かぜ
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風邪を引いてしまった。

仕事を根詰めてやってたことは認める。博士の学会までにまとめなきゃいけなかった資料が多くあり、それをどうしても今晩中に終わらせたかった。その作業を一日中やってたからここ数日の寝床は自分のデスクで、ろくなものを口に出来てなかった。だからだ。

だから、少し咳が出るくらいの風邪だったのに、資料がまとめ終わった途端意識が途切れた。そして、気付いたら寝室に移動させられてた。

腕を上げるのもだるいくらいの高熱らしい。今の状態でははっきりとした数字はわからないが、身体の火照りからして子供の時以来の高熱だと思う。

 

 

「はっ…、まいったなあ…」

 

 

誰がここまで連れてきてくれたのかわからないが、とりあえずは感謝。しかしまだやり残した仕事がある。せめて博士の資料だけでも。学会まで日にちが少ない訳じゃないがやっておいた方がいいに決ってまる。だから。

 

 

「…あと、すこし…だけ」

 

 

ほんの少し起き上がってやるくらい、大丈夫。まだ、やれる。

そう暗示してるのに瞼は下がり意識も遠のいていった。最後に頭に浮かんだのはキューを持ったあの後ろ姿。

 

気付けば仰向きに戻されていた。

 

 

「お、やっと気が付いたか」

 

 

見慣れた顔、聞き慣れた声。なのに生では久々だった。そんな風に感じる程会っていなかったのだと自覚させられた。

少し、籠りすぎたのかもしれない。だってこんなにも、熱いものがこみあげてくるなんて。

目頭に温かいものを感じながら、ゴールドが頭を一回やわらかく撫でておでこに乗せられたタオルを取り替えながら言った。

 

 

「遊びに来てやったらぶっ倒れてんだもんよー…って!何泣いてんだッ?」

 

「っ…ないて、ない…ッ」

 

 

何が悲しくて涙が出てきたかもわからない。けど、ゴールドの顔を見た瞬間からなんとも言えない安堵感と暖かみが感じられて、安心した。仕事のことも博士のことも全て吹き飛んで目の前の彼の姿に全神経が集中した。それは事実だった。

だるい身体で涙も拭けず、横に流れ落ちる。そっと温かい手がそれを拭ってくれた。

 

 

「はいはい、泣いてねーよな」

 

「ぐずっ…なんか、バカにしてない…?」

 

「してねーって。…オーキドのオッサンが今日くらいはゆっくり休めとさ。ちょっとは甘えとけって」

 

 

額に冷たいタオルが乗せられる。丁度よく絞られたタオルが微かな冷気を放ってとても心地良かった。タオルの少し上にゴールドの手が置かれ、少し低い体温もまた気持ちが良かった。

視界がぼんやりとしていてはっきりとはわからなかったが、ゴールドの顔がやや笑っていた気がした。子供を見守るようなあたたかい笑み。

 

 

「何か欲しいもんあったらすぐ言えよ?出来る限り用意すっから。あと、着替えたくなったら遠慮せずにいえ…、よ……ってツッこめないほど弱ってんのかよ…」

 

 

なよっとらしくないくらい眉をヘタらせる彼に、ふるふると弱く柔くしか首を振れなかった。

いつも通り接してくれるゴールドに、いつも通りの反応が返せない。思っているよりも具合が良くないみたいで身体を動かすのも億劫に感じられる。

ふと表情が引き締まり、真剣な眼差しに変わる。思わず見とれた。

 

 

 

「……クリス」

 

「んっ、…何?」

 

「お前…エロいな」

 

 

キョトン。

ゴールドの一言に一切のことが吹き飛ぶ。

風邪?学会?資料?仕事?

そんなもの華麗に消え去った。

さっきまでの健全な雰囲気は何処へ行った!!

 

 

「染まる頬に乱れる息、潤う瞳と動けぬ身体!!…あ、やべ。よだれが」

 

 

拳を握り力説する姿に愕然。もう何も言えない。

動かすのも億劫だった身体が嘘のように軽く、自分でも驚く程早業でゴールドを蹴り飛ばしていた。

 

 

「……サイッテー」

 

 

ふう、と一息ついて布団に戻る。温く、柔らかい布団に少し癒された。しかしゴールドへの怒りはフツフツと止まることなく湧き上がってくる。

折角見直せると思ったのに!

 

頭までスッポリ布団を被り、固く目を瞑ればすぐに眠りの世界へ旅立てた。だからあのあとゴールドが何を言ったなんて知らなかった。

 

 

 

 

「……へへっ、やっぱこれがクリスだよな」

 

 

 

 

(いつまでも弱ってると襲うぞ!がおー!)

 

 

fin.

おわれ

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