ハルカの街道大戦 無人舞踏会 ver4.09
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ハルカの街道大戦

 

無人舞踏会

                     星野 幸介

 

 一・曇天の昴

 風もなく、それはそれはとても暑い八月の熱帯夜のこと。

 その日、私―― 、((七瀬|ななせ)) ((昴|すばる))は各務原市と江南市の間を

流れる木曽川にかかった大きな橋……((愛岐大橋|あいぎおおはし))の歩道で、

ゆったりと流れる川を見ながら一人、どんぶりをかかえ眼鏡を曇らせながら

中華そばをすすっていた。

 歩道の横を国道の江南・関線が走っていて日中は渋滞ばかりのこの橋も、

まもなく時刻が十一時になろうとしている今は、車の通りもめっきり少なく

なっている。

 歩道を照らすたくさんの照明の周りに小さな羽虫が集まり舞っている。

 辺り一面に広がる雲で満月がすぐに遮られてしまい、どんよりした熱帯夜が

一層どんよりしてしまっている。

 ところで高校一年生の可憐な(自分で言うか(笑))ショートカットの女の子が

なにゆえこんなところで、一人汗だくになってどんぶりと格闘しながら、

ぽつーんとしているかというと、なんてことはない。

 暇だったからだ。

 夏休みの宿題を七月早々に片付けた私は、さあ、八月は遊びまくるぞ! と

いきこんでいたものの、いざ八月に入ると、友達は彼氏と遊びに出かけたり

帰省したりでスケジュールが合わず、携帯ゲーム機と車雑誌を読むくらいしか、

これといって趣味のない私は退屈ゴロゴロ状態になって、ポテチを食べながら

絨毯の上で飼い猫のミケと戯れているところをミケともどもお兄ちゃんに

グニャッと踏まれるくらいダランダランした毎日を送っていた。

 お盆のお墓参りも我が七瀬家はお隣の((一宮市|いちのみやし))で早々と

済ませてしまったため、いよいよ本格的にすることがなくなり、今日も

夜の九時になったというのにテレビの洋画劇場をボーッと眺めているありさま

だった。

 やってる映画も《死霊の盆踊り》とかいうよくわかんないホラー映画で、

始まったと思ったら、次々出てくる裸の女の人達がただひたすらず〜っと

踊ってるだけという、同級生の男の子達なら面白いのかもしれないけれど、

女子の私が見たって面白くもなんともない実につまらない映画だ。

 ただでも退屈で死にそうだというのに、これだと本当に死んでしまうではないか。

 横で一緒にテレビを眺めていた大酒飲みの父が、私のあまりに

つまらなさげな様子を見てこう言った。

「おい、昴、ラーメン喰いに行くぞ」

「お兄ちゃんかお母さんと行けばー?」

「秋郎は彼女と電話中。おかあは町内旅行で明日帰るから、おまえしかおらん」

「お父さん飲みスケやもん、お酒飲むに決まってるから帰り遅くなるやん、やだー」

「学校休みやし、どうせやることねえやろ、たまにはお父さんにつきあえ!」

「うえぇ〜〜」

 めんどくさそうに、嫌そうに、岐阜弁丸出しでしぶしぶ私はお父さんに

つきあうことにした。

 せめて自家用車ぐらいは刺激があると嬉しいんだけど、お父さんの仕事は

自動車整備工で、車にはうんざりするほど触ってるから、我が家の車は

なんの変哲もないカローラだった。

 人からツッコミを入れられないことが命のような優等生グルマでは

張り合いがない。

 ツッコミようがない。

 千と千尋の神隠しみたいなアウディの四駆にしょうよー、暇だよー。

 鵜沼の自宅からお父さんが十分ほど車で走り、連れてきてくれた

愛岐大橋近くにある小さな中華そば屋さんの中華そばは大変おいしかった。

 お父さんはお店に入った早々に、中華そばと私をそっちのけで店にいた

他のお客とお酒で出きあがってしまい、私はまた暇になってしまった。

 夕飯はそうめんで軽く済ませたので、このおいしい中華そばなら、

もう一杯いけそうだ。

「ねえお父さん、私、そこの橋で川眺めながら涼んでくる」

「おう! 行ってこい、行ってこい」

「だんなー、娘さんこんな夜中に出歩かせちゃ物騒ですよー」

「心配ない、心配ない、うちの娘見たら暴漢も逃げ出すって」

 るさい! すげえ失礼だクソ親父。

「じゃ、行くね」

 二杯目の中華そばをスープ少なめで手早く作ってもらい、店を出た。

 

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 坂になった遊歩道をトコトコと歩き、愛岐大橋の横に作られた歩道に出る。

 岐阜県と愛知県を分け隔てる木曽川の数百メートルある川幅に対し、水色に

ペイントされたごつくて太い鉄骨で組まれた頑丈な橋、それが愛岐大橋。

 今私が立っている各務原市の前渡から、この橋を歩道沿いにまっすぐ

歩いて行けば、あっという間に愛知県の江南市に入る。

 つまり県境にかけられた橋というわけだ。

 ここからなら一宮市や小牧空港にもすぐ行ける。

 どんぶりを持ち、歩道をテクテク歩く。

 歩道の横を荷物を満載した十八輪トレーラーがたまに通ったりすると、

その衝撃や振動を橋全体で分散する設計なのか、大地震のように

横揺れ縦揺れが激しい。

 今までに機会がなく、今日初めて橋の横にある歩道を歩いたんだけど、

橋というのは太い鉄骨で造られていても想像以上に大揺れする。

 川下を覗くと転落して、暗い川底へ引きずり込まれそうで怖い。

 でも橋の真ん中までビビりながら歩いていき、しばらくすると、

そんな激しい揺れや雰囲気にも慣れ、曇りがちな月が照らす広大な風景を

ポーッと見ながら中華そばをすする余裕まで出てきた。

 あー、おいし。

 やっぱどう足掻いても、うちの袋ラーメンじゃ出せんわ、この味。

 最初やや暗く感じた夜間照明にも慣れ、夜目が利くようになった私は

川べりをふと見つめた。

 私が上がってきた、坂になった遊歩道のわきにある小さな空き地に、

ヘッドライトをつけた小さな荷物運びぐるまっぽいのが一台停まる。

「あれっ? ファンカーゴ? ルノーカングー? いや、こんなに離れても判る、

独特なケバい蛍光黄緑とホワイトのツートンカラーは……」

 たしかフィアット・パンダ アレッシィ! アレに違いない!

 こんなとこにオモシロぐるまが来たーーっ! なにか面白いことが起きそうだ。

 オモシロぐるまのドアを開けて出てきたのは、片眼が隠れて肩近くまでかかる長髪、

紺のTシャツにポケットがいっぱい付いたベージュのカーゴパンツ、ニューバランスの

黒いトレッキングシューズという出で立ちの少し背が高い美形。

 えーっと、あれは……あれはたしか、たまにしか学校に来ない同級生のハルカ……

 ((遙|はるか)) ((春彦|はるひこ))くん! あの子だ!

 下から私と(ちょっと自意識過剰だよね(笑)) 坂の上の愛岐大橋を見上げる

彼の表情はどこか((愁|うれ))いを帯びている気がした。

 

 

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二・無人舞踏会

 小型のリュックサックを背負った遙くんはフィアット・パンダ アレッシィの

バックドアを開くと、中からなにか機械を取り出し、手慣れた感じで組み立て始めた。

 ブルオォォォーーーーン、トテテテテテ!!

排気音からして小型のバイクらしい。

 飛び乗ると遥くんは、傾斜の強い坂になっている遊歩道を一気に駆け上がってきた。

 私の方に近づいてきて判ったけどホンダモンキーだ。五十CCの。

こんな坂道を猛スピードで駆け上がれるはずないから、凄く改造されてるに違いない。

「おまえ……たしか同じクラスの七瀬―― 七瀬昴だったか? なんでこんなところにいる?」

「なんでって……、お父さんと中華そば食べにきたの」

「そのどんぶり見りゃわかる。なんでこんな所まで来たのか聞いている」

 遥くんが指さすお店からこの橋まで四百メートルはある。

「橋の上からゆったり流れる川と景色を見ながら中華そば食べるのもオツかなと思って」

「邪魔して悪いが、七瀬、おまえの幸せふわふわタイムはおしまいだ」

「えぇっ、でもまだおそば少し残ってる……」

「女の子が寝る前にがっつくのは良くない」

 初めて見たときは冷たい印象のある男の子だったけど、ニカっと笑う彼の笑顔は

少し子供っぽくて素敵だった。

 いとこの純ちゃんの好みっぽいな、こりゃ。 

「ほ、ほっといてよ」

「七瀬、橋のそばから下がれ。ちょっとこれからひと騒動始まる。危ない」

 振り返り、橋のブリッジの上あたりを鋭い眼で睨みつけている。

「なにがあるの?」

「七瀬には見えないし、なにが起きてるのか正確には分からない。ただ恐ろしく

物騒なことがあちこちで始まりかけている。今《そこにいる》のは

その代表の一人ってとこだ」

 なに言ってるんだろう遥くん。

 私には何も見えない。

 何も聞こえない。

「なに言ってるのかさっぱりわからないよ」

 夏なのに冷たい風が吹いてきて少し肌寒くなってきたのと、さっきより

木曽川の水面のさざ波が大きくなってること位しかおかしなことはない。

 川の上だから橋は温度変化が激しいと言ってしまえばそれだけかもしれない。

 

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「スイレーン、この子はただの同級生で部外者だ! 手を出すんじゃねえ!!」

 キイィィィーーーーン!!

「きゃっ!」

 あたりにすごい高周波音が響き渡り、耳鳴りがして耳を塞ぐ。

 おもわずどんぶりを落としてしまった。よかった。

中身は全部開けちゃったけど割れてない。

「暇そうなボケっ((娘|こ))に興味はない、早々に立ち去れってさ、よかったな」

「なによ、それ?!」

「興味があるのはおれだけってこと。そりゃそうさ、名古屋栄のど真ん中から、

ここまで誘い込んだんだ」

「誘いこむ?!」

「ああ、苦労したぜ、お((札|ふだ))にお供え物に工業用エキシマレーザー、思いつく

ありとあらゆる手を尽くしてやっとな。日が悪かったり場所や方角が悪かったら

こっちが返り討ちにあう」

「お札にお供え物って、まさか幽霊がいるの、ここに?」

「イメージはかなり近いが霊とは違う。《あいつら》は放射線探知機やX線探知機、

熱源探知機などあらゆる機械に《衣服を着た人間の形》でしっかりと影のように

写るんだ。触ることさえできる。ただ普通の人間の眼には全く見えないし、

声が聞こえないというだけだ」

「なに、それ透明人間?」

「霊よりまだ透明人間の方が近いけど破壊力がケタ違いだ。それは見てればわか……」

 キイィィィーーーーン!!

 また高周波音が響くと、さっきから木曽川の水面にたっていたさざ波が

大きく二つに分かれ、水飛沫が一気に五十メートルほど上がったと思ったら、

細く白く光り、スッと消えた。

「危ねえっ!!」

 遙くんが私に飛びついて覆い被さり押し倒された。

 わぁ……なんていうか……

「あの……私たちって、まだ……早いんですけど……」

「こんなときにボケかましてんじゃねえ!」

 私たちの立っていたところにあった太い橋桁の鉄骨にちょうど、私たちの

首の辺りでスッパリと深い亀裂が入っていた。今にも鉄骨がもげそう……

「ひ、ひえぇっ! なにがあったの!」

「見たとおり、木曽川のさざ波カッターの餌食になりかけたんだよ、

おれとおまえは」

「遙くん見えてるの?」

「ああ。あいつの姿も攻撃も見えるし、声も聞こえる。ちょっと限定で

特別な修行を長く続けてきたから」

「あっ、頬に傷が、血が出てる」

「心配ない。((化殺鏡|けさつきょう))で方向を変えてやったけど、((躱|かわ))し

きれなくて少し掠っただけだ」

 

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「なんか、よくわかんないけど敵がいるわけね、退治できそう?」

「退治ィ? 馬鹿、((露払いする者|アウトライダー))相手にそんなんできるか!」

「げっ、((露払いする者|アウトライダー))って、なにそれ宇宙人?」

「そんなもん全く関係ねえ! アウトライダーはどっちかってーと神様の関係だ」

「神様関係?」

「ああ、アウトライダーは殺せない。おれたちにできることと言えば、人間に

危害を加えようとする意志をあらゆる手段で封じる、押さえる、力の方向を

変える位がせいぜいだ」

「よくわかんない」

「そのうち教えてやるよ、今は取り込み中だ」

 キイィィィーーーーン!!

「《うだうだ、しゃべってると小娘ごといっしょに粉々にする》ってさ、

どうするよ七瀬ちゃん」

「うわわわっ、逃げます逃げます、私、逃げますぅーーっ!!」

 一目散に橋から遠ざかり、遊歩道から遙くんを見守る悲しい私だった。

「七瀬、それでいい。見守れ。観客に徹しろ」

「そうするーー」

 こういうときだけ情けなくなるほど素直な私だった。

「((化殺鏡|けさつきょう))ごしなら、ひょっとしたらおまえでもヤツの姿が

見れるかもしれん。橋に向けてその鏡をジッと見つめてみな」

「わかりましたーー」

 遙くんから手渡された、古い漢字が刻印されている丸くて小さな手鏡は、

金属に目の細かいコンパウンドを塗り込み、電動ルーターを使って手作業で、

時間をかけ徹底的に磨きぬいて鏡面加工したものだった。

 一点の曇りなくここまで磨きぬいた金属は空気中の水分など寄せ付けず

錆びない。

 お父さんが工場で、エンジンのポート加工とかいうのをやったりしてるのを

見ててもホント綺麗なんだ、これ。

 そんな((化殺鏡|けさつきょう))とかいうのを橋げたに向け、落ちついて

じっと眼を凝らす。

 太い鉄骨で組まれた橋のアーチ部分のてっぺんに、若い――女の人が

立っているのが薄ぼんやりと見える。

 

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「うわっ、ホントだ、ほんとにいる、見えるよ遙くん!!」

 淡い水色の髪に涼しい眼差しのすごい美人。

 大昔に古代ローマ人の女性が着ていたような綺麗な服装がよく似合っている。

 ドレープ(((皺|しわ)))の効いた裾の大きな長袖に長スカート、金属で作られた胸当て……。

 頭には樹木の蔓で作った輪っかを填め、長い孔雀の羽みたいなのを一本刺している。

 金色に眩く光る((釵|さい))を手に一本ずつ握っている。

 ((釵|さい))というのは先の尖った十手みたいなもので、沖縄の古武術に残る護身用の武器だ。

 ふ〜む、そうか、これがさっき遙くんが言ってた《スイレーン》って人か。

(後で教えてもらったんだけど、《スイレーン》というのは

((露払いする者|アウトライダー))の役職名なんだって。遥くんが古文書で調べたところ

本名はアルジーナっていうらしい)

 

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「スイレーン、なぜ アウトライダーたちがあちこちで人間に災いをなし始めた!?」

 キィーーン!!

「《天命?》 もし天命というんなら前回の大地震や津波でもう充分だろう!!

 東日本の復興を支える大都市の真ん中で何をしょうとした!? アウトライダーを

暴走させ、おまえ達のリーダーやあるじは何をたくらんでる!?」

 ギィィーーーーン!!

「《私が見えてるし、ワケ知りなヤツだ、名乗れ》……か」

 キィーーン!!

「急かすな、今教える。おれは((遙|はるか)) ((春彦|はるひこ))。

《道》限定の、《道》に特化した、((陰陽師|おんみょうじ))の流れを次ぐ風水師。

特に《神の通り道》の専門家だ。おまえを止めに来た!」

「うわ、風水師だって! 遙くん、なんか映画か漫画みたいでカッコいいよ(笑)」

「カッコよくねえよ。風水師に本来そんな専門ジャンルなんかないしさ。

うちの死んだ姉きが爺さんから引き継ぎ、一人で研究して完成させた

超マイナー技能だ。おかげさんで誰も知らないから、世界でおれ一人しか

使えないし、((露払いする者|アウトライダー))はおれみたいな技能の研鑽を

積んだヤツか、天才しか見ることができないからハタから見れば、一人しゃべり

しながらフラフラ踊ってるタダのいかれた馬鹿さ。挙動不審で警察に捕まること

二十五回、誰一人感謝されないわりに大忙しだよ」

「たしかに事情知らないと、遥くんちょっとファイトクラブ風味だもんね」

「ほっとけ」

 キイィィィーーーーン!!

「《そうか、いにしえの陰陽師の系譜の者か。玄人なら手加減は無用……》だと?!

 いいや手加減してくれ。陰陽師系でも、おれは現代っ子だから昔の作法は苦手だ」

 ギュギュイィィィーーーーーーーーン!!

 ((化殺鏡|けさつきょう))に写るスイレーンさんがなにかボソっと一言つぶやきながら、

両手に握った金色に光る((釵|さい))を凄い早さで真横一文字に振るった。

「Un recinto……?! レクショント……、イタリア……いや、ローマ語?

((柵|さく))のことか?!」

 曇天で薄暗い木曽川の水面が眩く光り、激しい蒸気が霧になって辺りに漂う。

 そして、百メートルはありそうな白く光る細い横線になった《水》が現れ、

一本、二本と次々空中に整列し始めた。その数、目分量でざっと一万くらい?!

 しばらくして整列が終わったと思ったら、化殺鏡に写るスイレーンさんが、

今度は((釵|さい))を縦に振るう。

 すると、木曽川の水面から縦線になった水が、また次々と空中に整列を始める。

 光り輝く水で出来た縦横の罫線が織りなす綺麗なマス目は、まるで

美しい((柵|さく))のよう…… 昔遊びに行ったディズニーシーの夜の幻想的な

ショーを思い出す。

「((柵|さく))……だと?! し、しまった!!」

「どうしたの?!」

「たぶん今やってる《((柵|さく))》はスイレーンのキメ技の一つだ! 予備動作に入る前に

止めなきゃいけなかったのに、あいつボソっとキメ技つぶやくから気づかなかった!」

「遙くん、アニメや少年ジャンプの見過ぎ!! 陰陽師っぽくない!」

「うるせーー、おれは現代っ子なんだ! キメ技ってのはカッコいいのをカッコよく

大声で叫ぶのがワビサビだろが! 面白みのねえヤツだ!」

「ねえ、今ってどんな状況?! そのキメ技発射まで、あとどの位?」

「かーめーはーめーまでいってる状況だ」

「駄目じゃんっ!!」

 

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「くそっ、奥の手はまだヤツに見せたくないんだが、しょうがねえっ! ペインター!!」

 遥くんが叫ぶと、油絵の具を溶くテレピン油のような美術室特有の匂いと

喫茶店のエスプレッソコーヒーにバター付きクロワッサンの匂いが混ざった

ような芸術を漂わす香りが辺り一面に広がる。

 ((化殺鏡|けさつきょう))には鉄骨の影から遙くんをジィっと見つめている

小柄な女の子の影が以前から小さく写っていたけど、ペインターと叫ばれ、

女の子はニッコリしながらスススと近づいてきて遙くんの前に立った。

 ((化殺鏡|けさつきょう))でしか写らないからこの子もスイレーンさんと

同じアウトライダーだ。

 黒髪のマッシュルームカットに、でっかい赤いベレー帽を被り、高級な

黒い上下のスーツを着込み、小さななで肩に使い込んだ皮のショルダー

バッグをかけているといった格好。

 格好は異様だが、この子なんていうか……めっちゃかわいい!!

 リスかフェレットを思わす仕草といい、一家に一人はお人形さんとして

置いておきたいそんな感じ。癒やされる〜〜。

 チラっと遙くんを振り返って見つめる眼がうるうると潤んでいて頬が赤い。

 ああ、そうか、この娘、遙くんに――

「ペインター、((金剛石の防波堤|ダイヤモンド・ブレイクウォーター))だ。描けるか?!」

 嬉しそうにペインターちゃんがこくりとうなづく。

「よし、行けっ!!」

 真剣な顔で《((柵|さく))》が描かれた空間を見つめ対峙するペインターちゃん。

 おもむろにショルダーバッグの蓋を開けると、中から身の丈の三倍は

ありそうな大きな絵筆をとりだして片手で振り回す。

 すると、ペインターちゃんの筆運びに合わせ、目の前の夜の空間が

パレット代わりになり、虹の七色、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の色に

眩しく光る絵の具があらわれた。

 その絵の具に筆を突っ込んだと思ったら、ペインターちゃんは眼にも

止まらない猛スピードの筆さばきと身のこなしで、正面の空間に絵を描き始めた。

 スピードも凄いが、描いている大きなダイヤモンドの防波堤の絵も凄く上手い。

 なんて画力だろう、まるで本物のようだ。

 あまりにも上手すぎて、その絵は――とうとう本物になった。

 空間に浮かび、愛岐大橋の前にそびえる巨大なダイヤモンドの防波堤になった。

しかもその絵(というか実物)を描き上げるのに十秒もかかってない。

 魔法少女かこの娘は?! なんでもありじゃん。

 できました! 

 ニッコリと遙くんを見つめるペインターちゃん。

 ペインターちゃんの姿は無論見えないが、水で出来た《((柵|さく))》が見えるように、

光の絵の具とペインターちゃんが描き上げた空中に浮かんだダイヤモンドづくりの

防波堤は肉眼でバッチリ見ることができる。

 シュギィギィイィーーーーーーン!!

 耳をつんざくような高周波があたりに響く。

 本来自分たちの仲間であるはずのアウトライダーが敵側についているので、

強さを測るためすぐには攻撃せず、出方を見ていたらしいスイレーンさんは

((釵|さい))を握った右手を振りかぶり、私たちが見ている方へ思いっきり振り下ろした。

「来るぞ!」

 縦横 計二万本の水の線で組まれた《((柵|さく))》がジェット機の様な速さで

こちらにすっ飛んできた。

 ガキィィィィーーーーーーーーーン!!

 《((柵|さく))》が((金剛石の防波堤|ダイヤモンド・ブレイクウォーター))に激突し、

凄まじい大音響が辺りに響いた。

 ミシミシミシピシピシピシ……!

「うおっ!! 分厚いダイヤモンドの防波堤に亀裂が……!!」

 そう、遙くんが恐れていたとおり《((柵|さく))》はとんでもない荒技だった。

 光り輝く一本一本の水の線が全部、さっき私たちが躱した木曽川さざ波カッターだった。

しかも縦横に掛け合わせることにより威力が倍加している。

 バキィーーーーン!!

さすがのペインターちゃん特製防波堤でも、ノーダメージで防ぎきるのは難しく、

とうとう((金剛石の防波堤|ダイヤモンド・ブレイクウォーター))はすり潰され粉微塵に

砕け散った。

 とはいうものの、それでもバリアーとしての効果は抜群で、《((柵|さく))》の威力は

ほとんど減衰されて愛岐大橋にぶつかった《((柵|さく))》は、ただの力のない

水の固まりになってしまい、周辺を水びたしにしただけだった。

 もしペインターちゃんが((金剛石の防波堤|ダイヤモンド・ブレイクウォーター))を

描いてくれなかったら、今頃愛岐大橋と私たちは塵になって吹き飛んでしまい、

明日の朝の通勤渋滞は必至だった。私の両親やサラリーマンの人達が泣いてしまう。

 

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 ニヤリと笑い、スイレーンさんを睨む遙くん。

「どうだスイレーン、いくら道だと言っても橋は橋。道の露払いをする者と

しては、こうやって陸地の道から五十メートルも離れると、そのくらいの

出力が限界だろ?」

 それってペインターちゃんもおんなじじゃあ……?

「肯定か。こっちには想定外のギャラリーが一緒にいる。今日の所はお互い

ここらで退かないか? どうしても争いを続けたい、橋を壊したいっていうなら、

こっちも容赦しねぇ。おまえにペインターを対消滅するまで全力でぶつけ続ける!」

 冷ややかな眼差しで遙くんを見つめているスイレーンさんが口を開いた。

 ギィィーーーーン!!

「《わかった退こう。今の手合わせで、おまえについたアウトライダーの

小娘のことも大体理解した。《((祭器|さいき))》のための特別職《ペインター》か。

名は確かフレット・バサン……》。

よかったなペインター、おまえアウトライダー界隈じゃ有名みたいだぞ」

 嫌そうにしてるペインターちゃん。私的には、その顔も萌えキュン(笑)

 ギィィーーーーン!!

 スイレーンさんは最後に一言言い残すと、橋のブリッジのてっぺんからトン!と

木曽川に飛び降り、音もなく水の中に消えた。

 「《人にしてはおまえのその心意気感心するが、次に会ったときは

おまえ共々《ペインター》を始末する。少し時間をやるから退屈しない

足掻き方でも考えておけ》だと? いくら人間より上位の者だからって

舐めやがって」

 大丈夫でしょうか? と不安な表情で遙くんを見つめるペインターちゃん。 

「この場合、大丈夫という選択肢しか選べん。おれの調べでは、目的は不明だが、

日本に集合をかけられたアウトライダーは、さっきの水を操るスイレーン以外に

あと四人の男女。なかでも破壊力だけならペインターやスイレーンを

上回る《フレイム》というヤツまでいるらしい。最悪全員に総あたりして事態を

収拾させなきゃならん。奴らは意志と目的を持った大型ハリケーンと同じだ。

 しかも人間が造った《道》さえあれば、それがたとえ航路だろうと伝わって

世界中どこにでも出現する。おれとおまえでなんとかしなきゃ確実にこの世は

終わりだ」 

「ハタから見てるとわかんなかったけど、事態はめっちゃ深刻だったのね」

 

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「ああ。アウトライダーの実態は人の形をして、触れるぐらいに濃縮された

エネルギーの集合体だ。水爆千発分位のな」

「そんな……なんでそんな危険なのがいるわけ!?」

「人が自分たちの思いや願いを込めて創りあげ、力を持ってしまった《神》、

貧乏神でも疫病神でも福の神でもなんでもいい――、そいつらがあちこち

出没するにはやはり人が造った《道》を利用する方が都合がよかったんだ。

それで自分たちが通るときに便利なよう、自分たちが通るより先に行き

”露払いをする者 ”を寄ってたかって創り上げたのさ。過去に道路上で

亡くなっためぼしい人間の姿を真似てな。ただの便利道具を創った

つもりだったんだけどそこが神技、能力だけはデタラメに良い、人間

そのものになっちまった」

「それがペインターちゃん達……」

「七瀬、今日はおれのやっかいごとに巻き込んで済まなかった。

気をつけて帰れよ」

「そうね、もう一時になりそうだし、お父さんが心配するから私、

下の中華そば屋さんに戻るよ。今日はいろいろ助けてくれてありがとう

遙くん。遙くんがそんなにつらい目にあってるなんて私知らなかったよ。

困ったことがあったら言ってね。私に出来ることがあればなんとか助けるから」

「ありがとう。化殺鏡は記念にやるよ」

 そう言って目の前に垂れた髪を横に流し、遙くんは笑った。

「じゃあな」

「がんばってね」

 ペインターちゃんが私に向かってお辞儀をした。

 私も手をふってあげた。

 ペインターちゃんが自分にしっかり抱きついたのを確認すると、今来た坂道を

モンキーに乗って遙くんは帰って行った。

「ふう……、なんだかやっと終わっちゃったね」

 地面に置いた空のどんぶりを拾い上げると、うーんと背伸びをする。

 たった一時間くらいの間に二回も命のやりとりをしてしまい、

私の退屈な時間は吹き飛び、この世の出来事とは思えない凄いことに

出会ってしまった。

 そして裏の事情も知ってしまった。

「残りの夏休みは凄いことになりそうだ……ぞっと!」

 雲が晴れ、満月がとても綺麗な夜になった。

 私はわくわくしながら中華そば屋さんに向かって、坂になった遊歩道を

 とことこ歩き始めた。

 

無人舞踏会  完

 

 

次回 第二話 ハルカVSペインター

《神の通り道》の専門家で高校生の遙 春彦の元に、パリの観光課から

フランスのシャンゼリゼ通りで次々おこる怪事件の調査依頼が舞い込む。

春彦は人に対し、理由なき害は与えないはずの((露払いする者|アウトライダー))が

なんらかの理由で暴走したと断定、現場へ急行する。そこで出会ったのは

赤いベレー帽をかぶった少女だった……

説明
この作品は人の《思い》が持つ力の強さや、大切さ、恐ろしさをテーマに、裏設定として東日本の復興がようやく順調に進み、世の中が平静を取り戻しつつある、数年後の東海地方周辺が舞台になっています。今回はハルカと強敵スイレーンとの前哨戦を描きます。
いったんは震災の時に完成して引っ込めたお話ですが丁度、この話の舞台が夏なので時期的に合うため掲載しました。
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