天駆ける狗と不死の鳥
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「…いや…違う…。」

 

右へ歩き足を止める。

 

「…これもダメ…。」

 

左へ歩き足を止める。

 

「…これは…いや、ダメだ。」

 

迷いの竹林の中心部。

頭を抱えて右往左往する不死の少女、[藤原 妹紅]、その手には小さな箱が納まっている。

その箱は慧音へのプレゼント、如何にして渡すかと思案していた。

いつもお世話になっているお礼にと思っていたが、いざ礼を言って渡すとなると気恥ずかしく、

どうやって渡したものかと悩みに悩む。

悶々とした百面相を繰り広げる妹紅。

目を開けることもままならず、両手を振ったり頭にあてたりし、時折赤面してはため息えをつく。

 

その光景を妹紅の目の前で傍観する天狗、[射命丸 文]。

なにやらくねくねと蠢き唸り喘ぐ妹紅を見つけ、降り立ってみたがまったく気づかれずにいた。

すぐに声をかけようかとも思ったが、とにかく面白い光景に口出しをすることが出来なかった。

代わりに一眼レフのカメラを妹紅に向けシャッターを切る。

パシャァッ!!っと豪快かつ乾いた音が光とともに響き、妹紅の身体全体を一瞬だけ照らした。

 

途端に妹紅の動きが錆びたゼンマイのようにピタリと止まり、

壊れた人形のようにギギギと首を射命丸に向けた。

 

「…何してる?」

「それはこっちの台詞ですよ、慧音さんへのお土産があるにも関わらず何と言って渡してよいか分からず思案の末百面相を繰り広げる妹紅さん。」

「全部わかってるじゃないか!!」

 

妹紅は足で地面を強く踏みつけた。

ドンッ!!と重い音と軽い震動が射命丸の一本下駄を揺らす。

しかしバランスを崩した様子はなく、平然とした顔で立っている。

 

「まぁまぁ落ち着いてください。」

「落ち着いてられるか!!今のこと全て忘れろ!!」

 

妹紅は射命丸を睨み拳を固めて凄んだ。

射命丸は人差し指を立て、チッチッチッと舌を鳴らした。

 

「馬鹿を言ってはいけません。『人の恋路は蜜の味』こういう記事を望む読者は多いのです。」

「記事を書くのと焼き鳥になるのとならどっちが好みだ?」

「そうですね、人の恋路に口出しをすると馬に蹴られて死んでしまうと言いますし。」

 

妹紅の右手に赤色の炎が渦巻いている。

炎を操ることが出来る妹紅、『不死鳥』と呼ばれる由縁の一つだ。

焼き鳥は勘弁とばかりに愛想笑いを浮かべる射命丸。

その笑顔は不自然に引きつっていた。

 

「さ、今私は知っての通り忙しいんだ。記事なら輝夜のとこで事足りるだろう?」

「うーん…しかし色恋沙汰の記事もやはり欲しいのですよ。」

「それなら白黒の魔法使いのとこでも行って来い。」

「冷たいですねぇ…。」

 

射命丸はペンを取り出してくるくると指先で回した。

記者としての頭を最大まで回転させているときの癖だ。

妹紅はそんなことは露知らず、再び両手を組んで思考回路を一色に染める。

 

(こんな美味しい話を記事に出来ないのは記者として口惜しい限りですからねぇ…。)

(どうやって渡したもんか…私はこういうのに向いてないんだろうなぁ…。)

 

お互い自分の脳内に色んなアイディアが交差し、表には沈黙のみが流れる。

ふと、お互いの脳裏に閃きが電流のように走った。

射命丸のペンがピタリと止まった。

それと同時に妹紅が顔を上げる。

 

「妹紅さん。」

「天狗。」

「提案があります。」

「頼みがある。」

「貴女のその悩みに」

「私のこの悩みに」

「協力させてください。」

「協力してくれ!!」

 

二人はお互いの手を取り頷いた。

お互いにメリットのある提案だ。

どう転ぶかはだいぶ予想もつこうというものだが…。

 

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妖怪の山

中腹あたりに堂々と佇む一つの建物

文々。新聞社はそこにある。

 

一先ず妹紅は射命丸に連れられここへやって来た。

あのまま竹林で悶え続けていては新手の妖怪と間違われかねない。

社内はだいぶキチンとしており整理整頓が成されていた。

しかし建物自体が狭く、中にいた椛が外に出て行っても二人同時に通れるほどの隙間が生み出されることはない。

万年床らしき布団がまるで絨毯でも広げているかのように堂々と横たわっている。

机の上はかろうじて作業は出来るが、小さな棚や資料の詰まった本立てが所狭しと並べ立てられていた。

妹紅はとりあえず今出て行った椛の席に座った。

軋む椅子は硬く、課長クラスの椅子と言ったところだろうか。

背凭れは錆び、身体を預けようとするとけたたましい音が鳴る。

回転する椅子のようだが狭い室内は回転の機能を執拗なまでに殺していた。

よくこんなところでやってけるもんだ…。と妹紅は小さな声で呟いた。

射命丸の耳は明確にその呟きを捕らえ、仕事ですから、と苦笑いを浮かべた。

そして妹紅の椅子と同様の軋む音を立て、妹紅の向かい側に座る。

 

「それじゃぁ始めましょう。」

 

並べられた資料の上から僅かに見える射命丸の頭から出たこの声に妹紅は頷き、

 

「あぁ、頼む。」

 

題して、

『妹紅、初めてのプレゼント大作戦!!』

ブリーフィングが始まった。

 

「まずこの作戦タイトル止めないか?」

 

小さな壁越しのブリーフィング第一声はこれだった。

射命丸はきょとんとした顔を浮かべた。(妹紅には見えない)

 

「あやや?お気に召しませんでしたか?」

「いや当たり前だろ…。第一初めてでもないし…。」

「まぁ名前なんてどうでもいいですしね。」

「真面目にやれ。」

 

室温が少し上昇したのを感じ、射命丸の頭に『山火事』の三文字が浮かんだ。

妹紅の堪忍袋の緒が意外と脆いことを悟り、少し早口になる。

 

「えー、おほん、ではまず作戦その1ですね。」

 

射命丸は一枚の紙を妹紅に渡す。

めいいっぱい手を伸ばさないと紙一枚の受け渡しも出来ない。

受け取った紙は裏紙らしく、表には『魔法使い(黒)が魔法使い(紫)に接触』というメモ書きがあった。

ぺらりと軽い音を鳴らし紙を裏返す。

そこには表のメモ書きと同じ字でズラズラと文字が並んでいた。

 

「えーなになに…?」

 

『さりげなく渡す作戦!!』

1、人間の里に下りる。

2、慧音の家に忍び込む。

3、机にそっと置いておく。

 

「…いや、これが出来たら苦労しないだろ。」

「ダメですか?」

 

人間の里で寺子屋を開く慧音。

もちろん慧音を知る人間は多いわけだ。

少なからず妹紅を知っている者もいる。

そんな中でこそこそとそういうことをすれば、その噂は射命丸のスピードを超えて広まるだろう。

それだけは避けなくてはならない。

なぜならそれのせいで慧音に迷惑がかかる可能性もあるからだ。

 

「ボツ。」

 

妹紅は紙をクシャクシャにし、近くのゴミ箱に放り投げた。

ゴミ箱は溢れんばかりに詰まっており、妹紅の投げた紙を弾き返した。

 

「それでしたら次はこれです。」

「ん。」

 

もう一枚、射命丸から紙を受け取る。

先ほどと同じような裏紙だ。

表には『魔法使い(黒)、魔法使い(黄)に追いかけられる』と書かれてあった。

裏返すと、先ほどと変わらない字体が綺麗に整列している。

 

「字、綺麗だな。」

「え?あ、まぁ、ブン屋ですからね。」

 

褒められることに慣れていないのか、赤面して鼻を掻く射命丸。

もちろん資料の壁で妹紅の視界には入らない。

妹紅は裏面に目を通す。

 

「………。」

 

『誕生日』

 

「ボツ。」

「あぁひどい…。」

「遠いだろ!!」

「あやや…。」

 

射命丸は落胆した様子で唸る。

腕組みをして自分も考えを巡らし始める妹紅。

しかし、間髪入れずに射命丸は妹紅に紙を渡してきた。

 

「早いな…。」

「とりあえず思い付きですので。」

 

今度は裏紙ではなかった。

表に直接書いてある。

 

『絡まれた妹紅、救出する慧音ありがとう大作戦』

 

「お前ちょっとわかってないだろ。」

「はい?」

 

ペンを止め素っ頓狂な声を上げる射命丸。

室温は更に上昇している。

 

「日頃の感謝でプレゼント渡そうってのにさらに感謝増やしたらダメだろ。」

「あ。」

 

射命丸のミスだ。

妹紅に肝心なところを聞いていなかった。

射命丸は今書いていた紙を丸め、もう一枚紙を取り出し、再びペンを走らせる。

 

「これでどうでしょう。」

「どれ?」

 

射命丸から紙が渡される。

裏紙だ。

『魔法使い(黄)、魔法使い(黒)に【自主規制】』

妹紅は表を無視し裏を見る。

 

『人づてに渡す。』

 

「………。」

 

妹紅は黙った。

室温が平温まで下がっていくのがわかる。

妹紅は紙をゆっくりと眺めている。

しかし、その目は紙の文字を捉えていなかった。

 

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確かにこれならば自分が恥ずかしい思いをしないで済むだろう。

しかし同時に慧音に感謝の気持ちも伝わりにくいのではないか?

慧音は教師、そういうところの礼儀作法に関しては厳しい気もする。

いや、そういう問題ではなく…。

妹紅はまず、何がしたかったのか。

感謝の気持ちを伝えたいだけではない。

慧音の喜ぶ顔が見たかった。

だからわざわざ慧音たちに情報の漏れないように遠出してプレゼントを選んだのだ。

それを他人から渡しても…。

たぶん慧音は喜んでくれるだろう。

次に会った時に喜んだ顔を見せてくれるだろう。

そうじゃない。

妹紅は直接伝えたい気持ちがあるのだ。

遠まわしじゃいけない、そう思った。

 

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「これはナシだな。」

「そうですか…だいぶ悩んでたみたいですが…。」

「うん、やっぱり自分で渡したいから。」

 

その言葉を聞くと、射命丸はペンを置き、紙を丸めた。

 

「まぁ決意は大事ですね。」

「あぁ、色々すまなかったな。」

「いえいえ、では、その決意が変わらぬうちに渡さないとですね。」

「そうだな。」

 

妹紅が席を立った。

椅子は再び短くけたたましく音を鳴らし、少し揺れる。

射命丸も立ち上がり、扉へ向かう。

妹紅と射命丸が扉の前に立ち、妹紅がドアノブに手を伸ばそうとすると、

射命丸がそれを制止する。

 

「ん?」

「焦ってはいけません、深呼吸を。」

「いや、それは会う前でいいだろう。」

 

妹紅は強引に扉を開けた。

山に流れる風が室内に向かって雪崩れ込み、妹紅は顔を覆い隠す。

 

「おや椛、もう到着してましたか。」

 

視界が塞がる中、射命丸のそんな声が聞こえた。

射命丸は風の影響をまったく受けていない。

それどころか自分に当たるはずの風を妹紅に流していた。

ようやく風が止まり、妹紅が腕を下ろすと、そこには椛と―――

 

「慧音…!?」

「あ、妹紅。」

 

青色の服を風に靡かせ、妹紅のよく知る女性、

上白沢 慧音が椛の後ろに立っていた。

 

「なんでここに?」

「いや、こっちの台詞だそれ…。」

「椛、お疲れ様です。」

 

椛は軽く会釈をすると室内へそそくさと入っていった。

射命丸はポンと妹紅の肩に手を乗せ、ファイトですよ!!と慧音に聞こえないように激励を送って椛に続く。

 

妹紅は咄嗟に手を後ろに回し、プレゼントを隠した。

慧音は不思議そうに妹紅を眺める。

 

「あの…さ…。」

「ん?」

 

いざとなると声が出ない。

山の風はピタリと止み、声はよく通っている。

おそらく射命丸の仕業だ。

その静けさが余計に緊張を誘う。

 

「えー…と…。」

「何もじもじしてんの?妹紅らしくない。」

「……そうだな…。」

「え?」

 

妹紅は今まで慧音に対し何の抵抗もなく本心で話してきた。

これからもそうするだろうし、今回も言えるはずだ。

そう思うとふっと肩の力が抜けた。

 

「これ、今まで世話になってきたお礼。」

「え?な、何…? 改まって…。」

「いやぁ…、慧音に初めて会ってからこれまで、色んな迷惑やらかけてきたからさ。」

「……妹紅…?」

「ん?」

 

慧音の顔がみるみる青ざめていく。

ギョッとする妹紅。

慧音は妹紅を抱きしめた。

その声は嗚咽交じりで上ずっている。

 

「どこかに行っちゃうのか…?」

「はいっ!?」

「だって…『今までのお礼』って…。」

「あぇ!?わ、私そんなこと言ったか…?」

「え?」

「え?」

 

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「あれ?慧音さん泣いて…?うわ、あぁ…あぁあぁ…。妹紅さん…。」

 

射命丸は目を閉じ合唱する。

窓の外では重いヘッドバットを食らった妹紅が伸びている。

慧音は妹紅を軽々と担ぎ、一度射命丸たちの方を向いた。

射命丸の肩がビクリと震えたが、慧音は笑顔で会釈すると山を下り始めた。

その笑顔は嬉しさでいっぱいの笑顔だった。

射命丸はこの後の二人を想像して軽く笑って椅子に腰を下ろした。

椅子の軋む音。

意外と射命丸はこの音を気に入っている。

射命丸は置いたペンを取り、紙を取り出しインクを走らせる。

今起きた出来事を記事の一面に飾るのだ。

少し狙っていたのとは違ったが、読者の目を引くことだろう。

射命丸の口に笑みが浮かぶ。

やがて見出しが出来上がった。

射命丸は椛に手招きをし、その見出しを見せる。

 

『上白沢 慧音の強力ヘッドバットの秘密!!』

 

椛は苦笑いを浮かべた。

 

説明
とりあえずテストのような感じで一つ。
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東方 射命丸 妹紅 

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