。思春が縦琴、ハープを始めたきっかけは、

三国が平定し、それなりに平和になった世の中でとりえが武だけでは問題だろうということで、

皆なにかしら新しいことを始めたのだ。

 

そんな中、思春が始めたのがこのハープだ。

戦闘中でありながらも詩的に相手に殺害宣言(〜鈴の音は〜)出来るくらいの詩才はあったのだが、

残念ながらそちらに関する伸びは目覚しくなかった。

 

が、振るうたび斬るたびに音を発する”鈴音”を操る思春は、

限定的ながらも、その鈴の音を楽に出来るほどの才、音楽の才があった。

 

音楽の才を見出してから、何が一番思春にとってよいかいろいろ検討した所、ハープが合っていた。

 

それから後、同じ弦楽器を扱う冥琳の師事の下、腕を伸ばしていき、今に至る。

 

これまで、確かに腕は伸びてきたのだが、あくまで技術的な部分だけ。

誰かのために、何かのために奏で捧げるということが無かったので、

腕はかなりのものなのだが、心に響かせるようなことは出来なかった。

 

だが、今回は捧げる対象、一刀を想い、一刀の為に奏でたために、

それを聞く一刀に、聞いていた冥琳の心に安らぎを与えることが出来たのだ。

 

「どれだけ技術があろうと、想いが、心が込められていなければ、それは単なる音の羅列に過ぎない。

 想いを込め、心を込めて奏でて、それを伝えてこそ音楽となるのだ。

 それを常に心にとどめておくことだ」

 

「はい、ありがとうございます。それでは…一刀も寝たことですし、そろそろ失礼します」

 

「ああ、ゆっくり休め」

 

それぞれ楽器をしまい、片手でハープを、片手で一刀を起さないように注意しながら抱き抱える。

そして、部屋をでようと扉を開け、そこでふと気になったことを聞く。

 

「ところで…先程、冥琳様はどのような想いを込めて奏でたのですか?」

 

「っフ、共に奏でたのであればわかるだろう?」

 

「…そう、ですね」

 

冥琳が楽に込めた想い…それは、思春と同じく、『一刀に安らかな眠りを……』

 

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『必殺私事人(誤字にあらず)思春 VS 賊』

 

祭の五日目、今日も今日とて、一刀と共に祭を巡る思春。

コレといって希望要望のない思春は、何処に行くか何をするかは基本一刀任せにしている。

 

気持ちの向くままにあちこち移動する一刀の少し後ろから追いかける思春。

昨夜の子守唄による安眠効果によるものか、昨日一昨日よりもハイテンションにも見える。

 

そのはしゃぎぶりは思春でさえも後れを取るほどで、

体格差から、人ごみをすり抜けて移動する一刀に対し、

一般人に阻まれ、満足に動けないせいで、ついには思春は一刀の姿を見失ってしまった。

と言っても、時折人ごみの向こうから子供特有の甲高い声で一刀が声を上げていたので、

位置が分からなくなることは無かった。

 

が、位置が分っているだけであることに、この後後悔することとなる…

 

 

思春を置いて、立ち並ぶ店や披露される芸を見るために先行し、暫く見て飽きたら移動する。

移動のたびに、隣にいない思春に気付き、興奮が収まらず楽しげな様子で「お姉ちゃーーん!」と呼び、

それ程時間を空けずに傍に行く。気に入ったものがあれば、店員と交渉して購入。

その間に一刀は思春を置いて先行。

 

お陰で、毎回ではないが、一刀が呼ぶたびに手に持つ荷物が増えていく。

いかに武人として、隠密として鍛えている思春と言えど、祭で溢れる人ごみを掻き分けていくのも難しくなってくる。

 

一刀が楽しみ、そんな一刀を見て思春も楽しんでいると、過ぎていく時間は早くなり、あっという間に昼食時になる。

次に呼ばれて合流したら、一旦宿に戻り荷物を置いて昼食にしようと決めたところで一刀の呼ぶ声が聞こえた。

 

「お、お姉ちゃーーーーん!?」

 

だが、その声は今までのような楽しげなものではなく、助けを求めるようなものだった。

 

「騒ぐんじゃねぇ、このガキが!」

 

直後に聞こえる男の声。それを聞いた途端、思春は荷物を捨て、

人混みを押しのけて、一刀の所へと急行する。

そこには、賊と思しき男に刃を突きつけられながら捕まっている一刀の姿が。

助ける為に、懐から隠し短刀を抜き駆け寄る。が…

 

「おっとぉお!?」

 

「ッ!?」

 

突如、後頭部を強打され、意識は辛うじて保てたが、崩れていく体勢を支えられず、

地に伏してしまう。

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!?」

 

「危ねぇ危ねぇ、全く物騒なもん持ったネエチャンだな」

 

「ぉお、良く見りゃ上玉じゃねえか」

 

「だな、お〜い。そいつも連れて行こうぜ」

 

一刀ばかりに気を取られ、他に気づかなかった。

朦朧とする意識の中でも感じる複数の気配。その一部が自分に近付いてくる。

 

「あぶない!おね「うるせぇ、黙ってろ!」うっ………」

 

視界の隅で、一刀が気絶させられた。一刀を救おうと、一刀に手を出した者を屠ろうと起きようとするが、

再度後頭部に打撃を受け、意識を失いかける。その中で思春は考える。

賊の目的が何で、一刀をどうするかは不明。だが、このまま連れ去られるのは確実。

先程から賊の下種な視線とセリフから、自分も連れて行かれ、何かされるかもしれないが、

連れて行かれたらいかれたで、一刀の近くにいられるだろう。

拘束されようと、隠密で培った経験と知識から、拘束を破り脱出することは出来る。

ならばこのまま抵抗せず、一刀と共にいとうと決める。だと言うのに…

 

「オイ!警邏隊が来るぞ!!」

 

「チッ、早いな。まぁいい、目的のモンは手に入れたんだ。惜しいがそいつは置いていくぞ」

 

その言葉に賊達が離れて行き、裏露地に逃げていく。

後頭部を強打された思春は、意識を失わないようにしつつ、それを目で追うことしか出来なかった。

 

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思春が意識を完全に取り戻し、身体を動かせるに至ったのは、賊が去ってから十分ほど後だった。

現場には現在、賊の被害に会った人々とそれに対処対応する警邏隊と、

それを指揮する数人の将でてんやわんやしている。

 

そんな中、思春は賊と一刀の情報を探す。

一刀のことで頭が一杯だった上油断していたとは言え、自分の後ろを取った賊。

それなに腕のある奴であると考えるに、既に遠く離れた、

あの人数と一刀・盗品と共に隠れることが出来る場所にいると考えても良い。

 

数分かけて、賊の人数と逃げた方向の情報を得る。

直ぐにそこに行こうと足を進めようとしたところで、声がかかる。

 

「思春!あなた、こんな所にいたの?」

 

「蓮華様…」

 

「一刀君の世話があるから、てっきり宿かどこかにいると思ったけど…ところで、一刀君は?」

 

蓮華の口から出たその名前に、思春は表情を歪める。

 

「…蓮華様、賊による誘拐の被害は?」

 

「?子供が一人連れ去られたというのは聞いているけれど…まさか」

 

「はい…一刀です」

 

「なっ!?し、思春!貴女がついていながら」

 

「申し訳、申し訳ございません!!」

 

思わず声を荒げて詰め寄るが、まるで別人のように声を大きく、

必死に謝る思春を見て、幾分落ち着かせることが出来た。

少し冷静になって考えれば、今のこの状況で誰が一番辛いのかがわかる。

 

「すまない…考えもせずに詰め寄ってしまって…」

 

「いえ…私の油断で一刀が連れ去られてしまったのは事実です。

 何を言われようと…私は…」

 

互いに、その先を続けることも、続きを促すことも出来なかった。

が、このまま沈黙を続けるわけにも行かないので、蓮華は頭を切り替えて問う。

 

「思春、その後の一刀と賊の行方は?」

 

「ハッ。聞き込み調査で得られた情報では、賊の規模と逃走した方向、逃走経路が分りました」

 

「詳しく」

 

「人数は確認できただけで二十ほど。地元民が知る抜け道を通り侵入、逃走を果たしました。

 抜け道を通り入ろうとし、偶然そこを使おうとした賊を確認し、隠れた市民によると、

 奴らは森へ向かったとのことです」

 

「…そう」

 

「…蓮華様。私は直ちに一刀の救出、及び賊の殲滅に向かいます」

 

「な!?危険すぎるわ!相手は思春の不意を打てるほどなのでしょう」

 

「いえ、あれは私の油断。次はその様な愚行、決して犯しません」

 

「それでも…と言うより、ただちにということは、このまま行くつもりでしょう?」

 

「もちろんです」

 

「貴女…鈴音を持っていないじゃない!」

 

今の思春は武器と呼べるものを持っているようには見えない。

素手で対処することも出来るだろうが、人質がいる状況ではどうなるかわからない。

が、蓮華の指摘に対して、思春は表情を一変して告げる。

 

「ご心配なく。油断しなければ、先程の輩など剣を使うまでもありません。それに…」

 

「っ!?」

 

「やつ等には、黄泉路への道標を示してやる必要もありません。

 死の恐怖を感じさせた後、速やかに屠って見せましょう。

 それでは、失礼します」

 

冷ややかに、無感情に告げて去っていく思春を、蓮華は止めることができなかった。

 

 

「っハァハァ…あ、あれが、思春なの?」

 

 

自分の護衛であったのに、これまで感じた事が無かった、重く、冷たい濃厚な殺気を、

自分に向けられているわけではないのに感じてしまい、その場に佇むことしか出来なかった。

気を抜いていれば、後ずさり、へたり込んでいただろう。それほどの殺気を、思春は発していた…

 

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地元民に聞いた抜け道から街を出て、賊が逃げたといわれた森へと向かう。

 

森に近付くと、木の陰に見張りの賊を確認した。

先に気配を察知し、隠密で鍛えた長距離からの視力で見るに、相手は未だ思春に気付いていない。

 

先手を打つために、気配を殺しながら射程距離に入った思春は、

後頭部で髪を団子にまとめている所から一本の針を抜き出す。

針を取り、構え、急所の一点に狙いを定めて…投擲。

 

音も無く、風の影響も受けず、飛来した針は狙い違わず突き刺さる。

 

「…え?」

 

痛覚は一瞬。身体に刺さった針を認識した直後、見張りの賊は倒れる。

飛ばした針を回収し先に進もうとした所で、森の中から人が近付く気配を感じ、

急ぎ跳躍し木の枝に飛び乗る。

 

「ん?…おい、どうした!?」

 

少し待つと、別の賊が現れ、倒れている見張り役だった者に近づく。

軽く揺するが反応無し。首に指を当ててみるも脈動も無し。

死んでいることを確認し、敵が来たことを報せる為に振り返り進もうとする。

 

その眼前に思春が降り立ち、立ち塞がる。

突如現れた思春に驚き硬直したその一瞬、思春は首の横から針を貫通させる。

 

激痛を通り越した痛みは、針の刺さった首から全体に伝わり、

どうにかしようと手を伸ばすが、抵抗はそこまで。

急所に受けた必殺の一針に、賊は瞬く間に屍となった。

 

 

屍となった賊達を後にし、暫く進むと、今度は複数人の賊が近付いてくるのを確認。

現在針は一本しかないので、針での殺傷では一人ずつで無ければ倒せない。

それでは時間を喰ってしまう。

ならばと…思春は次の武器を取り出す。

 

袖に手を入れ、何かを握りながら引き出す。

一見何も持っていないように見えるが、木々の間からこぼれる光を反射して、

袖の中から握り締める手にかけて光が繋がる。

 

その正体は、鋼糸と呼ばれる糸。

ただの糸ではなく、変形自在という糸の特性に加え、

人間一人を持ち上げようと千切れることの無い強固さを持ち、

その細さから生まれる鋭さは、使用者によっては人の皮肉を切り裂く斬撃にもなる。

 

現時点で所持している糸は両袖に二本ずつ、対する眼前の敵は八人。

一人でも逃せば後が面倒になるが、この人数であれば全員一度にやれると判断し、思春は動き出す。

 

音も気配も消し去りながら木の上を移動し、賊達の上に移動すると、

糸の両端を伸ばして、賊に向けて投げる。

まるで生きているかのように四本の糸の両端、計八本の糸が賊達の首に巻きつく。

首の異変に気付くも既に遅く、糸が巻きついた瞬間、思春は糸を張りながら木から飛び降りる。

糸が引っ張られ、首に巻きつく力が急激に増し、身体が持ち上がる。

 

首が絞められているので声もまともに発せず、

解こうとするも糸は皮に食い込むほど強く巻きついているため触れることすら難しい。

糸を切ろうとするが、腰に下げた武器をとろうと手を下ろせば、

僅かではあるが体重が下に掛けられ苦しさが増し、手に持っていたとしても、

首が絞められる痛み苦しみと呼吸困難により、まともな判断が出来ず、

糸が細すぎて視認することすら難しく、糸そのものも簡単に切れるほど弱くは無い。

 

動くほど、暴れるほど締められる力が増してもがき苦しむ賊を尻目に、

思春は四本の糸を地面まで引き下ろし、もう片方の手で八本の糸を握り締め…引く。

 

一瞬の一際高い呻き声を最後に、賊達は死に絶えた。

 

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その後も、気配を殺し、音も無く賊を屠りながら進み、ついに根城と思しき廃屋にたどり着く。

感じる気配は外に四、中に二。中の内片方は弱く小さいことから、これが一刀で有ると判断する。

 

まずは外の四人、普通ならば壁を背に見張る所だが、今は全員が隣り合わせになり四方に注意を向けている。

恐らく、先程まで思春が倒した賊達が一向に戻らないことから警戒しているのだろうが、

思春が襲おうとしているのは、前後左右の四方ではなく、上。

四人の死角、頭上から襲う思春には関係ない。

 

少々離れた位置から糸を伸ばし、首に絡める。

四人が異変に気付くが遅く、思春は糸を引き上げ、先程と同様に締首殺。

帰りを考え、一刀が肢体を見ずに済むように、賊を高い位置に吊るし上げて放置し、廃屋の中を窺う。

 

中の様子を確認した思春は舌打ちする。

どうやら、中からは四人の賊が不自然に引き上げられたのが見えたらしく、

一刀に武器を突きつけながら壁により窓や扉を警戒している。

 

そうして、一刀の現状をより正確に知ろうとしていると、

目ざとく、中の様子を窺おうとしていた思春に気付いた賊は一刀を引き寄せ、刃を突きつけ声を荒げる。

 

「おい!そこにいる奴、出てきやがれ!!」

 

ここで下手をすれば、人質となっている一刀に危険が及ぶと判断し、大人しく姿を現す。

 

「お姉ちゃん!!」

 

一刀にとって姉であり、母である思春の姿を見て、一刀は喜び、思春は微笑みを返す。

そのやり取りを見ていた賊はコレでもかというほどに表情を歪める。

 

「おいテメェ!俺の部下はどうした!?」

 

「フッ…気になるのなら見てくるが良い。人質は私が見ておこう」

 

「ざけんじゃねぇ!テメェ、俺達の要求が通らなかったら、

 こいつがどうなるのか分らねぇわけじゃねえだろ!?」

 

「生憎、貴様等に不意を打たれ意識を失っていたのでな。

 要求なぞ知らぬし、知ろうとも思わん。人質は勿論傷一つ無く返してもらうが」

 

思春は賭けに出ていた。

あからさまな挑発により自分に注意を向け、一刀を離し自分に向かって襲い掛かってくるように。

が、結果を待つより早く、

 

「…〜ガブっ!」

 

「ッッッてーーー!!?」

 

一刀が動いた。捕まれている手を思い切り噛み付き、

急な痛みに噛まれた腕を振り回し、刃を持っていた手が離れる。

 

その一瞬、刃を持つ手に針を飛ばす。

刺さった痛みに、賊は武器を落とす。

 

目の前に適がいる状況で武器を落としてしまい、一瞬混乱した後、

一刀を突き飛ばして再度武器を持とうと視線を落とすが、

視界に入ったのは自分の刃ではなく、迫り来る足だった。

 

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一刀が突き飛ばされるのを見た思春は即座に駆け寄り、間合いに入ると片足立ちになり、

上半身では一刀を抱きとめ、残る片足はダッシュの勢いをそのままに、

鞭のように足をしならせて蹴りを放っていた。

防ぐ間も無く、思春の蹴りは賊の顔面に直撃し、廃屋の壁をブチ破りながら吹き飛ばした。

片足立ちで蹴りを放ち終えた姿勢で、残身しながら問いかける。

 

「一刀、大丈夫だったか?」

 

「う、うん…お姉ちゃんは?」

 

「私はこの通りなんとも無いが?」

 

「だ、だって…お姉ちゃん。あたまゴッチンされてたおれちゃってたし…」

 

言いながら後頭部を優しく撫でてくる。正直、後頭部連続二回の痛みは未だ少々後を引いているが、

今は、一刀をすくえたことの喜びと、一刀の方が怖い思いをしたであろうにも関わらず、

自分のことを案じてくれる優しさがそれを上書きしていた。

 

「私は大丈夫だ。さぁ、早く帰ろうか」

 

言いながら、一刀を抱く腕を解くが、何故か一刀自身が思春に抱きつき離れる様子が無い。

 

「どうした?」

 

「…あのね、今日はずっとこうしてちゃダメ?」

 

離れたくないと言わんばかりに抱きつく力を込めてくる一刀に、思春は微笑を返す。

 

「ダメなわけがないだろう」

 

片腕を腰に、もう片方を背中に回して抱えなおすと、

一刀は丁度良い位置にきた頭を肩に乗せて更に強く抱きついてきた。

その背中をポスポスと叩きながら、思春は苦笑する。

幼少時から江賊として育ち、蓮華に引き抜かれた後は彼女の護衛として生きてきた。

その中で、自分でも分るほどに誰かに優しく接したことはあるだろうか。

いや、ない。

 

ここまで自分が変わったのは、言うまでも無く(子供状態の)一刀のお陰。

自分とは比べるほども無いくらいに弱く、脆く、儚い存在。

だが、だからこそ自分が護らねばならないと思える保護欲がかきたてられる。

そして、その姿勢こそ、誰かを護ることこそ、

未来を担う愛しい存在を護ることこそ、真に自分が目指していたものだと自覚するのであった。

 

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『(争奪)戦で楽を奏でよう』

 

祭の六日目、一刀と二人で一緒にいられる最終日。

この日は、朝起きたときから、一刀は思春に甘えていた。

 

普段は自分でやっているのに着替えをお願いされ、歩くときは決して手を離さず、

朝食時は思春の膝に座ってアーン合戦。アーンを自分からやるのにやや躊躇したものの、

今甘えてきているのは昨日のことが原因だと考え、ならば、一刀の甘えに応じてやろうと思い承諾した。

 

朝食を終えてから、部屋に戻って今日の予定を考えよう。と考えていたその時…

思春の真横を突風が通り過ぎた。その直後、

 

「あーーーれ〜〜〜……」

 

後方より遠ざかっていく一刀の声が聞こえた。

慌てて振り返ると、そこには小蓮のペット?である白虎の周々が一刀を連れ去っていた。

それを視界に入れた瞬間、簪代わりにさしていた飛針を抜き投げ放った。

針は身体の一箇所、とある神経に刺さったことで、周々の動きが彫像の如く固まった。

 

一刀を背に乗せたところで固められたので、対角上の片足ずつ2本立ち状態であったが、

バランスを崩すことなく、一刀も床に落ちることも無かった。

そんな周々に思春は近付く。

 

カツーン…カツーン…と、必要以上に足音を響かせながら、思春は真横を通り過ぎる。

そして、徐々に近付いてくる足音に汗がダラダラ、恐怖でプルプルする周々の背から、

一刀を抱き上げながら、言葉を放つ。

 

「周々…いくら一刀と遊びたいからといって、急に攫うようにしてはダメでは無いか。

 (大方小蓮様の指示なのだろうが…私から一刀を連れ去ろうとするなら…覚悟は良いのだな?)」

 

抱き上げ、抱きしめられている一刀には思春が優しく窘めているようにしか聞こえないが、

周々には、目が笑っていない微笑を浮かべながら、自分に向けて言葉を、

それも皆に聞こえる声ではなく、自分だけに向けられた副声だけがはっきりと聞こえた。

余りの恐怖に、思春達が立ち去り、針の拘束から解けた後も、暫く身動きが取れずにいた。

 

 

部屋に戻った思春は一刀と共に今日の予定を考えつつ、同時に先程の周々のことを考えていた。

飼いならされた周々は自分から人を連れ去ることなどしない。ならば、

先の行動は飼い主である小蓮の指示であろう。

 

単に自分も一刀と一緒にいたいがためか、或いは、昨日の賊騒ぎで人質にされた一刀の身を案じてか。

どちらにしても、祭期間中ずっと保護者として、姉として、親として一緒にいた自分から離されてしまうと予想し、

外出の際、思春は部屋においてある、あるものを持って出る。

 

-16ページ-

 

片手に部屋から持ち出したものを抱え、片手は一刀と手を繋ぎ歩くこと数分、

視線を感じた思春は立ち止まり辺りを見回す。

 

「どうしたの?お姉ちゃん」

 

「いや…誰かに見られているようでな」

 

「ぇえ!?見られてるって…だれに?」

 

「そこまでは…」

 

と、思春は言うが、予想はついている。

昨日の賊騒ぎがあってから警備は強化されたため、賊の類の可能性はほぼ無い。

ならば誰か?当然将達だろう。

いつでも、誰が現れても対処できるように思春は飛針を抜く。

支えを失い髪が下ろされるのを見て、一刀は不思議に思う。

 

「お、お姉ちゃん。もしかしてたたかうの?それとも、それを使うの?」

 

一刀が見た思春が髪を下ろすときは入浴時、就寝時、一刀救出の際の戦闘時、

それから、思春が抱えているのもを使うときだ。

 

「心配は無い。戦いはするが、これは訓練だ」

 

「くんれん?」

 

「ああ。私達、兵や将はいついかなるときでも戦えるように、

 突然しかけられることがある。今もそうだ」

 

「そ、そうなんだ」

 

「安心しろ一刀。お前は私が、必ず守る!」

 

叫びながら一刀を抱え針を飛ばす。飛ばした先には、矢じりを麻酔に変えられた矢があり、

狙い違わず迎撃できた。が、それに終わらず二本、三本と次の矢が向かってくる。

思春は袋に入れたままモノを振り回し矢を払う。

そこに向かってくる一つの影。その背から銀の光が伸びたのを見た思春は、

モノを持ち直して伸びてくる銀、魂切の一閃を受け止める。

 

甲高い音が辺りに響き、切り裂かれたことにより袋が切り落とされ、

中に入っていたもの、思春のハープが顕わになる。

 

「さて…一応聞こう。どういうつもりだ…明命?」

 

弦を挟んで、その向こうに見える魂切の持ち主、明命に向けて思春が問いかける。

 

「思春様、ご自分で仰っていたじゃないですか。これは訓練です」

 

「…なるほど。狙いは一刀か」

 

「はい。直に皆様が来られます。思春様お一人で守りきれるでしょうか?」

 

何時に無く、自分に対して挑発的な明命に対し、思春は冷ややかに返す。

 

「確かに。私とコレだけでは難しいかもしれんが…

 それ以外にも武器は、目の前にいるからな」

 

「な!?」

 

「我が傀儡となり、我が楽の調べに舞い狂え」

 

「しまっ!?」

 

思春の言うことを理解し、驚き硬直したその一瞬に、それは成った。

 

上部先端についたカバーがはずれ手甲となり、本体部は曲がり方がゆるく長さが伸びることで曲刀に、

曲刀の峰からは十数本の、弦であった鋼糸が伸び、糸の一本一本の先端には針が結ばれている。

十数の糸を巧みに操り、かわし逃れようとする明命を逃さず、針が次々と刺さる。

血は一切出ていないが、要所の神経に針を打たれた明命は、その動きを封じられた。

 

「う、動けません…」

 

「幻想(弦奏)傀儡…これにて、お前は私の武器手足となった」

 

その宣言を証明するように、接近しながら放たれる弓将達の第二派を、

弦を操り奏でることで、明命を動かし防いで見せた。

まさかの味方の裏切りに集まった面々は驚く。

 

「明命!この期に及んで裏切るか!?」

 

「さ、祭様〜!これは私の意思ではありませーーん!!」

 

「なに?」

 

必死な否定の言葉に全員の動きが止まり、呉の面々は思春を、

彼女が持つ武器を見て納得する。

 

「思春、貴女ね?」

 

「はい蓮華様。一刀を守るために、明命は私の配下に置きました」

 

「先行して明命一人で活かせたのが仇となったわね…

 思春、私達の目的はわかっているわね」

 

「はい」

 

「それに刃向かうと?」

 

「…はい。私は一時であろうと、一刀と放れることを望みません」

 

「そう…では、覚悟は良いわね」

 

「そちらこそ…我が桜華守斗羅(おうけすとら)が紡ぎ奏でし楽の音を、

 黄泉路へ誘う送冥歌として、お逝きください」

 

その宣言を皮切りに、思春V将全員(-1)の一刀争奪戦が始まった…

 

-17ページ-

 

『特殊戦法 其の一』

 

思春がまず狙ったのは弓将。一旦集合してから来た為か、全員がある程度固まっているが、

複数の方向から矢を射られると対処が難しくなり、隙も出来る。

 

他への対応もしつつ、傀儡明命と連携して思春は弓将達を追い立てていた。

それが暫く続き、弓将の面々が疲弊してきたとき、祭はあることに気付く。

 

「くっ…おい明命!」

 

「な、なんでしょうか祭様!?」

 

「おぬし、先程から動きの切れがよくなっておらんか?」

 

「うっ!?」

 

祭の指摘に、明命が詰まる。

 

針と糸により神経から動きを操られているとは言え、自意識ははっきりとし、

全神経の制御を奪われているわけではないのだから、普段どおりの動きは出来ないはずである。

実際、最初の方は自分で自分の動きを抑えているような動きを見せていた。

だが、暫く経つうちに、むしろ自分の意思で動いている節が見られた。

 

自分の意思で動いているのでは?という祭の予想・指摘は実は…あっていた。

 

明命が対処して(されられて)いたメンバーは弓将と他数人、

その者らには、共通する”ある部分”があった。それは…巨乳。

 

三国が平定し、平和になり、余裕が出来た為か、感情豊かになり、それを表に出すようになった者は意外と多い。

明命もその一人であり、一番の変化は…コンプレックスを表に出したことだ。

そのコンプレックスとは、自身の体型、控えめな胸囲だ。

 

相手が王だろうが上司だろうが他国の者だろうが、胸の話題になり、

相手が巨乳だと、礼儀や態度など構わずに、嫉妬し訴えるようになった。

 

そして今回。戦闘という身体が大きく動かされる状況にあるために、

余計にその巨乳が強調されてしまい、それらを目の当たりにしまくった明命は、

徐々に嫉妬と羨望の念が高まっていき、表面上は操られて、

味方に攻撃させられていることへの苦渋の表情を浮かべながら、

内心は嬉々とし、コレ幸いにと巨乳勢に攻撃していた。

 

「そ、そ、そ、そんなわけないじゃありませんか!

 今の私は思春様に操られ「その思春はどこにおる?」……」

 

先程までは、常に二人の(強制)コンビネーションを組まされて動いていたが、

時間が経つにつれて明命が何故か自分の意思で動いているのに気付き、

現時点では操者である思春は離れた場所にいるのだ。

操る方法が糸と針であるということは今では全員が見抜いているが、

視力が良い弓将の目をもってしても、糸は確認できない。つまり…

 

「…明命」

 

「は、はい!?」

 

「少し…おハナシしようかの?」

 

「は、はぅわぁぁ…」

 

その後、自分の意思で襲い掛かってきていたことへの報復と、それに抵抗し足掻く明命の相打ちにより、

弓将(小蓮除く)+数人の巨乳将+明命が脱落した。

 

-18ページ-

 

『特殊戦法 其の二』

 

一刀争奪戦には将の全員が参加している。つまり、非戦闘員であるはずの軍師やメイドもいるのだ。

一応、そのメンバーも戦乱の世の中であった為に最低限自衛できるだけの訓練は受けている。

だが、あくまで最低限。対して思春は生粋の武将。狙われたら瞬く間に無力化されるだろう。

それをカバーする為に、それらの者を守るために武将がつく。

その一組、一刀と一緒に過ごしたいがためにこの場にいる桃香と、

彼女を守る焔耶と思春は対峙していた。

 

「桃香様!この焔耶、必ずや貴女様を守り、そして一刀を手に入れて見せます!!」

 

「うん、お願いね。焔耶ちゃん!」

 

「お任せを、ぅうおらーーー!!」

 

言いながら、鈍砕骨をいつも以上に振るいまくる。

明命の二の舞となり、操られ味方に襲わせられないようにする為だ。

 

守る対象、桃香が操られる可能性もあるが、その場合ならば、

不本意では有るが、自身が無力化させる自信がある。そう考えていたが…

 

豪快な猛攻をかいくぐり、思春が接近し数本の針を投げてくる。

必死に振るってそれを防ぐが、そのうちの一本が桃香に当たってしまった。

が、見た限りでは変化は無い。操られているようには見えないが、

確認のために視線を思春からはずし桃香に向ける。

故に気付かなかった。思春が針に繋がる鋼糸、弦を口元に寄せていることに…

 

「桃香様、大丈夫ですか!?」

 

「う、うん…ちょっとチクッとしたけど、特に何も…」

 

「申し訳ありません!!私がついていながら…」

 

「”そうだよね〜。アレだけ言っておきながらやられちゃったもんね〜”」

 

「………え?」

 

「え?え!?私…今、何を?」

 

謝罪の言葉に返されたのは、想像し得なかった罵倒の言葉。

予想外のことに唖然とする焔耶。相対する思春のことも忘れ、身体を桃香に向けると、

言った本人もオロオロしていた。

 

「と、桃香様…い、今、何と?」

 

「ま、待って焔耶ちゃん!今言ったのは”いつも私が思ってたことだよ!”

 ち、違うの!本当に”いつもいつも私のことを〜とか言いながらことごとく空回り。

 挙句の果てには返り討ちだもんね〜”って、なにこれーー!!?」

 

言葉を発する本人が一番驚き慌てているが、意思はともかく、

桃香の口から、桃香の声で、桃香の言葉で発せられる罵倒に、

次第に焔耶の表情が絶望に染まっていく。

その表情を見て必死に自身が発した言葉を否定しようとするが…

 

「焔耶ちゃん”の役立たず!”って、ぇぇえええ!?」

 

悲しくも、意に反して出てきたのは、必死になりかなりの大声になっての、

盛大な罵倒に変わった。それを真っ向から受けた、自他共に認める桃香命である焔耶は…

 

「…ぁ…あ…ぁぁぁぁあああああーーー!!?」

 

「え、焔耶ちゃーーん!しっかりしてーーー!?」

 

絶望の絶叫を上げ、血涙を流しながら崩れ落ちた。

 

「え、焔耶ちゃーーん!しっかりしてーーー!!?」

 

「ゎ、ゎた、わたしは…私はーーー!!!」

 

宥めようとする桃香と、その声も耳に入らず絶望に暮れる焔耶。

二人を後にし、桃香から針をはずし回収しながら、思春はつぶやく。

 

「弦操術派生”意図伝話”言葉の刃は、心を穿つ絶望の刃。

 耐えられるものなら…耐えて見せろ…」

 

 

その後、同様の方法で複数のグループを無力化していった。言葉の刃をもって…

 

-19ページ-

 

戦場の中で、各々の武器を楽器に、戦闘を音楽に、思春の武器を中心に、

その名前通りオーケストラが流れ響く。

 

咆哮は歌声・管楽器、交わる剣戟は琴楽器、手甲の打撃は打楽器、操る鋼糸は弦楽器。

指揮者は思春、奏者も思春、対する武将・智将は楽器であり聴者である。

 

そして、争奪戦が始まってから時間が経った今、大人数で演じられていたオーケストラは、楽器となる武器が、

それを操る将が、思春によって数を減らされたことによりその規模を小さくしている。

 

それでもオーケストラが続くのは、思春単身で複数の楽器を、複数一組の武器”桜華守斗羅”を扱っている為に、

オーケストラが途絶えることは無い。

 

一人、また一人と無力化されていき、ついに終局を迎える。締めくくりは…

 

「鈴の音は、我が奏でし送冥歌の終局。楽を身体に、音を耳に逝き候…」

 

鈴音の特徴を引き継いだ剣の一閃による、鈴の音をもって終わりを迎えた。

 

危険だがしかし、離れるわけにはいかないので、

思春の後腰にコアラよろしくしがみつかせていた一刀を下ろし、

桜華守斗羅を下のハープに戻すと、同時に争奪戦を見守っていた野次馬から盛大な拍手喝采が送られた。

行われていたのは戦闘だが、聞こえてくるのは楽の音。

流れてくるのは数十人の楽士(将)と楽器(武器)で繰り広げられたオーケストラ。

楽に心得の無いものでも、感じる迫力はすさまじく、

聴いていた者で称賛しないものはいなかった。

 

それを受ける思春だが、なによりも嬉しかったのは、一刀を取られまいとするために、

ある意味一刀の為に奏でていたものが、本人から褒められたことにより、

喜びは一層強くなった。

 

その喜びを胸に、思春は一刀の手をとり、一刀と二人きりでいられる最後の祭の日を楽しむ為に、

その場から立ち去った。自らが無力化しつくしていった将達を置き去りにして…

 

-20ページ-

 

〜解説〜

 

『思春の葛藤 前編』

初っぱなから出してしまった、”思春らしくないんじゃない?”て行動。

あの思春が…仕える主である蓮華を拒否した!?

それだけショタ一刀に萌えていたということで…

 

『思春の葛藤 後編』

普通だったら服をつかむところだが、つかむ服がない…

腰に抱きつくところだが、ジャンプでもしないと届かない…

ならば…目の前にある足に抱きつけばイイ!

…ショタだからこそ許されることですね。ふらやますぃい!?

 

『ドキっ!一刀君と一緒に入浴!!ヌルリもあるよ』

”ショタだからこそ許される”というフレーズを最大限に活かした話。

…規制にひっかからないよね?相手は子供だしね!?

 

『思春の寝着』

恋姫ファンの者ども…思春ファンの者ども…汝らに問う。

君たちは思春のどこに萌えている?

PS版では猫耳+グローブを着けていた。萌将伝ではメイド服を着ていた。

確かに、それはそれで萌えるだろう…

だが、俺はあえて言おう…思春の萌えポイントは…足であると!!

常日頃からさらけ出している生足…おみ足!

その萌えポイントを最大限に活かすコスといえば…Yシャツしかない!!

って思いで書きました。あくまで持論ですので…

Yシャツの当て字は、なるべくいやらしくしてみました(笑

 

『見習い楽士・思春』

あまり思春らしくないかな〜とは思いましたが、

実際書いてみて想像してみると…意外と似合ってる?

そう思い書きました。そんで、どの楽器を使うかに当たって、

オリ武器も、この繋がりで思いつきました。

「どれだけ技術があろうと〜」は適当に書きました…偉そうなこと言ってスマセン

 

『必殺私事人(誤字にあらず)思春 VS 賊』

誰かに依頼されたりとかではなく、完全に私情で動いているので”私事”です。

最近パチンコに行ったとき必殺仕事人の台で遊んで、

ムービー見たときktkrって思いましたね(笑

そしてそのまま採用。

 

『(争奪)戦で楽を奏でよう』

戦をいう場所で、戦を楽器に、戦の中で楽を奏でる。と複数の意味があります。

オリ武器の”桜華守斗羅”。元ネタはCLAMPさんの聖伝という漫画です。

仕事人ネタと併用して何かできないかと考えたところ、

昔読んだ聖伝にあったネタを思い出し、これなら、

思春らしくない所もあるが、そこまでイメージは崩れないかな?と考え、

オリ武器+話複数を考えつくことが出来ました。

…こんな思春はアリですか?

 

-21ページ-

 

〜あとがき〜

 

ショタ一刀のお祭巡り(思春編)いかがでしたでしょうか?

 

今回は、ショタだからこそ許される!?ってネタをふんだんに使ったつもりです(笑

 

おかげで規制にひっかからないかハラハラ…

 

真面目に、人によっては「こんなの思春じゃない!」てな所もあったかもですが、

 

自分は…あくまで自分はアリだと思ってます。

 

ではこの辺で。

 

現在の執筆状況は、SHUFFLE!の方がもう少しで出来そうです。

 

恋姫の方は明命√を書き出したところです。

 

他の√に関しては…それぞれネタはいくつか浮かんでるんですが、

 

それを文にするのと、祭期間中の他の日々を考えるのが難しくて…

 

ネタだけを投稿できれば楽なんですけどねぇ…

 

まぁ、死んだわけでも震災被害にあったわけでも執筆やめたわけでもないので。

 

気長に待って頂けたら幸いです。

 

それでは、また次回。

 

説明
忘れられた頃にやってくる…

皆さん久しぶり。ショタ一刀SSライターのMiTiです!

今回も楽しんで頂けたら幸いです。では、どうぞ…
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コメント
今さら更新に気付きました・・(-_-;) 相変わらずショタは面白いですwww(kaito)
お帰りなさい!このシリーズ、続きを待ってました。色んな思春を見れて良かったです。必殺私事人はカッコ良かった!(F458)
刃が食い込んでますね〜www(ポタポタ)   あれ?赤いもの・・・・(スパン)(銀雷)
ショタ一刀GJ!!(アロンアルファ)
首をながーーーーくして待っていましたw やっぱ面白いですねこのシリーズは(^^(天使 響)
お久しぶりです 思春、良いですよね あの生足は素晴らしい(悠なるかな)
18pエンヤ「自信が・・自身がある」→「自身が・・自信がある」だよね 勘違いだったらごめんなさい(パスカル)
オーケストラの当て字かっけー(パスカル)
お久しぶりです。待ってました。今回もラストのドタバタ劇おもしろかったです。(hall)
お久し振り、お元気でしたか?相変わらず破壊力抜群ですなぁ……毎度毎度、最後の大騒ぎが楽しみだったりします。取り敢えず、思春は可愛い。(峠崎丈二)
よし来た思春編!!しかし、裸Yシャツの思春ですか・・・(思考中)・・・・b(無言で親指グゥ!)!!そして、O☆HA☆NA☆SHIでしばらく姿を現さなかった明命であった・・・(ほわちゃーなマリア)
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真・恋姫†無双 ショタ一刀シリーズ 一刀 思春 

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