鈴木田中ちゃんぷるー
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1.しょうせつか

 

 

「鈴木。俺、小説家を目指してんねん」

「は?」

 体育館裏での昼飯中、そう切り出してきたのは友人の田中だった。こいつは男子テニス部だ。

 つい先日、県大会個人戦の決勝戦まで勝ち進んだ実力者でもある。

 しかし、自らの転倒で貴重な一点を奪われ、流れを変えられて大敗したのが記憶に新しい。

 やけか?

「昨日、神様が降りてきたんや。わいは小説家になるために生まれてきた、だから机に向かえ。自分の思いを書き殴ったれっていわれたわ」

 そう言った彼の目はぎらりと輝いていた。

 なにか確信に溢れ、自信に満ちた表情。なまじ坊主頭なだけあって神々しささえ感じてしまう。

「ほう、暇な神様もいるもんだな。それで?」

「早速、昨日の夜から書いてみたんや。読んでくれんか?」

「いや、まあ……別に構わないが」

 そう言って彼が取り出したのは妙につるつるした白い紙だ。

 そこになにやら乱雑に文字が連ねられ、神様の言った通りちゃんと書き殴ったのが見て取れる。

 裏返してみた。

 秋の大バーゲンセール開催中!!

 裏返した。

「広告じゃねえか、なんでこんなもんに書いてんだお前は」

「あんな、神様が降りてきた時、わいに力を授けてくれたんや。書くなら今だ、勝利を掴むなら今しかない、そう思ってな、手元にあった広告で書いてしもたんや」

「どうせゲーム欄でも見てたんだろ。まあいい、とりあえず読んでやる」

 

 

 「田中先輩、私、いいよ……」

  彼女は顔を赤らめながらも、静かに俺に身体を預けてきた。

  少女という一人の人間の重みと、温もり、そして感触が、俺になんともいえない心地よさをもたせた。

 「美帆。田中なんて呼ばなくていいんだよ。俺達の邪魔をする者は、もう誰も、いないんだ……」

  そう言って、優しく、割れ物にでも触れるように、そっと手を服の

 

 

「なんでエロなんだよ脈略ねえよ! 妄念の固まりじゃねえかよ!」

「筆の走りはえらい最高だったわ」

「思春期の暴走だよ! ってか、美帆ってうちの妹のことか!?」

「しもた、名前は変えとくべきやったか!」

「てめえ昨日の夜に何を妄想してやがった!」

「黙秘権や、黙秘権! ああ、あかんあかんわ!」

「図星か! 図星だな! 読むかこんなもん、ていうかこうだ!」

 あちゃ〜とか言いながら、額に手を当てている田中から視線を外す。

 俺は立ち上がるとチラシを丸めて、数m先のゴミ箱の底に叩き付けた。

 丸まったチラシは大きく外れて、チューリップ園の中に消えていく。

「何しとんねん自分! わての最高傑作を!」

「うるさい黙れ。あといい加減そのなんちゃって関西弁やめやがれ」

 俺達は関東で生まれ関東で育ったピュア・関東っ子である。

 関西弁で話すことなど許されず、関西弁を使う関西人に対して、関東の言語で話す関東人に対して、田中の言動は失礼極まりないはずだ。

「てか何で捨てんだよ、幾らなんでも酷いだろ! 創作の自由に反するぞこの野郎!」

 突っ込まれた途端に関東的な標準語に戻る田中の口調。

 関西弁には一体どういう意図が含まれていたのか、それは今となっては全てが謎に包まれていて欲しい。

「てめぇは肖像権か何かを侵害してやがんだよこの変態め。うちの妹でやったな、やったんだな!?」

「やってないね! 昨日は全てを創作という一つの目標に燃焼していたさ!」

「……それまでは?」

「――――。……、二回!」

 俺の後ろ回し蹴りが火を吹いた。

 チューリップ園のゴミは回収した。

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2.かぞくあい

 

 

 教室で昼飯を食ってる最中、田中が声をかけてきた。

「鈴木、今日なんだけどさ、お前んちに遊びに行ってい」

「嫌だ」

 脊髄反射のみで返答した。

 言葉の語尾に「か」、及び疑問符がつく前に切り返した。

「なんでだよー、先々週はオーケーだったろー」

 眉を八の字にして田中は言う。

 ああ、OKしたな。遊びに来たなお前。

 そういえば着いて早々に美帆ちゃん美帆ちゃん、ときょろきょろしていた気がする。

 そういえば俺の部屋に行く前に美帆ちゃん美帆ちゃん、と妹の部屋のドアをノックしていた気がする。

 そういえば帰る直前に帰ってきた妹に美帆ちゃん美帆ちゃん、と駆け寄っていた気がする。

 ――――。

 なんで気付かなかったんだ。

「……あの時はお前がうちの妹を狙ってるなんて思いもしなかったからだ」

 自己投影主人公と俺の妹によるエロ小説らしきものを体育館裏で読まされて以来、この坊主頭の男こと田中の前に妹を出したことは一度たりともない。

 妹が視界に入った瞬間に、田中は地べたに沈んでいる。

「なんだよー、いいじゃないかよー、友達だろーがよー」

 そんなブーイングは聞けないのだ、わかれ田中。

 わからなくてもいいから、本能で俺からの殺気を感じるんだ。

「ああ、友達だな。だから犯罪に走らせるわけにはいかんな」

 恐らくその際、田中は無罪になる。

 俺が蹴り倒す。

 犯行直前に蹴り倒す。

 全身全霊で、蹴り倒す。

 そして俺は暴行罪または殺人罪で捕まる。田中を蹴り倒して捕まりたくなんてない。

 ダメ、ゼッタイ。

「大体、お前の妹を狙ってるの俺だけじゃないぜー? 俺の美帆はアバっ」

 上履きでぐいぐいと田中の顔を押した。

「……す、鈴木の妹は、うちの学校で五本指くらいに入る美人だろうが」

 それは俺も知ってる。いや、見慣れてるもんだから俺から妹が美人、なんて評価は全く出てこないのだが、

『ラブレターもらっちゃった! えへへー、どうよー』

 などと家でごろごろしてるのを、何度も見せ付けられるといやでも察する。

『やだやだ〜、断ってよ美帆〜!』

 と父親がごろごろしてるのも嫌というほど見たが、これは余談だ。

「――関係ねえ。ダチの妹に手を出そうって時点で恥かしいと思わないのかお前は」 

「だってさー、このクラスにも美ほぁっ 鈴木の妹を狙ってるやつは多いぜー?」

 咄嗟に視線を動かした。何人か目線を逸らしたのは気のせいか。

 俺の鷹の目から毎日のように逃れられると思うなよ、小動物ども。

 そんな獲物の一人が、穏やかな笑顔をうかべて語りかけて来た。

「なあ鈴木……恋愛は、自由だろ?」

「なあ田中……変態は、御用だろ?」

 俺の所属している空手部の連絡網などと称して家に侵入した上に、世間話と見せ掛けて美帆ちゃん美帆ちゃん言いながら階段を駆け上っていったのを、足払いで撃墜したのは昨日の夜のことだ。

 ちなみに田中は男子テニス部だ。

「それを言うならさ、加藤なんか前にこっそり盗撮した鈴木の妹の写真を自慢してたぜ? 売り捌いてたし」

 俺は目標を発見した。

 たこウインナーを口にしながら、追い詰められたうさぎのような目で俺を見る加藤。

 貴様、加藤。お前のことは、眼中になかったから信じていたのに。

 去年の夏休み、課題ノートを忘れた際に十分でコピーして自転車こいで来てくれたのは、妹と五分間世間話するためだったのか。助かったが。

 運動会の日、うっかり自分の出るカリキュラムを忘れてた俺を指摘しに来てくれたのは、世間話をしつつ妹が母の手伝いで作った卵焼きを頬張るためだったのか。助かったが。

 昨日、偶然通りかかって田中を回収してくれたのは……てか加藤の家ってうちと反対方向じゃねえか。助かったが。

 能動的な走馬灯が駆け抜ける。友との思い出をかみ締め。そして、前を見た。

 ――迷いはない。

 まさに疾風。体勢を低くして加速した。

 加藤が逃げることなど不可能だ。逃げることなどできない。なぜなら、彼は。

 ……たこウインナーを口にしながら、追い詰められたうさぎのような目をしているだけの、ただの男子学生なのだから。

 俺は、そのままの加速度に乗せた足を。

「かあああとぉおぉぉぉ!」

「うわあ、落ちつけ鈴きうごぁ!?」

 俺の上段回し蹴りが火を吹いた。

 椅子から転げ落ちた加藤は、目をぱちくりさせながら俺を見上げた。

「写真」

「……はい……?」

「出せ」

「あの」

「出せ」

「……はい」

 加藤が鞄から取り出した写真を受け取る。

 ついでに加藤の身包みを剥いで隠し持っていた写真も奪い取る。

 それから加藤の机の教科書に挟まっていた写真ももぎ取る。

 念を押して携帯の待ち受け画面と、保存先のフォトフォルダと、プライベートフォルダの中の画像を消去した。

 パスワードはしばいたらゲロってくれた。

 ネガも持ってくると誓ってくれた。

 俺は加藤のそういうところが嫌いではない。

「鈴木ー。財布の中にフォトシールがあるぜ」

「てめ、田中ぁ!?」

 引っぺがした。

 真っ白に燃え尽きた加藤を椅子に座らせて戻ってくる。

「鈴木」

「なんだ」

「シスコンか貴様」

 田中は昼休みを睡眠時間として有効活用した。

 内ポケットの写真は回収した。

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3.ぷるぷる

 

 

「放課後だなー」

 ぷるぷる。

「そうだな」

 ぷるぷる。

「暇だなー」

 放課後の教室。田中は俺の横でグラスファイバーイージーブレードを振りながら呟いた。

 グラスファイバーイージーブレードとは、ぷるぷると振る健康器具の棒だ。

 使い方は、その名の通りイージー! というのが売りである。

 マイケルはそう言っている。

「つか暇って。お前、部活があるだろうが」

 田中はテニス部だ。先日は県大会の決勝戦まで勝ち進んで、転倒した所から流れを変えられて敗北している。

「あ、部活は休み。県大会終わったばっかだから三日は自主練習だとさ」

 ぷるぷる。

「それ、休みじゃないよな」

 ぷるぷる。

「まあ、とりあえずせっかく暇が出来たからどこか行かないかってことでさ」

 ぷるぷる。

「それ、休みじゃないよな」

 ぷるぷる。

「お前の妹と買い物に行かないか?」

 ぷるぷる。

「それ、休みじゃないよな。てか俺を使って間接的に妹を誘うな」

 確認事項、田中はうちの妹を狙っている。ぷるぷる。

「え、ダイレクトに誘っていいの!?」

 ぷるぷるぷるっ。

「諦めろ」

 俺が足をぴくりと動かすと、田中は全身をびくりと動かす。

 その様はもはやパブロフの犬そのものだ。ぷるぷる。

「いいじゃんかよー、買い物くらいさー、友達だろー」

 そう言って田中はグラスファイバーイージーブレードをより一層激しく振る。ぷるぷるぷるぷる。

「……ていうか、お前、それなんだよ」

 何よりどこから持ち込んだんだ。

「え、これか? いいだろ、新しいストラップだぜ」

 田中はそう言うと、自慢気に胸ポケットの携帯にぶら下がったダチョウのストラップを見せ付けてきた。

 帽子を叩きつける仕草をしているが、鳥類のダチョウである。

「いや、そんなダサいストラップの事じゃない、それだ、それ」

 今度は明確にグラスファイバーイージーブレードを指す。

「ああ、これか」

 田中はあろうことか腕時計に視線を落とした。

 思わず顎に足をいれる。

「いってええええええ! なにすんだよ!?」

「わざとだろうが! お前が手に持ってるそれのことを言ってんだよ! ああ、ぷるぷるうるせえ!」

 今度は手でグラスファイバーイージーブレードを掴み、明確に田中に突き付ける。

 ぐさっという音がした気がした。

「ぎゃああああああああああああ」

 故意にも、グラスファイバーイージーブレードの先端が田中の右目を仕留めた(※ぜったいにまねをしないでください)。

「お前、失明させる気か!」

「なんだ、気で終わったのか……テニス人生に終幕かと思ったら」

 もちろんジョークである(※ぜったいにまねをしないでください)。

 田中が手を離したので、グラスファイバーイージーブレードは俺の手の中に収まった。

 ちょっと振ってみた。

 ぷる。

「てか、なんでこんなもん持ってきて、かつ放課後に振りまわしてんだお前は」

 田中は右目を抑えながら、はあ? といった感じで俺を見る。

「なんでって、腰を鍛える為だろ」

 グラスファイバーイージーブレードが田中の左目を貫いた(※ぜったいにまねをしないでください)。

「Oh!」

 両目を隠してじたじたとする田中。てかなぜに英語なのか。

「……いや、英語でリアクションとれば新鮮かなと」

「何の話だよ……」

「てかなんで刺しますか。なにか悪い事しましたか」

「いや、悪い。下ネタと勘違いした。テニスで使うもんな、腰は」

「              、Yes, I do.」

「なにがだ、てかその間はなんだ」

 田中はそっぽをむいた。

 グラスファイバーイージーブレードが頬を横に薙いだ(※これはそんなにまねをしないでください)。

 頬をバシンバシンされて嫌々する田中だが、なぜか両目を瞑っているのでかわせない。

 ああ、そういえば俺が両目をこうしたんだった。

「……ていうか、目を開けられないんですが。これはどうなんですか鈴木さん」

 手を外すと、目を瞑ったままで田中は敬語で聞いてくる。

 ちなみに手は赤くなった頬に移動していた。

「……さすがに両目はまずかったか、今度からは片目だけにするべきだな」

「目潰し自体しちゃいかんだろ!」

 仕方ないので、目を開けない田中にグラスファイバーイージーブレードを預ける。

「え、なに。これでどうしろと?」

「それで腰でもスリムアップしてろ。妹を連れてきてやる」

「まじか!? やっべ、俺目潰しくらって良かった!」

 田中はグラスファイバーイージーブレードを狂ったかのようにぷるぷるさせる。

 ぷるぷるぷるぷるぷるぷる……!

 刹那、俺は戦慄する。

 

 それは、まさしく嵐だった。

 

 溢れ出るほどの気迫は、教室の空気をがらりと変えるほどのものだった。

 その圧倒的なグラスファイバーイージーブレード捌きは、周囲の空気の流れを豹変させる程のものであった。

 田中の周囲が、神風に包まれていく……。

 ――その瞬間、田中を中心に大気が動いていた。

 ……気がしたんだが気のせいだな、気がしただけだし。

「じゃあ、そこで大人しくしてろよー。来たら声かけるから、その時にでも目を開ければ完治してるだろ」 

「おう、いくらでも待ってやるぜ!」

 ぷるぷるぷる!

 ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる!

 ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる!

 ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる……。

 

「……で、それをずっと振っていたと?」

「はい、そうです」

 数時間後、田中は宿直の国木田に無事保護された。国木田が頭蓋骨陥没を試みたらやっと目を開けた。

「何時かわかるか?」

「あ、腕時計ありますよ。暗くて見えませんけど」

「まあそれはいいさ、明日あたり親呼び出しな」

「まじすか!?」

 数日の間、田中はグラスファイバーイージーブレード使いとして、

『すごいけどきもい。きもいけどすごい』

 という評価のもと、教室でほんのちょっとだけ注目された。

 誰も寄り着きはしなかった。

 つか、色々と問題があるのでグラスファイバーイージーブレードをぷるぷるさせながら追い駆けないで欲しい。

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4.にちじょうのよんこま

 

 

 しょくごごご。

 弁当を平らげ、食後の一杯としゃれ込む。

 食事用の冷たい烏龍茶とは別に、魔法瓶で持って来る温かい珈琲が、俺の密かな楽しみである。

 まあ、豆から挽くような贅沢はできないので、インスタントなところが夢のない話だが、経済的な事情なので致し方ないだろう。

 豊かな香りを鼻からゆっくりと吸い上げて肺を満たし、吐き出す。

 この独特の甘くほろ苦い香り、それが鼻孔をくすぐり肺を胃を心を身体を全身を満たし、満たし、満たし。

 透過するように消えていく、その感覚。

 癒されていく。

 体内の奥底から、活力がわき出てくる。

 常連の喫茶店で飲む珈琲ほどではないが、好きなものなのだから、多少の劣化など気にはならない。

 視線を黒い海へと落とす。

 鼻から香りを放り込み、下準備ができた。

 一瞬は永遠にも思える永久へ。

 口から香りを蓄える。

 落ち着いた動作で口に溜め、舌で転がし、楽しむ。

 それが口の中を珈琲で満たし、更に俺の活力は回復した。

 そして、いよいよを持って、舌で味わうのを止め、

「鈴木、エロ本貸してくれ」

 珈琲を吹き出した。

 射線上に座っていた加藤が悲鳴をあげた。

 

 

 たいしゃく。

「……で、田中」

「うん? なんだよ、早く貸せよエロ本」

「持ってねえよ!」

「なんで持ってねえんだよ!」

「逆ギレしてんじゃねえよ! 持ってるわけねえだろうが!」

「……そうか鈴木、お前。もしやエロ本など使わずに美帆で」

 魔法瓶の蓋を開けた。ちなみに美帆は俺の妹だ。

「すみません、妹さんでそんなことするわけないですよね」

 田中は額を床に擦り付けながら土下座した。ちなみに田中は美帆に気がある。

「わかればいいんだが」

 全く、食後の一時が完全に台無しになっちまった。

 こりゃ貸しだな。

 あとで借りは返してもらうとして、とりあえず新たに珈琲を注ぐべくカップへと手を伸ばし。

「それじゃ、妹でいいから貸してくれない?」

 田中の頭に、俺は大好きな珈琲を注ぎ込んだ。

 珈琲の香りが田中の坊主頭を包みこむと、それはまるで、影憂う星のようで……。

 白い湯気がふつふつと、俺の目の先までのぼってきていた。

 ――一瞬は永遠にも思える永久へ。

 田中の大地を駆け巡る黒い海は全てを飲み込み、そして球体は回転する。

 黒塗りの頭が反転すると、田中の顔が浮かび上がってきた。

 ……そう、地球は、丸かった。

 

 

 じょれつ。

「で、なんでエロ本なんだよ?」

「読みたかったからだ!」

 田中は水道で洗ってきた顔を拭きながら、誇らしげに、かつ短く短絡的で馬鹿っぽくそう言った。

「そもそも俺のところにその話題を持ってくるのが間違いだと思うんだが」

 事実、それで先程、珈琲が無駄に消費されるという惨劇が起きたわけだが。

「いやな、前の休み時間、加藤が「鈴木ならエロいのくらいあるだろ」とか言ってたもんだから」

 視野を教室全体に広げた。

 目標はエリアにはいない。

 どうやら先程の珈琲の惨劇に乗じて逃げおおせたようだ。

 愚かな。授業が始まるまでの数秒で片を付けてやる。

「つーか、その時点で俺が持っていないだろうという結論に至らなかったのはなぜだ」

「読みたかったからな! そんな深い所まで至ってない!」

 田中は誇らしげに、かつ短く短絡的で馬鹿っぽくそう言った。

「俺に聞いたら蹴られるだろうとか考えなかったのか、お前は」

「読みたかったからさ! 全てをなげうってもいい覚悟だったね!」

 田中は誇らしげに、かつ短く短絡的で馬鹿っぽくそう言った。

「…………」

 足を上げる。

 田中は誇りも何もかも全てを投げ捨てた。

 

 

 じょうしき。

 そんなこんなで、時計を見てみればすでに昼休み終了まで残り五分。

 俺の楽しみが、また一つ潰れてしまった。

「……はぁ」

 うんざりしすぎれば、ため息が漏れるというもの。

 そのため息で、もやが晴れたのかどうかはわからない。

 が、ふと疑問に思ったことがあった。

 先ほどまでのペコペコ感など微塵もない、ふてぶてしい態度で立ちあがった田中。

 それを待って、田中に問いかける。

「ていうか、お前は持ってないのか」

「なにを?」

「いや、だからエロ本を」

「は? 当たり前じゃん、俺たち十七歳だろ」

「だったら持ってるかどうかなんて聞くんじゃねえよ!」

 俺の右足が急激に加速する。

 一瞬は、永遠にも思える、永久へ――――。

 

 ようは火を吹いた。

 

 今日もいつもの昼下がりである。

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 鈴木と田中のちゃんぷるー
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