ほずみびより
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『ピピッ』

 

 壁に掛かっている時計が電子音を発した。

 こたつテーブルのそばで正座をしたまま、微動だに動かない少女。

 白いトレーナーに青いオーバーオール風のワンピース。淡い水色の髪を左側だけ少し束ねて、赤く小さいプラスチック製の玉が付いた髪留めで止めている。

 その少女から微かな駆動音がした。

『全機能簡易チェック終了。異常なし。回復します』

 視神経が接続され、目が開く。

「うーん……よく寝た」

 両腕を上に伸ばして大きく背伸びする。特にこの行動に機能的な役割はないが、人間の行動に似せるという一種の擬態の役割がある。ただ、少女本人にしてみればそんなことはまったく考えていないのではあるが。

 その少女──ほずみはアンドロイドである。

 だが、見た目は人間にしか見えない。知らない人が見たら、どこにでもいる15歳ぐらいの女の子、である。

 そのアンドロイドが、モニターとしてただの一般大学生の下宿に居候している。それにはそれなりの理由があるのだが、ここでは割愛させていただこう。

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 そして、いつもの昼下がり。

 マスターは大学に行き、ほずみは下宿でお留守番。

 部屋の掃除をしてお昼ご飯を食べた後は暇な時間ができるので、ほずみは一時休止状態になっている。まだテスト段階ということもあり、長時間稼働するには耐久性や不安定さに問題が残るため、この『お昼寝』が欠かせない。

 ほずみは壁掛け時計を見て、今が午後三時であることを確認する。

「さて、お買い物に行かなくちゃ。みにゅ、行くよー」

 部屋の隅に向かって声をかける。

 テレビの脇に転がっていたぬいぐるみのような物体がむくりと起きあがる。

 真っ黄色でずんぐりとした丸い体型に耳と思われる長い物体がついている。頭のてっぺんは茶色くて、まるでプリンのよう。

 これでもほずみをサポートするためのロボットである。各種サポート機能満載の高性能ロボットなのだが、りりしい眉毛ととぼけた目のせいで、とてもそんな風には見えない。

「もうそんな時間か。今日はどこへ行くんだ?」

「えーっとねぇ……ミナモト屋さんが特売の日だから、今日はそこへ行こうと思って」

「ミナモト屋なら、帰りにタイヤキ買ってこうぜ」

「……みにゅっていつもそのタイヤキ食べてない?」

「あれだけあんこのつまったタイヤキはなかなかお目にかかれないからな。あれは必ず食しておくんだ」

「ふーん」

「ほずみも一度食べておいた方がいいぞ。いや、食べるべきだな」

「タイヤキ、かぁ……」

 ほずみのデータベースにはタイヤキのデータはそれほど詳しいものがない。みにゅが何度か食べているのを見ているので姿形は把握しているが、それ以上のものはない。

 特にデータを取得しようとしたことはないが、これだけ勧められると食べてみようかという気分になる。

「食べてみようかな?」

 みにゅは、それを聞いて口をニヤリとゆがませる。

「決まりだな。じゃあ、ほずみの奢りな」

「……え? なんで?」

「タイヤキ食べたいんだろ? 俺は金持ってないから、ほずみが払っといてくれ」

「それはなんかちがうー」

 ぷーっと頬をふくらますほずみ。

「まあ、いいからいいから。さっさと行くぞ」

 ほずみの抗議を無視して、みにゅは外に出て行ってしまった。

「まったくもう……」

 ため息をつきながら、ほずみはお財布片手にみにゅの後を追った。

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 ミナモト屋はアパートの近所にあるスーパーで、規模はそれほど大きくないが値段がそこそこ安く、特売日などはかなりの人でにぎわっている。

「鳥もも、タマネギ、人参、長ネギ、水菜……と。玉子はまだあったから大丈夫」

 ほずみは買い物かごの中身を確認しながら、メモリに保存しておいた買い物メモを読み込む。

「そうだ、お醤油が切れてたんだ」

 振り向いて、味噌や醤油が並んでいる棚に向かう。

「お醤油、お醤油……あった、と」

 特価品と札が出ている棚から、醤油を手に取る。

「これで全部終わり、と」

 レジに向かおうとすると、さっきまで足下にいたはずのみにゅがいない。

「先に行っちゃったのかな?」

 仕方ないな、と思いつつ、レジで支払いを済ませる。

 店の脇には20台ぐらいの駐車スペースがあり、その一角にワゴン車が止まっていた。

 車の側面部分が開き、そこにカウンターが出来ていた。生地の焼ける香ばしい匂いとあんこの甘い香りが漂ってくる。

「ほずみ、遅かったな」

 そのワゴン車のそばで、みにゅがタイヤキをほおばっていた。

「もうっ、みにゅったら先に行っちゃうんだから」

「別に俺がいなくたっていいだろ? ああ、あとこのタイヤキの代金、払っといてくれな」

「えぇー?」

 みにゅを見たときから嫌な予感がしていたが、的中してしまった。

 まったくもって自分勝手だ。

 しかし、タイヤキをすでに食べてしまっているのは確かだし、代金を支払ってないのも間違いない。

「あのー、タイヤキ一つください。あと、そこで勝手に食べてしまったタイヤキの代金も一緒にお願いします」

 車の中にいたはちまきをしたお兄さんに声をかける。

「いらっしゃいませー、毎度ありがとうございます」

 あれ……?

 ほずみは疑問に感じた。この声は毎日聞いている気がする。

「……マスター?」

「ありゃ、ほずみじゃないか」

 よくよく確認してみれば、タイヤキを焼いてるお兄さんはマスターだった。

「なんだ、ここに買い物に来たのか」

「はい、そうです。マスターは何をしてるんですか?」

「え? バイトだよ。アルバイト。ここで働いてるんだ」

「アルバイト……そうだったんですね。それは知りませんでした」

「あれ、言ってなかったっけ? ここでバイトしてるって」

「えーと、そういうデータは存在してないですけど……」

 ほずみの記憶領域には稼働してからこれまでのあらゆる記録、情報が蓄積されている。これらは人間の『経験』にあたり、これを利用することでほずみの行動自体に修正をかけることもできる。

「そっか。じゃあ、忘れてたんだな」

 マスターはばつが悪そうに頭を掻いた。

「水曜日と木曜日はここでバイトしてるから。覚えておいてね」

「はい、わかりました」

「で、タイヤキ一つね。ちょっと待ってて」

 マスターは、目の前にあるカウンターのガラスケースの中ではなく、その横にある鉄板に手を伸ばした。

 そして、今まさに焼き上がったタイヤキを一つ取り出し、紙に包み込んだ。

「はい、焼きたてをどうぞ」

「あ……ありがとうございます。じゃあ、お金を……」

 ほずみは代金を払うために、お財布からお金を取り出そうとした。

「ああ、いいよお金は。俺が払っておくから」

「え、そんな、だめですよ」

「いいからいいから。俺の奢り」

「そう、ですか?」

 無理に断ってマスターの好意を無駄にするわけにもいかない。ほずみはタイヤキを受け取った。

「じゃあ、いただきます」

 焼きたてだから、紙の上から暖かさが伝わってくる。紙を開けると、ふわっと香ばしい匂いがして食欲をそそる。

 ほずみは頭の方から一口、ぱくりとかぶりつく。

 薄い生地の中から、甘いあんこが口の中に広がる。

「どう?」

 マスターがにこにこしながらほずみに声をかける。

「とってもおいしいです」

 あんこがぎっしりと詰まっていて、そのあんこもほどよい甘さだった。

「ほずみはタイヤキは初めてなんだっけ?」

「はい」

 味覚に関しては、危険性のあるものかないものかの判断をする以外は特に必要のないものとなる。おいしい、まずいの判断はデータベースの情報と、これまでに食べたものの蓄積データを総合して決定される。

 初めて食べるタイヤキに関しては情報がないため、あらかじめ入力されていたデータベースから判断するしかなかった。

 それでも、ほずみはこのタイヤキがおいしいと感じた。

「おいしいタイヤキが食べられてよかったな」

「……はいっ!」

 データベースだけではなく、それ以外の要素も、食べ物がおいしいと感じる重要な要因になることを、ほずみは理解し始めていた。

 マスターが自分のためにタイヤキをくれた。

 そのことが、普通のタイヤキをよりおいしく感じさせてくれた。

「バイト、もう少しあるから先に帰ってていいよ」

「わかりました。晩ご飯を用意して待っていますね」

「晩ご飯はなに?」

「親子丼でも作ろうかと思ってます」

「いいね、楽しみにしてるよ……あ、いらっしゃい」

 後ろに人がきたため、ほずみはマスターに迷惑がかかるといけないのでその場を後にした。

「みにゅー、帰るよー」

 ワゴン車の隅でうずくまっていたみにゅを呼ぶ。

「タイヤキ、うまかっただろ?」

「そうだね、おいしかったよ」

 さっきのタイヤキの味を思い出しながら、ほずみは答えた。

「マスターがアルバイトしてたんだね。私、ちっとも知らなかったよ」

「そうだったのか? 俺はてっきり知ってるもんだと思ってたんだが」

「ひょっとして、マスターがいるからタイヤキ食べていこうって言ったの?」

「んー、まあな。それもあるけど、あそこのタイヤキは絶品だからな。どっちにしろ食べておいて損はなかっただろ?」

 ほずみは力強くうなずいた。

 振り返ると、マスターがお客さん相手に対応しているのが見えた。

 そんな一所懸命なマスターをみて、今日の晩ご飯はとびきりおいしい親子丼を作ろうと、ほずみは密かに決意した。

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説明
大学生とアンドロイドのほずみの非日常的かと思いきやほのぼのした日常生活での一コマ。
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ほずみびより ほのぼの アンドロイド 

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