風花
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 東の地はその風土のためか、どこか自然と調和する風流な美を好む人が多い。それは純然たる自然物や、自然のなかに申し訳程度に入り込む人工物の慎ましやかな様を愛でることに代表される。

 桜の花びらがひらひらと舞い落ちる様子を見ると、つい追憶にふけってしまう自分がいた。

 あれはもう、どれほど前のことだろうか――

 

 駆け出しを卒業してようやく写真家としてやっていける目処がついたころ、私は薄紅の花弁が咲き乱れる地へと赴いた。

 山裾に伸びる桜並木の合間を歩いていると茶店があったため、ここらで一休みとばかり床机に腰をかけた。すぐにお婆さんが出てきたのでお茶と団子を頼んだ。

 里はすっかり春の装いだが、標高の高い深山にはいまだ灰色の雲がかかり冠雪が白く残っている。

 この日は風があり、枝を揺らすたびに花が少しずつ抗いもせず散っていった。

 こうして風に吹かれ、雨に打たれてすべての花が地に落ちてしまえば、今度は瑞々しい緑が映える時候へと移っていく。途切れることなく続く自然界の表情の変化に、飽きることはない。

 まだ熱い緑茶を口に含むと、にがみのなかにほのかな甘みが漂う。団子の甘さとはまた違う自然界からそのまま摘み取ったような天然の甘み。

 こういったささやかな味わいも嫌いじゃない。

 のんびりと桜を観ているうちに女の子が二人、軽い足取りでやってきた。姉妹だろうか。顔がよく似ている。否、よく似ているどころか瓜二つだ。どうやら双子らしい。

 彼女たちのあとから少し遅れて父親らしき男性がやってきて隣の床机に腰をおろす。

 まだその顔に若さの残る父親は、運ばれてきた茶をあけると大きく一息ついた。

 娘たちは舞い落ちる花びらの下ではしゃいでいる。

 それとなく話をしているのを聞くと、長い黒髪を後ろで束ねている女の子が妹のようだ。

 頭上に咲く花と同じ淡い紅色の衣を身にまとっている。長い袂には五枚の花弁を散らしたような柄が染められ、裾に下りていくほどぼかしが入って色が薄くなっている。その服の色合いといい、しゃべるときの口調といい、全体的に華やかで活発な印象を与える少女だった。

 他方、姉の方はどこか落ち着いた雰囲気をかもし出していた。艶やかな長髪を結わえることもなくのばし、妹とは違い薄青の衣に身を包んでいる。こちらは袂に雪のような白い柄が染め抜かれ、やはり足元に行くほどぼかしてあった。

 着物から帯や帯留め、妹の挿している簪にいたるまで総じて派手過ぎず、個を主張するよりも周りの風景に合わせることに重きを置いている。

 それは同時に、少女たちの元からもつ美しさを引き立てることにもつながっていた。

 これをフレームの内におさめない手はない。

 そばに座る彼女たちの父親に事情を説明すると快諾してくれたので、私はレンズを双子の姉妹へと向けた。

 はじめのうちこそ二人ともカメラなどという見慣れないものを珍しがっていたが、次第に興味を失ったようで、ゆっくりと落ちてくる花びらのまねをするようにくるりくるりと廻ったり、鮮やかに咲き誇る花をただうっとりと見上げたり、思い思いに戯れ始めた。

 妹が元気に動き回ればそのたびに長い袖が翻る。そばでは姉が舞い散る花弁をすくおうとゆっくり手を差し伸ばしていた。

 容姿はそっくりでも対照的な二人。性格も着ている服の色目や柄も、対でありながらどこかつながっていて別々の個人なのにお互いを補完しあっている、そんな印象を与えた。

 風が頬をかすめ、髪をさらりと撫でていく。

 私の横では父親が人のよさそうな微笑みを浮かべて娘たちを見守っていた。

 そんななか異変は突如起こった。

和やかな時間に身を委ねているうちに、いつの間にか女の子たちが険悪な雰囲気になっていた。

 発端は妹曰く「どちらの方がかわいいか?」と父に問うたことらしい。明確にどちらかを選べるわけもなく困惑する父をよそに、自分の方がかわいいと主張する娘たち。まだまだ子どもだなと笑って済ますには少し過熱気味で、いよいよ制止しようかと父が口を開きかけたときだった。

 まるで二人を諌めるようにひときわ強い風が吹き抜けて、少女らの小さな悲鳴が聞こえた。私も思わず目を細めてしまう。

 突風は一瞬でおさまり、女の子たちがゆっくりと瞑っていた目を開ける。と、同時に歓声を上げた。

 桜の花が――あたり一面に舞い乱れていた。

 これまでと比べてもいっそう激しく、しかし儚げに、巻き上がった花びらが落ちてくる。

 さらにそれだけでは終わらない。

 双子がどちらからともなく気づいて空を見上げる。

 白く冷たい結晶の集合体が、花に混じってふわりと落ちてきた。

 今日は風が強い。高山にかかる雪雲からさらってきたのだろう。

 空と桜の木がともに零した欠片。冬と春が交わり、しだいに境目は曖昧になっていく。

 夢の共演に姉妹も父親も私もみな、ただ静かにその光景を眺めていた。

 花には花の、雪には雪のよさがある。

 甲乙つけることに意味などない。

 かの双子も先ほどまでの仲たがいはどこへやら、いつのまにか降り来る淡い季節のカケラのなかに身を置いて笑いあっていた。

 私は思い立ち、父親を促して彼女たちのそばに立ってもらった。

 こちらには意識を向けず自然体で娘たちと接してもらうと、まるで一枚の風景画のように違和感なく背景に溶け込んでいく。

 その姿を最後にもう一度だけレンズに捉える。

 

 なんとなくではあるが――

 この地の民の感性を、私も少し理解できた気がした。

説明
2011年7月13日作。風花(かざはな)。晴れているときに雪が降る気象現象。多くは山など高所の雪が風に飛ばされて平地に降る。偽らざる物語。
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