レッド・メモリアル Ep#.04「罠の連鎖」-1
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『ジュール連邦』《ボルベルブイリ》

 

4月8日 11:54 A.M

 

 

 

 政府の建物から脱出することが出来たアリエル。彼女は、没収されていた自分のバイクを見

つけ出し、大急ぎでそのエンジンをふかすと、バイクを発進させた。

 

 案の定、テロリストの襲撃によって、国家安全保安局内の外側の警備は緩くなっており、アリ

エルは簡単に脱出することができてしまった。

 

 ヘルメットを被り、中にある衛星システムを作動させ、自分が今どこにいるのかをチェックす

る。《ボルベルブイリ》市内にいるという事は分かっていたけれども、ここが具体的にどこにある

のかは分からない。

 

 自分の現在位置が分からなければ、逃げようもなかった。

 

 システムはすぐにアリエルに現在位置を教えてくれた。ここは、《ボルベルブイリ》市内でも北

部に当たる。政府の建物が多い場所だから、アリエルが普段あまり寄り付かない場所だ。で

も、逃げるルートならば分かる。

 

 逃げてどこへと向うべきなのか、アリエルには当てがあった。

 

 こうなってしまったら、もう逃げるあてなんて一つしかない。あの人に頼るしか方法は無いん

だ。

 

 《ボルベルブイリ》市内をアリエルはバイクで疾走し、何もかもから全速力で逃げ出そうとして

いた。しかしながらあいつらは、すぐにアリエルに追いついてきていたのだ。

 

 背後から迫る、黒塗りのトラック。トラックとは言っても、その趣はまるで戦車のようなデザイ

ン。それが迫ってきていた。

 

 アリエルは更にバイクを加速させる。ヘルメット内に現れている表示に、後続の車の車間距

離が表示されていて、それは、アリエルがバイクを加速させても、だんだんと距離を縮めてきて

いた。

 

 このまま逃げるしかない。ストロフとかいう男のような、政府機関に捕えられてしまっても何を

されるかわからないし、突然襲撃してきたテロリスト達などに捕まろうというのならばもっての他

だ。

 

 今は、ただ逃げるしかない。アリエルはその他の事を考える事をしないようにしながら、バイ

クを更に加速させた。

 

 《ボルベルブイリ》の街が、いつもよりも現実味の薄い姿で流れていく。まるで今ここにいる自

分が、別の世界に迷い込んできてしまったかのように。いつも見慣れた街並みが、とても不鮮

明な姿で見えるのだ。

 

 トラックは背後から迫ってきたが、アリエルはバイクだ。市内の中央通りの車の間を、素早く

縫うようにしてアリエルはバイクを走らせた。

 

 途中、何度も、車に接触しそうになって、ヘルメット内の表示が警告を告げる。だが、バイクで

しか入れないような場所を走っていけば、あのトラックには追いつかれない。

 

 そう思っていた。

 

 しかしトラックは、中央通りの反対車線を走り、アリエルへと迫ってきているのだ。

 

 彼女にとっては信じられなかった。反対車線など走っていたら、いつ他の車に正面衝突する

か分かりやしないというのに。

 

 逆に縫うように車の間を走っているアリエルの方が遅れている。

 

 この戦車のような姿をしているトラックは、テロリスト達が乗っているトラックらしかった。何度

か遭遇している政府組織の車とは姿が明らかに違う。

 

 それも二台。アリエルを挟み撃ちにするかのようにして迫ってきていた。

 

 このまま、反対車線を走る車がアリエルよりも前に出て、背後から来る車が、アリエルの後ろ

に付いてくるに違いない。

 

 そう判断したアリエルは、ヘルメット内の画面上に表示されている地図をチェックし、別の道

に入ることが出来る、交差点をチェックした。

 

 前方に出ようとしているトラックの荷台から、誰かが姿を見せる。それは、アリエルもよく見覚

えのある人物だった。

 

 赤毛の髪をなびかせ、いつもよりも幾分とワイルドな衣服を着ている。ショットガンを握ったま

ま、その衣服を着ている姿を見ると、まるで戦闘服を身に付けているような姿をしている。

 

 それはシャーリだった。

 

 彼女を乗せたトラックは、反対車線から、アリエルのいる車に乗り込んできて、彼女の前に立

ちはだかろうとしていた。

 

「シャーリ、何で、どうしてよ?」

 

 アリエルは、バイクのハンドルを握り締めながら、思わず呟いていた。

 

 何故、幼馴染の彼女が、こんな風にテロリストと一緒に行動をしているのか、突然現れた彼

女の姿を、アリエルには理解することが出来なかった。

 

 ショットガンを構え、その冷たい銃口をアリエルに向けている姿など、とても想像できない。

 

 周りの風景、今、自分が置かれている立場と一緒に、前方にいるシャーリでさえ、アリエルに

とっては現実味が無い姿として映っていた。

 

 シャーリは、ショットガンをアリエルの方向ではなく、自分達の走行しているトラックの、アスフ

ァルトの地面へと向けて発砲していた。

 

 何故、地面へと向けて発射したのかは分からない。だが、シャーリ達の背後を走行していた

車が、突然、破裂音と共に急停車した。

 

 一台の車が車体のバランスを大きく崩し、スピンしながらもう一台の車に激突する。そしてま

るでアリエルの行く手を阻むかのようにして停車した。

 

 パンクしたのか。だけれども、何故突然?アリエルは走行していた車によってその行く手を阻

まれてしまっていた。

 

 背後からも、別のテロリストの車が迫って来ている。アリエルはバイクを減速させ、このどうし

ようもない状況に次の策を考えようとした。直後、目の前に、一つの建物が飛び込んできた。

 

 ヘルメット内に表示されている地図をチェックする。アリエルは即座に判断した。きっとできる

はずだ。

 

 アリエルは、バイクを前方ではなく、大通り沿いにあった、建物の中へと突入させていった。

 

 正面入り口のガラス扉を突き破るようにして中へと入っていく。細かなガラスの破片を浴びつ

つ、アリエルは建物の中へとバイクを走らせた。

 

 建物はデパートだった。ただ、国自体の大きな不況もあって、デパート内は閑散としている。

店員でさえ数人しかいない店舗内だったが、今のアリエルにとっては逆に好都合だったのだ。

 

 アリエルは正面玄関から突入していき、あっと言う間に店内を通り抜けていた。バイクは瞬時

に加速して、彼女の体を、背後へと押し飛ばそうとさえするかのような勢いだが、アリエルはハ

ンドルを握り、前を見据えた。

 

 デパートの店内のショーケースの間を縫うように走ったアリエルは、反対側の出口から外へと

飛び出していこうとする。反対側の出口も、ガラス戸でできていたから、加速したバイクで反対

側に飛び出すのは造作ない。

 

 さっきの大通りとは幾分か狭い通りへと飛び出してきた。突き破ったガラスの破片が、道路

へと散乱して、アリエルはそのまま、車道へとバイクを走らせようとする。

 

 ヘルメット内のナビによれば、さっきの大通りからは少し離れている。このまま、街の郊外へ

と、この通りを抜けていけば、脱出することが出来そうだった。

 

 しかし、アリエルは、背後から迫って来る気配にはっとした。バイクのサイドミラーには、今度

は黒塗りの車が映っているではないか。

 

 テロリスト達ではない。あの、ストロフとか言う男の仲間達。政府の関係者が、アリエルの背

後へと車を付けてきていたのだ。

 

 彼らに助けを求めれば、テロリスト達にも襲われない。そのような保証は無かった。現にあれ

だけ厳重な警備体制の建物へと、テロリスト達は襲撃を仕掛けてきたのだ。アリエルを保護し

てもらうことなどできない。

 

 そんな判断をアリエルは既にしていた。バイクの速度を緩めるつもりは無かった。一直線に、

郊外へと向う道をバイクで疾走するアリエル。

 

 もう、何もかもから逃げ出してしまいたかった。

 

 だが、追い討ちをかけるかのように、テロリスト達を乗せたトラックが、正面の交差点から顔

を覗かせる。

 

 素早くアリエルはバイクを操り、テロリスト達を乗せたトラックを交わすかのようにしてバイクを

走らせる。

 

 彼らのトラックをも追い抜いてしまった。しかし今度は2台のトラックに背後から追いかけられ

る形になってしまっていた。

 

 もうどうしようも無い。このまま、バイクを走らせ、今では三つ巴になってしまっている、自分自

身への追跡撃から脱出したい。

 

 テロリスト達は、黒塗りの車と並走する形でアリエルへと接近してくる。しかし、突然、黒塗り

の車の窓が開き、そこから、銃の姿が見えた。

 

 黒塗りの車に乗った者達が、テロリストの車に向けて、銃を発砲する。銃声は、すぽんと抜け

てしまうような音しか聞えない。

 

 アリエルが映画とかで良く見る、スパイなんかが使っている銃の消音装置だ。

 

 テロリストも負けじと、マシンガンを走行している黒塗りの車へと撃ち込んだ。こちらは、激し

い銃声。エンジン音などかき消されてしまうほどのもの。

 

 車上でテロリストと、黒塗りの車に乗っている政府の者達が、激しい銃撃戦を展開している。

 

 彼らが争っている間に、この場から脱出してしまえば、そうアリエルは思った。

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 突然、テロリストの乗ったトラックから、異様な形状の何かが出現した。アリエルにはそれが、

何かの兵器にしか見えない。

 

 何だっけ、あれは、一体何なんだっけ?

 

 彼女がそう思考するのよりも早く、テロリスト達は、ロケットランチャーを発射した。政府の車

も、ロケットランチャーをまともに食らっては、その車体を、10メートル近くも空中へと舞い上げ

られ、炎に包まれざるを得なかった。テロリスト達のトラックも、ほぼ真横の車に撃ちこまれた

ロケットランチャーの爆発の影響で横転しそうになったが、すぐに体制を立て直す。

 

 アリエルも、10メートルほど後方で起こったばかりの爆発に、体を吹き飛ばされそうになった

ものの、何とか持ちこたえた。街の中であんなことまでするなんて、こんな事って絶対にあり得

ない。逃げ出したい。

 

 バイクはすでに最大出力だった。時速100km近いスピードで通りを疾走している。

 

 背後から迫るトラックは、そんなアリエルを逃さまいと、しっかりと後ろについている。

 

 心が、頭が、まるで目の前で今起こっていることは、現実ではないんじゃあないかと思い始め

ている。

 

 だが、そんなアリエルを現実に呼び戻そうかと言うがごとく、目の前の、道路と、鉄道線路の

交差点の踏切が、遮断機を下ろそうとしていた。

 

 抜けられる道は無い。このまま列車が繰るよりも前に突っ切るしかないのだろうか。だが、遮

断機はすでに降り切っていて、列車も姿を現そうとしていた。

 

 アリエルが全速力で突っ込んでいけば、列車より前に、踏み切りの向こう側に出る事ができ

るかもしれない。そうすれば、テロリスト達から逃れることが出来るはず。

 

 だがそれも五分五分だった。もしかしたら、列車に轢かれる可能性もある。

 

 だが、踏切まで横道は無かったし、列車に衝突しないためには、バイクを停車させなければ

ならなかった。

 

 テロリスト達を乗せたトラックはアリエルの背後につけてきている。彼らは、アリエルが、この

まま列車に向って突っ込んでいくと判断しているのだろうか、スピードを緩める様子が全く無

い。

 

 アリエルはバイクを加速させた。どうやらもうやるしかない。他に道が無かった。

 

 アリエルは更にバイクを加速させ、踏み切りに向って突っ込んでいく。遮断機を正面から突き

飛ばした。

 

 丁度その時、列車が、踏切を通過する。バイク1台ほどの大きさもあろうかという車輪が迫っ

た。列車を牽引する機関車の巨大な車輪が目の前で回転している。

 

 だが、アリエルはその巨大な車輪にバイクが巻き込まれるか、という寸前に、全力でバイクを

列車と並走する形に方向転換させようとした。

 

 車体を大きく倒し、時速100kmに近いスピードで、ほぼ直角にバイクを曲がらせる。無謀に

も等しい行為だった。

 

 だがアリエルは、バイクを垂直に曲がらせる瞬間、何もかもの動きが、スローモーションのよ

うに見えていた。

 

 眼前に迫る、機関車の巨大な車輪の動き、ピストンの動きさえもが、スローに見えていたし、

バイクの動きもはっきりと見えていた。テロリスト達のトラックが、減速することなく迫ってくるの

も。

 

 その全てがスローモーションで動いている中で、アリエルは自分がどのように行動したらよい

のか、はっきりと理解できた。

 

 バイクがほぼ横転したまま、機関車の巨大な車輪に巻き込まれようかと言う瞬間に、アリエ

ルは自分の腕から、円弧型に歪曲した、刃を出現させていた。

 

 彼女の体の一部であり、彼女自身の体を鋼鉄のように硬質化させた物質は、バイクとアリエ

ルの体を、新たに支える車輪となって、踏み切り内での垂直ターンをサポートした。

 

 バイクが機関車の車輪に飲み込まれる寸前、アリエルが自分の腕から出現させた、新たな

車輪は火花を散らせ、その場で直角のターンを行なっていた。

 

 アリエルが、自分の腕から、車輪のような形状の物質を出すことが出来なかったら、バイク

は、機関車の車輪に飲み込まれて言ってしまったことだろう。

 

 全てがアリエルにとってスローモーションに見えたのは、その一瞬の間だけだった。その場を

直角にターンしたアリエルは、そのまま列車と並走する形になり、列車の進行方向へと共に走

っていこうとする。

 

 直後、テロリスト達を乗せたトラックも、アリエルと同じように直角のターンをしようとしたが、ト

ラックが時速100km以上の速度で直角に曲がれるはずも無く、貨物列車のコンテナの中へと

突っ込んでいった。

 

 巨大な歯車に押し潰されるかのように、トラックはアリエルの背後で、押し潰れていく。その有

様を、アリエルは振り返る事もできない。

 

 ただ、全力でバイクを、線路が延びている方向へと加速させていく事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 シャーリこと、シャーリ・ジェーホフも、彼女の配下であるテロリスト達と共に、アリエルを追跡

していた。

 

 しかし彼女らのトラックを追跡して来た政府の部隊によって、大通り内で包囲されてしまい、ア

リエル達のバイクに追いつくことができないでいたのだ。

 

 軍部隊と、シャーリ達の間で激しい銃撃戦が行なわれていた。相手は完全武装した国の部

隊だったから、十数人足らずのテロリスト達の装備では叶うはずも無く、あっという間に追い詰

められていた。

 

 ロケットランチャーで、シャーリの部下が応戦したため、《ボルベルブイリ》の街中の一角はま

るで戦場のような有様だった。トラックが火を吹き、アスファルトの地面からは炎が上がってい

る。

 

 やられてしまった部下達の姿をシャーリは見ていた。

 

 だが、共に活動をして来た仲間の倒れた姿を見ても、シャーリの表情はあまりに冷たかっ

た。

 

 何でもない、ただの物を見ているかのような目でしかない。彼女の、片方だけ開かれた目

は、あまりに冷やかに周囲を見つめていた。

 

 だからシャーリにとっては、目の前に銃を構えてやって来る『ジュール連邦軍』の兵士を見て

も、それを物としてしか見ることができなかった。

 

 ただ、銃を構えて自分に迫って来る物。

 

 シャーリは例え武器を向けられていても、それを怖れもしなかった。おおよそ10人の軍の部

隊の隊員達が、自分を包囲し銃を構えている。

 

 相手の連中は、自分がまだ若い女にしか過ぎず、テロリストと共に行動している事など信じら

れないとでも思っているのだろうか?

 

 シャーリはショットガンを片手にしたまま、すでに撃ち倒されているテロリストたちの体の合間

を縫って歩き始めた。

 

 軍の兵士達が、シャーリに向って銃を発砲し始めた。マシンガンから放たれた銃弾は、シャ

ーリの体に向って一斉に飛び込んでくる。

 

 だが彼女は動じなかった。何故なら、彼女は知っていたからだ。自分が他の人間とは違う。

自分が、銃など怖れるにたらない人間であるという事を知っているのだ。

 

 兵士達は、何も言わずに、シャーリに向って銃を撃ち込んできている。しかし、彼女の体は、

銃弾を受けても、全く立ち止まるは無かった。むしろ、兵士達の方へとどんどん接近していく。

 

 シャーリの体に命中した銃弾は、火花を散らしながら、いずこかへと飛び去ってしまう。彼女

の体に命中し、その動きを止められ地面へと落下した銃弾もあった。

 

 シャーリは、いくらマシンガンの銃弾を受けても、傷一つ付かない体で兵士達の方へと迫る。

 

 そして、彼女はショットガンを一人の兵士へと向け、何も躊躇わずにその散弾を撃ち込んだ。

 

 シャワーのように降り注いでくるマシンガンの銃弾の中で、シャーリは、ショットガンを抜き放

つ。

 

 一人の兵士が吹っ飛ぶように撃ち倒されると、シャーリはすぐに次の散弾をリロードして、今

度は別の兵士にその銃口を向けた。

 

 激しいマシンガンの銃声の中で、爆発音のように轟く、シャーリのショットガンだけが、確実に

相手を打ち倒していた。

 

 シャーリが、自分を包囲した兵士達を全て倒してしまうまで、ものの数分もかからなかった。

 

 兵士達の周りには無数の薬莢が散乱していて、その大半がシャーリの体に命中していた。し

かし、シャーリ自身は全く傷ついていなかったし、彼女の冷たい輝きを持つ青い瞳もそのまま

だった。

 

 無数の銃弾をその体に受けても、シャーリは全く傷ついていなかったのだ。

 

 シャーリは服の中から携帯電話を取り出した。だが携帯電話は、今の銃撃によって大破して

おり、シャーリがポケットからそれを取り出せば、地面へと残骸になって落ちていってしまった。

 

 どこかから、救急車や消防車のサイレンが聞えてきている。街にはどんどん騒ぎが広がって

いるようだったが、シャーリは全く動じることなく、倒された、自分の仲間のテロリストの服の中

から、携帯電話を拝借した。

 

 そして、ある番号をプッシュする。

 

(シャーリよ…。確保はできたのか…?)

 

 相手はこの番号を知っているのは、シャーリしかいないという事を知っている。そのための専

用回線なのだ。

 

「いえ、申し訳ありませんが、奴らの動きが、予想以上に早く取り逃してしまいました。申し訳ご

ざいません」

 

 シャーリは、無数の銃弾には動じなかったが、この男に電話するときだけは、まるで畏怖を感

じているかのように、厳かな態度になった。

 

(まあ、良い。私がこうなってしまっている以上、アリエルを追う事ができるのはお前しかいない

のだからな。

 

 アリエルは捕えなければならない。彼女を捕える事は、我らの計画の第一段階になる)

 

「はい、分かっております。お父様」

 

 シャーリは静かに、だがはっきりとそう答えた。

 

(手段は選んでいられまい。だから、私の有能な部下を使って良いぞ…。お前の指示一つで動

けるようにしてある。奴らよりも先にアリエルを追うには、有能な部下が必要だ。使え)

 

「はい。承知しました」

 

(愛しておるぞ、我が娘よ…)

 

「私も愛しております。お父様」

 

 シャーリはそう答えると、電話機の通話ボタンをオフにした。緊張しきったシャーリの表情と

手。電話機を持つ手が強張っている。

 

 そんなシャーリの背後から、突然トラックの扉を開き、誰かがその姿を現した。

 

 シャーリは背後を振り向く。すると、そこには一人の少女が立っていた。長い金髪を、まるで

人形のようなデザインに垂らし、古風な衣装を着ている少女だ。

 

 その姿だけ見れば、まるで『ジュール連邦』の文化工芸の一つ、ジュール風人形が、現実に

立って歩いているのかと思ってしまうだろう。

 

 少女はシャーリの方を観ると、にっこりと微笑んだ。

 

「ねえ、シャーリ。お父様、何て言っていたの?」

 

 トラックから現れた人形のような姿の少女は、銃撃戦が起こったばかりの街中にはあまりに

不釣合いだった。彼女がそこにいるというだけで、現実味さえ薄れてくる。

 

 シャーリはそんな少女の方を振り向くと、表情を変えずに言った。

 

「あいつを追えって、いつもの事よ。レーシー。あんたにも協力してもらうし、仲間も増やすわ」

 

 とシャーリは言って、レーシーを連れこの場からいずこかへと向おうとしたが、

 

「ねえ!こんどはあたしにいい所を持っていかせてよ!あんなに獲物がいたのに、全部シャー

リが持っていっちゃって!」

 

 と、まるで子供が不平を漏らすかのように声を上げる、レーシーという少女。

 

 戦場さながらの場に、多くの死んだ人間が倒れているのに、まるで動じることも無い。まるで

遊びにここまで来ているかのようだった。

 

 トラックのドライバーの体を外へと引きずり出すと、シャーリは運転席についた。銃撃戦で損

傷したトラックだが、まだ走行できるらしく、エンジンはかかったままだ。

 

 シャーリが運転席に座ると、レーシーは助手席に着いた。

 

「今度は、これを使わせてよ、ね!ね!」

 

 助手席に乗り込んだレーシーが、荷台に積んである大型のロケットランチャーを指差して言っ

た。

 

 まるで子供が、新しいおもちゃを見つけたかのような言葉だった。

 

「全く。子供の無邪気さも、あなたほどにまでなると恐ろしくなってくるわよ」

 

 ぼそりと呟いたシャーリ。彼女は畏怖をするかのような目でレーシーに目をやった。

 

「うん?何か言ったの?」

 

 とレーシーが言ったが、シャーリは、もうこれ以上相手はしていられないといった様子で、トラ

ックを発進させた。

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《ボルベルブイリ》郊外 国道77号線

 

2:03 P.M.

 

 

 

 アリエルは、《ボルベルブイリ》郊外のハイウェイをバイクで疾走していた。

 

 都市から200km以上も離れてくると、針葉樹林が多くなり、家もまばらにしかない。

 

 だがアリエルは、周囲の風景が変わったことなど目にも留めず、ただただ、バイクを前に向っ

て走らせていた。

 

 車もまばらにしか走っていない。都市と違って、ただ前へ前へと延々続いていくハイウェイを、

アリエルは全速力で走っていく。

 

 まるで何もかもから逃げ出すようにして。

 

 やがてアリエルは、人目も付かない場所にバイクを止めた。

 

 都市からは、220kmの距離。ここを通る車もほとんどまばらだし、停車したのはアリエルの

バイクだけだった。

 

 地平線の彼方にも車は一台も見えない。多分、しばらくは車とも誰ともすれ違わないだろう。

 

 そう思ったアリエルは、バイクを路肩に止め、側を流れている川べりに立った。

 

 ヘルメットを脱ぎ、一息をつこうとする。しかし、アリエルは遠くの景色を見ていると、どんどん

涙を流している自分に気がついた。

 

 思わず、側にあった岩に腰掛け、両手で自分の体を抱え込みながら、肩で息をしながら涙を

流す。

 

 彼女ははっきりと、自分が泣いているのだという事を自覚した。

 

 何故、こんなに泣いているのだろう。自分でも良く分からなかった。だがこれは、悲しくて泣い

ているのではない。アリエルにはすぐに分かった。

 

 これは、怖いから泣いているのだ。

 

 まるで、幼い子供に戻ってしまったかのように、アリエルは、広大な針葉樹林帯の道路の路

肩で泣いていた。

 

 ただただ、体を震わせるしかない。そして頭の中には、つい数時間前に起こった出来事がフ

ラッシュバックする。

 

 バイクの操作を一瞬でも誤れば、あの巨大な機関車の車輪に飲み込まれていただろうし、い

つ、車と衝突を起こすかも分からなかった。そして、あの政府施設でストロフという男に向けら

れた銃口。テロリスト達に向けられた銃口。

 

 全てが、アリエルの目の前で起こった現実のはずだった。だが、まるで現実味を感じない。昨

日、豪雨の中に現れた男が現れる前から、自分は夢を見たままなのではないのか?

 

 だけれども、だったら、ここで恐怖を感じている自分は何だろう?

 

 夢で、こんなに子供のように怯えてしまうのだろうか?

 

 誰にも邪魔されないまま、アリエルは小一時間ほど、川べりで、体を震わせながら泣いてい

た。

 

 だがこのまま、誰もいないハイウェイ上に座っていても仕方がなかった。多分、テロリスト達

は、自分を追っていたから、ここにまでもやって来るだろう。

 

 また逃げ切れる自信は無かった。テロリストは自分をどこまでも追って来る。

 

 ただ、荷物配達をしただけなのに。テロリストに加担していたなんて知らなかった。

 

 やはり、私が『能力者』とかいう存在だからなのだろうか? だから彼らは追って来るのか?

荷物配達をした事などではなく、『能力者』だから?

 

 アリエルは自分の腕を押さえた。

 

 『能力者』。普通の人間には出来ない、特別な『力』を発揮できるという事だと、あのストロフと

いう男は言っていた。

 

 アリエルも幼い頃から気がついていたが、彼女は生まれついた時から、腕や脚から、刃のよ

うなものを出すことが出来た。それは、皮膚と一体化している刃で、体の下に刃が埋め込まれ

ているわけでもない。肉体の一部として、刃を出すことが出来るのだ。

 

 ゆっくりと、スローモーションのように刃を出してみたことがある。

 

 そうして見ると、アリエルは、自分の皮膚が金属のように硬くなり、色さえも鉄のような色に変

化しながら刃になっていく事を知った。

 

 つまり、アリエルは、自分の腕の皮膚と骨を、鉄のように変異させて、それを刃のような形状

にしていくことが出来る。

 

 だけれども、こんな『能力』が一体何だと言うのだろう?こんなことが出来るから、一体、何を

私にさせたいというのだろう。

 

 テロリストにとって不利になる何かを見てしまったからなのだろうか?だが、それだったら、私

を殺してしまおうとしてくるはず。

 

 つい2時間ほど前、ストロフの言っていた言葉を思い出す。

 

 お前達はこの子に死んでもらっちゃあ困るだろう!?という言葉だ。

 

 テロリストは、私が、死んでしまって、一体何に困るというのか?

 

 アリエルは頭の中がごちゃごちゃになってしまい、一体何から考えていったらよいのか、さっ

ぱり分からなかった。

 

 だが、頼れる人はいた。

 

 自分の事を一番理解していて、どんな時でも助けてくれた人物。あの人の元に向えば、きっと

助けてくれる。

 

 アリエルはライダースジャケットとおそろいのズボンのポケットから、携帯電話を取り出した。

そしてある番号をプッシュする。

 

 通話記録の一番トップにある。その下にずらりと並んだ名前も皆同じ人物。アリエルは携帯

電話から、この人以外に、滅多に電話をかけたことが無い。他に誰も電話をかける相手がい

なかったからだが、この人だけは特別な存在だった。

 

 数秒間の呼び出しの後、その人物は電話口に出た。

 

「もしもし、お母さん…?」

 

 さっきまで泣いていたアリエルだったが、今では声も大分落ち着いてきてくれている。母に心

配をかけずに話す事ができそうだった。

 

 だが、これから話す事を考えれば、母には、心配をかける事を話さざるを得ない。

 

 1年前、バイクで事故を起こしたときよりも、よほど心配をかけることになるだろう。

 

「アリエル、どうかしたの?今、どこにいるの?」

 

 アリエルにとっては、どんな人物の声よりも、落ち着くことができる人の声だった。

 

 母の声を聞いたのは、一昨日が最後だったけれども、まるで何ヶ月も話していなかったような

気がする。

 

 それだけ、この2日間に色々な事がありすぎたせいだろう。

 

「い、今ね。うちに戻ろうとしているの。もう20kmも離れていない所だよ、い、今から帰るから」

 

 アリエルは、母に心配をかけまいとしながら言葉を並べていく。肝心な事を、どう伝えたら良

いのか。

 

「アリエル?今から帰るってどういう事なの?学校はどうしたの?学校があるはずでしょう?あ

なた?」

 

 案の定、母には別の心配をされてしまった。そう。アリエルには学校があるはずだった。まだ

午後の授業の時間ではないか。

 

「う、うん。それがね、あの、それどころじゃあ、なくなっちゃって」

 

「それどころじゃあないって、どういう事?今、テレビを見ているんだけれども、《ボルベルブイ

リ》で、テロ事件があったそうじゃあない?それと関係があるの?」

 

 いよいよ母には隠し事ができなくなってきそうだった。

 

「関係が無いかと聞かれたら、関係あるかな?」

 

 アリエルは曖昧に答えてしまったが、その言葉は母を心配させるには十分だった。

 

「う、うそでしょう?もしかして今、病院とかにいるの?それとも、どこか怪我をして動けないでで

もいるの?」

 

「だ、大丈夫だよ。体は。でもね、その、人に追われているというか、その」

 

 どうやって答えたら良いか分からない。とにかく母に心配をかけたくないアリエルだったが、上

手い言い訳が思い浮かばないのだ。

 

 やはり言うべきだろうか、テロリストに追われているのだという事を。

 

「分かったわアリエル。来なさい。うちに帰ってきなさい」

 

 突然、母が発した、全てを受け入れるかのような言葉。アリエルは戸惑った。

 

「え、ええ?いいの?」

 

「あなたの家でしょう?帰ってきて、何をいけない事があるって言うのよ」

 

「わ、分かったよ、お母さん。じゃあ、今から行くから、30分ぐらいで着くと思う」

 

「くれぐれも道中気をつけなさい」

 

 そう言ってアリエルの母は電話を切った。

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 アリエルが母に電話をかけた地から、20km離れた場所にある山荘では、一人の女性が同

時に電話機の通話をオフにしていた。

 

 人里はなれた山荘。まるで他の人の気配が感じられない地だ。数年前までは、この家の近く

にも幾つかの山荘があり人も住んでいたのだが、今では一軒しかない。

 

 だから、この山荘の中に住むたった一人の女性は、まるで世捨て人のような存在だったし、

誰も彼女の存在を知らなかった。

 

 ただ一人、彼女の養女を除いては。

 

 山荘の屋根裏部屋にいるその女性は、幾つものコンピュータ画面に囲まれていた。

 

 セッティングされている機材だけでも、棚に何段も載せなければならないほどの数があった

が、屋根裏に出現している光学モニターの数は更にそれを上回っている。大型の画面から小

型の画面まで全て合計すれば、数十にも及ぶだろう。

 

 そんな画面に囲まれた女性は、年齢が50代ほどの女性だった。既に頭には白髪が混じりつ

つあり、初老にも年齢が達そうかという程老いていた。

 

 だが、コンピュータの画面を鋭く見つめる眼光は輝いている。全く衰えを見せることなく、無数

に流れる幾つもの画面から、一つの情報を凝視していた。

 

 屋根裏部屋にある部屋には、その画面が大きく写されており、彼女はそれだけを見つめてい

る。

 

 光学モニターは、薄グリーンの色に表れており、その中には無機質な画面が出現していた。

 

 屋根裏部屋にいる女性は、その画面だけをじっと見つめている。

 

 

 

 

 

ジュール連邦国家安全保安局 極秘

 

 

 

 以下の者を、危険度 高に属する『能力者』として登録する。

 

 

 

 アリエル・アルンツェン

 

 生年月日―γ0062年7月5日

 

 現年齢―17歳

 

 職業―学生(ボルベルブイリ市立第9高等学校3学年所属)

 

 本籍―不明

 

 家族―不明(養母の消息不明)

 

 能力―肉体の一部の硬質化能力 それは武器にも変形させることが出来る。彼女自身この

『能力』を悪用する意志はない。

 

 但し、テロリストにこの『能力』を利用され、『運び屋』とされていた。彼女自身には、テロリスト

に加担していたという事実を知らなかった。

 

 また彼女は、肉体の一部を硬質化できるだけではなく、通常の人間を上回る身体能力を有し

ている。

 

 テロリストは彼女の『能力』自体よりも、この身体能力について着目したと推測される。

 

 アリエル・アルンツェンは危険人物である事に変わりは無いが、テロリスト『スザム解放軍』に

近付く手がかりにもなる。

 

 現在 全国に指名手配中。必ず生存したまま保護する事。

 

 

 

 

 

 

 

 画面の前にいる女性は、思わずため息をついていた。次の電話がかかってくるまで、ただた

だ画面を見つめ続けていた。

 

 どうやら、この記章が示している力を使わなければならないようだ。

 

 『帝国軍』の将軍階級を示す記章。画面を見つめる女性はそれを手にしている。それは

 

 彼女自身が、『帝国軍』の将軍を務めていなければ持つことのできない証だった。

-5ページ-

 17年前―。

 

 『ジュール連邦』の《ボルベルブイリ》に移住したミッシェル・ロックハートは、一人の女の里子

を授かった。

 

 それは、退役女性軍人同士の組合から突然持ち出された話で、結婚暦もなく、子供を持って

いないミッシェルにとっては願ってもいない話でもあった。彼女はすでに年齢が40歳を過ぎて

いたし、子供を授かる可能性はほぼ無かったからだ。

 

 ミッシェルの元へとやって来た子供は、捨て子として登録されていた女の子だった。『ジュー

ル連邦』では、親の失業や望まれない子供が多く、捨て子は数多くいた。だが、その女の子

は、身元不明とされている割には、まるで東側諸国の病院で適切に世話をされてきたかのよう

に綺麗で可愛らしい子供だった。

 

 ミッシェルはその女の子を、アリエルと名づけた。

 

 ミッシェルは『ジュール連邦』に帰化していない移民だったのだが、アリエルはこの国で育てる

には何かと不自由するかと思い、生まれたときから『ジュール連邦』籍をたせてやった。その

為、親とは苗字が異なり、アルンツェンという新しい苗字が付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

『ジュール連邦』

 

4:15 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 アリエルが実家に戻ってきたのは、《ボルベルブイリ》の街からまるでバイクで逃げ出すかの

ように飛び出してから、4時間後のことであった。

 

 彼女の実家は、元は小さな集落があった場所に建っていたのだが、今では周辺の住宅は一

つも無くなり、一番近い街からでも車で1時間はかかる場所にある。

 

 国道からも離れており、そこへと通じるのは、舗装もされていない道路だけだった。

 

 付近には針葉樹林の森が広がり、《ボルベルブイリ》の街の雰囲気とは全く異なる。非常に

静かで、ここにはまだ多くの自然が残されていた。

 

 時々、アリエルもたった一人でこんな所に住んでいる養母を心配する。万が一の事があった

ら、誰も助けてくれないし、アリエル自身でもそれを全く知る事ができないからだ。

 

 養母は50代を過ぎていたが、体だけは丈夫だから、アリエルも安心しているのだが、こんな

陸の孤島に住むには訳がある筈だ。養母の周りから人がいなくなってからは、アリエルも学校

の寮に入ってしまい、彼女の元へと帰る事は少なくなった。

 

 最近では直接、あまり会話をしていないが、それは二人の間が不仲になったからではない。

離れて暮らしているためだ。

 

 ミッシェルは人里離れた田舎での暮らしを、アリエルは都会での暮らしを望んだ。

 

 アリエルはバイクを、母の住んでいるログハウスのすぐ脇に止め、玄関で呼び鈴を鳴らそうと

した。

 

 だがそれよりも前に突然玄関の扉が開き、アリエルの体は室内へと引っ張り込まれるのだっ

た。

 

「な、何? いたた。母さん?」

 

 突然暗い家の中に引っ張り込まれ、アリエルは動揺した。

 

「誰にもつけられていないわよね?アリエル?」

 

 と、母の声は言って来た。養母と再会するのは半年振りだったが、その再会を喜んでいるよ

うな暇も無い。

 

「つけられてって、誰もいなかったけれども?」

 

 アリエルは、暗がりの中に立つ養母を見上げた。彼女は猟銃を持っており、その姿は非常に

物々しい。

 

「か、母さん?何で、そんなものを持っているの?わ、私ならば、大丈夫なのに?」

 

 と、アリエルは体を起こしながら母に言ったが、彼女は、

 

「さあ?どうかしらね?」

 

 そう言いながら、玄関にある操作パネルをいじった。それは母、ミッシェルのログハウスに設

置されている警備装置だった。どこの警備会社のものかは分からない。メーカー名の記載が

無いからだ。

 

 更に母ミッシェルは、手元に持ち運び可能な光学画面を引き連れていた。その画面には、こ

のログハウス周辺の地図が表示されており、ログハウス内に2つの反応、外に一つの反応が

現れている。

 

「あなたは、バイクで来たから、この外の反応はあなたのバイクを感知しているの。ログハウス

の中にある反応は私達」

 

 床から身を起こしたアリエルに、ミッシェルは画面を指し示して、その内容を教えるのだった。

 

 アリエルは目の前にある画面を、信じられないものであるかのように見つめ、養母の顔を見

上げる。

 

「どうして、そこまでして警戒を?」

 

 ミッシェルは画面を操作しながら、部屋の中へと歩んでいく。ログハウスの中は真っ暗だった

が、彼女が電灯スイッチのリモコンを操作したことで、すぐに灯りが点灯した。

 

「あなたを追って来ている者達の事、あなたは知らないでしょう?でも私は知っている。だから

警戒しているの」

 

 ミッシェルは、ログハウスの中央にあるリビングのテーブルに付き、アリエルにただそう言っ

た。

 

 養母の話す口調は、アリエルにとってあまりに落ち着いた姿に見えた。ずっと育ててきた娘

が、何者かに襲われたのだ。少しは動揺したって良いはずだろう。

 

 だが、ミッシェルはその茶色の瞳をしっかりとアリエルに見据えている。50代を過ぎ、60代

にも手が届くほどの年齢のミッシェルだったが、その眼光は、彼女を何歳も若く見せていた。

 

 それは多分、自分の養母が昔、軍役に就き、それを指揮する立場にあったからだと、アリエ

ルは思っていた。

 

「私を狙っている者達って、一体、何なの?」

 

 恐ろしいものを尋ねるかのようにアリエルは尋ねる。多分、養母から聞かされる真実が怖い

からだろう。

 

「『スザム共和国』は知っているでしょう?」

 

 ミッシェルは感情をこめない声でそう言った。

 

「し、知っているけれども、それは?」

 

「この『ジュール連邦』から分離独立をしようとしている地域の事よ。もう何十年も前から紛争地

帯になっている事は、歴史の授業でも習ったわね?」

 

 常識を尋ねるように言ってくるミッシェル。

 

「え、あ、はい。もちろん」

 

 だがアリエルは、学校の授業で名前を聞いただけで、なぜ『スザム共和国』と呼ばれる地帯

で紛争が起こっているのかは知らなかった。

 

「あなたにはまだ難しくて分からない事も多いでしょうけれども、

 

 簡単に言うと、『スザム共和国』は、自分達の国を欲しがっているの。そのためなら、テロ攻

撃もするし、人だって誘拐する。そして、この国のこうした攻撃を行う組織として結成されている

武装組織が、『スザム解放軍』」

 

 それは、アリエルも度々テレビのニュースなどで聞く。ネットワークのニュースでも頻繁に見

る。

 

「その、『スザム解放軍』が、あなたを狙っているのよ。何故かは分かる?あなたが『能力者』だ

から。『能力者』は優秀な兵士として使えるでしょう?」

 

 ミッシェルの言った言葉が、アリエルにとっては、非常に大きな響きとして感じられた。

 

「か、母さん。だって私、この『力』の事は!」

 

 慌ててアリエルは自分の非を否定しようとするが、養母はそれが嘘である事をすぐに見抜い

ていた。

 

「軽率に使って、奴らに知られる事になったのね。あれだけ隠しておくように言っていたのに」

 

「ご、ごめんなさい。私」

 

 何も弁解することが出来ない。軽率に『能力者』である事を利用して、バイトの最中、何度も

警察から逃げたりしていた。それがまさか、このような形で露呈してしまうなんて、アリエルは想

像もしていなかったのだ。

 

 もはや、アリエルは養母に対して謝ることしか出来なかった。

 

 彼女は私の事を心配しているというのに、自分はそんな心配のことなど、何も考えていなかっ

たのだ。

 

 ミッシェルは、打ちのめされたように立ち尽くすアリエルを見て、思わずため息を付いた。

 

「まあ、そこの椅子につきなさい。どうせ、遅かれ早かれ気付かれていた事なんだから。今後の

対策をどうにかしないと」

 

 と、してはならない過ちをしてしまった我が子を、そろそろ許してやろうとする母親の口調で言

うのだった。

 

「母さん。しかも、私が追われているっていうのは、そのテロリストの人達だけじゃあなくて」

 

 アリエルは母に向ってぼそりと呟いた。するとミッシェルは何もかもお見通しと言った様子で

呟いた。

 

「国家、安全保安局?」

 

 アリエルは思わずどきりとした。自分の母に隠し事はすることはできないのだと痛感する。ア

リエルは一呼吸入れると、口に開いて話し出した。

 

「実は、私、その人たちに捕まっちゃって。その後で、その『国家安全保安局』の建物にテロリ

ストが流れ込んできて。私は命からがら逃げてきたの」

 

 ミッシェルはじっとアリエルの顔を見つめる。その鋭い視線をもつ彼女は、アリエルから一体

何を読み取ったのだろうか。

 

「分かっているわ。その事も含めて、しっかりと話し合いましょう。今後、どうしていくかも、もちろんね」

-6ページ-

《ボルベルブイリ》郊外

 

国道12号線の北11km

 

 

 

 

 

 

 

「あの子が“配達”をしていた小屋はあそこだな?全班、配置に付いたか?」

 

 周囲を針葉樹林に覆われた林道に、停車中の一台の車の中から、双眼鏡を突き出し、スト

ロフは呟いていた。

 

 彼はスーツを着ていたが、左肩には痛々しく包帯が巻かれており、腕が吊られていた。これ

は、つい数時間前にテロリストに発砲された散弾銃によるための負傷だった。

 

 散弾の弾はストロフの肩に命中していたが、傷にはすでに適切な処置がされている。アリエ

ル・アルンツェンという少女こそ逃がしてしまったが、彼女にテロリストのアジトの場所を聞きだ

すことは出来た。

 

 ストロフは負傷を堪え、部下、そして、軍から派遣された部隊と共に、テロリストのアジトへと

突入しようとしていた。

 

 だが、妙に林道は静か過ぎる。アジトと思われる小屋にも全く人の気配がない。

 

 テロリストのアジトだったなら、見張りくらいは立てるはずである。

 

「どうも、ここは違う気がする」

 

 車の中から無線機で指示を出し、双眼鏡で様子を探りながら、ストロフは呟いていた。

 

「と、申しますと?」

 

 一緒に連れてきた彼の部下が尋ねた。

 

「あの、アリエルという子を、我々が捕えたという事は、奴らにとっては自分達のアジトの場所を

知られたに等しい。そんなアジトに、いつまでも残っていると思うか?」

 

「いえ」

 

 ストロフの部下はあっさりと否定した。自分でもそう答えるだろうと彼は思う。

 

 だが、結局の所今彼らにとって今できる事は、これだけしかなかったのだ。

 

「だから、このアジトはもぬけの殻だろう。しかし、もしかしたら何かしらの痕跡が残されている

かもしれん。今は、他の手がかりがないからな」

 

 そう答え、ストロフは再び双眼鏡へと目をやり、アジトの周辺を伺った。

 

(ストロフ捜査官!)

 

 突然、無線機から声が聞えて来る。

 

「何だ? どうした?」

 

(コンピュータが置かれたままになっています。動作もしたままになっています)

 

 その言葉にストロフはすかさず答えた。

 

「おい、気をつけろ。罠かもしれん。爆発物などはないだろうな?」

 

 コンピュータが点いたままとはどういう事だ?跡形も無く撤退しているべきだ。何しろ周囲に

はテロリストらしき者は、誰もいないのだから。

 

(いえ、視認できる限りでは何もありません。コンピュータにも、特に細工がされている様子は

ありません)

 

「おい!辺りには我々以外誰にもいないんだぞ。コンピュータを付けっぱなしで誰かが出かけ

て行ったというのか?スリープモードにさえなっていないんだろう?」

 

 不可解なことが起こっている。ストロフは、警戒を強め、五感の感度を上げる。

 

 この場を、誰かが見ているのかもしれない。

 

(何か、コンピュータに表示されたぞ!)

 

 突然、無線機の先から部隊員が声を上げた。

 

(何だこの画面は?一杯に文字が現れてきています)

 

「何と表示されている?情報は掴めそうか?」

 

 周囲に警戒を払いながら、ストロフが無線機に言った。一瞬の沈黙があり、部隊員が無線の

先から答えてくる。

 

(“ドッカーン”?)

 

 その時、空を切り裂くようにして、何かが飛来した。それは針葉樹林の上空を横切り、真っ直

ぐにテロリスト達のアジトへと飛び込んでいく。

 

 テロリスト達のアジトだと思われていた小屋は、炎が爆発し、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 その爆発音は針葉樹林地帯に響き渡り、離れた所で車に乗っていたストロフも、その爆音と

衝撃に思わず怯んだ。

 

「おい!どうした!応答せよ!」

 

 爆音の衝撃からすぐに立ち直り、ストロフは無線機へと叫ぶ。だが応答が無い。

 

 しかもミサイルは一発だけではなかった。数発のミサイルが、次々とテロリストのアジトへと飛

び込んでいく。

 

 ストロフと部下が乗った車の近くにも、その爆風がやって来ていた。

 

「おい!車を出せ!撤退だ!これは奴らの証拠隠滅だ。我々を呼び寄せておいて、一気にや

るつもりなんだ!」

 

 ストロフは部下に叫び、彼の部下は素早く車を発進させた。ミサイルによる砲撃はすでに止

んでいたが、いつテロリストがここを狙ってくるか分からない。

 

「奴らが、ここをどこかから見ているぞ!衛星を使って探れ!」

 

「はい。分かりました」

 

 部下が答えたその時、ストロフは爆音の中から何かを聞きつけ、上空を見上げた。

 

「ヘリ、だと?」

 

 遠く離れた場所にヘリが飛んでいる。遠すぎたため、その飛行音を聞くことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 シャーリ達を乗せたヘリは、一時的に使用していたアジトから、数キロメートル離れた場所を

飛行していた。

 

「完全に、破壊!木っ端微塵だよ!」

 

 ヘリの飛行音の中に、おもちゃで遊んでいるかのような口調の子供の声が響く。

 

 開け放たれたヘリの扉から、炎と煙が上がっている森を見つめるシャーリ。その足元には、

小柄な体格の少女がいた。

 

 年の頃、10歳にもならないであろう、まるで人形のような装束を纏った少女がそこにはいる。

 

 彼女は腕にロケットランチャーを抱えており、たった今、それを発射したばかりだった。だが、

その幼い少女はただロケットランチャーを抱えて発射したわけではなかった。

 

 少女の幼い体からの伸びた右腕が、ロケットランチャー自体と一体化していた。まるでそのロ

ケットランチャー自身が、彼女の腕になっているかのように一体化してしまっているのだ。

 

「良くやったわ。レーダーも使わずに、この距離でほとんど誤差なしか。全くお前は心底恐ろし

いよ」

 

 シャーリはその少女の頭を撫でてやったが、それは形式的な行為にしか過ぎず、言葉には

畏怖の気持ちを込めていた。

 

「レーダーなら、あたしの目の中に組み込んであるもん。どんな距離だって見逃さないよ」

 

 と、その小さな少女は言った。そして、遠くを見つめ、彼女は広がる針葉樹林地帯に何かを

見つけた。

 

「あっ!車が一台逃げていくよ!あれはどうするの?あれもやっちゃうの?」

 

 彼女はロケットランチャーを構えて言った。まるで腕を突き出しているかのような、姿勢で兵

器を構える。

 

「いいえレーシー、今のわたし達がすべきことは、証拠の隠滅だけよ。それ以上の事はお父様

が指示していないわ。余計な事にまで手出しをすると、きっと面倒なことになっちゃう」

 

 シャーリは、ロケットランチャーを構えた少女にそう言って止めさせた。

 

 レーシーと呼ばれた少女は、そう言われると、

 

「分かったよぅ。でも、いつかはあたしが、思いっきり遊んでも良い時が来るんでしょ?そうでし

ょ?」

 

 ヘリの中に響く声で、レーシーという少女はそのように言い放つ。同時に彼女は、自分の手

から、一体化していたロケットランチャーを抜き取った。

 

 彼女の右腕は、まるで沈み込むかのようにロケットランチャーに入り込んでいた。平気と一体

化していた腕は、抜き取った後では何とも無く、ただ幼い少女の腕でしかなかった。

 

「ああ、その時が、来れば、ね」

 

 シャーリはヘリの中でそう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、3kmほど離れた場所で、取り残されたストロフと、彼の部下は、飛び去っていくヘリの

姿を見つめていた。

 

「おのれ、テロリスト共め」

 

 ストロフが毒づく中、背後の車では、彼の部下が携帯電話で本部に連絡を入れていた。

 

 遠くに飛び去るヘリを見つめるストロフの背後から、部下が呼びかける。

 

「ストロフ捜査官?衛星による追跡を開始しました。ですが、我が国の衛星のカバー範囲を超

えてしまうと、追跡が不可能になってしまいますが…?」

 

「構わない!他の国の衛星でも何でも使って、さっさとあのヘリの目的地を突き止めるように言

え!」

 

 ストロフはそのように言い放つと、車のすぐ側に、光学モニターを表示させた。空間に現れた

画面が、衛星からの地上の映像を表示する。

 

「テロリスト共め、逃がさんぞ。お前達が何をしようとしているのかも、すぐに突き止めてやる」

-7ページ-

 アリエルと、その養母であるミッシェルは、ログハウスの2階の屋根裏部屋に上がった。そし

て、ミシェルはそこに表示させている多くのウィンドウで、アリエルにある事を教えていた。

 

「私は現役時代、『帝国軍』の海軍で将軍を務めていた。それは前にも話した通りよ」

 

 アリエルは屋根裏部屋の中央に立ち、画面を操作しながら、解説を始めた養母の姿に見入

っていた。

 

 ミッシェルはアリエルにとって、理解があり、躾が厳しい親には思っていなかった。自分を自

由にさせてくれていたからこそ、アリエルはミッシェルに対して、何事も隠すことなく話す事がで

きたし、良い親子関係を築き上げることが出来ていた。

 

 それはミッシェルが、元軍人であるという姿を、アリエルにはあまり見せてこなかったからだろ

う。

 

 しかしミッシェルは時々、今アリエルが見ているような姿を見せる。鋭い眼光を放ち、今、彼

女らの目の前に広がっている画面の一つたりとも見逃そうとはしない。姿も堂々としていて、ま

るで軍隊での整列のような姿勢を取って画面の前に立つ。

 

 今のミッシェルは、50代であるにもかかわらず、現役時代と大差のない、堂々とした姿をそ

こに見せていたのだ。

 

「私が、軍の情報筋から集めた情報によると、『スザム解放軍』は、『能力者』を獲得することに

躍起になっている。既に『ジュール連邦』各地で、『能力者』と疑われていた人達が行方をくらま

しているわ。背後には、『スザム解放軍』の姿がある」

 

 ミッシェルは目の前の画面に、スライドショーとして幾つもの資料を表示していた。中には新

聞の切り抜きもあったし、人物のファイルもあった。

 

 多分、元退役軍人だからこそ手に入れることが出来る情報なんだろう、と思いつつアリエル

は、養母の見せる資料に見入っていた。

 

「それで、その人たちが、私を狙っているの?私が、『能力者』だから?」

 

 アリエルは、資料の方ではなく、ミッシェルの方を向いてそう尋ねた。

 

「ええ、そうよ。あなたは『能力者』。それも、あいつらが戦士として使えそうな『能力』だと認めて

いるから、獲得したがっているの」

 

 ミッシェルは、アリエルの方を向き、そのように言った。

 

「母さんは、どうして、その事について知っているの?」

 

 アリエルは、ミッシェルの顔をじっと見つめて尋ねた。

 

「私も、この『スザム解放軍』の動きについては、前々から気になっていたの。何かと暗躍する

彼らが気になって」

 

 ミッシェルは椅子に座りながらアリエルに呟く。手に持っている、スライドの操作リモコンを小

脇のテーブルに置いた。

 

 アリエルはそんな母の言葉に、さらに問いかける。

 

「そうじゃなくて、何で母さんは、現役を引退しているのに、こうして資料まで集めて、まるで私が

こうなる事を知っていたかのように、資料が集っているの?」

 

「それは」

 

 アリエルのその問いに、ミッシェルは戸惑っているようだった。どう答えたらよいのか、彼女は

答えを探している。

 

 少しの間のあと、ミッシェルは口を開いた。

 

「それは、元々狙われていたのが、あなたじゃなくて、私だったからよ。元々、『スザム解放軍』

は私を狙って来ていたの」

 

「えっ、そんな」

 

 思わず椅子から立ち上がるアリエル。驚きを隠せなかった。

 

 何しろ、今まで養母からそんな事を聞いたことなど無かったからだ。いつも自分の事を気に

かけてくれていた養母が、狙われていた。それも、今日、自分を襲ってきた奴らと同じ連中に。

 

 そんなことを、アリエルは全く知らなかったのだ。

 

「ごめんなさいね。あなたが私の事を心配すると思っていたし、あなたは学校で、しっかりと過ご

していて欲しかったから」

 

 ミッシェルはアリエルと目をあわせ、そのように言ってくる。

 

 だが、アリエルにとって、そんな心遣いなどして欲しくなかった。

 

「それで、襲われたの?母さんも?」

 

「ええ、何度かね。それで家を転々としているしここも、周囲には警備システムを配備するよう

にしたのよ。だけど安心して。あいつらのせいで怪我をした事なんてなかったから」

 

 ミッシェルはアリエルを落ち着かせるかのようにそう言ってくる。だがアリエルは、ログハウス

の屋根裏部屋を歩き回りながら、落ち着き無い様子で尋ねる。

 

「いつからなの?母さん?いつから襲われるようになったの?」

 

「あなたが高校に入って、寮生活を始めるようになってからよ」

 

 ミッシェルは歩き回るアリエルを目線で追いかけて言った。

 

「私に言って欲しかった。すぐにでも駆けつけてあげたのに」

 

「ごめんなさい。あなたには普通の生活をして欲しかったから。『能力者』として背負わなければ

ならない運命なんて、感じて欲しくなかった」

 

「でも、私の母さんは、母さんなんだよ」

 

 と、アリエルに言われてしまうと、ミッシェルはどうも答えられなかった。

 

「それで、あなたが追われたもう一つの組織である、『ジュール連邦国家安全保安局』だけれど

も」

 

 ミッシェルはそう言って、アリエルの言葉を遮り、

 

 目の前の画面のスライドを回しだした。

 

「彼らは国の指示で、この『ジュール連邦』にいる『能力者』を管理しようとしている。

 

 解放軍のように誘拐して兵士として使う事はまだしていないけれども、もしテロリストに誘拐さ

れる危険性があるならば、彼らは私達を捕えようとするわ。テロリストに『能力者』という武器が

渡らないようにするためにね」

 

「それで、私を捕まえようとしたの?」

 

 と、アリエルが尋ねて来る。

 

「ええ。『ジュール連邦』側にとっては、あなたがテロリストの手に渡ってしまうのを防ぎたかった

んでしょうね」

 

「で、でも、それって、保護してもらうっていう事でしょう?だったら、大人しく掴まっていたほう

が、テロリストからも守ってくれるし」

 

「ええ。『国家安全保安局』は、“保護”という名目で私達を捕らえようとするわ。だけど、この保

安局は良い噂が流れていなくてね。結局捕らえた『能力者』を、解放軍と同じように国の兵士に

してしまおうとしているという噂があるのよ。

 

 それに、あなたが『能力者』だと、テロリストに知られてしまったのも、国家安全保安局が乗り

出してきたせいなのよ?

 

 私も、何度か保安局には目を付けられてきているの。ただ、あなたみたいに強行に捕らえら

れるような事は無かった。国家安全保安局も、きっと何か焦っているのね」

 

「でも、結果的には、母さんと同じように、私も襲われているし、逃げてきている。ねえ、私、これ

からどうすれば良いのかな?」

 

 アリエルは、屋根裏部屋の椅子の一つに座り、膝を抱えて縮こまった。

 

 彼女は17歳になり、もう大人の女の体に成り代わろうとしている。だが、性格や態度にはま

だ無邪気な所がある。

 

 派手な髪の色や、ライダースジャケットで着飾っていようとも、それははっきりと現れているの

だ。

 

 バイクを乗り回すことが出来るという以外は、ミッシェルにとって、アリエルは子供も同然だっ

た。

 

 何としても守ってあげなければならない。と、ミッシェルはそんなアリエルの姿を見て思うのだ

った。

 

「私が、昔、軍でお世話になった人がいるの」

 

 ミッシェルは、椅子の上で縮こまっているアリエルに、母が子供に語りかけるような優しい声

で言った。

 

「その人に、私は何度も助けてもらっていて、『スザム解放軍』の情報も与えてくれたの。今、こ

こに流れてきている情報は、その人からもらった情報もあって、私は彼らの行動を先読みし

て、難を逃れることが出来たの」

 

 ミッシェルはそう言って、再び屋根裏部屋に表示されている画面へと向った。無数の画面の

中の一つには、文字が流れて来ている画面があり、ミッシェルはその文字に見入った。

 

「“解放軍に新たな動きあり、十分に注意せよ”、か」

 

 文字を読み上げたミッシェルは、手元においてあった電子パットを手に取り、そこから文字を

入力した。

 

「その画面に現れている文字が、母さんのいう、情報をくれる人、なの?」

 

 アリエルは、ミッシェルが見入っている画面へと目をやって尋ねた。

 

「ええ、そうよ。こうしてわたしにあいつらの情報を入れてきてくれるの」

 

「でもそれって、チャットで会話している人でしょう?実際は、どんな人なのかなんて、母さん知

らないんじゃあ?」

 

 アリエルは、疑いの目を、その画面へと向けたが、

 

「アリエル。これは、『帝国陸軍』が使っている専用の通信回線なのよ。そう簡単に誰でもアクセ

スできるものじゃあないの。

 

 このわたしの情報提供者だって、以前、わたしと一緒に働いていた人で、今は『ジュール連

邦』の軍の情報を入手する立場にいる人なんだから。どんな人かも私は知っているの。だから

安心して」

 

「そうだと、いいんだけれどもね」

 

 アリエルは、屋根裏部屋の椅子で再び縮こまりながら呟いた。

 

「今のところ、わたしの情報提供者からは、あいつらに新たな動きがあるという事しか伝えてこ

ないわね。“新たな動きとは、どのようなものか?”とわたしが尋ねても、詳細は追って連絡す

る。としか無いわ」

 

 アリエルは、母の横から、光学画面を覗き込んで尋ねた。

 

「その人、本当に信頼できるの?国家安全保安局のヒトたちと、何かの関係があったりしない

の?」

 

 アリエルの質問に、ミッシェルはしばし考えた後に答えた。

 

「無いとは言えないわね。今、この人は、『ジュール連邦』の情報を操る立場にいるんだから。

その代わり、国家安全保安局に流れている情報は、余す所なくわたしに提供してくれる。

 

 わたしの元部下が裏切って、私を国家安全保安局に売るなんて考えたくも無いけれども、確

かに信頼することが出来る人物である事に間違いないわ」

 

 ミッシェルはアリエルに向って淡々とした口調で言っていた。

 

「その人が、身分を偽って、母さんにチャットをしてきているかもしれないよ?」

 

「私が今使っているこの回線は、『帝国軍』の高官か、退役軍人でなければ使う事ができない

回線なの。現役時代に発行され、その後も更新を続けているIDとパスが無ければ、アクセスす

ることは絶対に不可能よ。一流のハッカーを雇ったとしても無理ね」

 

「そうだといいんだけれど」

 

 心配そうな目で見つめるアリエルの横で、ミッシェルは黙々とコンピュータによる作業を続け

ていた。

-8ページ-

「できたよ、シャーリ。こんなもの。あたしにかかればちょろいもんだって」

 

 ミッシェルたちがいる場所から遠く離れたある施設では、一人の小さな少女、レーシーが、コ

ンピュータデッキから手を離しつつ、そう言った。彼女の手は今までコンピュータの中に沈みこ

むようになっており、彼女がコンピュータから手を抜けば、デッキは何事も無かったかのような

姿を見せていた。

 

「よくやった。こういう使い方もできるとは、あなたは便利ね」

 

 シャーリが呟く。暗い室内にいる彼女達の目の前には、幾つものコンピュータのウィンドウが

光学モニターで現れていた。

 

 その内の一つ。チャット用の画面をシャーリは見つめていたのだ。

 

 だがやがて彼女は暗い室内の中に置かれたソファーから立ち上がる。片手にはショットガン

を持ち、17歳の少女に過ぎないながらも、彼女は危険な匂いを漂わせていた。

 

 ソファーから立ち上がったシャーリは、ショットガンを片手に持ったまま、部屋の片隅へと近付

いていく。

 

 そこには、また別のソファーに一人の男が縛られたまま座らされていた。ソファーの両脇には

大柄な男が二人立ち、一見するとそのソファーの男を守っているかのようにも見える。

 

 だが、ソファーに座らされている男は、体をロープで縛られており、両腕も拘束されていた。

 

「さて、あんたにも、少し役目を果たしてもらわなきゃね」

 

 ショットガンを手でもてあそびながら、シャーリはその男に向って呟く。

 

 男は、スーツ姿のままソファーに座らされている初老の男だった。ソファーにつながれ、シャ

ーリにショットガンを向けられていても、怯える様子は無く、彼女に向って敵意を剥き出しにして

いる。

 

 やがて彼は吐き捨てるかのように言った。

 

「役目を果たしてもらうだと?無駄なことだ。どうせ私だって、彼女の居所を知らんのだから

な!」

 

「居所?そんなものは今、とっくの昔に突き止めているのよ。あんたにやってもらうのは、あん

た自身のIDと、パスワードを提供してもらうって事だけじゃあない。あのミッシェル・ロックハート

を信用させるためよ」

 

 シャーリは、ショットガンの銃口で男の体をなぞりながら言った。

 

「何だと?信用させるため、とはどういう事だ?」

 

「間違った情報をあなたから来たものだと信じ込ませて、わたし達の罠の中に誘い込んでもらう

のよ。簡単な事でしょ、多分その女は今、アリエルが逃げ込んできたから、彼女を守ろうと必死

になっているでしょうし」

 

 シャーリは、相手に囁くような口調で言った。ショットガンの危険さと相まって、その声は非常

に不気味に室内に響いていた。

 

「馬鹿な…。彼女がそう簡単に罠になど引っかかるものか。何より、チャットの画面だけでは、

彼女は、たとえ私であってもそう簡単には信用しないだろう」

 

 ソファーにつながれている男は、シャーリに向って吐き捨てた。

 

「さあ、それはどうかしらね?自分自身にも、自分の娘、といっても養女らしいけど。2人共々、

もはや逃げ場がないと危機感を感じたら、人間は案外、簡単に罠の中へと誘い込まれてしまう

ものなのよ。

 

 その、最後の締めをしてもらうのが、あんたってわけ」

 

「くだらん。貴様らテロリストなんぞの罠に引っかかるか!」

 

 と、ソファーの男が言った時だった。シャーリは突然ショットガンの台尻でその男の顔を殴りつ

けた。

 

 そして、今度はショットガンの銃口を男に向って突きつけて言い放つ。

 

「テロリストと言ったな!貴様!わたし達はテロリストなんかじゃあない!」

 

 必要以上に銃口を顔へとねじ込まれる。

 

「顔を吹っ飛ばされたくなかったら、二度とわたし達をテロリストなどと、野蛮な連中と一緒にす

るんじゃあない!」

 

「わ、私が死んだら、貴様らも困るだろう…」

 

「さあな? そんな先の事、このわたしが知ったことか!」

 

 シャーリはソファーにつながれている男に更に銃を押し込んで言い放つ。彼の顔は、まるで殴

られたままの姿勢のように、顔を横からソファーに押し付けられていた。

 

「ねえ〜、シャ〜リィ?」

 

 男に銃を押し付けたままのシャーリに、背後からレーシーが、子供の無邪気な声で言って来

た。

 

「何よ!」

 

 喉の奥から唸るような声を出しつつ、シャーリはレーシーの方を振り向いた。すると、人形の

ような格好をしたレーシーが、自分のこめかみに指を当てつつ近付いてきている。

 

「あのヒトが、おうちを見つけたって、いつでもやれるってよ」

 

 シャーリはショットガンを男から離し、ただ一言、冷たい口調で言い放った。

 

「ああ、そう。とっととやらせなさい」

説明
東側の国で、アリエルはテロリスト達から逃れるために、自分の養母の助けを得ようとするのですが、そこにもテロリスト達は襲い掛かってくるのでした。テロリストの中には、アリエルと幼馴染のシャーリもおり―。

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