君の隣
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【1章から抜粋】

 

「実は彼氏と別れたんだよねー」

 それが、教室に入って席に腰掛けた瞬間の申谷さんの言葉だった。

 春休みから何度か愚痴に付き合わされていたから、今までどんな喧嘩を繰り返してきたのかは大体わかってるけど、それでも最後には惚気混じりで楽しそうにデートの様子を話してくれるから、そこまで拗れているとは思わなかったのに。

 あまりにあっけらかんと言う物だから、悲しんであげるべきなのか喜んであげるべきなのか、よく分からず申谷さんの隣の席へ腰掛けた。

「まあ彼氏って言うか、実質キープみたいな物だったし良いんだけどね。向こうもアタシが他に好きな人が居るの、気付いてたっぽいし」

「えぇっ!? 申谷さん、それって二股……」

「それはナイ。だって相手も絶賛片思い中でさ、ぜーんぜん靡いてくれないんだもん」

 横取り出来るものならするけれど、押しても押しても手応えがなくてどうしようかと嘆く申谷さんは、とても強いと思う。

 私なら、好きな人が他の人を好きなんだって知ったら諦めてしまいそう。

「……辛くないの?」

「そりゃあ振り向いてはほしいよ? けどさ、片思い先の女の子は別の男の子を見てるっぽいから、もしかしたらもしかするかもじゃん」

 それはまた、とてもややこしい恋愛図だ。

 可能性があるなら、それに賭けたいという気持ちはわかる。だけど、いつまで好きな人の片思いを見守らなくちゃいけないのか。

「凄いね、私ならそこまで前向きになれないかも。好きな人がいるって知った時点でプチ失恋みたいな感じしない?」

「それもあるし、知っててアピールするとか普通に考えてウザイよね。分かってはいるんだけど、決定打がないと諦めもつかないし……」

「なら、申谷さんらしく頑張ってみても良いんじゃないかな。私は申谷さんの前向きで行動力があるところ、大好きだよ」

 それこそもしかしたら、申谷さんの行動力に根負けして男の子のほうが叶わないかもしれない片思いを諦めるのかも知れないし。

 円満に治まれば良いけど、女の子が片思いしているという男の子の矢印がどこへ向かっているか何てわからないし、男の子が片思いを諦めるのを良しとするのも変だし。

 ……恋愛って、やっぱり難しそう。

「ありがとーっ! なんかさ、五十嵐さんにそう言って貰えたら後ろめたい気持ちなんてどっか行っちゃったよ。やっぱさ、こんなことで引き下がるなんてアタシらしくないよね!」

 私の両手を取って、ぶんぶんと振り回す申谷さんは思っていたよりも深く悩んでいたみたい。

 サバサバした性格だからか、いつも愚痴だって悩みだってサラッと言ってしまうところがあって、本気で悩んでいるのか分かりにくときもあった。けれど、今の心底安心したような顔を見ると、普段見せないだけで繊細なところもあるんじゃないのかな。

「そう言えばさ。この手の話するの、ずっと私だけだよね。五十嵐さんはいないの? 好きな人とか、気になる人とか」

「えっ? いないこともないけど……でも、私の場合は憧れみたいな物じゃないかな。まだ好きとか、そういうとこまで行ってないというか」

 しどろもどろになりながら答える私を、申谷さんは嘘がないかを確認するようにじっと見る。目を逸らしたら負けのような気がして、私も負けじと見返すと申谷さんの机の上で豪快な物音がした。

「人に荷物運びさせといて、おまえらは睨めっこかよ。ったく、ガキじゃあるまいし」

「あ、お疲れー。お弁当傾けないで持って来てくれた?」

「知るかっ! だいたいおまえが最初に鞄をぶん投げたんだろーが!」

 喧嘩するほど仲が良いとは言うけれど、この二人は喧嘩しすぎじゃないだろうか。

 そんな心配をしつつも、これが日常光景となってしまえば私が仲裁に入るのもいつものことで、ホームルームが始まるまでに仲直りをしてもらうのだった。

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【1章からの抜粋2】

 

 そうして出向いた先で、二人と鉢合わせるだなんて全く考えてもみなかった。

「五十嵐サンじゃん、偶然だねー! そっちもデート?」

 パンフレットも持たず、タクミくんが見たいというイベントまで適当に乗り物を乗っていこうかと歩いていたとき、聞き慣れた声に呼び止められた。

 嬉しそうに恭介くんの腕に抱きついている申谷さんを、同じように冷やかすことなんて出来るわけがない。

「ううん、私はただ誘われて……」

「いいじゃん隠さなくたって。ねーっ恭介クンっ」

 私が引きつってないかとか気にしていた笑顔など、微塵も気にすることなく浮かれている。つまりは、そういうことだ。申谷さんの腕を振り払わずに隣に立つ恭介くんからも何となく察することが出来るから、続きは極力聞きたくない。

「アタシたちはモチロンデートなんだよっ! ふふっ、初デート!」

「……やっぱり、そうなんだ。メールで知らせてくれても良かったのに」

 ぎこちなく笑っているのを、誰にも気付かれてないだろうか。申谷さんに声をかけられてから、ずっと黙りっぱなしのタクミくんも、視線を逸らした恭介くんも。

 良かったねって笑わない私を、誰も怪しみはしないだろうか。

「ごめんね、ソッコーで教えたかったんだけど、アタシもデートするまで信じられなくてさ。良かったら、五十嵐サンたちとダブルデートってどう?」

「あはは……お邪魔しても、悪いし」

 これ以上一緒に居たら、周りも気にせず泣き出してしまいそうだ。

 出来るだけやんわりと、だけどしっかりと断れる言葉を模索する私に申谷さんは悪気無く追い打ちをかける。

「邪魔だなんてあるわけないじゃん! 五十嵐さんが応援してくれたから付き合えるようになったんだよ? 大親友って気持ちを込めてこれからは名字じゃなくて由奈って呼びたくなるくらい!」

 一人テンションの高い申谷さんは、何度もありがとうと繰り返す。その隣では、恭介くんが少し複雑そうな顔で私を見ている。

(好きな人にライバルをけしかけたと思われるなんて……最悪だよ)

 これ以上喋らないで欲しいと願っても、申谷さんは一切嘘を言ってない。

 次第に緊張で口も渇いてきて途方にくれていると、後ろからのし掛かるようにしてタクミくんが私の肩を引き寄せた。

「お楽しみの所わるいんだけどさぁ、オレは二人で楽しみたいんだよね」

 申谷さんの返事も待たず引きずるようにして強引にその場を離れるタクミくんに言葉も出なかった。

 普段は見上げるくらい高い位置にある顔が私の目の前にあって、抱き寄せた肩には隙間無くぴったりとくっついて方向転換。

 少し離れた所で我に返ったのか『良い休日を』なんて言う申谷さんの声が聞こえた気はするけど、タクミくんの腕と顎で固定されてるかのような状態では振り返ることすら出来ない。

 意地でも逃げだそうと首を動かせば、もれなくそのどちらかにキスをしてしまうこととなるだろう。

「なーに赤くなってんの? ちょっと抱き寄せただけじゃん」

「赤くなってなんか……それより、あの断り方は申谷さんに失礼だよ」

「向こうもデートなんだから、失礼じゃないデショ。由奈が困ったなら謝るけど?」

 二人から離れ、腕を外してくれたタクミくんは真っ直ぐに私を見る。

 何でも見透かしてしまいそうなその瞳を見つめ返したくなくて、私は勢いよく視線を逸らした。

「……迷惑だなんて思わないし、弱音吐いたって友達やめないよ? オレは」

 つまんないと思ったら、学校に連れて行こうとしてた時点で相手にしてないと付け加え、タクミくんは優しく頭を撫でてくれる。その手の温かさに、少しずつ涙腺が緩んできてしまって、私は涙は零すまいと深く深く呼吸を繰り返す。

 口を開けばそのまま愚痴がボロボロとこぼれ落ちそうで口元を手で覆うけど、何度も往復して撫でる手にぼだされるように、ゆるゆると呟き始めていた。

「私、知らなかったの。……申谷さんが、恭介くんを好きなこと」

 知っていたら、どんなアドバイスをしただろう。

 好きだと自覚したのが遅かったから、結局は同じように背中を押したかもしれない。

 もしかしたら隠さずに、少し恭介くんが気になってるよと言えたかもしれない。

 目尻に溜まる涙を拭いもせず、瞬きに任せて頬を伝い落ちる。生暖かい感触にスイッチでも入ったのか、私はタクミくんのシャツを掴んで黙っていようと思った気持ちを吐露してしまう。

「私も恭介くんが好きなのっ! ……でも、申谷さんとも、友達で……いたく、て」

 こんなこと、誰にも言うつもりなかったのに。

 何かを手に入れるのに別の何かを手放さなければいけないのは当たり前のことで、あれもこれも欲しいと我が儘を言うのは子供っぽいと思う。

 どちらかを選ばなきゃいけない。

 そう考えるだけで、溢れる涙は止まることはなくて。しゃくりあげながらも正直に話してしまえば、タクミくんは頃合いを見計らって私の話を止める。

 

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【2章からの抜粋】

 

 体育祭を心から喜べるヤツは、本気でおめでたいとオレは思う。

 まだ過ごしやすい時期とは言え、一日中お天道サマの下で走り回るだなんて、全力でお断りしたい行事だ。

 無駄に汗をかいて不快指数を上げて、一体何が楽しいというのか。

 きっと由奈が『お弁当にエビフライ入れてきてあげるから!』なんて言わなければ、例年に漏れず欠席していただろう。

 期待していたエビフライはと言えば、当然午前中をサボらずに過ごさなければナシというお預け状態で、競技には出ず応援席の一番後ろからぼんやりと眺めている。

 当然、クラス毎に用意された応援席なんて狭っ苦しい上に暑苦しいから、優雅に足を伸ばして座れる生徒会及び関係者用の席でくつろいでいるんだけれど。

(……しっかし、見ているだけも退屈だなぁ)

 何か面白い競技でも始まれば、何人かに声をかけて賭け事の類でもやってみるか。

 テーブルに置かれたプログラム表を指でなぞり、めぼしい競技を絞っていく。全部の試合で賭けをやっても盛りあがるだろうが、何度も集まって盛りあがっているとバレてしまうだろうから避けたい。

「おい、ここにはおまえが座るべき席は無いはずなんだがな」

 作戦を練っていると、一番バレてはマズそうな人物が帰ってきた。

 とは言え、生徒を競馬扱いするような生徒会長サマだ、上手く丸め込めば味方になるかもしれない。

「そーんな堅いことは言わないでさ、広い心で歓迎してくれても良くない?」

 元同級生のよしみデショ、なんて言えばため息と共に『残念なことに元な』とご丁寧に強調してくれる。

 そういう正直なところは嫌いじゃないけど、やっぱりコイツは好きにもなれない。

 真逆な生活を送ってきているクセに変なとこは似ていて、妙に癪に障るとこを突く。

「ね、卯都木クンが気に入ってる御子柴クンってさぁ、キミから見てどんなカンジ?」

「なんだ突然。恭介なら、おまえも仲が良いんじゃないのか?」

 どこかの世話焼きさんに引っ張られるままお近づきになったから、正直仲が良いとかそういう次元では見ていなかったけど、足を踏み込んでしまった以上は避けられないようなポジションに来てしまった。

 以前のオレなら面倒くさいことが起きそうなら事前に逃げるくらいはしそうなのに、自分から巻き込まれにいったのは何故なのか。

 お気に入りのオモチャでも、ぐずったら捨てればいいだけのはずなのに。

 これじゃあ体育祭に出る人を物好きだなんて呼べないじゃないかと、一人心境の変化に苦笑する。

「どーだろねぇ。ちょっとイイ男なのか市場調査ってヤツ?」

 そんな冗談を言っていると、グラウンドでは順々に騎馬が組まれていく。賭け事をするタイミングを逃したか、と内心舌打ちをしていると話題の人がいることに気付く。

 騎馬を上手く誘導して、素早い腕の動きにたくさんの騎馬が崩れ、身のこなしも軽く誰も御子柴クンのハチマキに触れることはない。

「……最後まで、残ると思う?」

 別に途中でくたばろうが残ろうが、オレとしてはどっちでもいい。

 ただ由奈が御子柴クンを気に入ってるみたいだし? それなりに格好イイとこ見せてくれるなら応援してやってもいい。

 逆に他の男が勝つなら、そっちをオススメしてやれば気が晴れるんじゃないか、なんてテキトーなことを考えながら勝負の行く末を見ていた。

 由奈はここ最近で一番のお気に入りなんだ。ヘコまれて反応がつまらなくなるより、そこそこにからかいのネタが転がっているほうがいい。

「ふむ、あの動きなら恭介は残るんじゃないか?」

「ふぅん。じゃあオレは御子柴クン以外に賭けるよ」

 さすがに卯都木クン相手じゃお金を賭けるわけにもいかず、コンビニのおにぎりでどう? って持ちかけたらメガホンを用意してまで応援し始めた。

(ホント、安いんだか高いんだかよくわかんないヤツだねぇ)

 卯都木クンの応援のおかげか、オレのクラスは善戦してたみたいだけど……最後の最後で同士討ちってどういうコト。

 予想外の結果にちらりと隣を見れば、向こうも同じタイミングでこっちを見ていた。

「……おい巳城、この場合はどっちの勝ちになるんだ?」

「んー、そうだねぇ。どっちでもないなら……オレかも?」

「どうしておまえの勝ちになるんだ。結果はどう見ても引き分けだっただろう」

 他の騎馬を潰しまくって、最後に残った二騎。どっちが由奈に似合う男になるだろうかと思っていたのに、どちらも潰れてしまうなんて。

 だったらここは、ずーっとオレのオモチャってことでもイイんじゃないの?

 

説明
8月12日、コミックマーケット80合わせの新刊。カバー付文庫の小説、挿絵あり。
親友と同じ人を好きになったり、好きな人には別に好きな人がいると誤解されたり。それでも一途に頑張るお話。
通販は【http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0020/02/11/040020021193.html】
【http://www.c-queen.net/ec/products/detail.php?product_id=63362】より。  イラスト担当:あまの
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