京介紳士(全裸)スタイル
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 男には父親の背中を踏み越えて行かなければならない時がある。

 

 そう言ったのは果たして誰だっただろうか?

 まあ、誰が言ったのかはこの際どうでも良い。

 大事なのは、今、俺が、まさにこの言葉通りの状況を迎えているということだ。

「おやじっ! 今日こそ俺はアンタを越えてみせるっ!」

「よくぞほざいたな、このもやしガキがぁっ!」

 対峙する俺とオヤジ。

 互いに譲れないものの為に俺とオヤジは今激突する。

「後になってから年には勝てなかったって泣き言をほざくなよっ!」

「貴様こそ、親の偉大さを思い知れっ!」

 俺とオヤジの闘志は際限なく高まっていき、そして──

「脱衣(トランザム)っ!!」

「脱衣(トランザム)っ!!」

 俺たちは自身の能力を最大限、いや、限界を超えて力を引き出すことができる最高の形態へと姿を変える。

 俺の洋服が、オヤジの着物が一瞬にして消え去り、俺たちは真の紳士スタイルを迎える。

 全ては、譲ることができない大切なものの為に。

「何で2人とも素っ裸なのよっ!? 嫌ぁああああぁっ! 変態ぃ〜っ!」

 譲れない者、即ち俺の妹が、オヤジの娘が戦いに華を添える。

 黄色すぎる歓声という名の華を添える。

 顔中を真っ赤にし、右手で顔を塞ぎながらもその大きな瞳で俺とオヤジの下半身をチラ見している思春期少女な妹。

 高坂桐乃の存在は、俺たちの、紳士たちの戦いと心を熱く激しく燃え上がらせる。

 肉親とはいえ思春期の少女、しかもモデルまでしている美少女に紳士スタイル(全裸)を見せ付ける。

 これ以上の興奮が人生にあるだろうか!? いや、ないっ!(反語表現)

 オヤジも俺と同じように興奮している。

 興奮によって全身から湯気が噴出している。

 8月の真夏にマッスル・サウナっ! 

 身体が火照って火照って仕方がないって感じだ。

 全身の血が滾るままに己が魂の叫びを謳い上げる俺たち。

「勝負だっ、京介っ!」

「来いっ、オヤジっ!」

「2人ともぉっ、服を着なさいよぉ〜っ!」

 俺とオヤジの戦いを止めることはもう誰にもできなかった……。

 

 

京介紳士(全裸)スタイル

 

 

「えぇえええぇっ!? それじゃあお母さん、明日来られなくなっちゃったのぉっ?」

 8月頭の猛暑の日の昼過ぎ、調子こいている俺の妹はおふくろに向かって大きな不満の声を上げた。

「明日急に全日本無差別級プチプチ早潰し選手権に関東代表として出ないといけないことになったのよ。だから学校の方にはちょっと寄れないわ」

 たまに思うのだが、おふくろの普段の生活って謎に満ちている。

 確かごく一般的な趣味と思考を持つ専業主婦だったと記憶していたが?

「それじゃあ明日アタシは一体どうすれば良いのよぉっ!?」

 桐乃は尚も不服の声を上げている。

「年上の保護者なら誰が来ても良いんでしょ? 夏休みで時間ありそうなのがそこに1人いるじゃないの」

 おふくろはソファーに寝転がるパンツにTシャツ姿の俺を見た。

「話が全然見えないのだが?」

 桐乃もおふくろも一体何の話をしているのだか全くわからない。

「はぁっ? こんなのに来られたらあやせや他のクラスメイトから無茶苦茶白い目で見られるわよ!」

 わからないが、桐乃の言葉は俺をとても不愉快にさせていることだけは確実だった。

「じゃあ、他にあてはあるの? お父さんは明日も出勤よ」

「とりあえずこれから探すわよ。これに来てもらうぐらいなら誰もいない方がマシよ」

 妹はプリプリした態度のままリビングを出て行った。

 理由が全然わからない所でこき下ろされるのは本当に腹立たしい。いつものことだが。

「京介、あんたって本当に妹からの信頼が全然ないダメな兄なのね。クズ男ね」

 おふくろがどう見てもとばっちり被害者でしかない俺を白い目で見る。

「そんなの普段の生活から丸わかりだろうが」

 おふくろをジト目で見返す。

 人生相談を受けるようになってから桐乃の俺への態度は少し軟化した。

が、それでも基本的には口もまともにきいてくれない仲だ。

 信頼なんてあるわけがなかった。

「たくっ、我が家の我が侭お姫様はこの夏をより一層暑くしてくれやがるぜ」

 オヤジによりクーラー禁止令が発動されている我が家。

その我が家は日中サウナ風呂地獄と化す。

 妹の理不尽な怒りはその地獄に更に熱湯を注いでくれるのだった。

 

 

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 夕飯時になってようやく室内の暑さに翳りが見え始めた。

 夏の省エネを律儀に守り過ぎているこの家は住人を殺す気なんじゃないかと錯覚する。

 昼間は図書館で麻奈実と一緒に受験勉強をしていたから助かったものの、そうでなければどうなっていたことやら。

 そしてそんな暑さの中、1日中家にいたらしい桐乃は最高に不機嫌な顔をしていた。

「関東に住んでいる親戚中に連絡したのに誰も来られないってどういうことっ!?」

「それはみんな忙しいからでしょ」

 桐乃の不満をあっさりとおふくろは受け流す。

 よくはわからんが、急に明日桐乃の用事に付き合える暇人な親類はいないだろう。

 おふくろの言い分が正しい。

「だから昼間にも言ったでしょう。これに頼めば良いって。こんな優柔不断なヘタレでも一応血縁上は兄なんだから保護者の資格はあるわよ」

 母上、長男に対する扱いがあんまりじゃありませんか?

 一応俺、予備校に通わなくても(元)国立大学に入れるぐらいの成績はキープしているって設定の割とできる男の筈なのですが?

「嫌よっ! これが保護者として学校に来たらあやせや加奈子だけでなくロックにまでバカにされそうだもの」

 妹にまでごく自然に“これ”扱いされている俺の人権はどこにあるのでしょうか?

 誰か、俺に愛をください。

「だけど推薦入学を考えている生徒は全員保護者に来てもらわないとダメなんでしょ?」

「それはまあ、そうなんだけど……」

 桐乃の声のトーンが下がる。

「だったらこれ、英語なら代名詞itに行ってもらうしかないじゃないの」

「おふくろの中で俺の評価がどんだけ低いのっ!?」

「中3の夏の乙女はそう簡単に割り切れないのよ! だって青春真っ只中なんだから!」

 俺のツッコミは軽くスルーされた。

「とにかくもうしばらく考えるからご馳走さまっ!」

 桐乃は乱暴に箸を置くとプンプンと怒って自室へと戻ってしまった。

「フッ。妹から相談もまともにしてもらえないとは無様だな、京介」

 オヤジがちくわをタバコのように咥えて息を吐き出しながら俺を嘲笑した。

「娘に最初から相談相手候補とみなされてもない役立たずダメ父が何を偉そうに言っているのですか?」

 おふくろはオヤジにも容赦がなかった。

 オヤジは涙を浮かべながらちくわを咀嚼した。

 

 

 夕食が済んでから3時間ほどが過ぎた。

 俺は女子の第二次性徴の仕組みを懸命に何度も何度も大声で復唱していた。

 勉強し終えてから保健体育は大学受験に必要ないことを思い出して舌を出してテヘッ♪とお茶目ぶっていると突然扉が音を立てて開いた。

「うぉっ!?」

 鍵の掛からない俺の部屋ではよくあることではあるが、突然入って来られるのは毎度心臓に悪い。

 ドキドキしながら振り返ると入り口に不機嫌な顔をした妹が立っていた。

「ノックぐらいしろっ! 毎回言ってんだろ!」

 俺が紳士スタイル(全裸)で部屋の中央に仁王立ちしていたらコイツどうするつもりだったんだ?

 チッ! 惜しいことをした。すげぇ惜しいことをした!

 こんなに悔しい思いをしたのは久しぶりだぜっ!

 じゃなくて、だな。

「別にそんな些細なことはどうでも良いじゃない。それより、人生相談があるの」

 不機嫌、ていうか敵意に満ちた視線を俺に向ける桐乃。

「今度は何だ? お兄ちゃんを愛してしまったから禁断の関係を結んで欲しいの♪ アタシの初めてをお兄ちゃんにもらって欲しいの♪ とでも言うのか?」

「んなわけがないでしょうがぁっ! どうしてアタシがアンタなんかとエッチしたいと思ってるってのよっ!」

 床に落ちていた漫画本を顔を真っ赤にしながら全力でぶん投げて来る桐乃。

 何でコイツは全くあり得ない可能性の話にムキになって怒るんだか。

「……どうしてコイツは毎回毎回アタシの本心に気付いてくれないで茶化すのよ。バカ…」

 桐乃は聞こえない小声で愚痴愚痴言っている。

 ほんと、思春期を迎えてすれてしまった妹の心はよくわからん。昔はもっと素直で優しい妹だったと思ったんだがなあ。

 

「で、何の相談だ?」

 俺の顔に当たった愛読書『超兄貴FUG(上)』(全332頁)を拾い上げながら妹に問う。

 男の全裸と筋肉の良さがわからないとは我が妹ながら本当に情けない。ほんと、ガキめ。

「頼みたくはないんだけどさ。アンタ、アタシの保護者として明日学校に来てよ」

 桐乃の声は不満に満ちていた。

「明日学校で何があるんだ?」

「進路説明会。推薦進学を考えている生徒は絶対に保護者の人に来てもらうようにって」

 桐乃は口惜しそうに口を萎めた。

「なるほど。そういやお前、スポーツ推薦狙ってたもんな」

 桐乃は陸上で県記録を持っている。学業でも県でトップ5に入る頭脳の持ち主。

 わざわざ受験なんかしなくても学校の方から手招きして迎え入れてくれる大層優秀な妹なのだ。性格はこんなんだが。

「俺の通ってる学校もそんなに悪くはないと思うがな」

 黒猫もいるし、桐乃も通えば楽しいとは思うんだが。

「……アンタがいないんじゃ、通っても仕方ないじゃないの」

「何か言ったか?」

 桐乃の声は小さ過ぎてよく聞こえなかった。

「別に何も言ってないわよ!」

 桐乃は不機嫌な声で怒鳴って来た。何なのかね、この我が侭姫は。

「で、明日俺はお前の進路説明会に出れば良いんだろ?」

「そうよっ!」

 桐乃は噛み付いてくるような大きな声を出す。

「それで、お前は俺が行くのを何でそんなに嫌がってんだ? そりゃあオヤジやおふくろと違って俺はお前の進路に口出せる立場じゃないが」

 別にプリント受け取って重要な話をメモするぐらいなら俺にだってできる。

 何で桐乃はそんなに俺が行くのを嫌がっているんだ?

「進路説明会はクラスの生徒と保護者を教室に集めて1回に行うの。だから、アンタがアタシの保護者として来たことがあやせや加奈子に知られちゃうのよ」

「それの何か問題があるのか? あやせも加奈子もよく知っている仲なのだし」

 疑問顔を浮かべる俺に桐乃はキッとした鋭い視線で睨んできた。

「アンタのことだから、みんなの前に出たら何か恥ずかしい騒動を起こすに決まってるじゃないの! そうしたらアタシがクラスのみんなからはぶられるじゃない!」

「何で俺が中学校を訪れただけで恥ずかしい騒動が起きるんだよ?」

 俺はラノベの主人公じゃないっての。

「どうせアンタのことだから、あやせの顔を見たら興奮していきなりプロポーズとかしかねないし」

「否定はしない」

 あやせへのプロポーズは軽い掴みネタの類いだからなあ。

 こう、あやせに思いっきりぶん殴られたり蹴り飛ばされることから俺たちのコミュニケーションは始まるのだから仕方がない。

「きちんとした服装で来なさいって言ったら、何か勘違いしてマスケラの漆黒のコスプレして学校にやって来そうだし」

「否定はしない」

 漆黒のコスプレをしている俺は客観的に見ても超格好良いからな。

 一番キメて来てくれと言われれば漆黒のコスプレは候補から外せない。

「メガネっ娘のクラスメイトたちにしつこく迫って電話番号とかメールアドレス聞き出そうとしそうだし」

「否定はしない」

 U-15のメガネっ娘たち。

 それは、18歳の俺のクラスメイトのメガネっ娘にはない新鮮な輝きを持ったダイヤの宝石たち。お近づきになりたいのは人類として当然のことだ。

「やっぱりアンタが来たら、アタシが今まで築き上げてきたイメージが1日にして崩壊しちゃうんじゃないの! アタシがいじめの対象になっちゃうじゃないの!」

 桐乃の瞳からは涙が毀れそうになっている。

 本気で、俺が騒動を起こすと思っているらしい。

 まったく、本当に俺は桐乃からの信頼がないのだな。

 やれやれだぜ。

 

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「桐乃の一生を左右するかもしれない大事な説明会だろ? 幾ら俺が頼りない兄だからって、お前に迷惑掛けるような真似はしないさ」

「本当?」

 桐乃が希望を見出すような熱の篭った瞳で俺を見る。

「ああっ。あやせがメガネを掛けてコスプレをしていない限り俺の鉄の理性が揺らぐことはないさ」

 妹を安心させるように優しく訴えかける。

「そう言えば夕方、アンタが明日学校に行くかもってあやせに電話したら、急に目が悪くなったからメガネを買いに行くって。後、説明会終了後にちょっとした仮装パーティーをみんなでしようって言っていたような……」

「意思の弱いお兄ちゃんを許してくれぇえええぇっ!」

 あやせがメガネなんか掛けて、しかもコスプレまでしていたら俺はもう全力でプロポーズするしかないじゃないか!

 あやせの御両親に土下座して娘さんをくださいって懇願するしかないじゃないか!

 畜生っ! なんてこったぁっ!

「ちょっ、ちょっと? 何で涙流してるのよっ!?」

「うっうっ。すまないが桐乃はあやせをお義姉ちゃんと呼ぶ準備をしておいてくれ……」

「はぁっ!?」

 涙が止まらない。

 俺は、桐乃が望むような良い兄貴になれなかった。

「……あやせのヤツ、急にメガネを掛けるなんて言い出してこれが狙いだったのね。黒いのといいあやせといい、アタシのものを横取りしようなんて良い度胸じゃないの!」

 桐乃は何かブツブツ言いながら怒っている。

 だが、今は妹が何に怒っているかなんて些細なことはどうでも良い。

「メガネあやせを前にして俺が理性を保つことなど不可能。だが、あやせにプロポーズするに当たってこんなみすぼらしい格好で行って良いのか?」

 紳士として婦人に恥を掻かせるなど絶対にあってはならないこと。

 最高に着飾って婦人に誠意を見せるのが紳士としての当然の嗜み。

 では、最高に着飾るとは何か?

 燕尾服? タキシード? 紋付羽織袴?

 ノンノンノン♪

 紳士の盛装と言えば紳士スタイル(全裸)に決まっている!

 今回は外出仕様ということで、全裸の上に赤い蝶ネクタイ姿で桐乃の教室にお邪魔しようと思う。

 するとどうだろうか?

 男子生徒からは自分より一ランク上の男と崇拝の対象となり、女子生徒からは俺の紳士スタイル、特に下半身に尊敬の眼差しが送られるはず。

 保護者からは年若き紳士として感嘆の声が上がる。

 桐乃は優秀で最高の兄を持ったとクラスメイトのみんなから賞賛され鼻高々。

 そして俺はメガネあやせを妻に得て人生の新たなる門出を迎える。

「何だ。服装を整えるだけで人生バラ色になるじゃないか」

 男とて身だしなみを気にしなければいけない時代。その理由を身をもって知った気分だった。

「アンタ、すっごく変なことを考えてない? 変なことをやらかそうとしてない?」

 妹が俺を胡散臭い瞳で見る。

「そんなわけがないだろう。俺はどうすれば桐乃がクラスメイトから賞賛される立派な兄でいられるか考えているだけさ」

 そしてその答えは紳士スタイル(全裸)にある。

 俺はその真理に辿り着き、明日それを実行に移す。

 クックック。

 明日は俺の紳士ぶり、そしてリヴァイアサンに桐乃の女子クラスメイトたちが夢中になるに違いないのだ!

 俺は、明日、生涯で最高の日を迎えるのだっ!

「騙されるなっ、桐乃っ! 京介は良からぬ企みを抱いているぞっ!」

 だがそんな俺の大義を阻もうとする大声が室内のどこかから聞こえて来た。

 

 

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「誰だっ!? 俺の崇高なる理想の実現を阻もうとする輩はっ!?」

 きょろきょろと辺りを見回す。

 だが、声の主はどこにも見えない。

 と、思ったら……

「バカめっ! ここだっ!」

 ベッドの下からがさごそと虫のように出て来る着物姿の筋肉質の中年メガネ男。

「お父さんっ! 何て所から出て来るのよ!」

 桐乃が驚きと共に非難の声を上げる。

 それもそのはず、ベッドの下から出て来たのは俺たちのオヤジだった。

「娘が健全に成長しているかチェックするのは親として当然の義務だっ!」

 オヤジは桐乃の批判を真っ向から跳ね返す。

 その堂々とした態度、桐乃がオタク趣味をひた隠しにせざるを得なかった去年のような凄みを持っていた。

 でも、だ。

「オヤジ……娘のベッドの下に潜り込んでいるのはどう考えても変態、いや、犯罪者でしかないぜ。警察に電話して尋ねてみるか?」

 警察官のオヤジの行為が犯罪に当たるか警察に尋ねる。

 かなりシュールな光景になるだろう。

「何をバカなことを言っている。俺の行動は娘を優しく見守る親の愛、言い換えれば純愛だ!」

 オヤジはまた自分の行為を堂々と正当化した。

「何が純愛よ! 年頃の娘の行動を盗み見るなんてストーカー以外の何者でもないわよ!」

 桐乃はプンプンと怒っている。まあ当然のことなのだが。

「何がストーカーだっ! 俺はこのベッドの下で桐乃の親友であるあやせくんと何度も顔を合わせたことがある。彼女は自分の行為を純愛・無償の愛と強調していたぞ」

「あやせぇ〜〜っ! あんたは一体、何をしてんのよぉ〜〜っ!」

「何度も顔を合わせるほど娘の部屋に忍び込んでいるのか、オヤジはっ!?」

 どうしてこんなヤツが警察官やってるんだ!?

「ちなみにあやせくんは最近、変態を見張るのが市民の義務だと言って京介のベッドの下に潜り込むようになった。まだ中学生なのに実に立派な心掛けだ」

「嫌ぁ〜っ! ベッドの下は男の聖域なのにぃ〜〜っ!」

 ということは、俺の秘密のコレクションがみんなあやせに見られてしまったということかぁ〜っ!

「あやせのヤツぅ〜っ! アタシだってそこまでしたことないのにぃ〜っ!」

 桐乃は地団駄を踏みながら苛立っている。何に対して怒っているのか俺にはまるで見当がつかない。

「だが、今重要なのはあやせくんが市民の義務に目覚めたことではない! 京介が悪しき企みを抱いていることの方だ!」

 オヤジがズビシっと俺を指差す。

 その行為は俺の心に怒りの炎を灯した。

「この俺が、21世紀を代表するこの超紳士が、何を企んでいると言うんだよっ!」

「フンッ。貴様の貧弱な坊や体型など誰も見たくないということだ」

 オヤジは偉そうに鼻を鳴らした。

「明日の進路説明会には京介の代わりに俺が行こう。真の紳士がどんなものか俺が示してやる」

 オヤジは服の上から胸筋をピクピク揺らす。

 オヤジのヤツ、紳士スタイル(全裸)で桐乃の中学校に行くつもりだな?

 その全裸を女子中学生たちに余すことなく見せ付けるつもりだなっ!?

 中年マッチョボディー(裸)をティーンネージャーの少女たちの心に刻み付けるつもりだなっ!?

「えっ? お父さん、来てくれるの? でも、明日も仕事があるんじゃ?」

 桐乃が驚き半分、期待半分の表情で尋ねる。

「ああ、明日も仕事はある。しかもとても重要な会議があってな。出席しなければ仕事を辞める羽目になるかもしれない。だが、俺は中学校に行く」

 オヤジは決意に満ちた瞳でそう語る。

 ヤツはこれまで築いていたキャリアと引き換えに本気で女子中学生に自分の全裸を見せ付けるつもりだっ!

「仕事を辞める羽目になるかもってそれじゃあダメじゃん! 失業者になったらこの不景気、大変なことになるじゃないの」

 桐乃が焦った声を出す。

「確かに仕事を辞めれば再就職は容易ではない。家族を支える経済力を失った俺は母さんにゴミの如くあっさり捨てられダンボール暮らしになるだろう。だが、それでも俺は行く!」

 オヤジの言葉に戸惑いはない。オヤジの瞳は澄み切っている。

 オヤジは全てを投げ打ってでも、桐乃のクラスメイトたちに自分の全裸を見せ付ける覚悟を決めている!

「ちょっ? 仕事辞めて家庭崩壊までして来られてもアタシが逆に困るってば!」

「構わん。それが親としての務めを果たすということだ」

 焦りまくる桐乃に対してオヤジは冷静沈着。

 覚悟を決めた人間はやはり違う!

「家庭崩壊しちゃったらアタシ、高校進学もできなくなっちゃうかもしれないじゃない!?」

「構わんっ! 家族で苦楽を共にするとはそういうことだ」

「本末転倒だわよ、それ〜っ!?」

 桐乃が、妹が己の全裸を女子中学生に見せ付けたいという欲望に駆られた変態中年によって苦しんでいる。

 兄として、男としてこの場を見過ごすことはできない!

「いい加減にしろオヤジっ! 桐乃が困ってるじゃねえか!」

 オヤジに反抗の狼煙を上げる。

「そ、そうよ。家庭崩壊されてもアタシが困るから嫌で仕方がないけれど、今回はコイツに来てもらうってことで……」

「黙れっ! これは父親としての命令だ。明日の進路説明会には俺が行く!」

「ふざけんなっ! 理に適っていない命令なんぞ押し付けてんじゃねえぞ!」

 睨み合う俺とオヤジ。

 互いに1歩も譲らない。

 男同士の意地と意地を賭けた壮絶な睨み合い。

「京介、貴様に桐乃の保護者役が務まると本気で思っているのか? 貴様のようなひょろいガキが紳士を成し遂げられると?」

「オヤジこそ、女子中学生の前で紳士を通すには年を取り過ぎたんじゃないのか?」

 俺もオヤジも桐乃に、そして女子中学生に己の紳士スタイルを見せ付ける為に譲歩の余地など最初から持ち合わせていなかった。

「ならば、力尽くでわからせるしかないようだな」

「体力下り坂の中年が少しは物を考えてからほざけ」

 そして俺たちは紳士スタイルを女子中学生に見せ付ける前哨戦をこの高坂家で始めたのだった。

 

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「どうした京介? 貴様の紳士はそんなものか?」

「クッ! どうして40をとっくに越した中年がそんなにも筋肉紳士なんだぁっ!?」

 俺の目前には中年とは思えない全身筋肉の塊が存在していた。

 オヤジの筋肉はまるで縄で締め付けられたボンレスハムのようなギチギチとした圧迫感をかもし出していた。

 だが、ハムとは明らかに違う。

 オヤジの身体には一切の無駄肉が存在しない。全身是筋肉也。

 中年親父のチャームポイントである筈のプルンとした贅肉がどこにもない。

「フッ。確かに今の俺には貴様のような若さにかまけた肉体は存在しない。だが、代わりに知恵と経験を生かした計画性に基づく洗練された筋肉がある。俺が毎日の生活リズム、食事を徹底的に管理しているのはこの肉体を維持する為だ」

 オヤジは誇らしい表情を浮かべている。

「そして何より貴様と俺では紳士としての歴史の長さが違う。妹が思春期に入ったのを契機に昨日今日紳士に目覚めたお前と違い、俺は生まれた時から、即ち40年以上に渡って紳士であり続けているのだ!」

「なっ、なにぃっ!」

 オヤジの言葉に思わず驚愕してしまう。

「それじゃあまさか、千葉に君臨したという伝説の紳士“裸王”の正体というのは…」

「この俺のことだっ!」

 オヤジは両腕で力こぶを作ってみせながら肯定してみせた。

 まさか、自分の父親が伝説の“裸王”だったとは。ほんと、参ったぜ……。

 

「お父さんはね、若い頃いつも服を着ていなかったのよ。中学、高校、大学といつも全裸で通っていたわ」

 音もなく室内に入って来たおふくろがオヤジの全裸の秘密を解説し始める。

「ちょっとお母さん! 暢気に解説してないで、あの2人を止めてよ! アタシの部屋で2人とも裸になってんのは凄く迷惑なの!」

 桐乃はおふくろに助力を請う。しかし──

「高坂の男の血筋はみんな脱ぎたがりなのよ。諦めなさい」

 何でもないとばかりに桐乃の訴えを退けた。

「高坂の男はみんなあんななのに少女たちに全裸を見せ付けたがるのよ。笑っちゃうわよね。プッ」

 おふくろは俺とオヤジの下半身を見ながら嘲笑してみせた。

「男の裸なんて見たことないから知らないわよぉっ!」

 桐乃は顔を真っ赤にしながら俺たちから目を背ける。これこそ俺たちが待ち望む反応。

 正しい作法。

 だが、おふくろは微塵たりとも動じない。

「話を戻すと、お父さんは学生時代いつも全裸だった。それでいつも警察のお世話になっていたのよ。で、警察の仕事を毎日身近で見ている内に自然と覚えてしまって、気が付いたら自分が警察官になっていたのよ」

「オヤジが警察官になった背景にはそんな秘密がっ!?」

 まさか自らの捕まり歴を利用して就職するなんて……羨ましい。

「お父さんがそんな変態な経歴の持ち主だったなんて。もぉ何も信じられないぃ〜っ!」

 悲しみ嘆く桐乃。

 オヤジのことを羨ましがっている場合じゃなかった。

 オヤジは桐乃を泣かせた。

 その罪は万死に値するっ!

 

「ほぉっ、京介。俺が“裸王”であると知ってもまだ闘志が衰えないとはな」

「今日俺がアンタの“裸王”伝説に終止符を打ってやるぜっ!」

 そうだ。

 俺はオヤジを倒して新たな“裸王”として君臨し、桐乃の教室でその紳士ぶりを余すところなく見せ付けてやるんだ!

「フッ。こんなにも早く息子と決着をつける時が来ようとはな」

「紳士は敵に背中を見せないっ! 勝負だっ、オヤジっ!」

 これからの戦いで俺とオヤジのどちらかは死ぬことになるかもしれない。

 紳士同士が決着をつけるとはそういうこと。

 そして俺もオヤジも紳士ぶりを世間に披露すれば国家から極度に敵視される可能性は非常に高い。

 生命として死なずとも社会的に殺されたり、国家に追われることになったりしてもう日常には帰れなくなるかもしれない。

 だが、それでも俺はオヤジと決着をつける。

 全ては明日の紳士スタイル(全裸)の為にっ!

 そして、愛する妹桐乃の為にっ!

 

「あっ、黒いの。明日なんだけどさぁ、悪いんだけどアタシの学校まで保護者として来てくれない? アタシのお姉さんってことで。えっ? それはアタシが黒いのをお義姉さんとして認めたことかって? そ、それは……ま、まあ、とにかく明日絶対に来てよね」

 携帯の電源を切る桐乃。

 その顔は何だかとってもホッとしているように見えた……。

 

「おいっ、京介」

「わかってるぜ、オヤジ」

 オヤジと向き合って頷き合う。

 臨界点に達した紳士エネルギーは放出され尽くすまで止まることはない。

 そして、俺たちが紳士エネルギーを放出することができる場所といえば、もう1つしか考えられなかった。

「明日は楽しい1日になりそうだなあ、京介」

「ああっ、まったくだぜ、オヤジ」

 オヤジと2人でクックと笑みを浮かべる。

「私はしばらく面会にも引取りにもいかないわよ。さて、明日の準備をしなくちゃ」

 おふくろはのんびりした歩調で部屋を出て行った。

「はぁ〜。一時はどうなることかと思ったけれど、黒いのが来てくれることになって助かったわ」

 安堵の息を吐く、まだ何もわかっていない妹。

 明日、この綺麗に整った顔がどう歪んでしまうのか俺には想像もつかない。

 だが、それはきっととっても楽しいことなのだろうなって今からでも期待に胸が弾む。

「京介、明日は楽しい祭になりそうだぞ」

「俺とオヤジの新たなる伝説の始まりだな」

 俺とオヤジの親子2代に渡る新“裸王”伝説はこうして幕を開けたのだった。

 

 

 教訓:家族は仲良くね♪

 

 

 了

 

 

説明
pivixより転載
夏は開放的な季節ですよね

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そらのおとしもの二次創作作品
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コメント
天使 響様へ 京介さんは厨二な智樹より更に悪質です。ある特定世代の女子にだけ全裸を見せつけて興奮を得ようとしているので(枡久野恭(ますくのきょー))
あれ・・・この京介って・・・智樹が変装してるのか・・・?(天使 響)
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