罪悪の記憶
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青い空を流れる白い雲、小鳥はさえずり空を飛び回る。

そんなのどかで平和に見える青空の下、

優しい風にそよぐ野原を進む集団がいた。

その集団の先頭を歩くのは、

桃の印の入った鉢巻と羽織を身につけ、

腰に刀を差した桃太郎という少年。

 

彼が旅をするこの世界。

一見何事も無く平和そうな世界だが、

実は世界の中央に位置する海の上に存在する魔の島、『鬼が島』から

攻めてくる凶悪な鬼の軍団の脅威にさらされていた。

鬼達は村々の物資を奪ったり、建物を壊したり、中には

人や動物を平気で惨殺してしまう非道な鬼もいた。

そんな横暴な鬼達の手から、世界の平和を取り戻すために、

ただ一人立ち上がったのがこの桃太郎という少年だった。

 

桃から生まれたというこの桃太郎は普通の人間には無い不思議な力を持っており、

またその勇気も人一倍強かった。だからこそ彼は鬼退治を決意したのだ。

彼は旅の途中で、金太郎、浦島太郎、夜叉姫という三人の心強い仲間と出会い、

共に鬼退治の旅を続けている。

 

金太郎は熊をも投げ飛ばすほどの怪力を持つ少年で、

浦島は普段は漁師だが、桃太郎と似た不思議な力を使うことが出来る。

そして夜叉姫という少女。この夜叉姫、元々桃太郎とは敵対関係にあった。

そう。彼女は鬼なのだ。桃太郎と戦い、敗れた夜叉姫は、

彼の力と優しさに惹かれ、仲間であった鬼達を裏切ってまで、桃太郎の仲間になったのだった。

 

そんな桃太郎一行が山道を歩いていると・・・

「あれ?あれは何だろう?」

桃太郎がふと空を見て言った。薄い白煙が上がっている。

その元を目線で辿っていくと、向こうの谷の上に小さな村のような場所が・・・

「見たところ集落のようですね。」

浦島が言う。

それを聞いて金太郎が安心した気の抜けたような声を上げた。

「はぁ〜よかったぁ〜!今日はこのまま険しい山道で

 野宿かと思ったぜぇ!さ!早くあそこへ行ってどこかに泊めてもらおうぜ!」

言うが早いか金太郎は集落を目指して駆け出していった。

「あ!金太郎君・・・」

「もう。全くせわしないんだからッ。」

夜叉姫が呆れながら言う。桃太郎達三人も慌てて金太郎の後を追い、集落へ向かった。

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谷の集落に着いた桃太郎一行。

そこは小さな畑とボロボロの家が数件ほどしか建っておらず、

見たところ、人口もかなり少ないようで、着ている服も皆ボロだった。

「なんだかさびしい所だなぁ・・・」

金太郎が呟く。

「ここの長の人に頼んで、宿を貸してもらえないか交渉してみましょう。」

「うん、そうだね。」

夜叉姫が畑の側で黒猫と遊ぶ女の子に声をかける。

「ねぇ、お嬢ちゃん。この集落の長の人の家って、どこなのかしら?」

「じぃじの家?ねねがつれてってあげる!」

女の子の名前はねねというらしい。しかも長の孫のようだ。

桃太郎達はねねに案内され、長の家にやって来た。

 

事情を聞いた集落の長は、快く桃太郎達を自分の家に泊めてくれた。

精一杯のおもてなしの夕食が用意される。

「いやぁ、もうしわけありませんなぁ。なにせ見ての通りの場所ですから、

 お客人にもこんなものしか用意できませんのですじゃ」

長の老人は言うが、特に金太郎は気にせずにかきこんでいる。

「いんや!質素な方がおいらの好みさ!うめぇぜこれ!」

長はふと、桃太郎の顔をまじまじと見つめる。

「・・・桃太郎さんとか言いましたな。」

「?はい。」

「そのようなお若い年で、しかも鬼退治の旅をなさっているとは・・・。

 いやはや、誠に立派なお方ですなぁ。旅の成功を

 この老いぼれにもお祈りさせてくだされ。どうか必ず憎き鬼共を

 一人残らず成敗してくだせぇ・・・。」

おだてられると少し弱いのが桃太郎。

「どうもありがとうございますおじいさん。僕、絶対悪い鬼をみんな懲らしめてみせますから!」

長の言い方に何か引っかかるものを感じた浦島が、長に訊ねる。

「・・・どうも鬼を恨んでいるようですが・・・なにか酷い事をされたのですか?」

今まで笑顔だった長の顔が一気に暗くなった。

察した浦島はすぐに謝罪する。

「あ・・・すみません。」

「いや・・・いいんですじゃ。・・・実は、わしらこの集落の者は皆、元々この地の

 人間ではないのですじゃ。」

「え!?どういう事ですか?」

思わず桃太郎は身を乗り出した。

「二年ほど前じゃったろうか・・・。わしらが元々住んでいた村はこの谷からずいぶん

 離れた所にありましてな。・・・名も無い小さな村じゃったが・・・皆幸せに、

 なんの不自由も無く平和に暮らしておった。

 ・・・じゃが、そこへ突然、鬼達が村を襲ったのじゃ。家も畑もすべて焼き払われ、

 多くの村人が殺された・・・。生き残ったわしらは命からがらなんとか村から逃げ延びた。

 そして旅を続け、ついにこの場所を見つけ、ここに集落を作って密かに暮らすことにしたのですじゃ。」

長の話を聞いて桃太郎達は愕然とした。

「・・・そんな事があったんですか・・・。」

「酷いどころの話ではありませんね・・・。」

「しかし、こうして少しでも生き残ってくれた者がいて本当に良かった・・・。

 このかわいい孫のねねまで殺されておったら・・・わしは狂い死にしていたじゃろうなぁ・・・。」

黒猫を抱えたねねをさらに優しく抱きかかえる長。

桃太郎達は思った。

この人達の心を少しでも救えるのなら・・・なんとしても鬼退治を成し遂げてみせると。

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「・・・長。」

と、そこに一人の少女が部屋に入ってきた。

年は16、17といったところか。短い黒髪にさらしを鉢巻の様に

巻いている。着ている服はやはりボロで、どこか寂しげな表情をしていた。

「おぉ、ユリか。どうしたんじゃ?」

ユリという少女は、桃太郎達を見て長に訊ねる。

「・・・この人?鬼退治をしてる旅人っていうのは・・・」

「そうじゃ。桃太郎さんというてな。これほど立派なお方はおらなんだぞ。

 あ、紹介しましょう。この娘はユリと言いましてな。村の女で唯一の

 生き残りはねねとこのユリだけなんですじゃ・・・」

「・・・・・ !?」

ふと、ユリは夜叉姫の顔を見てギョッとした。

「?」

自分をじっと見つめるユリに夜叉姫は首を傾げる。

と、突然ねねが夜叉姫に走りよっていった。

「ねぇおねーちゃん、このコ、ミミっていうの。一緒にあそぼっ!」

黒猫ミミを抱きながら無邪気に言うねね。夜叉姫はにっこり笑い、

「うん!お姉ちゃんも猫さん好きよ♪よろしくね、ねねちゃん、ミミちゃ・・・」

バッ!!とユリ鬼気迫る顔で素早くねねを抱きかかえて夜叉姫から遠ざけた。

突然の事に驚く夜叉姫、それに桃太郎達と長。ねねもきょとんとしている。

ねねを降ろすとユリはそっと長になにやら耳打ちをする。

それを聞いた長の顔はみるみる険しくなった。頭から滝のような汗が出るのを感じた。

しかしそれを悟られないよう、笑顔を取り繕い長は言った。

 

「ささ、今日は皆様もお疲れのことでしょう。すぐに床の仕度をいたしますじゃ。

 ・・・そうじゃ。夜叉姫さんにはわしの部屋をお貸ししましょう。」

突拍子も無い申し出に夜叉姫は驚く。

「えぇ!?そ、そんな結構ですよ。私はみんなと同じ部屋で・・・」

「そうだよ!なんで夜叉姫だけ別の部屋なんだよ?」

金太郎も文句をつける。

「ままま、そんな遠慮なさらずに・・・さささ、ご案内いたしますじゃ・・・。」

強引に長は夜叉姫を自分の部屋へ連れて行ってしまった。

「・・・では、すぐ布団のご用意をいたしますので・・・」

ユリもそう言って、ねねとミミを連れて出て行ってしまった。

「なんだぁ?あのじーさん。急に様子がおかしくなったなぁ・・・」

「うぅん・・・妙ですねぇ。」

「・・・まぁまぁ、細かい事考えるのはやめようよ。大丈夫だって!

 夜叉姫さんに変なことするような人には見えないし・・・」

桃太郎のその言葉を聞いた金太郎と浦島は桃太郎の顔をバッ!と見た。

「え?な、なに・・・?」

「桃太郎・・・お前言うなぁ・・・www」

「まさか、桃太郎さん、夜叉姫さんになにかするつもりで・・・?」

「!!!!? なななななななに言ってんだよぉ!!?」

 

集落の夜に金太郎達の笑い声が響いた。

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谷の集落は夜の闇に包まれた。

集落の長の家に泊めてもらった桃太郎一行。桃太郎、

金太郎、浦島の三人は同じ部屋で枕を並べている。

鬼退治の旅の疲れもあり、三人とも深い眠りについていた。

 

夜叉姫はただ一人、長の部屋に通され、そこで寝る事になった。

彼女は皆と同じで部屋でいいと言ったのだが

長は「そう遠慮せずに」と無理矢理というべきか

自分の部屋に敷いた布団に夜叉姫を横にさせた。

「わしとねねは物置部屋ででも寝ますので…どうぞごゆっくり」

そう言って長は部屋から出て行ってしまった。

強引な人だなと思いながらも、

仕方ない、ここはお言葉に甘えて・・・と夜叉姫も

そこで眠りに入ったのだった。

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。

夜叉姫は何度か小さく寝返りを打ちながら

スースー寝ていた。

 

ガラッ・・・・・・

 

部屋の戸が静かにゆっくり開いた。

誰かが部屋に入ってきた。

気づかれないように忍び足で夜叉姫の布団に近づく。

その人物は布団の前に立ち、夜叉姫の寝顔を

キッと睨みつけたまま動かない。

 

しかしやがて・・・

 

バッ!!!!

 

妙な気配を感じ取り、間一髪で目を覚ました夜叉姫は

素早く布団から転がり出る。

布団には部屋に入ってきた人物が

手に持っていた物が深々と突き刺さっていた。

それは短刀だった。

チッ・・・舌打ちが聞こえた。

 

「!! 誰なの!?」

奇襲を受けた夜叉姫は謎の人物に問いかける。

布団から短刀を引き抜いた襲撃者はゆっくりとこちらに近づいてきた。

窓から差し込む月の光が、その姿を、そして顔を少しずつ照らしだしていく。

「!!?」

夜叉姫は絶句した。そこに立っていたのは、

先ほど長を訪ねてきた、ユリという女だった。

夜叉姫の目の前にいる彼女の顔は、あの時の寂しげで物静かな表情ではなかった。

この世のもの全てを憎むかのような怒りと憎悪に満ちた目で夜叉姫を睨みつけている。

眉間にはしわが寄り、下唇を歯で食いしばっていた。

「ゆ・・・ユリさん・・・?」

「・・・畜生。あのまま大人しく寝てりゃあよぉ・・・!」

ユリは忌々しげにつぶやく。その声もまたこの世のもの、女のものとは思えないほど

ドスのきいた声だった。

「な、なにをするの!?なんでこんな事を・・・!?」

夜叉姫には訳がわからなかった。なぜ自分が今日初めて出会った人間に命を狙われるのか。

「・・・忘れちまったのかい?なんにも覚えてないってのかい?

 えぇ!?夜叉姫ッッ!!?」

ユリは怒りの声を上げた。

夜叉姫はますます混乱するばかりであった。

「・・・まぁ、仕方ないだろうね。自分にとって都合の悪い過去は、

 何もかも忘れちまう・・・鬼も人間と同じだったんだねぇ・・・。」

「???な・・・なによ・・・何が言いたいのよ?!」

「・・・お前は怨みを買ってんだよ。この集落に暮らす人間全員のね!!!」

「!!???」

「あたいは忘れない・・・忘れられるわけがない!!・・・お前はあたいの!

 一番大切なものを奪っていったんだッッッ!!!!!」

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「・・・な、なんなの。大切なものって?わけがわかんないよ!!」

「!!!!・・・やぁしゃひめぇええええ・・・!!!!」

ますます激昂したユリは一歩ずつ、手の短刀をかざしながら重い足でにじり寄って行く。

夜叉姫は動けなかった。身体はガタガタ震えている。ユリの怒りと憎しみに満ちた顔は

地獄の鬼をも圧倒させてしまうほどの形相だったのだ。

生まれて今までこれほどの恐怖を感じたのは初めての事だった。

その時ユリの脳裏には、あの時の忘れたくても忘れられない記憶がよぎっていた。

同時に夜叉姫も、ハッと蘇った。桃太郎と出会うずっと以前の、あの時の記憶が・・・。

 

その頃ユリ達の暮らす村は平和そのものだった。

春には綺麗な花が咲き乱れ、村の人間たちには笑顔が絶えなかった。

村娘のユリは当時、隣に住む働き者で誠実な若者と相思相愛であった。若者の名は佐吉。

二人は仕事の暇があれば毎日のように顔を合わせ、やがては結婚する事を考えていた。

二人の両親もそれに反対する事はなかった。

ユリと佐吉はこの幸せが永遠に続くものだと強く信じていた・・・。

 

しかし・・・それはもろくも崩れ去った。村を鬼の軍団が襲撃したのである。

そしてその時鬼達を指揮し、村を破壊させたのが・・・夜叉姫だった。

逃げ惑う人々を配下の鬼は容赦なく殺していった。家も畑も、木も花も、

村のありとあらゆるものに火がつけられ、村は瞬く間に地獄絵図と化した。

「あははははは!!!そーれ!どんどんやっちゃってぇ!!こんなに面白い

 戯れは私たち鬼族の特権なんだから!!はははははははははッッッ!!!!」

夜叉姫も目を真赤に光らせながら、自らの鬼道(鬼の使う魔法のような力)で

逃げる村人や野の獣たちを惨殺していった。

夜叉姫はふと、鬼と火の海から必死に逃れようとする村娘に目をつけた。ユリだ。

夜叉姫はユリの前に立ちはだかる。

「どこへ逃げようってゆうのかしら〜?おばかさんッ♪」

ユリは恐怖で腰が抜けて動けなくなった。

「あぁあああ・・・た、たすけて・・・」

「あははははは!!!その顔!!ほんっと〜に面白い生き物だわ人間って!!!」

夜叉姫は手に持つ杖の鋭い先端をユリに向けた。

「じゃね♪バイバイ!」

 

シュ!!

 

ドブァ!!!

 

「!?」

「・・・!!う・・・ユ・・・ユリ・・・」

「!!!佐吉さん!!!」

とっさにユリを庇ったのは佐吉だった。

夜叉姫の杖が佐吉の胸に突き刺さり、おびただしい量の血が流れる。

「がふっ!!い、今のうちに・・・に、にげろ・・・」

ユリは信じられなかった。信じたくなかった。

愛する人が、目の前で・・・。

「いや!!死なないで!!!佐吉さん!!!」

「は!早く!逃げるんだ!!・・・ユリぃ・・・!!!!」

夜叉姫はそれに白けたのか

「・・・気に入らないのよねそーゆーの。それがあんた達の言う『愛』ってやつ??」

さらに杖を佐吉の胸に深々と突き刺す。

「あがぁあああ!!!!」

「佐吉さぁん!!!」

ユリは佐吉を助けようとする。しかし佐吉は・・・

「頼む!!逃げてくれユリ!!・・・俺の分まで…幸せに・・・なって…く…れ・・・」

 

佐吉は事切れた。

 

その瞬間ユリの頭の中は真っ白になった。

 

動かなくなった佐吉の胸から杖を引き抜くと、夜叉姫はその遺体を無造作に蹴飛ばした。

「あーあ、変な邪魔が入っちゃった。さーてと!・・・?」

そこには自分を睨みつけながらユリが仁王立ちしていた。

(殺してやる・・・!!!)そう訴える怒りと哀しみのこもった瞳。

しかし力の差は歴然。夜叉姫は彼女の気迫をなんとも思わない。

「逃げなくていいのかしら?それとも今すぐ殺されたいわけ??」

無力な人間を夜叉姫は挑発する。ユリは涙を流しながら、

夜叉姫に背を向け走り出した。背後から夜叉姫の笑い声が聞こえ、その声はだんだん遠くなっていく。

ユリは走った。ひたすら走った。大粒の涙を流しながら走り続けた・・・。

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「あ・・・あぁあ・・・」

過去の自分の行いを思い出し、夜叉姫は戦慄した。

(なんてことをッ)

そんな一言では済まされない事はわかっていた。

「あの時・・・あたいは初めて『殺意』ってやつを覚えた。それまで

 誰かを殺してやりたいなんて思ったことは一度もなかったんだよ・・・。

 ・・・まさかこんな形で佐吉さんの仇に再会できるとはね・・・しかも

 鬼退治の旅をするお方と一緒になって、仲間だった連中と戦ってるんだって・・・?

 どうして今そんな事してるのかは知らないけどさ・・・・・

 お前はどんだけ人を馬鹿にすりゃ気が済むんだい!?

 自分の罪を棚に上げて正義の味方気取りか!?それとも

 今はその罪を償ってるとでも言うのかい!??ふざけんじゃないよ!!!!

 

 あたいは絶対許さない・・・!!お前は絶対に生かしておけない!!

 佐吉さんの苦しみを、あたいや村の皆の苦しみを!お前にもあじあわせてやる!!!」

その瞬間ユリは夜叉姫に襲い掛かった。

短刀を振り回し斬りかかってくる。夜叉姫はユリの短刀をかわす。

相手が人間であっては、ましてや今の自分の立場では手出しできない。

夜叉姫は部屋を飛び出していった。

「まぁてえええええええ!!!!!!」

凄まじい声を上げながらユリが追いかけてくる。

 

この時夜叉姫には桃太郎達に助けを求める余裕もなかった。

長の家を飛び出した夜叉姫は集落の向こうにある森に向かってがむしゃらに走った。

長が自分一人を別の部屋に通したのは、こういう事だったのか。

ユリが言った事が本当なら、自分はあの集落の人間全員に命を狙われているのかもしれない。

森の中を逃げる夜叉姫の目には涙が溢れていた。

確かに、桃太郎に改心されられ、共に鬼退治を続けていくうちに

過去に犯した自らの過ちは自分の意識の中からいつのまにか消えてしまっていた。

正義の味方気取り・・・ユリに言われたこの言葉は夜叉姫の胸にぐさりと突き刺さっていた。

謝りたい、しかし、とても謝って許してもらえる事ではない。

(私・・・どうしたらいいの!!?)

と、その時!

「きゃあ!!?」

何かに足を取られたと思った次の瞬間、夜叉姫は地中から

飛び出してきた網の中に閉じ込められ、木に宙づりにされてしまった。

それは集落の人間がイノシシ等の山の獣を狩るために仕掛けていたものだった。

不運にも夜叉姫はその罠に引っかかってしまったのだ。

向こうから複数の松明の灯りが近づいてくる。集落の人々だ。

きっと自分を捕まえようと探しているのだろう。やはり集落の人間全てが自分を恨んでいるのだ。

身動きが取れない以上、このままでは見つかるのも時間の問題だろう。

「・・・桃太郎さん。今までありがとう・・・そして、ごめんなさい・・・。」

涙を流しながら夜叉姫は覚悟を決めた。

『一体この先どうなるッ!?』

(続きをお楽しみください。by作者)

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「おぉーい!夜叉姫さぁーん!!」

「どこにいるんだぁー?」

「夜叉姫さーん!」

 

朝。目を覚ました桃太郎達は夜叉姫を探していた。

まだ寝ているのだろうかと長の部屋を覗いてみると、

そこに夜叉姫の姿はなかった。厠(トイレの事)だろうかと思って

探しに行っても、そこにもいない。長の家の中を

いくら探しても姿が見当たらないのだ。

 

三人は一旦長の部屋に集まったが、頭を悩ませるばかりだ。

「・・・一体どこ行ったんだぁ?夜叉姫は・・・

 朝飯前の散歩にでも出かけたのかな?」

「だといいんだけど・・・ひょっとしたら

 鬼が忍び込んで夜叉姫さんを連れて行ったとか・・・」

「・・・不安になるような事言うなよ桃太郎・・・。」

「ご、ごめん。でも・・・」

「そういえば・・・長とねねちゃんの姿も見当たりませんでしたね。

 皆一体どこに・・・おやっ?」

ふと夜叉姫が横になっていたであろう布団に目をやった浦島が何かに気づいた。

 

「桃太郎さん、これを見てください。」

「どうしたの浦島君?」

浦島が指差した所を見てみると、敷き布団の真ん中が

鋭く破れていた。なにか鋭い刃物のような物で突き通したみたいな跡だ。

 

「これは・・・」

「じゃ、じゃあやっぱり夜叉姫は、夜中鬼に連れていかれて・・・!?」

「いえ、違うと思います。この切り口の小ささは小刀のような

小さい刃物によるもののようです。鬼がそんなチャチな武器を

使おうとはしないでしょう。それに、夜叉姫さんは鬼族の姫なんです。

鬼が島へ連れ戻すにしても、姫に傷を負わせるなんて

いくら鬼達もそんなことはしないでしょう。」

「とにかく・・・夜叉姫さんの身になにかあった事は間違いない!

 早く探しに行かなくちゃ!!」

桃太郎が慌てて部屋を飛び出そうとしたとき。

 

ドン!

 

「あいたっ!?」

桃太郎が部屋を飛び出そうとしたのと同時にそこへ駆け込んできたなにかに

ぶつかり、桃太郎は尻もちをついてしまった。

「いたた・・・ご、ごめんなさい。大丈夫・・・?」

立ち上がった桃太郎が慌ててぶつかった相手を助け起こそうとすると・・・

「ねねちゃん!」

桃太郎にぶつかったのは長の孫娘ねねだった。

「ごめんねねねちゃん!大丈夫?・・・でも一体今までどこにいたの?

 家の中にいた様子はなかったけど・・・」

「桃のお兄ちゃん!青い髪のお姉ちゃんを助けて!!

 お姉ちゃんがじぃじに殺されるよぅ!!」

「「「!!?」」」

ねねは目に涙を浮かべながら桃太郎にしがみついた。

「青い髪のお姉ちゃんていうのは、夜叉姫さんのことだね!?

 一体どういう事なんだい?夜叉姫さんが長に殺されそうだっていうのは!?」

桃太郎は問いただすが、ねねは泣くばかりだ。

「ねねにもわかんないよぅ・・・ねねが止めてって言っても

じぃじも皆も恐い顔でねねを睨んだんだよぉ・・・」

「皆・・・!?集落の人達が・・・?」

桃太郎達に戦慄が走った。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんを助けて!!」

「・・・よぉし!!ねねちゃん!夜叉姫さんと長達がいる所まで

 案内してくれ!!」

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桃太郎達は走った。全力で走った。

「あそこ!!」

ねねが指差した方を見て桃太郎達は絶句した。

なんと夜叉姫が磔にされているではないか。どうやら気を失っているらしい。

その姿はあまりにも痛々しかった。体中に棒で殴打された痕跡があり、

頭と口には流血した痕まであった。

犯人はすぐにわかった。磔にした夜叉姫を長とユリ、集落の人間たちが取り囲んでいる。

夜叉姫を見上げるその顔は、昨日見た彼らの顔とは明らかに様子が違った。

憎しみと嘲笑の入り混じった表情だった。

 

「・・・な、なにをしてるんですかっ!!!?」

たまらず桃太郎は大声を上げた。

 

集落の人間たちは一斉に桃太郎達の方を振り返る。

桃太郎の声が耳に届いたのか、気を失っていた夜叉姫が

うっすらと目を開けた。

「・・・も・・・もも・・・たろ・・・・・さん・・・?」

弱々しい声をやっとのように口に出した。

「・・・ねね。・・・告げ口したのか・・・。」

長はねねを睨みながら、生気が感じられないくらいの重い声を出した。

ねねはそんな長に怯えて桃太郎の後ろに隠れる。

「い、一体・・・あなた達は何をしているんですか!?

 なぜ夜叉姫さんをそんな惨い目に!!?」

「そうだそうだ!!夜叉姫がなにか悪い事したってのか!?

 夜叉姫に怨みでもあるのかよっ!!」

浦島と金太郎が叫ぶ。

「大有りさっ!!!!」

ユリが凄まじい剣幕で怒鳴った。その迫力に

金太郎は驚いて動けなくなってしまった。

「昨日長があんた達に話してくれただろ?あたい達の住んでいた村は、

 鬼に滅ぼされたって・・・。・・・その時村を襲った鬼共の大将がこいつだったのさ!!!」

「「「!!!」」」

桃太郎達は心臓を鉄砲で撃ち抜かれたかのようなショックを受けた。

長から聞かされ、自分達もあまりにも残酷だと感じた鬼達の行為。

それを指揮していたのが、自分達と出会う前の夜叉姫だったなんて・・・。

 

「・・・う、嘘だ!!お、おらぁ信じねぇぞ!!!」

と、金太郎。しかしユリは続ける。

「あの時こいつは大声で笑いながら村を燃やし、人々を殺していったんだ。

 そしてあたいの目の前で、あたいの大切な人の命まで平然と奪っていきやがったんだ!!」

今度は長が話し始めた。

「・・・昨日ユリがわしに耳打ちするまで、わしは忘れていた・・・。

 わしらの村を潰した張本人の顔を・・・。

 いや、いたずらに思い出すまいと必死に忘れようとしていただけかもしれん。

 じゃが昨日ようやっと、はっきりと思い出したのじゃよ。

 ・・・あの頃ねねはまだ生まれて間もない赤子じゃった。

 ねねの両親もあの時無惨にも鬼に殺された。息絶える寸前、ねねの

 両親は村長のわしに赤子のねねを託したのじゃ。」

長はねねを見た。

「じゃからねね・・・お前がその時の事を知らないのは当然・・・。じゃがここにいる娘は・・・。

 鬼じゃ!!お前の親を殺した非情な鬼なんじゃ!!!」

ねねはガタガタ震えだした。過去の事実に戸惑っているのか、それとも

長の剣幕におののいたのか。

「・・・や、夜叉姫さん・・・」

頭の中が真っ白になった桃太郎は夜叉姫に恐る恐る問いかけようとした。

・・・本当に、君がやった事なのか・・・と。

しかしそう言うよりも先に

「・・・はい。その通りです・・・。」

「・・・・・!!!!」

「な、何言ってんだよ!!嘘だ、嘘だと言ってくれよ夜叉姫!!!

 ・・・待ってろ!!今助けてやるからな!!」

金太郎は集落の人間達をぶっ飛ばしてでも夜叉姫を救おうとした。

しかし夜叉姫は叫んだ。

「やめて金太郎さん!!」

「!!・・・や、やしゃひめぇ・・・」

金太郎は泣き出してしまった。

「桃太郎さん・・・私は、本当にバカでした・・・。あなたに心を許されずっと旅を共にしている

 間に、それまで自分が犯した罪を、全て忘れてしまっていました・・・。

 私は取り返しのつかない事をしてしまっていたんです。いくら泣いて謝っても、

 許してもらえる事ではありません。私・・・覚悟を決めました。ここで死にます。」

「!!!!夜叉姫さん!!!?」

「私が死んで、この人達の心が少しでも晴れるのなら・・・命は惜しくありません。

 ・・・桃太郎さん達に辛い思いをさせる事はわかっています。

 でも、私が罪を償うにはこれしかないんです。・・・最後までわがままでごめんなさい

 桃太郎さん・・・。金太郎さん、浦島さん。さようなら・・・そして、今までありがとう・・・。」

「夜叉姫さん・・・!!」

桃太郎達は涙が止まらなくなった。

(そんなのダメだ・・・そんなのダメだよっ・・・・・!!!)

「フンッ!もう言い残す事はないのかい?・・・よぉし・・・そろそろ止めをさしてやるよ。」

ユリが手に竹やりを持ち、夜叉姫に向ける。

さらに長も竹やりを手に夜叉姫を睨む。

「佐吉さん・・・やっとあなたの仇がうてる・・・見ていてください・・・!」

「ねねの両親よ、見ておるか?今こそお前たちの無念をはらしてやるぞ・・・!!!」

二人は竹やりを構える。

同時に夜叉姫もゆっくりと、涙を一滴流しながら目を閉じた。

「「しねぇええ!!!」」

桃太郎は力の限り叫んだ。

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

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二つの竹やりがまさに夜叉姫の心臓と貫こうとしたその時

「グァハハハハハハハハハ!!!!」

謎の笑い声が聞こえてきた。

ユリと長はとっさに竹やりを止め、その場にいた全員が声のする方を見た。

なんと鬼の軍団が現れた!声の主はその集団の指揮をとる『茨木童子』だった。

「まさかこんな人気のなさそうな場所に人間の集落があるとはなぁ!

 めぼしい物はなさそうだが、奴隷になる人間ぐらいはいそうだ・・・むむっ!?

 貴様はいつも鬼の邪魔をする桃太郎!!我ら鬼の行くところ桃太郎あり・・・か。

 今日こそ貴様の息の根を止めてやる!!者どもかかれ!

 おっと!人間は使えそうな奴は殺すなよ、生け捕りにしろ。

 役に立ちそうに無い奴はゴミも同然!殺っても構わん!!」

茨木童子が号令すると部下の鬼達は一斉に桃太郎と人間たちにおどりかかった。

「うわぁあああ!!!」

過去のトラウマから恐ろしくなった人間たちは逃げ惑う。

「やめろ!乱暴な事はするな!!」

桃太郎は素早く腰の刀を抜く。

「来るか!桃太郎!!?」

茨木童子も大刀と金棒の二刀流で構える。がしかし、

桃太郎は茨木童子に背を向け、夜叉姫の方へ走り出した。

思わずずっこける茨木童子。

「あららっ!?おいこら!どこに行く桃太郎!!」

「金太郎君!ここはちょっと任せるよ!」

「よぉし!任された!」

金太郎は大きなまさかりを振り回しながら

茨木童子に斬りかかる。茨木童子は手の武器でガッキ!と受け止めた。

「うぉ!邪魔するなガキ!!」

「うるせぇ!今こっちはすんげぇイライラしてんだ!!」

 

「浦島君は皆を守ってくれ!」

「わかりました!」

桃太郎は一直線に夜叉姫の下へ走った。

磔の十字に飛び乗り、夜叉姫の手足を拘束する縄を刀で切断。

ふらっと十字から落ちそうになった夜叉姫を素早く抱き止めた。

「夜叉姫さん!夜叉姫さん!!」

「・・・・・もも・・・太郎さん・・・?」

目を開ける夜叉姫。

「なんで・・・たすけて・・・」

「バカッ!!!!」

桃太郎は涙を流しながら怒鳴った。目を丸くしキョトンとする夜叉姫。

「なんで・・・なんで死のうとするんだ!!君は死んじゃダメなんだ!!

 そんな事しなくたって!!まだやり直す時間はたくさんあるんだ!!!

 それに、君が殺されれば、鬼達は罪の無い人達をさらに

 苦しめようとするぞ!!人と鬼がますます憎しみ合う事になって

 しまうんだぞ!!君はそれでもいいっていうのか!?」

「・・・」

「生きろ!生きてくれ!!夜叉姫!!!!」

夜叉姫は桃太郎の様に、自分も瞳から溢れるほどの涙が流れ落ちている事に気づいた。

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「どぅおあぁ!!」

茨木童子の思わぬ反撃を喰らい、金太郎はぶっ飛ばされてしまった。

その一撃がよほど効いたのだろうか金太郎はやられた所を

おさえてうめき声を上げながら悶えている。

「ふん!雑魚はそこで大人しくしていろ!!」

茨木童子は辺りを見回した。と、

彼の目に入ったのは鬼から逃げようとして転んだねね、彼女を助け起こそうとする

長とユリの三人だった。

 

茨木童子はニヤリと笑った。

そして三人の前に立ちはだかる。

茨木童子の大きな影が自分に重なり、長は腰を抜かし震え上がる。

だがユリは手に持っていた竹やりと、

怒りと憎しみに満ちた目を茨木童子に向けた。

「おぉ?なんだ小娘。そんなもので俺に挑むつもりか?」

鼻で笑う茨木童子。

だがユリはひるまなかった。

「よくも邪魔しやがって!!お前ら鬼は皆殺してやるッ!!!」

「・・・身の程知らずが・・・」

生意気な態度の人間にカチンときたのか

茨木童子は冷徹な声を漏らした。

「いあぁああああー!!!!」

気合一発、竹やりを全力で茨木童子に突き立てるユリ。

しかし茨木童子の屈強な肉体と身にまとった鎧の前には、

効果が無く、竹やりは敵の身体を貫くどころかバキッと折れてしまった。

茨木童子にとっては蚊にさされたがなにも感じなかったのと同じ事だった。

「・・・!!!」

ユリは絶望した。

同時に、鬼に対する恐怖心が蘇った。

(・・・殺される・・・)

「大うつけの虫けらが!!!あの世で後悔するがいい!!!」

茨木童子は手に持つ金棒を天に向かってゆっくり振り上げる・・・。

「!!しまった!!」

他の鬼から人間達を守っていた浦島が気づいたときには遅かった。

「死ねぇ!!」

無情にも死の鉄槌は振り下ろされた。

 

ガキィイイン!!!

 

「・・・!?」

「・・・・・?」

茨木童子は我が目を疑った。

死を確信し目をつぶっていたユリ達はゆっくりと目を開けてみた。

 

「茨木童子!!これ以上の狼藉は、この私が許さないわよ!!!」

茨木童子の攻撃からユリ達を救ったのは、桃太郎に助け出された夜叉姫だった。

巨大な金棒を、夜叉姫は細い一本の杖(かんざし)でしっかりと受け止めていた。

「や・・・夜叉姫・・・様・・・!?」

「お前・・・!?」

茨木童子もユリ達も驚きを隠せない。

「こんな事はやめて、大人しく鬼が島に帰りなさい!!」

「夜叉姫様・・・いや!裏切り者夜叉姫!!!

 えんま大王様は貴様の愚行に大変お怒りだ!

 ちょうどいい!邪魔をするなら貴様から死の世界に送ってやる!!」

「!?」

茨木童子の言葉に夜叉姫は一瞬動揺した。

かつては部下だった者から呼び捨てにされ、

さらにかつて愛し愛され大事に自分を育ててくれたえんま大王に、

自分は今忌み嫌われている・・・そう知らされたのだから当然であった。

「どうした、隙だらけだぞ!!」

その一瞬の動揺をつかれ、夜叉姫は弾き飛ばされてしまった。

「きゃあ!」

「大丈夫ですか夜叉姫さん!」

駆けつけた浦島が回復の術「おとひめ」を夜叉姫にかける。

夜叉姫のボロボロに傷ついた身体はみるみる内に全快した。

「ありがとう浦島さん!・・・ハッ!?」

「喰らえッ!!」

茨木童子が今度は剣で夜叉姫に斬りかかろうとしていた。

が、今度は・・・

 

ガキッ!!

 

「させない!!」

「!!!桃太郎!!」

夜叉姫をかばったのは桃太郎だった。

「ろっかくーん!!!!」

鹿角の術を唱えた桃太郎の刀は、茨木童子の剣を押し返した!

「うぐぉおおお!!!」

押し返されその場に倒れこむ茨木童子。

「夜叉姫さん!!今だ!!」

桃太郎が夜叉姫を促す。突然言われて夜叉姫は一瞬戸惑ったが、

「えっ!?・・・・・はいっ!!」

夜叉姫は杖を天にかかげ、静かに唱えだした。

「空に瞬く行幾千の星よ!我に力を与えたまえ!!

 

 流れ星の術!!!!」

夜叉姫が杖を力いっぱい振り下ろすと、空から数え切れない数の閃光が

茨木童子達鬼の軍団に降り注いだ。

「うぐわぁああああ!!!?」

たまらず茨木童子達はその場に力尽きるのであった・・・。

-11ページ-

「もう二度と悪さはいたしません!!どうかお命ばかりはお助けを・・・!!」

懲らしめられた茨木童子ら鬼達は必死で許しを乞うた。

「僕達は命までは取らないよ。それよりもこれからは悪さをしちゃいけないよ。」

「は!はいぃ!!」

桃太郎に許された茨木童子達は慌ててその場から立ち去っていった。

かくして鬼の脅威はまた一つ取り除かれた。

 

「やしゃひめぇ〜!!」

金太郎が泣きながら夜叉姫に飛びついた。

「きゃ!?な、なに?どうしたのよ金太郎さん!?」

「どうしたのじゃねえよ〜!頼むからもう死ぬなんて言わないでくれよぉ!

 夜叉姫がいなくなっちまったら、俺まで悲しくって死にたくなっちまうよぉお!!」

金太郎の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

「金太郎さん・・・」

「本当に良かったです。夜叉姫さんが死なずにすんで・・・。」

「うん・・・!」

桃太郎と浦島は安堵の表情を夜叉姫に向けた。

「夜叉姫さん。鬼退治を成功させるには皆が力を合わせなくちゃいけない。

 もちろん夜叉姫さんの力も必要なんだ。だから・・・これからもよろしくね!

 ・・・夜叉姫さん。」

「桃太郎さん・・・・・ッハイ!」

桃太郎と夜叉姫は互いにニッコリ笑いながら固く手を握り合った。

金太郎と浦島もそれに自分達の手を重ねる。そして四人は笑いあった。

 

「・・・オイッ!!」

突然彼らの背後から声が聞こえた。

ユリだった。そして長や集落の人間達。その表情は複雑な様子だった。

「ユリさん・・・。」

思わず声が出る夜叉姫。

「・・・夜叉姫。・・・集落の皆を、あたい達を助けてくれたことは・・・礼を言う・・・。」

その言葉に一瞬夜叉姫の顔に笑みがこぼれた。しかし・・・

「だけど・・・やっぱりあたいはあんたの事が許せない。

 あんたはあたい達の村を・・・佐吉さんを奪ったんだからね・・・。」

夜叉姫の顔は途端にショックの色に覆われる。

すると金太郎が怒鳴った。

「なんだとぉ!!助けてもらっといてそんな言い草はねぇだろ!?」

「うるさいっ!!」

ユリは叫んだ。・・・やがてしばらく沈黙が辺りを包んだ。

「・・・・・例え命を助けれても・・・一度つけられた心の傷は・・・一生消えやしない。

 失ったものは二度と帰ってこないんだよ・・・!!」

「・・・・・」

ユリは顔をうつぶせ夜叉姫達に背を向けた。

「・・・行けよ。」

「えっ?」

「・・・早く行けよッ!あたいの気が変わらない内に!

 早くしないと今度こそあたいはあんたをぶっ殺すよ!!

 とっとと行け!いっちまえ!!こっから早く出て行けッ!!!」

ユリの言葉に反応した長や集落の人間達も囃し立てた。

「そ、そうじゃ!!そもそもわしらが鬼に襲われたのはお前がここに現れたからじゃ!!

 これ以上わしらを苦しめるな!!消え失せろ悪魔めっ!!!」

「そうだ!でてけ!!」

「でていけ!でていけ!!」

「もう二度とここに来るな!!!」

集落の人間達から容赦ない罵声を浴びせられる夜叉姫。

彼女は反論せず、ただ顔を伏せたままその怨嗟の声に耐える事しかしなかった。

金太郎の怒りが爆発した。

「ふっざけんなぁー!!!!・・・・・皆!こいつらの言うとおり

 とっととこんなトコおさらばしちまおうぜ!!ちくしょう、胸クソわりぃ!!」

金太郎は怒りに身を任せた乱暴な歩調で歩き出し、この場を後にしていった。

普段は温厚な浦島も、さすがにこの集落の人間達の態度には頭にきたのか

大きなため息をつくと軽蔑の眼差しを彼らに向け

「なんて可哀そうな人達でしょうね・・・他に言葉が見つかりません。」

それだけつぶやくと、金太郎の後を追って静かに立ち去ってゆく。

そんな二人にオロオロする桃太郎だったが、

自身を落ち着かせ、うつむく夜叉姫の肩にやさしく手を置いた。

「・・・行こう。夜叉姫さん。」

夜叉姫は小さく頷く。二人は集落の人間達に背を向け歩き出していった。

ユリは彼らの姿が見えなくなっても、うつむき身を震わせたまま振り向かない。

やがて両膝を落とし手を地につけると大声で泣き叫んだ。

 

「うぅぁあああああああああああああああああああああああ・・・・・・!!」

-12ページ-

夜叉姫は山道の小さな岩の上に座り込んでいた。

両手で顔を抑えて、ずっとうつむいたままだ。

手の間から、時々嗚咽らしい小さい声が漏れる。

桃太郎達三人はそんな夜叉姫の姿を見てはいられなかった。

どうやってなぐさめてやればいいのだろう・・・。三人はそればかり考えていた。

 

と、その時。

 

・・・えちゃ〜ん・・・・

 

・・・ぉねえちゃあ〜・・・・・

 

・・おねえちゃあ〜ん!・・・

 

遠くの方から聞き覚えのある声が耳に入った。

桃太郎達は声のした方を、夜叉姫も顔を上げその方向に目をやった。

なんと、集落の少女、ねねが猫のミミと一緒に走ってくるではないか。

手には一本の風車を持っていた。

「青い髪のお姉ちゃん!」

「・・・ねねちゃん?」

「お姉ちゃん、お兄ちゃん。・・・助けてくれて・・・

 本当にありがとう!!」

と、ねねは手の風車を夜叉姫に差し出した。

「これ、ねねの宝物だけど、お姉ちゃんにあげる!」

「え・・・でも・・・」

「お姉ちゃんは命の恩人だもん!」

ニッコリ笑いながら言うねねの声に合わせミミも一言ニャアッと鳴いた。

 

・・・その風車は、亡きねねの両親がねねと一緒に

集落の長に託した物だった。父親がねねをあやす為に手作りした物だった。

 

「お姉ちゃん!ねね、お姉ちゃんのこと!大好きっ!!

 ねね、お姉ちゃんたちの事、絶対忘れないからね!」

ミミもまたニャアッと鳴く。

夜叉姫は微笑みながら涙を流した。

そしてねねを優しく抱きしめた。

「・・・ありがとう・・・ごめんね・・・!」

 

それを見ていた桃太郎、金太郎、浦島の顔から悲壮感は消え、穏やかな笑顔が戻った。

金太郎などは涙ぐみ、たれてきた鼻水をズズッとすすっている。

 

ねねを抱く夜叉姫を見つめながら、桃太郎は心の中で語りかけた。

 

(ねぇ夜叉姫さん・・・人も鬼も、生きている限りは大きな過ちを犯してしまう事が

 何度かあるかもしれない。でも、そういう過去に自分を縛りつけずに、

 今をどうやって生きていくかを考えていくのが、大事な事だと僕は思うんだ・・・。

 難しい事だけどね・・・。でも、そうすればきっと大切な何かが見えてくるものなんだ。

 僕は・・・今の夜叉姫さんが好きなんだ。僕はいつまでも・・・

 今の明るくて優しい夜叉姫さんでいてほしいな・・・。)

 

夜叉姫は、桃太郎達と共に再び歩き始めた。

爽やかな風に吹かれクルクル回る、ねねの風車を手に。

希望の光を宿した澄んだ瞳で夕焼けの空を見上げながら歩き出した。

 

「さよーならー!!おねーちゃーん!!!」

ねねは旅立っていく夜叉姫達をいつまでも見送っていた・・・。

 

〜おわり〜

説明
※過去に僕が別のSNSサイトで投稿した二次創作作品の転載です。(一部修正を加えています。)別のサイトで最初に書いた時は四回に分けて投稿したのですが、ここでは全編をまとめて投稿します。◎僕が小学生の頃、PS版桃伝発売との連動企画として『あなたの考えた桃太郎伝説』という感じで、オリジナルストーリーのアイデアを募集するという企画がありました。その中で採用されたものが後にドラマCD化され発売されました。(ボリューム1、2と二つあるのですが、両方ともネットオークションで探してやっとこさ手に入れました)これを初めて知った時、正直悔しかった。あぁ!こんな事やってたんだったら、自分も投稿したかった!と・・・もしあの頃すでにそこそこ大人だったらとか思ったり;・・・もしも自分がこの企画に応募できたならば、こういう内容で挑戦したかった。という思いを抱きながら書いた作品です。少し新桃テイスト・・・かも? ※【注意!】一応シリアスな内容の作品です。桃伝本来のほのぼのギャグ的な雰囲気が好きでその雰囲気を壊される事に嫌悪感を抱かれる方は、ブラウザの「戻る」ボタンをクリックする事をおすすめいたします。※重要!→乱暴な表現、暴力的な描写も少々含まれておりますのでそういうのが苦手、嫌いな方は特にご注意ください。
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タグ
桃太郎伝説 夜叉姫 シリアス 

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