帥御の交わり(すいぎょのまじわり)
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これは紅霧異変が解決され、異変の主とその解決主が顔馴染みになってしばらくの頃の話である。

幻想郷の夜はとっぷりと更けていた。

今は草木も虫も眠る、丑三つの刻である。静謐を湛えた闇夜から足音が聞こえる。その音は、あまりにも微かな音なので、葉擦れの音と認識してもおかしくはない。

その足音はまるで辺りをうかがうように、紅魔館正門前の茂みで止んだ。正門には紅魔館最強の門番が、静かに門の傍らで佇んでいる。眉は凛々しくつり上がり、その口と目は、一文字に固くむすばれていた。要は立ったままおやすみ中である…。茂みから音もなく飛び出し門へと近づいた。右手に持つ箒を地面と垂直に構えると軽々敷地内に侵入を果たしたのであった。

月明かりに照らし出された姿は、齢十四、五ほどの少女である。頭には黒い丈高の三角帽で、そのブロンドの髪は月明かりでいっそう輝いていた。メイド服を彷彿とさせる白と黒を基調にした衣装は、目立たないためでなく、目立つ為という彼女なりのポリシーであるらしい。

 

正面の扉の鍵を器用に開けて、侵入者は目的地に向かっていった。入ってすぐの大広間からは多くの通路が伸び、目視ができる範囲でも八つ以上の通路がある。いずれの通路を行こうとも、どこも似たような風景の館内は、まさに迷路である。しかし白黒の彼女の歩みには一点の迷いもない。左手二つ目の通路へ行き、右へ、左へと通路は折れ、常人ならとうに方向感覚は喪失している。

そうこうしているうちに、ある大扉の前で足を止め、ポケットをまさぐった。その手には、細い棒が二本握られている。どうやら侵入者は目的地にたどり着いたようだ。

扉の取手に覆い被さると『ガチャリ…』と、重厚な金属音と共に鍵が空き、少女の口許がほころんだ。

その刹那、背後に気配が現れた。

 

「残念ながら今日はもう、閉館の時間よ?」

窓わきのチェストに腰かける悪魔(吸血鬼)の少女が、一身に月の光を背後から浴びそのシルエットを一段と際立たせていた。そして、少女の影に照らされた侵入者は、それまで自身に纏っていた緊張を一気に弛緩させ、見つかっちまったぜという声と共に立ち上がった。

「…図書館は万民に開かれておくべきだぜ?」

侵入者には、どうやら悪びれた様子はない。そして降参した様子もない。まるで、悪いのは知識を独占する貴女方だとでも言うかのように少女を見据えた。

対する相手は、子供にでも諭すように口を開く。

「ここは特殊な図書館でね。一般公開はされてないのよ?」

トーンを数段階落として、悪魔は続ける。

「…確か、あなたには多くの『図書返却の督促状』が送られているはずだけど?」

静かな怒りが空気をも慄かせる。しかし悪魔に睨まれても、白黒の少女が怯む事はない。

「そういえばそんなのが来ていたかもな。生憎、今日は忘れてしまってね。又出直すぜ。」

 

「…そう。」

溜息にも似た呟きを境に、強張った空気が一気に落ち着きを取り戻す。

「咲夜。」

吸血鬼の少女は、白黒から目を離さずに口を開いた。

「はい、お嬢様。」

咲夜と呼ばれた瀟洒な雰囲気を持つメイドが返事をする。メイドは、今まさに闇から現れたかの様に、月光の造りだした闇から忽然と現れた。

「お客様をお送りしてあげて」

と、礼儀正しく、そして優雅に白黒を指し示す。

あくまでも白黒は侵入者である。しかしながら、客人として送り出そうとするその対応には凛とした風格と威厳を備ている。まさに紅魔の主の風格であるとでもいうべきだろうか。

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白黒の少女は、咲夜と共に悪魔の横を悠然と通り過ぎた。メイドは小さな主人に軽く礼をして、白黒と共に正面口方面へと消えた。それを悪魔は見送ると、図書館の大扉のノブに手をかけ中に入る。大扉によって阻まれていた薄暗い図書館からは、カビた匂いと、防黴薬の妙に鼻につく独特の香りが漏れだした。

暗い中に一点の灯りが見えた。良く目を凝らせば奥には、机に向かう人影か居る。

―オレンジ色の灯りに照らし出されたその人物は、暖色の灯りを浴びているにも関わらず随分血色の良くない様子がはっきりと解る。

その眼前に広げられた本は人類が用いたことのない言語で記されており、その挿し絵は魔方陣や魔術めいた不気味な記述がなされている。一心に書物を読む様からは、どうやら外の騒ぎはその耳には届いていなかったようである。熱心に魔術書に目を通し、ぶつぶつと言いながら羊皮紙にペンを走らせている。

 

「ねぇ。パチエ?」

その言葉によって、ようやくパチェと呼ばれた血色の悪い人物は自己以外の存在に気付いた。

「…あら、レミィ?」

大方、予想通り。とでも言うように少しだけ肩をすくめた。

「その様子じゃ、気付いて無いみたいね」

レミィと呼ばれた悪魔は、先程起きた事を話はじめた。

 

 

「―――もう、鍵を変えてしまえばどう?」

突然のレミィの提案を、快くパチェは受け入れるかに思われた。

―――しかし―――

「結構よ。」

彼女は、これを即座に断った。

流石の悪魔も、運命を読む必要もなく答えは「是」であると考えていた。しかし、その返答は「否」であった。その為、悪魔は不覚にも豆鉄砲でも喰らったような顔をした。すぐさま落ち着きを取り戻した悪魔は、興味あり気に尋ねた。

「訳を。訊こうかしら。」

 

筆と、掛けていた眼鏡を、そっと机に置いた。まるで老人が遠い昔の思い出を語るが如く、述懐を楽しんでいるような、照れ隠しのような笑みを浮かべながら口を開く。

「この図書館の鍵が、私を大きく変えたのよ。」

パチェの説明は余りにも端的で抽象的であった為、悪魔は肩透しを喰らう。

「ふーん。それだけ?」

悪魔はどうにも納得がいかない様子で、次の話を促す。それに促されるように一呼吸置いてから、パチェは目を瞑り話しを始めた。

「そうねぇあれは―――

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――私は、魔法界では五大元素をつかさどる「原始の魔女」として魔法界や魔法学会にある一定の権威をもっていた――。

 

そして、いつものように研究をしていたそんな或る時。一匹の蝶が書斎に紛れ込んだ。完全に閉じ込んだ書斎内には紛れ込むという表現よりも現れたという方が正しいかもしれない。

その黄金に輝く蝶は、机に降り立つとパッと一通の招待状となった。

「…こんな事をするのはあいつね…。」

露骨に面倒臭そうにして、折り畳まれた招待状を開いた。

「何々…――

―拝啓

親愛なる、原始の魔女パチュリーノーレッジ卿

突然のお手紙失礼いたします。卿は、お変わりなく研究に熱中しておられると伺っております。研究にふけるのも誠によろしい事だとは存じ上げますが、お体に障るのではと心配しております。

さてこの度、拙宅にてささやかながら茶会を設けたく存じ上げますので、参加の程をお願い致したく連絡を差し上げた次第です。

 

“ニンゲンが見つけた新たな元素”について語らう予定ですので、原初の魔女である卿のお眼鏡にもかなうお話となるのではないでしょうか。

 

敬具

――――――。」

普段は無表情な魔女が、冷たく笑みを浮かべる。

「ふんっ。面白い参加してやろうじゃないの。」

いつもならば、返事も書かずに棄てていた。しかしながら、物質の五大元素を司る自らが、全く知らない元素があるという未知の情報に、状況に、すぐさま返信用の封筒に参加の意思を『上品』に書き込み“投函“しない訳にはいかなかった。彼女は根っからの研究者なのである。

瞬く間に”投函”を済ませ、魔女は部屋を後にする。書斎の机には、先ほど魔女から届いた手紙が残されていた。ソコには、先程読み上げられた際の貴品は欠片もない。

 

 

パチュリーノーレッジ卿

 

相変わらず引きこもっているそうだが、図書のカビが頭ん中まで生えちまってるんじゃないか?

研究研究って、引き籠ってても本にゃー書いてない事がいっぱいあるんだぜぇ?

今度、パーティーすっからよ来てくれよぉおぉ。こもりっぱなしのあんたは知らないだろうけど、ニンゲンの世界では新たな元素が見つかったんだぜぇ。しらねぇだろうけどなぁ(爆)。

その話をするからよぉ。きてくれよぉ。

 

無限の魔女

 

********************

 

今にも擦り切れてしまいそうな息遣いが聞こえる。

「書斎の外に出るのも久しぶりね。」

元来ぜんそく持ちな上に、運動の”う”の字すらした事のない彼女にとって、出かけてお茶会に参加するなど考えられない程の珍事である。その顔には大粒の脂汗と、いつも以上に血色を失い力無く歩いている。目的の場所が眼前に迫ったその時。

「おぉ…大丈夫ですかな大ノーレッジ卿」

魔女の背後から図太くも優雅な声がかけられた。

「おやおや、ずいぶん大変だったようですね。お荷物をお預かりいたします。」

声をかけてきたのは招待主(ヤツ)の使役している大悪魔である。タキシードを纏い招待主と違ってずいぶんと教養と品がある。

「お嬢様が、卿が道端で野たれ死んではいないかと心配しておられましたよ。プククク…」

そして、イヤミな小言も多いやつである。

「茶会はこちらの大部屋にて執り行っております。」

手際良く案内されたのは、大広間から近い大きな扉を備えた迎賓室である。衣服の乱れを確かめる間を置いた後に、静かで力強いノックが二度響く。

 

「お嬢様、大ノーレッジ卿が参られました」

大悪魔によってその大扉が開かれた。

 

「おおおおおおぉぉぉおおう。よく来たなぁ。余りにも遅いもんで、もう死んじまったかと思っっちまったぜぇえ?ノーレッジ卿。もう二回位供養しちまったよげひゃひゃひゃひゃ。熱いお茶も冷めちまったぜぇぇ。」

迷惑極まりない騒がしい歓迎をしてきたのは、無限の魔女張本人である。その下品な振る舞いには呆れて溜息さえ漏れる。

「大ベアトリーチェ卿。そんなのはどうでもいいわ。招待状にあった話を聞かせて頂戴。」

あなたの話でそれ以外の話は興味がない。と含ませた。

 

しかしながら、奔放な性格の招待主である。話は次々と飛び、本題の周りを旋回するかのごとく、かすめては離れかすめては離れを繰り返した。

「まぁ、そんなに慌てんなよぉニンゲンの世界にゃぁ、ある男が見つけた『愛』って元素があるんだよ。それでな、最近面白いやつに会ってなぁ、ある孤島の家具の話なんだが…―――(始めに口を開いてからもう、随分な時間の経過をしている。)―――…ってなわけで。げひゃひゃひゃひゃ。ゴミ屑のボロ雑巾にしてやったのよ。あの時の屈服させた顔を…。ん?どうなされた?大ノーレッジ卿?」

彼女は賢明で、そして頑迷な研究者である。もう、馬鹿話につきあうのも我慢の限界であったのだろう。

「お暇させてもらうわ。お茶美味しかったわ。」

すぐさま席を立ち、振り返りもせず行ってしまった。

「なんだよぉ。これからじゃねーぇかよぉぉ…。」

無限の魔女は唇を尖らせた。それとほぼ同時に背後から突然、大悪魔が現れた。恐らくずっと様子を窺っていたのだろう。現れてすぐに小言が飛んだ。

「お嬢様がなかなかお話にならないから、お怒りになって帰ってしまいましたな。」

イヤミに随分傷ついたのであろう。目に涙を溜め、膨れ面をした。

「わらわはそんなに話してはおらんぞっ…。」

無限の魔女には全く悪気がなかった為、少し拗ねた感じで目の前のクッキーをほうばった。その間にも大悪魔の小言は続く。

「卿ならば、論文を八本は書けるお時間、話しておいででしたよ。プクククク…。」

この言葉に益々、傷心を深めた魔女は、口の周りにクッキーカスを付けながら、更にふくれっ面をした。

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「来客の方はお帰りになったようね。」

またもや、突如として人ならざる者が現れた。今度は、美しい銀髪の優雅なドレスをまとった魔女である。

 

「……?」

現れた時の雰囲気がいつもと違うのである。…雰囲気からして、かつての弟子が拗ねているのであろう事は銀髪の魔女には解った。

また何をやらかしたのやら…と、考えがよぎる。

「お師匠様聴いておくれよーー」

味方が現れたとばかりに、背後に現れた銀髪の魔女に無限の魔女がすがりついた。

 

********************

 

 

ドサドサと何やら大きなものを移動させている音である。そしてバタムと閉じる音がした。

「こんなもんでしょう。」

そこにはすっかりと、息も絶え絶えの魔女がいたが、血色が幾分か良い様である。魔女のいる書斎の中は最早スッキリとしていた。

魔女の足元には少し大きめの旅行カバンが置いてある。しかし、到底、ここの蔵書をカバーできるものでは常識的にはない。しかしながら、外に持ち出したわけでも、廃棄したわけでもない。そしてカバンのしまる音は一つだけであった。

どのように詰め込んだかは解らないが、魔法によってカバンの中にこの蔵書がしまわれたのであろう。

「さてでかけますか。」

小さな本を片手に何やら呟くと、軽々と鞄は浮く。そして、魔女の後ろについて行き、書斎を後にした。

『パタン―、カチャリ――』と、扉と鍵のしまる音がする。

 

 

 

********************

 

人間界では魔法は常識的ではなく、もし人間界で使う場合は見つからないように使うのが魔法界の常識である。魔女が人間界に来ることはなかなか無い。たまに物好きが暇潰しに訪れるか、観光(悪戯)するくらいである。

しかし、パチュリーノーレッジと呼ばれた魔女は、そのどちらでもない。小耳に挟んだ新な元素を研究にきたのである。

彼女には同好の輩は居ないため、一人であの旅行鞄を抱えている。中にある膨大な質量は、魔法によってある程度荷物は軽くされている。そうはいえども、喘息持ちで、歩行さえ支障がある彼女にとって、手に持ってしかも歩いて移動するなどと言う行為は、過酷な運動としか言う他なかった。

人気のない所から町まで来る頃には、高かった日がもう殆ど日が沈みかけていた。朝の明るかった当初から、晴れてはいるが煤のようなもので空気が煤けている為随分と暗い。道々の草木からは生命力が感じられない。時折、頭蓋骨が道端からこちらの様子をうかがう程度である。

 

ようやくたどり着いた町も「活気」と云う字を辞書から放逐したかのように静かである。看板らしき物は見かけるが、文字が擦れて良く見えない上に、店先は閉じている。

一件だけ灯りが漏れ、声が聞こえた。今までの町の静けさに比べたら騒がしい位だ。

むせた木の板にノックをしてからドアを隔て一声かけた。

「今晩ここに止めていただけないでしょうか。」

あれほど騒がしかった中は、静まり返り、より静寂が耳に響いた。

素っ気なく扉が僅かに開けられ、訝しげな表情をした店主らしき人物が顔を覗かせる。

暫く品定めをするような目で、みてから終始怪訝な顔持ちの店主は無愛想に招き入れる。

「…どうぞ…こちらになります」

お世辞にも雰囲気がいいとは言えない。綺麗とも、寛げるともいえない。今にも床が抜けそうな階段を上がり、右奥にある部屋に通された

「…では、ごゆっくり。」

バタンッ――――――…。

そっけない挨拶と共に、そっけなく扉が閉められた。漸く魔女にとって魔法の解禁である。部屋の隅に旅行鞄を置き、取りだした一冊の本を開き、何かつぶやく。

 

その瞬間、部屋に明かりが燈った。

しつこい様だが、彼女は魔法界の住人で魔法専門の学者である。言い方を変えれば、人間界の住人ではなく科学にはめっぽう疎い。明かりや暖の取り方は一切知らない。

「これで、人心地ね。」

と、椅子にドカッと座り込む。

鞄にしまわれた本を小さな部屋いっぱいに広げ、机には実験道具と材料を山と積んだ。部屋には足の踏み場が消失したものの、書斎にあったものの二割も広げていない。

何故、こうまでして荷物を開封しているかと言えば、彼女にとって、一大事なのは本日、一回も研究を行っていないからである。少しでも研究成果をまとめ、真理を極めることを希求するのは彼女が根っからの研究者だからであろう。

 

階下が少し慌ただしくなっているのも彼女の耳には届いてはいない。ドタドタドタっと複数人が階段を勢いよく上がる音がする。ようやく魔女は雰囲気が変った事に気付いた。すぐさま部屋に広げたモノを片付け、魔法の展開を辞めた。灯りは魔力の供給を止められた事で、その輝きを失っていった。

その直後、ドアは蹴破られ黒いブカブカの服をまとった屈強な男たちが侵入してきた。手には「Bible」と書かれた本を持ち首には十字架を下げている。

魔法の使えない魔女はただの人に等しい。魔女は、牧師によって捕えられた。主の教えに背き冒涜した罪である。

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十八世紀には「魔女裁判」なるモノは姿を消しつつあった。しかしながら此処は小国の領邦であり、非常に統治が不安定であった。そのため為政者による魔女裁判という統制による圧政をしき、その統治を維持した国が、十八世紀にも存在したのである。

産業革命が興った大国であれば、魔女裁判は起こらなかったかもしれない。しかし、この領邦は産業の近代化もなされておらず、全てにおいて中世の名残を多く残していた。ここは、その外交力と大国の緩衝地としてようやく存在していたのである。大国に囲まれ領邦の富は流出、国土国民は疲弊しきっており、その不満のはけ口として”魔女”が選ばれたのであった。実際に魔女とされたのは、嫌われものや異邦人達である。

 

********************

 

魔女は、長い廊下の中ほどにある石の牢獄に放り込まれた。牢屋全体はほぼ長方形で、入口から視て左側に独房、右側は壁と独房一個につき一つの明かりが灯されている。目視はできないが、明かりの数から三十程の独房があることがわかる。現在は深夜である。さすがの異端審問官も夜間営業はやっていない。彼女の裁判は明朝からの予定だ。

夜間の石は酷く冷える。喘息持ちの彼女には辛く、普段の数倍息をするのが辛い。更に時折聞こえる水滴の音が更に寒さの輪郭を際立たせる。

鉄柵の前にある壁には小さな灯りがあり、それは酷く温かい色をしている。しかし、この場所を温かくするにはとてもとても力不足であった。

石牢の左の奥からは悲鳴が聞こえる。おそらく“魔女”が嬲られているのであろう。

「主を信じる者を傷つけてはならない。しかし、異教徒と魔女は別である。」先程、看守が口々に呟いていた。

 

 

随分たったあと看守たちは、満足したらしく右にある地下牢の入り口へとぞろぞろ向かっていったのである。

耳の奥に残るような酷く軋んだ音を立てて、錆びた扉が閉じられ錠前がかけられた。

――普通の魔女、まして彼女ほどの上級魔女にとっては、ここから脱出するなど簡単なはずである。しかし、彼女は喘息で呪文を唱え切ることは出来ないため、魔術書による補助が必要なのである。術式・理論・呪文・条件の全てを完璧に知っていても、発動のトリガーとなる呪文が唱えきれないのである――。

彼女にとってその補助である道具の一切は、宿である。あまりに急な出来事だったため、その一切を所有していない。つまり今、彼女はほぼ魔法を封じ込められたに等しいのである。

魔術書があれば火が無くても火を熾し、非金属から貴金属を生み出すことも、荒地に水や木を生み出すことも可能である。しかし魔術書がない今、無から有を生み出すことはおろか、ソースが無くては何らかの変化すらおこすことは出来ない。現在彼女の身近にある、ソースは目前の明かりだけである。辛そうにしながらも、試しに火の呪文を唱えた。

「…。」

しかし、喘息で正しく発声出来なかったため火は少しだけ勢いを増しただけである。

―――その時―――

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錠前の開く音もなく、酷く錆びた扉が音もなく開いた。同時に目の前の明かり以外、全てが立ち消えたのである。そして再び音もなく閉まった。その様子はここからは一切見えなかったが、明かりと風が地下牢の廊下を駆け抜けたのである。そして一つの明かりを残して闇が残された為そう判断したという方が正確であろう。

何事だろうと、石牢の中から入口の方へ眼をやった。明かりが一つしかない上に微かな灯りの為、長い廊下の先の地下牢入口まで光は届いてはいなかった。数メートル先からは何も見えない。

「……――。」

 

「…こんばんは――。」

 

突如、予期していなかった方向から声がかけられた。

自らの独房の中からである

 

声を辿ると、そこには小さな“少女”が立っていた。傍目から見ても、その少女が人外のモノである事はすぐに分かった。その”少女”の足元には、魔女の旅行鞄が置かれていた。

「はじめまして。紅い悪魔のレミリアスカーレットよ。」

「ッ!?」

すかさず魔女は警戒態勢に入った。突然自分の独房に自分の荷物現れたからである。当たり前だ。

「突然ごめんなさいね。実は、探し物をしていたの。」

どうやらどこかの馬鹿魔女とは違い常識はあるようである。しかし、いまいち意図が汲み取りきれず口を開いた。

「その『探し物』で、今のこの状況がどう説明できるのかしら?」

今思えば、魔女はまんまと悪魔の話術に載せられたのかもしれない。既に魔女は、悪魔の口から発せられる言葉に傾注している。

「探し物というのはね――貴女なの――。」

「――ッ?!」

前言は撤回する。馬鹿だった。意味が解らない。と、口を開きかねている最中も悪魔は淀む事無く話しを続ける。

「私の城にはね、とてつもなく大きな魔導図書館があるの。其の蔵書群は、私にとっては専門外で整理できずに放置されたままなの。」

すぐさま魔女はその文意から意図を察して、魔女は少し気分を害した。

「私がその下らない図書館の司書ごときとして、貴女に使役されろとでも?」

偉大な魔女から敵意を全開に向けられても、幼い悪魔は気にせずに続ける。これを聞けば、相手の怒りを買った点が、全くの些細なことになると知っているかのように。

 

 

「―ヴワル魔法図書館―あなたも聞いたことあるでしょ?」

 

「―――――ッ!」

魔女は、明らかにその血相を変えた。先ほどまでの怒りなどは露ほどもない。

「…あの、古今の魔導書のみならず、失われたグリモワ―ルや断絶した秘術についてさえの蔵書があるという……。」

――開いた口が塞がらない――理解が追いつかずに呆れるという表現がある。対して彼女は悪魔の言う事を完全に理解し、把握していた。しかし、余りにも唐突すぎて、感情の表現が追いつかないのである。これはひきこもりの性質のせいだけではない。

彼女にとって魔法界に現存する書物(大半は道楽魔女のための物語なのであるが、少数の学術書)の大部分は読んでしまったものであり、その限られた資料をもとに自身の研究を深めていったのである。近い将来ではないにしても、現存する魔導書だけでは彼女の研究にも限界があるとも思い始めていた。だからこそ彼女は、新たな要素を求め人間界までやってきたのである。

「ふふっ。ふふふふふ…。」

魔女は俯き、酷く自嘲気味に笑った。

「何がおかしいの?」

 

「…いえ。ただ、悪魔を使役するはずの魔女が、悪魔に使役されることになるなんてね…。」

魔女の顔からは屈辱・苦痛と言った類の感情は読み取ることは出来ない。むしろ何か清々しささえも感じさせられる。

 

「あら…私はあなたを隷属させたいわけではないわ。あなたには図書を活かす知識と技術がある。私は、あなたが研究できる環境と材料を提供し利用する。---いうなれば協力・共闘になるかしら?」

いかが?とでも言うように、悪魔は肩をすくめ、手のひらを魔女の前に差し出した。

魔女の表情も頭の中も澄み渡っている。

「面白いじゃないの。丁度、魔法界も人間界も退屈していたところよ。」

魔女は、悪魔の手をとり立ち上がった。

「「悪魔の契約成立ね。」」

互いに、クスクスと笑った。

 

ひとしきり笑ったあと、悪魔はポケットに手を入れる。

「そうそう、忘れないうちに。はい、これ。」

そう言って差し出された悪魔の手には、重厚な装飾の施された鍵が握られていた。

「これは、何?」

鍵は、対応する錠前があってこそ役に立つのだ。早合点はしてはならない。仮にも相手は悪魔なのだ。

「図書館の鍵よ。」

 

魔女は、その言葉と悪魔を見定め、真実だと確信し鍵を受け取った。

一方の悪魔は、鍵を渡すと同時に、足元にある荷物から距離をおいた。その所有権を持ち主に返したのである。悪魔は、魔女が荷物の中を確認し、着衣の乱れを魔法で整えたのを見届ける。準備が整ったと見ると、悪魔はやおら力を溢れさせ始めた。

「では、行きましょうか」

その言葉を合図にして紅い灯りが独房一杯になり、一迅の風が吹き抜けた。あっけ無く灯りは吹き消され、最後の灯りが消えた独房には、誰もいなくなった―。

?

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********************

遥かに高い書架には、手入れの行き届いた魔導書がテーマや著書別にカテゴライズされている。黴臭いこもった臭いはするものの、埃は無く綺麗に掃き清められている。

 

「えぇーっと、次は12279-53-64/Da。よいしょー。あぁ〜…重い…。」

昼のヴワル魔法図書館は、真夜中のそれとは打って変わって騒がしい。

「パ…、パ、パチュリー様。ご要望の本をお持ちいたしました。」

アワアワ言いながら、奥から山と積まれた本が現れた。魔導書の運搬者の顔は、もはや図書で見えない。

大量の図書を抱えて出てきたのは人ならざる者である。赤い髪を持ち、白いブラウスの上に、黒のツーピースを着て、細身でそれでいてグラマラス体躯をしている。人と異なるのは、頭にはコウモリのような羽を生やしている程度であるではあるのだが、人外の者である事には違いない。

「ご苦労様、小悪魔。ここにでも置いておいて。」

この小悪魔と呼ばれた女は、目の前の魔女に使役されているようだ。小悪魔は言われた通りに本を置き、魔女を見つめた。

あのぉ〜…。と、か細く、聞こえなかったり忙しかったりしたら無視しても構いませんと云うように小悪魔が問い掛けた。

どうやら、余裕があったようで作業をやめ、視線を小悪魔へと向けている。

「なにかしら?」

小悪魔にとっては、片手間程度に聴いてもらえればいいと思った。しかし、まともに対応して貰った事が意外だったようで、若干焦っている。

「え、いえっ。以前から少し気になっていたのですが、パチュリー様ほどの魔女なら、私のような低級悪魔では無く、もっと上級の悪魔を使役できるのでは無いでしょうか?」

魔女の口許から笑みかこぼれる。

「ふふふ。そのことね――。」

フイッっと前を向いて、机上に置いたペンをとって話を続けた。

「――私は貴女の仕事ぶりに大変満足しているし、それ以上の力を求めているわけではないわ。それに、大悪魔なんて使役しちゃったらあの人、拗ねちゃうもの。」

 

 

 

―おわり―

 

 

 

 

説明
先日例大祭8で配布しました。
紅魔館メンバーの草創期の話で、パチェとレミィのファーストコンタクトの話です。

漫画化できればいいんですけどね。大将の画力では、楽しさ・読む気五割引きなのでぇ…(笑)。
今回の挿絵は、テレレンガ・ワイルアのたうんず氏に書いていただきました。
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