射命丸文の桜旋風
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そろそろ夜も明け、日が昇るにもそれほど時間はかからないだろうと思われる、そんな時刻。

妖怪の山から流れ、霧の湖に流れ込む川の中間地点に当たるその場所は大小の様々な滝が存在し行く手を阻んでいる。

沢山の滝の中、とある滝の裏手にぽっかり開いた広い空間。そこは非番中の白狼天狗達がおのおの好きな事をして暇を潰す場所としてよく使われている。

が、今その場に居るのは犬走椛と、新人の名も無き白狼天狗だけであった。

 

 

「……ね、眠いっす」

「交代まで後1時間はありますから寝ていても構いません。私に付き合わずとも良いといったのに」

「そ、そういうわけにはいかないっす!」

 

 

垂れていた耳が途端にぴんと跳ね上がりやる気のある表情になるが、すぐさま眠たそうな表情に戻る。

この新人、見張りとして配属される前から椛の事を知っていたらしく、配属されるや否や椛の元に飛んできて部下にしてくれと飛んできたのだ。

若い白狼天狗らしく、猪突猛進だがそれなりに機転は利くようで椛自身少し期待をしているのだが、どうやら椛の事を慕っているようでどうも空回りしがちなところが多い。

一人前になるまでまだまだかかりそうである。……若いって良いねぇ。

 

 

「やれやれ……」

 

 

ふぅ、とため息をつきながら、椛は流れ落ちる目の前の水から透けて、かすかに見える景色を眺めなおす事にした。

先程より多少明るくなった外をじっと見つめる。椛の目には今のところ異常は見られない。滝の轟音以外は何も聞こえない。静かなものである。

再びうつらうつらし始めた新人に濡れタオルでも持っていこうかと思い立ち、タオルを滝の水につけ絞ったところで椛の耳は何かの音を捉えた。

 

風を切る音。鴉天狗のようには飛べないものの、白狼天狗だってそれなりに飛ぶ速度は早い。

その白狼天狗特有の風を切る音がこちらに向かってきているようだ。

 

 

「椛先輩、この音は……」

 

 

椛が聞こえていた音はどうやら気のせいではなかったようだ。先程まで半分寝ていた新人だったが、ぴくっとその音で跳ね起きる。

それと同時に、滝を切り裂き一匹の白狼天狗が飛び込んできた。よっぽどスピードを出してきたのか、そのままごろごろと転がり、向こうの壁にごちんと激突してようやく止まった。

 

 

「ちょっと大丈夫ですか?! 一体何があったのです!」

「あいたたた……」

 

ふらふらと立ち上がった椛の同僚は、呆気に取られた新人天狗とびっくりした様子でこちらを見つめる椛を交互に見た後にようやく口を開いた。

 

「妖怪の山が……突然ぱああって光ったと思ったら、突然……!」

「お、落ち着いてください先輩! 何があったんですか?!」

「いやこれは口で説明しても仕方ないわ……二人とも外出て確認してみて」

「はいこれ飲んで。 ……行くわよ」

 

肩で息をしている同僚に水を差し出した椛は、着いて来いと新人を促し滝の向こう側に飛び出す。

速度を付け一気に飛び出した二人は、そのままくるりと自分達の背中にある妖怪の山を睨む。

その睨んだ先には、予想だにしなかった光景が飛び込んできた。

 

 

「……え?」

「な、なんですかこれは」

 

 

呆気にとられる新人。椛の方も自分の目に写っているものが真実か決めあぐねていた。

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

「……うーん……故障なのかなぁ」

 

念写して出て来た写真を一瞥すると、すぐさまそれを投げ捨てる。

同時刻。姫海棠はたては、先程から同じ光景しか映し出さないカメラに辟易としていた。

 

 

桜の花。先程から、自分のカメラには幻想郷の何処かに咲いているであろう木の写真しか写らなくなってしまったのだ。

 

 

「全くめんどくさいわ……。また河童に見てもらわないとダメかしら」

 

ため息一つついてから寝転んでいたベッドから起き上がり、軽く身嗜みを整えて外に出る支度を始める。

早めに出ないと待たされる事もありうる。用事はスムースにパパッと終わらせるに限る。

しかしこの時刻から行くのは相手に迷惑だろと突っ込みを入れる者は何処にもいない。その辺はたてらしいといえばはたてらしいのだが。

 

いつもの下駄に履き替えドアを開ける。さて飛び立つかと顔を上げた瞬間、思考が凍った。

 

 

「…………」

 

 

唖然。昨日まで存在していた鬱蒼とした森は消え去り、その代わりに存在していたのは。

 

 

「……ど、どういうことよ。これ」

 

 

はたての家の周り、いや妖怪の山を覆う桜の木々であった。

 

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 

妖怪の山が、桜の山と化す。

狭い幻想郷、その話は瞬く間に広まった。

最初は驚かれはしたものの、山の麓では毎日のように人妖混合の宴会が始まる事となった。

 

 

……そろそろこの異変が起き一週間になるが、当の博麗の巫女は動く気配が無い。

問題なしと判断しているのだろうか、どんちゃん騒ぎをしているのかそれは分からないが。

幻想郷全体が浮かれているような状況であった。

そんな中、幻想郷最速は桜の妖怪の山を落ち着きの無い様子で駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

彼女は飛ぶ。自らの吹き散らす風に桜の花びらを纏わせながら。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

彼女は飛ぶ。桜の木々の隙間を縫い、紫電の如く駆け巡る。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

急上昇、急降下などを繰り返し、縦横無尽に妖怪の山とその上空を飛び回る。

彼女が飛ぶたびに花びらが舞い、彼女を追いかけるかのように風に乗る。

 

大量の花びらを纏いながら急上昇した彼女が突然上空で飛ぶのをやめる。

 

 

 

「…………」

 

 

 

地面に向かって急降下するのと、自然落下するのは似ているようで全く違う。

自らの力ではどうしようもなく加速して行く様は、自分の力で加速するのとはまた違う感覚である。

風を失った花びらよりも早く自然落下する彼女は、地面まで目測500mというところで一枚のスペルカードを取り出した。

 

 

 

「――竜巻「天孫降臨の道しるべ」っ!」

 

 

 

文を中心に激しい烈風が起きる。

その風ははるか上空にまで届き、花びらを巻き込み桜色の旋風と化した。

 

 

 

 

……ここ一週間。彼女はこういう事をずっと繰り返しているわけなのだが。

麓でこれを見ている人妖は「またやってるよ」やら「綺麗だなぁ」とか言っているが、当然の如く見世物でもなんでもない。

 

 

 

 

 

衝動、という言葉がある。

辞書で引いてみれば、強い何かによって心的に動かされること と出てくるだろう。

言葉を変えて本能とも言われるそれは、ヒトに限らず、動物でも持っているものである。

 

無論、妖怪とてそれは同じ。

 

 

射命丸文は非常に素直な妖怪である。

何に素直かと言ったら自分の感情に、である。

感じた事を隠し通すぐらいならば、迷う事無く彼女は外に吐き出す。

思った事があれば素直に従い、やり遂げる。

 

 

 

 

 

――つまるところ。

射命丸文は、桜の中を思いっきり飛び回りたいという衝動に任せて飛んでいるだけである。

深い意味などほぼ皆無。

 

 

こんな機会、もう二度と起きないと分かっているから。

チャンスを逃すまいと。彼女は飛んでいるのだ。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

すっきりした様子で地面に降り立った文は、改めて桜の木々を見渡す。

あれだけ風で吹き回したにも拘らず、丸裸になった桜は無い。

おもむろに近くにあった木に触れてみる。間違いなく、桜の木だ。文の手に、命あるものの鼓動がしっかり伝わってくる。

 

 

「もう一生分桜の間を飛んだ気がしますねぇ」

 

 

ぶわぁっと風を撒き散らし、文は再び空を翔けた。

 

 

「……この素敵な異変を終わらせるとしましょう」

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

射命丸文は新聞記者である。

新聞を書くために彼女は沢山の写真を撮る。

その延長上なのか趣味なのかは不明だが、新聞に関係ないことでも写真を撮るということをよく行う。

 

彼女が撮った写真を見てみると、幻想郷の様々な人妖の姿がある。

そしてある事に気づく筈だ。

自然な姿をカメラの前に晒し、写真の中に居る人妖の中に文の姿はほとんどいないという事に。

 

カメラ役は写真に写らない。当たり前では?と思うかもしれない。

 

ところが幻想郷にあるカメラというものは、何も文だけが持っているものではない。

確かに珍しいものではあるが、同じく新聞を書くであろう鴉天狗はもちろんの事、機械をいじる事が好きな河童、向こうの世界から訪れカメラを知っている現人神。

森の道具屋の店主など、様々な人間がカメラを持ち、写真を持っている。

その写真の中にも、文の姿は本当に少ない。集合写真にいる場合が殆どで、何かの様子を撮ったものというものは全くないのだ。

 

写真に撮られることが嫌いなわけではない。では何故彼女は写真にいないのか。

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

「到着」

 

 

たんっ、と舞い降りた場所。そこは博麗神社とはまた趣の違う、幻想郷に存在するもう一つの神社、守矢神社である。

 

 

「あら、こんなところに珍しいですね」

「少し貴女に用がありましてね」

「私に、ですか?」

 

 

箒片手に境内の掃除をしていた東風谷早苗は、珍しい客人に声をかけた。

……何故巫女は箒が似合うのだろうか。そんな思考はひとまず脳内の隅に片付け、文は切り出した。

 

 

 

 

 

「……この桜、貴女のせいですよね?」

「…………あー……」

 

 

 

 

 

途端に苦笑いを浮かべる早苗。悪戯を見つかった子どもが見せるような、あぁばれちゃったよ……と言わんばかりの表情だ。

その表情を肯定と受け止めたのか、文も苦笑いを浮かべた。

 

 

「……一週間前、でしたね。妖怪の山が桜だらけになったのは」

「えぇ、飲み会の次の日でしたね」

 

 

 

……不定期にある守矢神社での宴会。

早苗はもちろん、文もそれに参加していた。妖怪の山にいる神様やら妖怪やら、そのあたりも一斉に集まって大層な騒ぎとなった。

 

 

その宴会で。珍しくお酒が入った早苗が、話のネタに持ってきたのがこちらの世界に来る前に見た、桜の話であった。

 

 

 

 

『山一面に桜が咲いていてですね……それはそれは大層綺麗だったんですよ……!』

『ほほーう、それは是非一度見てみたいものですなぁ!』

 

丁度近くにいた文もまた、しっかり酒が入っていた。

 

『あらぁ?文さんともあろう方が沢山の桜を見たことが無いのですか?!』

『いやはや、長い事私も生きてますが、そういうのにはお目にかかった事が無いですねぇ!一度見て、桜の中を飛び回ってみたいものです!』

『妖怪の山辺りが全部桜になったらとても綺麗でしょうねぇ!』

『それはいいですな!奇跡でも起こるものなら、是非見てみたいもので!!』

 

 

 

 

……このときの文は、これを話した相手の能力を忘れていたのかもしれない。

はたまた早苗も、自らの力の事を気にしなくなっていたのかもしれない。

 

 

奇跡を起こす程度の能力。人間の力や自然現象を超えたそれを成し遂げるのが早苗の力である。

巫女に叩きのめされて、魔法使いにけちょんけちょんにされて。自分は特別の人間ではないと思い知らされても。

やはり、早苗は現人神なのだ。不可能だろうがなんだろうが、「起きる」と思えば「起こって」しまう。

 

 

 

 

 

「朝起きてびっくりしましたとも。冗談で言った事が現実になるとは」

「酔ってて能力が暴走でもしたんでしょうかねぇ……しかし。ここまで大事になるとは」

「私としては飽きるほど飛びまわれたので、そろそろ元に戻っても良い頃かと思いましてね」

「うーん……多分明日か明後日の間に花も散って、夜の間に木々が戻るんじゃないかと思うのですが……」

「自信がないと?」

「そんなところです」

 

 

無責任ですいませんねぇ、と自嘲交じりな笑みを見せる早苗だが、それを否定するかのように文は首を振った。

 

 

「なぁに、奇跡で木々が桜になったのならば奇跡で桜が普通の木々に戻るでしょう。貴女が言うなら問題ありません」

「……そう言いきれる根拠は?」

「貴女の存在そのもの、と言ってしまえばいいでしょうか?」

 

 

文はぴしっと持っていたペンを早苗に突きつける。

 

 

「貴女は自分自身の力を過小評価しすぎです。ここに来た頃の貴女は実に自信に満ち溢れていた」

「……身の程を知った、と言ってください」

「運は実力のうちに入りますが奇跡は実力のうちには入りません。少なくともスペルカードの勝負にはね。弾幕勝負に奇跡なんて使われてはたまりません」

 

 

奇跡のような弾幕を見せ付けてくれる、というのはまた別の話ですがね。と文は言葉を続けた。

 

 

「私事な感想ですが、もう少しあなたは自信を持っていいかと思います」

「そんなものでしょうか……」

「そんなものです」

 

 

難しい顔をする早苗を他所に、すたすたと本殿の前まで歩いた文は懐から硬貨を取り出し、ほいっと賽銭箱に投げ込んでから再び早苗の前に戻ってきた。

 

 

「……後払いでもOKとは、最近の神様は気前がいいですなぁ」

「分割払いでも可能ですよ?」

「今のところ、そこまででっかい願いはないですから、またの機会に利用するとしましょう」

 

 

 

それではと軽く一礼し、文は神社を後にした。

後には文の飛び去った先を見つめる早苗だけが残された。

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

文が守矢神社を訪れた二日後妖怪の山は鬱蒼と緑の茂る山に戻っていた。

日常が戻った幻想郷は、大体いつもの通り。

……だから言ったでしょ、ほっときゃ元に戻るってとぼやいた巫女の勘もいつもの通り。

 

 

そして噂好きの天狗達はこぞって桜の異変を新聞にし、ある事ない事書き連ねていた。

 

 

 

「……しかし、珍しいわねぇ」

「外に出てる事が珍しい人にそんな事言われるとは思いませんでしたが」

「どういう意味よそれ」

「そのまんまの意味よ。で、何が珍しいって?」

 

 

妖怪の山が元に戻ってから一週間後のお昼時。

はたてにランチを誘われた文がサンドイッチをぱくついてる時に、はたてからそう切り出された。

 

 

「いやだって、あんたみたいに記事を書くことに貪欲な天狗が、今回の件について全く触れないだなんて」

「……何か言いたげね」

「私は念写記者。新鮮さは無くても正確さはピカ一よ?」

「…………」

 

 

にこりと笑うはたてに対して、無表情でサンドイッチに齧る文。

 

 

「何怖い顔してんだか。別にそんな事書き連ねたって面白くもなんとも無いわよ」

「じゃあ何のためにその話を切り出したんだか」

「桜の中を飛び回りたいなんて、可愛い願望があったのねぇと思っただけよ?」

「喧嘩売ってると見た。いやその喧嘩買ったわ買うわよ売らないと言っても無理矢理買うわよ」

「やーねぇもう」

 

 

表に出ろと言わんばかりの文を制止させ、はたてはとある封筒を押し付けた。

 

 

「何これ」

「見れば分かるでしょ。と言うか、異変が終わってからこの写真ばっかり出てきてどうしようもないのよねー。仕事になりゃしないわー」

「アンタは何を言って……」

 

 

るのか、と続けようと思ったのだが。封筒の中身を見て口が止まった。

 

 

 

 

「思うんだけど、文って被写体に向いてないわよねぇ」

「…………」

「その点、私の能力って便利よねぇ」

「…………」

「嬉しそうな文の顔って、滅多に見られないかも」

 

 

封筒の中身を睨みつけていた文が、ようやく顔をあげる。

 

 

「…………今日のランチ」

「ランチが何?」

「……私が奢るわ。特別よ?」

「ふふん。もっと褒め称えても良いのよ?」

「調子に乗るな引き篭もり」

 

 

ふんっ、鼻を鳴らしながら文はサンドイッチに手を伸ばす。

嬉しさを隠せない文を見ながら、にやにやとした表情を崩さずはたてはアイスコーヒーに刺さったストローに口をつけるのであった。

説明
桜を見た帰りにささっと。
多分私の考えてる文とはたての関係はこんな感じ。
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東方 犬走椛 姫海棠はたて 射命丸文 東風谷早苗 

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