新世代の英雄譚 一話
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一話「英雄の息子と騎士」

 

 

 

「ビル、まだその村には着かないの?」

 先を行く大柄な青年。ウィリアム・クレイグ、愛称をビルという。に、少女が尋ねた。

「もうちょっとだ。男の癖に弱音を吐くなよ。ルイス」

 筋肉の付いた太い腕に、若いながらも低くドスの利いた声。

 見るからに傭兵風の男、という印象を受けるビルに対し、ルイスと呼ばれた少女……。

 いや、ビルが言うに少年は、体の線も細く、短く揃えた金髪は陽の光を反射して、きらきらと輝いている。

 服さえきちんとしていれば、貴族と言っても通用する程の美少年だ。

「僕はビルよりずっと繊細に出来ているからね」

 大きな青い瞳で見ながら、チクリと毒を吐く。

 すると、ビルは大笑いをして、どん、と硬い胸板を叩いてみせた。

「違いねぇ。だから俺も、お前が旅だなんて、反対だったんだがな?」

 はぁ、またその話?

 ルイスはうんざりとした顔を作ってから、顔を背けた。

 それだけではなく、耳まで塞いでしまう。

「そんなにぶー垂れるな。ここまで来ちまったんだし、もう村はない。今更、どこにお前を連れて帰るって言うんだ」

「ビルなら、僕をこの先の村に預けて行きかねない」

 ぴたり、とビルの動きがフリーズする。どうやら図星だったらしい。

「顔と体格に似合わず、ビルは心配性なんだよ。僕だって、傭兵の英雄とまで言われた父さんの子供なんだ。足手まといには……ん?どうしたのさビル。黙りこくっちゃって」

 ビルは豪快で、豪傑な人物だが、普段の口数はそこまで多い男ではない。

 だが、話せばちゃんと返事をくれる。それがここまで静かなのはおかしい。

 ルイスは、ビルの視線の先を追った。

 すぐに答えはわかった。

「村で、戦いが起こってる……!?」

 異常な事態だ。

 村が賊に襲われるのは珍しい事ではない。

 珍しいのは、その村人が武器を取り、敵と互角に渡り合っていること。

「おかしい。騎士の姿まで見えやがる。あの村、本当にただの農村か?」

「ビル、加勢しないと……」

「あ、ああ」

 年若いながらも、戦闘経験豊富なビルがうろたえるのは、珍しい。

 慌てて斧を手に持つ様を見ながら、ルイスはそう思っていた。

 ということは、こんな村を見たのは、ビルも初めてで、本当に異様な光景だということだ。

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 二人が戦線に加わろうとした時、既に戦いは終局に向かいつつあった。

 民兵を率いていたのは、甲冑で身を固めた騎士で、その用兵は巧みなものだった。

 ただただ勝つ為の戦をしているのではない。味方の犠牲を限りなくゼロに近付けつつも、きちんと敵兵は片付けられていく。

 加えて、指揮をしつつも本人が積極的に戦列に加わるのだった。

 馬上からの豪槍の一撃は、敵に恐怖を植え付けるのに十分な程の気迫が込められている。

「あれはそこらのセコい騎士じゃねぇ。間違いなく部隊長クラス以上の猛者だ」

 ほとんど仕事の残されていない戦場を見て、ビルが呟いた。

 まるで軍神。

 ルイスの素人の目には、勇猛果敢に戦う騎士の姿が、伝説の英雄王の様に映った。

 ビルは申し訳程度に斧を振り回して、敵を追い散らし、騎士の方へと向かって行った。

 念の為に抜剣してから、ルイスもそれを追う。

「助太刀、感謝致します」

 騎士は、バシネット(兜)のバイザーを上げながら礼儀正しく言った。

 優しく、しかし芯の通った、戦乙女らしい声で。

「女……?」

 さっき十分に驚いただろうに、更にビルは目を剥いてしまった。

 兜から覗いた顔は、美しく整った女性のそれで、しかも、まだ成人していない少女のようだった。

 少女騎士は、完全に敵が撤退のしたのを確認すると、兜を脱ぎ去り、馬から降りた。

 さらり、と肩まで伸ばされ、後頭部で括られた髪が兜から出て来る。

 金髪と茶髪の中間色。珍しいオレンジ色の髪だった。

「騎士、ロレッタ・ブラフォードと申します」

 緊張した様な声。それに含まれているものが、訝しみの感情なのだとルイスが理解したのは、彼女の視線がビルに向けられているのだと気付いた時だった。

 ビルは元傭兵だ。それも、ごろつきと同一視されても文句が言えない程に柄の悪い。

 村を襲撃した連中と同類だと思われても、仕方のないことだろう。

「ウィリアム・クレイグ。旅の者だ。こっちはルイス・ロートン」

「は、初めまして」

 騎士ロレッタの敵意を和らげようと、出来るだけ優しく、甘い声でルイスは言った。

 十五も過ぎたというのに、全く低くなろうとしない声には少し自信があった。

「お二人だけですか?」

 仲間が居ないかを警戒。

 自分で気配を探るのではなく、相手の口から言わせるということは、嘘を見抜く自信があるのだろうか。

「ああ、二人旅だ。この村には、食料と今晩の宿を求めて来たんだが、戦闘が起こってるのに気付いてな。こいつは兎も角、俺はそこそこ腕に自信があるから加勢しようと思った次第だ」

 いつもは自分の斧の腕を誇ることはすれど、謙遜することは絶対にないビルがこう言うのは、やはり彼もロレッタの戦いぶりに、畏怖に近い感情を覚えたのだろう。

「そうでしたか。申し訳ありません。お客人を戦に巻き込む様な事になってしまって」

 ロレッタは深々と頭を下げると、後ろの民兵達を下がらせた。

 接待の準備に取り掛からせたのだろうか。

「そんな、熱烈な歓迎を受ける程、俺達は金を持ってないぞ?」

「賊に食料を奪われるぐらいなら、旅人にお腹を満たしてもらった方が良い、でしょう?」

 言いやがる。ビルは苦笑して、斧を背負い直した。

 それに倣って、ルイスも剣を戻す。ロレッタが兜を馬の背に括り付けたのだった。とりあえず、警戒は解かれたらしい。

「私の家をお使い下さい。案内します」

 馬の手綱を持ち、少女騎士は手招きした。

「あんたは、この村に住んでいるのか。騎士なのに?」

「はい。私には、仕えるべき主君も、所属すべき騎士隊もありません」

 そう言うロレッタの目には、微かな悲しみの色が見えた。

 無双の騎士がこんな田舎に居ることには、それ相応の理由があるらしい。

「………………」

「………………」

 何となく沈黙が続き、馬の蹄の音だけが響いた。

 流石に戦いの直後だ。昼間の村も、静寂に包まれている。

「立派な馬ですね」

 そんな無音に耐えられなくなった少年が一人。

「ピューリといいます。この村で育った馬なんですよ」

 栗毛馬の頭を撫でてやりながら、ロレッタは自慢する様に言った。

 立派な体躯の雄馬は、毛並みも美しく、雄々しく武装したロレッタと一緒に居るのが様になっている。

 都を探しても、これ程の馬はちょっとないだろう。

「この村に住んで長いのか?」

「十六の年から住んでいますから、今年で二年目になります」

「ということは、十八歳?僕の二つ上だね」

 ちょっとしたきっかけがあると、不思議なものでどんどん話は弾んで行った。

 それでも、その形式はビルかルイスが質問、ロレッタがそれに答える。という淡白なものだ。

 彼女の言葉遣いからして、とても打ち解けている風には見えない。

「こちらです」

 やがて、彼女の家に着いた。

 それは他の家と比べて、特に豪奢な造りという訳ではなく、極一般的なものだ。

 騎士の住まいとしては、あまりに貧相で、唯一他の家との違いがあるとすれば、馬屋があることだろう。

「村の人に、既にお二人を迎える準備はしてもらっています。私はこの子を繋いで来ますので」

「ああ、わかった」

 軋む戸を開けると、外観通りの内装で、シンプルな木製の家具だけが並んだ、飾り気のない部屋だ。

 竃には火がくべられており、今から夕食の準備が始まっている。

 久々の生活感に、いくらか二人の心が和む。野宿と保存食の生活には、少なからず疲れていた。

 機能性だけを追求した椅子に腰かけ、やっと一息つく。

 ルイスは剣を置いた。ここしばらく帯剣していたので、もうその重みに慣れてはいるが、やはりベルトを外してみると、解放感があった。

「ベッドはお二人の分の用意が出来ています。まだ夕食には時間がありますし、お疲れなら一度、休まれては?」

 しばらくして、槍と鎧を脱ぎ、少女らしい姿になったロレッタが現れた。

 上質のものであろうベストやスカートを身にまとった姿は、深窓の姫君、と呼んでも差し支えはない程、様になっている。

 全体的に衣服は濃い青色を基調としていて、明るいオレンジの髪とのコントラストが美しい。

 その髪は、今では左の首元に垂らされている。

 改めて鎧を脱いだ姿を見ると、胸は大きく膨らんでいて、大槍を振り回していたというのに、腕や足は驚く程に華奢で、そのアンバランスさも女性的な魅力を醸し出している。

 思わず言葉を失う程の美少女だと、ルイスとビルは感じていた。

「いや、まだ休まなくて良い。それより、俺としては、あんたがいつの間にかに家の中に入っていたという、カラクリについて訊きたいな」

 そういえば、ロレッタがやって来たのは家の玄関ではなく、奥からだった。

 ルイスは兎も角、ビルがこっそりと入って来ていた彼女の存在に気付かない筈がない。

「もしもの為に、勝手口がありますから。汗臭い格好のままで年上の男性と、年下の女の子に会うのは気が引けたので、着替えさせてもらいました」

「……女の子」

 あからさまに表情を変えたのは、ルイスだ。

 思わず立ち上がってしまう。

 珍しくない事とはいえ、明らかに男物の服を着ているのだから、疑問に思って欲しいところである。

「?……どうかされましたか?」

「ははっ、何、気にしなくて良い。こいつはこれでも男なんだよ。ツラも名前も、女みたいだけどな」

「気にしなくて良いことじゃないよ!僕にとっては、結構重要なことなんだから!」

 柔らかく拳を作って、それを振り上げて威嚇。その仕草がまず、女性的なのだから、間違われても仕方がないことなのに、ルイスは直ぐにムキになってキレる。

 彼がビルと旅を始めて、まだそんなに長くはないが、今までの訪問先でも何度もこんなことがあった。

「そうでしたか。失礼しました。なら、一層身なりには気を遣うべきでしたね?」

 冗談を一つ。それから上品に笑うのだから、二歳しか年が違わないのに、ロレッタの方が余程大人だ。

 ルイスはまだ半眼になりながらも、仕方なしに再び腰を落ち着けた。

 余裕たっぷりのロレッタの態度も、ビルの対応も面白くなかった。

「それでは――改めて自己紹介を。あたしはロレッタ・ブラフォード。この村の人に武術を教える役目に就いてるの。出身は王都だけど、もう生家との関係は切れているわ。今ではこの村があたしの故郷みたいなもの」

 ロレッタは二人の向かいに座ると、声音と口調を一気に変えて自己紹介を始めた。

 今までの騎士らしい生真面目で硬い口調に比べると、ぐっと親しみやすい、十八歳の少女らしいものだ。

 表情も、張り詰めた感じがなくなり、年頃の少女の自信と、自覚の出てきた母性を感じる、何とも可愛らしいものになった。

「へぇ、そっちが素か?」

 軽く口笛を吹いてから、ビルが言った。

「ええ。本当は、ずっとこんな喋り方をして居たいんだけどね。格好が付かないでしょう?こんな小娘が騎士様、なんて」

「俺はそれでも良いけどな?こんな可愛い娘が騎士なんて、わくわくするぐらいだ」

「お世辞は良いわよ。あたしより、そこのルイス君の方が可愛いじゃない」

 顔をほとんど赤らめることもせずに、そんなことを言うのだから、かなり言われ慣れているのだろう。

 この田舎で、都会的な美しさを持つ彼女を旅の者が意識しない筈がない。

 掘り出し物とばかりに口説きに来るに違いないだろう。

「そ、そこでなんで僕の名前が出てくるのさっ」

 対して、顔を真っ赤にするルイス。

 村育ちとはいえ、彼は今まで箱入りだった。

 ビルとの交流も、最近になるまではあまりなかったぐらいなのだから、いじられるのに慣れていない。

 その癖して、少年なのに女性的な顔立ちという、絶好のいじられ属性を抱えているのだから、悲惨というものだろう。

「そうだな……ルイス、ちょっとロレッタの隣に行ってみてくれ」

「?別に、良いけど……」

 椅子を押し、立ち上がる。そのままロレッタの横に立つと、それに合わせて彼女も立ち上がった。

「これで、どうしたのさ」

「おお、やっぱりだ。ロレッタの方が背ぇ高いな。それにロレッタは吊り目だが、お前はどちらかと言えば垂れ目だろ?髪の色も近いし、まるで姉妹だ」

「なっ……!ビル、本気でキレるよっ!」

 拳を固める。帯剣していれば、それも抜いていただろう。

 更に、机を挟んで飛び掛ろうとしたが、ロレッタの細い腕がそれを静止した。

 腰に回されたそれが、見た目からは想像も出来ない力でルイスの体を後ろに引っ張る。

「ストップストップ。あたしの家をめちゃくちゃにするつもり?」

「でも、ロレッタも馬鹿にされたでしょ!僕と姉妹なんてさ」

「そう?あたしはそれも、中々に素敵なことだと思うけどな」

「うわーん!この家に味方はいないのかっ」

 両手を握り締めて胸元に持って来て叫ぶのだから、身も心も乙女だと言われても仕方がないだろう。

 肉の薄い体は、少女そのものの見た目なのだし。

「ああ、そうだ。悪いが、風呂の準備はあるか?俺もこいつも、濡らした布で拭くぐらいしかしてないからな。そろそろ気持ち悪ぃんだ」

「ええ。ちゃんちとしてもらっているわ。でも、狭いから一人ずつ入ってもらわないと」

「そうか。残念だな。出来れば、ルイスのうっすい胸の発育具合を見る為にも、混浴がよかったんだが」

「いい加減、僕はキレていいよね!?」

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 風呂を終え、質素ながらも温かい食事を摂り、三人は再びテーブルを挟んで対話する形になった。

「二人の旅の目的は何なの?ビルの戦いぶりを見たら、流れの用心棒にも思えるけども、もっと別な理由があるんでしょう」

 腹が膨れ、安心しきった気持ちになったところでロレッタが振ったのは、そんな質問だった。

 ロレッタ程の騎士がこの村に居ることは二人から見れば不思議だが、ビルとルイスの旅の目的というのも、ロレッタから見れば疑問らしい。

「なんて言うかな……そんな単純な話でもねぇんだ」

 珍しく歯切れ悪く、頭をかきながらビルが答える。

 ルイスも全く同意見だ。

「聞いてはいけないことだった?」

「いや。もう整理は付いてることなんだがな。ちょっと退屈な話になるぞ?ルイス、話しても良いな?」

「う、うん」

 返事が少しどもってしまったのは、どこか部外者に知られることへの背徳感があったかもしれない。

 勝手な思い込みなのかもしれないが、なんとなくこのことは他人にべらべらと口にする様な事とは思えなかった。

 それでも肯定的な返事が出来たのは、相手がロレッタだからだ。

 まだ半日も一緒に居ないが、なんとなく信頼出来る人物だと思えたし、彼女もまた複雑な過去を背負っているに違いなかった。

 そんな仲間意識が、彼女に秘密を打ち明ける理由になったのだろう。

「まずは、こいつ。ルイスの事なんだが。傭兵王。そんな称号を知っているか?」

 都で騎士だったロレッタを、試す様な口ぶり。

 心の狭い相手だったなら、激怒されていてもおかしくないが、ロレッタは小悪魔っぽく笑ってから口を開いた。

「ええ。あたしは戦場に出たことはなかったから、その姿を見る事はなかったけど、噂は聞いているわ。一人で千軍とも渡り合える、正に一騎当千の剣士だったとか」

「俺の知ってる通りの話だな。俺は実際、共闘した事もあるんだ。あの人は本当に圧倒的な程に強かった。その噂も、掛け値なしの事実って訳だ」

 熱っぽく語るビルの顔を眩しそうに見ながらも、ロレッタは自分自身もその話に夢中になっている様子だ。

 見た目は可憐な少女騎士でも、英雄譚に興味を覚える少年的な面があるらしい。

 やはりそれは、騎士の血筋がそうさせているのだろうか。

「で、その傭兵王の忘れ形見が、このルイスなんだ」

 唐突にビルは、話を現代に引き戻した。

 当時最強と謳われた傭兵も、討たれる時は来た。

 それが二年前の大戦だった。東国と雌雄を決する最後の戦いで、傭兵王は敵軍最大の将軍と刺し違えることになる。

 その壮絶な死と、勇猛果敢な戦いぶりは、今一番人気のあるサーガであるし、第二の彼を目指して傭兵を志す若者も後を絶たないという。

 彼は、それを望まなかったというのに。

「そうか、ロートンという姓に聞き覚えがあると思ったのは、そういうことだったのね」

「意外と驚かないな?こいつの親父さんは、同じ金髪だがかなり武骨な感じの大男だったのに」

 父を微妙にけなされて、ルイスは思わず半眼になった。

「確かに、厳つい人とは言われていたけども、そんなに不思議じゃないわ。あたしの父も、そんな人だったからかしら」

 なるほど、どっちも母親似でよかったな。

 ビルは皮肉な笑みを作って呟き、それに思わずロレッタも口元を緩める。

 ここでも怒り顔なのは、ルイス一人だ。

「おっと、話が逸れちまった。で、戦争の後は、傭兵として戦っていた俺も村に帰って、およそ平穏な生活を送っていたんだが、もう半年ぐらい前だ。村が襲われた」

「山賊?」

「いや、ほとんどならず者みたいな傭兵共だ。俺と、ちょっとは剣の心得があったルイスは適当に応戦して、村の皆を避難させることは出来たんだが、村はもう散々になっちまってな。とてもじゃないが、人は住めなくなった」

 決して珍しいことではない。

 この村にしても、ロレッタがいなければ、どうなっていた事だろうか。

 しかし、そんな普通にあることでも、これ以上のない理不尽だ。

「まあ、その後村の皆は、近くの村に散り散りになって住む事になったんだが、俺達二人はそうしないで、出て来たんだ。俺の両親はもう死んでるから良いが、ルイスのお袋さんは体が弱いから、近くで一番の村に預けて」

「……どうして?あなた達のことだから、何か理由があるんでしょうけど」

 さすがに、ここでいきなり叱り付ける様なことはしない。

 ビルはロレッタの思慮深さに感謝しながら、いよいよ理由の部分を口にした。

「村を襲った傭兵がな、こいつ……ルイスと、俺の一番言われたくないことを言いやがったんだ。それでキレちまって、旅に出るのを決めた」

 一拍の間。

 今でも、その言葉には虫唾が走った。

「『傭兵王を目指す俺達に、食い物を寄越せ』ってな。どうせ山賊上がりの、傭兵王のサーガに感化されたバカなクズの言葉だ。無視しても良かったんだが、丁度その日は、命日も近くてな……抑え切れなかった」

「……それで。僕は、初めて手を汚した……!」

 沈黙していたルイスが、声を張り上げた。

 目元には涙が浮かんでいる。

 声も、少し鼻声で。

「俺達の旅の目的。それは、そんな傭兵共を片っ端からぶん殴っていく事だ」

 大真面目な顔で言うビルに、多くの人間はありえない、といった顔を向けただろう。

 だが、ロレッタは彼等を馬鹿にすることもなく、呆れることもなく、眩しい笑顔で以って答えた。

「予想していた答えとはまるで違っていたけど、何だか納得だわ。すごく、あなた達らしいというか、その言葉を聞いた後だと、もう他の理由はありえない、って思わせられるわね」

 ロレッタの言い分もまた不思議で、言葉を失ったのは二人の方だ。

 現実的な話ではない、青臭過ぎる、そんな返事を半ば諦めながら待っていたのに、返って来たのは肯定でも否定でもなく、ただ自分達らしいという答え。

 ビルは気まずそうに頭をかくことしか出来ない。

「多分、この話を聞いてそんな風に言うのは、後にも先にも、あんただけだろうよ」

「そうかしら?案外、居ると思うわよ」

「いや、そんな事はないぜ。やっぱりあんた、相当変わってる」

「ふふっ、かもね」

 ロレッタは弾ける様に笑うと、乱れた姿勢を整えた。

 話を聞いている間、彼女は腰を曲げて前のめりになっていて、およそ騎士らしからぬラフな姿だったのだ。

 その方が、魅力的なのかもしれないともルイスは思ったが、背筋をぴんと伸ばした姿勢も、美しさがあった。

「ありがとう。デリケートな話だったのに、話してくれて」

「ううん。僕は良いんだ」

 ビルというよりは、肉親であるルイスに向けて、ロレッタは頭を下げた。

 オレンジブロンドの髪がさらりと揺れて、色通りの柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐる。

 なんだかそれが官能的で、ルイスは思わず赤面してしまった。今まで、香水を付けた女性になんて会ったことがなかった。

 ビルもそうなのだろうか。

「じゃあ、あたしも隠し事をしている訳にはいかないわね。あまり楽しい話ではないけど、あたしがこんな所に居る理由、聞いてくれる?」

「迷惑じゃないなら」

 ルイスはまだ少し浮付いた頭で、はっきりと頷いた。

 なんだか、彼女のことを全て知ってしまいたい気持ちだった。

「傭兵の英雄譚の次は、社交界の騎士道物語ってのも良いな」

 続いて、ビルが茶化す様に言う。

「そんなに華やかなものじゃないわ。あなた達の話より、暗いぐらいよ」

 もう一度釘を刺してから、ロレッタは口を開いた。

 悲劇的、ともいえる王都で起こった出来事について、語る為に。

説明
pixivでも公開しているオリジナルファンタジー作品です
私の好きな世界をそのまま描き出した趣味全開の小説になっています
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