解説屋
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 まず初めにしたことは、体を自由に動かせるようにすることだった。

 自分の体は、いや、人間の体は思う通りに動かない。例えば地面と水平に手の平を動かそうとしても、縦にずれる。直線的に動かそうとしても、斜めに動く。停止させようとしても、微妙に震える。何となく自分の体は自分の意志で動いているような気がしていたが、突き詰めて計測して行くと全然そんなことはなくて。けれどそれをどうにか思い通りに動かせるようにする。鼓動でさえも、必要な時に早められるように。不必要な時は穏やかに刻めるように。ただただ単純に、自分の体が自分の意志に近しく動くように訓練する。それが最初にやったことだった。

 幸い、知識や必要な道具は与えられた。自分の体が、間接可動域までしか動かないこと。間接と間接が連なって動くので、直線的な動きはそれをどうにか組み合わせ、近しいベクトルを作り出すようにしなければ出来ないこと。筋肉はどうしても微細な震えを発するので、その震えを細かく打ち消すように調整することで大体の停止状態を作り出せること。理解し、積み重ねていくと、体はどうにか思う通りに動くようになっていった。

 同時に、思い描く動きが出来るように、体の構成物質も鍛えあげた。鍛えられた、とも取れる。だが敢えて俺は、それを自らの手で鍛え上げたのだと思いたい。実際、方法が解っていて環境が整っていても、全員がそれを完遂出来る訳ではないからだ。成長期を利用し、体を壊さない程度に痛めつけ、再生させていった。

 感覚を研ぎ澄ましたり、鈍感にする訓練も行った。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、痛覚。それら全てを敏感にしていき、同時により強い刺激にも耐えられるよう訓練した。相反するそれらを鍛えられたのは、長い間蓄積された知識のお陰だ。先祖達の、強くなりたいと言う意志。執念。それが記録として、知識として財産になり、財産は親から子へと受け継がれた。連綿と長い間、受け継がれ続けた。途中で誰かが放棄したら終わりだったが、自らの血を特別だと思う、思いたい意志が現代までそれを受け継がせた。これは予測でしかないはずだが、俺は勝手に確信している。

 そして全ての基礎が固まり、後はそれを伸ばしていくだけになった時、俺に短刀が与えられた。体はどうにか思い通りに動くようになったが、手に持ったそれは全然言うことを聞かなかった。祖父は言った。それを手足のように扱えるようになった時が、ようやく始まりなのだと。俺は基礎を理解したと思ったら、それは基礎を習得するための練習に過ぎなかったのだ。

 自己を用い、外界の物質をどう動かすか。触れるか。扱うか。それはどう応えるのか。それをひたすら練習し訓練し鍛え一年が経った頃、祖父は実戦と称して俺を山に連れていった。そこで俺は基本的な闘争を学んだ。逃げる兎の狩り方。飛び立つ鳥の落とし方。獰猛な猪の殺し方。それらを繰り返す内に、手の中の刃は人類種にとっての爪だと理解した。

 体の成長に合わせて、いやそれ以上に爪は長くなっていった。成人した時、七尺の長さを扱えるよう想定して、少しずつ長くしていったのだ。それだけではなく、山では生きるための技術をこれでもかと叩き込まれた。それのプロフェッショナルになるにはまた生涯を賭ける程の訓練が必要だったため、必要なだけ。近接戦に持ち込むのに必要な知識、体調維持の仕方、環境に紛れ接近するための方法。戦うべき時、怪我や病気をしていたのでは力を発揮出来ない。栄養や水分の欠乏は、致命的でさえある。

 それらの修行を終えて、俺はようやく刀と出逢った。それを手にした時、今までの人生が全てこれを手足のように扱うため歩まれたのだと知った。理解した。祖父の剣術は俺の体に馴染んだ。とても良く馴染んだ。何よりそれは、楽しかった。そんな楽しい日々が半年続いた後、俺は学校に入れられることになった。この国に生まれた者の義務、だそうだ。

 社会と言う集団の中に入ることはとても楽しかった。自分が異端で、特別だったからだ。気に入らないことがあれば、暴力を用いればいい。何もかもが思い通りになった訳ではないが、同年代の連中よりは遙かにどうにかなるものが多かった。教師と名乗る大人達は、一度俺を罰しようとして失敗した。それ以来、腫れ物に触れるかのように遠ざけられた。学校にいる限り、俺は特別だったのだ。

 しかし家に戻ると俺は特別に弱かった。祖父、親父、その友人達。それら全てに俺は負け続けた。俺は確かに特別で異端で強かったけれど、だからと言って俺が一番特別で強くて異端な訳ではなかったのだ。だから努力した。単純に悔しかった。泣く程に悔しかった。だから努力した。弱いのは嫌で、死ぬのも嫌だった。痛いのも嫌いだった。そして何より、勝つことは気持ちいいのだと、学校という場所が教えてくれたのだ。

 夏休みの間、俺は外国に連れていかれた。そして、そこでいっぱい人を殺した。ある時はショウとして。ある時はビジネスとして。ある時は成り行きで。俺はいっぱいいっぱい、人を殺した。中でも、地下闘技場と言う場所で戦うのが一番楽しかった。別に、死んでもおかしくなかった。間違ったら殺される場面の連続だった。けれども俺は生き延び、勝ち続け、負ける時はちゃんと命を、体を失わないよう逃げ切った。恐怖と言う感覚の精度が研ぎ澄まされ、勝てない相手には近づかれる前に離れることが出来るようになっていった。

 そんな学生生活を小学校、中学、高校と続け、俺は大学に入った。勉強は不思議と出来た。幼い頃から、論理的にものを考えることに慣れていたからだろう。人間は本能的に怒りを恐怖するが、それを恐れるべきはただの力比べの時だけだ。幾ら瞬発力や筋力が増幅させられても、冷静にそれを扱えないのでは何にもならない。鍛えた肉体でも、鍛えた鋼には断たれてしまうのだと、祖父は言った。だから俺は、喜びや悲しみ、怒りや絶望と言った感情でさえも冷静に受け止め、行動出来るようにしたのだ。

 故にこの身は、一振りの鋼だった。誰にも負けることがない、二十年の歳月を費やし鍛えられた肉刀。決闘者と言う名の人殺しだ。

 

 

 

 寂れた道場で過去を回想しながら待っていると、気配が近づいて来た。存在は世界に対し痕跡を残す。温度。湿度。足音。重量による歪み。空気の澱み。遮られる風。僅かな振動。それらから総じて得られる感触を、気配と呼ぶ。気配は道場の前までやって来ると、がらがらと扉を開けた。

 長い白髪。剣の道を歩んだ者特有の、穏やかな武人の眼光。時代外れではあるが、この場には何よりも相応しい和装の出で立ち。腰に提げられた一振りの日本刀。俺は今日、この老人と死合うためにこの場所で待っていたのだ。礼儀も作法も立会人もない。ただお互いがお互いを、自分の方が強いと思って証明のため殺し合う。それだけの場だった。

「藤原、守鉄殿だな」

 老人はそう言うと、すらりと得物を抜き放ち、青眼に構える。それだけで、それの扱いにどれだけ習熟しているかが見て取れる。十年や二十年ではない、もっと長い間それと生き、またそれと死ぬことを良しとした一体感。本物だ。

「違ったらどうするんだ? 中井老」

「知れたこと。こうして侍同士が出会った以上、斬り合わずして別れることなど……有り得んよ」

 俺は立ち上がり、鞘に入ったままの刀を諸手上段に構えた。親指で鞘を軽く跳ね上げ、振ればそのまま抜刀出来るようにして。

「面妖な。外法の剣だな」

「新陰流や、二天一流だって最初は外法の剣と呼ばれていただろう。いや、二天一流は今でも十分に外法の剣かな? けれど、そんなことはどうでもいい。大事なのは……」

「はっ。そうだな」

 老人は構えたまま、じりじりと間合いを詰めて来る。一歩必殺。一足一刀の間合いに入った瞬間、こちらを斬り伏せるつもりだろう。

「大事なのは、死者は何も出来ないし何も言えないってことだけだ!」

 俺は叫び、飛び掛からない。ぴくり、と中井老が俺の発声に反応する。軽い戸惑いがその動作から見て取れた。発声しながらの行動は、体に通常よりも無理のある機動を強いることが出来る。掛け声は、肉体の制限を緩めるための手っ取り早い手法だ。だが、それだけに挙動が読みやすい。音より速く動けるなら別だが、動けないなら「今から打ち込みますよ」と相手に伝えているようなものだ。

「小賢しいな」

「賢しくて悪いかい?」

 俺は待った。じりじりとにじり寄って来る中井老が、間合いの直前にやって来るのを。

「いいや、底が知れるだけよ」

 鼓動が聞こえる。俺のではなく、中井老のものだ。全身に酸素を行き渡らせ、一瞬の動作を可能にするための準備だ。そして、後一秒で間合いに入ろうと言う場所、そこに踏み入れた段階で刀を振った。中井老へ向けて飛んでいく俺の鞘。

「――っ」

 声なき声と共に、鞘は横に弾き飛ばされた。虚を突いたと言うのに、それでも反応しきるのは流石と言ったところか。けれど俺はその間に素早く三歩踏み込み、鞘と中井老の刀が接触するのとほぼ同時に、横薙ぎに刀を振るっていた。

「はっ」

 斬り抜けた後、刀に着いた血を振り飛ばす動きと共に、中井老へと振り返る。がらん、と弾かれた鞘が落ちるのが見える。そして俺の一撃はちゃんと致命傷になったようで、ぼたぼたと血が木床に落ち、遅れてぼろぼろと臓物がこぼれ落ちた。からん。中井老の手から日本刀が落ち、そして片膝を着く。

「ふ、ふは、かはっ……ごほっ」

 中井老は咳き込む。もう動けまい。和装も床も赤く染まり、血の匂いがする。火薬の匂いはしなかったし、含み針などの隠し球も届かない、対処出来る距離を保っている。このまま何も起こらないとは思うが、それでも俺は目を見張り中井老が死にきるまで警戒を続けた。そして、だからこそ俺は、その叫びを鮮明に捉えてしまった。

「勝った……!」

 その言葉を吐くのに最後の力を使い切ったらしく、中井老は前のめりに倒れた。鼓動は停止している。再び動かそうとしても、そもそも血液が足りない。傷口が深すぎる。現代医学では、ここから蘇生する術はない。つまり、中井老は死んだのだ。だからこそ……。

「何だ、そりゃあ」

 俺は気を緩め、呆然と呟く。いや、中井老。貴方は負けましたよ。俺に。そう言いたくても、死者は何も語らない。つまり、何も聞いちゃあくれない。聞かぬ相手に何を問うても、答えられる訳がない。弁明も答え合わせも、最早一人遊びにしかならないのだ。

「何だそりゃあ」

 心の整理、理解が出来ず、俺は再び呟く。何だそりゃあ。一体どういうことだ。その状態のどこが勝利だって言うんだ。ある程度整合性のある状況が整っていれば、何となく理解したつもりになって気持ち良く解釈することが出来る。それは時には正解であり、時には不正解であるが自分にとって都合のいいものとなるだろう。そしてそれでいい。それでいいんだ。けれど、こんなの始めてだ。まるで整合性がない。まるで理解出来ない。おもんばかることが出来ない。何事だ。何なんだ。勝ったよな? それは間違いない。俺は中井老に勝ったんだ。じゃあまるででたらめ、何の意味もない嘘か? いや、最期に見せたあの表情。俺は知っている。あれこそは確信に満ち、嘘でない言葉を吐く人間の顔だ。気が触れたとか気が違っていたとか思うことは、斬り結んだことによって理解した中井老の人物像からしてしっくり来ない。人質が取られていたり大事な作戦が裏で遂行されていて、中井老はそれを成功させるための捨て駒だった、とかなら解るがそもそも俺にそうまでして奪う大切なもの、守りたい大切な組織などはない。この身はとうの昔に、一振りの鋼となったのだから。

「どういうこった」

 解らない。全く解らない。鞘を拾い、血を拭いた刀を納め、臓物をまき散らしながら死んでいる無惨な中井老の死体を改めて見つめても解らない。さっぱり、解らない。

 ふと、道場の入り口に人の存在を感じた。

 

 

 

「どうもどうも、毎度お馴染み解説屋でっす。解説、いかがッスか」

 緑色の、つばが短めの帽子。怪しい丸い黒眼鏡。肩から提げられている、布製の四角い鞄。囚人みたいな青と白の横縞のシャツに、この季節にはいささか暑そうな緑色のパーカー。リーバイスと書かれたタグが縫いつけられている緑色のジーンズパンツ。白と黒と赤のスポーツシューズ。体の線は細くて、鞄に武器を仕込んでいたとしても抵抗する間も与えず斬り殺せそうだ。敵かどうか解らないが、敵だとしても敵にもならない。第一その口上は、物売りのそれだ。

「お客さん、この状況に戸惑っておられるでしょう? この世に不幸は数あれど、無知と不理解ほど悲しい不幸はございません。歩み寄り、理解しようと努力した上でのそれは悲劇的とさえ言える。僕はそんな不幸を世の中から断絶すべく、この商売をさせて頂いているんですよ。料金は一回一万円。お安いでしょう? 他の機関じゃこうは行きませんよ。十倍以上取られて、満足の行かない結果ということもあります」

 体の線が細く、声も男なのか女なのかよく解らない。髭は生えてないが剃ったばかりなのかも知れないし、中性的で得体の知れない人間だった。脅威は感じないが、とにかく得体が知れない。入り口に立つまで気配を感じなかったのは、俺が中井老に集中していたためだ。一つのことに集中しながら周囲を警戒するというのは、結局集中したい物事を疎かにしてしまうことになる。結局は、集中力のバランス配分を上手くやることでしか対処出来ない部分だ。

「いやいや、そんな怖い目で睨まないでくださいッスよ。これはただの商売。僕とお客さんは利敵関係ではなく、むしろお客さんはあの最期の言葉の意味を知りたい。僕はそれを教える代わりにお金が欲しい。一致した利害を持つ、理想的な商売人と顧客の関係じゃあないッスか。だからその、いつでも殺せるみたいな目つきでこっちを見るのはヤメテ! 僕を殺したら、トキの居場所が解らなくなるぞ! いいのか、それでいいのかぁ〜? なんつって。あ、これアニメ版北斗のネタです。解りづらかったかな」

 それにしても、良く喋る。自分の軽薄さを誤魔化すためにぺらぺらと喋る奴や、相手を煙に巻くためにぺらぺらと喋る奴、喋り続けてないと精神的に死んでしまう奴。世の中には色々な人間がいる。けれどもどうにも、得体が知れない。まあ、面倒ごとになりそうだったら殺せばいいか。ここはそのための場所でもあるし。短絡的に考え、口を開く。

「何者か、とかどうしてここにいるか、とか聞くだけ無粋かな」

「いえいえいえ、無粋なんてとんでもない。どんなことでもきちんと、解りやすく知っておきたいと言うのは人間として当然の欲求でさぁ。知識欲! ただの猿だった我々の祖先が、大陸の覇権を握る程の種へと進化出来たのは、その欲求のお陰ですからね。そういう訳で注文は僕が何者か、そしてどうしてここにいるかの二点でよろしいですかね? 占めて二万円になります」

 そいつは、そう言って右手をこちらへと差し出して来た。金を渡せという意思表示だろう。

「いや、よく考えるとそんなことは些細だな。中井老が死に瀕した際に言った言葉の意味、それを教えて貰おうか……解説屋」

 懐から財布を取り出し、福沢ろん吉先生のご尊顔が刻まれた和紙を解説屋へと差し出す。

「毎度あり、っと。それじゃあ解説させて頂きます。解説とはつまり、解るように説明することが第一ですから、時折簡単な質問を交えて解説させて頂きます。気軽に、気兼ねなく、適当に思ったまま答えてください。疑問が解れば、それだけ解りやすく説明出来ますからね」

「……解った」

 解説屋は土足で道場へ上がり込むと、中井老の傍へと屈み込む。

「うっわー、マジ本当に死んでるッスね。バッサリだ。バッサリ。でもこの人、すっごい安らかと言うか、満足げな顔してるでしょう? 最期に放った勝ち鬨、ってぇんですかね。あの台詞。決して嘘や悔し紛れやはったりではないんですよ。確かにこの老人、中井さんは勝ったんです」

「では、俺は負けたと?」

 別に、どぶに捨てたと思って払った一万円だ。腑に落ちない解説を聞かされたからと言って、斬りかかったりはしないつもりではあるが。

「いえいえいえ、間違いなくお客さん。勝者は藤原守鉄で間違いないですよ。よっ、日本一! しかしモテツって格好いい名前ですね。渋い」

「俺が勝った、しかし中井老も勝った。そう言いたいのか?」

「ええ、ええ、三方一両損の大岡裁きって訳じゃあないですけどね、間違いなくモテツさんは決闘の勝者であるし、中井さんも望む最期を飾ったんですよ」

 望む最期。それはつまり。

「腹から臓物をまき散らし死ぬような最期が、か? 死病を患っていて、一息に死にたかったとか。そんな話は聞いていないが」

「まあ、人生観っつーか価値観の違いなんですけどね。ぶっちゃけ、人間って生まれた以上いつか死ぬでしょう。生まれる前に殺されてく人達もいますけどね。何にせよ、生まれた以上二百年は生きられない。多分。医療技術が恐ろしく発達したら、そろそろ二百年ぐらい生きる人が出て来てもおかしくはないですけどね。つまり、そういうことですよ。哲学科の人達が知った顔でメメント・モリとか言ってるでしょう? あれですよ、あれ。どうせ死ぬからこそ、どう死にたいか」

 ある男の顔が浮かぶ。こいつは一体どこまで知っているのか。少し気になるが、今はもっと中井老について聞きたかった。

「中井老は、どう死にたかったんだ」

「はい、簡潔に言うと、剣士として死にたかったんですね。例えば老いて、よぼよぼになって、体が満足に動かなくなって、孤独の中で死ぬのは中井さんにとって負けだったんですよ。人生的敗北。孤独死。寂しい老人として死ぬなんてのは、嫌だった。孫達に看取られて、なんてのも趣味じゃなかった。中井さんの生きて来た道は、剣士としての道です。飽くなき強さの探求。そして、花火のようにどちらかが散る殺し合い。若い頃はただ道を重ね、勝つことに執着し生き延びて来たんですが、老いを感じる歳になって、忍び寄る死の足音を聞いている内に考えるようになったんです。自分はどうせ死ぬと。では、どのような死に方をすれば満足なのかと」

 中井老は、近年死合いを多く行っていた。日取りと場所を指定されたらそこへ。そうでなければ、通り魔として。

「つまり中井老は、死合いの中で命を落としたかった、と?」

「いやいやいや、違いますよお客さん。惜しいと言いますか。えーっと、自分の立場で考えてみてください。勝った方が強いんだとかそういう理論も置いといて、お客さんは自分が自分より弱い奴に負けるのを許せますか?」

「ああ、いや。許せないな。そうか、中井老は自分より強い者に殺されたかったのだ、と」

「イグ、ザクゥトリィ! その通りでございます」

 情報屋は、仰々しく右手を胸の前、横に持ってくるようにして言う。

「剣客の最期が病死とか、ありがちだけど締まらないっしょ? まあ、中井さんはそれでもいいと。負けるなら負けで構わないと、人生について考えていたみたいですけどねぇ。それでもやっぱり、勝ちたかった。どうせ死ぬなら、華々しく散りたかった。そういう訳で間違いなく死闘の勝者はモテツさんです。けれど同時に、中井さんは自分の人生に勝利したんですよ。勝利者! ザ・ウィナー!」

 俺は改めて中井老の死体を見る。既に死後硬直が始まっており、時々ぴくぴくと動く。そろそろ死臭がする頃だ。安らかとは言えない、壮絶な死に様。けれども。

「満足、そうだな……」

 それをどこか、羨ましく感じている自分がいた。

「おや、おや。まだ若いモテツさんだから、理解は出来ても共感はしないとか、そんなところかと思ったんですが。やはり同じ剣術家と言うところですか。通じ合い、感じ合うところがあったのか。まあ、貰う物も貰ったし、僕はもうお邪魔ッスよね。そろそろ退散させて頂くとしやしょう」

 気配がすすす、と遠ざかって行くのを感じる。聞こえないかも知れない。けれども俺は、誰かに聞いて欲しくて呟いた。

「俺は、剣術家じゃないよ。得物も日本刀ですらない。だからこそ、尊いと思えたんだ。羨ましいとは、思わないけれどな」

 自己満足だ。あの解説屋は聞いてないだろうし、死者は何も語らない。何も聞きやしない。

 けれども俺は両手を合わせて中井老を拝むと、静かにその場を後にした。

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