【C80新刊】La Vegebul(4)〜Panic IN Namek【サンプル】
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 いつもと変わらない青空を、いつもと変わらない研究室から眺めていたブルマは、目にしていた大きなガラス窓が粉々になる様を、まるで映画のワンシーンでもあるかのようにまじまじと見つめていた。すぐに本能は彼女の身体を丸めさせて、次にそこから吹き込んだ爆風に飛ばされ、広い部屋の片隅まで転がった。

 テロ?それとも事故?

 答えは、間もなく目前に現れた。

 傷ついた鎧を身につけた小柄な男と、その後ろに付き従う巨漢のふたり……。

 彼女の全身から血の気が引いていった。

 まさか、どうして?

 生きていることは知っていた。彼女たちを探すかもしれないことも。けれど、最初に遭遇するのが自分だとは考えていなかったのだ。

「なんで……どうして……」

 衝撃を言葉にできないでいると、彼らは戸惑いを別の意味に受け取った。

「そりゃ、驚くだろうさ」

 底意地の悪そうな光を瞳に湛えて、大男は言う。

「オレたちは宇宙人ってやつだ……初めて見るんだろうな」

 残念ながら、そうではない。

 小男は沈黙したままだ。その様子にちらと視線をやって、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。余計なことは口にしない方がよさそうだ。

 もっとも、よく口の廻る彼女でも、恋人を虐殺した犯人がこうも雁首揃えている状態では、そうそう勢いよくなじることもできない。彼らの凶暴性はよく知っている。

 サイヤ人……ドラゴンボールを求めてやってきた残虐な宇宙人……。

 そして、つい半月前、彼女の恋人を含める仲間たちを何人も殺した張本人たちでもある。

 彼らはまだドラゴンボールを探している……それなら、レーダーを持つブルマの元へやってくるのは予測できそうにも思えるのだが、ただし、彼らは誰がレーダーの存在どころか、歯向かってきた地球の戦士たちにどういう仲間がいるのかすらも知らない。つまり、彼女を突き止められる理由がない。

 そのはずなのに。

 誰か他の人が捕まってしまったのだろうか。

 不吉な想像をしたとき、小男が低く告げた。

「ここにブリーフとかいう科学者がいるだろう。そいつに用がある」

 彼女は本心から眉を寄せた。

 父さんに?

 もちろん、彼らはドラゴンボールを諦めていない。しかし、それよりも先に対処しなければならないことが起きたのだ。

 話は、地球の命運をかけた戦闘が繰り広げられた半月前に戻る。

 事態の深刻さをあまり理解していないTVクルーが送ってきた映像すらも途絶えて数時間ののち……局所的に発生していた大きなエネルギーが途絶えたことで、戦いの気配を感じなくなったと武天老師は安全を保証した。最強最悪な宇宙人に比べると無力すぎる地球人たちは、それでやっとジェットフライヤーに乗り合わせ、現場となっている荒野へと向う気持ちになった。一刻も早く駆けつけたい想いはあったのだけれど、リスクを考えると、うかうかとそうするわけにもいかなかった。

 イヤな予感がする……心ならずも息子と夫を戦場に送り出すことになったチチは、軽く爪を噛みながら誰に言うともなく呟いた。彼女にそんな癖はないから、何かに当たらなければ座っていられないほど心がざわめいているのだろう。それは皆が察していたし、同じ感覚を共有してもいた。

 いつもとは違う……操縦桿を握るブルマは、彼女を残して出て行ったヤムチャのことを思った。彼はいつだって、少しの不運と幸運とを併せ持っていて、大けがをしてもその端正な顔に酷い傷を負うくらいのことで済んでいたのだけれど、今回ばかりはそれでは終わらない気がしていた。

 次に彼女は、友人であり、もっとも頼れる戦士である男のことを考えた。

 地球が密かに侵攻されようとしていることを知っていたのは、若き天才科学者であるブルマと、その僅かな仲間たちだけだった。一年前、宇宙からひとりの襲撃者が訪れた。その危機は仲間たちの協力によって打ち消せすことができた……が、息絶える寸前、彼は不吉な予告を口にしていた。

 やがて現れるより強大で、より恐ろしい敵の襲来……その言葉は、その日現実のものとなった。

 やつらに倒せないのなら、他に誰にも無理じゃ。

 悟空たちの師匠でもある武天老師は、そう断言した。否定する理由もない。勝てるの?と不安げに聞いたブルマに、老人は沈黙をもって応えた。

 五分以下の勝算。その数字は驚くほど小さかった。

 数字が示す重さが、彼女たちの両肩にのしかかる。地球の趨勢を決定する戦いがおこなわれたことなど素知らぬ顔で、ただただ青く澄み渡った空を横切って、ジェットフライヤーは飛んでいった。

 現実の惨状は、予想を上回っていた。

 焼けこげた肉片のようなもの……肉だとわかるならまだマシだ。炭になってしまえば、元が自生していた低木なのか、人間なのかも区別はつかない。

 無数にできた大地の陥没は、激しい燃焼の跡を晒している。どれほどの戦闘が繰り広げられたのかを察して、ジェットフライヤーから降り立った一行は口を噤んだ。

 すぐに空気を切り裂くような悲鳴が上がる。

 夫と息子の無惨な姿を発見した妻であり、母である女の悲痛な叫びだった。まもなく、それは彼女にも降りかかる災厄。

 クリリンたち、辛うじて戦いを生き残った仲間によって、彼女は地球が完全に敗北したこと、ヤムチャが無惨に殺されたことを教えられたのだった。

 嘆き悲しむ時間は、さほど与えられなかった……涙のうちにも現実的な彼女は気づいてしまった。

 彼らは、どこ?

 勝ったはずの敵はどこに消えたのだろうか?彼らは次に何をするのだろうか、と。

「ねえ……もしかして、あいつら……」

 涙を拭って、ブルマはきっと顔を上げた。夫に取りすがるチチも、嗚咽を抑えて彼女を見上げる。うん、と生き残ったクリリンは頷いた。

「ヤツらは、まだドラゴンボールを探してんです……ケガはしてたけど……」

 手負いのサイヤ人たちは、小さなポッドを呼び出して、いずこかに消えたという。その際の口ぶりからして、大人しく帰ったとは思えない。彼らはまだ諦めていない。

 ブルマは自分を抱きしめて身を震わせた。

 どうすればいいの?

その問いに答えられる者はいない。

 ドラゴンボールは、神の死と共にその能力を失った。その関係を知っているのはブルマたちだけだ……そもそも多くの人たちは、どんな願いでも叶えるなどという魔法のアイテムの実在を信じていない。

 しかし、サイヤ人たちはそうとは知らない。そんな状況で捜し物を見つけようとしたら?さらに、それが失われたとわかったら?

 ブルマたちは真っ青になった顔を見合わせた。侵略はまだ終わっていない。負け戦の、その後に待っているものに心を巡らせる。

 彼らの頭上、侵略者たちが去っていったという空は皮肉なほど晴れ晴れとし、いつもと変わりない陽光を地上に投げかけていた。だが、すぐにどこかから伝わるだろうと予想していたサイヤ人たちの動向は、それから長いこと、不気味なほどに音沙汰がなかった。

 彼らの側にも事情があったのである。激しい戦いから十日以上も過ぎた頃―人里離れた山奥で、未知の技術でコーティングされた丸いポッドがゆっくりとその扉を開けた。中から小さな男が姿を見せ、近くに転がる同じようなポッドを軽く蹴る。

「いつまで入ってやがる……ナッパ」

 だが返事はない。彼はちっと舌を鳴らしたが、自分よりも酷いケガをしていたことと、移動用のポッドにある設備では、簡単な治療程度しかできない。要は、サイヤ人の回復力にすべてかかっているというわけだ、そうなれば、より強靱な身体と遺伝子を持つ王子ベジータの方が早く全快するのは当然のことでもあった。

 地球育ちのサイヤ人との戦いは熾烈を極めたけれど、彼の前にあっては所詮敵ではなかった。予想外だったのは、ちょこまかと手を出してくる地球人と、サイヤ人と地球人の間に生まれた子どもの戦闘力だった。

 一年前ラディッツからの通信で知った情報が上書きされる。考えていた以上に同朋の血を受け継ぐ子どもには、戦いの才能があるらしい。ふと、長距離移動のスリープに入る前、ナッパの言っていたことを思い出す。

 サイヤ人を増やしていけば……。

 彼は鼻を鳴らした。

 ……冗談じゃない。

 亡国の王子ではあるが、かつてのような国力を取り戻したいとは思っていない。数人のチームで繰り出して惑星侵略を繰り返していたサイヤ人は最強の軍隊ではあったものの、所詮兵士は兵士でしかない。。

 戦士ではないのだ。

 圧倒的な強さを持つ存在が登場すれば駆逐される雑兵。そのことをフリーザという化け物が彼に叩き込んでくれた。あくまで王国を維持しようとしたベジータ王は、時代を読めなかった愚か者だったのだ。そのくせ、サイヤ人としてはずば抜けた戦闘力を持って生まれた息子のことを内心怖れてもいた。

 その轍を踏む気はない。

 さて。

 記憶から現在に戻り、彼は腕を組んで周囲を見渡した。念のため人里離れた深い森のなかに身を隠しておいた。動物も豊富にいそうだが、ドラゴンボールのことも調べたい。食事と一緒に済ませるため、街へ向かうか……しかし、結局、空腹に負けた彼は、大型の動物を探して森を分け入って行った。

 辺境惑星に生まれると、野生生物まで鈍くなるものなのか。そう彼が思わざるを得ないほど、獲物は容易く手に入った。地球人の戦闘力を考えれば、獣の能力も知れたものなのかもしれなかった。一時間ほどかけて、新鮮な生肉をたっぷりと食らったベジータが丸型ポッドに戻ると、ちょうどナッパが出てきたところだった。

「どこに行ったかと思ったぜ」

 ふん、小娘みたいな口を叩くな、とベジータは吐き捨てる。違うぜ、と大柄な男は眉をしかめた。

「ポッドのなかから、ベジータに連絡をしようとしたんだが、繋がらなかった」

「通信障害……じゃないな」

 ごく稀に、特殊な惑星では通信機器を使用できなくなることがある。その土地に含まれる金属によって電波障害が発生するせいだ。もっとも、そういう場合でも、多少のことなら使えるように作られてはいる。

「壊れてるみてえだぜ。そっちは大丈夫なのかよ」

 彼は鼻を鳴らしつつも、戦闘服の間からコントローラーを出して操作した。反応しない。な、とナッパは肩を竦めた。

「面倒なことになったな」

 長期にわたって惑星侵略にでかける彼らの宇宙船は滅多なことでは壊れたりしない。しかし、このふたりのサイヤ人は団体行動を嫌うせいで、本来長期間・遠距離の惑星間移動に多用しない丸型ポッドばかりを使っていた。要は仕様と異なる使い方ということだ。思わぬトラブルがあっても不思議ではない。

「科学者が必要だな……」

 彼は顎を触りながら呟いた。

 とはいえ、いるだろうか……宇宙船すら自力で生み出していないような、こんな田舎の星に、彼らの最新式ポッドを扱えるような頭脳が。

 どのみち、ドラゴンボールのことも聞き出さねばならない。

「街に出るか」

「腹も空いたしな」

 ふたりはすうっと浮かび上がり、最寄りの街へと飛んで行った。ドラゴンボールの情報を得ることはできなかったが、彼らはそこで地球で一番優れた科学者を聞き出すことはできた……カプセル・コーポレーションのブリーフ博士その人である。

 彼らは、一路西の都を目指すことになった。

 気まぐれに与えられた猶予期間、ブルマたちもただ手をこまねいていたわけではない……仲間たちの遺品と遺体を回収し、埋葬を済ませた彼女たちは、顔をつきあわせて今後のことを相談してみた。

 もっとも、いいアイデアなど出るはずもない。そもそもが、この戦いこそが切り札だったのだ。会議は最初の数日は通夜のような雰囲気になり、その後は愚痴になり、十日ほどもすると、「もう来ないんじゃない?」という楽観的な意見まで出る始末だった。

 といっても、その主張をしたのはブルマだけである。

 彼らの強さを目の当たりにしていたクリリンは、さすがにそこまで気楽な意見に賛同はできなかった。

「あいつら、そんな簡単に諦めるタマじゃないっすよ……」

 ため息混じりに彼は反論した。

「大体、ドラゴンボールがもう使えないってことも知らないんだし」

 ピッコロの死と共に神も死を迎え、ドラゴンボールはただの石くれになっている。ミスター・ポポによって保管されてはいるが、ドラゴンレーダーにも反応しない。

 だから余計によ、とブルマは強調した。

「地球人だって実在するとは思ってないんだし、探したって無駄じゃない?ね、諦めて帰っちゃっても、おかしくないわよ」

 そうかなあ……クリリンは唇を尖らす。彼の腕を釣っている包帯は、まだ当分外せないと医者に断言されている。

「そうよ!だって、もしまだ地球にいるなら、とっくにどこかで騒ぎを起こしてるはずじゃない?」

「まあ、それは……確かに」

 彼女の口先に敵うクリリンではない。じゃあ、代案出してよ、などと言われると、口ごもってしまう。結局、見つからないようにしているしかないのだから。

 CCに集まっていた面々は、ひとまず解散し、これまで通りの生活をしながら様子を窺うことにした。

 無策でいるのは不安すぎる。しかし、有効な手段など残されていない。地球でもっとも強い戦士である孫悟空が倒れ、目立った者はすべて命を落としている。比較的軽症であった孫悟飯に再戦を期待するのは、あまりに酷といえた。病院に付き添っているチチは即座にそのことを想定して、「おらの悟飯ちゃんは、絶対にもう戦わせねえべ」とはっきり宣言してきた。無理もない。

 その剣幕を思うと少し気が重かったブルマだったが、それでも電話はした。異変を感じたときに、連絡を取り合うと確認するためだった。

 一ヶ月もすれば退院できるだろうと、医師のお墨付きをもらったせいか、電話越しのチチはこの前よりも大人しかった。その辺の体質は、父親譲りなのね、とブルマはほっとした。

「まだ……あいつら残ってるんだべか」

 不安そうに呟く。サイヤ人たちが同じサイヤ人を危険視するとしたら、真っ先に狙われるのは孫家だ。彼女は、どうかしら、と曖昧に答えた。

「あいつらのつけていた機械は、幸い自分たちで壊してしまったみたいだから、そうそう悟飯くんも見つからないと思うけど……まだ予備があるかもしれないし」

 ただ、不幸中の幸いというか、もし予備があっても、怪我をしている状態なら気は弱まっているので、治るまでは見つからないだろう。

 そうクリリンは説明していたのだが、気とか何とか、そういうものはブルマとは無縁だし、病床なら安心していいなんて少しばかり言いにくくて、その話は伏せておいた。

 用事を終えて自分の部屋に戻ると、彼女はデスクについた……何をするでもなく、ぼんやりと青空を流れる雲を見やる。

 あの日もいい天気だった。

 当たり前の毎日が、当たり前に過ぎていく。誰がいなくなっても、誰が殺されても。

 悲しみが甦る。

 神様を復活させる方法はないのだろうか?彼女たちはそのことも考えた。考えてはみたが……物知りの武天老師に言わせれば、地球の神はいつか新しく決められるだろう。それがいつになるかはわからないし、すぐに実現したとしてもドラゴンボールの能力が戻るかどうか……占い婆経由で聞き出したあの世の情報によれば、あの神だけが持つ不思議な力で、先代の神にはなかったことなのだそうだ。

 つまりは手詰まり……。

 彼女はため息をついた。

 ドラゴンボールがあるから、何とかできるわよね。

 そんな風にいつしか思っていた。ドラゴンボールがあるからこそ、ふたりのサイヤ人はやってきて、ドラゴンボールを失って、取り戻せないものあがることを思い出した。

 爆破によって焼けこげた恋人の遺体が、脳裏に浮かんだ。悲惨で、冷たい光景。

「最後の会話……何だったっけ……」

 それそら覚えていない。それほど何気ない台詞。それが最期の言葉。

 くよくよしたって仕方ない。自分らしくない、と目を伏せたとき。

 彼らが現れたのだった。

説明
夏コミ発行の18禁ベジブル(DB、ベジータ×ブルマ)小説本のサンプルです。サンプル部分にはR18描写はありません。■二次創作、パラレルもの。「もし、ナメック星で何かあったら…」「もし、サイヤ人編で悟空が負けていたら…」などの設定。■表紙イラストはlukiaさん(http://gosign.info/)■とらに扱ってもらっています(http://www.toranoana.jp/bl/cot/circle/17/54/5730313835343137/ns_bcb7c2e7cea6_01.html)
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ベジブル ドラゴンボール ベジータ ブルマ 

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