Fire Opaline Eyes 1
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1:闘争心と理性の間で・・・

 

 赤黒い炎が絶え間なく燃え盛る場所、灼熱地獄、あたいはその上に飛んでいた。

 もうすぐ来る! 

 あたいがここに呼び込んだ、望むべき存在、宿敵・・・

 あたいは昂ぶる心を押さえ込み、出来る限り冷静さを保とうとした。

 ただ待つ、というのはあたいの性分に会わなかった。手元にあるスペルカードをもう一度確認する1,2,3、4枚……きちんとある、当たり前だ、この時、この瞬間を待ち望んであたいはこれまで努力をしてきたのだから・・・

 

 呪精「ゾンビフェアリー」

 

 恨霊「スプリーンイーター」

 

 贖罪「旧地獄の針山」

 

 「死灰復燃」

 

 それぞれを簡易に展開させる。スペルカード上に光彩となってスペルの構成要素が現れる。それを一つ一つ確認して、自身のスペルカードが思惑通りに構成されている事にあたいは少し満足した。

 火焔猫燐にとってもこのスペルカードというものはそこまで慣れているものではなかった。

なぜならスペルカードという決闘方法はこの旧地獄にとっては新しい決闘法だった。

 ある日、不思議な事に空から大量のブランクのスペルカードが降り注いできた。多くの知恵のある妖怪達はそれを奇妙に思いながら、そして、それと一緒に不思議な取り扱い説明書のようなものが添付されている事に気が付いた。

 スペルカードルール、それは外の世界でなにやら流行の戦いの作法らしい、

 

 曰く、それは妖怪が異変を起こしやすくするためのものである

 

 曰く、それは人間が異変を解決しやすくするものである。

 

 曰く、それは完全な実力主義を否定するものである。

 

 曰く、それは美しさと思念に勝るものは無い

 

 要するに外の世界では人間と妖怪がこのルールに基づいて決闘を行っているらしい。

 人間を殺すだけの血生臭い世界を否定するものらしい、地獄の住民に血生臭さを否定させるなんて、こんなものをばら撒くなんて、こんな物をばら撒いた者はなんとも傲慢な存在だな、と多くの妖怪が考えていたし、燐もそれに同意見だった。

 しかし、一体何者がこんなものをこの旧地獄にどんな気まぐれでばら撒いたのか? そんな事はこの旧地獄に住む妖怪達には皆目検討付かなかった。

 多くの妖怪達はすぐにその面白さを理解した。妖怪達の間でその決闘方法は大きなブームになり始めた頃、あたいはこれまでに計画していた悪巧みを実行に移した。

 火焔猫燐にとってこのスペルカードルールの流行は絶好のチャンスだった。外の世界での戦い方を知ったのなら、外の世界の人間にとって戦いやすい環境になる。そうすれば、外の世界の人間をこの旧地獄に侵略者として送り込む事ができるかもしれない。

 燐はすぐさま計画を実行に移した。地上へ続く道に大穴を空けて自身が操る怨霊達を送り込んだ。

 地上の人間は嫌でもこの怨霊達の出現する原因を突き止めに来るだろう・・・

 

 結果は成功だった。

 

 地上人は、その中でも最も強力であろう人物をこの地底、旧地獄に送り込んできた。

 見た目は、若干14,5歳程度か? 長い黒髪を紅いリボンでまとめ、同じ紅とそれと白を基調にした巫女がこの地底に下りてきた。

 その少女とはこれまで何度か弾幕りあった。

 正直言えばゾクゾクした。あたいが相手の実力を試すときに使うスペルカードは悉く冷めた表情でかわし、的確にあたいを追い詰めてくれた。

 先ほどもあたいの主である、古明地さとり様までも倒してしまった。

 彼女は本物だった。相手がたとえどんな存在であろうと、あたいや人の心を読む覚り妖怪にだって何食わぬ顔をして相手をする。妖怪と戦うために生まれたようなそんな存在だった。

 それこそ、あたいが待ち望んだ理想的な宿敵だった。

 あたいはそんな宿敵を招き入れて、歯車の狂ってしまった友人に活を入れてもらいたい。

 だからこんな、人間の言う「異変」を起こしたのだ。

 この地霊殿はあたいが様々な土地を訪れて漸く見つけた安住の土地だった。しかしそこに住む妖怪達は決して幸せではなく、多くの欺瞞と猜疑に満ち溢れていた。

 だからあたいは友人を救うためその友人を退治する人間をこんな場所まで呼び込んだ。

 友人にあたいが伝えたい事をその人間に託して、そしてその背後にいるあの人たちにも伝えたくて・・・

 自分で言えば済む事を他人に委ねるなんて狡賢いと言う奴も居るだろう、言えばいい、ここは地獄、あらゆる倫理や道徳の通用しない世界の果ての一つ、あたいは新しい関係、皆が笑って過ごせる場所を作るためならどこまでも狡賢い存在にだってなってやる!

 

 ゾクリ・・・

 

 そのあたいの理性と裏腹にあたいの本能は別の欲求を求めていた。それはあたいが呼び込んだ、あの人間を見たときから心のどこかでじくじくと広がっていた感情だった。

 だれかがあたいに呼びかけるような声が幻聴として頭に響く

 

「あなたはあなたの本能に従えばいいのよ」

 

 それは耐え難い誘惑だった。

 そう、あたいはあの宿敵に一目ぼれをしてしまったのだ。

 別に恋焦がれたとかそういうものじゃない、もっと別の、下卑たものだった。

 もし、あの身を引き裂く事ができたのなら、あたいはあの人間の体を手に入れることが出来る、あの黒く艶のある髪も、細身で無駄な肉が付いてない四肢もなにもかもが素敵だった。

 あの冷淡な表情が一気に歪む姿を見ることが出来たのならさぞかし爽快だろう、そんな表情が見られなくても彼女が一瞬のうちに絶命したのならその体はあたいのものになる。

 これまで集めたどんな死体よりも綺麗に飾ろう、あの紅白の服を鉄錆色の混じった赤黒い1色に染め上げてホルマリン漬けにすればいつまでもあたいのものだ。

 それは素敵な芸術品、その為に戦えるのなら、それはそれで素敵な事だ。

 このスペルカードに打ち負かされるような存在なら、それはそれで失望でもある、彼女はあくまで負けない存在であり、それであってもあたいの手で死ぬということこそが彼女の美しさを保つだろう。

 だからどこかであたいは自分自身が戦う事を心のどこかで待ち望んでいた。

 あたいの主、古明地さとりはあたいを評してこう言う。

 

「彼方はこの地獄を覆う炎のような闘争心と、それとは裏腹の氷のような冷静さをもっているのね」

 

 水が大嫌いなあたいにとって水に関係するもので自身を評されるのには好きになれなかったが、それでもあたいはその事に対して否定はするつもりはなかった。

 あたいは一旦頭を振る。

 あぶない、思考がどんどん空転し始めた、改めないと・・・

 そう、あたいはここで負けることが本質的には大切なのである。負ける事が本意で戦う、そうしないと彼女が、少なくともあたいより強い存在であると言う事を証明出来ないからだ。

 あたいの友人、霊烏路空はあたいじゃあその胸倉を掴んで殴り飛ばす事なんてできないそんな存在である。少なくともあたい程度は簡単に打ち負かせてくれなければ困る。

 そして何より、彼女はこれまでさとり様も含めて誰一人として殺してはこなかった。

 それならば、きっとあたいの望む方向へ物事を進めてくれる。

 だから戦う――あたいと、あたいの家族の為に・・・

 

 ……

 ……

 …

 

 本当に?

 理性を本能が反駁する。

 間も無く宿敵である巫女が近づいてくるのがわかる。多分彼女はこちらの姿をまだ目視できていない、人間の目ではさぞかし地底の炎は眩しいだろう。普段から慣れてるあたいだってここにはそう長くは居たくない。

 本能と理性がこの瞬間同調した。

 

 口元が笑みで歪む、

 

 さぁ、我が愛しき宿敵よ!今ここで雌雄を決しようではないか!

 

 

2:あたいは雨が嫌い、雨はいつだって悪い事を呼び込んでくる

 

 

 あたいのつまらない人生(猫生?)を語るのにはどこから語ればいいのか正直あたい自身でもわからない。

 あたいがあたいという妖怪としての人格を持った自覚が何時だったか? 定かではないからだ。判る事は、ここ、地霊殿に来るよりも以前だった事は覚えている。

 そのころからあたいはここでやっていることと同じような事をしていた。

 ……

 ……

 

 ごめん、大嘘、ここでやっていることは大事な仕事、例え同じ事をやっているにしてもそれは意味のある行い、自身が生き延びるためだけではなく、ここの全ての存在の為にやらなければならない大事な勤め。

 それ以前のあたいは今から見ればそれは惨めだった。

 人がいなくなった夕闇時、ひそかに墓地に入り、人間の墓をあばき、死肉を食らう、それが出来ないときは人通りの少ない路地で人間を処理して喰らっていた。

 それは生きるためには仕方が無いとかそういった言い訳が通用しない、自身の嗜好と快楽を追及するための行いだった。

 楽しかったよ、そりゃあたいはそういった存在なんだ、その本能に従う事ほど心が喜びに満ち溢れる事なんてほかにはない。

 あたいが、今でも自身の記憶の中で鮮明に覚えているものは、やはり冷たい雨が降る夜だった。

 初めて人を殺した。何も難しい事は無い、人には無い腕力で一人の男の左肩から袈裟切りの様に腕を振り下ろした。それまでなにやら喚いていたそいつはその瞬間から何も言わなくなり、ただ、赤錆のような味のする血と多少の汚物をあたいにぶちまけてくれた。

 その硫黄のような腐臭と、鉄錆の臭いに心が昂ぶった。

 その男の喉から声ともならない音が無意味に流れるのに興奮した。

 勘に障り、耳障りなのは大雨だった。あたいの至福の心をまるで洗い流すようだった。

 綺麗になる事は決して好きじゃない、その感動を、その証を全て自分ではないどこかに持っていくようだった。

 あたいは既に絶命したその死体の臭いを自分につけるかのようにそれを貪った。

 不覚な事に雨の音によって人の気配が近寄ってくる事に気が付かなかった(なんて勘に障るんだ! 雨というものは!)気が付けばあたいを見て大きな悲鳴を上げている老婆がいた。

 あたいは自己保身のためその場所から逃げ出した。

 石畳の街中を人の姿で、全裸で駆け抜けた。

 外に出ていた人々は奇異の目であたいを見つめてくる。

 本能が告げる、彼らはあたいの敵だ、捕まれば殺される。

 理性があたいに問いかける、何故あたいを殺そうとするのか? と・・・

 本能が答える。

 あたい自身が彼らにソレをしたからだと――

 石畳を激しく雨が打つ音だけが耳に鳴り響く、鬱陶しい――

 石畳はやがて、土となり、何時しか何も無い荒れ野にあたいはたどり着いた。

 あたり一面雑草の生い茂る、本当に何も無い場所だった。

 あたいは高鳴る心臓を押さえ込もうと、その場に屈み、息を整える。人の姿は慣れないな・・・

 ふと首元がなにやら苦しい事に気が付く、そう、まるで首を締め付けられたように・・・

 「   」の亡霊だろうか? だったら怖くない、だってあたいは「   」を「  」たのだから・・・

 首元を確認する、首には怨霊なんていなかった、ただ、革でできた首輪があっただけだった。それが人の姿である自分の首には少々きつかっただけだった。

 

「ふふ・・あはは」

 

 そこであたいは漸く言葉を発する事を思い出した。なんてことは無い、あたいの首を束縛していたのはあたいを束縛していた「   」のつけた首輪だった。

 力任せにそれを引きちぎる。これであたいは本当に全裸になった。何も、付けていない、長い髪は水に濡らされ、べったりと張り付いてくる。気持ち悪い

 

「さようなら、かつてのあたい、そして・・・」

 

 あたいは引きちぎったそれをその場に捨てた。そこには4文字で何かが書かれていた。

 あたいは当時言葉なんて読めるほど賢くなかった。

 でもそれが後に自身を現す大事なものだと知る。

 雨があたいを清めていく、先ほどの死体の臭いも、かつてのあたいも・・・

 清められるのは嫌いだった。これ以上無いくらい汚らしいあたいの存在を否定されるようで嫌だった。

 だからだろうか、あたいはその雨が届かない、かつてあたいが見てきたものが届かない、そこではないどこか、へ逃げ出した。

 それからのあたいは幾度となく人を襲った。出会った運の悪い旅人を使ってどうしたら人は死に易いか研究したり、猫の姿になり、幾つかの街に忍び込み、幼い子供を誘い出し、喰らった事もあった。

 それだけでも飽き足らず、今度は更に穢れた存在になるために墓地を荒らしまわった。

 繰り返す穢れがかつてのあたいを無くしてくれるとか、そう信じていたのかもしれない。

 そんなある日、あたいはいつもの様に墓地を荒らしていた。

 その日も秋口の冷たい雨が降っていたのを覚えている。嫌な思い出は嫌なものと一緒に連想してくる。その気持ちの悪い雨に反発するようにあたいは派手に墓を荒らしまわっては、腐肉を貪っていた。

 その行為に夢中だったからだろうか? それともこの大雨が人間の気配を消していたのだろうか(全く――これだから雨ってやつは!)

 あたいは気が付けば数多くの人間に囲まれていた。

 人間達は口々にあたいに対して呪詛のように言葉を発していた。

 

「汚らわしい奴!」 

「不気味な光を発しているこいつは人間なのか?」 

「赤い瞳なんてまるで化け物じゃないか!」

 

 人々は口々に言ってくれる。いいじゃないか! 上等じゃない!

 あたいはお前達の言う化け物なんだからね!

 あたいが彼奴らに襲い掛かろうとした一歩手前だった。あたいは背後から重たい何かで殴打された感覚を自覚した。音が聞こえないのはきっとこの大雨のせいだ!

 

 あれ?

 

 あたいは力なく倒れた。こんなはずじゃなかった。あたいは一足で目の前の敵に襲い掛かり次々と殴り殺すつもりだった。それが、どうしてこうなったのか?

 あたいは酷く痛む頭を抱えて殴りかかられた方をみやる、一人の大男が武器とも言えない様な農具を持っていた。その先には真っ赤な血が付いていた。

 綺麗な血だった。新鮮で、さっきまで貪っていたそれとは違う、かつて味わっていたそれだった。でもそれも雨によって洗い流されていく、だから雨は大嫌いなんだ。

 再び後頭部に鈍い痛みが走る。今度こそあたいは自分を保てなくなり、人前に無様にも猫の姿をさらけ出してしまった。

 それからは、人間達は農具を捨てた。人々はあたいを踏みつけた。力強く、激しく、何度も何度も、激しい痛みが全身を駆け巡る。

 こんなにも酷い目に合うのはきっとこの大雨のせいだ。だからあたいは雨が大嫌いだ。

 人間達はあたいが絶命したのかとおもったのか、あたいの体を持ち上げ、荒れ野に打ち捨てた。

 数ある不幸の中のほんの一つの結末だった。

 そんな時にあたいは初めて自身の死を自覚した。それはそれまで味わったことのないくらいあたいの心を鷲づかみにした。

 心ががくがくと震えていく、思考のピントがずれていく、心だけは一つに纏まっていく。一つの結末、かつてあらゆる存在を死に追いやった一つの感情、

 恐怖だった。

 その恐怖をどう表せばいいのか判らない、そもそも何に現せばいいのかすらわからない。

 そこであたいはもっと大きな事柄に気が付いた。

 そうか、あたいは伝えたい誰かがいないのだった。

 遥か昔に自分に名前をくれた誰かはもういない、その次にあたいを引き取ってくれた人も、それからも、それから先も、最後のに至っては自分の手で殺めてしまった。

 自分を知っている存在は、もはやこの世界の何処にだっていやしないんだ。

 体が動くのなら泣き叫びたかった。こんな馬鹿みたいな最期を迎えるなんて、それこそ本当の馬鹿だ。

 今からでも間に合う? そんなわけはない、もう戻れない。そんなところにいる。

 痛みで心が悲鳴を上げる、反面どんなに体に力を入れようとも筋肉は弛緩していくばかり――

 (馬鹿は死ななきゃ直らないって言葉がこれほど痛切だったなんてね――)

 あたいの体温を冷たい雨が奪っていく、意識と共に、あたいがまるでこの場所にはいない様にするように、これだからあたいは雨が大嫌いなんだ。なんの温かみも無い、冷たく苦しい雨・・・

 そこでふと気付く、

 

 (あれ? そういえばあたいは何を求めてこんなに人を食い殺していたのかな?)

 

 人間の腸から臭う硫黄のような臭いはあたいの心を昂ぶらせる。

 鉄錆色の血の味はあたいの味覚を刺激してくれる。

 でも、それは表面的な感覚だ。でもあたいが心で求めていたものはそれよりもっと別の何かだったのではないのか?

 その答えを出すにはあたいには健康な体と、心が必要だった。自身を麻痺させていく冷たい雨、これだから雨と言うのは大嫌いなんだ。

 あたいが最後の最期に感じたのはそんな事だった。

 「畜生・・・」

 そして最期に吐いた言葉は泣き言だった。

 

 

3:求める結果と対立する本能

 

 

 左側頭部に激しい衝撃が走る。いつかのような激しい痛みは感じなかったけれども心に強い衝撃が走った。

 あたいの最初のスペルカードが破られた瞬間だった。

 数多もの怨霊を演じる妖精たちとあたいの弾幕を掻い潜り、お姉さんは一気にあたいとの間合いを詰めて、あたいに回し蹴りを放ってきたのだった。

 あたいの予測ではお姉さんはもうちょっと苦戦してくれるくらいの目算だった。それが僅か数アクションで破られてしまった。

 人間如き、とはいえないけれども、何時間もかけて創り上げたスペルをほんの僅かな時間で破られたのに少しプライドが傷ついた。

 

「やるじゃん、お姉さん!」

 

 あたいはもはや笑みを隠しきれず、笑いながら彼女に言った。

 

「・・・・・」

 

 お姉さんはそれには答えず、いち早くまたあたいと大きく間合いを取った。

 またもやあたいの策は見破られたか・・・

 あたいは笑みを向け、声をかけた瞬間に高速弾を放っていた。

 

呪精「ゾンビフェアリー」

 

 手下の妖精を相手にまとわり付かせてじわじわと精神面でのプレッシャーをかけて、後に高速弾で一気に打ち負かせるスペル、あたいが、昔獲物を追い詰める時を連想して構成したスペルカードだった。

 実に見事だった。お姉さんはそのスペルカードの癖を一瞬で見抜き、手下の妖精たちを一つにまとめて叩き潰して一瞬にしてあたいに詰め寄って渾身の一撃を食らわせてくれた。

 これが本場のスペルカードの醍醐味か! 考えただけでゾクゾクする!

 

「お姉さん、お姉さんは戦ってて楽しいかい?」

 

 戦いの手を止め聞いてみる。

 お姉さんはあたいが、今の一瞬だけは戦う意志が無い事を悟り、あたいを見据えた。

 

「別に、私はただやらなければいけない仕事をしているだけよ」

「仕事かい? それは大切にしないとね」

 

 落胆の声であたいは答える。

 でも、とそこであたいは決して見逃さなかった。気に入らない氷雨の様な冷淡さを保っていたお姉さんが、その言葉を吐いた一瞬だけ、喜びに近い感情を見せていた。

 つまりは、そういうことなんだ。地上と地獄、立場は違えど、この戦い方ではその境界線は無い、嬉しい! こんなにもあたいはこのお姉さんと語り合えるんだ!

 ならあたいも腹を割って話そうじゃあないかい!

 この地獄の底で燻る者たちの温かさ! 存分にみせてやろうじゃないかい!

 

恨霊「スプリーンイーター」

 

 あたいの第二のスペルカード、それを懐から取り出し発動させた。

 カードはきらきらと黄色い燐となって浮かび上がり、その構成を具現化させた。

 次こそは勝ってやる! お姉さんの予測を超えてやる!

 

 

4:あたいに温かさを教えてくれた人は決して強くもなく・・・

 

 

「〜〜♪」

 

 あたいが次に意識を取り戻したのはあれからどれだけの時間が経ったかは定かではなかった。まず、はじめに聞こえてきたのは歌声だった。

 歌詞は何処にでもありそうな、ありふれたもの、でもそのリズムはよく言えばトリッキーで悪く言えば破天荒、どっちも良くないか、てんで出鱈目で寧ろ多少の不快感を憶えた。

 あたいは全身に感じる痛みに促され一気に意識を覚醒させた。酷いもので、体のどこが痛いとかではなく、どこもかしこも痛かった。

 目を見開く、まだ目がきちんと機能していたことに多少驚いた。

 

「あら、目覚めましたか?」

 

 歌が止まった。声をかけてきた女性が歌っていたのだろうか? まだはっきりしない瞳が何かがこちらに向かってくるのを捉える。

 淡い紫の短髪の少女がこちらに来たのがわかった。

 人間? かと思ったがすぐにその考えを改めた。彼女の胸元には人間には存在しない器官があったからだ。

 真っ赤な球体、一見するとアクセサリか何かと勘違いしそうだったが、それはいくつもの管と繋がっていた。その中心にはまるで独自の思考があるようにぎょろりとした瞳が忙しなく動いていた。

 

 ……ベヘリット?

 

「違います、なんですかそれは?」

「手に入れればこの世界の全てを手に入れられるとかなんとか」

「そうですか、私は見たことがありませんが貴方はあるんですね、無いのですか、では根も葉もない噂話か何かなのですね、そうですか」

 

 あれ? 今なんだか超展開が起こらなかった?

 

「いえ、私にとっては超展開でも何でもありませんよ」

 

 いや、だって超展開すぎるじゃん、あたいは別に何も喋ってないよ、それなのにあたいの考えていた事読んでたし、

 

「私は覚り妖怪なのですよ、人の心を読んで、人から嫌われるようなそんな妖怪です」

 

 妖怪であるということは貴方と一緒ですね。と彼女は付け加えてくる。

 

「覚り妖怪? 妖怪?」

「ええ、妖怪です。貴方もそうでしょう?」

 

 妖怪、妖怪、あたいはその言葉を何度か心で繰り返した。そもそも妖怪が何なのかわからないし、心を読むってそれ反則でしょ? 

 

「反則も何も私はそういう存在なのだからそういう風にしか生きられないのですよ、妖怪って言うのは、そういうものなのです。人の想像から生まれたもの、長く生きていくうちに世界の条理から外れたもの、そういった普通じゃない何か、を持ってしまった者たちが私達妖怪なのですよ、あなたもそうでしょう? 人間と共に生きてきたけれどいつしか人から疎まれるようになった、だからあんな冷たいところに放り出された、いらないと言われた存在なんじゃない?」

「・・・あなたはあれを見ていたの?」

「最初からは見ていませんが、」

「ならなんでそのまま捨てておかなかったの?」

 

 その質問をしたとき、彼女は顔の表情を曇らせたように見えた。そして、彼女の胸元にあった球体がこちらに少し近づいてきた。ぎょろりと見開いたそれは、あたいの体を暫く見据えた。

 

「・・・理由なんて、いちいち必要なものなのですか?」

 

 彼女のその声には幾らかの悲しみが込められていた気がした。

 

「そりゃそうさ、人間にしろ、あたいたち妖怪にしろ、理由があって何かをするもんだろう?」

「死体を持ち去りもてあそぶ事が、食べるためでもなく人を殺し続ける事が、理由のあることですか?」

 

 あ、痛い、そんなところから突いてくるか、この妖怪にはやりにくいな。戦いたくない手合いだと、あたいは自覚する。

 

「そうやって戦うってことを前提とする発想も理由はあるのですか?」

 

 はは、本当に勝てないや

 

「虐めすぎましたか、あなたがそういう事に理由が無いのと同じように私にとっても明確な理由が無いんですよ」

 

 すっと彼女の手があたいの体を撫でる。比較的傷ついていない背中の辺りを撫でてくれる。

 温かいな、毛を通して伝わってくる彼女の掌の体温を感じる。

 

「それでも納得がいきませんか? そうですか、ならこういうのは如何でしょうか? あの日は雨が降っていた、だから死に掛けていた猫を助けたくなった。」

 

 あたいはその言葉を聞いて笑い出しそうになった。

 まるで何所かで見たシネマのワンシーンみたいだ。

 何故殺した? という裁判官の問いに太陽が眩しかったから、と答えた人間みたいだな、笑おうと思ったが、肋骨が痛むのでその衝動を押さえ込んだ。

 

「それで、あなたはあたいを助けたのだから何か見返りがほしいのかい? 悪いけどあたいが他人にあげられるものなんてたいしてないのさ」

 

 あたいがどういう存在なのか知っているだろう? と心でも呟いてみる。

 

「そうですね・・・」

 

 彼女は天井を見上げ、暫く考え込んだ。深く考えているのか、それとも対して考えてないのか、彼女の抑揚の無い表情からは多くの情報を引き出すことは出来なかった。

 

「じゃあ、こんなのは如何でしょうか?」

 

 彼女は一息に言わずに少し間を空けて、言葉を紡ぎだした。もしかしたら勿体つけて他人の神経を逆撫でするのが趣味なのかもしれない、意地が悪いな。

 

「私の家族になりなさい」

 

……

……は?

 

 ちょっとまってよ、また超展開? 訳がわからない事を言い始める。もしかしてこの妖怪の習性として他者を訳わからない状況に陥らせて喜ぶ習性があるのかもしれない。

 

「そんな習性は覚り妖怪にはありません、ただの私個人の願いですよ」

「あなたはあたいの心を読んだんだろう? だったらあたいの能力ややってきたことも知っているはず、こんなあたいがいたら、あなたにも災いが降りかかるよ」

「知った上でお願いしたのです。大丈夫、私はあなた如きから降り注ぐ災厄なんかでは死なないわ、むしろあなたのような人材を私は求めているのよ」

「訳がわからない、あたいの力なんて、死体を持ち去る事、怨霊を操る事、そんななんの益体も無い力よ、こんな力、あるだけ邪魔じゃないのかい?」

 

 あたいを撫でる腕に力がこもる。

 あの、それちょっと今のあたいには痛いんですけど、と顔を覗いたら、その表情は沈んでいた。というか明らかにあたいに対して多少の怒りを込めた目で見据えているのがわかる。

 

 バシッ!

 

 あいた! 叩かれた。

 

「自分で自分をいらないなんて言うものじゃないわ、ここは人間や、ほかの妖怪達に疎まれ、嫌われ、蔑まれた妖怪達が住まう場所、一番大切なのは自分自身を肯定する事、自分を最後まで弁護できるのは結局自分なのですからね、あなたはあなた自身を否定した人々と同じ発想を持ってしまう、それはあなたのプライドが許さないでしょう?・・・それに、そんな言い方をするのは悲しい発想だと思います。特に手当てした私にとっては」

 

 ……なんだろう、彼女の口ぶりは、なんていうか、もうあたいの保護者気取り?

 

「三日三晩寝ずに看病したのですからそのくらい言ってもいいでしょう?」

 

 赤い一つ目ではなく、紫色の双眸が睨んでくる。

 

「その点に関しちゃ有り難いと思ってるよ、あたいだって、体が動きゃあなたに何かお礼はしたいさ、でもあたいは他人に返すようなものは、もっちゃいないし、出来る様な存在でもないのさ」

「言い方が悪かったですね、ではこう言いましょう、私はあなたの能力に有用性を感じた。だからあなたにここで働いてもらいたい、それじゃあだめですか?」

 

 むぅ、この女性はどうあれ、あたいをここに引き止めておきたいらしいな

 

「ええ、そうですよ、でもあなたも身寄りは無い身でしょう? それだったら選択の余地は無いのじゃないかしら」

 

 言ってくれるね、お姉さん、物腰は柔らかいけど結構鋭い、

 

「詳しい事はその傷が癒えてから全て話すわ、取りあえずは、あなたは、暫くはここで看病を受けていきなさい」

 

 そうだね、今のあたいには結局何も出来やしない、でもその前にあたいはどうしても尋ねておきたい事があった。

 

「ねぇ、あなた、さっきは思わせぶりな言い方をしていたけれど、ここはどこなんだい?」

 

 その言葉を聞くと、あまり表情の豊かでは無さそうな彼女に少々の微笑が浮かんだ。それは、まるで悪戯をした子供が種明かしをするときに見せるような表情だった。

 彼女は何も言わずに、部屋の窓を開けた、そこからは強い熱風と、それと僅かな死体が放つ独特のにおいが入ってきた。

 

「改めて紹介するわ、ここはかつて地獄として使われていた場所、その支配者の館、地霊殿よ、そしてその館の主がこの私、覚り妖怪の古明地さとり、よろしく」

 

 恭しく礼をしてくれる古明地さとり。

 ……

 …

 ・

 

 はは、あたい、遂に地獄に落ちちまったらしいよ。

 もはや笑い話にもごまかしにすらならないな。

 でも不思議と嫌な気持ちはしなかった。来るべくして来たといえばいいのか、怨霊を操るにはうってつけの場所だなとかそういう理屈も立つけど、それ以上にあたいに優しい瞳を向けてくれるその人にどこかで惹かれていたのかもしれない。

 紫色のはっきりした双眸、まるでアメジストだな。落ち着いた色をしていて上品でその例えはぴったりだなと思った。

 

「そういうあなたのそのころころ変わる感情を見せる赤い瞳はまるでファイアオパールみたいですよ、見る位置によって光り方が違うそれみたいですよ」

 

 あたいは自身の顔が少し赤くなるのを自覚した。なんて恥ずかしい喩えをそのまま口に出してくれるんだ、この妖怪は、実はセンスは悪いのかもしれないな、さっきの歌といい・・・

 じぃーっとあたいを強い視線で睨んでくる。そうだった、彼女は心が読めるんだった。

 

「今のは読まなかったことにしてあげます」

 

 そうしてくれると有り難いね。

 

「ところで、あなたの自己紹介はまだ聞いてないわね」

「ああ、そうだね、あたいは―――といってもあんたはあたいの事を、心を読んでしっているんじゃないのかい?」

「形式的な礼儀と心情的なものは別にしたいのですよ、これは覚り妖怪として生きる私の習性ですね、それに言葉もなしにはじまりは、というのもつまらなくないですか?」

 

 そっか、そうだよね、ただでさえ他人とは距離を取られそうな彼女だ、そういうことを大事にしたがるのかもしれないね。

 ―――ごめんなさい、ガン見はやめてください。

 

「あたいは、この通り妖怪猫、今は姿を現す事は出来ないけれど、人間の姿にもなれるのさ」

「それは楽しみですね、その姿を見る日が楽しみです、で、お名前は?」

 

 名前――名前か・・・

 そこであたいは考えが停止した。そういえば妖怪として生きてきて他人に名前を名乗った事も無い、名乗ったところでたちどころに殺してしまうのだし、それ以前には、何と名乗っていたのだろうか・・・

 あたいが考え込んでいたところに古明地さとりが近寄ってきた。

 

「あなたは自身が何者であったかを忘れてしまったのですね、過去に大きなトラウマを抱えてそれに邪魔をされて記憶を失っているのでしょうか・・・?」

 

 そうなのかな? それでもあたいは妖怪としては結構楽しんでたけどな。

 あたいの頭に彼女は掌をかざす。

 

「少し苦しいかもしれませんよ」

「何をする気だい?」

「あなたの記憶を想起します、大丈夫です、私を信じてくれれば問題はありません」

「あの、それって凄く危険な事じゃあ」

「あなたを信じる、私を信じろ、私を信じる、あなたを信じろ、です」

 

 いやそれ絶対納得させる気0でしょ? うわ、ちょっと、なんか、意識が遠のいていくんですけど、洒落にならないって、これは普通に超体験だって――

 再び意識を失うあたいが最後に見たのはアメジストと称した彼女の二つ目だった。

 

 

5:忘れていたもの≒大事なもの

 

 

 あたいの過去は荒んでいた。殴られ蹴られ、疎まれ、苛み、戦い、そしてそれが喜びになった。それがいつしか自身の本質だと信じるようになった。

 では、それは果たしてあたいの過去の全てなのだろうか?

 

「それを、私達で探しましょう」

 

 とだれかが語りかける。

 時間は逆行する。時計の針はぐるぐると逆周り、モノクロの世界の光景が目前を支配する。

 あるとき、あたいはほんの些細な事で飼い主を殺してしまった。そいつはあまり良い飼い主とは言えなかった。酒はやるし、クスリもやる、典型的な人間のクズだった。

 あるときあたいが人間の姿になったのを見られてしまった。幾つかの罵りあいを行い、最後は面倒くさくてそいつを引き裂いた。

 喚き散らすけれど結局弱いのはあんただろう? それを彼奴に見せてやりたかった。ただそれだけだった。まさかあんなに簡単に死ぬとは思わなかった。

 でもそれがとても爽快で小気味良かった事だけは、憶えている。そうだ、あたいが人殺しと人肉を貪る事を習慣にしたのはあの時だった。

 モノクロのスクリーンに嬉しそうに死肉を貪る自分が映る。

 

「ええ、そうですね、でもあなた自身の発生はそれよりもっと過去でしょう?」

 

 どうかな? そうかもしれない、だってこの頃には人型になれたんだもの、尻尾も二股に分かれていたし、もしかしたらこれより過去の世界があったのかもしれない。

 

「ならもっと過去に飛びましょう」

 

 そんな自分の覚えていない過去なんて見てもつまらないだけさ

 

「どうでしょうか? 主観的な真実とは所詮事実の一側面でしかない、そして、あなたの真実は決して固定化されたものではない、記憶は思い出されもするし、忘れもする、現れては消え、消えては現れるそんな曖昧なものだけを見続けていれば、いつしか自身を見誤る、私はそういったあなたを正す事ができるかもしれない」

 

 完璧な正しさってなんだね?

 

「それは私にもわからない、でもあなたは自身の今の記憶を見ただけでも疑問が浮かんできた。ならその疑問を解消できる事が今のあなたにはできる、その手助けを私は出来る。さ、行きましょう」

 

 光の中に扉が一つ、それを薄紫の髪の彼女は開いた。開いた扉の先は・・・

 あるときあたいは拾われた、小さな女の子の手があたいを乱暴に掴み取る、あたいは幼心にも嫌がりはしたが放してはくれなかった。

 その少女があたいを大人に見せる。一組の男女の大人はあたいをみて渋い顔をした。

 赤黒い猫なんて見たことが無い、という表情をしている。

 少女は渋る、それでもいう事を聞かない大人たちの前で駄々をこね始める。

 二人の大人はその姿に、ついには折れて、あたいを引き取った。

 少女は二人の大人に笑顔でお礼をいい(現金もいいところだと思うが)そしてあたいを抱き直した。

 あたいはそれからバスケットに入れられ、その少女の家に連れて行かれた。

 薔薇の園が広がる、茶色いレンガ造りの大きなお屋敷だった。今から考えれば彼女の服装もかなり上等のものだった。

 純白で、いつも清潔にしているのがわかる。

 あたいを入れたバスケットは彼女の私室に置かれた。そのままそのバスケットがあたいのねぐらになった。

 彼女の家はわりと恵まれたものだった。

 物分りのいい父と、多少は怒りっぽいけれど誠実な母親、いくつもの明るい表情を絶やさない、幾人かの使用人、そんな場所で育てられた彼女は、おてんばで、利発で、世の中の不幸をまるで知らないかのような存在だった。

 今のあたい、自身のその後の身を知った存在にとっては、それは夢のような世界だった。

 毎日美味しい食事をもらい、そのお屋敷の好きな場所に好きなだけ居座り、少女の相手をしていればいい、3日に1回大嫌いなお風呂に入れられる事さえなければ、それは恵まれた世界だった。

 そんな中彼女はあたいに名前をつけてくれた。

 彼女の父親は、変わった趣味を持っていて、東洋の小物を集める事が好きだった。

 彼女はその父親の小物から小さな鈴を取ってきてあたいの首輪に取り付けてくれた。

 そして彼女はあたいに、その鈴の音と同じ名前をつけてくれた。

 

 リンと・・・

 

 そうか、あたいの名前はリン、今の今まで忘れていたよ、こんなにも優しい記憶の中に埋もれていた自分の名前、リン、彼女はそのまま「Ring」なんてそのまんまつけてくれたけど、今から考えればへんてこな名前かもしれないな、でも不思議と心には馴染む、うん、いいな。

 

「あなたの名前はリンというのね、確かに来歴はおかしい、でも大切な名前なのでしょうね」

「ああ、そうさ、あたいにとってこの名前はその先にも大切な意味がある、あんたも野暮だね、あたいは、今は過去に浸りたいのに茶々入れてくれるなんてね」

「過去とは終わったのも、過ぎ去ったものです、そこに心を留めておくのならそれは心の停止を意味します、ここで終わりたいのならそれもいいでしょう、ですが、私はあなたにはそんな存在にはなってほしくない、だから忠告はさせて下さい」

「こんな事を思い出させたのはあなたでしょう」

「はい、でもあなたにはこんなにも素敵な思い出が合ったのでしょう? それを思い出せたことは結果としてよかったのでしょう」

「まぁ、それはそうね」

 

 でも他人の心に土足で入る事に関しては少しも悪びれる気持ちは無いんだね・・・

 そこで目を逸らす・・・

 自覚はある、反省はしてない、ってところかな? なるほど、そりゃ嫌われるわ、覚り妖怪・・・

 そう心で思うと彼女がちらりとこちらを見てきた。その瞳が何を訴えかけてきているのかはわかる、いや、わかりすぎる。

 

「大丈夫よ、あたいは確かに心に土足で入られる事は嫌だったけど、今は少し満足しているわ、この満足感は、この少女に抱かれている時のあたいとは違うものだし、今のあたいがいなければ感じられない、そんな心情よ」

 

 彼女はその顔をこちらに少し遠慮がちに向けながら話を続けた。

 

「そうですか、では、次に行きましょうか」

 

 え? まだ続けるのかい? 名前は見つかったのだろう、もういいじゃないか。

 

「私も名前がわかればそれでいいかと考えていましたが、でも今それだけじゃあ駄目だと思いました。あなたは名前を思い出した。しかしあなたは自分の名前を語る時に何か特別な意味合いが込められているように見えました。今度はその意味を探しに行きましょう」

「別に意味なんていいじゃない」

「名前には意味が込められています。言葉にも、私にはさとりという名前がある、それには私なりに意味があるとはっきりと理解しています。私だけじゃなく、多分あの子も・・・」

 

 あの子? という問いに彼女は答えてはくれなかった。ただ、少し辛そうな顔がうかがえる。

 

「さて、じゃあ行きましょうか、あなたの大切な名前に込められた大切な意味、それを探しに行きましょう」

「拒否権は?」

「ありません」

 

 あたいは地面から突然現れた真っ暗な穴に彼女、古明地さとりと共に落ちていった。

 

 ……

 …

 ・

 

 停止していた大時計の針がぐるぐると回りだす。加速して、更に早く、定まった未来へと

 あたいの幸福な時代はそんなに長くは続かなかった。あたいがそのお屋敷に来てから3ヶ月、そのときからこのお屋敷では罵声が飛び交うようになっていた。彼女の父親が、母親が、使用人が、そして彼女が・・・

 互いに誰かに何かを訴えかけ、悪い言葉を使うようになった。

 物分りのいい父親は、利己的な人間に変わり、誠実な母親は不誠実になり、明るい表情の使用人たちは暗い表情を絶やさなくなった。

 彼女は、それでも、あたいのいる部屋にいるときだけは黙ってあたいを抱き、何かに耐えるように、あたいを抱きしめていた。その強い力にはいつの間にか慣れていた。

 それから幾日か経って、目に見えてそのお屋敷は荒んでいった。手入れの行き届かない庭園はすぐに統率をなくし、家のあちらこちらにしまい忘れた家具などもあった。

 使用人が愛想をつかしたのか? それとも彼女の両親が解雇したのかはわからない。

 ただ、何かが変わってしまったことだけはわかった。

 毎日のように罵りあう彼女の両親、時折家に土足で踏み入り、家を品定めする人々、それに、悪い感情を持ちながらも黙認する両親

 あたいを抱いていた少女にはその何もかもが気に食わない、と言い聞かされていた。

 彼女の部屋までそいつらは入ってきた。彼女はあたいを抱きながらもその人たちに罵声を浴びせかけていた。

 何かのはずみで父親は、そんな不気味な猫を飼ってしまったからこうなったんだと言った。ものの弾みかもしれないが、それに母親も同意した。根も葉もない事だが人間はこういうとき、お互いの不利益を被らないものに憎しみを向けたがるものらしい。やれやれ、今までも色々言われてきたけど財産の横領の罪まで着させられるなんて、なんともおかしな話だった。

 少女はあたいをその二人には渡そうとせず、二人を睨みつけた。

 そんなある日、彼女の父親が姿を消した。

 昨日まで口論をしていた母親も、それの後を追うようにどこかに消えてしまった。

 あたいと、彼女は誰もいなくなったお屋敷に二人きりで取り残されてしまった。

 月日と共にその家は荒んでいった。それでも彼女はあたいに語りかける言葉を絶やさなかった。いや、日ごとにその言葉は増えていく、かつては純白だったドレスも薄汚れていて、いまではすっかりみすぼらしい布切れになっていた。

 あたいはというと、割と大丈夫だった。野良の時代もあったし、自分ひとりが食べていけるなら風雨さえしのげるならここは絶好の場所だった。

 でも人間にとってはそうではないらしく、彼女は日を追うごとにやつれていった。

 あたいが見た限り彼女は食事を取ったところを見ていない。

 それにあたいが食事を採りに行くときも、なにやら喚き散らしていた。

 もしかしたら、置いていかれるのかとも思ったのかもしれない。

 あたいも最初は無視していた、しかし、彼女は毎度、毎度、あたいが出て行くときは喩え寝ていても何か言葉を発していた。

 彼女は、比較的調子がいいときは人間の言葉を発していた。たどたどしくだけれども、話す内容は、あたいからしてみればどうでも良い話ばかりだった。

 将来の夢、出て行った両親が自分を迎えに来てくれる夢の話や、これは実は夢だったというIF、そんな自分にいつまでも付き合ってくれるあなたは優しいのね、と一言付け加えてくれることもあった。

 いいじゃない、あたいの住処はここなのさ、あなたがくれた居場所じゃない。

 そういえばそうだったわ、ならあなたは私の妹みたいなものね。

 あなたと私には大きな違いがあるけれどね。

 見た目? そんな事を気にするの、あなたは?

 それもそうだけどもっと別な、何か、何かは自分で考えなさい。

 いつの間にかあたいは彼女と会話をしていた。今から思えばあたいの能力はこの時からあったのかもしれない、何せ彼女は口すらも満足に利けない状態だった。栄養失調によってかつてよりさらに細くなって黄ばんだ肌、洗ってない髪の毛にはしらみだらけ、瞳だけはこちらをはっきりと見据えている。

 ある、雨の強い日だった。

 あたいはベッドに居る同居人へと声をかけた。

 脱水症状もかなり酷く、体を全く動かさない。それでも気配で彼女が言葉を発している事だけは理解できる。

 

「ねぇリン、外はどんな感じかしら? 」

「いい天気よ、青く晴れていて、太陽が高くて、気持ちのいい日よりよ。」

 

 そう答えると彼女はくつくつ、と笑い答える。

 

「そんなに気を使わなくてもいいわ、あなたは雨が降る日は気が立ってるもの、今日は恐らく土砂降りね」

「ええ、そうよ、でもこんな日くらい、いい天気だと信じてみたいのじゃないの?」

「それは人それぞれ、私は晴天には晴天の良さが、雨には雨の良さがあるって知っているもの、色々な天気の下で繰り広げられる物語はどれもハッピーエンドでおわったもの」

「あなたは?」

 

 彼女は答えない、その代わり話題を変えてきた。

 

「前に話した私の夢、覚えているかしら?」

「ええ、覚えているわ、あなたは多くの物語を読んできた、その物語に出てきた人達はここではないほかの場所で笑ったり、泣いたり、苦しんだり、まるで考え付かないような事件に遭遇したり、そういったここではない、どこか遠くに旅立ちたいとか、そういった甘ったれだったかな」

「ひどいな、甘ったれだなんて、それに最後のはもうちょっと違う言葉だったわ、私の知らない言葉で、私の知らない習慣で、私の知らない土地で生きている人たちに会ってみたいとか、そういったニュアンスのものよ」

 

 どう違うんだかあたいにはわからない、ただ、甘ったれという言葉に強く反発したいだけかもしれない。

 

「でも、あなたはここから出ようともしなかった」

「ふふ、私はあなたのそういった事をズケズケ言ってくれる所は気に入ってるのよ」

 

 彼女はまたくつくつ、と小さく笑った。一通り笑ったあと、彼女は続けた。

 

「私はここを出るわけにはいかなかったのよ、わからない? 私はここでお留守番をしているの、お母さんもお父さんも道を誤って迷子になっただけ、そのうち我儘な私を窘めながら迎えに来るのよ」

「そう」

 

 あたいは一言だけ答えた。信じるだけならそれでいいと思う。

 雨音が激しく響くのが判る。

 耳障りな雑音が彼女の言葉を時々聞きづらくさせる。

 

「リン、私はもうここからは出られない、満足に歩く事もできない、それは見ればあなたにだってわかるでしょう?」

 

 彼女の現状を見る。かつては白かった肌は一部が茶色がかかっているのは、もはや助けようが無い事がわかる。死体の一歩手前だ。

 

「ええ、その現状を変えようとしなかった意気地なしのあなたのこともね」

「あなたはあなたなりに私のことを考えればいいわ、そういう言い方は死に逝く人に対して送る言葉じゃないでしょう」

「悪いけれどこういうときの人間の作法を知らなくてね」

「まぁいいわ、リン、あなたにその名前を送ったのにはもう一つ理由があるのよ」

「理由?」

 

 その言葉にあたいは少し反応する、首の鈴が鳴る。

 

「リン、というのはね、私のセカンドネームなのよ、私はね、あなたをどこかで自分と同じものだと考えていたのかもしれないわね、ほら、今はすっかり白んじゃったけど私にだってあなたに負けないくらいの赤くて綺麗な髪の毛をもっていたじゃない」

「そうかい、それでそんなあなたはあたいに何をして欲しいのかい?」

 

 うん、と彼女は一言呟くと、言葉にならない言葉をごにょごにょと続けた。

 

「え、何、聞こえない」

「私は今のあなたが羨ましい、何処にでもいける体がある」

「ええ、私は自分を見失ったりしなかったもの」

「私は自分では何処にもいけない」

「ああ、そうね、その体じゃあベッドの上から起き上がることも出来ない」

「本当に?」

「え?」

 

 あたいはその言葉に聞き返す。

 

「動けないと思うの?」

 

 あたいは彼女の体をまじまじと見る。所々が茶ばんだ体、白く汚く色素を失った髪の毛、体中の垢がまとわり付いた原形をとどめてない衣服、呼吸も僅かに聞こえるくらい、それも徐々に弱くなっている様な気もする。

 

「動けないよ」

 

 彼女は笑いながら答える。動かない口で、

 ……

 …

 ・

 

 あたいはそこで幾つかの疑問が浮かんだ、彼女は動かない口でどうやってこれまで喋っていたのか、動かない顔でどうやって笑いを表現していたのか、そもそもあたいは、どうやって彼女に自身の言葉を伝えていたのか。

 

「もう動けない、どこも、どんな場所も、動かない体はいらない、だからね、リン、私のこの心をあなたと一緒に連れて行って、あなたの目で見たもの、耳で聞いたもの、心で感じたもの、それら全てを私にも頂戴、あなたは私、私はあなたになるの」

 

 急にその茶色い彼女の腕があたいの前足を掴む、あたいとした事が、調子に乗って近寄りすぎた!

 その腕を振り払おうとする、でもその手はどんなに力を入れても振りほどけない、彼女の白濁した瞳があたいを見据える。

 

「私は本当にあなたが好きなの、あなたが私を好きなのと同じようにね」

「勝手に決めないで、」

「それだからあなたとあたいは一緒に慣れると思うの、こうして会話も出来たのだものその先にだっていけるはずよね?」

「言葉を真似たところで何が変わるって言うの?」

「変わるんじゃないわ、変えるのよ、あたいとあなたと言う垣根を越えてあたいはあたいになる」

「ふざけるのもいい加減にしなさい!」

「では、あたいはどうすればいいの? あなたの他には誰もいなくなってしまった、こんなところで一人で死んで・・・天国ってあるの? それともあたいは地獄行き?答えてよ、私、答えてよ、自分、あたいは怖くて死にそうなんだよ」

 

 彼女の錯乱した言葉にはもはや意味が無くなっていた。あたいは彼女の臭くて汚らしい腕を左手で掴み、振り払った。

 

「いい加減にしなさい!」

 

 あたいは室内に響く大きな声で彼女を怒鳴りつけた。

 そして、部屋を見たそこには、先ほどまであったところに全く変わりなく、彼女が居た。

 息はしてない、あたいは何度か彼女に声をかけた。

 返す言葉は来なかった。彼女は完全に死んでいた。

 

「はぁ、やれやれ、こんな事ならもっと優しくしてあげればよかったわね」

 

 右腕で額に溜まった汗を拭う、やれやれ、口やかましい同居人は居なくなってしまった、でも悪い奴じゃなかった、こんなにも冷たくあしらってしまったのはきっとこの大雨のせいだろう。

 さて、こういうとき人間ってどうするんだっけ?

 あたいは短いこれまでの猫生における決して多くない人間の習慣に関する知識を思い出した。

 黒い服を着て、なんだか穴を掘って死体を埋めていたんだっけかな、たしか昔の仲間が死んだときに飼い主がそういった埋葬をしていた気がする。それから石を上に置いてなにやら書いてたような、彼女の亡骸をもう一度見据える。

 

「確かにこのままにしておくのは可哀想かな」

 

 そうと判れば、あたいはすぐに服を探した。生憎黒い服は見つからなかったけれど、深い緑色のドレスを一式見つけて、それに着替える。

 それから、かつて使用人が使っていた納屋を漁って、一番大きなスコップを見つけると、庭の一角、かつては薔薇園だったそこに大きな穴を掘った。

 それから、毛布で包んだ彼女を部屋から抱えて持ってきて、そこに埋めた。

 それから、あたいは彼女の墓石になりそうな石を探した。

 それから、あたいは彼女が埋まっているそこに石を置いた。

 それから、あたいは、彼女の墓石には何と書こうか悩んだ。

 それから、彼女の名前を思い出した。リンなんてセカンドネームは無かった。そういえば彼女の両親はどちらも彼女をセカンドネームで呼んだ事は無かった。多分死ぬ間際でそう信じ込みたかったのだろうな。

 嫌いじゃ無かったよ、あたいもね、と一言墓に向けて言葉を送る。

 

 ・

 …

 ……

 

 ちょっとまってよ、あたい、一体何してんのさ? ふと、そこで正気に戻る。

 おかしいじゃない! なんで受け入れてるのよ自分!

 自身の両手を見る。両前足ではなく、そこには健康的な肌色をした人間の手があった。

 顔には雨でびちゃびちゃに濡れた髪がまとわり付いて鬱陶しい、髪の毛?

 あたいは、すぐにお屋敷に戻り、彼女の部屋に備え付けられた鏡を見る。

 そこにいたのは、赤い長い髪を持った、まるで人間の姿をしたあたいだった。

 それもその姿は彼女の生前の姿にいくらか似ている気もした。首に着けている首輪には金属のプレートで「Ring」、そこには東洋から輸入した、鈴が両端についていた。

 

「リンっていうのはね、私のセカンドネームなのよ」

 

 彼女の言葉が頭に響く、いや、違うさ、あたいはあたい、あなたはあなたさ、喩えどんな姿になってもね。

 こんな姿になれたのはきっとこの雨のせいだ、彼女があたいに無用な置き土産を置いていったのもこの雨のせいだ、あたいの瞳から涙が止まらないのはきっとこの雨のせいだ!

 かくして、妖怪リンはこの世に生まれたのだった。

 

 終幕

 

 スタンディングオベーションはなかった。真っ白のスクリーンに向かってこの広い劇場にいる観客はあたいともう一人だけ、あたいにこんな見たくも無い自分の過去を見せ付ける嫌味な妖怪

 お帰りはこちらへ、と書かれた蛍光灯の看板を目印にあたいとそいつはそちらへと向かった。

 視界が暗転し、それから元居た場所に戻ってきた。空間的な移動は無かったけれども時間的な経過はあったらしい、部屋に備え付けられた大時計が刻んでいた時間は最後に見たときから大きな針が3つほど進んでいた。

 気分は最悪だった。当時の生々しい記憶が鮮明に蘇ってくる。出来れば一度吐いてしまいたい、気分が悪くなる。

 

 「ひくっ! ひっく」

 

 しかし自分の気持ちに整理がつく前になにやら背中に生暖かい何かが降って来るのを感じる。

 あたいはその降って来るものの発生源であろう場所を見た。

 そこには、先ほどまで性悪と評していた妖怪の、泣き顔があった。

 は? どゆことよ?

 

「ごめんなさっ!なんか、あなたの感情が、私にも入ってきて、それが悲しくて、辛くて、本当に、ごめんなさい」

 

 はぁ? ちょっと、なによ、この勘違い女、ここは私が一番何かを感じないといけないところでしょう? 部外者のあなたが本人差し置いて一人で感情的になるとかどこまで傲慢なのよ。

 

「判ってます! 自覚しているんですからそれ以上思わないで下さい!」

 

 バシバシとあたいの背中を叩いてくる。痛い、痛いからやめてって!

 大体自分の過去見られて泣かれるとか、どれだけの羞恥プレイだかわかってるの? 履歴書を持っていって面接官に経歴を同情されるとか、そんな恥ずかしさなのよ!

 あーもうそれ以上泣かないでよ! 本当に達悪いわね、この妖怪!

 

……

 

 あなたってさ、そういう達の悪いところは地獄の主だって言えそうね。

 ある程度落ち着いてきた彼女に向かって思考を投げかける。口に出すのがもう億劫だからだった。

 

「そうでしょうか?」

 

 こんなときに最初に泣かれたら誰だって自分に冷静にならざるを得ない、そして冷静になって考えてみれば自分の過去なんて他人に見られたら嫌なものだって悟らされる。おまけにあなたときたらその相手の感情にふんぞり返ってばかり、直接的な怖さというより、そういったあなたの種族としての悪い面とあなた個人の悪い面が見事に調和していると思うわ。

 

「それはどう贔屓目に見てもいい意味での言葉ではないと思うのですが」

 

 ジトーっと彼女はこちらを見てくる。

 勿論いい意味で言ってるわけがないじゃない地獄の主なんて最も関わりたくない職業の一つでしょ

 

「うーそれに就いてる私に対してそれを言いますか?」

 

 だから適任だって言ったんじゃない、それには嫌味も何も無いわ。

 もっともちょっとピントはずれてるとは思うけどね、と付け加える。

 彼女はそれっきり押し黙る。

 

 ……

 …

 

 駄目だな、もう、私は、この駄目な主人を放ってはおけない気がしてきた。

 

「いいよ」

 

 一言、小さく口にした。

 

「え?」

 

 彼女があたいに聞き返す、第三の目がいち早くあたいを捕らえる。

 

 ……

 

 彼女はあたいが自分の口で言うのを待っている。多分言うまで動いてはくれないだろう。

 

「だから、いいって言ったのよ! なるわ、出来の悪いあなたの家族にね」

 

 その言葉を聞いた彼女はこちらに微笑んでくれた。

 いつか見たあの笑顔とは違うけれど、こんなにも彼女に優しくしてしまったのは、きっと彼女の流した涙が温かかったからだ。

 

 

6:焦燥感

 

 

 

 計12発のお姉さんの放ったお札によってあたいの第2のスペルカードは破られた。肩や、胸、足腰に当たったそれは鈍い痛みを発生させた。まるで鉛で殴られたみたいだ。

 それでも、とあたいはスペルカードが破られる事はそこまでショックにはならなかった。

 1枚目も簡単に破られたのだから、2枚目だって破られることだってある。そこですぐに気持ちを切り替えないなら、そこであたいの負けは決まってしまう。

 3枚目を用意しようと、相手を見て、そこで少し顔がにやける。

 お姉さんの体中から汗が出ていた。それは彼女の巫女服を湿らせているのが遠目からみても判るくらいだった。

 今のスペルカードで大分消耗したらしい、いいね、狩りはこうでなくっちゃ!

 

「お姉さん大丈夫かい? なにやら苦しそうだけど」

「問題ないわ、私は早くこの異変を解決したいのよ、さっさと始めましょう」

 

 彼女の声には先ほどとは違い明らかに感情のこもった声色になっていた。

 そりゃそうだ、あたいと違って彼女は生粋の人間、弾幕をよける事に関しちゃプロかも知れないが、この灼熱地獄の暑さには長時間は耐えられないだろう。

 そういえば彼女はさっきから速攻でスペルを攻略している。

 それは一見してあたいのスペルを余裕で攻略しているようにも見えるが、よくよく考えてみれば、人間の身である彼女にとってはここでの探索は速めに切り上げたいのだろう。

 焦ってる? 焦ってるよ、焦ってるんだね。

 このまま焦っていけばいずれ思考のミスは生じる。このまま長期戦になれば彼女の体力が持たない、どちらに転んでもあたいにとっては有利になる要素ばかり!

 お姉さん、次こそはあたいが一本取らせてもらうよ!

 あたいは3つ目のスペルカード

 贖罪「旧地獄の針山」を展開した。光の軌跡となってスペルカードは虚空に消え、即座にあたいの弾幕は展開された。

説明
お燐VS霊夢なお燐過去話
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