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【integration】
#000
物語にはたいてい始まる切っ掛けというものが存在すると僕は思う。
例えば薬を飲まされ体が縮んだ高校生探偵は出かけた先で誰かの悲鳴を聞く。慌てて駆け付けると、そこには死体が転がっている。やがて髭の凛々しい肥満体形の警部がやってくる。そして見た目は子供でも頭脳は大人な探偵はいつのまにか事件に巻き込まれている。切っ掛けは誰かの叫び声で、それを聞いた時点で彼らは既に物語の登場人物なのである。
じゃあ、この物語の始まりの切っ掛けはというとそれが僕にもわからない。
わからないなんて言ってしまうと、さっき君は「始まりには切っ掛けがあると言ったじゃないか」と指摘されるかもしれないが、考えても考えてもやっぱり切っ掛けなんてものがどこにあったのかわからないのだ。つまるところ僕が言いたいのは、物語の登場人物にはその物語の始まりの切っ掛けが認識できない、ということである。
そういうわけで、僕はこの物語をどこから話せばいいかわからない。どこから話をはじめてもいいような気がするし、逆にどこから話をはじめても、その時には既に登場人物なのかもしれない。
なので、少し僕の周りの事を整理しておこうと思う。
僕には一人の姉と、一人の妹がいた。正確には近所の一軒家に住む一つ上のお姉ちゃんみたいに接してくれた幼馴染、そして、もう一人は正真正銘の血の繋がった妹だ。僕たちは父方の祖父のところへ帰省する夏休みだけ、三人だった。そこは小さな田舎町で、コンビニだってろくにないような山に囲まれたところだった。僕は毎年の夏休みにそこへ行って、三人で遊ぶことをいつも楽しみにしていた。それは、僕の姉も同じだったようで毎年笑顔で迎えてくれては、悲しい、寂しそうな顔をしてお別れをしたものだった。
妹もこの姉が大好きだった。多分、実の兄である僕よりも、妹は姉のことがだいすきだったんだと思う。姉が向かうところには妹の姿が必ずあったし、いつもついて回るものだから親たちも本当の姉妹のようにみていただろう。姉もそれが満更でもないようで、何をするにも妹と僕に声をかけたのだった。だから、夏休みの帰省から戻るとき、僕の妹が毎年親たちを困らせた。
けれど、そんな関係は音もなく消えていってしまった。原因は今の僕にはわかっている。けれど、関係が崩れ去ったあの年の僕らにはそれが何故だかは理解できなかった。毎年の楽しみを奪われた妹は長い間引きこもってしまった。けれど、学校には行ったし、友達もいたから妹はすぐに復帰した。そのとき、僕は小学六年生、妹は小学五年生だった。
―――あれから四年。
今、僕らは祖父家の実家に、たった二人で、向かっている………。
第一章=邂逅〜白濁したそれぞれの想い〜
#001
電車の揺れる音がだんだん大きくなってきた。僕は目を開ける。
「あぁ、ごめん陽菜(ひな)。少し寝てたみたいだ…。んと、陽菜?」
「…すー、…すー」
「あぁ、寝ちゃってたんだ」
妹の陽菜は規則正しい呼吸とともに夢の中に旅立っていた。その寝顔がとても可愛らしい。実兄という視点を置いても自慢できるくらい可愛い顔つきをしている。肌も白く起きている時の目はクリッとフクロウみたいで愛らしい。学校では結構いろいろな場面で信頼されていたと聞いている。ただ、少し人見知りで、恥ずかしがり屋なので、あまり自分から人に話しかけることがあまりなかった。ほんの数週間、学校の女子グループに嫌味を言われたことがあると陽菜の友達から聞いたこともある。
僕自身も陽菜本人とも必要最低限の会話しか交わしていなかったのも事実で、嫌われているのかと本気で悩んだこともあった。実際は年頃の女の子だから、兄と親しくする機会が減っていっただけだろう。
僕はそんな妹を連れて、全てを捨てて、あの町に戻ろうとしている。
たった一本の電話で世界が半分闇に葬り去られてしまったかのように不幸の悪魔は僕の世界を掻き毟った。
「残念ながら先ほど、上条真也氏と上条亜紀氏がお亡くなりになりました。」
それは親の死亡通達だった。言葉は僕の中を通り抜け、意味を成さない暗号のように感じられ、電話先の声を僕は拒絶した。
何を言っているのだろう?
何て言っているのだろう?
その言葉の暗号を理解し意味を解すまで長い時が流れた気がするほどだった。全てを知って、今後は僕を混沌とした何かを胸の半分を占め、もう半分は虚無感だった。その後、あらゆる電話がが掛かってきた。警察、親戚一同、病院の関係者。高校二年生の僕には現実を受け止めるキャパシティは存在しなかった。残されたのはこのマンション、そして血の繋がった妹の陽菜だけだった。その後、僕らをどうするか、親戚の皆が相談していた。僕の意見も聞かれた。妹の意見も聞かれた。
あまり意見を言わない陽菜にとって、珍しい自己主張だった。多分、妹も今までの幸せが崩れていった音を聞いたのだ。僕も陽菜と一緒がよかった。これ以上、家族を失いたくなかった。だから、僕は決めた。マンションを売って引っ越そう。場所は、祖父の家を使わせてもらおう。そうして、二人で始めよう。もうこれ以上、僕らの人生を崩さない、崩せさせない。そう誓った。最初はすごく反対した叔母は僕の提案を最後には飲んでくれた。二年前、死んだ祖父が遺した家は叔母の管理下にあったのだ。陽菜は最初こそ嫌だと反対した。あそこだけは嫌。絶対に戻りたくない。涙目になりながらも僕に訴えた。
「ねぇ、部屋を借りよう?アルバイトして二人で暮らしていこう?お父さんとお母さんもそう言うよ。遺産もあるじゃない。何もあの場所にいくことなんか………。」
「でも、部屋を借りるのにもお金がかかるし、せっかく叔母さんも許しえくれたんだからさ。それに、今はわからないけれど、栞姉さんだって………。」
「―――っ!」
陽菜は唇を噛んで寂しそうな、そしていて苦しそうな目を僕に向けた。その目は何かを僕に訴えかけているようなそんな目だった。陽菜の説得は数日続いた。そして陽菜が折れたのだった。叔母さんが気を回して、向こうの町の高校への編入手続きを行ってくれたのも要因の一つかもしれない。どちらにしても、後戻りはできないのだ。
そうして僕らはマンションを捨て、学校を離れ、友達と別れ、あの町に向かうための電車に乗っている。
僕がもう一度目を覚ましたとき、窓から見える景色は出発したころとは大分変わっていた。四方山で何度もトンネルを電車はくぐり、橙色の蛍光灯が僕らを優しく包み込む。ここがどの辺だかわからないが、そろそろ到着するはずだ。
「まもなくー終点、穂積ー、穂積です。車内にお忘れ物のないよう……。」
どうやらもうすぐでつくらしい。
「陽菜、起きて。もう着くよ。」
「……んーポッキー……。」
「いや、ポッキーじゃないよ。ほら起きて。」
「……ん。」
陽菜はようやく目を覚ましてこちらに顔を向ける。まだ焦点が合っていないのか、顔がぼんやりとしていた。僕はそれを見て身の回りの荷物をまとめだす。陽菜もそれを見て納得したとか、自分の食べた菓子類の袋を纏めだした。
「これ、全部食べたのか?」
「……ん」
陽菜は無類の菓子好きなのはわかっていたつもりだが、ここまでだとは思っても見なかった。恐らく、僕が眠ってしまって一人で寂しくお菓子で乗り切ったのだろう。……やっぱり悪いことしてしまったかな?
「こんなに食べたら、太るよ?」
「……大丈夫」
何で大丈夫なんだろう。ポテトチップの袋が二つも空いてるし、これは、クッキーの箱だ。それでいて、夢のなかでもポッキーを味わっていたのだろうか。恐るべし、陽菜。
そんなことを言っているうちにだんだんと電車の速度が遅くなってきた。もうまもなく駅だ。
「穂積ー、穂積です。」
電車のアナウンスが到着を知らせてくれる。
「ほら、行くよ」
「……ん」
僕らはそろって電車を降りた。これからバスに乗らなければいけない。
===
両親がいなくなって、世界に取り残された。
私はどこに『自分』をおいていいのか、わからなくなった。途方にくれて目の前が白と黒で塗りつぶされて、何かに締めうけられるような、そんな痛みが胸の奥で感じていた。
今までは親に甘えていればよかった。何も考えないで親を頼って好きな事をしていればよかった。それが心地良くて安心できていた。
けれど、その両親がもう、いない。
どこを探しても、どこに電話をかけても、どこで泣き叫んでも、決して私の親は見つからない。
いなくなってしまった。
なくなってしまった。
壊れてしまった。
奪われてしまった。
私は泣いた。たくさん泣いた。枯れる事のない涙をただひたすら流し続けた。大好きな両親を失ってしまった、そんな事実が私を抉っていく。潰していく。
葬儀の日、私は泣き腫れた赤い目で両親と最後のお別れをした。もう今後、絶対に私の前で微笑んで暖かな温もりを与えてくれることのない、そう思うだけでまた涙が溢れてくるのだった。
葬儀の間、ハル兄は絶対に泣かなかった。涙を見せなかった。私は親が死んでから、ハル兄の涙を見ていなかった。あぁ、なんて冷酷なの?どうして泣かないの?悲しくないの?
両親が死んだのに。
もう二度と会えないのに。
どうして、そんな冷静な目を向けることができるの?
泣くことが恥ずかしいの?高校生になって涙を見せることがそんなに恥ずかしい?親の死を目の前にしても自分のプライドを守るの?そんなにプライドが大事?
薄情者。冷血人間。
私はそう思った。ハル兄に怒りの矛先を向けることで、悲しみを中和しようとしていた。できるはずもないのに、誤魔化すことなんかできないのに、涙を見せないハル兄に私は刃を向けたのだった。
でも私はそれが間違っていることに気付いていた。ハル兄を罵り傷つけ、それで何があるのだろう?そんな醜い私に塞ぎ込んで数日経った頃、ハル兄は言ってくれた。
「―――ごめん。これからは僕ら二人だけで頑張っていこう。陽菜のことは僕が守って見せるから。だから、ずっと塞ぎ込まないで、な?」
そのとき私は初めてハル兄の涙を見た。言葉は要らなかった。ハル兄も悲しかったのだ。泣きたかったのだ。けれど全てを我慢した。どうして?誰のために?私にはわかってしまった。ハル兄が弱音を吐かない理由。弱いところを見せない理由。
私はハル兄と二人になってしまった。ハル兄…、私の残されたたった一人の家族。
===
懐かしいと思ったのはバスを降りて最初の十分間だけだった。バス停から祖父の家へ向かう道中だ。あたりのどこを見ても同じ景色で景色に飽きると道のりが長く感じられた。確かにあの頃も小学生の僕らは文句を言いながら、この地獄のハイキングコースを堪能したことを思い出す。陽菜はずっと病弱だったため何度か休憩を挟みながら祖父の家へ向かったものの当時の小学生の体には応えた。
だからといって今の高校生の僕らには応えないのかといったらそれは嘘になるし、後ろをトボトボとついてくる陽菜の顔も、だんだん疲労の色を見せていた。今朝、始発の電車に乗り、乗り継ぎを繰り返してようやくここまで来たのだ。日はすでに高く、僕らを容赦なく照らし続けた。まだ五月だというのに額にはじんわりと汗の粒が浮かび上がってくる。僕は小学生の記憶を頼りながら、祖父の家を捜し歩いた。
「ねぇ、まだ?」
「ごめん、わからないんだ。この辺だと思うんだけど」
せめて人が通りかかってくれれば尋ねることができるのに、と恨めしい気持ちになる。祖父はこの町の唯一の医者で祖母はこの町の唯一の看護士だったから町の皆とは馴染みがあっただろうし、祖父母に助けられた人も多いはずだ。散村形態のこの町をしばらく二人で黙って歩き続ける。
「あ、人。」
陽菜が人影に気付いて僕に知らせてくれた。
「よかった。これでなんとかなるね」
僕はその人のところに向かう。
「すいません、この辺に昔医者をしていた祖父の家があると思うんですが……。」
「じー」
自転車を押しながらやってきた何故か袴姿の女の子に声をかける。多分、年は同じか年下だとおもう童顔の少女だった。
「じー」
「……あの?」
何故か僕の顔を凝視している。えーと、昔、あったことがあるのかな?でも袴姿だし。コスプレが趣味な女の子とはお友達になった覚えはないし…。
「コスプレじゃないよ」
なんか思考が読まれていた。
「袴なんだよ」
「えーと、うん。それで、祖父の家を訪ねたいんだけど…。」
どうも話がかみ合わない。僕が困った顔をしていると女の子は何か気付いたような、それでいて驚いたようなそんな顔をして、軽く手を合わせるとにっこり微笑んだ。
「上爺の家はこの道を直進してだいたい千八百秒くらいのところにあるよー。」
かみじい?僕の祖父はそう呼ばれていたのか。この道をあと三十分直進すればあるらしい僕の祖父家の存在にほっとした。少なくても道には迷っていなかったみたいだ。安堵のため息が漏れた。それは陽菜も同じようで軽く息をついて少し頬が緩んでいるようにみえる。
「ねぇねぇ、上爺自慢のお孫さんの天才医師さんだよね!」
女の子はすこしだけ身を乗り出して尋ねてきた。顔を覗き込むようにしてきらきら輝いた笑顔で僕を見つめてくる。
「いや、僕はお医者さんじゃないんだ。期待させてごめんね。じゃぁ、急ぐから。えーと、教えてくれて有難う。」
僕はそういって女の子の横を通り過ぎた。陽菜も後をとことこついてくる。
「陽菜、あと三十分でつくみたいだよ。」
「……聞いた」
「そう。もう少しだからがんばろう。」
「……ん」
もう少し陽菜とのコミュニケーションが必要かなと思いつつ、僕はただその道を歩き続けた。
===
親が死んだ。死んでしまった。
もう、その体は動かない。もう、その声を聞くことはできない。
誉められる事もない。
怒られる事もない。
僕の親は高速道路でトラックと正面衝突で見つかった時にはもう手遅れだったそうだ。どうして?たった五分前、僕は親と電話で話し合ったじゃないか。お土産は何がいいだろうって優しい言葉をかけてくれたじゃないか。そして僕は最後に親と話した人物だ。その事実が僕の中を渦巻いていく。
僕は陽菜と二人、この世界に残された。
陽菜はすごく両親と仲がよかった。この年で親と仲のいい高校生も珍しいなと思うくらい、陽菜は親と繋がっていた。けれど、仲がいいほど別れのときに大きく響いてくる。別れの時が来たとき、陽菜は見たこともないくらいたくさん泣いた。全ての感情を涙と共に、涙に乗せて吐き出した。
―――悲しい。
―――寂しい。
―――つらい。
僕はそんな陽菜の感情の全てを受け止めきることは出来なかった。僕はあまりにも未熟すぎた。未熟すぎて、どうする事も出来なかった。そんな自分が恨めしかった。強くなるしかない。遺された陽菜を守ってやれるほど成長するしかない。それは多分、簡単なことではないことは僕にはわかっている。辛い茨の道になることも承知だ。
強くならなければ。
強くならなければ。
強くならなければ。
暗示をかけるように、自分に言い聞かせるように何度も何度も呟き、反芻し、俯きがちの顔を無理やり上げ、自分に鞭を打った。僕の両親が残してくれた、たった一つの絆を守りきるために、断ち切らないようにするために、僕は、泣かなかった。弱い姿を見せることはできなかった。
陽菜は塞ぎ込んでしまった。部屋に閉じこもったまま、食事もろくに摂ろうともしなかった。僕が陽菜に声をかけても、僕の声は陽菜には届かなかった。それどころか、陽菜は僕を冷たい、残酷な人間だと罵った。そうか、僕は今、陽菜に嫌われているんだ、そう感じた。けど、嫌われたからといって構っていられなかった。嫌われていても、僕は陽菜を守る。そう決めたのだから。
それでも、陽菜に忌み嫌われ続けるのにはかなり応えた。駄目だ。このままではいけない。両親が悲しんでしまう。何度も心折れそうになりながらも、僕はただ、陽菜を受け止めようと必死になった。
「―――ごめん。これからは僕ら二人だけで頑張っていこう。陽菜のことは僕が守って見せるから。だから、ずっと塞ぎ込まないで、な?」
届くかどうかはわからないけれど、僕は陽菜に訴えた。涙が頬を伝っていく。自分の意思とは無関係に、僕の意思をあざ笑うかのように、涙が溢れてきた。僕の強がりという砦が音を立てて崩壊したのだった。
ずっと使われていなかった祖父の家は埃をかぶっていて、体の弱い陽菜にはすこし厳しかった。
「……埃。」
「とりあえず、窓を開けよう。掃除をしないといけないね。」
僕はとりあえず窓を開け、椅子に座り込んだ。朝からずっと気を張っていたので少し疲れてしまった。祖父が死んでから家はそのままにしてあったので、ある程度の家具や物は揃っていた。
「……ねぇ。」
「うん?どうした?」
「……お腹すいた。」
あぁ、そういえば朝から僕は何も食べてないや。陽菜はお菓子たくさん食べていた気がするけど、お菓子と食欲は別腹なのだろうか。でも、何もないしなぁ。どうしよう。
「えーと、何か買ってくるよ。何が欲しい?」
「……ポッキー。」
「……わかったよ。」
何が欲しい、ってそういう意味じゃなかったんだけどな。
僕は疲れきった体を起こして立ち上がり、玄関へと向かう。
「陽菜、出来るなら、自分の荷物くらいは整理しておいて欲しいんだけれど。」
「………。」
返事が返ってこなかった。少し心配になりつつも、僕は扉をあけて外に出る。
「昔と違って少しはお店とかあればいいけど。」
昔、僕らが小学生の頃は近くに店なんて数件しかなかったし、コンビニなんて便利なものも当然なかった。町にあるのは、小さな雑貨屋さんと肉や魚、野菜などが売られている、ほんとうに小さな店、そして駄菓子屋くらいだった。隣町に行けば、おおきなショッピングモールとかがあるんだろうけれど、そうすると一日かかってしまう。僕は昔の、母と一緒に買い物へ行った微かな記憶を頼りに、あの変わらない風景の道を進んでいった。
少し歩くと、数件の家が並び始める。そういえば、栞姉さんの家もこの付近だったような気がする。僕は一軒一軒の表札を注意深く眺めながら道を通り過ぎていく。栞姉さんに会えることを密かに期待しながら僕はさらに進んで行く。
―――朝倉。
僕はその表札の家の前に立ち止まる。
栞姉さんは僕のことを覚えてくれていうだろうか。あれから四年も経ってしまった今、僕も少し身体的にも精神的にも大人に近づいているはずだし、栞姉さんだってそうだ。特に女の子のこの時期の変貌は著しいもので、もしかしたら、あの頃の面影を感じさせないくらい変わってしまっているのかもしれない。幾分かの不安が僕を霞める。
インターホンを押そうとして、そして、その手はインターホンを鳴らすことはなかった。震えていた。どうして?怖い。会うのが怖い。これは、昔の友人に久々に会うとか、学校の同窓会に出席するとか、そういうレベルの話ではないと、僕は自分に言い聞かせていた。
―――あんな事があったのだ。
―――どんな顔をして会えばいいのか…。
先ほどまで、会えることに期待していたのに、逢える事を欲していたのに、でも今は、駄目だった。僕は馬鹿なのかもしれない。僕は何を思って彼女に会えばいい?どんな気持ちで彼女に接すればいい?あのときの僕にはあの時何をしたかがわからなくて、何が起こったのかも理解できなくて、純粋に好奇心に身を委ねて、彼女の云うとおりにしただけだとしても、彼女を、栞姉さんを傷つけてしまったことには変わりはない。成長して、ただただ後悔だけが何よりも先に来てしまう。駄目だ。あの頃、道を踏み外してしまう事さえなければ、こんな重い気持ちにならなくてならなくて済んだのかな。毎年の、帰省も続いたのかな。
そうして僕は何も出来ないまま、朝倉家の家を後にしたのだった。陽菜が、待ってる。
(続)
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初めての投稿です。よろしくお願いします。 親を亡くした少年少女は、子供のころによく通ったおじいさんの家に逃げるように引越ししたのでした。 |
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