霊夢と文がお互いの大事なものを賭けちゃう話
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「霊夢、今夜は寝かせませんよ」

「新聞勧誘お断り」

 

 さんさんと日が降り注ぐ博麗神社、その社務所。

 満面の笑顔を浮かべて現れた天狗射命丸文を、神社の主たる博麗霊夢は引き戸をピシャリと閉めて出迎えた。

 これぞ博麗流おもてなし術、取り付く島も無いとは正にこの事である。

 全く、こっちはお茶を飲むのに忙しいというのに。

 心の中でそうごちりながら霊夢がちゃぶ台へと戻ってくると、そこには既に天狗パパラッチの姿。

 既にお茶を汲み終えているあたり流石は幻想郷最速、何処までも無駄なスピードの活かし方である。

 

「まぁまぁ、せめて話だけでも」

「勝手に入ってこないでよ。えっと、パパラッチ撃退結界は確か……」

 

 扉が閉められるや否や縁側から進入を試みる天狗と、その撃退の為にスペルカードまで作る巫女。

 この二人、お互いに対して全く持って遠慮と言う物がない。

 まぁ、裏を返せばそれだけ互いに気を許している間柄であるともいえる訳だが。

 そんな事を決して認めようとしないであろう巫女は、図々しい天狗に向けてこれ見よがしに溜息を吐いた。

 しかして、そんな反応は予想通りだったのだろう、文は気にする風でもなくニコニコと営業スマイル満開で霊夢へと迫る。

 

「実は巫女にお願いがありまして。一晩泊めて下さい」

「今日のご飯は唐揚げね。鴉って食べられるの?」

「人間の方が美味しいかもしれませんよ?」

 

 二人して何とも恐ろしい事を、表情一つ変えずに言ってのける。

 それは互いに冗談が冗談だとわかっているからこそ出来る皮肉の応酬であった。

 しかし親しき仲にも礼儀有りと言う言葉もある、いきなり泊めてくれとは何たる無礼か。

 普段の自分を完全に棚にあげて、霊夢は文に刺すような視線を送る。

 

「無料で泊めて欲しいってのは、些か都合がよすぎるんじゃないかしら」

「……神社が潰れた時は泊めてあげたのに」

「あ、あれは不可抗力よ。住処が無くなったんだから仕方ないじゃない」

「えー、じゃあその時の恩返しのつもりで泊めて下さいよ」

「泊めて欲しければ理由を話しなさい。理由によっては追い返し方を丁寧にしてあげるわ」

 

 結局、追い返すんじゃないですか。

 きっと文は苦笑しながらそう返してくるのだろう、霊夢は文の次の反応を予測しながら次の言葉を探す。

 結局のところ霊夢としては、本当に追い返そうと躍起になっている訳ではない。

 ただ単に全て文の思い通りになるのが嫌で、苦言を呈しているに過ぎないのだ。

 そんな事は当然、文の方も承知の上。

 いくら文句をつけたところで、この天狗は強引に泊り込むに違いないと霊夢は心の何処かで確信していた。

 

 

 

「……じゃあ、いいです」

「へ?」

 

 だから目の前の文の口から、突然そんな殊勝な言葉が出て来た時、霊夢は激しく自分の耳を疑った。

 

「あ、文?」

「いいんです。どうせ大した理由じゃありませんから。どうせ大笑いされるに決まっています」

 

 先程までのいつもの調子は何処へ言ったのか。

 拗ねるでもなく、怒るでもなく、ただただ少しばかり憂いを帯びた声でそこまで口にすると、文は踵を返して、いざ飛び立たたんとばかりに風を纏う。

 どうやら冗談などではなく、本当に帰るつもりであるらしい。

 本当に突然どうしたというのだ。

 私はただ、泊めて欲しい理由を聞いただけなのに……。

 外面こそは平静を保っていたが、文の様子の急激な変化に、その時霊夢は確かに困惑していた。

 あの普段からうざったいくらいに元気な文が、急に明るさを失ってしまった理由がわからない。

 一体彼女が自分に何を期待していたのかがわからない。

 今の霊夢にわかるのは、いつもは騒々しいまでの彼女の風が、今は何処か哀しげな物であると言う事、それくらいであった。

 

「文っ」

 

 どうしてそんな事をしてしまったのか、自分でもわからない程に無意識の内に。

 咄嗟の内に霊夢の口から天狗の名前が出た。

 これも彼女の勘と言うべきか、何となく文をこのまま帰してはいけないような気がしたのだ。

 対して文は、引き止められるのも予想外だったのか、一瞬身体を跳ねさせたかと思うと恐る恐る霊夢に向かって振り返る。

 その表情はやはり、いつもの文に比べて覇気が無いように見えた。

 普段の彼女と同じ、けれども何処か違う顔に向けて霊夢は大きく溜息を吐く。

 

「何勝手に落ち込んでるのよ。誰も泊めないとは言ってないでしょうが」

「さっきから追い返すって言ってるじゃないですか」

「あれは、ただの……ちょっとした冗談よ」

「でも私、理由も話せませんし」

「別にそんなの知りたくも無いわよ」

 

 気まずい。

 空気の重さに辟易しながら、霊夢は投げやりに言葉を紡ぐ。

 どうしてこのパパラッチ天狗のために自分まで気まずい思いをしないといけないのだ。

 何とも言えない歯がゆさに下を向いたまま頭を掻く霊夢。

 やっぱり声なんて掛けるんじゃなかった、と彼女が無意識の行動を後悔し始めたその時だった。

 ふっと、そんな彼女の頭上から黒い影が差す。

 何事かと顔を上げると、そこに在ったのは先程までとは見違えるような文の満面の笑顔であった。

 

「じゃあ泊めてくれるんですねっ?」

 

 ぐぁ、まさか嵌められた!?

 気付いた時には既に遅し、一転して泊まる気満々な文の姿に、霊夢は自分の頬が引きつるのを感じていた。

 事実、酷く引きつっていた。

 元々霊夢としては泊めてやる事に対してはさして抵抗がある訳でも無いのだが……もしも文の思い通りに自分が動かされたのだとしたら癪にも程があると言う物だ。

 やっぱりこんな奴の心配なんてするんじゃなかった。

 くそぅ、私の馬鹿と自虐するが状況は変わらず、今更泊めないとは言えない雰囲気な訳で。

 実際に霊夢が困っていた時に泊めてもらったのは事実な訳で。

 

「……お賽銭いれてくれたら」

 

 結局それが霊夢できる最大限の抵抗であった。

 一泊10円。

 旅館博麗の宿泊費は驚きの安さが売りでございます。

 すぐさま宿泊費を払った文は、大げさな身振り手振りで喜びの意を示す。

 その表情は先程までの暗いイメージなど始めから無かったかの如き、眩しい笑顔であった。

 

 

「ありがとうございます、霊夢! この御恩は飽きるまで忘れません!」

「あー、はいはい」

 

 どうせすぐに飽きる。

 感激している文とは対称的に、完全敗北を喫した霊夢は疲れた顔で文に背を向ける。

 そんな霊夢の狼狽に気付いていないのか、それでも気付いた上でなのか。

 文はウキウキ気分そのままに、霊夢の背中に疑問を投げかける。

 

「ところで今日の夕御飯は何ですか?」

 

 その言葉に霊夢、ぴくりと反応。

 

「はぁ? 泊めてもらって御飯まで作れって言うの?」

「宿泊費を払ったんですから私はお客様です。お客様に食事を提供するのは当然の事じゃないですか」

「お賽銭は宿泊費じゃないわ。アンタは詰まる所居候なんだから、色々手伝って貰わないと。炊事以外にも買出し、掃除、風呂焚きとかもね」

「霊夢が家に泊まった時は全部私がやってたじゃないですか」

「他所は他所、ウチはウチよ」

「えー、ずるいです」

「文句があるなら泊めないわよ」

「賽銭だけ貰っておいてその言い草ですか、酷い巫女もいたものです」

 

 ぐぬぬ、とばかりに頬を引きつらせて、二人の少女達は互いを睨み合う。

 二人して謙虚な気持ちを持ちあわせて居ればよかったのだが、そこは彼女達、譲り合いの精神などは無縁の代物。

 互いが互いにどう面倒な仕事を押し付けようか、極めて無駄な所で頭脳と口をフル回転させる。

 とは言えご存知の通りこの少女達、理論では中々折れない頑固少女達な訳で。

 二人の議論は平行線のまま、時間だけが刻々と過ぎていく。

 このまま何も決まらずに日が暮れてしまうのではないか、と居候こと文が心配し始めたその時。

 霊夢は一つ大きく溜息を吐くと、少しばかりトーンを落として言葉を紡いだ。

 

 

「文、このまま言い争っていても埒があかないわ。ここは幻想郷風に決めましょう」

「成程、『勝てばいい、それが全てだ』ですね。方法は勿論、スペルカードで?」

「この際そんな時間の掛かる事はやってられないわ。手っ取り早く勝負をつけるときは……」

 

 そこまで口にして、巫女は鴉天狗の目の前へと握り拳を突き出した。

 

「これでしょ?」

 

 一瞬呆気に取られたように、動きを止める文。

 しかし霊夢の意図するところがわかると一転、天狗らしい不敵な笑みを浮かべて拳を目の高さまで持ち上げた。

 

「面白い、天狗に勝負を挑んだ事、後悔させてあげましょう」

 

 文の言葉に、霊夢もまた薄く笑みを浮かべる。

 両者共に自信満々、自分が負けるなどとは微塵も思っていない表情だ。

 しかし勝つのはどちらか一方、もう一方はその自信を完全に打ち砕かれる事になる。

 彼女達が行おうとしているのは、傍から見れば家事を罰ゲームにしたお遊びなのかもしれない。

 

 

 しかし本人達からしてみればこれは最早、互いの尊厳を賭けた真剣勝負であった。

 触れ合いそうな距離感の中、二人は自分の集中力を高める事だけに全力を尽くす。

 ただただ沈黙を守ったまま、好機が訪れるタイミングを見計らい続ける。

 そして、その瞬間はすぐにやってきた。

 少女達は互いの目で合図を交わすと、握り締めた拳を振り下ろし、大きな声で戦いの始まりを宣言した。

 

「じゃんけん!」

「ぽんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか美味しかったわよ、負け犬」

「……せめて負け鴉と言って下さい。私の幻想郷最速のじゃんけんが……」

 

 結果はご覧の通りとでも言っておこうか、本日の夕飯を作る義務を賭けた勝負は、見事霊夢の勝利で終わった。

 否、夕飯だけではない。

 買出し、掃除、風呂焚きから明日の朝食、洗濯に至るまで、ありとあらゆる必要作業を賭けて二人はじゃんけん勝負を繰り返し、その悉くに霊夢は勝利した。

 自信を喪失したようにその場でぐったりと項垂れる天狗と、文の美味しい料理にご機嫌で鼻歌を歌う巫女の様子は、まさに格差社会の縮図のようである。

 ……しめしめ。

 情けない負け鴉、射命丸文の様子を横目で確認しながら、人生の勝利者霊夢はうっすらとほくそ笑む。

 実は彼女がじゃんけん勝負を選択したのは、単に時間を短縮する為ではなく、勝算があるからこその行為であった。

 博麗の巫女、その中でもとりわけ霊夢は非常に運が強い。

 それはじゃんけんにも有効なようで、平時では五分五分の勝負でも、物や罰ゲームが掛かれば勝率6割。

 それも負けるのは大抵本人が「負けても良いかな」と思うような条件であり、本当に負けたくないと思った際の勝負は8割以上の勝率を誇っていた。

 詰まる所霊夢は今回、始めから8割の勝機をもって文に挑んでいたと言う訳だ。

 新聞記者の癖に調べが足りなかったわね、射命丸文。

 普段はやりこめられてばかりの天狗を、自分の思い通りに嵌めれた事で、霊夢は心の中でガッツポーズをしていた。

 家事も全部やってもらったし、もう言う事無しね、とホクホク顔を隠そうともせずにその場に立ち上がる。

 

「じゃ、お風呂先に頂くわね」

「え?」

 

 その霊夢の言葉を聞くや否や、意気消沈していた文が弾かれたように顔を上げる。

「それくらいは私に譲ってくださいよ。全速で買い出し行って来て、お風呂まで焚いて汗だらけなんですから」

「アンタが負けたのが悪い」

「そ、それはそうですけどぉ……少しくらい温情を与えて下さい」

 

 半分べそをかいたような情けない表情で、文は霊夢に懇願する。

 その顔からは普段の彼女の飄々として自信に溢れた様子など、微塵も感じられない。

 どうやら先程の惨敗は霊夢が思っていた以上に、文の妖怪としてのプライドを傷つけていたらしい。

 これには流石の霊夢も少し可哀想だなとは思ったが、こんな弱々しい彼女の姿を見られる事なんて滅多に無い。

 心の中で小さく謝りながらも、先程こっちを嵌めた仕返しとばかりに霊夢は非情な言葉を紡ぐ。

 

「じゃ、もう一戦やる?」

「え?」

「先にお風呂に入る権利を賭けたじゃんけんよ。あ、勿論やらないんなら不戦敗だからね?」

 

 霊夢の意地悪な言葉に、捨てられた子犬のような表情を浮かべる文。

 彼女にとっては家事の悉くを押し付けられた以上に、じゃんけんとは言え人間相手に勝負で勝てない事……勝てる気がしなくなってしまった事がショックなのだ。

 また惨敗を喫した日には本気で涙が流れてしまうかもしれない、思わず文は勝負を躊躇する。

 しかし、相手が鬼ならばいざ知らず、人間相手に敵前逃亡とあっては天狗の恥。

 情けない自分自身を鼓舞しながら、文はゆっくりと下を向いていた顔を上げる。

 

「……条件を変えてください」

「? 一番風呂以外に?」

「ええ、もし私が勝ったら、その時は私が先にお風呂に入るのではなく……一緒にお風呂に入ってもらいます!」

「なっ!?」

 

 天狗は既に半ばヤケクソであった。

 例え今一勝を挙げたとしても、先にお風呂に入られる程度では、結局巫女にさしたるダメージは与えられない。

 負ける可能性が高いからこそやるからには一発逆転の大勝負、霊夢に自分と同じだけの恥辱を与える程の賭けで無ければ意味を成さない。

 それでこそ、今は博麗の巫女に向いている風向きを変える事が出来ると言う物だ。

 もし勝った場合、自分もまた非常に恥ずかしい思いをする事になるのだが、今の文にはそこまで思考を巡らせる余裕は無い。

 ただただ、霊夢を自分と同じラインまで引き摺り下ろす事、それだけを彼女の頭脳は考えていたのだ。

 

「いいわよ、その条件で行きましょう」

 

 対して霊夢は。

 文の言葉を聴いた瞬間こそは激しく動揺したものの、既に冷静さを取り戻して状況を分析していた。

 ……面白いではないか。

 霊夢の頬に余裕の笑みが浮かぶ。 

 文としては一発逆転を狙ったつもりなのだろうが、霊夢にして見れば墓穴を掘った以外の何物でもない。

 何故なら賭ける物が、罰ゲームが重いほど霊夢のじゃんけん勝率は上がっていくのだ、本当に嫌な物を罰ゲームにして、自分が負ける姿など全く想像がつかなかった。

 純粋な運勝負であれば、自分の右に出るものなど居る筈がない。

 傍から見れば滅茶苦茶な思考回路だが、彼女にはそれを裏付けるだけの戦績があった。

 

「……」

「……」

 

 巫女と天狗はお互いの呼吸が聞こえる程の距離で睨み合う。

 しかし同じ睨み合う体勢でも、既に後の無い文は悲壮感を背中に背負い、自身満々の霊夢は余裕の笑みを崩さない。

 優劣は誰がどう見ても明らかだった。

 しかし、今更引いて戻れる道もなし。

 ついに覚悟を決めた文は、大きく目を見開いて、勢いをつけるかのように自分の拳を突き出した。

 

「じゃんけん!」

「ぽんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 静寂が場を支配する。

 まるで時が止まったかのように、二人の少女は互いに右手を差し出したままの体勢で静止していた。

 その右手の形、文の出しているのは握り拳、所謂『グー』であり、

 それに対して、霊夢が出しているのは指二本……所謂『チョキ』

 つまり―――――

 

「……勝った」

 

 このじゃんけん対決、文の勝利であった。

 信じられない、歓喜よりも先に驚愕が文を支配した。

 先程まであれだけ負け続けていたというのに、こうもあっさり勝利を手にする事が出来るとは。

 じゃんけんとはそういう物だと言う事すら忘れ、文はただただその場で立ち尽くしていた。

 

「嘘……」

 

 霊夢もまた、信じられないと言った表情で立ち尽くしていた。

 今この瞬間、こうして自分と相手の右手を見比べてみても、未だに負けた事を受け入れられない。

 それ程までに霊夢は今回の勝負に自信を持っていたのだ。

 どうしてだ、自分は何かがかかったじゃんけんにはめっぽう強い筈なのに。

 それも、かかっているのが本当に嫌な罰ゲームだったりしたら、無敵に近い状態になれる筈なのに。

 回らない頭でそこまで考えたところで、霊夢はようやく今回賭けていた物が何かに思い至る。

 ――――― 一緒にお風呂に入ってもらいます。

 先程の文の言葉が霊夢の頭の中に反響する。

 え?

 ちょっと待って、え?

 あのパパラッチと一緒にお風呂?

 普段から私に対して取材取材って怪しい視線を向ける彼女と一緒にお風呂?

 買い出しでも掃除でも洗濯でもなくて、よりによってこんな最悪な条件での勝負に、私は負けたの?

 負ける筈が無いとタカをくくっていたからこそ飲んだ罰ゲーム。

 それが今、乗り越えなければいけない壁として正面に現れた事で、霊夢の混乱具合は加速していく。

 

 

「と、取り消しよ、取り消し! 次に私がじゃんけんで勝ったら取り消し!」

「えー! それはズルいです、卑怯です、外道です!」

 

 勝手極まりない霊夢の独断に、文からは激しいブーイング。

 彼女からしてみれば、これまで全ての罰ゲームをやらされて来たのだから、それも無理は無いと言うものだ

 勿論霊夢としても、文が簡単に再勝負を承認しない事など予測の上。

 何とか文に条件を飲んでもらう為に、忌々しげに顔をしかめながら言葉を紡ぐ。

 

「アンタも好きな条件付けて良いから」

 

 その言葉に抗議を止めて、ぴくりと反応を示す文。

 手を顎に当てながら、先程まで霊夢がしていたような意地の悪い笑顔で何かを考え始める。

 どうやら先程勝った事で味を占めているらしい、恐らく彼女の頭の中では自分が勝った場合の新たな罰ゲームが練り上げられているのだろう。

 その見るからに楽しそうな様子を見るに、『一緒にお風呂』取り消しを賭けた勝負にも乗ってくれると思われる。

 それは霊夢としてはありがたいのだが……この勝つ気満々の文の様子が気に入らない。

 今に見てなさいよ。

 さっきのはほんの偶然で負けただけ、奇跡は何度も続かないから奇跡と言うのよ。

 罰ゲーム帳消しの為、そして自分自身の誇りの為に霊夢は心の中で静かに闘争心を燃やしていく。

 そんな霊夢の静かな闘志など露知らず。

 一度勝利を手にした事で先程まで失くしていた自信を取り戻した文は、はっきりと霊夢に次なる罰ゲームを宣言する。

 

「私が勝ったら、一緒の布団で寝てもらいます」

「ぶっ」

「博麗神社には布団が一組しかありませんからね。どうせ霊夢は私を床で寝かせるつもりだったのでしょうが、そうはブン屋が卸さないってもんです」

「……それなら罰ゲームは『私が床に寝る』でいいじゃない」

「ダメです。一緒が条件です。床霊夢なんて許しません」

 

 なんだ、ゆかれいむって。

 何処かで聞いた事のある様な無い様な言葉に霊夢は一瞬首を傾げるが、今はそんな余計な事を考えている場合ではない。

 何せ次の勝負で負ければ、あの狭い布団でパパラッチ天狗と密着睡眠をしなければならないのだ、と言うかそんな何をされるかわからない状況で眠れる筈が無い。

 しかし反面、勝てば一緒にお風呂と言う罰ゲームはチャラ、まさに勝てば官軍、負ければ賊軍の絶対に負けられない戦いがそこにはあった。

 二人の少女は先程の勝負同様……否、先程の勝負以上の緊張感を持って勝負へと臨む。

 何としてでも勝利を手にせんと、霊夢は瞼を閉じて己の集中力を高めていき、文もまた握り締めた拳に念を込めていた。

 少女達の間に永遠のように長い一瞬の沈黙が駆け巡る。

 そして次の瞬間。

 霊夢と文は全く同じタイミングで目を見開くと、相手を殴るかのようなモーションで右掌を突き出した。

 

「じゃんけぇん!」

「ぽぉんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうして……」

 

 霊夢は畳の上に崩れ落ちていた。

 その表情はまさに自信を砕かれた者のそれ、先程の文以上の情けない顔であった。

 既に説明するまでも無いだろうが、先の勝負、霊夢は文に見事に敗北した。

 それどころか、その後挑んだリベンジと言うリベンジ、その悉くに彼女は惨敗した。

 あれだけ、自分がじゃんけんを強いと思い込んでいた霊夢が、である。

 今や彼女の罰は、一緒にお風呂に入り、一緒の布団で寝て、一緒の服を着て、一緒に取材をして、一緒に新聞を作り、一緒にデートするという、見事な一緒構成のフルコース。

 まるで病めるときも健やかなるときも共に在る事を誓ってしまったにような状態であった。

 

「も、もう一回……次私が勝ったら、今までの全部取り消しで」

「流石に駄目です。自分が勝つまで一生続ける気でしょう、もう」

「そこを何とか。お願いだから……」

 

 必死ですがりつく霊夢だが、文は目を閉じながらゆっくりと首を横に振る。

 その非情なる宣告に、霊夢はガックリと肩を落とすと、負け続けの自分の右手を睨み付けた。

 何が強運だ、これまでずっと勝って来た癖に、本当に肝心な時には負けっぱなしではないか。

 自分が嫌だと思った罰ゲームは、しっかりと回避してくれるんではなかったのか……現にこれまでしてきたじゃないか。

 どうして、文と一緒と言う条件になった途端に負け続けて―――――。

 ……ちょっと待て。

 そこまで考えたところで、霊夢の脳裏に一つの恐ろしい仮説が浮かぶ。

 自分は何かのかかったじゃんけんには滅法強く、これまで多くの望む物を手に入れてきたし、数々の罰ゲームを回避してきた。

 なのに今回、『文と一緒』と言う罰ゲームが付いた途端、まるで計ったかのように負け続け。

 もし自分の強運が失われておらず、負けたのが偶然じゃないとするならば、考えられる可能性は一つ。

 ―――――私が心の何処かで負けを望んでいた?

 ―――――私自身が、文と一緒に居る事を望んでいた?

 次の瞬間、霊夢の顔が火がついたように赤くなる。

 そんな馬鹿な。

 有り得ない、有り得ない、有り得ない。

 負けたのはただの偶然だ、このパパラッチと一緒に居たいなんて私が思っている筈が無い、思っていて良い筈が無い。

 必死に自分の立てた仮説を否定するべく、巫女はぶんぶんと首を横に振る。

 そんな挙動不審な霊夢に果たして何を感じたのだろうか、文は頬を掻きながら、小さく笑みを浮かべている。

 

 

「いいじゃないですか、霊夢も私と一緒に居られるならまんざらでもないでしょう?」

「は、はぁ!? アンタ馬鹿!? そんな事ある筈ないでしょうが! 嫌で嫌で死にそうなくらいよ!」

「そ……そんなに必死で否定されるとショックなんですけど」

 

 このタイミングで何て事を言い出すのだ、この天狗は、

 まるで心を読んだかのような文の言葉を、霊夢は勢いよく否定する。

 その頬は真っ赤に染まり、額には動揺の汗が滲み出ていた。

 対して霊夢の瞬間否定を喰らった文はと言えば、心底落ち込んだように下を向いて畳に『の』の字を量産している。

 それ程までにショックだったのか、背中から漂う悲壮感が何とも痛ましい。

 ……そんなに私と一緒に居たかったのだろうか。

 一瞬、頭の中にそんな考えがよぎるが、霊夢は自分の頭に拳を振るってその考察を追い出した。

 そうでもしなければ思考がどんどん良くない方向に向いていってしまう気がしたのだ。

 やばい、痛すぎて涙でそう。

 頭を抑えて蹲る霊夢だが、今は痛みに屈している場合ではない。

 潤んだ瞳を右手でぬぐうと、冷静さを保つべく大きく息を吐きながら顔を上げる。

 

 

「……」

「文?」

 

 そうして持ち上げた彼女の視線の先。

 そこに在ったのは、文の真剣な表情であった。

 先程の悲壮感を未だ背負いながら、けれども力強い目で霊夢の瞳を射抜く。

 彼女の纏う雰囲気に気圧されて、霊夢は思わず唾を飲み込んだ。

 そんな二人を包む重苦しい空気の中―――――

 

「わかりました」

「? 何が」

「もう一戦だけ、勝負をしましょう」

 

 文の口から放たれる、何処か吹っ切れたような言葉。

 その意外な内容に、霊夢は思わず聞き返す。

 

「え、いいの?」

「正真正銘、次が最後の一回です。もう泣いて謝っても絶対に許しはしませんからね」

 

 そう口にして霊夢を見つめる瞳には、若干の威圧が込められている。

 今度こそ待った無し、本当に次こそが全てを決める勝負だと彼女は自身の態度でも語っていた。

 霊夢からすれば、文がどのような考えでもう一勝負を行う気になったのかが、まるでわからなかった。

 けれども彼女にもわかる事、それはこれが霊夢に与えられた最後のチャンスであるという事。

 次に文がどのような条件をふっかけてくるのかは恐ろしかったが、霊夢にこのチャンスをふいにすると言う選択肢は残されていなかった。

 

「わかったわ。それで、今回の罰ゲームは何かしら?」

「ええ、もし最後の勝負で私が勝ったら、その時は……」

 

 恐らくは、そう聞かれるのを待っていたのだろう。

 霊夢の質問を受けた文は、ゆっくりとその双眸を閉じながら予め用意してあった答えを口にする。

 限りなく真剣でありながら、何処か穏やかな笑みを携えて。

 

「ずっと、私だけの被写体で居て下さい」

 

 淀みのない、透き通るような声が風の様に部屋中に広がり、やがて静寂へと変わる。

 風を操る少女の作り出した、刹那の凪。

 それだけで霊夢には、文が本気でそれを口にしていると言う事が理解できた。

 しかし、込められた強い意志は感じられても、肝心の彼女の言葉の真意がわからない。

 巫女は小さく溜息を吐くと、目の前の鴉天狗の整った顔を仰ぎ見る。

 

「どういう意味よ」

「そのままの意味ですよ。これからもずっとずっと、私専用の取材対象で居て下さい。私は撮りたい時にカメラを向け、貴女は気分の良い時だけは協力してくれる。そんな私達の『当たり前』を私達だけの『当たり前』としてずっと続けて欲しい」

 

 ゆっくりと、一つ一つ説明するかのように文は言葉を紡いでいく。

 そして最後はトーンを落として一言。

 

「私以外の子に撮られたりしたら、許しませんから」

「以外も何も、私を取材しようとする悪趣味な奴なんてアンタだけよ」

「昨日、はたてに取材されてました」

「昨日? ああ、そう言えば珍しい天狗が……って文、アンタひょっとして拗ねてる?」

「……」

 

 ……ああ、そういう事だったのか。

 微かに頬を染めて下を向く文を見て、霊夢は全てを悟った気がした。

 彼女が急に家に泊めて欲しいなどと頼みこんできた事。

 その理由を聞いた時、何処か憂いを帯びた表情を浮かべた事。

 やたらと『一緒』を罰ゲームに組み込みたがった事。

 その全てが、霊夢の中で一つに集約していく

 単純な話、妬いていたのだ彼女は。

 自分以外の者から霊夢が取材され、それに快く応じていた霊夢を見て嫉妬していたのだ。

 その感情が新聞記者としての物なのか、射命丸文自身の物なのかは定かではないが……。

 何にせよ、酷く面倒な奴に気に入られたものである。

 霊夢は右手で頭を抱えながら、小声でぶつぶつと愚痴をこぼす。

 その頬は文と同じく朱に染まったままであった。

 

「本当に、その条件で良いの?」

「はい。この条件で勝負してくれるなら、今までの罰ゲームは全部無しにしてもいい。それくらい、私にとっては大切な事なんです」

「随分と無欲じゃない」

「強欲だと自負していますよ」

「……そうかもしれないわね」

「ええ、違いありません」

 

 どうやら条件を変えるつもりはないらしい。

 照れながらも薄く笑う文に向けて、霊夢は諦めたように溜息を吐く。

 しかし、だとすると自分が勝った場合の罰ゲームはどうするか。

 負けたら一生この迷惑なパパラッチに付き纏われると言うのだ、それに釣り合う条件を考えなければ。

 勝負を受けただけで罰ゲームを無しにしてもらえるにも関わらず、巫女は更なる罰ゲームを考えるべく頭を捻る。

 彼女もまた、文に負けず劣らず強欲なのだ。

 

「そうねぇ、それなら私が勝った時の罰ゲームは……アンタがもう二度と、取材と称して私に付きまとわない事!」

 

 霊夢がキッパリとそう口にすると、文は一瞬戸惑いの顔を浮かべるが、すぐに覚悟を決めたように、はっきりと首を縦に振った。

 かくしてこれからの彼女達の関係を巡る、最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 もう何度目かもわからない、けれども今までとは比べ物にならない程の緊張感が二人を包み込む。

 そんな中、霊夢は先程の自分の仮説を思い出していた。

 他ならぬ自分自身が文と共に在る事を望み、自らの敗北を導いているという霊夢にとっては認め難い仮説。

 もしも、その仮説が正しいのならば、ひょっとしたら今回の勝負も自分は勝てないのではないだろうか。

 そんな恐ろしい推察を否定するかのように、霊夢は大きく首を横に振る。

 下らない、そんな事があっていい筈がない。

 自分はこのパパラッチの事を迷惑な存在としか思っていない、一生彼女に付き纏われるなんて真っ平だ。

 ……それこそが自分の本音だと、この勝負で証明してみせる。

 静かに息を吐いた霊夢は、目を見開いて己の意思を右手に託す。

 文もまたこの勝負に全てを賭けているのだろう、その表情はこれまで霊夢が見た事の無い程の本気の物であった。

 

 そして遂に。

 二人の少女達は最後の決着をつけるべく、勝負の開始を宣言した。

 

「じゃんけん!」

「ぽん!」

 

 二人の運命を賭けた大勝負、その結果は勿論――――――

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あやれいむです
ameさん、ありがとうございました!
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