東方外鬼譚 《愚神礼賛》が幻想入り 第二章
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♯暴君のお友達の苦悩

 

 

 それは、つい昨日の出来事だった。

そこにはネクタイに背広姿の零崎軋識が――、

いや式岸軋騎として、彼は見るからに高級な高層マンションの前に立っていた。

当然『愚神礼賛』も不在である。

「…よし」

軋識はあらためてネクタイを締め直し、

胸ポケットから、いかにも高そうな瓶の香水を取り出すと、

スーツの左袖口に一吹きした。

エレベーターは、同士の一人が完膚なきまでに分解してしまったので

使い物にならならず、軋識の目指す最上階までは階段を登らなくてはいけない。

だが、軋識の心は階段を一段登るたびに高まるばかりであった。

何故ならこのマンションの最上階にはサイバーテロ集団の中核であり、

軋識にとって最愛の人である『暴君』が居を構えている。

もっとも、二十七歳の軋識が年甲斐もなく一人で恋をしているだけで、

あくまで片思いである―――。

この高層高級マンションは最上階だけでなく、全階が彼女の物だ。

ただし極度の引きこもりである彼女の行動範囲は狭く、

そのほとんどが最上階に集中しているため、

とりあえず上に行けば彼女に会える事は間違いない。

最上階まで登りきった軋識は多少の息の乱れはあったが疲労はまったく見られず、

彼が日頃どれだけ激しく零崎として身体を使っているかを伺わせる。

それにしてもと、軋識は考える――。

用があって彼女から呼びつけられたのは久しぶりだ。

こんな形で彼女に呼び出されるのは、なかなか異例かもしれない。

「いや、異常だな」

『暴君』に常識は通用しない。

玄関の扉には鍵が掛かっていない、そもそもそんなレベルの低いセキュリティは必要ない。

彼女には―――、『暴君』にはまったく。

「暴君」

軋識はだだっ広く、機材や荷物が散乱した彼女の生活空間に向かって呼びかける。

「こっちだよ」

声がした。

透き通るような、澄み渡る蒼色の声。

軋識は導かれるように、そちらに向かう。

「久しぶりです、暴君。」

彼女は無数のディスプレイが並んだデスクの足元に、うつ伏せに寝転がっていた。

「うん、よく来たねぐっちゃん」

少女は裸に直接、男物のブラック・コートという、いつも通りの格好だった。

「メールはちゃんと読んでくれたかな?」

そのまま、寝転がった状態のままで軋識に話始めた。

「はい、言われた通り急いでまいりました」

『暴君』は少しのあいだ沈黙した後、体を起こした。

「あのね、ぐっちゃん。私のすぐに来ては、5秒で来るようにって意味なの」

そう言って少女は、微笑みながら軋識の目をまっすぐに見つめた。

その妖艶な笑みに、軋識は、緊張する。

構わず、少女は四つん這いで近付いてくる。

そして。

「ぐっちゃん、ちょっとかがんでくれる?」

と言った。

言われた通りにした。

その瞬間――少女に、殴られた。

小さな拳で、左の頬を。

「………………」

「ぐっちゃんが約束通り来なくって、私を待たせたから

 殴ったけど。何か文句ある?」

「……いえ。ありません」

「そう。本当に? 言いたいことがあったら

 言ってくれていいんだよ?お友達なんだから」

「ええ。何もありません」

「そう。じゃあ、殴っていただきありがとうございますって言ってくれるかな?」

「殴っていただきありがとうございます」

「ううん、気にしなくっていいよ」

満足げに頷くと少女はすっくと立ち上がった。

「それじゃあ、ぐっちゃんにお願いがあるんだけどね」

「何なりと」

軋識はしゃがんだままの姿勢で頭を下げた。

「実は少し前から『弍栞』と『氏神』が一緒になって、妙な動きをしていたの。

 だから気になって、ちょっと調べてみたんだけど、

 何かの研究をしているみたいなんだよね」

少女は話しながら、少し離れた位置に放置された

椅子に向かって歩いて行った。

デザイン的にデスクと椅子はセットだったことが推測できる。

「で、明日、その研究で開発された試作品を、どこかで試すらしいから。

 それを壊してきてほしいの」

少女はどっかと椅子に座り、そう言った。

とんだ無茶ぶりだ。

流石の軋識もそう思わずにはいられなかった。

だが「全力でつとめさせていただきます」と即答した軋識の、

『暴君』に対する忠誠心は、きっと本物なのだろう――。

 

「流石に素手じゃ…、こんなところか」

軋識は軽く手を払い、指にベッタリとついた血をはらう。

当然そんな事では、指に付いた血を全ておとすことが出来るはずはない。

しかし、これからまだ何人か殺す事を考えれば、

それくらいで構わないだろう。

軋識の足元には、両の手ではおさまらない数の

武装した男たちが倒れ込んでいた。

気絶ではない、絶命している。

ある者は首が捻くれ、ある者は首に空いた穴から血を吹き出しながら、

完全に命が絶たれている――。

「それにしても…、思ったより結構デカイな」

軋識が目を向けたそこには、彼の身長とほぼ同じ大きさの

長方形をした箱型の装置のようなものが、迷彩柄の雨よけの下に設置されていた。

そう、軋識は何とか目標の、破壊すべき試作機の一つを発見したのだ。

軋識は早速、一台目を破壊する用意を始めた。

殺した者の中に、見回りの詳しい内容が書き込まれた地図を、

持った男がまじっていた。

地図によると試作機八台は円形に配置されており、

一つ一つがかなりの距離があいている。

状況にもよるが今回の『暴君』のお願い、

一日、二日では達成できるような内容では無いかも知れない。

地面に転がる死体を手際よく目立たない茂みや、

太い樹の枝に引っ掛けながら、なかば諦め気味に考えていた。

今隠している、この死体だって明日には発見されてしまうだろう、

そうなれば相手は、確実に山全体をくまなく山狩りするはずだ。

自分はアスみたいに山をコソコソと逃げ回るのは、得意ではない。

明日中に全機破壊出来なかったら

一度この山から脱出して、体勢を立て直したほうが確実だろう。

死体を全て隠し終えた軋識は、知り合いの爆弾マニアから譲り受けた、

特製の小型手榴弾を背広の内側から取り出した。

軋識は試作機の外装を一部分だけ剥がすと、その中に手榴弾を放り込んだ。

小型の特製手榴弾は爆発も小さく、試作機の外装を破壊するほどの威力は無い。

中身を再起不能にさえしてしまえば、それでいい。

爆発に巻き込まれる事は無いだろうが、

念のため足早にその場を離れる。

『暴君』のお願いは、試作機を「壊してきてほしい」であって、

この実験そのものを阻止する事では無い。

だから、これくらいの破壊で十分だろう。

「唯一の救いは『暴君』から、期限を与えられなかった事だな…」

背後からの小さな炸裂音を聞きながら、軋識はぼやいた。

「――?」

しかし、その歩みはすぐに止まってしまった。

足元の自身の影が、まるで背後から強い光を受けたかのように

まっすぐ正面に延びていたからだ。

当然ここは深い森の中だ、こんなくっきりと

影が出来るほどの日差しなど差し込む筈がない。

軋識は慌てて背後を振り向く。

「何だこれ、なにが起きているんだ…?」

そこには、先ほどと変わらず破壊したばかりの試作機が置いてある

一つ違う点があるとすれば、目を開く事すら難しい程の光が発せられていた事だ。

一見、光は破壊した試作機から放たれているようにも見えたが、

よく見てみるとそれは違い。

破壊した試作機の向こう側から、こうこうと放たれていた。

軋識はどうしようもなく、その光から目を離すことが出来ずにいた。

それ程までに軋識の目を奪うものがそこにあったからだ。

空間――、としか形容出来ないそれが

光の動きにあわせて歪み、曲がり、分かれ、捻じれ折れ――、

それは、まるで苦しむように。

合わさり、剥がれ、転がり、裏返り。

そして迫り、軋識を飲み込むようにして包み込んでしまった。

軋識は、あまりの光に手をかざした。

「くそっ…、何も見えねぇ」

軋識はついに眩しさに固く目をつぶった。

数秒、あるいは数分のあいだ目を開けられないほどの光。

眩しさにやられたのか頭もうまくまわらない。

が、やがて視界が少しずつはっきりしていく。

どうやら、すでに光はおさまっていて、目の方が眩んでいたようだ。

軋識は、よたよたと歩き近くの樹に倒れるようにして、その身をあずけた。

何かのトラップだったのだろうか?

それとも使われていた部品の中に発光するような物でも、あったのだろうか?

疑問は尽きない。

だが、今は先程の光に気が付いた警備の連中が

こちらに向かっているかもしれない、早くここから離れるのが先決だ。

「さっさと次行くか…」

と、立ち上がりかけた軋識は気が付く。

つい先ほど破壊したはずの試作機が、残骸もろとも見あたらないのだ。

「………………」

軋識は、無言のまま周囲の草をかき分け始めた。

おかしい……。

自分がもたれた樹の位置には、ほんの数歩しか移動していない。

それなのに部品の一つも見あたらないなんて。

あれの場所が分からないと、次の試作機の正確な位置が分からず、

目的の場所にたどり着く事ができない。

そうなれば、また振り出しだ。

山の中を駆け回り、素手で戦う事をもう一度最初からやらなくてはならない。

「あぁっ! どうして見つからないんだ」

軋識はイライラと足元の草を蹴りつけた。

「そこの人間!! こんな所で何をやっているんですか!!」

あまりにも突然に呼び止められた軋識は、恐る恐る背後を振り返った。

 

そして、軋識はひとりの奇妙な少女と出会う。

 

 

 

 

あとがき

 

軋識さんが暴君のお願いに四苦八苦する内容でした。

山は…、まあ妖怪の山です。

あと、明確に書き込んでいなかったですが、

シーズン的には夏の設定だす。

なので白岩さんは多分出ませんし、

チルノも少し能力ダウンするかもしれません。

 

出来るだけ感想などを書いてもらえると、励みにもなりますので宜しくお願いします(座

あと今回、登場した人物の名前のタグを付けておきましたので、

分らない方はそこからイラストの方をどうぞ。

 

説明
文章をあらためて書き直しました12/3/4
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二次創作 東方 幻想入り 戯言シリーズ 零崎一賊 零崎軋識 玖渚友 

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